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2019年3月27日 (水)

宮島戦跡紀行

少し前に、宮島に行きました。

宮島と言っても、厳島神社には見向きもせずに、宮島に残る戦跡めぐりをしに行きました。

まずは、海を渡る前に腹ごしらえ。対岸の大野町で「瀬戸内レモン冷麺」を食べました。

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 宮島港について、車で40分ほど西に進んで最初の目的地に着きました。

室浜砲台跡

説明板によると、1898年着工。日露戦争宣戦布告1904年の直前に備砲完了。広島は呉をはじめとする陸海軍の重要施設や多くの艦船泊であり、これらを防衛するため、広島湾をとりまく要塞の一環としてつくられたそうです。

でも、日露戦争終結まで一度も実践をすることなく、任務を終了したそうです。(防衛の拠点が下関に移ったため)

ということは、6年もかけてつくったけれど、すぐに「いらなく」なったということです。

使われなかったのは、よかったけれど、戦争は無駄なことだらけ。まさに「生産性がない。」

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下のまるいのが砲台です。

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幹部の部屋だったのではないかと説明していただきました。

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次に、めざしたのは、鷹ノ巣砲台跡。

ふたたび車に乗って1時間は走ったでしょうか。思っているより宮島は大きな島でした。

まだ西日本豪雨の被害が残る細い山道を、気を遣いながら進んでいきました。

鷹ノ巣砲台跡は、宮島の山の上の方にあります。

車で行けるぎりぎりまで行った後は、ひたすら徒歩で山登り。

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日頃運動不足の私、とにかくがんばりました。

近づいてくると、井戸やトイレ跡がありました。

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階段をぬけると、

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やっとのことで着きました!

鷹ノ巣砲台跡

鷹ノ巣砲台も、室浜砲台と同じ時期、同じ目的でつくられたそうです。

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砲台長の部屋

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砲台長室の真上には方位観測所

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砲側庫の煉瓦は呉で焼かれたそうです。

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地下兵舎脇の石垣

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広島大学大学院理学研究科附属宮島自然植物実験所の敷地内にある室浜砲台に比べて、

鷹ノ巣砲台は、荒れが結構進んでいました(>_<) 一人で行くのは危険です。

下山の際は、広島?の街も海の向こうに見えました。

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鷹ノ巣砲台は、海岸(鷹ノ巣浦)の方にも低砲台があります。他のみんなは行きましたが、私は、体力温存のため荷物番をしました。(写真がなくてすみません。)

山を下りても宮島には、戦争と関係のある遺構があちこちにありました。

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みなさんも、機会があれば行ってみてください。

 (濱野 梢)

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