広島市

2024年9月 2日 (月)

#排除ではなく #説得を ――#式典まで待つのではなく #行動を――

#排除ではなく #説得を

――#式典まで待つのではなく #行動を――

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2009年、被爆者高橋さんの証言を聞くG8下院議長たち

#平和の原点シリーズ第4

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お断りこのシリーズでは、「ヒロシマ」を取り上げていますが、本来は「ヒロシマ・ナガサキ」と書くべきところです。簡略形として「ヒロシマ」を使っていますが、意味としては「ナガサキ」を含めて議論している積りです。

 

《排除の結果》

このシリーズの大前提は、第一回の最後に掲げておきました。再度下に引用しておきます。具体的には、第一回にもリンクを貼りましたが、広島を訪問した人たちの言葉が雄弁に物語っています。

結論として、アメリカ人 (そして敢て付け加えますが、どこの国の人であっても) 広島に来ることには大きな意味があるのです。きちんと勉強をしてから来てくれた方がその効果はより大きくなると思いますが、それも含めて、どのような条件も一切付けずに「広島に来て下さい」と、誰にでも自信を持って勧めるべきだと、敢て言い切りたいと思います。

前回は、それでも「仮に」誰かを排除するとなると、その基準をどうするのか、特に誰の基準で排除するのかが問題になることをしてきました。つまり、基準そのものの是非が問題になるのです。

さらに、排除するということは「敵」を明示することであり、それは自らを敵対関係という場の当事者にする結果を生むことも指摘しました。

《排除された側はどう反応する?

それに加えて、排除された側の対応についても触れておきましょう。それも、平和の原点としてのヒロシマの役割との関連で考えてみましょう。

今年の「排除」リストに入っているのは、ロシア、ベラルーシ、イスラエルの三国ですが、全て核保有国です。そして、三国とも、核兵器を使うぞという強迫メッセージを発しています。当然、広島・長崎としては、その脅しが実行されないよう、全力を尽くしたいと考えているはずです。

でも、排除された参加国の側では、この排除の意味をどう受け止めているのでしょうか。理性を持って自らの行動を「反省」する結果になっているのでしょうか。広島・長崎による排除はもっともだと考えた上で、両都市の悲願を叶えるために、核兵器は絶対の使わないぞと決意してくれているのでしょうか。

その反対の結果を生んでいる可能性もあります。排除に反発して、広島・長崎の言うことなど聞くものか、ということになっても不思議ではないということです。逆の面も考えてみましょう。排除した結果、平和のためあるいは核兵器廃絶のために役立つ、具体的かつ建設的なメッセージや活動が何か生まれているのでしょうか。

ここは皆さんに教えて頂きたいことですので、コメントをお待ちしますが、私は、もう一歩戻って、「平和の原点」としての責任を取り上げたいと思います。

《積極的に行動する責任》

平和の原点としての意味の一つは、「こんな思いを他の誰にもさせてはならない」という被爆者の願いですが、それを実現させるためには核兵器の廃絶しか選択肢がないことから、人類の滅亡を避けるための具体的目標として「核兵器の廃絶」が掲げられています。

もう一つ大切なのは、どのような場面であれ、実際に核兵器が使われることを阻止することです。核兵器を使うぞと脅す国々に対しては、被爆の実相を示し、それを実体験した被爆者たちのメッセージを伝えて、それらの国々が「使わない」と決意するように、少なくとも積極的に働き掛ける責任があります。

例えば、2022年の2月にプーチン大統領が、核兵器を使うという強迫を行った時に、「使うな」というメッセージを出す責任が私たちにはあったのです。我田引水になりますが、私は、Change.orgを使っての署名運動を立ち上げました。

そこで訴えたのは、「被爆地広島出身の総理大臣」が、プーチン大統領を広島に招待して自ら資料館を案内し、プーチン大統領に「核を使わない」宣言を出すよう迫ることでした。総理大臣がだめなら、広島市長がその代りとしての役割を果すべきだとも提案しました。

Xには、Change.orgが動画を投稿してくれました。

私ではなく、「被爆地広島出身の総理大臣」がプーチン大統領を説得していたら、あるいは広島市長がモスクワに乗り込んで直談判をしていたら、ことによったら「核を使わない」という宣言が出されていたかもしれません。排除ではなく説得こそが力になるのです。

他の核保有国についても同様の議論ができます。一瞬でも良い、リーダーたちが、地獄の炎の中で苦しんだ被爆者たちの痛みを感じ貰えれば、つまり「当事者」として関わってくれれば、それが核の不使用根そして核廃絶につながると考えるのは余りにもナイーブなのでしょうか。

 

今日一日が皆さんにとって素晴らしい24時間になりますよう

 

[2024/9/2  人間イライザ]

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2024年9月 1日 (日)

#式典から排除 の #基準は何ですか? ――#誰の基準か #何が目的か――

#式典から排除 #基準は何ですか?

