被爆者

2024年2月 1日 (木)

#ブログ #ヒロシマの心を世界に と #新ヒロシマの心を世界に の #違い ――#出発点 は この #写真でした――

#ブログ #ヒロシマの心を世界に #新ヒロシマの心を世界に #違い

――#出発点 この #写真でした――

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今でも思いは同じです

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「広島ブログ」のランキングに、「ヒロシマの心を世界に」と「新・ヒロシマの心を世界に」の二つの名前のエントリーがあります。似ているのですが、それは、この二つが姉妹ブログだからです。では、その違いは?

そんな質問を頂きましたので、簡単な説明をしておきます。

古いのは、何も付かない「ヒロシマの心を世界に」です。2016年の4月に出発しています。広島県原水禁の関係者やファンの皆さんからの発信をもっと多くの皆さんに伝えたいという思いで始まりました。内容も充実してきましたし、ライターも増えてきたのですが、編集という仕事が重荷になってしまいました。その結果、2018年の8月26日にいったんお休みをさせて頂くことになりました。その間の経緯は、その日のブログでお読み下さい。

準備期間を経て、翌2019年の4月から「新・ヒロシマの心を世界に」が始まり、旧「ヒロシマの心を世界に」も再開しました。再開の記事もお読み下さい。

元々は、旧「ヒロシマの心を世界に」では、身辺雑記など個人的なことを中心にと考えていたのですが、やはり社会や政治への関心は持ち続けていましたので、新旧の区別が付き難くなってしまいました。その上、選挙に出たりもしましたので、混乱が生じてしまいました。

タイトルを変えるという選択肢もあるのですが、私の人生を一言で表現できる言葉ですし、亡くなられた被爆者の何人かの方との思い出も大切にしたいので、このままにしますが、今後とも両ブログを、宜しくお願いします。

 

2024年のこれからも心配ですが、健康に留意しつつ、少しでも良い年にすべく頑張りましょう。

[2024/2/1 人間イライザ]

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2024年1月28日 (日)

#入市被曝 した #米兵 には #補償金 が出ている ――#被爆者 の #アメリカへの請求権 を #棚上げ するな――

#入市被曝 した #米兵 には #補償金 が出ている

――#被爆者 #アメリカへの請求権 #棚上げ するな――

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慰霊碑前での座り込み

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「新・ヒロシマの心を世界に」と重なってしまうと思いますが、大切なことですので、両方でお読み頂ければ幸いです。

さて、広島の被爆者の中にアメリカ兵がいたことは、被爆者の森重明さんや元広島女学院教授の宇吹暁さんの研究で知られていましたが、それがより多くの人に知られるようになったのは、2016年5月のオバマ大統領広島訪問がきっかけでした。大統領と森さんの「ハグ」する姿が世界に発信されたからです。

終戦後の日本には、アメリカからの「進駐軍」に吃驚したり恐れたりといった光景があちこちで見られました。ですから広島にも進駐軍が来ていたことは間違いないのですが、それは10月以降のことでした。長崎も含めると、両市の近くに駐屯していたのは、翌1946年の7月1日までのようです。(Defense Threat Reduction Agency Fact Sheet)

1月27日は、1951年にネバダの核実験場で初めて核実験が行われた日で、40年前にアメリカの市民団体の提案で始まった国際共同行動の日です。目的はネバダ核実験場の閉鎖と核実験の全面禁止ですが、ネバダの核実験で被害を受けた人たちが始めた、控えめとは言え重要な一歩となるこの目的も未だに実現されていません。

しかし、世界中で志を同じくする人たちが、同じ目的達成のために共同行動を取ることには意味があります。目的そして中間目標の達成の確認とさらなる目標の再設定です。そして、多くの人たちが一堂に会し、何人かが話をすることで多くの新たな事実を知ることにもなるのです。

例えば27日には、原発はゴメンダ市民の会の木原省治さんが挨拶をしましたが、これまでの歴史を踏まえてとても勉強になる内容でした。その中で、私の無知を再認識したことがありました。

それは、1946年の7月以前という期限付きなのですが、広島に進駐していたアメリカ兵には、アメリカ政府から補償金が出ているのだそうです。

日本政府の決めた「被爆者」の定義では、4つの場合が該当することになっているのですが、その中の「入市被爆者」は、被爆した市内に、被爆後14日以内に入った人たちを指します。二週間です。でもアメリカの場合は一年なのです。

