脱原発

2024年6月15日 (土)

#石棺で覆い #100年以上かける覚悟 ――#東電 も #このことは分っているはず――

#石棺で覆い #100年以上かける覚悟

――#東電 #このことは分っているはず――

240615

結局は放射能の減衰に頼る他はないのです

(環境省のホームページより https://www.env.go.jp/chemi/rhm/h29kisoshiryo/h29kiso-01-02-07.html)

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前回は、廃炉が不可能であるという二人の専門家による指摘と、そして京大の一つの研究所の比較研究の結果を取り上げました。まだお読みでない方のために、再度リンクを貼り付けます。

 ①  『アエラ』の20223月7日号に、小出裕章さんが、明確に「廃炉は不可能」と言っていますし、その説明も分り易く説得力があります。

②  『テレ朝news』の2023311日号では、元東工大の研究者、澤田哲生さんの「デブリを完全に取り出すのは不可能」という言葉を載せています。

③  スリー・マイル島とチェルノブイリという先例と福島の比較検証――京都大学大学院経済学研究科 フェローの竹内敬ニさんの再生可能エネルギー経済学講座の中の「福島原発事故の処理、廃炉は何年かかる?40年前の米TMI事故炉の廃炉も未着手」

そして本当は、「石棺」で覆うこと、そして100年も掛かることは、東電も承知の上で今の路線を突っ走っている可能性もあります。

とはいえ、私たちが合理的な判断で未来の作戦を立て直すために、原発によって発生する毒についての主要な注意点を簡略にまとめておきましょう。

(A)  放射性廃棄物 (ここで、「廃棄物」とは、人間の役に立たないので廃棄せざるを得ないものを指す。) は、元々の原料であるウランの採掘から始まって、原発の稼働や、その停止、停止後の処理等々、あらゆる場面で生産され、その量はいわば「指数関数的に増える」。

(B) 「廃棄物」とは、婉曲語法、または隠蔽語法で、人間に害を与える「毒物」であるというべきもの。

(C)  そして、その毒性の元である放射能を、無毒化することはできず、冒頭のグラフに示したように、毒性が減衰することを待つしか方法がない。

(D)  その間、これらの毒物と人間とをどう隔離しておくのかが問題であって、100年計画 (その単位で考えなくてはいけない長期的問題であるという意味で、100年経てば解決している問題だということを言いたいのではない。) を立てて、すでに大きな被害を与えてしまった人々には十分補償を行いながら、問題の発生責任者たちが覚悟を決めなくてはならない。

福島の過ちを繰り返してはいけないことは、広島・長崎を繰り返してはいけないことと同じ重さがあるのですが、科学的知見を元に考えると、そもそも人間が手を出してはいけないことだったのです。

そんなことを人類が考え実行してしまった心理的な背景に、広島・長崎の悲劇の重さを謙虚に受け止めることができず、「理想のエネルギー」を実現することで広島・長崎への償いをしたい、とでもいった「正当化」の気持ちとでも呼べるような動機が、どこかで働いていたのかもしれません。

 

今日一日が皆さんにとって素晴らしい24時間になりますよう

[2024/6/15  人間イライザ]

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2024年6月14日 (金)

#できないことを #できると言うのは #詐欺 ――#廃炉はできません――

#できないことを #できると言うのは #詐欺

――#廃炉はできません――

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2051年までには「廃炉」というのが東電の計画です

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「廃炉」という言葉がなぜ問題なのかというと、一つには、それが実現不可能な到達点を示しているにもかかわらず、言葉が使われ続け、それに対する批判がその裏に隠されてしまっているからです。

結果として多くの人の心の中には、それが実現可能な目標であるという印象が作られ、それを前提として物事を考えることに慣らされてしまうからです。つまり、「廃炉」が実現可能で、それを前提に考えるという習慣になってしまっているのです。

まず、廃炉が実現不可能であることの説明をします。と書いて、「そんなことは常識だから、その次から始めて」という反応はおそらく出てこないのではないかと思います。「廃炉は不可能」という事実が浸透していないのです。多くの皆さんは、「やっぱり」とは思っても、これまでの「廃炉は可能」という宣伝に毒されてしまっていると考えるべき理由です。

