子ども

2023年12月30日 (土)

#お年玉 には #安野光雅 ――#表紙 だけでも読んで欲しい――

#お年玉 には #安野光雅

――#表紙 だけでも読んで欲しい―

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80ページほどの文庫です

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年末・年始に読んで欲しい本をお勧めしましたが、同じくらい感動的な本を御紹介します。大きな違いは、こちらなら「お年玉」としてお子さんたちにプレゼントすることができる点です。

安野光雅先生著の『天は人の上に人をつくらず』ですが、長さは80ページほどの文庫本です。内容は、表紙の言葉が余すところなく伝えています。

「私には夢がある。いつの日か、谷間は高められ、丘や山は低められ、でこぼこしたところは平らにされ、曲がりくねったところは真直ぐに・・・・」(キング牧師)

わたしは、この言葉を声に出して読むことができない。読もうとすると声がふるえてしまう。リンカーンの「奴隷解放宣言」も、福沢諭吉の「天は人の上に」もそうだ。

安野先生だけではなく、これは私たちの世代の人間の多くが示す反応です。それだけでも若い世代の人たちに知っておいて貰えれば、というのがこの本をお勧めする理由の一つです。目次だけでも掲げておきましょう。

ワシントン大行進

自由

キング牧師

バス・ボイコット事件

約束手形

リンカーン

咸臨丸

福沢諭吉

南北戦争

学問のすすめ

(その後に参考資料として日本国憲法の抜粋が掲載されていますし、リンカーンや諭吉、キング関連の年表が続いています)

かつて、広島市の成人祭では、新成人の皆さんへのプレゼントとしてこの本を贈呈していました。お年玉としても最高ではないかと思います。

 

最後に皆さんにとって、今日一日が素晴らしい24時間でありますよう!  

 [2023/12/30 人間イライザ]

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2023年6月11日 (日)

数学を学ぶとは・教えるとは ――「数学人の集い」の楽しみ方――

数学を学ぶとは・教えるとは

――「数学人の集い」の楽しみ方――

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私も小学生の時に「僕に方程式を教えて下さい」と頼んだことがあります。

 

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「《社会と数学の関わり》を話し合う数学人の集い」を始めるというお知らせは、このブログで前に報告した通りです。その後も順調に回を重ね、先日、第4回目を迎えました。各回ごとに終った後も、メーリングリストでの熱いやり取りがあるのも、この「集い」の特徴なのですが、それも含めて、話題提供者の話や当日の質疑等からも大きな刺激を受けています。一言でまとめると、とても「楽しい」集いなのです。

第4回は、『僕に方程式を教えて下さい』 (以下、『僕に』と略します) の著者の一人、瀬山士郎群馬大学名誉教授 (以下「瀬山さん」と呼びます。集いの中でそう呼び合うことにしましたので。) が、少年院で数学を教えた経験とその意味、矯正教育や数学教育の意味等をお話し下さり、感動的な一時になりました。

書き始めると、その日のこと、メーリングリストでのやり取り、『僕に』の濃い中身等、止まらなくなってしまいますので、瀬山さんが教えた赤城少年院と新潟少年院の授業内容を簡単にまとめることから始めます。少年院で数学を教える意味については、ここでは説明しきれませんので、『僕に』をお読み下さい。でも以下に私の書くこともその説明の一環になっているかもしれません。

赤城少年院で瀬山さんたちが目標としたのは、「一次方程式が解けること」でした。中学レベルの子どもたちが中心だったからですし、まず授業時間が少ないこと、4月から一斉に授業が始まるのではなく、途中から入院してくる子どもたちもいること、そして学力もバラバラだという状態に対応するためです。それには、何か目標を掲げてそれに絞って、そしてそこに到達する過程で必要な知識や技術、抽象化や論理化、そして記号化という数学の本質を教えて行こうというのです。

さらに、新潟少年院は、高等学校卒業程度認定試験を受けられる指定施設になっていたため、その試験に合格できる数学力が付くようなカリキュラムが必要になりました。ここも一点突破で、二次方程式が解けるようになること、二次関数の基本を理解すること、時間的に余裕があれば三角比を扱うことが目標でした。

そして、瀬山さん、共著者の高橋さん、村尾さんのチームは、素晴らしい授業を展開されたことが、瀬山さんの話から、そして『僕に』から良く分かったのです。それは、三人の先生方の授業では数学の本質を教えていたからです。

なぜ、私がそう感じたのかを説明するのが本稿の目的ですが、比喩を使うことでグラフィックに描ければと思います。それは、「数学」全体を壮大なお花畑に喩えることです。無限に広がっているのか、どこか有限の境界があるのかも分らない、少し高い場所に移動しないと見えてこない花もある、夜と昼では景色が一変し、でも永遠に輝き続けるお花畑です。

