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2019年7月22日 (月)

広島一中の原爆犠牲者数

国泰寺高校同窓会事務所を訪問した続きです。

同窓会の事務所の隣の部屋には、同窓会に関する資料が展示されていました。その中には、広島一中の被爆に関するいくつかの貴重な資料がありました。その一つが、広島一中生徒が、どこで原爆の犠牲になったのかを調査し、図示した地図がありました。

Dsc_3614

紙の赤茶け具合や記された漢字に旧漢字が使用されていますので、古い資料だということが分かります。この地図を見ると校内だけでなく、建物疎開作業に従事していたと思われる場所(土橋付近)でも犠牲者がいたことがわかります。ところで地図の中に書かれた犠牲者の全部を足すと367人になります。一昨日紹介した「星は見ている」の「はじめに」には「生徒三百五十九名と渡辺豊市校長、桑田清教頭以下十名の職員の命を奪い去った。」とあります。この人数(合計369人)と地図に書き込まれた人数には、数字が若干違いますので、地図は調査途中で書き込まれたもののように思われます。一応手元にある再版を重ねた「星を見ている」の「はじめに」に記載されている人数を全部調べたのですが、当然のことですが数字は変わっていません。この数字の違いがちょっと気になったものですから、ネットで検索して見ました。最初に、中国新聞の2018年1月29日の記事がヒットしました。それは、国立広島原爆死没者追悼平和祈念館が、昨年一年間にわたって企画展示した「星は見ている」の紹介する記事でしたが、そこには冒頭「353人の生徒が原爆で犠牲になった旧制広島一中(現国泰寺高)。」と記載されており、「星は見ている」の「359名」と違うのです。さらに別の情報を検索すると「在学生の351、教職員15名の合計366名」という数字も出てきます。

本当の犠牲者数は?疑問がわきます。国泰寺高校に電話で問い合わせたところ「そのことについては、同窓会が管理されていますので、そちらで確認してください」とのこと。そこで同窓会事務所に電話を入れました。先日お会いした久保木事務局長から詳しく教えていただきました。「確かに過去色々な犠牲者数があったものですから、再調査しました。平成21年(2009年)11月11日現在で生徒の犠牲者は、353人、教職員16人の合計369人が、きちんと名前も確認できた犠牲者数です。」そして生徒の353人の犠牲は「1年生が288人、2年生2人、3年生56人、4年生6人、5年生1人です。この調査で新たに名乗り出られた遺族もありました。一年以内に亡くなった犠牲者の数です。」と丁寧に教えていただきました。今はこの「369人」が広島一中関係の犠牲者ということになっているそうです。

Dsc_3616

地図のほかにも貴重な資料がありました。被爆後一周年の1946年8月に写された写真です。下部の説明文には「1946年(昭和21年)8月、息子を亡くした父母等を中心に、広島一中関係者が慰霊塔に集まった」と書かれていますので、翌年にはすでに追悼式が行われていたことがわかります。市内でも最も早い時期に行われた慰霊祭のようです。「ようです」というのは、確認できる資料が見当たらないからです。

Dsc_3628

現在は、校門を入ってすぐ右に、石造りの「追憶之碑」があります。この碑は、1948年に建立されていますが、当時はまだ占領下で「原爆」という言葉がつかえず「追悼」という文字になったと言われています。そしてその後ろには、全犠牲者の名前が「原爆による」という言葉とともに刻まれた「原爆死没者の碑」があります。こちらは、1958年に建立されました。この碑の前では、毎年7月の第4日曜日に慰霊祭が行われており、今年は、7月28日に実施されるということです。近くですので、今年は参列しようと思っています。

いのととうとし

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