アメリカ

2022年10月 1日 (土)

何故、都市が立ち上ったのか

何故、都市が立ち上ったのか

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戦争になると、被害を受ける代表が都市です。ここに掲げた、横浜、イーペル (ベルギー) 、そしてゲルニカは、みな戦争による大きな被害を受けています。その結果、都市が発信しているメッセージは「Never Again!」です。こんな思いは二度としたくない、させてはいけない、ということです。

そして、それを実現する上で大切なのが多様性と寛容さです。それが平和の基礎になるのですが、同時に創造力を培って経済的な力の源にもなっています。

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ここに掲げた三都市はどれも、先進的な産業都市です。多様性と寛容さという点から見ると、オースチンは超保守的なテキサス州の中で、リベラルな都市として知られています。それは、デル・コンピューターが本拠を据えて若い人たちが流入してきたためです。ボストンは、アメリカで最初に同性婚を認めたマサチューセッツ州の中心都市です。MITは隣町のケンブリッジにあります。そしてサンフランシスコは、シリコンバレーの隣にあって、ボストンとともにアメリカのリベラな都市の代名詞です。

今日の講演は、13:30分から、かながわ県民ホールの二階で開催されます。

 

それでは今日一日が、皆様にとって素晴らしい24時間でありますように。

[2022/10/1 イライザ]

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2022年9月21日 (水)

“NO” to Abe’s State Funeral

“NO” to Abe’s State Funeral

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写真は左から司会の中川智子、黒岩秩子、秋葉忠利、吉川春子、瀬古由起子

今月16日の記者会見の様子は既にこのブログで報告しましたが、英語での記者会見が実現しませんでしたので、それに代る手段で海外への発信をしようとしています。「声明文」の英訳もできていますが、山際大志郎大臣の発言も織り込んでアップデートしますので、明日以降にアップします。。

今日はその短縮版を、アメリカのハリス副大統領(ホワイトハウスのe-メールの宛名に)と、カナダのトルドー首相(ファクスで首相宛)に送りました。ここで疲れてしまって一休みしているところに、毎日新聞からの連絡があり、毎日新聞の英語電子版である「The Mainichi」に英語の声明文を掲載して頂けることになりました。そのための、イントロダクションを今、書いています。これで、世界に届きます。

以前に、トランプ大統領への手紙を同紙が取り上げてくれた時には、その記事を引用しながらThe Boston Globe とThe Washington Postも取り上げてくれましたので、同じように広がることを期待しています。

急に寒くなっていますので、体調管理が大切になってきました。コロナについてもまだまだ油断はできません。感染しないよう努力を続けましょう。

それでは今日一日が、皆さんにとって素晴らしい24時間でありますよう。

[2022/9/21 イライザ]

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2022年9月 3日 (土)

ラウン博士とチャゾフ博士

ラウン博士とチャゾフ博士

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IPPNWとは、核戦争防止国際医師会議(かくせんそうぼうしこくさいいしかいぎ、International Physicians for the Prevention of Nuclear War: IPPNW)の略称です。

Wikiwandによると、

核戦争を医療関係者の立場から防止する活動を行うための国際組織で、1980年に設立された。本部はモールデン (マサチューセッツ州)。各国に支部があり、日本支部の事務局は広島県医師会内にある。

米国のバーナード・ラウンとソ連のエーゲニィー・チャゾフが提唱した。1981年以来、現在は隔年で世界会議と地域会議を開催している。83カ国、約20万の医師が参加している。1985年にノーベル平和賞を受賞。2012年の20回目の世界大会は、23年ぶりに日本で開催された。

この世界大会で、私は講演をしたのですが、その際に簡単に述べたことが今回のテーマです。それは、アメリカのレーガン大統領とソ連のゴルバチョフ書記長が、米ソの「冷戦」という世界を覆っていた大きな枠組み変えた背景です。レーガン・ゴルバチョフ・チームは、(1) 核兵器廃絶のために協力し、そして(2) 冷戦終結のためにも協力しました。お二人がこれほど大きな仕事を達成できたのは、ラウン博士とチャゾフ博士の力が大きかったのではないか、ということなのです。