――#誰の基準か #何が目的か――

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#平和の原点シリーズ第3

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《ヒロシマは平和の原点》

繰り返しになりますが、このシリーズの前提を第一回の最後に、次のようにまとめておきました。

結論として、アメリカ人 (そして敢て付け加えますが、どこの国の人であっても) 広島に来ることには大きな意味があるのです。きちんと勉強をしてから来てくれた方がその効果はより大きくなると思いますが、それも含めて、どのような条件も一切付けずに「広島に来て下さい」と、誰にでも自信を持って勧めるべきだと、敢て言い切りたいと思います。

前回の本ブログでは、「駐日大使」を平和記念式典に招待したいと考えた理由と背景をお伝えしました。

式典の本来の目的である慰霊と平和への祈りを共有して貰うことは勿論なのですが、広島訪問で被爆の実相や被爆者のメッセージに触れ学んで貰い、「ヒロシマ」の友達になって貰うことを期待していました。それは、核兵器廃絶という被爆者たち、世界の市民の願い実現のための友達、できれば同志になって貰うということでもあります。

このような文脈で、あなたには広島に来ないで欲しいとか、あなたには友達になって欲しくない、という発想そのものが出てくる余地はないのですが、仮に、そんな発想が生じたとして、それに関わる重要な疑問が生じますので、思考実験として、それがどのようなものなのかを考えておきましょう。

出発点として、「ヒロシマ」そして「ヒロシマの心」を定義しておきましょう。それは、被爆の実相と被爆者のメッセージを内面化し、核も戦争もない平和な世界を最優先する人たちや、彼ら彼女らの価値観、そしてその人たちの気持です。戦争や様々な悲劇の結果、同じような価値観を持つに至った人たちは、世界中にいる訳ですが、そこまで定義を広げても良いかもしれません。同時に、「ヒロシマ」がこうした悲惨な体験、そしてその体験から生まれた悲願の世界的シンボルとしての役割を果していますので、この固有名詞にこだわります。そして、広島市もヒロシマの一部として大切な存在であることも忘れてはなりません。原爆によって亡くなられた被爆者全ての名簿管理の責任があることだけからも、この点は自明です。

ラッセル・アインシュタイン宣言の中では、人類の滅亡か戦争のない世界かという二者択一こそ私たち一人一人が真正面から受け止めなくてはならない緊急の課題であることが述べられています。同時に、その具体的姿である「人類の滅亡か核兵器の廃絶か」が、差し迫った問題として私たちに突き付けられています。そのことから、核兵器の廃絶を最優先課題とする「ヒロシマ」が「平和の原点」であると結論付けて良いのではないかと考えています。

それが、「こんな思いを他の誰にもさせてはならない」という被爆者たちのメッセージと同じ意味を持つことも改めて確認しておきましょう。

《誰の基準で、何のために排除?

次に本稿のテーマに移りましょう。「仮に」という思考実験なのですが、今年、2024年には広島市も長崎市も選別と排除をしていますので、具体的にはそこから始めましょう。広島市の排除基準は恐らく、日本政府、特に外務省の基準でしょう。長崎市はそれに反する形で、委員会の答申に従ったと考ええて良いでしょう。

日本政府の解釈では、官僚組織の階層の中で、地方自治体は国の下位にあり、しかも外交は国の専権事項だということになっていますので、広島市は国の言うことを聞くのが当然です。最近の広島の平和行政がその通りの動きをしているのは、その結果です。それは、広島市の平和行政を請け負っている広島平和文センターの理事長が、2011年から外務省の天下り人事になっていることからも明らかです。