このお花畑の「本質」とは何でしょうか。

いろいろな側面のあることもお分り頂けると思います。バラの花全体を考えたときに、バラの美しさを一番的確に表現するためにはどうすれば良いのかという問への答は、多くの芸術家が試みてきたことです。バラの数は例えば100万本というように数えられる、有限の個数しかないのか、それとも無限個あるのかというのもこのお花畑を理解する上で一つのカギになるでしょう。棘のあるバラと棘のないバラの違いはどこにあるのか、棘を取り去る方法があるのか、などという疑問を持つ人もいるかまれません。

瀬山さんたちの答は、一本のバラの花を選んで、これまで真剣にバラの美しさには目を向ける機会のなかった子どもたちに、この一本のバラの花の美しさを伝えたことなのではないでしょうか。それも、「数学の本質」です。その美しさに目覚めたときに、私たちは感動し、楽しさも味わえるのではないでしょうか。

個人的な感想ですので、実際に数学を教えていらっしゃる皆さんが賛成して下さるかどうかは分りません。そして、お花畑に喩えることは、数学に限ったことではないでしょう。でもこう考えられると思ったときに、私の世界は確かに広がりました。

最後に一言。ここで「お花畑」が出てきた理由は、例えば岡潔先生のような優れた数学者がエッセイの中で数学を花にたとえていることもあるのですが、もう20年も前の『文芸ひろしま』の中の作品「ある家族」で読んだ次の一節を思い出したからです。

「卒業旅行で、自分の乗った飛行機だけオランダに着いてしまった。みんなは、今、イタリアで何をしているだろう、そればかり考えて、今、自分の目の前にひろがっているチューリップ畑や風車のすばらしい風景を私は見てなかった。」

2016年のこのブログでも取り上げていますので、お読み頂ければ幸いです。

目の前にある花やお花畑に感謝し楽しみつつ。

「《社会と数学の関わり》を話し合う数学人の集い」の次回の会合は7月30日の午後7時からです。話題提供者は私でテーマは「核廃絶に至るシナリオ」です。参加御希望の方は、このブログの「コメント」として、メールアドレスを入力して下さい。公開はしませんので。

そして皆さんにとって、今日一日が素晴らしい24時間でありますよう!

 [2023/6/11 人間イライザ]

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2023年6月 8日 (木)

学校でとんでもないことが起きているようです。 ――生徒や学生はどうすれば良いのでしょうか――

学校でとんでもないことが起きているようです。

――生徒や学生はどうすれば良いのでしょうか――

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生徒から「ダメ」と言えば変るのでしょうか?

 

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「社会と数学の関わりを話し合う数学人の集い」の準備会については、10月3日に報告したのですが、その後、12月、2月、4月、そして6月と大変盛り上がる会を4回続けてきました。そのレポートをなかなかアップできないでいるのですが、それは、話題提供をして下さった4人の方、さらには参加者の皆さんの熱の入った議論の中身をコンパクトにまとめられないからです。いずれ、どこかで報告させて頂きたいと考えています。

「数学人の集い」の特徴の一つは、優れた教育関係者が多いことなのですが、世の中にはそうでないケースもある、というのが今日のテーマです。中・高、大学での出来事について最近耳に入った事例をお知らせしたいと思います。

生徒や学生の皆さんが嫌だと考えていても、さらには保護者の皆さんも「えっ!」と驚くようなことばかりなのですが、当事者の生徒・学生にも、保護者にも現状を変える力のない点も大きな問題です。

(事例A)  皆さんが勉強した「教室」のほとんどは、黒板の近くと部屋の後方、二か所に出入り口がありましたよね。ほとんどが開閉するドアだと思います。ある学校では、黒板近くの出入り口は先生専用で、生徒は使ってはならないのだそうです。

それだけではなく、その出入り口の一番近くに座っている生徒は、先生が教室に入るときに立ち上がって扉を開けなくてはならないのだそうです。極端な場合、反抗して開けなかった生徒がいても、先生は中に入ってから、当番の生徒にドアを置けるように指示して、また教室の外に出るまでして、これを強制するそうです。

(事例B) もう一つ、こちらは大学です。一年間の間に取得しなくてはならない単位は全て合格して取得していても、上の学年に上がるためには、それとは別の「進級試験」を受けなくてはならない大学があるそうです。これ自体もおかしいのですが、その試験に落ちると、留年するだけではないのです。もちろん一年分の授業料はもう一度払わなくてはならないのですが、それに加えて、その年に取得した単位は全て認められなくなるのだそうです。つまり、一度合格して単位は取れた科目を全て、もう一度学習し直して再度単位を取らなくてはならないのだそうです。

両方ともあまりにも理不尽で、学校側が生徒や学生の「いじめ」をしているようにさえ見えるではありませんか。しかも救済策はないのです。

以前、「日本が壊れて行く」シリーズをアップしましたが、その続きでもあります。何方か良い知恵をお持ちの方、是非教えて下さい。

 

そして皆さんにとって、今日一日が素晴らしい24時間でありますよう祈っています!