その前に、あまり知られていない事実ですので、復習しておくと、レーガン大統領とゴルバチョフ書記長は1986年のレイキャビック・サミットで、核兵器の全廃に合意していたのです。

その時の議事録です。

レーガン大統領:「どうだろう、これができれば素晴らしいのだが、私たちの考えているのは、5年毎の期限が2度終了するまでに、爆弾、戦場システム、巡航ミサイル、潜水艦兵器、中距離ミサイルシステムや核爆発装置を全廃するということなのではないか。」

ゴルバチョフ書記長:「そうだな。では、全ての兵器をリストアップしてみてはどうだろう」

シュルツ米国務長官:「すぐ取り掛かりましょう」

レーガン:「仮に私たちが考えている10年間という期限の終了時に核兵器を全廃しようという合意ができれば、その合意をジュネーブの代表団に託し、条約を起草させましょう。そうすれば、あなたが米国を訪問する際にその条約に署名することができる。」

残念なことに、この合意は軍産複合体や官僚組織の抵抗にあって実現しませんでしたが、冷戦の時代にこのように驚異的な合意が行われたこと自体奇跡です。

その背後には、ラウン、チャゾフ両博士がいたというのが今回、強調したいことなのです。このお二人に共通しているのは、専門が心臓外科であること、そして、ラウン博士はレーガン大統領の、そしてチャゾフ博士はゴルバチョフ書記長の主治医だったことです。

仮に以下の私の推測が事実だったとしても、お二人はそれを公言しないでしょうしそれを知っている周りの皆さんも沈黙に徹することは御理解頂けると思いますが、このお二人が、両首脳に対して大きな影響力を持っていたとしても不思議ではありません。

どのような形でその影響力を行使したのか想像でしかありませんが、核兵器や核戦争についての正確かつ人道的な情報を提供したとしても不思議ではありません。

しかし、もしこれが事実だとしても、別の問題も生じます。仮に、為政者に対する個人的な影響力を持つ人が、その力を邪な目的のために悪用する可能性が出てくるからです。

幸いなことに、ラウン、チャゾフ両博士の医学に対するコミットメント、そして人類を核の脅威から救いたいという強い思いと実行力は疑う余地がありません。専門を生かして、専門家だからこそ、「核戦争による犠牲は医学では救えない。だから核兵器を廃絶しなくてはならないのだ」と主張したお二人にも、そしてゴルバチョフとレーガン両首脳にも感謝の意を表したいと思います。

  

台風11号がますます心配です。コロナについてもまだまだ油断はできません。そして、医療関係者や行政の皆様等、現場で頑張って下さっている皆様に心からの感謝を捧げます。さらに、私たち自身、感染しないよう努力しましょう。

 それでは今日一日が、皆さんにとって素晴らしい24時間でありますよう。

[2022/9/3 イライザ]

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2022年8月28日 (日)

NPT再検討会議で最終文書不採択

NPT再検討会議で最終文書不採択

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「機能不全に陥っている日本の政治・岸田内閣」をシリーズで取り上げています。第2回は、「詭弁」と「強弁」の実例を検証しました。特に、官僚や政治家が常習的に操る「標準的嘘」を念頭に置くことの大切さを強調した積りです。

今回は、そのシリーズの「特別編」と言っても良い、NPT (核不拡散条約) 再検討会議で、最終文書が不採択になったことを取り上げます。

この会議では、全員一致で決定が行われることが決まっています。今回はロシアだけが反対して最終文書が採択されなかったことで、特に欧米諸国はロシアを非難しています。それはそうなのですが、「残念」、「落胆した」、「遺憾」と言っているだけでは核廃絶を進めることにはつながりません。どうすれば良いのか、具体的には次の機会に提案します。

ここで指摘しておきたいのは、「最終文書」の不採択は核保有国にとっては痛くも痒くもないこと、そしてロシア非難によって私たちの目を眩ませている結果になっていることです。