長崎市は、国の圧力に屈せず自らの判断を貫いての排除だったのですが、それでも、本シリーズで主張している「無条件で誰でも招待する」ことにはなっていません。

何が問題かと言うと、選別と排除は、単純化すると味方と敵を分けることです。「敵」と言ってしまうと、極端過ぎて問題なのですが、論理的な分り易さを優先してこの言葉を使います。

当然、味方の中には自分も入ります。つまり、排除という行為の特質は、自分が、二つに分けるという行為の当事者になるということなのです。戦争をしているという関係で考えると分り易いと思いますが、戦争をしている国の間で、自分はこちらの側に付くと言えば、それは、当事者の一方になり、「敵」とは戦うことを意味します。

その意味は皆さんお分りになると思いますが、次回に回します。

 

今日一日が皆さんにとって素晴らしい24時間になりますよう

 

[2024/9/1  人間イライザ]

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2024年8月31日 (土)

#駐日大使 の #式典招待は ――#知って貰うため #友達になって貰うため――

#駐日大使 #式典招待は

――#知って貰うため #友達になって貰うため――

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#平和の原点シリーズ第2

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《駐日大使を招待するのは》

前回、結論として掲げたのは次のような内容です。

結論として、アメリカ人 (そして敢て付け加えますが、どこの国の人であっても) 広島に来ることには大きな意味があるのです。きちんと勉強をしてから来てくれた方がその効果はより大きくなると思いますが、それも含めて、どのような条件も一切付けずに「広島に来て下さい」と、誰にでも自信を持って勧めるべきだと、敢て言い切りたいと思います。

この結論からは、世界中のリーダーたち、特に核保有国、その中でも原爆を投下した唯一の国、しかも核超大国であるアメリカの大統領には広島訪問を促すべきだという事になります。とは言え、こちらが招待したからと言って世界のリーダーたちがおいそれとやって来てくれるほど暇ではないでしょう。周到な準備が必要です。

自然な流れとして、各国の代表 (略して駐日大使と呼びます) を広島に招待すること、それも86日という特別な日に、平和記念式典に参加するという形での広島訪問が適切であることは言うまでもないでしょう。

招待することが大切なのは、広島に行きたいと考えている大使がいたとして、各国の外交部門も官庁の一つですから、予算を付けて広島に行くという口実が必要です。その口実として、「招待された」は立派に通用するという意味があります。あるいは、他国への遠慮があったとしても、「招待されたから」という説明で、批判を避けることが可能です。その他の理由もありますが、多くの国の駐日大使がこの招待を歓迎してくれました。

招待した以上、交通費は別としても、何らかのおもてなしは必要です。5日の夜には出席して下さる各国大使やその代理の方を心の籠った夕食会に御招待することにしました。その席で、ホストとして式典に参加して下さったことへの感謝の御挨拶をすると同時に、慰霊の場に相応しい式典の意味や被爆の実相、そして被爆者のメッセージについて、英語で直接皆さんにお話しする時間を設けました。平和への祈りを共有することにも配慮しました。

東京に戻られてから、「式典に感動した。夕食とヒロシマ・レクチャーにも感謝している」というお礼の言葉を寄せて下さった方もいらっしゃいました。各国の代表の皆さんに一人でも多くヒロシマの友達になって貰う、そして被爆の実相や被爆者のメッセージについて学んで貰う、という目的の意味は伝わったと感じました。

仮に、駐日大使を平和記念式典に招待するという行動を「駐日大使プロジェクト」と呼ぶとして、このプロジェクトの目的は、慰霊と平和への祈りという本来のものに加えて、友達作りと教育もあるとまとめられますから、最初から、誰かを呼んで誰かを呼ばないなどという、「選別」または「排除」とい考え方とも全く相容れない枠組みだったのです。

こんな枠組みですので、仮にも「選別」や「排除」というような考え方そのものが馴染まないのですが、そんな異質の概念を持ち込むことが、広島にとって、また世界にとってどんな意味があるのかを次回は考えたいと思います。

 

今日一日が皆さんにとって素晴らしい24時間になりますよう

 

[2024/8/31  人間イライザ]

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2024年8月 6日 (火)

#被爆79周年原水爆禁止世界大会 #広島大会 #開会総会

#被爆79周年原水爆禁止世界大会 #広島大会開会総会

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ジャーナリストで被爆者の田中聡司さんです

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8月4日には、被爆79周年原水爆禁止世界大会・広島大会が開かれました。その開会総会の模様の一部をお伝えします。

