新型コロナウイルス危機・その4 ――「安倍宣言」の論理的意味――
《「安倍宣言」の論理的意味》
これまでのまとめと分析から全体像がかなり鮮明に見えてきたように思うのですが、如何でしょうか。以下、「安倍宣言」との比較を行う上で、「対策本部」を中心にした対応についての略記法を導入しておきます。すなわち、2月18日の文科省の方針、2月25日の基本方針、そして文科省の第二報に掲げられている方針を、「旧方針」と呼ぶことにします。その中身は、もし子どもの誰かが感染していると確認されたり、濃厚接触者として特定されたりした場合、あるいは学区内や近隣の地域での感染等が問題になった場合、校長の判断で学校を休校にしたり特定のクラスを臨時に閉鎖することは可能だという方針です。そして、北海道や市川市では2月26日と27日に、この方針に従って休校等の措置を取るという決定をし、公表したのです。
では、「安倍宣言」と「旧方針」との違いはどこにあるのでしょうか。簡単ですね。「安倍宣言」では、全く感染者がいない学校、濃厚接触者がいない学校、その学校のある地域内での感染が起きていなくても休校にして下さい、という「要請」をしているのです。つまり、COVID-19の影響を全く受けていない学校も、休校にして下さいと言っているのです。しかも、唐突に。ほとんどの学校がこれに従っていますので、「命令」あるいは「強制」と言った方が良いかもしれません。
でも、こんなに理屈に合わない休校があって良いのでしょうか。それを理解するためには、大人社会でこんなことをしたらどうなるのか考えてみれば一目瞭然ではないでしょうか。2月から3月初め、感染者が出た企業では、消毒等をした上で、数日間は休業するところが多かったのですが、それを「感染者がいない企業も、濃厚接触者がいない企業も、地域に感染者がいない企業も、数日間休業して下さい」と言っているのと同じなのですから。少なくとも何らかの説得力のある理由が示されない限り、こんな要請には従えないでしょう。
一言注意しておきますが、ここで問題にしているのは、2月末から3月初めの安倍政権と専門家の対応です。それから一月以上経った4月7日には緊急事態宣言が出されて、感染者がいない、濃厚接触者もいない場合にも営業の自粛をするようにという要請が出されています。感染者数やその増加の傾向等、社会全体の環境が大きく違いますので、その違いを視野に入れた上で、当時、分っていた事実を元にして当時の判断の是非を検証しています。特に論理性を考えてみて下さい。
元に戻って、「安倍宣言」では、一応その理由は示されています。「何よりも、子どもたちの健康・安全を第一に考え」なくてはならないというものです。この理由そのものに反対する人はいないでしょうから、次のステップについての吟味も甘くなるのかもしれませんが、感染者も濃厚接触者もいない学校、地域でも感染が見られない学校を休校にすることが、「何よりも、子どもたちの健康・安全を第一に考え」るために最優先されるべきことなのでしょうか。
後に示すように、2月末の時点で手に入っていたWHOと中国による共同調査の結果では、子どもたちの感染の多くは家庭で起きていると考えられています。つまり親から子へ、または家庭内の大人から子どもへというルートが圧倒的に多いということなのです。その前提で考えると、子どもを感染から守るためには、親を守ることが何よりも必要になります。あるいは、感染しているかもしれない大人たちとの接触を減らす努力も効果があることになります。
しかしながら、「安倍宣言」では、その逆の結果を生み兼ねないのです。つまり、感染者が発生していない段階での学校を休校にする措置は、子どもたちが感染する機会を増やす可能性があるのです。たとえば学校に行けない上、預かって貰える場所もない子どもたちが、親の職場で一日過すという恩恵に浴したとしましょう。大人との接触は全くない環境にできるのなら問題はありませんが、可能性としては、大人が多く出入りする建物の中で長時間過すのですから、結果的に学校に通っていたときよりは大人との接触の可能性が増えても不思議ではありません。それは感染の可能性を増やすことにはなっても、減らすためには役立たないことも理解して頂けるのではないでしょうか。
とは言え最初に述べたように、一般論として年齢は全く無視した上で、人と人との接触の機会を減らせばウイルスの感染も減る訳ですから、休校によって感染そのものの機会が減り、ウイルスの蔓延は防止されるという理屈に対する反論は難しいのです。でも、もう少し説得力のある説明・理由が欲しいですね。そしてそう思ったのは私だけではなかったようです。