 [2023/6/8 人間イライザ]

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2023年2月24日 (金)

成田発言のおぞましさ検証 ――立ち止まって考え始めたら、怒りで震えが止まらなくなりました――

成田発言のおぞましさ検証

――立ち止まって考え始めたら、怒りで震えが止まらなくなりました――

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By Diliff

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:Palace_of_Westminster,_London_-_Feb_2007.jpg

成田悠輔氏の持論について、「酷いことを言う」と感じていたのですが、私の違和感を整理してみようと、ちょっと真面目に考え始めたのですが、あまりの恐ろしさに怒りで震えが止まらなくなりました。その全てをいっぺんに出し尽くすのは無理ですので、毎日少しずつ書き溜めて行きたいと思います。

とは言え3月4日にはロンドンでスピーチをしなくてはなりません。昨年2月24日のロシアのウクライナ侵攻と核使用の脅しから一年、「ヒロシマ」への期待にどう応えるのかもその一部にしたいと考えています。そのためには、皆さんのお知恵も拝借しなくてはなりません。

とにかく、しなくてはならないことが多く、時間は限られています。このブログもごく短くなる日もあるでしょうし、ツイッターだけの日もあり等、不規則な形になります。

さて、「集団自決」とは何を意味するのかを考えたいのですが、これで本当に高齢化の問題が解決するのでしょうか。

成田氏は、老人が自動でいなくなるシステムの可能性の一例としてある映画の紹介をしています。それも小学生を相手にです。

「みんな生まれた時に腕にタイマーが埋め込まれていて、何十年か経つとタイマーが作動して自動的に亡くなるようになっている。みんな等しく、寿命の上限が与えられていて、その時間になったら亡くなるっていうのが埋め込まれている社会」

(『YAHOO!JAPANニュース』2月21日号に掲載されている『女性自身』の記事)

こんなシステムが仮にできたとして、何時から始めるのでしょうか。例えば20xx年の一月一日からだとして、そんな人生を我が子に歩ませたくないと考える親は多いでしょうから、その日からの出産がほぼゼロになってもおかしくはないですね。

そして、このシステムは少子高齢化社会を変えるためという目的があるようなのですが、ますます少子化が進む結果になります。

さらに、仮にこのシステムが70歳を「寿命の上限」だと設定していたとして、その70年の一年前に69歳を迎えた人たち、その人たちが仮に100万人いたとして、それからの一年間を平穏の内に過ごせるものなのでしょうか。悟りを啓く人もいるかもしれませんが、地獄の思いの一年になる人もいるでしょう。

またその「タイマー」がどんなものなのかは分りませんが、仮に腕に埋め込まれているとしたら、外国の病院で腕切除の手術を受けて生き続けようとする人が増えて来るかも知りません。その前に、「タイマー」を無力化できる機械、あるいはソフトウエアが開発されてもおかしくはありません。

それを封じるために巨額の投資をするというような、無駄な行為があちこちで起きて来るでしょう。少し考えると、とても真面目に議論できる代物ではありません。そんなことを子どもに吹き込む代りに、社会改革に役立つ検討すべき案件は五万とあるではありませんか。なぜ、そちらに良い頭が回らないのでしょうか。

 

それでは皆さんにとって、今日一日が素晴らしい24時間でありますよう!

 [2022/2/24 イライザ]

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2023年2月23日 (木)

集団自決や集団切腹のリアルな記憶を大切に ――成田悠輔氏の持論への違和感――

集団自決や集団切腹のリアルな記憶を大切に

――成田悠輔氏の持論への違和感――

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サイパンの「バンザイクリフ」周辺の慰霊碑と供養塔 Wikiwandから

https://www.wikiwand.com/ja/%E3%83%90%E3%83%B3%E3%82%B6%E3%82%A4%E3%82%AF%E3%83%AA%E3%83%95

成田悠輔氏が持論として開陳しているのが、「高齢化し老害化しないために『人は適切な時期に”切腹”すべし』」(201929日、グロービスが主催した社会保障制度改革のパネル討論)であり、「結局、高齢者の集団自決、集団切腹みたいなのしかないんじゃないか。僕はこれを大真面目に言っていて、やっぱり人間は引き際が重要だと思う。別に物理的な切腹ではなくて、社会的な切腹でもいい。過去の功績を使って居座り続ける人がいろいろなレイヤーで多すぎる。これがこの国の明らかな問題だ」(20211217日放送の『ABEMA Prime』)なのです。