プログラムのどれを取ってみても、大切な意味があり、一秒一秒に集中して欲しかったことばかりなのですが、熱い午後の日差しの下、平和行進をして来られた会場の皆さんには、過酷な期待だったかもしれません。にもかかわらず、会場から反応は、強く清々しい雰囲気だったと考えたのは私だけだったのでしょうか。

主催者あいさつ、来賓あいさつがあり、その後の被爆者の訴えはいつものように力強く、本質的なメッセージを私たちが共有できたという実感を持つことができました。田中聡司さんありがとうございました。高校生平和大使の決意表明も若さに裏打ちされ未来を示してくれましたし、海外からのメッセージとビデオも、生々しく海外の今を伝えてくれました。

そして大会の基調提起は、すでに文書になっている基調を分り易くまとめ、ポイントだけをハイライトするという原水禁の伝統をさらに輝かしいものにしてくれたと思います。

そして、「原爆を許すまじ」の合唱です。高校以来歌い続けてきた歌ですが、歌う度に途中で涙になってしまいます。

最後に開会総会の閉会の辞を私が担当しました。これは皆さんにぜひ動画で御覧頂きたいところですので、YouTubeの動画のリンクを貼ります。1:39:49辺りから御覧下さい。

 

8月6日には、国際シンポジウムもあります。その際の発言では、さらに説得力ののある議論を展開したいと思っています。

 

今日一日が皆さんにとって素晴らしい24時間になりますよう

[2024/8/5  人間イライザ]

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2024年7月 1日 (月)

#チームとともに #市民とともに #以外の選択肢のあるのが不思議です ――#芸予地震 #消防団――

#チームとともに #市民とともに #以外の選択肢のあるのが不思議です

――#芸予地震 #消防団――

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帰心矢の如し

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東京都知事選挙を巡って、石丸候補が、マスコミSNSでの話題作り、つまりネタ作りのために災害を使っていたことを知りました。これまで、三回にわたって、なぜ私が違和感を持ったのかを説明してきましたが、その続きです。第一回目はこちら二回目はここ。続いて三回目です

前回は1999629日の、「629豪雨災害」時の私の体験をお伝えしましたが、例えば土石流という言葉にも馴染みがなく、急傾斜地の危険性についての認識は低く、線状降雨帯という言葉はまだ日常の語彙の中には入っていませんでした。

その後、建設省にもお願いをして急傾斜地対策についての法律を作って貰ったり、また自主防災会とともにハザードマップの普及や避難訓練など、自助・共助・公助というあらゆる視点からの対策に全力を集中しました。

しかしながら豪雨災害についての知見も十分ではなく、地域の防災の中核を担う消防団にも犠牲が出てしまったことがあります。

6.29後に起きたある豪雨災害の際、地域の降雨状態と河川の増水の状況を調査していた団員の足元が水の勢いで崩れ、二名の団員が殉職してしまったのです。その河川についても、また水位と雨との関連についても熟知していた団員が文字通り足を浚われたのは、集中豪雨の勢いがあまりにも強く、河川の流れも豪流となっていただけではなく、その瞬間的な強さがそれまで経験したこともないような力で、堤防の下の部分を抉り取って、その上に立っていた団員が気付くのと同時に堤防が崩壊したということでした。

その報告を受けて、その場にいたとしても私にも消防隊にもなす術はなかったはずなのですが、残念さと何もすることのできなかった無力感に襲われました。同時に、私たちの生命を救うための使命の一環として、チーム全体としての仕事を全うしてくれたことに限りない感謝の気持を抱きました。

ここで一言説明しておくと、消防団とは、常勤の消防署とは別の組織で、団員は本業を持つ一般市民であり、装備や報酬は支給されるのですが、ボランティア組織と言った方がその実態が伝わる、非常勤地方公務員です。

火事の場合が分り易いかもしれませんが、火事が起きた場所の近くに必ずしも消防署やその分署がある訳ではありません。しかし、消防車の車庫と消防団の建物は比較的近くにあることが多く、初期消火の面では欠かすことのできない存在です。それは、他の災害の場合も同じです。

