若者

2022年5月 7日 (土)

恒例のバーベキュー ――成長した子どもたちと頑張っている高齢者たち――

恒例のバーベキュー

――成長した子どもたちと頑張っている高齢者たち――

 

ゴールデン・ウィークに親戚一同が集まってバーベキュー・パーティーを開くのが恒例になっていましたが、今年は屋内での集いになりました。

丁度こどもの日だったのですが、やはり目覚ましかったのは子どもたちの成長振りでした。食欲は勿論でしたが、弁も立つようになりまた役割分担も自然にできて、大人になったことを実感する一時になりました。

とは言え、高齢者たちも負けずに頑張って、盛り上がる一時になりました。

そこでの主役はやはり食べ物です。まずは、アンデルセンのオードブル・プラッターです。美味しそうですね。

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そして、こちらはシュプリーズ・サンドイッチ、つまり驚きのサンドイッチです。こちらもアンデルセンの定番です。

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定番と言えば、バーベキューの主役、お肉です。グーグルで検索してどこ産なのかも分りましたし、値段も検討が付きました。とても贅沢な一時でした。

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[2022/5/7 イライザ]

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2022年4月26日 (火)

涙の記憶 ――「声に出しては読めない」言葉――

涙の記憶

――「声に出しては読めない」言葉――

 

まずは、Yahoo!ニュースJapan420日配信をお読み下さい。(短縮しています)

 テレビ朝日の松尾由美子アナウンサーが419日放送の報道番組「スーパーJチャンネル」内でウクライナ情勢を報じていた最中、感情が激して涙したそうです。

 松尾アナは番組内で、ロシアのウラジミール・プーチン大統領が自国部隊に「親衛隊」の名誉称号を授けたニュースを報道。この部隊はブチャを含むウクライナ・キーウ近郊で400人以上の殺害に関与したとされているものの、プーチン大統領は疑惑を否定しただけでなく、「偉大な英雄的行為を祝福し、特別軍事作戦の手本となる存在」だと称賛したといいます。

 一連のニュースを読み上げた後、ウクライナの都市マリウポリにある製鉄所に多くの市民がまだ残っていることを伝えたところで、声を突然詰まらせて一時沈黙。顔を手でぬぐって先を続けようとしましたが、たどたどしい涙声となってしまったため、「さっきの授与のニュースが悔しい思いで(涙ながらに)読んでしまいました」と、自身が読んだニュースで感情が激してしまったと視聴者に謝罪。「冷静さを保ちます」と自分に言い聞かせ、番組を進行させていました。

松尾アナウンサーの気持は良く分ります。私の尊敬する「師」が、彼女と同じ気持で、1963年の、マルティン・ルーサー・キング牧師のワシントン演説を読んでいるからです。画家、作家の安野光雅先生です。(安野先生には、「友人」としてお付き合い頂きましたが、私にとってはやはり先生筋なのです。詳細はまたの機会に。)

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 童話者から刊行されている『天は人の上に人をつくらず』の中で、安野先生は1963828日に、ワシントンでキング牧師が訴えた演説について、次のように述べています。

 わたしは、この言葉を声にして読むことができない。読もうとすると、いつも声がふるえてしまうのだ。

 そして安野先生は、福沢諭吉の『学問のすすめ』の中の言葉「天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らずと言えり」については、「この言葉を聞くと、涙が出そうになる」のです。

 私も同じような気持でこのお二人の言葉を受け止めていました。広島市の成人式の記念品として、若い世代の人たちに是非同じ感動を味わって貰いたいと考え、この本を贈ることにしたのもそれ故です。

 実は最近、私も同じような経験をしました。このブログの41日に小島繁美さんの中国新聞への投書を掲げさせて頂きました。再度掲載します。

(2005) 85日付の朝日新聞に載った安佐北区の小島繁美さんの投書はその一例です。小島さんに希望を与えたのは兄妹の会話です。

  「昭和20年の87日の昼下がり、広島市・宇品港の岸壁近くの砂地でいつ出るともあてのない島まわりの船を待っていた。---中略---

ふと気がつくと、近くの草むらで人声がした。きょうだいらしい二人。妹は13歳前後。兄は23歳年長か、着衣はボロボロでかなりの重症と見えた。妹は外傷が無いようで、自らの身体で日陰をつくって兄を気遣い、話しかけていた。

