ロシア

2022年9月 3日 (土)

ラウン博士とチャゾフ博士

ラウン博士とチャゾフ博士

Photo_20220902234101

IPPNWとは、核戦争防止国際医師会議(かくせんそうぼうしこくさいいしかいぎ、International Physicians for the Prevention of Nuclear War: IPPNW)の略称です。

Wikiwandによると、

核戦争を医療関係者の立場から防止する活動を行うための国際組織で、1980年に設立された。本部はモールデン (マサチューセッツ州)。各国に支部があり、日本支部の事務局は広島県医師会内にある。

米国のバーナード・ラウンとソ連のエーゲニィー・チャゾフが提唱した。1981年以来、現在は隔年で世界会議と地域会議を開催している。83カ国、約20万の医師が参加している。1985年にノーベル平和賞を受賞。2012年の20回目の世界大会は、23年ぶりに日本で開催された。

この世界大会で、私は講演をしたのですが、その際に簡単に述べたことが今回のテーマです。それは、アメリカのレーガン大統領とソ連のゴルバチョフ書記長が、米ソの「冷戦」という世界を覆っていた大きな枠組み変えた背景です。レーガン・ゴルバチョフ・チームは、(1) 核兵器廃絶のために協力し、そして(2) 冷戦終結のためにも協力しました。お二人がこれほど大きな仕事を達成できたのは、ラウン博士とチャゾフ博士の力が大きかったのではないか、ということなのです。

その前に、あまり知られていない事実ですので、復習しておくと、レーガン大統領とゴルバチョフ書記長は1986年のレイキャビック・サミットで、核兵器の全廃に合意していたのです。

その時の議事録です。

レーガン大統領:「どうだろう、これができれば素晴らしいのだが、私たちの考えているのは、5年毎の期限が2度終了するまでに、爆弾、戦場システム、巡航ミサイル、潜水艦兵器、中距離ミサイルシステムや核爆発装置を全廃するということなのではないか。」

ゴルバチョフ書記長:「そうだな。では、全ての兵器をリストアップしてみてはどうだろう」

シュルツ米国務長官:「すぐ取り掛かりましょう」

レーガン:「仮に私たちが考えている10年間という期限の終了時に核兵器を全廃しようという合意ができれば、その合意をジュネーブの代表団に託し、条約を起草させましょう。そうすれば、あなたが米国を訪問する際にその条約に署名することができる。」

残念なことに、この合意は軍産複合体や官僚組織の抵抗にあって実現しませんでしたが、冷戦の時代にこのように驚異的な合意が行われたこと自体奇跡です。

その背後には、ラウン、チャゾフ両博士がいたというのが今回、強調したいことなのです。このお二人に共通しているのは、専門が心臓外科であること、そして、ラウン博士はレーガン大統領の、そしてチャゾフ博士はゴルバチョフ書記長の主治医だったことです。

仮に以下の私の推測が事実だったとしても、お二人はそれを公言しないでしょうしそれを知っている周りの皆さんも沈黙に徹することは御理解頂けると思いますが、このお二人が、両首脳に対して大きな影響力を持っていたとしても不思議ではありません。

どのような形でその影響力を行使したのか想像でしかありませんが、核兵器や核戦争についての正確かつ人道的な情報を提供したとしても不思議ではありません。

しかし、もしこれが事実だとしても、別の問題も生じます。仮に、為政者に対する個人的な影響力を持つ人が、その力を邪な目的のために悪用する可能性が出てくるからです。

幸いなことに、ラウン、チャゾフ両博士の医学に対するコミットメント、そして人類を核の脅威から救いたいという強い思いと実行力は疑う余地がありません。専門を生かして、専門家だからこそ、「核戦争による犠牲は医学では救えない。だから核兵器を廃絶しなくてはならないのだ」と主張したお二人にも、そしてゴルバチョフとレーガン両首脳にも感謝の意を表したいと思います。

  

台風11号がますます心配です。コロナについてもまだまだ油断はできません。そして、医療関係者や行政の皆様等、現場で頑張って下さっている皆様に心からの感謝を捧げます。さらに、私たち自身、感染しないよう努力しましょう。

 それでは今日一日が、皆さんにとって素晴らしい24時間でありますよう。

[2022/9/3 イライザ]

 [お願い]

文章の下の《広島ブログ》というバナーを一日一度クリックして下さい。

広島ブログ

広島ブログ

2022年9月 2日 (金)