1963年に言い渡された、いわゆる「下田判決」では、原爆投下は国際法違反であることは認めたものの、被爆者個人はアメリカに対する請求権は持たないという判断を示しています。

その他にも自国民であるかそうでないか、放射線の被害はどのくらいの期間続くのか等々、多くの論点のあることは分りますが、それでも、2週間と一年との差について、誰かがアメリカや日本政府に対して問題提起をすべき場合なのではないでしょうか。

その責任を一番自然に負える立場にいるのは広島市長です。パール・ハーバー国立公園と広島の平和公園の姉妹公園協定を結ぶために、アメリカに対する請求権問題は棚上げにする、などと言っている場合ではないのです。

 

2024年のこれからも心配ですが、健康に留意しつつ、少しでも良い年にすべく頑張りましょう。

[2024/1/28 人間イライザ]

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2024年1月15日 (月)

#教育勅語 と #『はだしのゲン』 ――#朝日新聞デジタル記事 の #松井市長インタビュー が答になっています――

#教育勅語 #『はだしのゲン』

――#朝日新聞デジタル記事 #松井市長インタビュー が答になっています――

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『はだしのゲン』英語版

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昨2023年に広島市は平和教材から『はだしのゲン』を削除することを決めました。そして今年になってから、新人職員の研修では「教育勅語」を使い続けていたことが明らかになりました。どちらも、「平和都市」広島の歴史や意味に逆行する飛んでもない行為だ、撤回すべきだという意見が私の周りでは圧倒的に多いのですが、それはこの両者の間に密接な関係があるからです。

二日前にも引用した、2023年12月19日付の朝日新聞デジタルが報道している松井市長のインタビューが、それを明確に示しています。大切なのは、教育勅語復活論者たちは同じ趣旨の「説明」を繰り返してきていることです。

以下、そのインタビュー記事を元に、私が『はだしのゲン』を削除すべきではないという視点から、フィクションとして質問を作り、その答の部分は、実際に記者会見で松井市長が述べた言葉の一部を使って再構成してみました。フィクションではありますが、論理性は失われていないはずですので、これが、『はだしのゲン』を復活させるための強力なインセンティブになるはずです。

[質問] 『はだしのゲン』は平和教材から削除すべきではないかという意見があるが。

[]  2013年から使っている。どっかが悪かったから全部悪いとか、どっかがよいから全部いいと判断しないで、多面的に考えるということをやっていかないと、いろんな意見があったときに対応できなくなってしまう。そんなことの実例として、『はだしのゲン』を使っている。

[質問] 『はだしのゲン』の評価や悪い部分をどのように考えているのか?

[]   中身については民主主義を取り込もうとしている内容だから、そういう評価ができるのではないかと説明している。物事を一律に良い悪いとかってやらないで、分析する目を持とうという資料として使っている。

[質問] 来年度以降も使うのか?

[]  いろんな評価があったとしても、まず自分で、ファクトファインディングというか、事実を確認する。どんな意見があるかということをわきまえた上で対処するということを、可能な限り子どもたちにはやってもらいたいと思いますよ。そういう意味で、例示として使えればと思います。

昨日と同じ結論になりますが、これで、教育勅語を復活させようとしている人たちの言い分が全く説得力を持たない、ということは十分お分り頂けたはずです。そしてその言い分を認めるなら、『はだしのゲン』を削除できなくなってしまうということも憶えておきましょう。

 

2024年のこれからも心配ですが、健康に留意しつつ、少しでも良い年にすべく頑張りましょう。

 [2024/1/15 人間イライザ]

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2024年1月12日 (金)

#被爆地広島出身の総理大臣 #メッキが剥げた ――#G7広島サミット では #利用するだけ利用 したのに――

#被爆地広島出身の総理大臣 #メッキが剥げた

――#G7広島サミット では #利用するだけ利用 したのに――

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草葉の陰から聞こえてくる声

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大きな地震があると必ず思い出すことがあります。被爆者の皆さんの言葉と行動です。1995年1月17日の阪神淡路大震災の時も、2011年3月11日の東日本大震災の時もそうでした。

「あの時と同じだ。とても他人事とは思えない」

平均年齢が85歳を超えた被爆者が今、被災地に駆け付けるのは無理ですが、阪神淡路の時は、居ても立ってもいられずに被災地まで駆け付けてボランティアとして頑張った被爆者がいたのです。