それぞれの引用は、孫引きですが、Wikiwandの成田悠輔のエントリーからです。

Wikiwandの記述は、十分に詳しくかつ上手にまとめてありますので、短時間で全体像をかなり具体的に把握できます。その中の「「集団自決」発言と騒動」という項目の中、2022年のリスト中には次の一節があります。

「2022年の元日、YouTubeチャンネル「日経テレ東経済学」での西村博之との生配信中に、成田は「(集団自決は)まったくメタファーではなくて、三島由紀夫とかリアルにそういうことをやって、しかもそれが日本人の死に様の1つの象徴みたいな感じで。」

つまり、成田氏にとって「集団自決」は「メタファーではなくて」、三島由紀夫にまで言及していますので、実際に自分で自分の命を終らせる行動を取れと言っているのです。しかしながら、2月28日になると、それが「メタファー」になってしまいます。

切腹自決は議論のためのメタファーで、肉体的なものだけでなく、社会的・文化的なものも含めた色々な形があり得ます」

言っていることが矛盾していて、何を言いたいのかが定かではありません。これ以上、相手にしなくても良いのかもしれませんが、子どもたちに誤った情報を「吹き込む」ことは許せません。

『YAHOO!JAPANニュース』2月21日号に掲載されている『女性自身』の記事から引用すると、

「生徒の質問に成田さんは、“老人は自害しろとは言ったことがないけど、切腹が社会保障改革への最短経路と言ったことはある”と説明していました。ですが、これまでの成田さんの発言を元に質問した生徒は、やや困惑している様子でした。

成田氏は「自決」とは言っているけれど「自害」とは言っていない、というすり替えをしたかったのでしょうか。そうとでも解釈しない限り、訳は分らないのですが、一流学者の言葉を素直に読み取った子どもへの責任くらい果す義務はあるはずです。

そして、「一定の年齢になると、その人が崖の上に上がっていって、飛び降りるのが風習になっている架空の村」の話をするのですが、「崖から飛び降りる」そして、「集団自決」というイメージを重ねると、私たちの世代には、サイパンの「バンザイクリフ」が頭に浮かびます。

米兵の投降勧告や説得に応じず、80メートル下の海に身を投じて「集団自決」した日本兵や民間人たちの最期の地です。そして、沖縄でも同じ悲劇が繰り返されていたことも、私たちは忘れられないのです。まさか、それが理由で私たち高齢者に「集団自決」をしろと言っているのではないでしょうね。

そして、「集団切腹」の典型的な例が赤穂浪士の討ち入り後の切腹でしょう。「忠臣蔵」として暮にはテレビの大型番組が必ず組まれていた「美談」ですが、司法制度の不備と封建制度という非人間的な体制によって多くの命が失われた悲劇としても記憶しておかなくてはならない事件です。

さらには、最近の「集団強盗」まで、連想が続きます。

「天才」「気鋭の」等々、多彩な形容詞の付く、しかも数十万のフォロワーがいるSNS上のスターの言葉を信じる人たちの方が圧倒的に多いでしょうし、これだけ何度も繰り返され、その通奏低音は変わらなくても、「メタファー」だったりそうでなくなったりと、情報操作に揺さぶられつつ何時の間にか洗脳されてしまう人がいてもおかしくはありません。

届く範囲は限られていても、せめて歴史上の悲劇は忘れずに、その時々に大いなる痛みを抱いて生き亡くなった方々に思いを馳せつつ、私たちは人間であり続けることを肝に銘じたいと願っています。

 

それでは皆さんにとって、今日一日が素晴らしい24時間でありますよう!

 [2022/2/23 イライザ]

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2023年2月22日 (水)

『はだしのゲン』の何が問題なのか ――本当は松江市の先例と同じ理由?――

『はだしのゲン』の何が問題なのか

――本当は松江市の先例と同じ理由?――

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中沢啓治さんの『はだしのゲン』で、原爆の悲惨さや戦争をしてはいけないことを学んだ人は多いと思います。広島市でも、平和教育の教材の中に、『はだしのゲン』の一部を引用したり絵を使ったりしていました。

ところが、突然、教材中の『はだしのゲン』を削除するという決定を市の教育委員会が下したというニュースが飛び込んできて、多くの市民は吃驚しています。

今日、広島県の被団協理事長の箕牧智之氏と事務局長の前田耕一郎氏が教育委員会に申し入れを行いました。申し入れ書を読んで頂くことで、削除することの問題点が良く分りますので、被団協のお許しを頂いて、以下、全文を紹介します。