ゴルバチョフさんには2度お会いしています

ゴルバチョフさんには2度お会いしています

012_

830日にミハイル・ゴルバチョフ元ソ連大統領が逝去されました。91歳でした。心から御冥福をお祈りします。

20世紀を代表する政治家の一人でした。20世紀後半はほぼ「米ソ冷戦」の時代だったのですが、その状態が変わると考えることさえ「非現実的」だと評されたほどの膠着状態に終止符を打った功績は歴史上、比肩できる事例を探すのに苦労するくらい大きなものです。

その象徴だったベルリンの壁崩壊は1989119日ですが、それから33年後、まさに「巨星墜つ」の感とともに、ゴルバチョフさんとのお別れの時が来たのです。

広島訪問は3回だとのことです。最初は1991年の4月、現役の書記長・大統領時代です。

(Wikiwand  https://www.wikiwand.com/ja/%E3%83%9F%E3%83%8F%E3%82%A4%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%82%B4%E3%83%AB%E3%83%90%E3%83%81%E3%83%A7%E3%83%95 2022年9月1日閲覧)

次に1992年、そして三回目が2000年でした。

私は、2000年の11月にゴルバチョフさんとお会いしています。資料館を案内した後、短時間でしたが、直接話をすることができました。冷戦を終結させた世界的指導者にお会いできるのですから、当然緊張しましたが、気安く話ができ、しかも気持が通った感があり、柔軟な思考のできる人だという印象でした。

広島の悲劇を繰り返してはいけないと強調されましたし、核廃絶が自分のライフワークの一つだともおっしゃっていました。

その10年後、2010年の9月には、ロシアでお会いすることができました。冒頭の写真はその時の物です。11月に広島で開かれる「ノーベル平和賞受賞者サミット」に参加して頂きたい旨お願いしたのですが、快諾して下さいました。残念なことに、健康上の理由でサミットには参加して頂けませんでした。

013_ippnw  

その時にお会いした方々の中でもう一人印象深かったのが、IPPNWの共同創始者だったエフゲニー・チャゾフ博士です。写真の左側の人です。アメリカ側の共同創始者だったバーナード・ラウン博士とともに1985年のノーベル平和賞を受賞しています。

このお二人がいたからこそ、冷戦の終結ができたのだと私は信じていますが、これについては稿を改めて論じたいと思います。

 

台風11号のこれからが心配です。コロナについてもまだまだ油断はできません。そして、医療関係者や行政の皆様等、現場で頑張って下さっている皆様に心からの感謝を捧げます。さらに、私たち自身、感染しないよう努力しましょう。

 それでは今日一日が、皆さんにとって素晴らしい24時間でありますよう。

[2022/9/2 イライザ]

 [お願い]

文章の下の《広島ブログ》というバナーを一日一度クリックして下さい。

広島ブログ

広島ブログ

2022年8月28日 (日)

NPT再検討会議で最終文書不採択

NPT再検討会議で最終文書不採択

Photo_20220827231301

「機能不全に陥っている日本の政治・岸田内閣」をシリーズで取り上げています。第2回は、「詭弁」と「強弁」の実例を検証しました。特に、官僚や政治家が常習的に操る「標準的嘘」を念頭に置くことの大切さを強調した積りです。

今回は、そのシリーズの「特別編」と言っても良い、NPT (核不拡散条約) 再検討会議で、最終文書が不採択になったことを取り上げます。

この会議では、全員一致で決定が行われることが決まっています。今回はロシアだけが反対して最終文書が採択されなかったことで、特に欧米諸国はロシアを非難しています。それはそうなのですが、「残念」、「落胆した」、「遺憾」と言っているだけでは核廃絶を進めることにはつながりません。どうすれば良いのか、具体的には次の機会に提案します。

ここで指摘しておきたいのは、「最終文書」の不採択は核保有国にとっては痛くも痒くもないこと、そしてロシア非難によって私たちの目を眩ませている結果になっていることです。

