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« 戦後74年目の夏、被爆地「長崎」を訪ねて ―原爆被害とともに、加害の事実にも目を向ける視点を― | トップページ | 生協虹のひろば »

2019年8月27日 (火)

三良坂平和公園、平和美術館を訪れて

先日、庄原での用事の帰り道、少し帰り道を変更して、三次市三良坂町にある三良坂平和美術館を訪ねました。同美術館が建っている三良坂平和公園には、私の知っている人たちの作品も多数ありますが、まず美術館の展覧会へと足を運びました。

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展覧会は、「柿手と4人のなかま」のタイトルで開催されていた33回平和展の最終日でした。三良坂平和美術館は1986年に三良坂町が行った非核平和自治体宣言を記念し、地域文化への貢献を目的に1991年6月に開館しました。その時から、三良坂町出身で反戦画家の柿手春三の作品が常設展として展示されています。今回の展覧会は、柿手春三の作品とともに、この柿手春三に三次高等女学校(現三次高)で学んだ画家熊谷睦子さんが、ほかに3人の女性画家に呼び掛けて、作品78点を集めた展示となっていました。独特の画風で平和を訴える書き手作品を見ることができました。

美術館を出ると、三良坂平和公園に設置された様々なモニュメントが目に入ります。2年ぶりに訪れましたので、ゆっくりと見て回りました。その一部を紹介します。

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最初の目に飛び込んだのは、美術館の外壁を飾っている大壁画です。タイトルは「翔べ永遠に」です。この作品は、被爆50年の1995年に画家の吉野誠さんの指導で、平和と人権を大切にしようと当時の三良坂町民150人が力を合わせて完成したものです。壁画を飾っているハトや人間は、吉野さんが考案したアルミ板を切り取って作ったものです。

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そういえば、美術館の事務所にも吉野さんから送られてきたという作品が何点も並んでいました。昆虫をかたどったカラーの作品もあります。コカ・コーラの空カンなどがうまく利用されています。

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この壁面から目を反対側に転ずると、ここにも私たちの運動とかかわりの深い人の作品が目に入ります。メインは、1994年8月に建立された「原爆・戦争犠牲者追悼 非核・平和を願う 母と子――わたす像」という大きなモニュメントですが、その横の自然石には、このモニュメントを題材とした栗原貞子さんの詩「母と子 わたす像」を刻んだモニュメントもあります。

「インド砂岩の白い裸像の母は/白い裸像の子どもに/何を渡そうとしているのだろう//夕暮れの平和公園の広場には/白い灯篭がいく百も置かれ/五濁の世を清らかに照らしている/像の前に集まった人々は/母が子どもに わたそうとする願いを/胸に燃やして手をとりあっている//ここ 平和公園の白い灯篭の灯は/いまも絶えない世界の戦火を/しずめようとする祈りの灯/裸像の母が 子どもにわたそうとするもの//わたすの像よ/世界中の母と子にわたしてください/わたしたちの願いを」

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この平和公園では、合併後も三次市が主催し毎年8月に平和のつどいが開催され、灯篭が並べられるそうです。ちなみに今年は、8月3日に開催され、約千基の灯篭が並んだようです。三良坂の皆さんの反核・反戦・平和への強い思いを再認識した三良坂平和公園探訪となりました。

いのちとうとし

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