 『お兄ちゃん、帰ったら母さんに「おはぎ」を作ってもらおうね』。---中略---最高にぜいたくで幻の食べ物だった「おはぎ」という言葉に、現実に戻され、希望を与えられた。」

  この短い文章からは、小島さんが希望を見付ける心の動きと共に、兄妹の気持まで伝わってきます。お兄ちゃんはおはぎが好物だったのでしょう。それを良く知っている妹は、頼りにしているお兄ちゃんに、元気になって貰いたくて、そのお兄ちゃんと一緒に家に帰りたくて、おはぎの話をしたのではないでしょうか。船を待つわずかな間、おはぎのイメージが、小島さんだけではなくこの兄妹にも大きな希望を与えたであろうことは疑う余地もありません。家に無事辿り着いたことを小島さんと共に今でも祈っています。

このことを、今月初めに取材を受けた朝日新聞の長富記者に話したのですが、途中で声にならなくなってしまいました。老化現象も加わっていたのだと思いますが、御本人に身を寄せることで、他人事とは思えなくなるからなのではないかと思います。核保有国の首脳たちにも、「もし核兵器を使ったら」という状況でそう感じて欲しい事柄です。

 [2022/4/26 イライザ]

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2022年3月21日 (月)

アメリカ人のパール・ハーバー観 ――60年前の経験を元に――

アメリカ人のパール・ハーバー観

――60年前の経験を元に――

 

アメリカ人のパール・ハーバー観について、1986年に上梓した『真珠と桜』(「ヒロシマ」から見たアメリカの心)での解説を元に整理してお伝えしています。

アメリカ人にとって、パール・ハーバーがどれほど大きな意味を持つのかについて初めて気付いたのは、アメリカ時間1959127日の朝でした。以下、『真珠と桜』からの引用です。

1959年の9月から、私はAFS 交換留学第六期生の一人として一年間をアメリカで過した。落ち着き先はシカゴ郊外のサマーズ家である。高校はエルムウッド・パーク町立高校で、最上級に組み入れてもらい、翌年の六月には卒業証書まで貰うことになった。

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エルムウッドパーク・ハイ・スクールのイヤーブックから

書き込みは友達からのサヨナラ・メッセージ

 AFSはアメリカン・フイールド・サービスの略。 ここで、 フィールドは戦場を意味する。元元は第一次大戦中、欧州の戦場を駆け巡って救急車を運転したアメリカ人ボランティアの団体である。「すべての戦争を終らせる戦争」と称された世界戦争から帰ったこれらのボランティアは、「戦争を防ぐためには異った 違った文化の間での理解、特に若い人達の間での理解を深める他に有効な方法はない」との認識に立って、学生の交換留学制度を創り出した。

第二次大戦後には新たな決意をもって、留学生として最も感受性の豊かな高校生を選ぶことになった。最近では、交換留学も日本とケニア、 インドとブラジルといった多国間のプログラムができているが、 1959年にはアメリカと他の国々という、第二次大戦後の国際情勢をそのまま反映した留学制度であった。

 アメリカ生活は楽しかった。 アメリカ人は親切な上、初めて親許を離れた身軽さで急に大人になったように感じたものだった。12月頃までには、言葉にも一応困らなくなった。そんなある日、朝出掛ける前に (注 ホスト・ファミリーの) サマーズ夫人から注意を受けた。

 「今日は何の日か知っているでしょうけれど、学校で何か言われてもいつもの通りユ ーモア精神で受け止めなさい。余りひどいことを言う人もいないでしょうけれど」

 実はそう言われても何のことだか分らなかった。夫人は台所から新聞を持ってきて私に手渡した。題字の横に赤と青の星条旗がシンポル・マークとして刷ってある『シカゴ・トリビューン』紙である。紙面にはかなり大きい活字で 「パール・ハーバー」それに 「デイ・オブ・インファミー ](汚辱の日)」と書いてあった。注意された意味は分ったものの、実感は伴わなかった。

 その日は、級友やレスリング部の仲間達がよそよそしかったような気もする。 「スニーク・アタック (卑劣な攻撃)」と 「パール・ハーバー」という言葉があちこちで聞えてきたのは確かに憶えている。 なるほど、 アメリカでは太平洋戦争の始りが重要な意味を持っていることは分った。だが、その根の深さにはまだ思いが至らなかった。