9日付の東京新聞によると、5日には、与野党党首会談で「党首クラスの被災地入りを当面自粛」するという申し合せたそうですが、それを覆しての被災地入りです。

要人の被災地入りには、警護を初め多くの人が関わることになりますから、そのことだけからも自粛をするという選択はあり得るのですが、「ヒロシマ」の立場からは違った思いも生まれます。

昨年5月のG7広島サミットでは、「被爆地広島出身の総理大臣」を売りに、あたかも被爆者が核兵器を容認し、「ヒロシマ」が核抑止論を推進しているかのような印象操作を行ったのが岸田総理です。

「被爆地広島出身の総理大臣」の意味は、被爆者の気持になり切り被爆者の代弁者として、形振り構わず核廃絶のために頑張る、ということではなく、その正反対だったのです。すなわち、「被爆地広島出身の総理大臣」とは、軍拡と核兵器容認を覆い隠す隠れ蓑であり、何も知らない人には平和を希求しているかの如く思い込ませる甘言蜜語であることは既に昨年5月に露呈されてしまっていたのです。

そして今年は、被爆者の気持を少しでも理解していれば、「居ても立っても居られない」思いを伝えるための行動を取っていたであろうにもかかわらず、今度は「自粛」の陰に隠れ、それでも被災地の惨状の余りの酷さに対して政府の無策を嘆く世論が強くなり、さすがに被災地訪問をせざるを得なくなった、という官僚主導の筋書きが手に取るように見えます。

まずは本腰を入れた被災者の救護と被災地の復旧に当ること、そして、メッキの剥がれたことが再確認されたのですから、今後、「被爆地広島出身の総理大臣」という肩書は使うべきではないでしょう。そんな厳しい思いが、草葉の陰から伝わってくるような気がするのですが、それは私にだけ聞こえる声なのでしょうか。

2024年のこれからも心配ですが、健康に留意しつつ、少しでも良い年にすべく頑張りましょう。

 [2024/1/12 人間イライザ]

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2024年1月 9日 (火)

#忖度しない #官僚組織 ――#気象庁 #消防署 どちらも #命を救います――

#忖度しない #官僚組織

――#気象庁 #消防署 どちらも #命を救います――

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天気図

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能登半島地震のような大災害でも、真のリーダーの不在が目立つ我が国政治を憂いつつ、それが官僚制度への過度の依存、そして「忖度」と深く関わっていることを改めて感じています。

対照的な理想像として、昨年没後100年という節目を迎えた広島初の総理大臣、加藤友三郎を思い起こしていますが、その詳細はまたの機会に延ばします。今回は「忖度」しない官庁もあるのだという視点から、我が国の政治改革のためのヒントを得たいと思います。

「忖度」という言葉が広く流布され始めたのは、2018年、森友学園事件がきっかけでした。「忖度」の結果として、文書の改竄がいとも簡単に行われることに私たちは唖然とし呆れ返ってしまいましたが、良心を持ち続けた職員が自らの責任を果そうとする意思は、権力の持つ大きな力に押し潰され、死を招くという事態まで引き起こしてしまいました。

その後も次々に安倍内閣の汚職・腐敗が表に出てきました。「もりかけさくら」が日本の政治を象徴する言葉になり、「忖度」の構造が日本社会を支えている基本的な価値観であることも明白になりました。

この点について、より深く理解するためには、「日本の美徳」と考えられてきた事どもが何かを振り返る必要もありますので、いずれ何回かに分けて分析します。今回は、その正反対の存在、つまり「忖度」しない官僚組織のあることを指摘した上で、官僚制度のあり方についての考察を始めます。

「忖度」しない官僚組織の典型的な例は、今、毎日のように活躍している気象庁と消防署です。政治家や権力者の言いなりにならないことは勿論ですし、権力者が何を望んでいるのかを逸早く察知してそれに沿った行動を取ることもありません。

それは、これらの組織の目的がハッキリしていてブレることがないからですし、その目的達成のための手段にも「忖度」の入る余地がないからです。目的を少し抽象的にまとめると、市民・国民の生命や財産、そして幸福追求の権利を守ることです。