廃炉が不可能であるということは、これまで何人もの専門家が指摘してきました。

『アエラ』の20223月7日号に、元京大の研究者小出裕章さんが、明確に「廃炉は不可能」と言っていますし、その説明も分り易く説得力があります。

『テレ朝news』の2023311日号では、元東工大の研究者、澤田哲生さんの「デブリを完全に取り出すのは不可能」という言葉を載せています。

ここで「デブリ」とは、原子炉内部にあった燃料が溶け、さまざまな構造物と混じりながら固まったもの」(経産省作成の『廃炉の大切な話』から引用)を指します。そして、このデブリは放射線量が高く、これを外に取り出した後に、原子炉の建屋そのものを解体廃棄するという作業に進みます。

それが不可能であることを、専門家たちは指摘しています。

もう一点指摘しておきたいのは、時間という枠組みを同時に視野に入れた議論の大切さです。これまで、2019年に、デブリと思われる堆積物をつまみ出したというような報告がありますが、まだ、デブリを実際に外まで取り出した実績はないのです。

そして、これもまた理解に苦しむ表現なのですが、デブリの取り出し開始時期が今まで3回延期され、現在では2024年の10月くらいまでには開始ということになっています。それも、その取り出し量は耳かきいっぱい、つまり数グラムということだそうです。(毎日新聞経済プレミアム2024131日号)。理解に苦しむのは、取り出し開始時期は特定され、それが遅れているのに、(明示的にはうやむやな)取り出し終了時期は、一ミリも動いていないことなのです。

つまり、替えられたこちのない「廃炉」計画では、2051年までに880トンのデブリを全部取り出すことになっているのです。取り出し時期が遅れてもこれは不動なのです。単純計算すると、この取り出しを東電の主張通り2025年から始めたとして、1年間には33.8トンのデブリを取り出さなくてはならない勘定になります。ひと月あたりは、2.8トン、一日あたりでは94キログラムです。24時間稼働するとして一時間4キロ弱になります。

取り出すための機械さえ満足にできていない、その結果として、実際に取り出した経験はない。にもかかわらず、一時間4キロという速さで、危険物質を26年間続けて取り出すという計画には無理があるということは明らかです。こんな計画は常識としては受け入れがたいのではないでしょうか。

もっとも、それには「反例」があります。実行する機械もなく、実現した経験もなく、多くの人にとって「夢」としか考えられていなかった人間の月面着陸をやり遂げたアポロ計画は、ケネディー大統領が1961年に宣言し、1969年に実現しています。10年も掛からなかったのです。アポロ計画と福島原発事故とは何がどう違うのかも、考えてみるのに良い材料かもしれません。

そして今回は、スリー・マイル島とチェルノブイリという先例もあります。しかしながら、それらの例から見えてくるのは、やはり「廃炉は不可能」になってしまいます。(京都大学大学院経済学研究科 再生可能エネルギー経済学講座の中の「福島原発事故の処理、廃炉は何年かかる?40年前の米TMI事故炉の廃炉も未着手」参照)

最後に、できないことをできると、権力を持つ人たちが言い続けるのは、やはり詐欺行為だと言わざるを得ません。

 

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[2024/6/14 人間イライザ]

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2024年6月13日 (木)

#福島の学校 での #言葉狩り ――「#汚染水」は使えない――

#福島の学校 での #言葉狩り

――「#汚染水」は使えない――

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#廃炉」こそ 「#廃語」

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広島県原水禁の福島原発視察団がどのような勉強をしてきたのか、いのちとうとしさんが詳しいレポート (「福島レポート」と呼びます) を書いて下さいました。その中で、私も全く同感したこと、そしてそれをさらに広く共有したいことを、ここで取り上げます。

最初は、福島で「言葉狩り」が行われているというショッキングな事実です。福島レポートからの引用です。

引地さんの話しは、「ALPS処理水の海洋放出」の問題です。いま福島では、「汚染水」呼称が問題視され、3月の県議会では「汚染水」との表現を教育現場で認めない自民党の意見書が採択され、また「汚染水」と発言したひとが強いパッシングを受ける実態が報告されました。こうした現状の中で福島県平和フォーラムも「ALPS処理水」と表現していることが、紹介されました。もちろん、福島県平和フォーラムも発生するのが「汚染水」であるとしていますが、言葉狩りとも思える状況が広がる中で苦悩しながら運動を展開せざるを得ない実態が報告されました。