そのために、NPT再検討会議の歴史を振り返っておきましょう。

1995年--NPTを無期限延長

2000年--「核兵器の完全廃絶を達成するという核兵器国の明確な約束」が盛り込まれた

2005年--最終文書採択されず

2010年--2000年の「明確な約束」の再確認、核兵器のもたらす人類への壊滅的破壊、「核兵器禁止条約」「期限」等への言及があった

2015年--最終文書採択されず

2000年と2015年の「明確な約束」は、画期的な表現ですし、2000年には大きな拍手で迎えられました。問題は、にもかかわらず、何も起こらなかったことです。

2015年の再検討会議の結果を総括しておくと、①最終文書は採択できなかった。②その最大の理由は中東、特にイスラエルだった。しかも③2010年に採択された最終文書はこの5年間無視された。という3点が重要です。ロシアはどこにも出てきませんが、2022年は、ロシア一色です。

NPT再検討会議で最終文書が採択されない最大の障害は、「満場一致」方式です。これは元々、「P5」と呼ばれる核保有五か国の利権を守るために採用されたのですが、その他の核保有国にとっても、「核保有」を継続するために「役立って」います。

とは言っても、2010年はアメリカの努力で最終文書が採択されました。それを「成功」と呼んでも間違いではありません。しかし、2015年はオバマ政権が保守派に乗っ取られたため結果が出せなかったという結果になっています。最終文書が採択されてもそれが次の結果につながるのかという実質を冷静に見守る必要があります。

その視点から、NPTにおいて最重要なのは第6条だと言っても過言ではありません。それは、次の「誠実交渉義務」と呼ばれる義務です。

「各締約国は、核軍備競争の早期の停止及び核軍備の縮小に関する効果的な措置につき、並びに厳重かつ効果的な国際管理の下における全面的かつ完全な軍備縮小に関する条約について、誠実に交渉を行うことを約束する」

簡単にまとめると、2017年に国連で採択され2021年に発効した「核兵器禁止条約」(TPNWと略)のような条約を作るために、全ての締約国は誠実に交渉する義務を負う、という意味です。

核保有国はこの6条を全く無視し続けてきました。その結果、マーシャル諸島共和国は2014年に、核保有国を「NPT6条の義務履行違反」の廉で、国際司法裁判所に提訴しました。管轄権の問題でこの提訴は却下されましたが、国際社会は努力を続け、2017年には、国連総会が、多数決でTPNWを採択しました。

しかし、核保有国も、日本をはじめとする各依存国もTPNWの交渉に反対しました。これは明確にNPT6条違反です。さらに、未だにNPTの署名も批准も行っていないことが大問題であることも指摘するまでもない点でしょう。

その文脈で、NPT検討会議の最終文書不採択についての岸田総理の言葉を読むと、岸田内閣・日本政府の「不誠実さ」が炙り出されてしまいます。

NPTを維持、強化して行くことこそが核軍縮に向けた唯一の現実的取り組みである。

つまり、日本政府は、被爆者や市民が「悲願」として掲げてきた「核廃絶」ではなく、「核軍縮」が目標であり、NPTの「維持強化」の中には6条の遵守が入っていないことを認めていなければ、こんなことは言えないはずなのです。「核兵器禁止条約」に反対していることには頬かむり、NPTにだけ焦点を合わせているのは、核保有や使用を容認していることと同義です。

もっともその不誠実さと、核保有5か国が今年13日にわざわざ、「核戦争は決して起こしてはならない」、「自分たちの核はどの国に向けられてもいない」等の趣旨を盛り込んだ共同声明を出しながら、ロシアの核脅迫に際しては、「共同声明違反だ」という声を上げていない事実とを比べると、どちらの方が罪深いのか判断に迷います。

こう見てくると、NPT再検討会議における最終文書不採択は、それなりに見通せた範囲にあることもお分り頂けたと思います。しかし、NPT再検討会議の意義はそれだけではありません。この一月、世界の多くの市民と政府、そして多くのマスコミも核保有国の言動に注目してきました。それは、核保有国に対する大きなプレッシャーになっています。

NPT再検討会議が終わった今、私たち市民社会がどのような形でこのプレッシャーを核保有国に対して与え続けられるのか、考えるのも大切です。もう一点付け加えれば、「今になって」考えるのではなく、2015年のNPT再検討会議が終ってからすぐに、考え始めてしかるべきことだったのです。グッド・ニュースはその通りに考えてきた人やグループも存在することです。その人たちやグループは、非核保有国内だけではなく、核保有国の中にも大勢いる事実も重要です。この点については再度論じます。

 