そのために、NPT再検討会議の歴史を振り返っておきましょう。

1995年--NPTを無期限延長

2000年--「核兵器の完全廃絶を達成するという核兵器国の明確な約束」が盛り込まれた

2005年--最終文書採択されず

2010年--2000年の「明確な約束」の再確認、核兵器のもたらす人類への壊滅的破壊、「核兵器禁止条約」「期限」等への言及があった

2015年--最終文書採択されず

2000年と2015年の「明確な約束」は、画期的な表現ですし、2000年には大きな拍手で迎えられました。問題は、にもかかわらず、何も起こらなかったことです。

2015年の再検討会議の結果を総括しておくと、①最終文書は採択できなかった。②その最大の理由は中東、特にイスラエルだった。しかも③2010年に採択された最終文書はこの5年間無視された。という3点が重要です。ロシアはどこにも出てきませんが、2022年は、ロシア一色です。

NPT再検討会議で最終文書が採択されない最大の障害は、「満場一致」方式です。これは元々、「P5」と呼ばれる核保有五か国の利権を守るために採用されたのですが、その他の核保有国にとっても、「核保有」を継続するために「役立って」います。

とは言っても、2010年はアメリカの努力で最終文書が採択されました。それを「成功」と呼んでも間違いではありません。しかし、2015年はオバマ政権が保守派に乗っ取られたため結果が出せなかったという結果になっています。最終文書が採択されてもそれが次の結果につながるのかという実質を冷静に見守る必要があります。

その視点から、NPTにおいて最重要なのは第6条だと言っても過言ではありません。それは、次の「誠実交渉義務」と呼ばれる義務です。

「各締約国は、核軍備競争の早期の停止及び核軍備の縮小に関する効果的な措置につき、並びに厳重かつ効果的な国際管理の下における全面的かつ完全な軍備縮小に関する条約について、誠実に交渉を行うことを約束する」

簡単にまとめると、2017年に国連で採択され2021年に発効した「核兵器禁止条約」(TPNWと略)のような条約を作るために、全ての締約国は誠実に交渉する義務を負う、という意味です。

核保有国はこの6条を全く無視し続けてきました。その結果、マーシャル諸島共和国は2014年に、核保有国を「NPT6条の義務履行違反」の廉で、国際司法裁判所に提訴しました。管轄権の問題でこの提訴は却下されましたが、国際社会は努力を続け、2017年には、国連総会が、多数決でTPNWを採択しました。

しかし、核保有国も、日本をはじめとする各依存国もTPNWの交渉に反対しました。これは明確にNPT6条違反です。さらに、未だにNPTの署名も批准も行っていないことが大問題であることも指摘するまでもない点でしょう。

その文脈で、NPT検討会議の最終文書不採択についての岸田総理の言葉を読むと、岸田内閣・日本政府の「不誠実さ」が炙り出されてしまいます。

NPTを維持、強化して行くことこそが核軍縮に向けた唯一の現実的取り組みである。

つまり、日本政府は、被爆者や市民が「悲願」として掲げてきた「核廃絶」ではなく、「核軍縮」が目標であり、NPTの「維持強化」の中には6条の遵守が入っていないことを認めていなければ、こんなことは言えないはずなのです。「核兵器禁止条約」に反対していることには頬かむり、NPTにだけ焦点を合わせているのは、核保有や使用を容認していることと同義です。

もっともその不誠実さと、核保有5か国が今年13日にわざわざ、「核戦争は決して起こしてはならない」、「自分たちの核はどの国に向けられてもいない」等の趣旨を盛り込んだ共同声明を出しながら、ロシアの核脅迫に際しては、「共同声明違反だ」という声を上げていない事実とを比べると、どちらの方が罪深いのか判断に迷います。

こう見てくると、NPT再検討会議における最終文書不採択は、それなりに見通せた範囲にあることもお分り頂けたと思います。しかし、NPT再検討会議の意義はそれだけではありません。この一月、世界の多くの市民と政府、そして多くのマスコミも核保有国の言動に注目してきました。それは、核保有国に対する大きなプレッシャーになっています。

NPT再検討会議が終わった今、私たち市民社会がどのような形でこのプレッシャーを核保有国に対して与え続けられるのか、考えるのも大切です。もう一点付け加えれば、「今になって」考えるのではなく、2015年のNPT再検討会議が終ってからすぐに、考え始めてしかるべきことだったのです。グッド・ニュースはその通りに考えてきた人やグループも存在することです。その人たちやグループは、非核保有国内だけではなく、核保有国の中にも大勢いる事実も重要です。この点については再度論じます。