もう一つは、いのちとうとしさんが「最後の一言」として、掲げている提案です。これも引用します。

東京電力は、廃炉作業と言いますが、本当にこの名称で良いのだろうか?通常運転を終えて進める廃炉作業とは違うのだから、『原発事故処理作業』と名称を変えるべきでは。

私はもう一歩進めて、「廃炉」という言葉を「廃語」に追い込むキャンペーンを繰り広げられないかと考えています。それは、この言葉が出てくるたびに、福島原発事故という大きな悲劇は「廃炉」という段階で終焉する、しかもそれは、30年か40年かかれば達成可能なことなのだ、という誤った、しかも「原発はコントロール可能」というメッセージを、すべての人に振り撒いているからです。

その理由を次回説明します。

 

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[2024/6/13 人間イライザ]

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2024年5月30日 (木)

#東日本大震災・原子力災害伝承館 ――#語り部の講話 と #参加者の #感想――

#東日本大震災・原子力災害伝承館

――#語り部の講話 #参加者の #感想――

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#施設の入口

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広島県原水禁の福島原発視察についての同時進行メモです。詳細はいのちとうとしさんが後日、まとめて下さいますので、備忘録として、視察の現場でのインタビューを中心にお届けします。

三日目は、双葉町にある被害日本大震災・原子力災害伝承館の視察でした。中でもインパクトがあったのは、「語り部」として講話をして下さった青木淑子さんのお話でした。元富岡高校の先生だった方です。詳しくは「新・ヒロシマの心を世界に」での報告をお読み下さい。

そして、参加者の中から、恐らく若い方の何人かに入るであろう、中村さんのコメントを掲載します。

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中村優吾です。連合に所属しています。

福島県自体は4年ぶりですね。4年前に、災害の復興の派遣ということで、災害10年目の 年に、応急仮設住宅の解体で1年間の派遣されておりました。

その時と比べますと、やはり、少しずつではあるんですけども、災害の復興と言いますか、除染作業の方が 進んでるというようなイメージがあります。畑等、見回してましても、フレコンパックの数っていうのはすごく減ってますし、除染した土を運ぶ車もすごく減ったんじゃないかなと思っております。ただ、4年前と比べても人が戻ってないっていうところに関しては一緒かなと思ってます。

耕作を放棄した土地がほんとに多くあり、やはりそういったところでは復興っていうのはまだまだ進んでないんじゃないのかなと 思ってます。

今回初めて原発の中の方も視察させていただきまして、ほんとに様々考えることがあるんだという風には改めて思ったんですけれども、いい面、悪い面、ほんとにどっちも色々見えて、また1つ大きく学ばせていただけたと思っております。

広島からできることっていうのは、数多くはないのかなと思うんですけれども、 それぞれ発信できること、違いはある。でも同じことだと思ってますんで、引き続き様々なところで関わっていければと思っております。

 

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[2024/5/30 人間イライザ]

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2024年5月29日 (水)

#廃炉館 と #福島第一原発 敷地内 #視察 ――#引き続き #午後の講義 そしてその後の #感想――

#廃炉館 #福島第一原発 敷地内 #視察

――#引き続き #午後の講義 そしてその後の #感想――

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#美しい田んぼ

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広島県原水禁の福島原発視察についての同時進行メモです。詳細はいのちとうとしさんが後日、まとめて下さいますので、備忘録として、視察の現場でのインタビューを中心にお届けします。

二日目は、東電が富岡町に立てた廃炉館で専用バスに乗りこみ、福島第一原発の敷地内に入りました。「百聞は一見に如かず」の感を深くしました。その後、浪江町に移動してお二人の方から現地の様子を詳しく伺いました。そして、参加者の中から、お二人の女性にコメントを伺いましたので、お読み頂ければ幸いです。

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中谷悦子と言います。今回は個人で来ましたけれども原水禁の常任理事ということと、日頃は被爆二世の活動をしています。今回個人で来た理由というのは、私は実は2013年、事故の2年後に自分で車を運転してこちらに来て、それかられ2年後ですねそれから1年後の2014年にもう1度来たんですけれども、その時っていうのはやはり見る ことすべてが生々しくて原発事故の大きさっていうのは確かに感じ取れました。自分が見るものに驚かされたというのが大きな印象だったんです。