コロナについてもまだまだ油断はできません。皆様、くれぐれも御自愛下さい。

それでは今日一日が、皆さんにとって素晴らしい24時間でありますよう。

[2022/8/28 イライザ]

 [お願い]

文章の下の《広島ブログ》というバナーを一日一度クリックして下さい。

広島ブログ

広島ブログ

2022年8月23日 (火)

『戦争広告代理店』

 

『戦争広告代理店』

Photo_20220822211901

『戦争広告代理店』に現れる主な登場人物

ロシアがウクライナに侵攻した今年(2022) 224日から、世界の圧倒的多くのマスコミは、「ロシア」=「悪」、「ウクライナ」=「善」という形での報道を続けてきました。そのマスコミからの情報が主な情報「源」である私たちは、その善悪の対比をそのまま受け入れることになります。

とは言え私は、それだけではない可能性のあることも頭に入れながら全体の状況を判断する必要があると感じていました。それは、高木徹著の『ドキュメント 戦争広告代理店』(講談社 2002年刊) を読んでいたからです。

舞台になったのは、「ボスニア」と「セルビア」ですが、状況が複雑で簡単な説明ではかなり不正確なことしか伝えられません。

その愚を犯しても、『ドキュメント 戦争広告代理店』の記述に従って簡略に整理しておくと、まず、ユーゴスラビア社会主義連邦共和国の崩壊後、1991年から1992年にかけて、「スロベニア、クロアチア、マケドニア、ボスニア・ヘルツェゴビナの各共和国が独立して、残されたセルビア共和国とモンテネグロ共和国が新たなユーゴスラビア連邦を構成」しました。

この地域、特にボスニア・ヘルツェゴビナとユーゴスラビア連邦での紛争が起きるのですが、ボスニア・ヘルツェゴビナが「ボスニア」と呼ばれ、もう一方のユーゴスラビア連邦は、セルビア共和国のミロシェビッチ大統領の支配下にあったため、単に「セルビア」と呼ばれることがありました。

そしてこの紛争は、「ボスニア」が独立した1992年の春に始まり、1995年の秋には国連の調停で和平協定ができ停戦に至りました。

しかし、この紛争についての真実は未だに分らない部分が多くあります。『ドキュメント 戦争広告代理店』によると、この紛争の最も悲劇的な事件と言われる199425日の「青空市場砲撃事件」についても、死者60人以上、負傷者およそ200人という痛ましい悲劇であるにもかかわらず、「この砲弾が紛争当事者のどちら側から放たれたのか、今も不明である。」くらい、謎に包まれているのです。

しかし、当時の報道、そして今私たちの記憶に強く残っているのは、「ボスニア」=「善」そして、「セルビア」=「悪」という二項対立です。「悪役」として世界的にその名を知られたのが、セルビアの大統領だったミロシェビッチでした。彼は、その後起きたコソボ紛争での責任を問われて、旧ユーゴスラビア国際刑事裁判所(オランダ・ハーグ)において、人道に対する罪などの廉で裁判に掛けられ、その最中、2006年に亡くなっています。

そんな対立図がどのように作られたのかを、詳細に追ったのが『ドキュメント 戦争広告代理店』です。この対立を何より際立たせた象徴的出来事は、1992922日、国連総会において、ユーゴスラビア連邦追放決議が圧倒的多数で採択されたことでしょう。

こうした「善」が「悪」に勝つというシナリオを、約4か月で実現した立役者は、ボスニアの外相ハリス・シライジッチ、そして彼を助けたアメリカのPR会社ルーダー・フィン社、特にそのワシントン支局のジム・ハーフ国際政治局長でした。

 この間、ハーフは、シライジッチが英語に堪能であることを活かして、彼を「ボスニア」のスポークスマンとして、アメリカ社会に売り込みました。そのために、マスコミにどう対応すれば良いのかのノウハウを叩き込むこともしました。そして、マスコミが「ボスニア」での「悲劇」を一言で表すために「民族浄化」というキャッチ・コピーを作り、また「強制収容所」の存在を伝える写真やレポートで世論に火を付けました。(その一部は、後にフェイクであることが判明。)

シライジッチ外相の主要演説も、ハーフが書いたのですが、大団円は、国連決議採択前日の21日にボスニアのイゼトベゴビッチ大統領が国連で行った演説でした。それは、英語の演説で、その趣旨は「ボスニア」が多民族国家であり、他民族の共存を何より大切にしていることでした。