 「これは大変なことだ」と実感できたのは、春になってからである。 アメリカ史の授業もようやく現代に近づいていた頃だった。

 丁度その時間には、第二次世界大戦にアメリカがどういう経緯で参戦するに至ったかを勉強することになっていた。勿論それは日本の真珠湾攻撃から始る。私が反撥を感じたのは教科書の記述も先生の説明も日本を悪の権化として扱っていたからである。卑劣、狡猾、破廉恥、邪悪等々、可能な限りの形容詞を並べて日本を悪罵するのが目的のように感じられた。

歴史を教えていた 先生はずい分年寄に見えたが、今思うと四十代だったのではあるまいか。どことなくパートランド・ラッセル卿のような顔付をしていた。その 先生が、日本を余り好きではないなと感じたことが何回かあった。日本ではなく私個人だったのかもしれないし、両方だったのかもしれない。

真珠湾に事寄せて日本の悪口を並べた後、先生は私に何か言うことはないかと訊いた。その口調から、私には「どうだ、まいったか」と聞えて来た。「おっしゃる通り私は悪人でございます。誠に申し訳ありません」とでも言って私が平謝りに謝るのを期待しているようでもあった。

さて「何か言うことがあるか」と訊かれて反論をしたいものの、何を言うべきなのかはっきりしない。その上、感情が昻ると言いたいことさえきちんと英語で言うことは難しくなる。日本そのものを私自身に重ね合せて卑怯だ破廉恥だと指弾されれば腹の立つのは当り前だ。

結局二つの点についてしどろもどろに反論することになった。

一つはABCDラインと呼ばれた海上封鎖で、それ自身戦争行為だと認める学者がいるという点。もう一つは、モンロー宣言等で自国近くの地域については特別の権利を持つという立場をアメリカが取るのなら・同様の権利を日本にも認めるべきで、西欧諸国がそもそもアジアに進出して来る(正確には「アジアを侵略する」と書くべきだろう) のがおかしいという点である。

 これは、あくまでその当時考えたことで、今ならこれに付け加えることはもっとある。更に、一体どのような視点から「真珠湾」を考えるかによって、様々な主張が正当性を持ってくるという点についても昔よりはよく分っているつもりである。

 意の十分に伝わらないのは覚悟の上で反論を試みたものの、事態は一向に良くならなかった。先生だけでなく、クラスメートまで手を挙げて、教科書通りの説明を繰り返すのである。多勢に無勢、決定的に旗色が悪くなった。

 その時、一番後の列に座っていた。ピートが立ち上った。冬はレスリング、春は陸上と一緒の部に属しており、髪はリーゼント・スタイル。 一年中ほとんど黒い革のジャンパーを着ている。

 「君たちは「真珠湾」が卑怯だ、日本が悪魔だとか言ってるけど、今ここでやってることもフェ アじゃない。 タッド (「ただとし」とは言いにくいので友達はこう縮めて私を呼んでいた) と僕はレスリングの選手だ。でも試合はいつも一対一。二十人一緒に一人を攻撃することの方がよっぽど卑怯じゃないか」

 喋るのは苦手な彼が、何とかこんな意味のことを言ってくれた。ことによると、彼の考え方も「日本は百パーセント黒でアメリカは百パーセント白」に近かったのかもしれない。政治にはあまり関心がなく、価値観もどちらかというと保守的な彼の口からこんな意見が飛び出そうとは思ってもみなかった。嬉しかったことは確かだが、同時に少々迷惑でもあった。その時はまた、 一人で先生と級友達全員を説得できるつもりでいたからだ。

ピートの発言がきっかけになって、白熱した議論は終った。先生は宿題として、太平洋戦争について教科書の一章を読むように言い渡して、その日の授業は終りになった。

 原爆投下と終戦は授業中には取り上げられなかった。教科書の記述は「原爆によって平和が訪れ、日本本土上陸作戦が行われていれば犠牲になったはすの百万もの(だったと思う)人命が救われた」といったものだった。

アメリカでのパール・ハーバーにまつわる経験はまだまだ続きます。1980年代についてのものも次回に。

[2022/3/21 イライザ]

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2022年3月 6日 (日)

平和・核廃絶に向けたフォーラムに参加 ――世代間の良い協力関係が印象的でした――

平和・核廃絶に向けたフォーラムに参加

――世代間の良い協力関係が印象的でした――

 

今日、35日の午後、パルシステムとピースボートの共催で「平和・核廃絶に向けたフォーラム」がオンラインで開かれ、私も参加しました。両団体とも長い間、核のない平和な世界実現のために地道な活動を続けてきていますが、