****************************************

2023年222日 

 

広島市教育長

糸山 隆 様

広島県原爆被害者団体協議会

理事長 箕牧智之

「ひろしま平和ノート」からの「はだしのゲン」削除について

かねてから、教育全般にわたり尽力されていること、そして、被爆地ヒロシマとしての平和教育に力を注いでおられることに敬意を表します。

さて、現在、大きく取り上げられている「はだしのゲン」を「平和教育ノート」から削除することについてですが、私たちは「はだしのゲン」は中沢啓治さんの実体験に基づいた反核・反戦の強い願いと、わかりやすく人々、特に子どもたちに伝えたいという思いにあふれたものであると認識しています。そして、「はだしのゲン」は佐々木禎子さんの折り鶴とともに、広島の惨禍とそれが繰り返されてはならないことを世界中に伝えており、ヒロシマの象徴ともなっています。

今回の「平和教育ノート」からの「はだしのゲン」削除について、多くの反応があったことはそれを如実に物語っているのではないでしょうか。

そこで、お尋ねとお願いとを申し上げます。

1 まずお伺いします。

  • 「はだしのゲン」を「平和教育ノート」から削除するに当たって、これほどの反応がある重いものであることを想定されなかったのでしょうか。

広島市は、中沢さんの作品・活動を評価して名誉市民とし、また、一連の中沢作品の原画の寄贈を受けて、貴重なものとして平和記念資料館で管理していると我々は認識しています。

その中沢さんの作品の扱いについてより慎重な判断があってしかるべきではなかったかと思いますがいかがでしょうか。

(2) 新聞報道によって経緯を見ると次のとおりです。

識者や学校長たち13人の会議でプログラム全体の内容を検証。うちゲンの場面(1)(2)について「児童の生活実態に合わない」「誤解を与える恐れがある」との意見が出た。作中の別場面を引用する案も出たが、「漫画の一部を取り上げるだけでは、被爆の実態に迫りにくい」として、場面(3)も載せず、(被爆者の体験談に)差し替えることにした。」217日中国新聞。( )部分と下線は被団協で挿入)

別場面の引用をせず差し替えることにしたとの結論に至る過程で、どれほどの検討がなされたのでしょう。会議録や決裁過程を示して議論の経緯と内容を教えてください。私たちは「はだしのゲン」には様々なエピソードがあり、切り口を変えることによって「はだしのゲン」を残す対応ができたのではないかと考えています。削除せず今回予定の体験記を加える方法もあったのではないかとも思います。どうでしょうか。

2 次に、外すことについての市側の対応についてです。

先にも触れたとおり広島市は中沢さんから作品原画の寄贈を受けて管理しており、広島市は事前に遺族の了解を得て原画を無償で利用できるようになっていると承知しています。

平和教育ノートに原画を使用するに当たって、広島市は遺族に了解を得たのでしょうが、使わなくなることについて報告したのでしょうか。

削除を決めたのであれば遺族に経緯の説明と感謝の意を込めて連絡するべきだったのではないでしょうか。それが無償で掲載を承諾している遺族への礼儀だと思いますがいかがでしょうか。

3 もうひとつ重要なことがあります。

ご承知のとおり原爆の使用がもたらす結果は酷いものです。多くの人が一時に死に、傷つき、後々まで苦しみます。そして、戦争も多くの酷い死をもたらします。

私たちはその酷さを子どもたちにしっかり認識して欲しいと思っています。そのことによって原爆・戦争はいけないとの考えを身につけることができると考えるからです

その点において私たちは「はだしのゲン」の果たしている役割を高く評価しています。

広島の子供たちには私たち原爆で被害を受けた者たちが肌身で感じた悲惨さ、酷さを知った上で「平和」を口にし、訴えて欲しいと思っています。

教育は本当に大切なものです。かつて我が国は、国民を、そして子どもたちを戦争に協力させ渦中に巻き込んでいきました。その反省から現在の憲法があり、それに基づいた教育があります。過ちを繰り返さないため、「平和」についての根本を子どもたちに理解させるよう力を尽くして頂きたい。それを心から願っています。

核、力による支配の脅威が大きくなっている今、広島の平和教育の重要性はますます高まっていると感じています。このことに心を致しながら教育を進められるよう強く念じ、申し入れます。

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御記憶の方もいらっしゃると思いますが、10年前、松江市でも『はだしのゲン』を小中学校の生徒たちに見せないための閲覧制限がありました。制限を要請したのは教育長でした。