この目的を達成するための、彼ら・彼女らの思考の原理が良識と論理、そして科学に根差していることも大切な要素なのではないかと思います。

でも、目的については考えるまでもなく、憲法13条が規定し、99条で官僚の義務として規定されていることに他ならないのですから、気象庁や消防署だけではなく、全ての官庁がこの通りの仕事をしていなくてはならないはずです。

ではその違いはどうして生ずるのでしょうか。「忖度」しない組織に属している人たちも、「官僚」と呼んで良い立場の人たちですが、彼ら・彼女らの思考の原理が良識と論理、そして科学に根差していることを挙げておきましょう。

もちろん、「忖度」する組織、あるいはしてしまう組織、中にはせざるを得ないような組織、と呼ぶべき官僚組織もあるでしょう。そして、こうした組織に属している「官僚」たちも、普通の意味では優秀な人たちが揃っているのですから、自らの思考の原理とはと問われたときに、全く同じことを答えるかもしれません。

それでも「忖度」についての違いが生じるのは、「当事者意識」の違いからいかもしれません。憲法と関連付けるとしたら、憲法15条の第2項を内面化できていないから、という説明になるのかもしれません。

憲法15条 第2項は「すべて公務員は、全体の奉仕者であつて、一部の奉仕者ではない」という規定です。

「全体」の中には社会的弱者と呼ばれる人たちも入っていますが、仮に公務員が一部のエリートたちに「忖度」して奉仕する羽目になった時、全ての人への義務を思い起こすためには、「人の痛みを感じられる心」が必要なのかもしれません。

この点を何時も強調していたのは、被爆者であり優秀な官僚でもあった、そして資料館の館長も務めた高橋昭博さんです。

高橋さんだけではなく、「官僚」の中には、「鏡」と呼ばれてもおかしくないような「全体の奉仕者」が多くいる事実を最後に指摘しておきます。だからこそ、希望を見出す努力が無駄ではないのです。

2024年のこれからも心配ですが、健康に留意しつつ、少しでも良い年にすべく頑張りましょう。

 [2024/1/9 人間イライザ]

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2023年12月19日 (火)

#広島のメディア が #一面トップで報道 すべき  ―― #リーパーさん の #谷本清平和賞受賞――

#広島のメディア が #一面トップで報道 すべき 

―― #リーパーさん の #谷本清平和賞受賞―

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中国新聞11月20日の報道 

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事実としては、昨日のこのブログに書いた通り、11月19日に、谷本清平和賞の授賞式が執り行われました。イメージとしてお届けしたのは地元の中国新聞の11月20日の記事です。

とても小さい記事ですので、リーパーさんのこれまでの活動内容も谷本清牧師の偉大な平和貢献も、とてもこれだけの分量で書き尽くすことはできません。

広島の新聞社として、特に自ら被爆した体験を持つ報道機関としての中国新聞は、被爆体験とその結果生まれた核兵器の廃絶・世界平和実現の願いを、太い柱として活動してきた歴史があります。その広島の歴史を語る上で大きな足跡を残した「谷本清」を名前に関した「平和賞」を報じるに当って、こうした歴史を知らない若い世代にその意味が伝わるくらいの報道をするのが最低限の責任のような気がするのですが、これは期待のし過ぎでしょうか。

カープについては一年の内何度も一面トップの報道が行われています。それが大切であることの否定をする積りはありません。

G7の広島サミットについて、政府や広島県・広島市・経済会等の音頭で、何か月にもわたってのキャンペーンを地元の主要メディアとして報じてきました。その結果、G7サミットの最終文書は、核兵器の存在や核抑止論を容認し、被爆者の願いは無視する内容になりました。

私は違和感を持ちましたが、「事実」を報道する立場だからという言い訳だけで正当化して良いのかという疑問は残ります。

そして広島市政の哲学は、被爆者のメッセージではなく教育勅語だったことが明らかになった今、「広島」あるいは「ヒロシマ」の意味を未来に伝えるためには新たな覚悟で事に当らなくてはなりません。

そんな、大きな流れがあるからこそ、その流れに乗っていては核兵器の廃絶はできないこと、そしてそれは被爆者の切なる祈りと願いを裏切る行為であることを、仮に直接訴えることができないのであれば、谷本清牧師の志を今一度報じ、リーパーさんの活動を詳細にわたって知らせることで、間接的にではあっても確実に伝える選択肢があったのではないでしょうか。

来年の谷本清平和賞が、一面トップで報じられることを期待しています。

 

最後に皆さんにとって、今日一日が素晴らしい24時間でありますよう!  

