「広島ブログ」

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2022年5月29日 (日)

「第33回ヒロシマの旅」

毎年、各都県で「反核平和の火リレー」を実施している平和友好祭実行委員会が主催する「ヒロシマの旅」が、昨日と今日の二日間広島市内で実施されています。

昨日は、午後5時からアステールプラザで開会集会が実施されました。私も広島県原水禁を代表して参加した、激励のあいさつを行いました。広島県平和運動センター佐古正明議長も参加されました。

この「ヒロシマの旅」の主目的は、各地で実施する「反核平和の火リレー」で走り継ぐ「平和の火」を平和公園の原爆慰霊碑の後ろで、世界の核兵器が亡くなるまで燃え続ける「平和の灯」から採火し、各地に持ち帰ることです。

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もちろん「平和の火」を採火するだけでなく、「ヒロシマの旅」と名称がついているように、原水禁運動の原点である「被爆の実相」を学ぶことも重要な課題となっており、多くの時間が割かれています。

この「ヒロシマの旅」は、これまで2泊3日の日程で開催されていましたが、コロナの感染が拡大して以降、ここ3年間1泊2日の日程で開催されています。しかも、一昨年、昨年と2年間、秋の開催となっていましたが、今年は、実行委員会の努力もあり、「反核平和の火リレー」がスタートする前の5月開催が実現しました。今年の参加者は、コロナ過ですが、スタッフや県内を含め12道県54名です。

今年の日程は、次のとおりです。

一日目(午後1時半受付開始)

・被爆電車に乗り二人の被爆体験を聞く

・平和記念資料館の見学

・開会集会後、反核映画「ヒロシマ・母たちの祈り」鑑賞

・講演「大久野島で起ったこと」講師:山内正之さん

  2泊3日の時は、大久野島訪問も実施されていた

二日目

・被爆証言を聞く 講師:平野貞男さん(広島県被団協)

・碑めぐり

・採火式

・集約集会(12時30分に全日程終了)

タイトなスケジュールですが、毎年、参加者はメモを取りながら熱心に参加する姿が印象的です。

昨日の開催集会には、「核兵器禁止条約」の第1回締約国会議が開催される今年、一方ではロシアのウクライナへの軍事侵略で、プーチンの「核使用発言」により、世界は核危機を迎えました。さらに、日本国内でも「核共有」発言が公然と行われるなで、かつてない核状況の中で、「反核平和の火リレー」が、実施されることになりますので、この「ヒロシマの旅」で持ち帰った「平和の火」が、各地の市民の反核の思いに火をともしてくれることを願わずにいられません。

今年は、幸いにして二日間とも天候に恵まれ、有意義な「平和の旅」となったようです。

いのちとうとし

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2022年5月28日 (土)

広島県原爆被害者団体協議会2022年度総会に参加

広島県原爆被害者団体協議会(「県被団協」)の2022年度総会が、昨日(27日)午前10時より平和ビル5階会議室で開催されました。県被団協の総会が、対面式で開催されるのは3年ぶりです。

前田耕一郎事務局長の司会で始まった総会は、冒頭、昨年10月に亡くなられた坪井直前理事長をはじめ原爆で犠牲となった人たちに黙とうをささげました。そして箕牧智之理事長が、「ロシアのウクライナ侵攻から3カ月、毎日尊いいのちが奪われている。」さらに今月14日に来広したEUミシェル大統領が「世界の指導者が被爆地を訪問すべきだ」と呼びかけたことを紹介するとともに「今日は、核兵器禁止条約が発効して458日。日本政府は禁止条約を早期に批准すべきだ」とあいさつ。

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続いて、来賓のあいさつですが、今年はコロナ過ということもあり広島市長代理、連合広島、県生協連、そして原水禁代表の私の4人のみが出席し、あいさつを行いました。

あいさつ後、来賓は退席し、議案提案、質疑が行われました。

当日配布された総会議案の一部を紹介します。

経過報告の核兵器禁止条約に日本政府が参加するようを求める署名活動の中では「広島県原水禁の仲介でこの署名に原水禁国民会議の協力を得られて全国から多くの署名が寄せられました。」ことが記載されています。