この演説について、全米公共ラジオの記者は、『ドキュメント 戦争広告代理店』の中で正直に気持ちを語っています。「多民族共存のイメージには、多くのジャーナリストがごまかされてしまいました。現実には、ボスニア政府、つまりモスレム人は他の二つの勢力、セルビア人とクロアチア人と同じように民族主義者の集まりでした」

現在のウクライナ報道全てが、『ドキュメント 戦争広告代理店』の描いているような一広告代理店による様々な工作の結果だとは考えられませんが、どちらの側もその意図を強調するために、誇張やフェイクを入れているかも知れませんし、そこに広告代理店が一枚噛んでいる可能性もあるのではないでしょうか。

真実を見極める難しさを理解しながら、冷静に判断する姿勢だけは失ってはならないと感じています。

 

コロナについてもまだ油断はできません。皆様、くれぐれも御自愛下さい。

それでは今日一日が、皆さんにとって素晴らしい24時間でありますよう。

[2022/8/22 イライザ]

 [お願い]

文章の下の《広島ブログ》というバナーを一日一度クリックして下さい。

広島ブログ

広島ブログ

2022年8月18日 (木)

「人口密集地における爆発性兵器」(EWIPA)の規制

「人口密集地における爆発性兵器」(EWIPA)の規制

Icrc

赤十字国際委員会のEWIPAについてのページ

(https://www.icrc.org/en/explosive-weapons-populated-areas)

 84日にアムネスティー・インターナショナル(AIと略)が公表した、ウクライナについての報告が世界的な議論に巻き込まれています。それについてAI7日に「遺憾の意」を表した文書も公表されています。

翻訳の都合でしょうか、日本では810日に日本語版が公表されたようですが、ウクライナ側の国際法違反を取り上げています。Abema Times TVによると、「ロシアを利する」「タイミングが良くない」という批判があり、ゼンレンスキー大統領は「テロ国家に恩赦を与えている」とまで言っているそうです。

この「国際法違反」に関連して、国連や赤十字国際委員会 (ICRC)、また人権について真摯に取り組んできた国々、中でもアイルランドが中心になって、617日に画期的な政治的合意が行われています。

それは、「人口密集地における爆発性兵器」(EWIPA)の規制についての政府間合意です。これまで3年にわたっての議論と最後の取りまとめに至る交渉のプロセスは、アイルランド政府のホームページで読むことができます。また、ICRCのホームページにも分り易い説明があります。

「爆発兵器」とは、爆薬を使って人や物を殺傷する兵器ですが、通常「兵器」と呼ばれているものの総称だと考えてもそれほど大きなずれはありません。それを人口の密集した地域で使うことを規制しようという政治宣言がまとめられたのです。

法律的には、戦争において民間人を保護しなくてはならないとジュネーブ諸条約や追加議定書で定められていますが、特に、都市のように人口が密な地域での爆発兵器による被害が大きいことから、その使用を禁止することを明示的な条約にすることを目的としながら政治的にまず規制をしようという趣旨の宣言です。

家屋、病院、学校、ショッピングセンターなど民用施設を爆発兵器で攻撃することは、もちろん国際法違反です。そして、これらの施設を軍事拠点として使うことや、民用施設の近くに軍事拠点を設けることも、民間人を攻撃にさらすことになり国際法違反です。

ただし、その解釈については幅があることも事実です。例えば、Collateral damage (巻き添え被害) が存在することは事実ですが、そうではない場合でも、「CDだ」という言い訳が使われることは良く知られています。

今回まとめられた、「人口密集地における爆発性兵器」(EWIPA)の規制に関する政治宣言では、爆発性兵器を人口密集地で使うことを禁止している現行の国際法を守らせること、あるいは禁止されない使い方の場合にも国際人道法が守られるような措置を取ること、またそれに関連した情報の収集や共有、戦闘員の教育等々の広い範囲での爆発性兵器の規制を政治的なレベルで厳密化しようとするものです。

都市に住む人々の生命を守ろうとする国際的な協力体制があっての成果なのですが、AIも積極的な役割を果しています。そこに「平和首長会議」の姿が見えないことには残念以上の気持を抱かざるを得ませんでした。

AIの報告は、こうした国際的な努力に呼応したものである点も重要です。改めて、戦争であっても全ての行為が許されるわけではなく、これまで人類が長い時間を掛けて積み重ねてきた国際法を遵守することは、戦争に従事しているどちらの側にとっても義務であることは確認しておくべきなのではないかと考えます。