多くの市民からの抗議があり、閲覧制限は撤回されましたが、広島市の場合はどうなのでしょうか。なぜ、今という時点での削除なのでしょうか。

『中国新聞』の2月22日付ウェッブ版によると、「プログラム改訂の必要性を議論した2019年6月~20年2月の「検証会議」(13人)と、新教材の内容を話し合った20年8月~22年7月の「改訂会議」(7人)の議事録。計約70枚に及ぶ」を検証した結果が報告されています。それによると、賛否両論があり、教育委員会の説明が必ずしもこれらの会議の内容を忠実に反映していないことも分ります。

改訂会議から半年以上も経った今、削除の発表があるのも不思議なのですが、G7がらみの理由が隠されているのか、その他、最近の広島市役所の中の何らかの動きと連動しているのか等も含めて、市民に分り易い説明が必要です。

 

皆さんにとって、今日一日が素晴らしい24時間でありますよう!

 [2022/2/22 イライザ]

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2022年6月12日 (日)

「雨にも負けず」

「#雨にも負けず」

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21世紀を前に、社民党が作成した「2010年への政策ビジョン」、略して「2010ビジョン」です。副題は「日本型社会民主主義」。表紙の裏には、#宮沢賢治の「雨にも負けず」を掲げました。

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その作成の責任者だった私は、自分の社民党員としての決意を、「雨にも負けず」に託して表現した積りなのですが、今読み返してみると不十分な点が多々あります。

今回の選挙にあたって、この改訂版を作りたいと考えていますが、問題は時間です。でも「2010ビジョン」では、その時間枠を大切にしています。目標の年を掲げて、私たちが実現したい社会のビジョンを描いている点です。

広島市長、そして平和市長会議の会長として掲げたのは「2020ビジョン」です。2020年までに核兵器の廃絶を実現したいという目標を立て、中間目標は「2015年までの核兵器禁止条約締結」です。こちらは2年遅れで実現しています。

核兵器禁止条約が実現しましたので、その後の目標として、「2040ビジョン」、つまり2040年までの核兵器廃絶を目指しての概略地図を提案したいと考えています。核兵器禁止条約さえ認めようとしない人たち、国々をどう説得するのかが鍵なのですが、「雨にも負けず」の精神を生かす積りです。

 それでは今日、皆さんにとって素晴らしい一日でありますよう。

[2022/6/12 イライザ]

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2022年4月24日 (日)

私流英語の勉強小史 ――ラジオ講座の「基礎英語」がお勧めです――

私流英語の勉強小史

――ラジオ講座の「基礎英語」がお勧めです――

 

「英語力のキープの仕方」を取り上げましたが、そもそもゼロから始めて、どのように英語力を付けたのかも大切です。中学に入る直前の3月、NHKの「基礎英語」に出会った頃からの道筋を辿ってみました。

 月刊の雑誌は、「何月号」と銘打ってあっても、その前の月に発売されます。例えば新年号なら12月初旬か中頃です。子供の頃、何故なのかが話題になったことがありました。自分たちの都合だけ考えていたせいだろうと思いますが、一番納得できた答は、「付録が一番多い新年号がクリスマス前に発売されるように」でした。「正解」を御存知の方、出版社側の考え方を御教示頂ければ幸いです。

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「基礎英語」最近のテキスト

 理由は何であれ、例えば4月号が3月に発売されることで私は大きな恩恵を受けています。年は、昭和30年、西暦では1955年です。その頃の子どもはほとんど「カム・カム・エブリボディー」の平川唯一、松本亨といった名前は知っていました。4月からは中学で英語の勉強が始まる、ということでNHKの「英会話」講座テキストを手に取って見たのですが、文字通りABCから勉強を始める私には高級過ぎました。幸いなことに隣に柴崎武夫先生の「基礎英語」のテキストがありました。結局、私は毎朝、月曜から土曜までの6時からの15分間、「基礎英語」を一年間、聞きました。まだ、タイマーやクロック・ラジオが簡単に手に入る時代ではなかったので、目覚まし時計を改造して、6時になるとNHKの第二放送が聞こえる装置を作りました。

 『聖しこの夜』をはじめ、今でも英語の歌詞で歌える歌の幾つかは「基礎英語」で覚えたものですし、ブラウニングの詩、クリスマスの意味等、英語の勉強をする上で一番役立ったものの一つが「基礎英語講座」だったことに疑問の余地はありません。現在でも同じような番組がありますので、英語の勉強を始める皆さんには先ず「基礎英語」か、それに匹敵する番組を継続して聴くことを薦めています。

今振り返って大切に思えることは、歌だけではなく多くの文章を覚えたことだと思います。当然、そのためには覚えたいと思うような内容や挿絵、覚え易い文章等が必要ですが、柴崎先生のテキスト、そして先生の声には大きな魅力がありました。できれば、この年のテキストを復刻して使うことができれば、と思うほどです。

