#大事なことは #暗記させる ―― #軍人勅諭 と #教育勅語――
#大事なことは #暗記させる
―― #軍人勅諭 と #教育勅語――
#教育勅語
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日本社会がどのような価値を重視してきたのかを確定するために、できるだけ客観的な基準を設けて考えたいと思っています。日本社会が、憲法より明治時代に作られた刑法や民法を優先してきたと判断するためには、最高裁の判決という客観的な事実を根拠にしました。
そのことだけからでも十分に推測はできるのですが、その他の視点も採用して、より説得力のある考察にしたいと思います。
それは、一人の人間が考えたり行動したりするときの根幹と言えば良いのか、原点と呼べば良いのか、とにかく私たちの存在の基礎である「価値」を私たちはどう身に付けているのか、という視点です。
身に付いているとは、その価値を「内面化」していることだと言い換えておきましょう。例えば、自転車の運転ですが、最初はお父さんやお母さんに支えて貰ってようやく前に進める状態から始まって、自分だけで乗れるようになり、やがて、頭では何も考えていなくても「自然に」乗れるようになるのですが、これが「内面化」です。
自転車に乗るための一連の動作は、普通、一度内面化されると忘れることがない点も重要です。
身体的な内面化ではなく、知的な内面化では、「数学の問題が解ける」という例を挙げておきましょう。幾何学の問題では、多くの皆さんも経験していらっしゃることだと思いますが、なかなか解けない問題を解こうとして、例えば補助線を引きます。その途端に、答が「分った」という経験です。
これは、幾何学の問題、つまり図形や角度などの情報が頭の中で「内面化」されて、一連の鎖としての考えの集まりが、一つの、いわば「全体像」として頭の中に現れたことを意味します。
数学の問題は日常的に、私たちの目の前にある訳ではありませんので、何時か忘れてしまいますが、問題が解けてから当分の間は、同じ問題が出されれば、ほとんど考えることなく、その回答が頭に浮かぶはずです。
以上のことから、為政者が、自分たちの支配対象に教え込みたい何かがあったとすると、どうするのかということはもうお分りですね。その「何か」を覚え込ませる、暗記させるのが普通です。
そして明治時代に、ほとんどの「臣民」に記憶させたのが、軍人勅諭と教育勅語です。軍人勅諭は、軍人としての心得を天皇が直接臣民に与えたもので、1982年 (明治15年)に「下賜」されています。教育勅語は、1890年 (明治23年)に、教育の基本方針・国民道徳の基準を示すために公表された天皇の言葉です。
明治憲法の発布が1889年 (明治22年)、旧・刑法が施行されたのが1882年 (明治15年)、民法が施行されたのが1898年 (明治31年)ですから、この時期に我が国の基本的な「価値」は、成文としてまとめられたのです。
詳しくは、稿を改めますが、軍人勅諭は軍人に暗記させ、教育勅語は「臣民」に暗記させることが、国の方針を国民・市民に「内面化」させる施策の一つの柱になりました。
2024年も健康に留意しつつ、少しでも良い年にすべく頑張りましょう。
[2024/3/16 人間イライザ]
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