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2020年1月27日 (月)

千田小学校の被爆樹木などを訪ねて―その2

昨日につづき、千田小学校の被爆樹木を紹介します。広島市の被爆樹木リストには、11本の被爆樹木が登録されています。昨日は13本と間違って紹介しました。そのうち千田小学校の校庭で被爆した木は、カイヅカイブキ(2本、校舎入口の右側)、フジ(3本、校庭東側の藤棚)、この2種類は、校庭内で移植されています。クスノキ4本は、昨日の写真のとおりです。後の2本は、少しいわくがあります。

Dsc_5111

1本は、イチョウです。校庭の東側にそびえるように植えられています。このイチョウは、旧広島高等師範学校で被爆し後に移植されたもののようです。ですから被爆距離は1400m(千田小学校は1640m)となっています。もう1本は、広島市の被爆樹木リストの最後に登録されていますが、唯一被爆距離が書かれていません。このエノキは、国泰寺町の個人宅(詳細は不明)から移植されたものと伝えられているので、2000m以内で被爆したものとしてリストに登録されているようです。千田小学校50年史のリストには、国泰寺町・後亀氏宅と記載されています。

この2本の被爆樹木は、いずれも昨日紹介した地域の人たちの手によって集められたもののようです。

ところで、千田小学校には、これ以外にも「被爆樹木」と札がついた樹木が見受けられます。この札、広島市が取り付けた「被爆樹木」と同じ様式になっていますので、よく見ないとその理由がわかりません。

Dsc_5115 

正門を入るとすぐに、の車回しの築山があります。そこには、立派なソテツと手入れされた松が植わっています。「被爆樹木」の札がついています。なぜ被爆樹木のリストにないのだろうと不思議な気がします。

「被爆樹木」の札に何か違いはないだろうかと調べてみると理由がはっきりしました。まったく同じような様式の「説明札」ですが、樹木名の後に記載された文字が違っています。ソテツには、「千田小学校登録被爆樹木」と書かれています。解説には「旧陸軍兵器支廠(爆心地から2860m)で被爆し、後にここに移植されました。」と書かれています。同じ筑山に植わっているクロマツも「千田小学校登録被爆樹木」と書かれ、解説には「市内の自動車販売会社(正確な場所は不明)で被爆し、後にここに移植されました。」と書かれています。この他にもあと何本かの被爆樹木に「千田小学校登録被爆樹木」の札が付けられています。

Dsc_5140

肝心なことを忘れていました。広島市の被爆樹木リストに掲載されている樹木は「広島市登録被爆樹木」となっています。

広島市が被爆樹木リストを作る際に、千田小学校の熱心な活動と、先人の努力を認め、登録被爆樹木以外にも「千田小学校登録被爆樹木」という札を作ったと思われます。

他の場所で、千田小学校のような例をまだ聞いたことがありません。

千田小学校には、樹木以外にも多くの被爆物を集められていますので、もう一度きちんと調べて報告したいと思います

いのととうとし

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