 パルシステムは「安全な食べ物を産地と協力して作り届けること」、「持続可能な社会を作ること」に力を入れている生協です。(パルシステム千葉のHPから)

 ピースボートについては皆さん御存知だと思いますが、平和を基調にした船旅を通して各地を巡り、旅と世界の文化を楽しみつつ友人を作り有意義な勉強のできる企画作りと実践をする団体です。

今日のフォーラムのチラシです。

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参加者は約300人でしたが、内容はとても充実していました。もちろんウクライナについての問題意識は高く、今すぐにでも行動したいという熱気にも溢れていました。全体像を知って頂くためには、最後に採択したフォーラム・アピールをお読み頂くのが一番なのですが、本文を入手次第アップします。

 大変勇気付けられたのは、若い世代の皆さんがとてもしっかりした活動をしていることです。それも高齢の被爆者皆さんとの連携しながら、さらには平和というテーマには余り関心のない政治家とも忍耐強く付き合いながらの説得を続けているのですから驚きです。

 近い内により詳しい紹介ができればと思っています。

 [2022/3/6 イライザ]

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2022年3月 5日 (土)

署名運動さえ難しい時代になったようです ――相手によっては、善意が悪用されるかもしれません――

署名運動さえ難しい時代になったようです

――相手によっては、善意が悪用されるかもしれません――

 

Change.org の活動を知ってから、一見平和な社会と見えるわが国にも、私が考えもしなかったような状況があり、それに負けずに、しかも自分だけではなく自分と同じ境遇にある人たちのために活動している多くの人のいることに気付かされました。

 その一例が、今日「お知らせ」が届いた「虐待から逃げた18歳。頼みの綱は生活保護です。どうか選択肢をください。」というキャンペーンです。NPO法人虐待どっとネット代表理事中村舞斗さんが発信者ですが、中村さんがかなり前に気付いたツイートがその趣旨を簡潔に伝えてくれています。

 「虐待を受けた子どもが18歳になってから親元から逃げると児相は原則取扱いできません。頼みの綱は生活保護です。でも大学生は生活保護を受けることができません。例え18歳でも。逃げたばかりでも。医療費分だけでもいいんです。生活が安定するまでだけでも。生活保護の運用がほんの少し変わって欲しい。」

 このキャンペーンの署名の宛先は後藤茂之厚労大臣ですが、大臣は中村さんたちキャンペーンを進めている人たちと会い、署名を受け取ってくれたとのことです。良かったと思いますし、署名の重みをしっかり受け止めて貰いたいと祈っています。

 しかし、私が始めた「「核兵器を使わない」と、ただちに宣言して下さい!」キャンペーンの署名の宛先は、ロシアも含む核保有国首脳と岸田総理大臣です。そしてウクライナに侵攻し核兵器を使うという脅迫で世界と対立しているプーチン大統領にも届けることになっています。

 そして、ロシアにはKGBという諜報機関がありプーチン大統領はKGBの出身です。それだけではなく、アメリカにはCIAがあり、イギリスには「007」で知られるようになったMI6があります。

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CIAのシール

 私のキャンペーンの目的は、核保有国の悪口を言うことではありません。核保有国がこれからの世界で最も合理的かつ人間的な役割を果たすための建設的提案ですので、この署名運動に賛同して下さった方々を特定して、報復するなどということは考えられません。

 とは言え、私たちには考えることもできなかったウクライナの侵攻が現実に起きている時代です。そしてインターネットでは、「ランサムウエア」が世界的な企業を脅迫し莫大な「身代金」をせしめていることも事実です。

 届ける先は駐日大使だとしても、一国を代表する場所です。善意で署名してくれた皆さんの個人情報、つまり個人名をわざわざ危険に晒して良いものでしょうか。

 同時に、これはインターネットによる署名だけには限らないことにも気付きました。街頭で署名運動をする際に、名前と住所を書いて貰うことが定番なのですが、その個人情報が宛先の団体にどう使われるのかも、これからは考えた上での運動を展開しなくてはならないのかもしれません。

 [2022/3/5 イライザ]

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2022年2月24日 (木)

『音楽高校からメロディが消えるまで』 ――感動的なフィクションです――

『音楽高校からメロディが消えるまで』

――感動的なフィクションです――

著者の須磨光氏はビジネスコンサルタントとして意欲的な活躍をされている方ですが、2018年に小説として『誰が音楽高校を潰したのか?』を上梓、広島の音楽関係者に高い評価を受けました。