二人の尊い犠牲からの教訓は、その後の消防団の訓練や避難訓練等に生かされています。そして今の時代に、命の危険に晒されながら、いわばボランティアとして市民の安全を守る仕事をしてくれる人たちのいることで、わが国もまだ捨てたものではないと思っています。

もう一つ、私は、災害対応のチームと一緒に仕事をしなくてはならないときに、それができなかった経験をしています。

2001324日の午後327分に起きた芸予地震です。広島市内での震度は5強から5弱でしたが、家屋の一部損壊が3万を超えるほどの被害を被りました。

その日、私は東京出張からの帰広途中で、着陸間際にCAさんが広島地方で大きな地震が起き、震度は5を超えているという情報を耳打ちしてくれました。

着陸後、直ちに市役所と連絡を取り、対策本部の立ち上げと地震災害時の対応措置が遺漏なき内に進んでいるとの報告を受けました。しかし、それまでの広島では経験したことのない震度の地震です。とにかく現地チームと合流して、あらゆる手を尽くさなくてはという思いで、正に帰心矢の如し、と言えばぴったりする気持でした。

地震のせいで道路も交通も大きく影響を受けていましたので、ヘリコプターを迎えにやらせましょうかという提案もありましたが、非常時のヘリコプターは重要な救済手段です。とにかく少しでも空いている道を探して車で戻ることにしました。

その決断ができたのは、6.29豪雨災害後に、緊急事態のために市長車には衛星電話を設置していたからです。時々刻々、報告を受けつつ状況を判断し、市長の指示が必要な場合については、その場から担当部署とのやり取りができ、普段の3倍以上の5時間掛かって市役所に到着しました。

これらは災害が実際に起きた時の対応ですが、災害の予測がかなり正確に出ている時でも、心構えは同じです。例えば台風や豪雨の予報があれば、消防団や自主防災会等では、土嚢作りをしたり避難のための準備をしたりという作業が始まるからです。

災害が実際に起こるタイミングを見計らって、ネタにするためにわざわざ遠くに出掛け、その直前に現場に戻るというような発想自体、私には市民や消防等への裏切りだとしか考えられません。市民とともに、チームとともに以外の選択肢のあることが不思議です。だから、「災害をネタにするな!」なのです。

 

今日一日が皆さんにとって素晴らしい24時間になりますよう

[2024/7/1  人間イライザ]

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2024年4月 6日 (土)

#TimWalberg #下院議員の #広島・長崎発言 ―― #事実誤認 を #指摘する のは #私たちの責任――

#TimWalberg #下院議員の #広島・長崎発言

―― #事実誤認 #指摘する のは #私たちの責任――

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安らかに眠って貰うためには私たちの責任を果しましょう

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アメリカ時間3月25日に、ミシガン州選出の共和党下院議員ティム・ウォルバーグ氏が、ガザでの惨状について広島・長崎を例示して、「長崎や広島のようにすべきだ。早く終わらせる。ウクライナも同じようにするべき。」との趣旨の発言をしたことが報じられました。CNNも報じています。

その後、Xへの投稿では、核兵器を使用すべきだと言ったのではなく、戦争が早く終るほど、戦渦に巻き込まれる罪のない人々の命が救われる、という趣旨だったとの説明もされています。そして、「広島・長崎」はそのためのメタファーとしての意味しか持たないとも付け加えられています。

マスコミ的・外務省的な見方では、これで一件落着ということらしいのですが、それは、外務委員会での松原仁議員の質問に対する回答で、明確に示されています。簡単にまとめると次のようなやり取りです。

[松原] ウォルバーグ議員は広島・長崎をメタファーとして、ガザを攻撃しろと言っている。メタファーとして扱うような軽々しい問題なのか。ウォルバーグ議員に抗議したり、謝罪を求めるようなことはないのか。

[上川] ウォルバーグ発言がメディアを通して拡散していることを憂慮している。同時に彼が、自らの意図を、SNSを通じて発出していることにも留意したい。現時点では抗議する必要はないと考えている。多くの人に広島長崎を訪問して貰う重要性は大きくなっている。