 [2023/12/19 人間イライザ]

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2023年10月 1日 (日)

投下責任の「棚上げ」と米政府、広島市・市長そして外務省 ――「本音が出ると大問題」を回避――

投下責任の「棚上げ」と米政府、広島市・市長そして外務省

――「本音が出ると大問題」を回避――

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慰霊碑に向って恥ずかしくない言動を!

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9月26日のこのブログでは、次のようにお約束しました。

「広島市と広島市長も得をする側なのかもしれません。長くなりますので、この点は次回以降に回します。」

「得をする」人たちの最初にアメリカ政府と、「Good War」を信奉する人たちを挙げておきましょう。平和公園とパール・ハーバー国立公園の姉妹公園協定を提案した人たちですし、「パール・ハーバー ()⇒ 原爆()」というシナリオを存続させるためには、広島市がその点についての反論を「棚上げ」すれば、自分たちの言い分が通るからです。

もう一点今までは触れてきませんでしたが、とても引っ掛かるマスコミ報道の仕方に注意喚起です。ほとんどの記事では、「市の幹部」が棚上げ発言をしたと述べるだけで市長との関連には触れていません。一つだけ見付けましたが、それはヒロシマ平和メディアセンターの9月27日の記事で、「野坂課長は「棚上げ」発言は松井一実市長の了解を得ていたと説明。「米国の責任を免罪するものではない」と理解を求め、撤回は否定した。」

それでも、棚上げの主体は例えば野坂課長で、市長は単に「了解」しただけ、という図式になります。その後に、「これは単なる手続き上の行為で、その内容までには責任は持てない」といった言い訳が出て来てもおかしくない報道の仕方です。

何故、正直に、広島市の重要事項についての決定責任者である市長が、棚上げをすることにした、と報道し、市の幹部の責任ではなく市長の責任を問わないのでしょうか。この辺りの事情を究明するのも実はマスコミの役割ではないでしょうか。

そして、ある意味責任逃れを認められた市長にとってはこの報道は「得」の部類に入ります。

さて、市長と市がなぜ得をしたのかを考えて見ましょう。穿った見方だと思われる方もいるかもしませんが、そうだとすると、他の可能性について、外務省・日本政府の役割も含めてどんな説明になるのか、是非教えて下さい。

ここで再度、外務省の原爆についての見方を復習しておきましょう。

一言で表現すると、「原爆投下は合法だ」になるのですが、それは、23日のこのブログの記事――1963年の下田裁判での被告としての国の言い分――を読んで頂ければ明らかです。そして、24日のブログでは、広島市の平和行政が外務省の意のままになっていることを指摘しました。

となると、今回の「棚上げ」も、外務省の差し金だということになりそうなのですが、そうだと仮定して、何故もっと外務省の本音に近い表現にならなかったのでしょうか。例えば、「「パール・ハーバー ⇒ 原爆」については、国レベルではもう決着していることですので、それを踏襲しました」辺りはどうでしょうか。

でも、そう言ってしまうと、日本政府・外務省が有耶無耶にしてきた、原爆投下についての日本という国家の本音が分ってしまいます。さらに、「広島市・広島市長がそんな発言をすることは決して許せない」、という轟轟たる非難の嵐が起きても不思議ではありません。

「棚上げ」することで、その両者を避けられたのですから、「得」をしたのは、広島市・広島市長、そして日本政府・外務省ということになりますね。

G7広島サミットで、「被爆地広島出身の総理大臣」を名乗って、核兵器の容認と核抑止論賛美の最終文書を「ヒロシマ・ビジョン」としてまとめた裏切り行為を理解するためには、「棚上げ」のカラクリがその本質を見せてくれていると考えるのは、穿ち過ぎでしょうか。

 

最後に皆さんにとって、今日一日が素晴らしい24時間でありますよう!  

 [2023/10/1 人間イライザ]

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2023年9月26日 (火)

姉妹公園協定のために投下責任を「棚上げ」? ――「棚上げ」して、誰が得をするのか?――

姉妹公園協定のために投下責任を「棚上げ」?