それから10年来てないわけです。で、このままでは自分の中で福島のことを忘れてしまうんではないかっていう思いがあって今回参りました。

今回来て思ったのは、やはり原発事故というものがいかに巨大でそして人の暮らしを奪う、人の命を奪うという風な大きな事故であるということ。それは地震自信が原因だとは言うけれども、でもその元を作ったのは やはり東電であり日本政府であり、そこに群がる人たちだということ。

決してみんなが喜んで作ったわけではない、中には反対をした人もいる、でも事故はそういう人たちを巻き込み犠牲にしていったということで、やはりそこには許せないっていう思いを持ちました。

それともう1つ思ったのはやはり放射線の恐ろしさです。何年経とうと消えないという恐ろしさっていうのを、今回、地域の様子を見たり、それから原発の中に入ってほんとに強く思いました。

で、それを広島との繋がりで簡単にまとめると、原発も原爆も最終的には放射線を作る核分裂です。やっぱり核っていうものを絶対に人間、人類とは相容れれないもの、人類だけではなく地球と相容れないって強く思いました。

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森下敦子といいます。現在は広島平和教育研究所に所属しています。

私は2013年と2015年東日本大震災の後、北部の方、岩手県や宮城県辺りは少しだけですけども被災の状況を見たことがありますが、その時福島には行かれませんでした。でこの度福島の発電所の中を見ることができるというので、この機会は普通ではなかなか持てませんのでよかったら行かせてくださいということで申し込みました。実は私は広島市の北部の方の本当に山と山が迫った狭いところに田畑を、ほんとに猫の額ぐらいの狭い田畑を受け継いだ立場にあるんです。昨日からずっとバスでこの辺りを走ったんですけども本当に田畑が広くて、羨ましいぐらい広くて、すごい豊かなとこだったんだろうなと思いました。

私の狭い田んぼにこの間田植えをしたんですけど、田植えがしてある田んぼの風景は本当に素敵で大好きです。バスから見てもいいですし、飛行機の上から見下ろしたらそれはそれは綺麗な景観なんですよね。それがもうどこもほとんどの地域で、そんな風景がめちゃくちゃにされている。帰還もされてないというような事情で。それを見て、ほんとになんかもったいないというか、悲しいというか残念というか、そんな気持ちが第一印象です。これは東北地方の北の方を見た時にはなかった感想ですね。

原発の中を見させていただきましたけれども、これまで私たちの研究所の方でも原発事故のことは学習したり資料を作ったり随分関わってきたんですけれども、本当に今日現地に入ってみて、いやこんな状態なのかっていうことがまざまざとわかりました。まず資材の多さ。所狭しと色々な資材があったり使われなくなった機械や部品が野ざらしで置いてあったり。そういうところを写真に撮ることができなかったので頑張ってスケッチしたんですけども、まずそれに驚きました。

また働いてる方々を見ながら、働くモチベーションはいかばかりなのかなと思いつつも、世の中には誰かがやらなければならない仕事っていうのは色々あるわけですよね、だからそう思いつつ、今回のこの2011年のこの事態は今ここで働いてる方々には何の責任もないのに、結局はその責任を取るのは国民なのか、他の誰かなのかということをちょっと考えましたね。

で、大まかな廃炉に向けた工程は聞かせてもらったんですけれども、きっとこれは果てしのない作業になるのだと思います。多分、この原発の事故を知らない、若いこれから生まれてくるであろう世代の人たちもこの作業に関わるわけですね。

電気はとても必要なエネルギーですけれども、他にも色々エネルギーはありますよね。どのエネルギーにしても最後はどう片付けるのかとか色々課題はあると思いますが、原発ほどではないと思います。

実はもう一つ気付いたのは、耕作されてない田畑のあちこちに太陽光パネルがあったんです。それを見ながら、自然エネルギーではあるけれどこの電気は誰が使うのかなとか、住民は帰還してないところでしたから、美しい田園風景がなくなって今度は無機質な無機質な太陽光のパネルがあちこちに、それもこれからも増えていくでしょう。こういう田園風景は見たくないなとすごく思いました。

今そういう感想で、また広島に帰っていろんな人にこの話を伝えたいと思いました。

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[2024/5/29 人間イライザ]

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2024年5月28日 (火)

#福島原発視察 ――#冒頭の問題提起と初日の感想――

#福島原発視察

――#冒頭の問題提起と初日の感想――

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#原水禁常任理事の藤本講治さん

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広島県原水禁の福島原発視察についての同時進行メモです。詳細はいのちとうとしさんが後日、まとめて下さいますので、備忘録として、視察の現場でのインタビューを中心にお届けします。