「我らの国会」さんによる動画も御覧下さい。5分10秒あたりから上記のやり取りを見ることができます。

さて、ウォルバーグ議員が広島・長崎をメタファーとして使う背景には二つの理由があります。

一つは、広島・長崎への原爆投下により戦争が早く終った、つまり「広島・長崎」は戦争の早期終結の象徴だからメタファーとして意味があるということ。

もう一つは、その結果として、多くの人命を救うことができたという正当化です。

御存じない方の方が多いかもしれませんが、未だにアメリカ人の多くは、原爆投下直後のトルーマン大統領の原爆投下の正当化をそのまま信じています。それは三点の命題から成り立っているのですが、ウォルバーグ発言もそれを踏襲しています。

① 真珠湾攻撃があったから戦争が始まった。

② 原爆投下によって戦争を早く終らせることができた。

③ その結果として、25万もの米兵の命が救われ、25万の日本人の命救われた。

つまり、広島・長崎をアメリカという枠組みの中でのメタファーとして使うということは、トルーマン発言の三つの命題を「事実」だと認めることを意味します。

外務省は長い間、それを認めてきていますので、外務省としては上川大臣の回答で問題はないのかもしれません。しかし、「被爆地広島出身の総理大臣」だと自認し、それが故にG7サミットを広島で開く意味があるのだと大見得を切った岸田総理大臣がそれで済ませて良いのでしょうか。

あるいは、広島市が何も言わなくて良いのでしょうか。

上記の三点について、①は、その通りですが、②と③は事実ではありません。それを、説得力を持って伝えて行かないと、アメリカ社会での誤解は解けませんし、「オッペンハイマー」のような映画が永遠に作られ続ける原因にもなってしまいます。

この点について、私たち広島県原水禁では、きちんとした対応をしている積りですので、次回はその報告をします。

 

2024年も言葉を大切にして、知的にも情緒的にも誠実さが輝く年にすべく頑張りましょう。

[2024/4/6 人間イライザ]

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2024年2月22日 (木)

#2月22日 は #加藤友三郎の誕生日 です ――#アメリカ初代大統領 #ワシントンの誕生日 でもあります――

#222 #加藤友三郎の誕生日 です

――#アメリカ初代大統領 #ワシントンの誕生日 でもあります――

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加藤友三郎の銅像--8月に中央公園に戻されます(常広一信氏撮影)

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このブログのお気に入りテーマの一つは加藤友三郎ですが、2月22日は友三郎の誕生日です。生まれたのは1861年、文久元年です。

年は違いますが、1732年の同じ日にはアメリカ初代大統領のワシントンが生まれています。連邦政府の法律ではワシントンの実際の誕生日の代りに、2月の第3月曜日をワシントン誕生日として祝います。1809年2月12日に生まれたリンカーン大統領も加えて、2月の第3月曜日を「プレジデントの日」として祝う州もあります。

友三郎は、広島市出身の初の総理大臣ですが、海軍軍人として日本海海戦では、東郷平八郎司令長官の下、参謀長として勝利に貢献し、その後、4代の内閣で海軍大臣を務めたのち、1922年には総理大臣に就任します。

友三郎の最も大きな業績の一つは、1921年から22年に開かれたワシントン軍縮会議で、軍拡を主張し続けた軍部を抑え、英米との間に軍縮条約を締結し、日米の協調路線を締結しただけでなく、その後も、中国やロシア史の国際関係も平和と協調の道へと導いたことです。

日本ウェルネススポーツ大学の工藤美知尋教授(友三郎の伝記『海軍大将加藤友三郎と軍縮時代』--光人社文庫)は、友三郎の政治的な偉大さを次の一言にまとめています。

あと数年友三郎の命がもってくれれば、太平洋戦争は避けられたのではないだろうか。

友三郎がなくなったのは、1923年8月24日です。その100周年を記念して昨夏にはシンポジウムを開催しましたが、誕生日、2月22日は誰にでも、覚えられます。来年のこの日には、ワシントンと並んで我が国の政治に大きな足跡を残した友三郎を偲んで、皆さんも発信をしてみませんか。

私は、広島市が2月22日を「軍縮と平和の日」と制定し、休日にすることを提案します。少なくとも、講演会や展示会等のイベントを開催することくらいはできるでしょう。

なお、友三郎についての情報は、次のようなサイトを御覧下さい。クリックするとサイトに飛べます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2024年も健康に留意しつつ、少しでも良い年にすべく頑張りましょう。

[2024/2/22 人間イライザ]