 

豪雨の被害はまだ続いています。被災者の皆さんに心からお見舞い申し上げます。さらに、コロナについてもまだ油断はできません。皆様、くれぐれも御自愛下さい。

それでは今日一日が、皆さんにとって素晴らしい日でありますよう。

[2022/8/18 イライザ]

 [お願い]

文章の下の《広島ブログ》というバナーを一日一度クリックして下さい。

広島ブログ

広島ブログ

2022年8月 6日 (土)

8月6日に総理 (市長) がなすべきだったこと

86日に総理 (市長) がなすべきだったこと

Photo_20220805233201

被爆77周年の今日、亡くなられた被爆者の皆さんに心から哀悼の誠を捧げます。そして核なき世界を実現するために、全力を尽くすことを改めて誓います。

広島市が、今日の記念式典に他国の大使は招待しているにもかかわらず、ロシア大使を招待しなかったことをニュースで知って驚いています。広島市が独自にこのような判断を下すとは考えられませんので、外務省またはもっと上の指示だと思われます。

ウクライナ情勢が緊迫度を増す中、平和的解決に至る可能性を摘んでしまったことが誠に残念です。

岸田総理 (あるいは広島市長なのですが、以下、「市長」とは言及しません。「市長」を補って読んで下さい。) がなすべきだったことは簡単です。

核保有国の駐日大使を招待して、総理自ら資料館を案内し、被爆者の被爆証言をともに聞く機会を作るべきだったのです。もちろん、ロシア大使もその中の一人として招待すべきだったのです。

さらに、被爆証言の後、核保有国の大使たちに、「これを見て、貴国が核兵器を他国に先んじて使うべきだと、貴国の大統領 (あるいは首相) に進言しますか?」と問い掛けるのです。それに対して、「もちろんそうする」と言える大使はいないでしょう。そこで、「では、核の先制不使用に賛成して貰えますよね」と畳み込むのです。

「もちろんそうする」と答える大使はいないかもしれません。「本国に伝える」くらいが関の山かもしれません。しかし、それでもこのようなイニシャティブは重要です。

仮にプーチン大統領が、振り挙げた拳をどこかで下したいと考えているとすれば、この機会に乗じて「ヒロシマの悲劇を目の前にして、核による解決を避けることにした」と言っても、面子を失うことにはならないでしょう。それがヒロシマの力です。

あるいは、アメリカがロシアに対して、「今の状況で核は使うべきではないことを広島で学んだ。核の先制不使用を約束するからロシアも同調して欲しい」と提案することも可能です。これもヒロシマの力があってこそ意味のある提案です。

こんなシナリオ通りには行かないかもしれません。しかし、最低限、日本や広島市の誠意は伝わりますし、それがどのような連鎖で次の平和的解決への努力につながるかは分りません。

事は、核戦争の回避ですし、人類滅亡から人類を守ることです。どんな可能性でも試してみるくらいの決意が必要なことは、言われなくても分って欲しいのですが――。

  

炎暑とともに豪雨も各地を襲っています。皆様、くれぐれも御自愛下さい。

 それでは今日が、皆さんにとって素晴らしい一日でありますよう。

[2022/8/6 イライザ]

 [お願い]

文章の下の《広島ブログ》というバナーを一日一度クリックして下さい。

広島ブログ

広島ブログ

2022年7月14日 (木)

『核兵器は使えなくなった』 アウトライン

『核兵器は使えなくなった』

アウトライン

3_20220713201201  

224日のロシアによるウクライナ侵略以降、そしてプーチン大統領による複数回にわたる核使用威嚇のたびに考えてきたのは、「核を使わせない」という説得を行う上で、どのような方法が効果的なのかということです。

それは、被爆体験・被爆の実相を理解して貰うことだと考えているのですが、それに現在使える技術と想像力を加味すると、決定的な結論につながることに気付きました。

それを一冊の本にまとめたいのですが、以下、そのアウトラインです。三つの、「結論」を柱としています。

  (〇) 核保有国の首脳には最低限の「常識」が通じるとの仮定で議論する。(自国や自分の滅亡を予見した際に世界を道連れにする党の可能性は別建ての議論が必要)

 