また2022年度活動方針では、前書きで「私たちは自らの体験の上に立って核が絶対悪であること、核兵器は廃絶されるべきであることを訴え続けてきました。私たちは命ある限り、核兵器の廃絶を声高く訴え、実現を求めていきたいと思います。そして核兵器は戦争、争いごとの中で使用されるものであることから戦争、争いごとへの反対を訴えていきます。

そのため、県被団協として、さらには広島県原水禁など友好団体と協力して、機会あるごとに反戦、反核、ロシアによるウクライナへの軍事侵攻反対の行動を行い、声を上げていきます。」と、ここでも広島県原水禁との共闘が明記されています。

また活動方針で目立つのは、被爆者が高齢化し年々少なくなっていく現状の中で、被爆二世・三世の役割が強調されていることです。総会出席者も年々人数が減るとともに二世の出席者が増えていますから、この方針も当然のことといえます。

具体的には次の二項目が新たの方針として明記されています。①被爆した親を身近で見守ってきた被爆二世・三世会員による被爆体験の継承・講話の実施②懸案であった二世・三世会員からの会費納入。

すでに各地区の被爆者団体では、実質的に二世が中心となって運営されている実態が多くなっています。県被団協の運動と組織の継承のためには、絶対に必要なことだと思いますので、今年度この方針が具体化されていくことが期待されます。

広島県原水禁として、今後も広島県被団協との連携の重要性を改めて認識した県被団協総会でした。

いのちとうとし

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2022年5月27日 (金)

冊子「丸木位里の足跡を訪ねる」

新聞報道で紹介され、入手したいと思っていた冊子「丸木位里の足跡を訪ねる」をようやく手にすることができました。

この冊子は、広島大学と地域が連携し、地域社会が直面する課題の解決や地域の活性化をめざす「地域元気応援プロジェクト」の一環として作成されたものです。表紙を含めて16ページの小冊子ですが、豊富な内容で構成されています。

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よく知られているように丸木位里さんは、丸木俊さんと共同制作した「原爆の図」の作者ですが、現在の広島市安佐北区安佐町飯室(当時は安佐郡飯室村)の出身です。丸木位里さんのことは、「原爆の図」の作者というだけでなく、森瀧市郎先生も同じ年1901年の生れだということが特に印象に残っています。丸木さんは、6月20日生れ、森瀧先生は、4月28日生れです。没年もほぼ同じ、森瀧先生が1994年1月25日、丸木さんは一年長生きで1995年10月19日です。

「丸木位里の足跡を訪ねる」には、飯室地域に残る作品の紹介と共に丸木位里さんにまつわるこの地域の話が紹介されています。

丸木位里さんが、飯室の出身だということは、以前から知っていましたし、飯室の複数のお寺に襖絵などの作品があることも知っていましたが、これまで一度も訪ねたことはりませんでした。

これらのお寺の前を通る国道191号線は、何度も何度も通った道ですが。

この冊子の最初のページには、見開きで「位里さんと故郷のつながりを示す場所」が地図になっています。

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作品リストには、飯室小学校(石碑)、恵比寿神社(門柱)、浄國寺(襖絵)、養専寺(襖絵),正念寺(襖絵)、安佐公民館(額)、安佐区民文化センター(襖絵、額)の名前が並んでいます。これを見ると、何ともこの地に足を運ぶ制作活動をされた丸木位里さんの郷里への強い思いが伝わってきます。

この冊子では、それぞれの作品の紹介とともに、そのゆかりも紹介されていますが、執筆編集者は、広島大学教育学部造形芸術系コース有志ですので、水墨画特有の技術的なことも書かれていますので、現地を訪れるときに持参すれば、良い解説書になると思います。

この中で、私が直接目にしたのは安佐北区民文化センターのふすま絵でだけですので、この冊子を手に、丸木位里さん足跡を訪ねてみたいと思います。

いのちとうとし

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2022年5月26日 (木)

「米海軍無人偵察機トライトンの飛行中止」を求め、要請書提出

岩国基地の機能強化が進み騒音被害も大きくなっている中で、「岩国基地の拡張・強化に反対する広島県住民の会」は、24日午後中国支局防衛局を訪れ、「米海軍無人偵察機トライトンの飛行中止」など3項目の下記の要請書を提出しました。前書きに、現在の岩国基地を取り巻く状況も記されていますので、全文紹介します。