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2024年2月17日 (土)

#広島市出身初の総理大臣 #加藤友三郎 #シンポの #英文記録作成 の #記者会見 ――世界的な軍縮のリーダーから学ぶべき時は今――

#広島市出身初の総理大臣 #加藤友三郎 #シンポの #英文記録作成 #記者会見

――世界的な軍縮のリーダーから学ぶべき時は今――

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広島市の市政記者クラブの記者会見・右側は金子哲夫さん

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加藤友三郎については、このブログで何度も取り上げています。核兵器さえ使われ兼ねない今、広島市から選出されている二代目の総理大臣には、友三郎から学んで平和路線を牽引する気概を持って貰いたいと願うのは私だけではないでしょう。

そんな思いも込めて、昨年8月26日に、友三郎の没後100年を記念してのシンポジウムを開きました。その英文の記録が出来上がりましたので、報告とPRのための記者会見を広島市の市政記者クラブで開きました。

皆さん大変熱心に取材して頂きました。最後には、こちらからお願いして友三郎とこの冊子を広めるためのアイデアも出して頂きました。私たち実行委員会としての腹案も含めて、今後の取り組みとしては、次のようなことを考えています――各国の駐日大使に贈呈、資料館やレストハウスに置いて貰う、資料館に「加藤友三郎コーナー」を設けて貰う等です。

これから、市や関係者にお願いすることになりますが、多くの皆さんの応援があれば説得力が増しますので、宜しくお願い申し上げます。

なお、友三郎については、シンポジウムのホームページに追加情報が掲載してありますし、シンポジウムのYouTube動画も御覧頂けたらと思います。

また、2005年にアップした一文も岸田内閣への注文を付け加えてブログに再掲しましたので、そちらもお読み頂けると幸いです。

 

2024年も健康に留意しつつ、少しでも良い年にすべく頑張りましょう。

[2024/2/17 人間イライザ]

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2024年2月 6日 (火)

#広島市 も #職員に #憲法遵守 の #重要性を伝えていない ――#教育勅語 は #取り上げているのに?――

#広島市 #職員に #憲法遵守 #重要性を伝えていない

――#教育勅語 #取り上げているのに?――

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『数学書として憲法を読む――前広島市長の憲法・天皇論――』

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昨日のこのコラムでは、次の衝撃的な事実を取り上げました。

「公務員が憲法を守るのは「義務」であると、憲法には書いてあるのですが、裁判所の確定判決では、「義務ではない」ことになっています。」

今日は、それが日本中に広まっていることを再び『数学文化』からの引用で、確認しておきます。

残念なことに、この考え方は広まってしまっているようです。全国の地方自治体では、新たな職員に「宣誓書」の署名を求め、署名しないと職員としての仕事はできないことになっています。1980年、広島市は政令指定都市になりましたが、その時に「宣誓書」の内容を変えました。

変更前の宣誓書の最初の文、「私は、ここに主権が国民の存することを認める日本国憲法を尊重し、かつ、これを擁護することを厳かに誓います。」が削除されたのです。その代りに、国際平和文化都市の職員としての自覚が盛り込まれていますが、憲法遵守義務は公務員として果さなくてはならない義務の根底にあるのですから、これを削除しては宣誓の意味がなくなったとさえ言えるのです。 

この点について市の担当職員は、憲法遵守義務の削除について次のような趣旨の言い訳をしています。「事前に職員には、憲法遵守義務についても説明しているので、宣誓書の中で憲法遵守義務を取り上げなくても大丈夫」です。東京高裁の「根拠」と同じではありませんか。

そしてこの事実について、ほとんどの市民も気付いていないのです。(注1)

最後に99条が法的義務でなくてはならない理由を列挙しておきます。

・一連のルールを決めておいて、最後にそれは「道徳的要請」だとか「宣明」だとか宣言して、法的義務ではないことにすれば、それはルール、今の場合は憲法の存在や意味そのものの否定です。

・憲法中、天皇に対して明示的に「義務」を課している唯一の条文を無効にすることは、戦前への回帰につながる可能性があります。

・「国民の総意」によって、天皇に対して唯一の「明示的義務」として課されている99条を、「総意」には満たない存在が変えることはできません。

・憲法中に「義務」という言葉が使われている条項は4つあります。その内の、二つ、教育を受けさせる義務(26条)と納税の義務(30条)は「義務」で、残りの二つ、勤労の義務(27条)と憲法遵守の義務(99条)が「義務」ではないのは、「義務」という同じ言葉を正反対の意味に使うことになり許されないはずです。

