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2020年6月22日 (月)

「安野中国人受難之碑」の草刈り

6月初旬の日曜日,山県郡安芸太田町にある「安野中国人受難之碑」周辺の草刈り作業を行いました。「広島安野・中国人被害者を追悼し歴史事実を継承する会」の事務局と地元の元自治労の方,広教組の組合員総勢12人が集まりました。草刈り機や熊手を手に約1時間の作業で,腰まで伸びた草はすっかりきれいになりました。

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この地では,戦時中の労働力不足を補うために360人の中国人が強制連行され,安野発電所の建設に携わりました。終戦までの間,苛酷な労働により,被爆死を含めて29人の方が亡くなられました。1998年,中国人被害者とその遺族が,当時,水力発電所建設を請負っていた西松建設に謝罪と歴史事実の継承と補償を求め提訴しました。2004年広島高裁は原告勝訴の判断を示しましたが,2007年最高裁は1972年の「日中共同声明」により請求権は失われたとして高裁判決を破棄したため敗訴が確定しました。しかし,判決の付言として西松建設と国に対して「被害者救済のための努力」を求めました。その後,支援者らの粘り強い和解交渉により,2009年10月23日,西松建設と中国人当事者と間で和解が成立しました。そして2010年10月23日,この「安野中国人受難之碑」は建立されました。

毎年10月第3日曜日,碑の前で「中国人受難者を追悼し平和と友好を祈念する集い」が開催されます。安野発電所は現在も稼働し,約7,500世帯分の電力を供給し続けています。しかし,いったい何人の人がこの安野の歴史を知っているでしょうか。強制連行により異国の地で最期を遂げられた29人の方,強制労働中の病気やけがで体調を崩し,帰国後の生活に苦労された方とご遺族,関係者の方々の無念を思うとき,この歴史を忘れることなく,後世に引き継いでいくことが私たちの責任であると思います。

ぜひ、「広島安野・中国人被害者を追悼し歴史事実を継承する会」のホームページ(http://keishousurukai.s2.weblife.me/)を見てください。

Nanba

<追記>

毎年10月の「中国人受難者を追悼し平和と友好を祈念する集い」に参加していますが、6月のこの時期にも草刈り作業が行われていることを初めて知りました。みなさんの努力に感謝です。来年はぜひ、声をかけて誘ってください。私も参加したいと思います。

いのちとうとし

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