つい最近、その文庫版が出版されました。『音楽学校からメロディが消えるまで』というタイトルです。文庫版と言っただけでは不十分で、前作と比べて、広島音楽高校の廃校という事実を、極端に言えば突き放す感じでフィクションとしての完成度を高めた好著です。

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著者の音楽と音楽高校への愛に満ちているのですが、それだけに止まらず、生きる意味について真摯に問いかけつつ、人間の持つ限界を踏まえてのユーモアに富む楽しめるフィクションでもあります。

多忙な方には、本書の最後の4ページだけでも読んで頂ければと思います。

前著『誰が音楽高校を潰したのか?』の感想をAmazonに載せて頂きましたので、それも参考にして頂きたく、ここに再掲します。

『誰が名門音楽高校を潰したのか?』は音楽と音楽教育を愛する全ての人に読んで貰いたい好著である。読み易く楽しいだけでなく、人間としてどう音楽や芸術に関わるべきかについても考えさせられる啓蒙書でもある。

本書はフィクションの形を取っているが、舞台が私立の広島音楽高等学校であることに、多くの方が気付かれるのではないだろうか。須磨氏がフィクションの形を採用したのは、一つには、登場人物を傷付けたくないという著者の優しさであり、また本書のテーマには普遍性のあることを強調したかったからではあるまいか。

そのテーマの大前提として、世界には音楽を愛する様々な人たちが存在し、音楽の神髄を若い世代に伝えて行くために多くの大人たちが努力し続けている現実がある。そしてややもすると世間的理解では、「音楽の世界」を構成するのは、音楽を提供する作曲家やパフォーマーとそれを楽しむ聴衆、音楽事務所や演奏会やテレビ番組等の関係者、そして音楽の専門家になりたいと研鑽を続ける若者たちくらいなのだが、本書では、音楽の勉強に打ち込む多感な若者たちを支える「保護者」に焦点を合せた点が特筆に値する。それは著者自身の経験であるとともに、保護者の目を通した音楽教育論であり、学校という組織運営論でもある。また、都市という視点からの文化論でもあり、もっと身近な効用としては、PTA役員のための実戦的マニュアルとしても役立つかもしれない。

音楽高校で学ぶ若者たちの心意気から、音楽を愛する先生方や市民たちの織り成す物語は保護者である著者の魂を揺さぶり、未来への希望となって終末を迎える。それは、「噂」や「風評」も含めて、人間たちの作り出す複雑な絵模様から抜け出して、スッキリとした光に照らされる未来だ。その感動を味わうために一読をお勧めする。

[2022/2/24 イライザ]

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2022年2月18日 (金)

「尾木ママ」と対談しました (7) ――いじめについての抜本的な対策――

 

「尾木ママ」と対談しました (7)

――いじめについての抜本的な対策――

教育評論家で、自他ともに「子どもの声の代弁者」として認められている尾木直樹さんとの対談で特に印象に残ったテーマを報告しています。御著書『取り残される日本の教育』もお勧めです。

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前回は「子どもの権利条約」について、特に地域毎に「子どもの権利条例」を制定する運動が広がらないことを取り上げました。対策は、「○○市子どもの権利条例制定市民委員会」のようなグループを立ち上げ、一人でも二人でも共感してくれる市会議員を探して、この運動の輪を広げることです。簡単には行かないかもしれませんが、子どもたちのために大人が頑張っている姿を子どもたちが見ることもとても大切です。

子どもたちが置かれている環境を考えるとき、いじめの問題を避けることはできません。当然、尾木ママもこの問題については一貫して子どもの立場から強力な発信をしてきました。尾木ママが評価するいじめ対策の具体例では、従来の解決策である、学校と教育委員会に任せる方式ではない、子どもたちが中心になる活動、あるいは、いじめを解決するための専門的な人員配置や組織作りが必要だということが分ります。

例えば、大津市ではいじめ専門の教師を小中学校全部に配置していて、教科は教えず、昼休みにパトロールをしたり子どもたちの声を聴くという仕事を専門にしているとのことです。これは市長の越さんという方のリーダーシップがあって可能だったとのことです。