初日はまず、福島からの問題提起をして頂きました。「フクシマの現状と課題」と題して福島県平和フォーラム共同代表の角田政志さんの講演でした。その後富岡町に移動しましたが、原水禁の常任理事、元事務局長そして憲法を守る県民会議の事務局長、藤本講治さんのインタビューです。

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2014年の11月、原水禁で初めて 福島原発被災地のフィールドワークを実施しようということで、その時に事務局を務めました。その時には、放射線量が高く、また津波被害を受けた車とか船がまだまだ残ってたという、また廃虚となった市街地を見ながら、復興がまだまだ遠いなという風に思いました。

それから3年後に、秋葉代表や金子代表らと一緒に2回目の福島を訪れて、その時には現地の皆さんや県、行政の皆さん方の努力でかなり復興はしておりましたけども、まだまだ 復興の道は遠いなという風に思ってました。

今回 3回目の福島に来ましたけども、今回は福島原発の内部に入れるということがありまして、東電や政府が言ってる廃炉計画がほんとに上手く行ってるのかどうかということやら、放射線汚染水が海洋へ投棄されるという、そういうようなことを自分の目で確かめてみたいなという気持です。今回きちっとやっぱり自分の目で、福島 原発事故のこれからの道筋を自分の目で確かめたいなという風に思って参加をしております。

今回、私が原水禁の事務局長の時にこの計画を企画したんで、 きちっと最後までこういう運動は見ていきたいなという風に思いました。

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今日一日が、皆さんにとって素晴らしい24時間になりますよう!

[2024/5/28 人間イライザ]

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2024年5月16日 (木)

#福島原発視察準備 ―― #7年前の視察を復習――

#福島原発視察準備

―― #7年前の視察を復習――

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#フレコンはその後どうなっているのでしょうか

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もう7年前になってしまいましたが、広島県原水禁では2017年6月24日から26日までの3日間、「福島原発被災地フィールドワーク」を実施しました。福島県平和フォーラムに御協力頂き、被災地の皆さんの大変貴重なお時間を頂戴しての学習と連帯そしてその後の運動強化のための熱い3日間でした。

今年は、5月27日から29日までの3日間、県原水禁としては3回目のフィールドワークの機会を設けることになりました。

事前の準備の一環として、7年前の復習をしておくことが役立つのではないかと考えました。7年前の福島での3日間を、同時進行的に残しておいた記録を今回再度お読み頂ければと思います。

 

第一日目は「浪江町の状況を伺いました」

第二日目は「飯館村、浪江町、南相馬市の視察」

最後の三日目は「浪江町・大熊町・双葉町・富岡町・楢葉町の視察」でした。

  

今日24時間が、皆さんにとって素晴らしい一日になりますよう!

[2024/5/16 人間イライザ]

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2024年4月27日 (土)

#木原省治さんの #アピール ―― #広島でも出来ることは多い ――

#木原省治さんの #アピール

―― #広島でも出来ることは多い ――

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27年前の本ですが、一読をお勧めします

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チェルノブイリ原発事故38年目の慰霊碑前座り込みで、原水禁の常任理事、そして原発はごめんだ市民の会の木原省治さんが、まとめてくれた、チェルノブイリ語の我が国の原発を巡る情勢です。

幸いなことに、「省ちゃん」こと、木原さんはそのまとめの内容も文章化されていましたので、その全文をここにアップさせて頂きます。日本政府の「無能」振りが良く分りますが、正確には、「無能」ではなく、メリットもデメリットも十分理解した上での「意図的選択」です。

曲がりなりにも民主主義国家である日本に住む私たちには、このような政府を変える力が与えられています。最後の木原提案に沿った形で、かなりラディカルな行動計画を来年の8月までには作って実行しましょう。

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チェルノブイリ原発事故から38年 アピール

木原省治

 

 ウクライナ北部のチェルノブイリ原発の事故が起きてから、4月26日で38年を迎えた。この原発事故は、史上最も恐ろしい原子力事故のひとつとなった。長期に亘るこの悲劇は、ウクライナ、ベラルーシ、ロシアなど欧州各地に広範な影響を及ぼし、死者、人々の苦痛、長期的健康被害、食糧不足および環境汚染を引き起こした。約35万人が深刻な汚染地域にある家を離れることを余儀なくされ、その社会的・経済的な影響は今なお続いている。