実は、これからが本論なのですが、その準備のための論考が長くなってしまいました。「本論」では、2月25日から27日の、厚労省や文科省からの情報発信と全国的な動きとの関連に注目して、「安倍宣言」が、自らを有能なリーダーとしてアピールしたいという安倍総理の気持 (敢えて「功名心」と言っても良いですよね) が暴走したのではないかという仮説を検証したいと思います。また、3月2日に、その決定が正しかったという「お墨付き」を発行した専門家会議の「忖度」に、医学的根拠があるのかについても検証したいと思います。最後に、一つの大きな「仮定」を認めると、このように多くの本質的な疑問も氷解することを示したいと考えています。
[2020/4/14 イライザ]
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コメント
世界中に感染が拡大し、都市封鎖や国境封鎖も行われ、医療崩壊と言われる事態まで起きていると、当時の「安倍宣言」も批判し難い空気ですし、それを説明するためには多くのことを語る必要があるため、私自身もこうした議論は極親しい人と十分な時間がとれる場合にのみ行ってきました。
そうした中で、こうした論考がきちんとした文章で公開され残されるということは重要なことだと思いますし、感謝いたします。本論も心待ちにしております。
「工場長」様
コメント有り難う御座いました。
コロナ・カタストロフィーと言って良い状況にまでは至っていませんが、ほとんどの人が不本意な生活を余儀なくされ、中には地獄さえ見ている人もいる中で、一月前に起きた一エピソードにこだわるのは気が引けるのですが、それでも私なりの記録を残しておきたいと考えています。
できれば、「工場長」さんの知識と経験、鋭い分析力や真実を見分ける直観を元に、コロナが引き金になって明らかになった日本社会全体について、健筆を振って頂きたいと、心から願っています。
医療崩壊の危機的状況について、連日マスコミで報道されています。
政府は新型コロナウイルス感染者の発生以来、医療体制拡充の為の支援策を何ひとつとってきませんでしたね。
日本の人口比あたりのICUのベッド数は、医療崩壊にあるイタリアの半分以下、医師の数も日本はイタリアよりもはるかに少ないにもかかわらず、政府は欧米諸国の医療崩壊を「対岸の火事」のごとくみなしてきました。
今こそ医療体制を拡充し医療福祉現場に公的資金・物資を投入することが求められていると思います。
「アッキー」様
コメント有り難う御座いました。
御指摘のように、感染症対策について、我々にでも分るようなことについてさえ、政府は手を束ねてきました。それは、一つには「当事者意識」の欠如ですし、別の言葉を使えば、このシリーズの最初に言及した「受忍論」が「国」の基本的な考え方だからなのではないかと思います。
最終的には、主権者たる我々が立ち上る他、解決はできないのではないでしょうか。
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そうした中で、こうした論考がきちんとした文章で公開され残されるということは重要なことだと思いますし、感謝いたします。本論も心待ちにしております。
投稿:工場長 2020年4月14日 (火) 06時07分
コメント有り難う御座いました。
コロナ・カタストロフィーと言って良い状況にまでは至っていませんが、ほとんどの人が不本意な生活を余儀なくされ、中には地獄さえ見ている人もいる中で、一月前に起きた一エピソードにこだわるのは気が引けるのですが、それでも私なりの記録を残しておきたいと考えています。
できれば、「工場長」さんの知識と経験、鋭い分析力や真実を見分ける直観を元に、コロナが引き金になって明らかになった日本社会全体について、健筆を振って頂きたいと、心から願っています。
投稿:イライザ2020年4月14日 (火) 15時04分
政府は新型コロナウイルス感染者の発生以来、医療体制拡充の為の支援策を何ひとつとってきませんでしたね。
日本の人口比あたりのICUのベッド数は、医療崩壊にあるイタリアの半分以下、医師の数も日本はイタリアよりもはるかに少ないにもかかわらず、政府は欧米諸国の医療崩壊を「対岸の火事」のごとくみなしてきました。
今こそ医療体制を拡充し医療福祉現場に公的資金・物資を投入することが求められていると思います。
投稿:アッキー2020年4月15日 (水) 11時31分
コメント有り難う御座いました。
御指摘のように、感染症対策について、我々にでも分るようなことについてさえ、政府は手を束ねてきました。それは、一つには「当事者意識」の欠如ですし、別の言葉を使えば、このシリーズの最初に言及した「受忍論」が「国」の基本的な考え方だからなのではないかと思います。
最終的には、主権者たる我々が立ち上る他、解決はできないのではないでしょうか。
投稿:イライザ 2020年4月15日 (水) 11時41分