また、寝屋川市では、市長部局に「監察課」という部署を作り、いじめについての教育的なアプローチが上手く行かない場合に「監察課」が積極的に関わることで問題解決につなげるというシステムだとのことです。その際に、いじめの被害者を助けるために、すぐ使え目資金的なバックアップの重要性なども話して頂きました。

その他、フィンランドでの取り組みである「Kiva」というシステムも話題になりましたし、私からは、学校とは独立した第三者機関が、被害にあっている子どもを即時に救い出せるような力を持つことの重要性なども指摘しました。

実はいじめの問題は、このブログの姉妹ブログである「新・ヒロシマの心を世界に」で、昨年の8月から10月まで、9回にわたって取り上げ、皆さんとともに考えてきました。オリンピックの開会式の重要メンバーだった小山田圭吾によるいじめの問題がきっかけだったのですが、短期間に集中的に勉強した結果、それなりの理解ができたからです。そのまとめとしての第9回目、できればそこに至るまでの軌跡もお読み頂ければ幸いです。

大変熱の入った対談になりましたが、後段は『はーとふる』の春号に掲載予定です。その内容は再度、アップします。

最後に、尾木ママと私の対談を直接読んでみたいという方がいらっしゃれば、残りの部数がありませんので先着3名の方に、冬号をお送りします。コメント欄に住所と氏名を書き込んでください。もちろん、公開はしません。郵送料は私が持ちますが、それに相当する額を、Wikipedia, Change.org, Thunderbird等の無料で有意義な活動を行っている団体に寄付してください。

[2022/2/18 イライザ]

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2022年2月17日 (木)

「尾木ママ」と対談しました (6) ――子どもの声の代弁者!――

「尾木ママ」と対談しました (6)

――子どもの声の代弁者!――

 

明るい社会づくり運動 (略して明社) が発行している『はーとふる』の特別企画で、教育評論家の尾木直樹さんと対談しました。司会は明社の澤田章好常務理事でした。

初めてお会いした尾木ママは、テレビでのイメージ通りの明るく、優しい方でしたし、テレビで拝見するより小柄な印象でしたが、御一緒しての存在感が大変しっかりしていた方でもありました。

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尾木ママの最初の言葉は「子供の声の代弁者」だったことからも、彼の活動の中身が明確に伝わってきました。それも大人社会の一員として、大人全体、その中でも実際に子供たちの置かれている環境を変える力のある人たちに正確な情報を伝え、どう変えて行ったら良いのかを目標にしていることが良く分かります。「正確な情報」の中でも数字は大切です。

対談はまずコロナ禍での子どもたちの状況から始まりました。尾木ママの指摘してくれたのは、第一に、2020年度に自殺した子どもの数が小中高校生で507人に上るほど深刻だという事実でした。そして、国立成育医療研修センターが2020年4月からおよそ2か月に一回のペースで子どもたちの心のあり方について追跡・調査した結果として、2020年の4月には75%の子どもたちがストレスフルになっていて、一番ストレスが高かったことも指摘してくれました。

それは、ちょうど安倍総理が全国一斉休校を宣言した時と重なっています。休校になったのは、3月2日から春休み前ですので、3月一杯は学校に行けず、そのまま春休みになった子どもたちのストレスが、全国一斉休校によってさらに増したことは想像に難くありません。

ストレスが原因になって中等度以上のうつがみられる子どもの割合は小学4年から6年生で15%、中学生で24%、高校生では30%にもなり、20%の子どもたちが自傷行為や他傷行為に陥っているというデータも示してくれました。そのストレスの発散方法も子どもたちが必死に自分たちで考えていることの分るものばかりでした。これらの事実を目の前に、「ここまで子どもたちの心が乱れてしまったなんて・・・・・・・。涙が出てきます」という尾木ママの悲痛な叫びが胸に沁みました。

このような状況が我が国で起ってしまっているのは、やはり国全体、社会全体で子どもたちを大切にするという基本的な考え方が、目には見えないかもしれませんが、社会全体には浸透していないからだと言って良いように思います。日本と言えば子どもを大切にする社会だという「常識」が当たり前だと思ってきたのですが、数字も援用して子どもたちを巡る現実を見れば、それが単なる幻にしか過ぎないことが分かる、という点を尾木ママは強調しているのです。

それを現実と認める上で役に立つのが国際比較です。特に国際的に「法律」として認められている条約を、日本政府・日本社会がきちんと遵守しているのかが一つの判断基準になります。