 こうした中、2022年2月、ロシアによるウクライナへの武力侵攻直後に、廃炉措置中のチェルノブイリ原発サイトを攻撃・占拠して、世界に衝撃が走った。3月には、欧州最大の原発サイトであるザポリージャ原発を攻撃、そして占拠した。

戦争時において、稼働中の原発に対し武力攻撃を行い占拠するという未曽有の非常事態であり、世界は「戦時下の原子力施設」という新たなリスクを再認識することとなった。世界最悪の原発事故を起こしたチェルノブイリ原発は、いま、ロシアの脅威にさらされている。

チェルノブイリ原発事故の7年前に起こった米国スリーマイル島原発事故の時、日本政府はチェルノブイリ同様に「日本では、あのような事故は起きない」と無責任にも言い続けた。そして原発を増やし続けてきた末の2011年3月11日、福島第一原発でチェルノブイリと同じ、レベル7の事故が発生した。しかし未だに除染・補償・廃炉という事故処理もまったく進まない中にある。

福島原発事故は健康被害と不安を引き起こし、住む街を奪い、生業を奪い、コミュニティを喪失させた。除染が進んだといっても、被災地に帰ることへの不安は続き、これからもこの不安を無くすことはできない。

そして、今年1月1日に能登半島で発生したマグニチュード7.6の大地震は、震源地から近いところにある北陸電力志賀原発、東京電力柏崎刈羽原発に大きな被害を与えた。わが国は世界でも有数な地震大国である。地球上の全陸地面積の、0.25%という中に57基もの原発を林立させた。

 私たちは、チェルノブイリを、そして福島の教訓を決して忘れてはならない。放射能による被害が世代を超えて続くことを、ヒロシマの経験を持つ私たちは忘れない。ヒロシマの訴えは「核と人類は共存できない」ということである。これは広島の地で、原発の無い社会を求めて活動を行っている私たちの重大な使命と責務である。

しかし、日本政府は、チェルノブイリもフクシマもまるで無かったかのように、原発回帰の政策に舵を切っている。

私たちはチェルノブイリ原発事故から38年の日を迎え、新たな決意で日本政府に対し原子力政策の転換を強く求める。

とりわけ、①8月にも強引に進めようとしている中国電力島根原発2号機の再稼働を止めさせるために、②山口県上関町の上関原発建設計画を白紙撤回させるために、③上関町に使用済み核燃料の中間貯蔵施設を作らせないために、多くの市民の人たちとともに取り組むことが、私たちがめざす道だと確信する。

2024年4月26日

チェルノブイリ原発事故から38年 ヒロシマからのアピール

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多くの皆さんに伝わる形で「省ちゃん」、つまり木原さんへのお礼の言葉を綴ったことがありませんので、略儀にはなりますが、今回、思い立ったが吉日で、これまでの友情といろいろな形での御指導や御支援に心から御礼申し上げます。

私がアメリカの生活を引き払って広島に定住し始めた1986年頃には、私を友人の輪に加えてくれただけでなく、広島について随分多くのことを教えて貰いました。その後、定期的な国会報告の編集長まで引き受けて下さり、趣味の面でも、昭和の歌を守る会のメンバーとして多くの時間を割いてくれました。いずれ、もう少し詳しく謝意をまとめたいと考えています。

 

2024年も言葉を大切にして、知的にも情緒的にも誠実さが輝く年にすべく頑張りましょう。

[2024/4/26 人間イライザ]

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2024年4月26日 (金)

#チェルノブイリ・デー #座り込み ―― #参加は38名 ――

#チェルノブイリ・デー #座り込み

―― #参加は48――

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今回も意気が上がりました

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今日は、チェルノブイリで原発事故が起きてから38年目になります。広島県原水禁では毎年この日に、原爆慰霊碑前で抗議と原発廃止、核兵器の廃止を求めて座り込みを行ってきました。今日も曇り空の元、48名の同志 (ここは、漢字を開いて「志を同じくする人たち」と書きたいところです) が集って座り込みを行いました。

最初に被団協の箕牧智之(みまきとしゆき)理事長が挨拶をしました。次に、原水禁の常任理事で、原発はごめんだ市民の会の木原省治さんが、チェルノブイリの現在も含めて、原発を取り巻く状況報告と、今後、私たちの取るべき具体的行動についての提起をしてくれました。