 辞書も大切だったと思い返しています。知らない単語を調べるのが目的で辞書を引く訳ですが、私の持っていた辞書には、単語の意味の後に役立つ例文が沢山載っていました。それも今思うとかなり高級な文章でした。「duty」という言葉だけではなく、ネルソン提督がトラファルガーの海戦で述べた言葉「England expects every man to do his duty.」も一緒に憶えました。後々、役に立つ表現を沢山憶えることができました。

 高校二年のときに、AFSという制度によって、イリノイ州のシカゴ近くの町に留学しましたが、この一年近くが英語の勉強に大きく役立ったことは言うまでもありません。英語の勉強だけではありません。若いうちに全く異なった環境・文化・社会で生活することには計り知れない価値があります。私だけではなく、同じ時期に留学した仲間のほとんどは同じ思いですし、また私個人としては、私たち大人が、若者にこのような経験の出来る環境を整える義務を負っていると考えています。

 英語の勉強という点から留学時代を振り返ると、幾つか、重要な教訓を得ることができるように思います。一つは、語彙の大切さです。つまり、沢山の単語の意味を知らなければ話になりません。アメリカの高校でも単語を憶える宿題が出るのですから、この点は「ネイティブ」云々の議論を超えています。憶えることも大切です。詩や文章を記憶する宿題も日本より多くありました。毎日英語を使っている人たちでも、意識的に記憶しなくては良い英語が見に付かないのだとすると、外国語として英語、あるいはほかの言葉を勉強する立場にいる人たちにとって、記憶はもっと大切にしなくてはならないはずです。

 これと関連がありますが、とにかく一日に何十ページも本を読むことも大切です。アメリカの高校では分厚い教科書の何ページから何ページまでを読んで来なさい、という宿題が毎日のようにありました。その内容を理解できたかどうかは、「クイズ」と呼ばれる簡単なテストで調べられますので、サボれません。読書量が読書力を付けてくれることになりました。これは高校だけではなく、大学や大学院でも全く同じですし、社会人になっても、本を一冊渡されて、それをマスターすることを前提に仕事を与えられ、その成果によって給料やボーナスが決まるということも良くあります。

 英語の勉強という点から付け加えると、この時、タイピングを習ってタッチタイピングができるようになったため、コンピュータ時代になった今も重宝しています。もう一つ役立ったのはスピーチの授業でした。良いスピーチをするためには準備をすること、しかし原稿を読み上げるのではなく、メモを基に頭の中にある内容を話す、という訓練を受けました。ディベートの基礎や発声法の基礎なども教わりました。

 こうしたことと同じくらい、あるいはそれ以上に役立ったのは、具体的に役立つレベルで図書館の使い方や、レポートの書き方、問題解決の方法等々、一口で言えば「勉強の仕方」あるいは「知的な作業の方法論」の初歩とでも言うべき知識を身に付けられたことかも知れません。英語の授業では、小説の書き方の初歩まで授業の中に入っていましたが、荒筋作りから始まって登場人物の性格付け等、出来の良し悪しは別として、この手順を踏めば一応小説らしき作品ができるまでの手ほどきを受けました。クラス一同大変楽しんだ記憶があります。

 (広島市長のメルマガ「春風夏雨」――第39回、20041225日から)

  [2022/4/24 イライザ]

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2022年2月24日 (木)

『音楽高校からメロディが消えるまで』 ――感動的なフィクションです――

『音楽高校からメロディが消えるまで』

――感動的なフィクションです――

著者の須磨光氏はビジネスコンサルタントとして意欲的な活躍をされている方ですが、2018年に小説として『誰が音楽高校を潰したのか?』を上梓、広島の音楽関係者に高い評価を受けました。

つい最近、その文庫版が出版されました。『音楽学校からメロディが消えるまで』というタイトルです。文庫版と言っただけでは不十分で、前作と比べて、広島音楽高校の廃校という事実を、極端に言えば突き放す感じでフィクションとしての完成度を高めた好著です。

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著者の音楽と音楽高校への愛に満ちているのですが、それだけに止まらず、生きる意味について真摯に問いかけつつ、人間の持つ限界を踏まえてのユーモアに富む楽しめるフィクションでもあります。

多忙な方には、本書の最後の4ページだけでも読んで頂ければと思います。

前著『誰が音楽高校を潰したのか?』の感想をAmazonに載せて頂きましたので、それも参考にして頂きたく、ここに再掲します。

『誰が名門音楽高校を潰したのか?』は音楽と音楽教育を愛する全ての人に読んで貰いたい好著である。読み易く楽しいだけでなく、人間としてどう音楽や芸術に関わるべきかについても考えさせられる啓蒙書でもある。