子どもたちの権利を守るための国際条約の決定版は、「子どもの権利条約」です。日本は1994年に批准をしたのですが、国際的に保障されている子どもたちの権利が日本国内でも同じように認められ守られているのかというと、そうではないことが問題なのです。

例えば、尾木ママが指摘しているのは、条約の42条で「政府は国民に対して告知しなくてはいけない」という決りがあるにもかかわらず、政府はそれをしていません。事実、日本政府は国連の子どもの権利委員会から、条約を遵守していないというという理由でこれまで2回も勧告を受けているのです。これをお読みになっている皆さんの中にも、「子どもの権利条約」があることを知らない方がいても不思議ではないのです。

「子どもの権利条約」を日本国内に広め、子どもたちの権利を政治の場で尊重して行く上で、大切なことの一つが、各自治体毎に「子どもの権利条例」を作り、地域で子どもの権利を尊重して行く環境を作ることです。残念なことに、「子どもの権利条例」を作ることに反対する大きな力が日本中にあった、条例ができているのは川崎市や札幌市など、40ほどの自治体にしか過ぎません。広島市も子どもの権利条例の制定のために努力をしましたが、例えば「おやじの会」といった名称の市民のグループによる執拗な反対運動があり実現しませんでした。

改めて強調しておくと、この条約が規定している子どもの権利を実効性のあるものにするためには、国家としてはその趣旨を生かすための法律を作り、地方自治体は条例を作る必要があるのです。でも、「子ども庁」の設置も延期され、その間に名称を「子ども家庭庁」に変えるという、子どもの権利を薄める方向での動きも現れて、問題は複雑化しています。

以下、次回に続きます。

[2022/2/17 イライザ]

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2022年2月12日 (土)

「尾木ママ」と対談しました (1) ――60年前に御縁を頂きました――

「尾木ママ」と対談しました (1)

――60年前に御縁を頂きました――

 

[警告] いつもの悪い癖で、「尾木ママ」との対談の内容報告までには、少し時間がかかります。色々な御縁があって今に至っていることを振り返りたいので――。

 

まず、何故「尾木ママ」との対談が実現したのか、1961年に遡って何人かの方々との御縁を辿りつつ、「ゆっくり」説明して行きたいと思います。

1961年は昭和36年ですが、私が大学に入学した年です。その前の年、1960年には一年のアメリカ留学から帰って、アメリカで受けたショックがまだ頭の中に生々しく残っていました。それは「広島・長崎への原爆投下は正しかった」というアメリカの考え方をアメリカ史の時間に習ったことでした。これまで何度も色々なところに書いていますが、この事態を何とかしなくてはならないと真剣に考え始めていました。

大学に早く入りたいと考えていたた理由の一つは、アルバイトができることだったのですが、経済的な理由の他に、原水爆禁止運動に関われるのではないかという期待もありました。

大学生活にも少し慣れた夏休みの少し前に、学生課の掲示板で夏にできるアルバイトを探していたのですが、願ってもないくらいピッタリの仕事がありました。7月後半から8月にかけて、原水爆禁止世界大会の同時通訳と庶務というバイトがあったのです。バイト料が他のものよりは少し良かったことも魅力でした。人数は明記されていたのかどうか覚えていませんが、多分「若干名」だったのではないかと思います。英語の試験があるというので、新橋の原水協の建物だったと思いますが、仲の良かったK君と一緒に試験を受けに行きました。

吃驚したのは、建物の周りを二周か三周するくらいの人数の学生が取り巻いて順番待ちをしていたことです。これで試験に受かるのかどうか心配になりましたが、とにかく試験は受けなくてはなりません。結果は合格だったのですが、それは完全に運が良かったからとしか言いようがありません。

例えば、ヒアリングの試験の中で、クーデターという単語が出てきたのですが、元々はフランス語です。第二外国語はフランス語を選んでいましたし、少し前に何かの雑誌でこの言葉を見たばかりだったのです。ですから、「coup d'état」は正確に書けました。

それと、こんな試験は滅茶苦茶だと思ったのですが、英語の文章を聞かされて、その場で同時通訳をしろ、という試験もあったのです。当時はようやく「同時通訳」という仕事があるらしいという知識が社会のごく一部に伝わり始めた頃で、どのようにすれば「同時通訳」になるのかも分かりません。

