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2019年6月25日 (火)

広島県原水禁、秋葉忠利代表委員の講演

 6月19日、被爆74周年原水爆禁止世界大会第1回広島県実行委員会(結成総会)が西区横川町の自治労会館で開催されました。6月20日の、このブログで「いのちとうとし」さんが、その内容は書いておられます。

この会の中で、秋葉忠利代表委員が話されたことが、ずっと頭の中に残っています。秋葉さんは「核兵器禁止条約採択以降の世界の日本の状況」というタイトルで約1時間話されました。

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頭の中に残っているもの一つは、今日の状況について「戦後、もっとも厳しい状況にある」という分析です。にもかかわらずこの国の人間は、怒らないということへの、秋葉さんの「怒」が伝わってきました。まったく同感ですし、これに対して「じゃあ、どうすれば良いのか」と考えても、答えが出てきません。

経験からいえば、私たちが活動に関わり始めたキッカケは、労働組合の存在です。労働組合が大きく平和運動に影響を与えていました。そして特に広島では、被爆者として素晴らしい先輩が多くおられました。当然のことですが、74年という年月の経過はあの世に逝かれるということで、別れるという宿命が訪れてしまいました。

二つ目は、僕自身も経験していることですが、かつて特に米国人に原爆のことを話した時、「真珠湾を最初に攻撃したのは日本だ」、「原爆投下によって戦争を早く終わらせた」という反応と、「今でも日本人は米国を憎んでいるのか?」という問いかけがほとんどでした。秋葉さんの話しによると、戦争直後では米国人のこの反応は90%を超えていたそうです。それが09年には67%となり、15年には56%、16年には45%に低下しているそうです。

この数字が表わす理由には、オバマ大統領の誕生、どこにでも核戦争が起きる可能性があるという世界状況、世界中で発生した原発事故、そしてなんと言っても、被爆者の人たちが自らの体験を語り、書き、という形で「二度とヒバクシャをつくらない」ということを世界中に訴えている努力だと思います。

厳しい厳しいと、どうしても落ち込み気味になりますが、日本では395の自治体で「核兵器禁止条約を批准すべし」という決議が行われているそうです。  

僕が調べたのですが、米国でも同じ内容の自治体決議が複数されています。

秋葉さんは次の7点を、この国の状況を見る中での「動き」のポイントとして提起されました。

  ①核兵器の「国際法違反」を否定する動き

  ②自前の核兵器保有を目指す動き

  ③そのために原発をやり続ける動き

  ④そのためにロケット開発を目指す動き

  ⑤憲法改悪で法的根拠を固める動き

  ⑥選挙制度を変えない動き

 ⑦五月蠅い(うるさい)老人は排除する動き

この五月蠅い老人とは、現在平和運動に中心にいるとされる高齢者を指します。

最後に、There is still time brotherと話されて講演を閉めました。この英語、「兄弟たちよ、まだ時間はある」という意味です。

木原省治

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