核廃絶運動は歴史的厳しさに直面している (4) ――憲法の復権と民主主義の再生が必要――
長いシリーズになりましたが、前回までは、日本政府がこれまで一番固執してきたのは核抑止論であること、それは核兵器が国際法上合法であるという主張と表裏一体の関係にあることを確認してきました。しかし、その事実は究極的には、日本が自前の核兵器を保有するという、より大きな目標があってこそ意味を持つことも指摘しました。
「自前の核兵器保有」は、昨日今日始ったキャンペーンではなく、日本社会の底に流れる黒い「通奏低音」とでも表現した方が分り易いのかもしれませんが、もしこのような考え方があまりにも現実離れしていると感じる皆さんは、このことを一つの「仮説」だと考えた上で、ではその先はどうなるのかといった議論に参加して頂ければ幸いです。
国家として、このように大きな目標を掲げる際には、あたかも赤ん坊のように「ボク、あれ欲しい」と言うだけで事が進まないことは言うまでもありません。目標に関連するいくつもの事柄をそれらしくアレンジしあたかも高邁な思想の元に事が進んでいると思わせるための「シナリオ」や「お膳立て」が必要なのです。以下、箇条書きにしておきましょう。
① 大義名分――日本が核超大国になって、世界の政治を日本の思うままに操ると言った秘密の目標があるのかもしれませんが、仮にそうだとしてもそんなことは口が裂けても言えません。「核は国際法違反ではない」「核兵器があることで世界の平和が守られている(核抑止論)」という形の大義名分が掲げられているのです。
② 目標達成のための具体的手段――かつて、科学技術庁という金食い虫のお役所がありましたが、その科技庁の二大目玉政策は、原発の推進とロケット技術の開発でした。
(ア)原発の推進--言うまでもなく、原発と核兵器とは表裏一体の関係にあります。原発によってプルトニウムを生産しそれを使って核兵器を生産するという「サイクル」が必要だからこそ、経済的にも環境という面からも計算の合わない原発を推進し続けているのです。
(イ)最近になって、DPRK (北朝鮮ではなく正式の国名の略称を使います。朝鮮民主主義人民共和国の英語名の略です) が短距離の「飛翔体」を発射したことが大騒ぎになっていますが、日本のロケット技術の高さはそんなレベルとは懸け離れた実績を持っています。
③ 国内法の整備――核兵器推進派の主張は、「現行の日本国憲法は核兵器の保有を禁止していない」なのですが、念には念を入れて9条を改正し、核兵器の保有や使用を表立って、憲法に認めさせようとしています。多くの国の憲法が核兵器を合憲だと認めれば、それは、国際的な場で核兵器禁止条約(以下、「核禁条約」と略)に対抗する力を持てるからですし、「核抑止論」が仮に国際的舞台では認められなくなっても、国内では「合憲」になる仕組みを作っておかなくては安心できないからです。
④ 反対勢力の力を削ぐ――核兵器廃絶運動、平和運動等の集会で目立つのは、圧倒的多数が高齢者だという現実です。高齢者が中心になって大きな反政府運動が起きるかどうかは疑問かもしれませんが、煩い高齢者を潰すことだけはやっておこうと、政府が考えたとしても不思議ではありません。年金を減らし、移動手段を奪い、高齢者が気軽に反政府運動を起せない、あるいは参加できない状態を作っておけば、ほとんどが「草食系化」してしまった若者たちが反旗を翻すことはないだろうという、若者に対しては許せない判断がその根底にはあるのかもしれません。
こうしたシナリオを推進しているのが、キム・ジョンウンとかドナルド・トランプといった、独裁的な政治家であれば、誰が発信源であるのかがハッキリ分りますので、シナリオの全体像やその輪郭も鮮明に把握できるのですが、我が国の場合、安倍政権が推進しているとは言え、肝心要のところでは、責任者が誰なのかが霞んでしまっている感があります。つまり、「忖度」に依存する責任体制のように見えるのです。
この点は、太平洋戦争の遂行に当っての、当時のわが国の中枢部の責任体制を踏襲していると考えると分り易いかも知れません。「忖度」による決定が日常的に行われており、天皇という、当然責任を取るべき立場にいた人物に塁が及ばないようなシステムを構築していたからです。しかし、結果として事が上手く運んだ場合には、それはトップが優れていたからだという後付けの説明が付いて「神格化」が進むこととも一体のシステムでした。
しかし、仮に責任者の存在が隠されていたとしても、その結果として例えば核兵器の保有とか使用といった重大な事態に至るのであれば、私たちは、責任の所在とは別次元の判断でそのような結果を阻止するための行動を取らなくてはなりません。主権者は私たちなのですから。そして、被害を受けるのも私たちであり、私たちと同じ立場の世界の人々なのですから。
結論だけ簡単に述べておくと、現在の日本政府の方針である「核兵器禁止条約に反対。当然、署名も批准もしない。」を変えさせることが必要です。つまり、日本政府が核兵器禁止条約を批准する、また核兵器禁止条約が効力を持つよう、日本政府が世界の国々に働き掛ける、といった結果になるよう、私たちの力で政治を変えなくてはならないのです。まず第一歩として、と言っても良いでしょうし、最低限という「限定」にしても良いのですが、日本政府が核兵器禁止条約に対しての積極的反対という立場を再検討するような政治環境を作ることが必要です。
しかるに、このような目標を実現する上で、日本の平和運動はこれまでにない厳しい自己点検を行い、新たな戦略を策定しなくてはならないのです。
この項、続きます。
[2019/8/11 イライザ]
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