とは言っても、黙っている訳にも行きませんので、とにかく聞こえてきた英語を何とか日本語に直そうと懸命に頑張りました。

ここでも運が良かったのは、人に散々嫌がられていた私の性格です。今は随分良くなりましたが、人の言うことを最後まで聞かずに、途中で遮って話し始めることが良くあったのです。人の言葉を遮っても、相手の言うことは聞いていますので、そのリズムでとにかく、訳し続けたのです。

その時の試験官の一人が、福井治弘先生でした。後に私が広島市長になってから、福井先生には広島市立大学内の平和研究所の所長として色々お世話になりましたが、この頃からの御縁があったのです。

試験に合格してからは、当時既に一流の同時通訳として活躍していた福井先生をはじめ、後にTBSのニュースキャスターとして活躍した浅野輔先生、それから東京都立大学で教鞭を執っていた光延明洋先生等から、厳しくかつ温かい指導を受けることができました。

自分でも練習をしなくてはなりませんが、それには、当時は一日中流れていたFENのラジオが役立ちました。FENとは、Far East Networkで、日本に駐留していたアメリカの兵隊さんたちのための放送でした。それを聞きながら、「同時に」日本語に訳して行くことを繰り返したのですが、同じことを何度か繰り返せればもう少し効率が良くなるのではないかと考えました。そのためには、録音機が必要です。

小学校の時から秋葉原には通って、ラジオや無線機を作っていたのですが、しばらく御無沙汰をしていましたので、高校の同級生で放送部で放送機器の世話をしていたY君に一緒に行って貰って、東通工の録音機を買いました。後のソニーです。

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ポピュラサイエンス日本語版 1954年1月号 旧著作権法第六条及び第五十二条により著作権保護期間が満了。

ソニーの録音機を使って同時通訳の練習をした結果、いよいよ、実際に通訳として現場で仕事をすることになりました。実は、これからが、少しは本論に近付いて行くのですが、今回はここで切りが良いようですので、以下は次回に。

[2022/2/12 イライザ]

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2022年2月11日 (金)

iPhone Xに機種変更しました ――そして改めて気付いたこと――

iPhone Xに機種変更しました

――そして改めて気付いたこと――

 

これまで使っていたiPhone 8 Plusの支払いがようやく済みそうなのですが、息子から回ってきたiPhone Xを使い始めました。とは言ってもかなりの傷物で、まずは画面のフィルムを貼らなくてはなりません。

そのために買ったのが、Over’s ガラスザムライで、家人に貼って貰いましたが、完璧でとても快適に指が滑っています。

Photo_20220210231301

しかし、iPhone Xの背面は悲惨な状態です。息子が落とした時に割れたのだと思いますが、ほぼ全面ヒビが入っています。これは、DAISOで買ったフィルムで補強して貰いました。

そして今までの指紋認証ではなく、顔認証で起動する簡単さと利便性は重宝しているのですが、フト、新たな疑問が生じました。最近良く見る昔の番組に現れる折り畳み式の携帯がその引き金になりました。

小さいので、結構ポケットから落ちてしまうこともあり、尻のポケットに入れておくと、座った瞬間にかなりの衝撃を加えることもありました。でも、壊れたことはほとんどありません。それ以前に、画面に保護フィルムなど貼る必要もありませんでした。

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でも歴代のiPhoneの場合、あるいはiPad、そしてより一般的にはスマホ全てが入るのかもしれませんが、それらでも同じだと思います。まずは画面保護のためのフィルムを貼らなくてはならないのです。そして何故か滑り易い表面加工のため、私も何度か落としたことがありますし、若い人たちの間では、バリバリに割れたスマホを使っている人がかなりの数に上るようです。

でも良く考えると、これって、私たちは欠陥商品を買わされているということですよね。例えば車に搭載されているタッチパネル式のカーナビに、まず保護フィルムを別に買ってそれを貼らなくてはならないとしたら、「欠陥商品」というクレームが寄せられて当然ですよね。

あるいは、食事用の箸やナイフ・フォークの表面がツルツルで、手に取る度に落とすようなことになれば、そんな商品を買う人はいないでしょうし、これまた「欠陥商品」のラベルを貼られるのではないでしょうか。

本来の目的のために、普通に使うことができず、まずは余分な出費をして最低限の安全性を確保しなくてはならない商品がスマホなのです。

通常の商品の常識が全く無視されているのが、スマホです。誰かが、「欠陥商品を売るな」という声を上げ始めなくてはならないと思ったのですが、皆さんの御意見は如何でしょうか。

[2022/2/11 イライザ]

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