以上、「憲法遵守義務」は「法的義務」以外の解釈はあり得ません。

(注1)  詳細は、ブログ「新・ヒロシマの心を世界に」に4回のシリーズとしてまとめられています。

反省を込めて振り返ると、在任中に、職員の宣誓書の内容は知りませんでした。知っていれば「憲法遵守義務」は復活させました。それと、2023年の一大事件として、広島市長が2012年から、新任職員研修で教育勅語を前向きに取り上げてコメントしているとの報道がありました。このような大きな流れのあることにもっと注目すべきですし、手を打たなくてはならないと思います。

[続きます]

 

2024年も健康に留意しつつ、少しでも良い年にすべく頑張りましょう。

[2024/2/6 人間イライザ]

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2024年1月28日 (日)

#入市被曝 した #米兵 には #補償金 が出ている ――#被爆者 の #アメリカへの請求権 を #棚上げ するな――

#入市被曝 した #米兵 には #補償金 が出ている

――#被爆者 #アメリカへの請求権 #棚上げ するな――

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慰霊碑前での座り込み

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「新・ヒロシマの心を世界に」と重なってしまうと思いますが、大切なことですので、両方でお読み頂ければ幸いです。

さて、広島の被爆者の中にアメリカ兵がいたことは、被爆者の森重明さんや元広島女学院教授の宇吹暁さんの研究で知られていましたが、それがより多くの人に知られるようになったのは、2016年5月のオバマ大統領広島訪問がきっかけでした。大統領と森さんの「ハグ」する姿が世界に発信されたからです。

終戦後の日本には、アメリカからの「進駐軍」に吃驚したり恐れたりといった光景があちこちで見られました。ですから広島にも進駐軍が来ていたことは間違いないのですが、それは10月以降のことでした。長崎も含めると、両市の近くに駐屯していたのは、翌1946年の7月1日までのようです。(Defense Threat Reduction Agency Fact Sheet)

1月27日は、1951年にネバダの核実験場で初めて核実験が行われた日で、40年前にアメリカの市民団体の提案で始まった国際共同行動の日です。目的はネバダ核実験場の閉鎖と核実験の全面禁止ですが、ネバダの核実験で被害を受けた人たちが始めた、控えめとは言え重要な一歩となるこの目的も未だに実現されていません。

しかし、世界中で志を同じくする人たちが、同じ目的達成のために共同行動を取ることには意味があります。目的そして中間目標の達成の確認とさらなる目標の再設定です。そして、多くの人たちが一堂に会し、何人かが話をすることで多くの新たな事実を知ることにもなるのです。

例えば27日には、原発はゴメンダ市民の会の木原省治さんが挨拶をしましたが、これまでの歴史を踏まえてとても勉強になる内容でした。その中で、私の無知を再認識したことがありました。

それは、1946年の7月以前という期限付きなのですが、広島に進駐していたアメリカ兵には、アメリカ政府から補償金が出ているのだそうです。

日本政府の決めた「被爆者」の定義では、4つの場合が該当することになっているのですが、その中の「入市被爆者」は、被爆した市内に、被爆後14日以内に入った人たちを指します。二週間です。でもアメリカの場合は一年なのです。

1963年に言い渡された、いわゆる「下田判決」では、原爆投下は国際法違反であることは認めたものの、被爆者個人はアメリカに対する請求権は持たないという判断を示しています。

その他にも自国民であるかそうでないか、放射線の被害はどのくらいの期間続くのか等々、多くの論点のあることは分りますが、それでも、2週間と一年との差について、誰かがアメリカや日本政府に対して問題提起をすべき場合なのではないでしょうか。

その責任を一番自然に負える立場にいるのは広島市長です。パール・ハーバー国立公園と広島の平和公園の姉妹公園協定を結ぶために、アメリカに対する請求権問題は棚上げにする、などと言っている場合ではないのです。

 

2024年のこれからも心配ですが、健康に留意しつつ、少しでも良い年にすべく頑張りましょう。

[2024/1/28 人間イライザ]

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