(A) 結論:  核兵器は使えない兵器になった。

(系) 核兵器の廃絶は実現する。

 ① それは、万一、核兵器が使われるとなると、世界中の億単位の人々がリアル・タイムで、広島・長崎での被爆の実相以上の「生き地獄」を高画質の画面で長時間見続けることになるからだ。

② 「リアル・タイム」が可能になったのは、ドローン、インターネット、スマホの普及、SNS利用者の爆発的増加等が原因である。

③ その結果として、「ただちに核兵器を廃絶せよ」という声が世界的な圧力になり、核保有国の首脳はそれに従わざるを得なくなる。

④ そのシナリオが蓋然性を持つのは、広島・長崎後、1952年までの7年間、被爆の実相が当時のGHQによる検閲制度である「プレス・コード」により完全に隠蔽されていた事実があるからだ。

⑤ ウクライナでの市民に対する残虐行為が、これほどの勢いで世界的に指弾されている事実を、1945年当時の広島と長崎に重ねて考えてみよう。

⑥広島・長崎における「生き地獄」の画像や体験談は、今でも多くの人々にショックを与えている。1945年当時に、もっと生々しい形でそれが伝わっていたとしたら、それは世界を震撼させ、核兵器を廃止すべきだという世論が圧倒的力を持つようになっていたはずだ。

この結論に関して、「プレス・コード」は、原爆の科学的情報を広めないことが目的だったと言われていますが、生々しい「生き地獄」が引き起こす劇的な衝撃と、その結果としての原爆投下の否定や投下者への糾弾を避けるためという、別次元の大目的があったと考えるべきではないのかという問題提起もしたいと思います。

 

(B) 結論: 核抑止論への説得力ある反駁になる。

⑦ これまでの核兵器に反対する論考は、核兵器を使用した首脳が自国民、そして世界の世論からどう見られるのかという視点に欠けていた。

⑧ リアル・タイムでの実況という、技術進歩を合わせて考えることで、核兵器の使用は首脳個人にとって、後世からの評価も含めて、避けるべきこととしての優先順位が、極めて高くなる。

 

(C) 結論: 上記の説得ができれば、プーチン大統領は核兵器の使用を諦める。(これは、Change.orgの署名運動の中でも何度も触れています。そちらも御覧下さい。下線をクリックすると、サイトに飛びます。)

  

皆様の御意見も伺えれば幸いです。

 

炎暑とともに豪雨も各地を襲っています。皆様、くれぐれも御自愛下さい。

 

それでは今日が、皆さんにとって素晴らしい一日でありますよう。

[2022/7/14 イライザ]

 [お願い]

文章の下の《広島ブログ》というバナーを一日一度クリックして下さい。

広島ブログ

広島ブログ

2022年7月 2日 (土)

Those who cannot remember the past are condemned to repeat it.

Those who cannot remember the past are condemned to repeat it.

George_santayana

これは、哲学者ジョージ・サンタヤーナ(1863—1952)の言葉です。[写真は、Public Domain (https://commons.wikimedia.org/wiki/File:George_Santayana.jpg) です。]

その意味は、「過去を記憶できないものは、その過去を繰り返す運命を背負わされる」です。

この言葉を理解して頂きたいのは、ウクライナ戦争から、初めて戦争の実相をリアル・タイムで、テレビやインターネットを通して体験している皆さん、ウクライナ・ショックを受けている皆さんです。

その皆さんはウクライナの「無辜の」市民が殺され、住まいを奪われ、難民として他国に逃げなくてはならない状況を元に、戦争の即時停止とロシア軍の撤収を要求しています。

その気持に便乗して、日本も自国を守るために核武装すべきだ、軍事力を強化すべきだと主張する、安倍元総理はじめ無知かつ無責任な政治家が出てきていることを私は許せません。

日本の歴史を振り返ると、戦前の日本はまさにその軍事力強化を国是にしたのです。その結果、他国への戦争を始め、世界を相手に戦争することになり、その結果、「国」や軍部に従わざるを得なかった「日本の」無辜の国民は、塗炭の苦しみを味わうことになったのです。

その歴史からの教訓を忘れないために作られたのが、日本国憲法、平和憲法です。「こんな思いを他の誰にも繰り返してはいけない」という被爆者の叫び、「若者を戦場に送るな」という先生方の反省も貴重です。

