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2020年7月 4日 (土)

7月の「3の日行動」は、雨のため急きょ中止になりました

「戦争させない・9条壊すな! ヒロシマ総がかり行動実行委員会」が昨日予定していた7月の「3の日行動」は、雨のため急きょ中止となりました。

今日のブログは、「3の日行動」を紹介するため、中止の連絡が入る前に、あとは応援弁士の演説内容を書き込めば済むように、以下の予定原稿を準備していました。別のテーマで書き直そうかと迷ったのですが、「3の日行動」が中止となった記録にもなると思い、そのままアップすることにしました。こんなブログもたまには許されるかなと、勝手に思っています。


「戦争させない・9条壊すな! ヒロシマ総がかり行動実行委員会」が定例で行っている「3の日行動」は、昨日夕方5時30分から1時間、本通電停前でを雨が降る悪条件でしたが、○○名が参加して実施されました。

新型コロナウイルス対応など課題が山積するとして、野党から会期延長を求める強い要望があったにもかかわらず、安倍首相は会期末の6月17日、国会を閉会しました。

翌日には、河井夫妻が逮捕され、その巨額買収の実態が次々と明らかになり、広島県内では首長の辞職や議員辞職が相次いでいます。その原資が、自民党からの政党交付金を含んだ巨額交付金だったことは疑う余地もありません。安倍政権の説明責任が厳しく求められていますが、国会閉会中を理由にそれに応ずる姿勢を全く見せていません。国会閉会時に約束した各委員会の閉会中審査は、一応いくつかの委員会が開催されてはいませうが、肝心の「河井問題」を質す野党に質問に対しては、「当委員会の議題ではない」と回答を拒否する不誠実な態度をとり続けています。

また、いったん終息の方向に向かったと思えた新型コロナウイルス感染も東京を中心に再び、拡大し国民の間の不安が増大しています。

野党の「国会会期延長」要求が正しかったことが、このことひとつとっても明らかです。にもかかわらず、安倍首相は、こうした喫緊の課題に正面から向き合うことなく、国会閉会後には「憲法改正」を強調し、国会解散をちらつかせています。今やるべきことは、誰かの言葉ではありませんが「違うでしょ」といいたくなります。国民不在の安倍政治の象徴が、コロナ対策への姿勢にはっきりと表れています。「命より経済優先の姿勢」がより鮮明となっています。

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一昨日の西村経済再生担当大臣の上から目線の記者会見はそのことをよく表れています。「もう誰も緊急事態宣言をやりたくない」そうなってほしくないと誰もが思っています。しかし次に出てくるのは「皆が努力しないとこのウイルスには勝てない。症状がある方はぜひ外出を避けていただきたい」と国民への努力を求める発言です。私たちが一番聞きたい「政府は、この事態の中で、何をするのか」は全く出てきません。通常国会では「法律の改正だ」「補正予算の早期成立だ」と野党の協力を求めておきながら、今はその素振りすら見せていません。ぬるま湯的な今の安倍政権の姿勢を変えさせるためには、国会での審議が絶対に必要なことです。信頼のない政治が続く限り、私たちは「新型コロナウイルスの危険」への不安を抱えたままで生活を続けなければなりません。

午後5時半から始まった行動では、今回もビラ配布はありませんでしたが、大きく「さよなら安倍政権」と書かれた横断幕が○○枚用意され、帰宅を急ぐ市民に訴えました。

先に述べた情勢の中での今月の「3の日行動」ですので、当然のことですが、マイクを握る弁士の訴えの中心も「さようなら安倍政権」です。

昨晩の弁士は次の通りです。(略)


この後、各弁士の訴えを紹介し、このブログは終わる予定でした。

いのちとうとし

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