――「棚上げ」して、誰が得をするのか?――

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藤永茂著『ロバート・オッペンハイマー』です

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ここで連日取り上げているのは、広島市議会での市側の答弁です。念のために繰り返しておきましょう。中国新聞によると、21日の広島市議会の一般質問で、広島の平和公園とホノルルのパールハーバー国立公園との姉妹公園協定が取り上げら、市側の答弁が、「協定は、原爆投下に関わる米国の責任の議論を現時点で棚上げにし、まずは核兵器の使用を二度と繰り返してはならないという市民社会の機運醸成を図るために締結した」だったのだそうです。

口実として使われた、「市民社会の機運醸成」を省略しても、[何のために] [何をする] の関係は損なわれませんし、論理的な関係がはっきりします。広島市の主張は、姉妹公園協定を結ぶために、原爆投下の責任論は棚上げにした、ということになります。

でも、これって事の重さの判断が逆ですよね。広島市とパールハーバー国立公園が姉妹都市協定を結ぶことが、原爆投下の責任論に関わるような重大事なのでしょうか。そうだとしたらそれは何故なのでしょうか。この点については、再度取り上げますが、今日はこの棚上げで得をするのは誰かを考えます。

一つは、映画「オッペンハイマー」の日本公開で得をする人たちです。例えばこの映画を見たいと願っている人たちも多いかもしれません。興行成績のよさから得をする人たちも含まれます。

もう一つ、広島市と広島市長も得をする側なのかもしれません。長くなりますので、この点は次回以降に回します。

さてオッペンハイマーに戻って、もう一度、オッペンハイマーを今取り上げる意味について、一つの問題提起をしておきたいと思います。私自身この映画を見ていませんし、当分は見る気もないので、それがフェアではないという考え方もあるかもしれませんが、大切な問題提起であることには変りがありません。

まず、東京新聞の22日の記事から引用します。

 日本では公開されていない本作を鑑賞した米カリフォルニア州在住の映画評論家町山智浩さんに聞いた。

 町山さんによると、全体で3時間の長作で、前半はオッペンハイマーが研究者として原爆開発にのめり込む姿が中心。後半は原爆投下後の広島の写真を見せられて下を向く描写や、共同研究者たちの体が原爆によって焼けただれる幻視のシーンがあるなど、主に開発者としての苦悩が描かれている。そして、最後は原爆開発を後悔するせりふで幕を閉じるという。

 マスコミ等の見解として私が読んだものには、この中で、実際には被爆の実相には触れられていない点が問題なのではという指摘が多くありました。つまり、写真は見せられても、その写真そのもの、あるいはその被写体についての描写がないという点です。

それも大切な点なのですが、私が注目したのは最後のシーンです。「最後は原爆開発を後悔するせりふで幕を閉じるという。」なのだそうですが、これはオッペンハイマー本人に取っては聞き捨てならない点なのです。

映画の原本になったカイ・バードとマーティン・シャーウィンの『オッペンハイマー』にも、昨日のこのブログで紹介した藤永茂著『ロバート・オッペンハイマー 愚者としての科学者』(1996年、朝日新聞社。2021年、筑摩学芸文庫)にも同じ点が強調されているのですが、オッペンハイマーは「後悔していない」ばかりではなく、「後悔した」という内容の戯曲の上演を訴訟を起こしてまで阻止しようとしたほどなのです。以下、藤永氏の著所からの引用を中心に、その点をまとめておきましょう。

1964年、西ドイツの作家キップハルトの戯曲『オッペンハイマー事件』が発表され、各国で評判になました。日本でも1966年に俳優座劇場で上演されたそうです。

この作品は、作者によると資料に基づいて厳密に事実に密着したものだということなのですが、藤永氏は、多くの資料に基づいてこれは文学作品だと断定しています。

オッペンハイマーはこの戯曲を嫌悪して、プロデューとーを告訴してまで上演を阻止しようとしたと、物理学者のフリーマン・ダイソンが書いていると、藤永氏は述べています。それは、戯曲の最後の部分にある「告白」がオッペンハイマーには我慢できなかったようです。

キップハルトの戯曲についての感想を、オッペンハイマーがボームに書き送った手紙の日付は1966125日、喉頭ガンのため、話すことも、食事をとることも困難になっていた。二カ月半後には世を去る。