その後、約20分座り込み、私が主催者挨拶をした上で、参加者一同によるアピール文を採択しました。読み上げと提案は、自治労広島県本部副委員長の檪原(いちはら)研介さんが行いました。

ここに、アピール文をアップさせて頂きます。

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「4・26チェルノブイリ・デー」アピール

チェルノブイリ原発事故から38年がたちました。事故原発は放射性物質の飛散を防ぐための巨大なシェルターに覆われ、いまだ廃炉に向けた具体的なめどが立たないままです。また、ロシアによるウクライナ侵略では、原発が攻撃の標的になる危険性も改めて私たちに示しました。

一方、「チェルノブイリのような事故は起きない」と宣伝され続けた日本でも、2011311日、東京電力福島第一原発でチェルノブイリと同じレベル7の事故が発生しました。13年を経た今も、溶け落ちた核燃料の取り出しは全く手つかずの状態であり、事故を受けて政府が発令した「原子力緊急事態宣言」も未だ解除できていません。

にも関わらず、政府と東京電力は多くの県民・漁業関係者の反対を押し切り、放射能汚染水の海洋放出を強行する一方、原発政策を180度転換し世界でも例のない60年超への運転期間延長など原発の再稼働・推進へと突き進んでいます。

今年1月に発生した能登半島地震は、改めて原発の危険性を明らかにしました。北陸電力志賀原発では、変圧器やモニタリングポストの故障、原子力規制庁の想定を上回る揺れの観測、連動しないとされた断層との連動など、数多くの「想定外」の事態が生じました。

そして何より、原発事故と地震災害という複合災害が発生すれば、道路の寸断や集落の孤立、多くの家屋の倒壊・被災で、屋内退避も避難も困難な状態となり、現在の避難計画では住民の安全を確保できないということが明らかになりました。

この教訓を、原発依存・再稼働への強い警告と受け止め、チェルノブイリやフクシマ、そして世界に広がるヒバクシャの痛みを忘れることなく、改めて脱原発への歩みを進めなければなりません。

「核と人類は共存できない」。新たなヒバクシャを作らせないためには、「核絶対否定」の道しかありません。

私たちは、人類史上はじめて原子爆弾の惨禍を被ったヒロシマから改めて訴えます。

 ◆チェルノブイリ原発事故を忘れてはなりません!

 ◆福島第一原発のような事故を二度と起こさせてはなりません!

 ◆原発の再稼働・新増設への方針転換を許してはなりません!

 ◆新たなヒバクシャを生み出してはなりません!

 ◆全ての核被害者への補償と救済を強く求めます!

 ◆放射能汚染水の「海洋放出」の停止を求めます!

 ◆ノーモアヒバクシャ、ノーモアチェルノブイリ、ノーモアフクシマ

 

2024年4月26日

  4.26チェルノブイリ・デー座り込み参加者一同

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このアピール文は、岸田総理大臣に充てて送ります。

また、運転を停止している石川県の志賀町、そして市民の力で裁判になった伊方原発のある伊方町と、直近の地震災害と原発とは切り離せない関係にあります。それだけではなく、原発がウクライナの戦争や中東での残虐行為とも密接に関わっていることは皆さん御存じの通りです。その原発について、木原省治さんのまとめと行動提起を明日、アップします。

 

2024年も言葉を大切にして、知的にも情緒的にも誠実さが輝く年にすべく頑張りましょう。

[2024/4/26 人間イライザ]

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2024年3月11日 (月)

#防衛省 を #防災省に ! ――#3月11日 に再度 #アピールします――

#防衛省 #防災省に !

――#311 に再度 #アピールします――

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#防衛省を防災省に

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東日本大震災から13年経ちましたが、復興までにはまだまだ時間が掛ります。そのためには、我が国全体が総力を挙げてことに当らなくてはならない時期です。東日本の復興がまだ道半ばというこんな時期に、元日の能登半島地震による大きな被害が生じました。被災者の皆さんや被災地の自治体、そしてその他の皆さんが「当事者」として頑張っている中、いくらやっているふりをしてしても、政府には何をすべきかの明確なビジョンもない上に、当座の対策としてももなす術がない状態です。