私も、同会から参加を求められ同席しました。


要請書

 5月12日、中国四国防衛局から岩国市と山口県に「米海軍無人偵察機トライトンをグアムアンダーセン基地から約5か月岩国基地に配備する」と説明したと報道されました。岩国基地の機能強化につながる配備の撤回を強く求めます。なし崩し的な運用は約5か月にとどまらず、今後も継続する可能性があります。ジェット戦闘機に比べ小型で騒音が小さいからと言って、無人機が広島県上空を飛行することは容認できず、配備撤回を求めます。

 岩国基地は埋め立てによって基地が拡大し、専用港湾も整備され着実に機能強化されています。洋上基地船ミゲルキースの昨年秋からの3度の寄港や強襲揚陸艦など相次いで寄港しています。くわえて、空軍戦闘機なども訓練のため飛来するなど、米軍アジア戦略の拠点として、なし崩し的に機能強化されることに強い怒りを感じます。

 また、427日、岩国市と大竹市に「岩国基地の騒音助成エリアの見直しを行う」と説明しましたが、滑走路の沖合移設後の空母艦載機の移駐や外来機の飛来、機種の変更によって、広島県の調査でも大きく騒音が増えています。さらに、複数機による飛行や市街地での飛行など単発的に大きな爆音もあり、W値だけではなく総合的に判断し、縮小を前提とした見直しは行うべきではありません。

これらのことから、下記の通り要請します。

1.米海軍無人偵察機トライトンの飛来中止を求めます。

2.住民の暮らしの安全と安心を守り、貴重な資産を守るため生活区域や世界遺産等の上空を飛行させないこと。

3.区域の見直しの名目で騒音エリアの縮小をしないこと。


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要請に対する主なやり取りとその感想を、当日の参加者のメモで紹介します。

1.米海軍無人偵察機トライトンの飛来中止を求めます。

(回答)周辺の安全保障環境が厳しさを増しているので情報収集の体制強化は重要である。安全運用に万全を期す。

Q:恒常的配備につながるのではないか?⇒A:米軍が決める

2.略

3.区域の見直しの名目で騒音エリアの縮小をしないこと。

(回答)見直しは全国的に進めていく。岩国は1992年に指定。その後沖合移設、移駐完了などあり、実態に即したものに見直すために調査をする。

Q:調査にあたって、艦載機が帰還している期間、離れている期間等でW値はかなり違うことは明らかだが…、どうする?

Q:調査開始は?

(回答)調査2022-2023年の予定。それから見直しが始まる。調査についても、またその後の進め方についても未定。

感想:

・次々と新たな事態が発生する。強化が今までにない速度で進められていることを実感する。

・曖昧、お決まりの回答ばかりであった。

最後に、特に騒音調査について次のことを要望し終了しました。

①環境省が基準を決めているというが、これは基地問題であるという視点を持つべき。

②今後、調査法などについて改めて要請行動を行う。

今回の要望書提出では、「コロナ禍」を理由に面談時間が30分間と大幅に縮小されました。市民の声を聴く時間が、どんどんと縮小され、おざなりな対応になっていくように感じました。

いのちとうとし

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2022年5月25日 (水)

島根県議会は再稼働を許して良いのか

 明日、5月26日島根県議会は島根原発2号機の「再稼働」を認めることを決めるようです。まさに「できレース」「茶番」、どんな事態が起ころうと再稼働を認めるという原発推進議員の姿勢は、情けない限りです。

松江市出身の衆議院議員である細田博之さん、衆議院議長でもあるのですが、この人は島根原発再稼働に大きな力を発揮しています。議長の歳費(給料)について「たった100万円」と言ってみたり、自らの政治団体への寄付金の記載漏れを「うっかり」と軽く発言してみたり、週刊誌に「セクハラ疑惑」を書かれたり、化けの皮が剥ぎ取られたにも関わらず開き直る態度、このレベルの人だとは思っていましたが、それに対して知らんぷりをして、彼を許す島根県の政治家に腹が立ちます。

一方、再稼働をめざしている中国電力、「人の噂も七十五日」というのがありますが、その七十五日が過ぎないにも関わらず出てくるこの会社の不始末、こちらも情けない限りです。