 「私がロスアラモスでしたこと、することができたことについて遺憾の意を表することを、私はこれまで決してしなかった。事実、 いろいろな場合、何度も同じような場合に、書きものにもして、あのことを私は後悔しなかったという気持の確認をつづけてきた。 キッブハルトの書いたことで、特に気分が悪くなるのはあの最後の告白だ。そこでは、まさにそうした後海を私がしたことになっている。責任と罪についての私自身の気持は、今まで常に過去よりも現在により強くかかわるものであったのであり、これまでの私の人生で、現在にかかわることだけで私の手に余るものがあった」

にもかかわらず、映画では、後悔したということにしたのか、そう誤解されるような撮り方をしたのかは分りませんが、オッペンハイマーは、普通の意味での後悔はしていないのです。そして、原爆を考えるときにこの点は、無視しては通れない問題を提起していると私は感じています。

 

最後に皆さんにとって、今日一日が素晴らしい24時間でありますよう!  

 [2023/9/26 人間イライザ]

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2023年9月24日 (日)

原爆の責任議論を「棚上げ」したのは何故か ――一つは、外務省が広島の平和行政を仕切っているから――

原爆の責任議論を「棚上げ」したのは何故か

――一つは、外務省が広島の平和行政を仕切っているから――

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資料館も平和文化センターの所管です

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昨日の問題提起を再録します。

「政府・外務省が原爆投下は合法だと考えていることはお分り頂けたとして、「被爆地には米国の投下責任を問う声が根強くあり」と言われる、その広島の声を代弁すべき「広島市」がなぜ、「米国の責任の議論を現時点で棚上げにし」たのでしょうか。」

答は、広島市の平和行政が外務省に乗っ取られているからです。

それは、人事を見ることで納得して頂けるはずです。広島市の平和行政を中心になって回しているのは、公益財団法人の広島平和文センターです。広島平和記念資料館もこの広島平和文化センターの所管です。その理事長の仕事が2013年から今まで、全て外務省の天下りポストになってしまっているのです。

このセンターは1976年の発足以来、理事長職には、広島で原爆記者と呼ばれるような活動をしてきたジャーナリスト出身者や、広島の平和運動についての理解者が選ばれました。私が市長の時には広島の世界的な発信力を強めるために、アメリカ人の平和活動家に理事長をお願いしました。

この人たち全て、「棚上げ」を許容することなど考えられない人たちばかりです。

そして、天下り人事の決定としか思われないことの一つは、2017年と2018年の広島の平和宣言です。2017年に国連総会で、核兵器禁止条約が採択されましたが、その直後に外務省は、「日本政府は署名も批准もしない」と明確に意思表示をしました。

それを尊重したせいでしょうか、広島の平和宣言は2017年と2018年の平和宣言では、日本政府に対して「署名すべきだ」とも「批准すべきだ」とも主張していないのです。2019年になってようやく「核兵器禁止条約への署名・批准を求める被爆者の思いをしっかりと受け止めていただきたい。」という形ですが、署名と批准を求める立場を取りました。

しかし、それは2年掛けて私たち市民が広島市に強力に働き掛けた結果です。それでも2年も掛かったのですから、相手の手強さは尋常ではありません。

誰の差し金も受けないで、広島市がこのような姿勢を取ること考えられない、と思ったのは私だけでしょうか。

さらに、今年になってからは、『はだしのゲン』や第五福竜丸についての記述を平和読本から削除し、それまでは「核廃絶」を提唱していたにもかかわらず、それを「核軍縮」に弱めてしまいました。また、広島の平和公園と、ホノルルのパールハーバー国立公園との姉妹公園協定を結んだのも、一連の流れに沿っています。

では改めて、平和公園とパールハーバー国立公園の姉妹公園協定がなぜ浮上したのかを考えると、必然的に今年5月のG7広島サミットと関連しているのだろうと思わざるを得ないのですが、同時にアメリカで何が起きているのかも参考になりそうです。

次回はその視点から考えて見たいと思います。

 

最後に皆さんにとって、今日一日が素晴らしい24時間でありますよう!  