ウクライナの悲劇を口実に、このようなかつての「日本の」過去からの教訓を無視すれば、サンタヤーナの言うように、77年前の悲劇を再度味わうことになるのです。その愚を犯しているのが、軍事費の倍増や核武装を画策・扇動している政府や政治家です。

その愚を犯させないために、私は立候補しました。皆さん、心を一つにして歴史からの教訓を生かしましょう。

 

炎暑が続いていますので、皆様、くれぐれも御自愛下さい。

 なお関連の動画は、ホームページやYouTube公式チャンネルを御覧下さい。

https://www.t-akiba.jp/

https://www.youtube.com/channel/UCNOCvMp5EfcUTqCYU6jgf0Q/videos

それでは今日が、皆さんにとって素晴らしい一日でありますよう。

[2022/7/2 イライザ]

 [お願い]

文章の下の《広島ブログ》というバナーを一日一度クリックして下さい。

広島ブログ

広島ブログ

 

2022年6月20日 (月)

ポルトガル青年二人との出会い

ポルトガル青年二人との出会い

Photo_20220620000801

Nuclear Ban Forumの会場前で、自転車ツアーに参加する人たちの見送りをしようと待機していた時でした。青年二人から、「スピーカーと名札に書いてあるけど何を話すんですか?」と話し掛けられました。市民社会フォーラムの参加者だと思い込んでいたので、「もう、北東アジア非核地帯条約と北東アジアの核情勢というテーマで昨日話は終ったけど」と答えたのですが、なんだか腑に落ちない様子。そもそも「非核兵器地帯」などという言葉を知らないのかなと気付いたので、どこから来たのかとこちらから問いかけてみました。

少しやり取りをすると、通り掛かりのポルトガルの青年たちで、ポルトガルでは核兵器についての関心があまり高くないこと、自分たちも平均的なところかな、という感じでした。

チョット挑発的に、「核兵器を持たない国が、核兵器について関心を持たないと、核を持っている国の言いなりになってしまうのでは?」と水を向けると、ウクライナで核を使うかもしれないプーチン大統領の話になり、後は、このブログで書き続けてきたいくつかの点を指摘しました。特に、ウクライナと広島・長崎との違いとして「リアルル・タイム」で戦争を見、そして感じているかどうかが重要であることにも注意を喚起しました。

かつて、ポルトガル領だったブラジルが中心的役割を果したトラテロルコ条約についても話をしたのですが、こう書いてくると長い間の会話でもおかしくはない内容です。でも実際は5分足らず、「こんなに関心があるのだから、ポルトガルでも核兵器について何か始めてみたら」と提案すると、「考えて見る」という返事でした。

見ず知らずの私の話をこんなに素直に聞いて貰って、かなり暑くなってきてはいるものの風の爽やかくウィーンでのエピソードとして、「You, guys, have made my day!(お蔭で良い一日になった!)と言いたい気持です。

それでは今日が、皆さんにとって素晴らしい一日でありますよう。

[2022/6/19 イライザ]

 [お願い]

文章の下の《広島ブログ》というバナーを一日一度クリックして下さい。

広島ブログ

広島ブログ

 

2022年6月19日 (日)

ウィーンでのパネル・ディスカッションです

ウィーンでのパネル・ディスカッションです

Photo_20220619063001

ウィーンに着いてから一日以上経っていますが、Wi-Fiの状態があまり良くないこと、そしてやはり忙しいために、ブログを書く時間がありませんでした。この写真は、ウィーン時間の18日、午前11時からICANの主催で開かれたパネル・ディスカッションです。

 パネリストは、韓国のNGOであるPSPD、参加型民主主義のための市民連帯、のスヨン・ファンさんと、モンゴルの平和団体、ブルー・バナーの代表で、元国連大使のエンクサイハン・ヤルガルサイカンさんと私の三人です。司会はICANの松村真澄さんでした。

 テーマは北東アジア非核兵器地帯条約と、北東アジア情勢についてです。

 詳細については、動画のファイルが同期された時点で、少し編集した上でお届けしたいと考えています。

高校生平和大使たちも大活躍しています。

 それでは今日が、皆さんにとって素晴らしい一日でありますよう。

[2022/6/18 イライザ]

 [お願い]

文章の下の《広島ブログ》というバナーを一日一度クリックして下さい。

広島ブログ

広島ブログ

 

より以前の記事一覧

広島ブログ

無料ブログはココログ
2022年10月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31