顧客の個人データを廃棄したという事件、島根原発で働く作業員の身分証明書の期限を書き換えて原発内に入ったという事件、昨年には原子力規制委員会から借りていた書類をシュレッターにかけて無くしたという事件、その度に繰り返す「再発防止に全力をつくす」という言葉、それでも再稼働を認める県民の代表といわれる議員たち、これまた情けない限りです。

長い間、僕は中国電力を視てきましたが、こういう事件を繰り返すこと、これは簡単に戻せない体質のような気がします。人間は体質改善するということで、いろいろなサブリが売られていますが、中電の場合はもっと基本的なDNAだと思います。また同様の事件を繰り返すのは間違いないでしょうね。間違いを起こしても、会社の上層部から本気の反省が感じられないのも、この会社の体質です。

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島根県庁(写真の真後ろの方向約9キロに島根原発がある)

県議会が再稼働を認めれば、丸山達也島根県知事が「総合的に判断して…」と言って再稼働を容認することを表明することになるのでしょうか。この「総合的」という言葉、島根県の担当者から何度聞いたことでしょうか。本気で総合的を考えたら、今の状況からは決して再稼働の容認にはならないと思うのですが。

再稼働への段階は、知事同意の後は中国電力からの原子力規制委員会への「工事認可申請書」提出、その後は「保安規定」の提出という段階になります。中国電力より早く県知事合意が出た宮城県の東北電力女川原発は、その後に起こった硫化水素漏れ事件などで、再稼働の目途はたっていません。

26日の島根県議会では議会傍聴、再稼働同意がされたら抗議集会も計画されています。広島県からも駆けつけることになっています。

 木原省治

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2022年5月24日 (火)

「水辺の吹奏楽フェスティバル」―3年ぶりの開催

21日(土)の午前11時過ぎ、本川町の靴の修理屋「靴専科」に行こう平和公園内を歩いていると元安川の方から吹奏楽の演奏の音が耳に届きました。

「何をやっているかな」と音の聞こえる元安橋方面に移動すると、原爆ドーム前の対岸に設けられた「元安川親水テラス」で、水の都ひろしま推進協議会が主催する「第18回水辺の吹奏楽フェスティバル」が開催されていました。

このフェスティバルは、11時からのスタートですので、私たちが耳にしたのは、最初の出演者・県立安古市高等学校吹奏楽部の演奏でした。渡されたプログラム表によれば、スタート曲は「それ行けカープ!」だったようですが、私たちが気付いたのは、3曲目の「DEEP PUPPLE MEDLEY」でした。この曲も最後の部分で、近くに行ってしばらくすると演奏が終わりました。

プログラム表では、次の演奏まで、15分以上ありましたので、この場を後にし、「靴専科」へと移動しました。修理の依頼を終えて、相生橋を渡っていると再び吹奏楽の音が聞こえてきます。2番目の演奏校広島市立己斐中学校吹奏楽部です。少し時間もありましたので、正面から演奏を聞こうと「元安親水テラス」の対岸に移動しました。

こちら側では、多くの人が演奏に聞き入っています。かなりの人が、スマホで演奏風景を動画撮影中ですので、出演者の関係者だと思われます。

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私たちも、少し足を止めて演奏に聞き入りました。

プログラムを手渡されたときに説明を受けたのですが、一昨年、昨年と2年間コロナ対策で中止となったため、「第18回水辺の吹奏楽フェスティバル」は、3年ぶりの開催となったそうです。

コロナ禍、色々と制約があり演奏会もままならない状況だったと思いますが、3年ぶりにようやく開催され、本当によかったと思います。もし今年も延期になっておれば、この場での演奏を一度も体験することなく、卒業しなければならなかった子どもがいたことになるのですから。

プログラムによれば高校、中学13の吹奏楽部が持ち時間20分で、演奏することになっていましたので、終わるのは、午後4時35分と長時間の演奏会ですが、平和公園を訪れた人への思いがけないプレゼントになったと思います。

私たちは、己斐中学校の演奏が終わった時点で、会場を後にしましたが、少し暑いぐらいの天候に恵まれて、良いフェスティバルになったと思います。

いのちとうとし

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2022年5月23日 (月)

