#箕牧さんの言葉が #不適切? ――#阪神淡路大震災後の #被爆者の行動も不適切?――
#箕牧さんの言葉が #不適切?
――#阪神淡路大震災後の #被爆者の行動も不適切?――
三宮の惨状
Akiyoshi's Room, Public domain, via Wikimedia Commons
#比較と #重なるの #違いも重要です
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日本被団協のノーベル平和賞受賞を祝って、その意味や背景を考えています。被団協のこれまでの活動がノーベル委員会に評価されたことは、文句なしに嬉しいことですし、これから核兵器を廃絶する上で、大きな力になることも大歓迎です。
そんな中、被団協の箕牧智之さんの発言を、駐日イスラエル大使が「不適切かつ根拠に欠ける」とコメントしたことを知りました。ニュースソースは朝日新聞DIGITALです。
この記事の中で、箕牧さんは「ガザでの紛争で傷ついた子どもたちと、原爆孤児の姿が重なる」と発言したと報じています。
それに対してイスラエル大使は、原爆が投下されたころの日本とガザを比較することは「歴史を歪曲(わいきょく)し、(ハマスによる昨年10月の対イスラエル越境攻撃など)テロの犠牲者を貶(おとし)めることになる」と述べた、そうなのですが、このような解釈の仕方に違和感を持ちました。
まず、箕牧さんは、原爆投下後の広島とガザを比較しているのではなく、傷付いた子どもたちの姿が重なると言っているのです、ずいぶん昔から私自身が経験してきたことなのですが、どこかで誰かがとんでもなく悲惨な目に遭っているニュースを目にし耳にすると、ほとんどの被爆者の皆さんは、「あの日と同じだ」「かわいそうに」「何とかしてあげたい」という趣旨の言葉で、自らのあるいは家族や友人たちの「あの日」と、今起きている悲劇とを重ねて見ているのです。
特に印象強く残っているのは、1995年の阪神淡路大震災の時の被爆者の行動です。その時も、「あの時と同じだ」「あの日の悲惨さ、苦労が重なって見える」という被爆者の皆さんの声が大きく聞こえました。それ以上に驚いたのは、今から30年も前のことですから、被爆者の平均年齢も若かったのですが、それでも、「何とかしなくては」という気持で、被災地まで駆け付け、救援物資を届け被災者の皆さんの気持に寄り添い、復旧・復興の手伝いをした人がいたのです。
それと同じように、今回もガザの子どもたちと原爆孤児の姿が重なって見えたのです。阪神淡路に駆け付けた被爆者たちをまさか、「不適切かつ根拠がない」とは言わないでしょう。だったら今回はそう言える根拠は何なのでしょうか。
私自身も、何か悲劇を目にすると、自分自身の空襲の体験や、1952年に観た『ひろしま』や『原爆の子』の中の悲惨な子どもたち、そして被爆者の姿とを重ねています。それは、政治的な批判やイデオロギーといった次元を超えた人間として当たり前のことなのではないでしょうか。
もう一つ、これをお読み下さっている皆さんにお伝えしたいエピソードがあるのですが、長くなりますので次に回します。それは、1983年にアメリカのABCテレビが放映した、核戦争とその後のアメリカを描いた『ザ・デイ・アフター』という映画そしてその後に放映された討論会を、アメリカで見た時の感想です。
最後に、今日一日が皆さんにとって素晴らしい24時間になりますよう
[2024/10/17 人間イライザ]
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