 [2023/9/24 人間イライザ]

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2023年9月23日 (土)

今、広島で起きていること (2) ――大阪講演報告5・「原爆の責任議論は棚上げ」した広島市――

今、広島で起きていること (2)

――大阪講演報告5・「原爆の責任議論は棚上げ」した広島市――

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「米国の責任議論は棚上げ」の意味を考えよう

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昨日のブログの最後に、「日本政府が「原爆投下は合法」だと考えているなどとは、ほとんどの人が知らないことらしいのですが、実は私はそのことにも吃驚しているのです。」と書きましたが、改めて、日本政府の意図を踏まえた事件が起きました。

一昨日、21日の広島市議会の一般質問で、広島の平和公園とホノルルのパールハーバー国立公園との姉妹公園協定が取り上げられました。

その件についての市側の答弁が、「協定は、原爆投下に関わる米国の責任の議論を現時点で棚上げにし、まずは核兵器の使用を二度と繰り返してはならないという市民社会の機運醸成を図るために締結した」(*)だったのだそうです。

これについての中国新聞の報道では、「被爆地には米国の投下責任を問う声が根強くあり、波紋が広がっている。」(*)とのことですが、意地悪くこの部分を読むと、被爆地以外では投下責任を問う声があまり大きくないという含意さえ読み取れます。

[ここで引用している二つの言葉には(*)を付けましたが、中国新聞のディジタル版からです。]

でもこのような報道も、日本政府が「原爆投下は合法だ」と考えており、多くの日本国民がそれを許しているという前提を設ければ、全く問題はありません。

しかしながら私には、国民が許しているのではなく、単に政府の姿勢を知らないだけなのではないかと見えますので、改めて、日本政府の考え方を、9月9日の大阪講演では資料としてのみお渡しした、下田判決の概要を示すことで知って頂きたいと思います。

東京地方裁判所は1963年12月7日に、「下田判決」として知られる判決を下しました。1955年(昭和30年)4月、広島の下田隆一さんら3人が、国を相手に東京地裁に損害賠償とアメリカの原爆投下を国際法違反とすることを求めて提起した訴訟の判決です。

その内容は、

  • 原告の損害賠償請求は棄却。
  • アメリカ軍による広島・長崎への原爆投下は国際法に違反する。
  • 被爆者はアメリカに対する損害賠償請求権を持たない。

というものでしたが、裁判長は特に、次のようなコメントをしています。

 「国家は自らの権限と責任において開始した戦争により、多くの人々を死に導き、障害を負わせ、不安な生活に追い込んだのである。しかもその被害の甚大なことは、とうてい一般戦災者の比ではない。被告がこれに鑑み十分な救済策を執るべきことは、多言を要しないであろう。それは立法府及び内閣の責務である。本訴訟をみるにつけ、政治の貧困を嘆かずにはおられない。」

 この裁判は「 原爆裁判」としても知られていますが、被告としての日本政府の言い分は、「原爆投下は合法だ」なのです。裁判中の言い分を要約しておきましょう。

  • 「原子爆弾使用の問題を、交戦国として抗議をするという立場を離れてこれを客観的に眺めると、原子兵器の使用が国際法上なお未だ違法であると断定されていないことに鑑み、にわかにこれを違法と断定できないとの見解」
  • さらに「その当時原子兵器使用の規制について実定国際法が存在しなかったことは当然であるし、また現在においてもこれに関する国際的合意は成立していない」という理由で原爆使用の違法性を否定。
  • またハーグ陸戦法規などの諸条約は原子兵器を対象とするものではないので無関係だという立場。
  • 「敵国の戦闘継続の源泉である経済力を破壊することとまた敵国民の間に敗北主義を醸成せしめることも、敵国の屈服を早めるために効果があり」、広島・長崎への原爆投下も日本の屈服を早めて交戦国双方の人命殺傷を防止する効果を生んだと主張。

下田判決の原文コピーは、このサイトで読むことが可能です。

その後も、1994年には、外務省の高官が、「核兵器使用は国際法違反」と主張する輩は馬鹿だ、と発言していますし、1995年には、国際司法裁判所で広島・長崎市長が核兵器は国際法違反だと陳述するのを妨害しているなど、核兵器は国際法違反ではない(つまり合法である)、との主張は変えていません。

核兵器の保有や使用、威嚇等が国際法違反だとすると、当然、広島・長崎への原爆投下も違法になる訳ですから、この点は譲れないのでしょう。

政府・外務省が原爆投下は合法だと考えていることはお分り頂けたとして、「被爆地には米国の投下責任を問う声が根強くあり」と言われる、その広島の声を代弁すべき「広島市」がなぜ、「米国の責任の議論を現時点で棚上げにし」たのでしょうか。

長くなりましたので、次回に。

 

最後に皆さんにとって、今日一日が素晴らしい24時間でありますよう!  

 [2023/9/23 人間イライザ]

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