2022.5月のブルーベリー農園その3

雨が少なく晴天、曇天が続く中、東広島市豊栄町のブルーベリー園に安芸区の自宅からブルーベリーの剪定や草刈りの作業をするために通う。ブルーベリーは開花から結実に移って実が少しずつ大きくなっている。早生のブルーベリーは毎年6月下旬に初収穫をしているのであと1ケ月あまり。安芸の郷の建物の第2森の工房AMAの屋上では早生と中生のブルーベリーを栽培しているが、もう色づき始めていて、月末には初収穫を迎える。その建物の中にあるCafeさくらでフレッシュブルーベリーの生ジュースがお目見えするのも近い。

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514日(土)

庭の池の周りにトンボがきた。

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515日(日)

農園の周囲の花から

①道路沿いのブルーベリー畑の法面に植えているオオタニウツギ

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②沢山の小さな花を咲かせる。

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③アザミ

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④バイカイカリソウ

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⑤ブタナ

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⑥ジャーマンアイリスとブルーベリー農園(521日)

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⑦ジャーマンアイリス(521日)

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⑧521日になるとエビネもしぼんでいる。オオタニウツギの花も21日にはもうない。農園の周囲の花のうつろいは足早い。

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521日(土)

田植えから約3週間。緑の藻が生える中伸びていく早苗。山影が田の水に映る。

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ソラマメの初収穫。待ち切れず袋の中を覗く。ブルーベリーの剪定や草刈り作業の合間にトマトやナスなどの夏野菜の苗を植えた。

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社会福祉法人安芸の郷

理事長 遊川和良

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2022年5月22日 (日)

5月の「19日行動」-三原、府中

三原の藤本講治さん、府中の小川敏男さんから、それぞれの地区の「19日行動」の報告が、写真とともに届きました。

三原地区

5月19日、木曜日、17時30分から三原駅前で16人が参加して街頭行動を実施しました。

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6人の弁士は、「日本国憲法発効75年」(5月3日)、「沖縄本土復帰50年」(5月15日)を迎えた節目の街宣活動として、今、ロシアによるウクライナ侵略戦争が起こる中、憲法9条改悪や敵基地攻撃能力の保有、非核三原則(持たず、つくらず、持ち込ませず)の見直しなど「戦争する国づくり」の大合唱が起こっていることに対して警鐘を鳴らし、不戦を誓い合った平和憲法を守ることの重要性を訴えました。

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高木武子さんは、➀私たち戦争をさせない三原市民行動は、6年にわたり平和憲法を守る運動を継続して行なっています。日本は75年間、戦争を経験していません。私たちは、今後も平和な社会が続くよう行動を行っています。市民のみなさんからも私たちの行動ひと月に一回ですが、「よく頑張っているね。なかなか駅前に立つことはできないけど一緒に応援します。戦争はダメです。」という市民の方々の声をいただいています。私たちの運動の成果が大きくは表れていないかもしれませんが、「戦争は絶対やったらいけない。戦争は人を殺し、殺されるということを先の大戦で経験したではないですか。」という市民からの声を聞いています。②ロシア・ウクライナ侵攻問題、私たちが暮らしている地球上でいつ戦争が起こるかもわからない事例であります。悲惨で残酷な弱い立場の子どもや女性が戦争の中で大変な状況になっています。日本ではロシアのウクライナ軍事侵攻を利用して、戦争放棄を謳った憲法9条を改悪して戦争する国にしていこうとする政治勢力が台頭してきています。「市民のみなさん、平和や私たちの暮らし、政治に関心を持ち、再び日本が戦争への道を歩まないように行動していきましょう。」とスピーチしました。

 藤本講治

府中地区

安保法制に反対する府中民の会で19日行動を取り組みました。

15時30分から上下町のAコープ前、17時から府中天満屋前で行い、

参加者いずれも10人でした。

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今日も、安保法制に反対する府中市民の会でスタンディングとリレートーク。