本書はフィクションの形を取っているが、舞台が私立の広島音楽高等学校であることに、多くの方が気付かれるのではないだろうか。須磨氏がフィクションの形を採用したのは、一つには、登場人物を傷付けたくないという著者の優しさであり、また本書のテーマには普遍性のあることを強調したかったからではあるまいか。

そのテーマの大前提として、世界には音楽を愛する様々な人たちが存在し、音楽の神髄を若い世代に伝えて行くために多くの大人たちが努力し続けている現実がある。そしてややもすると世間的理解では、「音楽の世界」を構成するのは、音楽を提供する作曲家やパフォーマーとそれを楽しむ聴衆、音楽事務所や演奏会やテレビ番組等の関係者、そして音楽の専門家になりたいと研鑽を続ける若者たちくらいなのだが、本書では、音楽の勉強に打ち込む多感な若者たちを支える「保護者」に焦点を合せた点が特筆に値する。それは著者自身の経験であるとともに、保護者の目を通した音楽教育論であり、学校という組織運営論でもある。また、都市という視点からの文化論でもあり、もっと身近な効用としては、PTA役員のための実戦的マニュアルとしても役立つかもしれない。

音楽高校で学ぶ若者たちの心意気から、音楽を愛する先生方や市民たちの織り成す物語は保護者である著者の魂を揺さぶり、未来への希望となって終末を迎える。それは、「噂」や「風評」も含めて、人間たちの作り出す複雑な絵模様から抜け出して、スッキリとした光に照らされる未来だ。その感動を味わうために一読をお勧めする。

[2022/2/24 イライザ]

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2022年2月18日 (金)

「尾木ママ」と対談しました (7) ――いじめについての抜本的な対策――

 

「尾木ママ」と対談しました (7)

――いじめについての抜本的な対策――

教育評論家で、自他ともに「子どもの声の代弁者」として認められている尾木直樹さんとの対談で特に印象に残ったテーマを報告しています。御著書『取り残される日本の教育』もお勧めです。

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前回は「子どもの権利条約」について、特に地域毎に「子どもの権利条例」を制定する運動が広がらないことを取り上げました。対策は、「○○市子どもの権利条例制定市民委員会」のようなグループを立ち上げ、一人でも二人でも共感してくれる市会議員を探して、この運動の輪を広げることです。簡単には行かないかもしれませんが、子どもたちのために大人が頑張っている姿を子どもたちが見ることもとても大切です。

子どもたちが置かれている環境を考えるとき、いじめの問題を避けることはできません。当然、尾木ママもこの問題については一貫して子どもの立場から強力な発信をしてきました。尾木ママが評価するいじめ対策の具体例では、従来の解決策である、学校と教育委員会に任せる方式ではない、子どもたちが中心になる活動、あるいは、いじめを解決するための専門的な人員配置や組織作りが必要だということが分ります。

例えば、大津市ではいじめ専門の教師を小中学校全部に配置していて、教科は教えず、昼休みにパトロールをしたり子どもたちの声を聴くという仕事を専門にしているとのことです。これは市長の越さんという方のリーダーシップがあって可能だったとのことです。

また、寝屋川市では、市長部局に「監察課」という部署を作り、いじめについての教育的なアプローチが上手く行かない場合に「監察課」が積極的に関わることで問題解決につなげるというシステムだとのことです。その際に、いじめの被害者を助けるために、すぐ使え目資金的なバックアップの重要性なども話して頂きました。

その他、フィンランドでの取り組みである「Kiva」というシステムも話題になりましたし、私からは、学校とは独立した第三者機関が、被害にあっている子どもを即時に救い出せるような力を持つことの重要性なども指摘しました。

実はいじめの問題は、このブログの姉妹ブログである「新・ヒロシマの心を世界に」で、昨年の8月から10月まで、9回にわたって取り上げ、皆さんとともに考えてきました。オリンピックの開会式の重要メンバーだった小山田圭吾によるいじめの問題がきっかけだったのですが、短期間に集中的に勉強した結果、それなりの理解ができたからです。そのまとめとしての第9回目、できればそこに至るまでの軌跡もお読み頂ければ幸いです。

大変熱の入った対談になりましたが、後段は『はーとふる』の春号に掲載予定です。その内容は再度、アップします。

最後に、尾木ママと私の対談を直接読んでみたいという方がいらっしゃれば、残りの部数がありませんので先着3名の方に、冬号をお送りします。コメント欄に住所と氏名を書き込んでください。もちろん、公開はしません。郵送料は私が持ちますが、それに相当する額を、Wikipedia, Change.org, Thunderbird等の無料で有意義な活動を行っている団体に寄付してください。

[2022/2/18 イライザ]

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