しかし、自然災害はこれからもより大きな被害をもたらすことは明らかです。政府が今なすべきことは、レトリックは置いておいて、本気で自然災害対策に当ることです。

何故、そんなことが必要なのか、「忘れ易い」私たちの記憶をリフレッシュすることで、明らかになります。例えば、もう3年前になりますが、202173日には熱海で土石流災害が起きて28人の方が亡くなっています。2020年には、熊本での豪雨災害で、熊本だけで67人の方が亡くなっています。

これは、2016年の熊本地震とは違う被害です。そちらも大変でした。熊本地震による死者数は276人だったからです。

講演の原稿作りのために、2018年の記憶を辿ったことがあるのですが、その2018年に起きた災害を並べてみると、

(i) 123日の草津白根山の噴火、

(ii) 死者の出た2月の北陸豪雪をはじめとする各地での豪雪、

(iii) 3月と5月の霧島山新燃岳と桜島の噴火 

(iv) 618日、死者4名、損壊家屋は3万戸近くになった大阪北部地震、

(v) そして死者は200名を超えるであろう、7月の西日本豪雨と、半年ちょっとで大きな災害が目白押しです。

こうした数字を前に、防衛費の倍増や3倍の数の原発を設置等、見当違いの出費だけは増え、同時に「裏金」問題などが生じて、私たちはこちらの金額のその大きさについても忘れ勝ちになります。ことによると意図的な情報操作かも知れませんが、いまこそ自然災害を重視しなくてはならない時期なのだということは再度強調しておきます。

特に、自然災害の死者は毎年確実に私たちの目の前に現れているのに反して、しかも近未来にはとんでもない災害が襲ってくるシナリオが政府から流されているのに、戦争についての可能性ばかりが強調されています。

しかし、現実を見てみましょう。日本が外国から攻められた、あるいは戦争で死者が出たという数字は「0」だという歴史が現実なのです。以下、このブログで何回も取り上げてきた提案を繰り返しますが、実現するまで何度でも皆さんとともに危機感を共有して行きたいと思います。

再度、比較の数字を掲げておきます。

  • 2000年から2019年までの自然災害死者数は23,991です。
  • そして推計ですが、1945年から2019年までの自然災害死者数は90万人です。
  • 対して、1945年から2019年までの戦後75年間、外国からの侵略・外国との戦争で死んだ日本人の数は0です。

災害市議性を示すための数字として、大変重い死者数に注目すると、1945年以来今日まで戦争で命を落した日本人は「ゼロ」です。そして、戦後の同じ時期に、自然災害によって亡くなった日本人の数は、100万人近くになるという事実から、そして恐らく今年も自然災害によって必ず犠牲者が発生することを考えると、今、私たちが懸念し、政府がお金を投じなくてはならないのは、自然災害対策なのではないでしょうか。

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それはこのグラフから明らかです。災害があると予算は増えますが、「喉元過ぎれば熱さ忘れる」で、自然災害による被害を減らすための、つまり「予防」のための予算はないのです。

予算が出てこない理由の一つは、「防災」を専門にする固定したお役所がないからです。それは、「防衛省」を「防災省」に変えることで解消されます。防災省を創設するメリットを、防衛省との比較でみてみましょう。

Photo_20240310225602

「予算」のカッコ内で言及してるグラフは、その前のグラフのことです。この比較からの結論は、防衛省を防災省に変えても、多くのメリットはあってもデメリットはまず考えられないということです。

ここで「誤解」を避けるための説明ですが、自然災害そのものは「予防」できません。でもその結果犠牲になる命や財産は減らすことができるのです。例えば、急傾斜地にある住宅を安全なところに移設するとか、洪水の起きやすい河川の流れを変える、危険な盛土を移動する、避難訓練を徹底する等、予算を付ければ実行できるそして効果のある施策は山とあるのです。

つまり、今の時点で「倍増」すべきなのは、「軍事費」ではなく、「防災費」なのです。それは、国民の命を確実に守る「現実的」な選択です。

「憲法を改正して自衛隊を憲法内に明記する」などという、「改憲先にありき」という論法ではなく、日本国民の命を救うのが国家の最優先義務だという憲法の規定からの結論は、「防衛省」を「防災省」に変えることで全て「解決」という簡単・明解な素晴らしいシナリオです。

 

2024年も健康に留意しつつ、少しでも良い年にすべく頑張りましょう。

[2024/3/11 人間イライザ]

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