上下はいつもたくさんの人が車窓から手を振ってくれるのですが、なんとなく少なく、いつも無反応の車が多い府中天満屋前で高校生や中学生が手を振ってくれました。

戦争は民と民の殺し合いです。命令を下す人間は戦後ものうのうと生き続ける。

平和を求める人は差別と迫害を受け最後には命を奪われます。

私はこのことを絶対に忘れません。

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リレートークでは、ロシアのウクライナ侵略への非難、沖縄を差別し続ける日本政府への抗議、敵基地攻撃能力を反撃能力と言い換えて先制攻撃ができるようにしようという与党への抗議、「ドローンでものづくりの町」復活を狙う府中市に軍事産業化への懸念と確かな歯止めの必要性、核共有という幻想の実態、憲法9条を守り生かす政治、南西諸島への自衛隊基地配備の急増、などが語られました。

小川敏男

【編集後記】府中の原稿は、石岡真由海さんのフェースブックの内容を本人の了解を得て、小川さんが送ってくれたものです。

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2022年5月21日 (土)

核兵器禁止条約について考える ――東京と沖縄で集会が開かれます――

核兵器禁止条約について考える

――東京と沖縄で集会が開かれます――

 

緊急なテーマですので、憲法98条についての論考はお休みにします。

 520日は東京で、舩後靖彦参議院議員の呼び掛けで、核兵器禁止条約を考える会が開かれます。その呼び掛け文です。

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20225月吉日

国会議員各位

れいわ新選組 参議院議員

舩後 靖彦

 

「核兵器禁止条約を考える集会」ご臨席のお願い

 先生方におかれましては、政務、公務におかれてのご活躍に心より敬意を表します。また、今後とも私たちに対し大所、高所よりのご指導を賜れればありがたく存じます。

さて、この度「核兵器禁止条約を考える集会」を開催する運びになりました。ゲストスピーカーに秋葉忠利さん(元広島市長)、喜納昌吉さん(音楽家・元参議院議員)をお迎えして、我が国の核兵器禁止条約の批准について議論が深まればと考えております。

ご多忙のところ誠に恐縮ではございますが、ぜひご臨席を賜ればありがたく存じます。ご検討のほどよろしくお願い申し上げます。

 

 日 時    5月20日(金) 15時~17時(終了予定)

場 所    衆議院第2議員会館B18会議室

  

「核兵器禁止条約を考える集会」次第

 

15:00 開会の挨拶 (参議院議員 舩後靖彦)

15:05    基調講演 (秋葉忠利様)

15:35 基調講演 (喜納昌吉様)

16:05 意見交換

16:30 閉会

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 そして、521日には、沖縄で、喜納昌吉さんの呼び掛けで、「戦争と核のない世界へ」というテーマのシンポジウムが開かれます。

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そのどちらにも参加させて頂きますが、私の発言はこれまで、このブログ、そして姉妹ブログの「春風夏雨」、そしてChange.orgでの署名運動で皆さんにお伝えしてきたことです。

加えて、琉球日報が鳩山友紀夫さんと私の論考を掲載してくれましたので、それも是非お読み頂きたいと思います。

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核「共有」とか、「敵基地攻撃能力」とか、「憲法改正」では未来の見えないことが、少しでも広まることを期待しています。

 [2022/5/21 イライザ]

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2022年5月20日 (金)

ベトナムの歴史(その11)

前号から半年

  前号(その10)で1000年に及ぶ中国支配を脱した938年以降もたびたび中国の侵略を受け、独立国として険しい国家建設を強いられたベトナムの歴史を紹介しました。ときは13世紀後半の陳王朝、日本では鎌倉時代、モンゴル帝国が二度にわたって襲来した元寇のあった時代です。同じ頃、ベトナムに侵攻したモンゴル軍は「白藤江の戦い」で陳王朝のチャン・フン・ダオに指揮されたベトナム軍に壊滅的な敗北を受けます。結果、フビライ・ハーンは日本を襲うための艦船と将兵を失い三度目の日本侵攻が不可能になったことから、「日本を救ったチャン・フン・ダオ」と紹介しました。

5ヶ月経た再開ですが、思い出していただけましたでしょうか?

再び始まった中国支配

前号で紹介した1288年の「白藤江(バクダン川)の戦い」でモンゴル軍に勝利しベトナムの独立を守った陳王朝は、その後、朝廷内部の権力闘争で衰退します。一方、長年の敵だった元も衰え、遂に1367年に朱元璋(しゅげんしょう)に滅ぼされ、中国は明朝(13681644年)の時代に入ります。1400年に陳朝が紛争で滅び季犛(ホー・クイ・リ)が胡王朝を起すと、ベトナム併合を意図していた明朝の永楽帝は1406年に陳朝復興を口実に20万もの大軍を派遣し、翌1407年に胡王朝を滅ぼします。

明朝はこの地域を安南(あんなん)と呼び、布政司などの地方官を置いて直接統治を始めます。938年以来、470年ぶりにベトナム北部は再び中国に直接支配され、1427年までの20年間続くことになります。「第4次北属期」と呼ばれている時代です。

その中国支配はどのようなものだったのでしょうか。小倉貞男著『物語ヴェトナムの歴史』から紹介しましょう。「明が支配した地域はまるで兵営になったような感じ」、「きびしい明の命令・指示ルート」ができ「そむく者は徹底的に弾圧」、「水田、桑田の土地税、人頭税などの租税を重くした」うえに「塩田をつくり塩税を徴収」、「塩の専売・独占を行った」。「16歳から60歳まですべての者が軍役に服し、賦役に駆り出され民衆は苦しんだ」。「収穫されたものはすべて明本国に送られた」と、厳しい支配体制のもと徹底した搾取と収奪が行われてたことが覗えます。また、「ベトナム人の民族服を着用することを禁じ、すべて中国風の衣服、髪型を強要」、「熟練した手工業職人、知識人数千人を明に連行」、「ヴェトナムの本はすべて焼くか、本国へ送った」・・・・など、「北俗に従わしむ」と「ヴェトナムのあらゆる文化を破壊することを狙った」と書かれています。

レ・ロイ黎利)とグエン・チャイ(

しかし、30年間に3回もモンゴル軍の侵攻を跳ね返した経験と気概、独立国家建設への思いはことのほか強く、明の暴政をもってしても人々の怒りと抵抗の炎を抑えることはできません。

1416年、レ・ロイ(黎利)と18人の同志がタインホア省ランソンで、「明の支配を打ち破る血盟の誓い」を立て、1418年に蜂起します。指導者・レ・ロイは官僚でも貴族でもない31歳の地方の土豪です。参謀役は胡王朝の監察官だったグエン・チャイ(阮廌)38歳。彼は明の侵攻で逮捕・監禁され、釈放後の10年間は各地をさまよい、明の圧政に苦しむ民衆を見てきた人です。

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タインホア省に立つレ・ロイ像

10年間にわたる長い戦いを経た1427年に明軍の守るハノイを総攻撃し打ち破ります。そして1428年の和議で明は直接統治から撤退、レ・ロイ(黎利)はハノイで即位して都の名をトンキン(東京)と改め、黎朝(前期:14281527年、後期:15321789年)をたて、国号を大越とします。中国明朝はレ・ロイを安南国王に封じるという形式を取り、朝貢貿易を続けることを条件に、実質的な独立を認めたのです。

ベトナムの歴史の大部分はこうした中国封建王朝との戦いであり、撃退したレ・ロイは民族にとって大英雄なのです。ハノイの観光スポットに「ホアンキエム湖(湖還劍)」という湖があります。漢字読みの通り「剣を還した湖」という意味で、明軍の支配を破り独立を回復させたレ・ロイが神様から授かった「神剣」を使いの大亀に還した湖と伝えられています。1968年には体重250kgの大亀が発見され、「民話と現実をつなぐ巨大亀」として剥製が湖上の玉山祠(ぎょくさんじ)に展示されています。是非、一度訪れてみてください。

1968

1968年、湖で捕獲された伝説の巨大亀のはく製

最もベトナムで愛されているグエン・チャイ

 「レ・ロイはベトナム史上で最も輝いている英雄の一人ですが、彼と手を携えて戦ったグエン・チャイは、戦略家、思想家、詩人、外交家、歴史学者、地理学者、音楽学者・・・・多彩という以上に、あらゆる分野に精通する傑出した人物で、最もベトナム人から愛されている人間である。」と小倉貞男さんは書いています。

 次号でこの抗明闘争の歴史的意義、そしてグエン・チャイの辿った生涯について紹介します。

(2022年5月20日、あかたつ)

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