 

コロナについてもまだまだ油断はできません。皆様、くれぐれも御自愛下さい。

それでは今日一日が、皆さんにとって素晴らしい24時間でありますよう。

[2022/8/28 イライザ]

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2022年8月23日 (火)

『戦争広告代理店』

 

『戦争広告代理店』

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『戦争広告代理店』に現れる主な登場人物

ロシアがウクライナに侵攻した今年(2022) 224日から、世界の圧倒的多くのマスコミは、「ロシア」=「悪」、「ウクライナ」=「善」という形での報道を続けてきました。そのマスコミからの情報が主な情報「源」である私たちは、その善悪の対比をそのまま受け入れることになります。

とは言え私は、それだけではない可能性のあることも頭に入れながら全体の状況を判断する必要があると感じていました。それは、高木徹著の『ドキュメント 戦争広告代理店』(講談社 2002年刊) を読んでいたからです。

舞台になったのは、「ボスニア」と「セルビア」ですが、状況が複雑で簡単な説明ではかなり不正確なことしか伝えられません。

その愚を犯しても、『ドキュメント 戦争広告代理店』の記述に従って簡略に整理しておくと、まず、ユーゴスラビア社会主義連邦共和国の崩壊後、1991年から1992年にかけて、「スロベニア、クロアチア、マケドニア、ボスニア・ヘルツェゴビナの各共和国が独立して、残されたセルビア共和国とモンテネグロ共和国が新たなユーゴスラビア連邦を構成」しました。

この地域、特にボスニア・ヘルツェゴビナとユーゴスラビア連邦での紛争が起きるのですが、ボスニア・ヘルツェゴビナが「ボスニア」と呼ばれ、もう一方のユーゴスラビア連邦は、セルビア共和国のミロシェビッチ大統領の支配下にあったため、単に「セルビア」と呼ばれることがありました。

そしてこの紛争は、「ボスニア」が独立した1992年の春に始まり、1995年の秋には国連の調停で和平協定ができ停戦に至りました。

しかし、この紛争についての真実は未だに分らない部分が多くあります。『ドキュメント 戦争広告代理店』によると、この紛争の最も悲劇的な事件と言われる199425日の「青空市場砲撃事件」についても、死者60人以上、負傷者およそ200人という痛ましい悲劇であるにもかかわらず、「この砲弾が紛争当事者のどちら側から放たれたのか、今も不明である。」くらい、謎に包まれているのです。

しかし、当時の報道、そして今私たちの記憶に強く残っているのは、「ボスニア」=「善」そして、「セルビア」=「悪」という二項対立です。「悪役」として世界的にその名を知られたのが、セルビアの大統領だったミロシェビッチでした。彼は、その後起きたコソボ紛争での責任を問われて、旧ユーゴスラビア国際刑事裁判所(オランダ・ハーグ)において、人道に対する罪などの廉で裁判に掛けられ、その最中、2006年に亡くなっています。

そんな対立図がどのように作られたのかを、詳細に追ったのが『ドキュメント 戦争広告代理店』です。この対立を何より際立たせた象徴的出来事は、1992922日、国連総会において、ユーゴスラビア連邦追放決議が圧倒的多数で採択されたことでしょう。

こうした「善」が「悪」に勝つというシナリオを、約4か月で実現した立役者は、ボスニアの外相ハリス・シライジッチ、そして彼を助けたアメリカのPR会社ルーダー・フィン社、特にそのワシントン支局のジム・ハーフ国際政治局長でした。

 この間、ハーフは、シライジッチが英語に堪能であることを活かして、彼を「ボスニア」のスポークスマンとして、アメリカ社会に売り込みました。そのために、マスコミにどう対応すれば良いのかのノウハウを叩き込むこともしました。そして、マスコミが「ボスニア」での「悲劇」を一言で表すために「民族浄化」というキャッチ・コピーを作り、また「強制収容所」の存在を伝える写真やレポートで世論に火を付けました。(その一部は、後にフェイクであることが判明。)

シライジッチ外相の主要演説も、ハーフが書いたのですが、大団円は、国連決議採択前日の21日にボスニアのイゼトベゴビッチ大統領が国連で行った演説でした。それは、英語の演説で、その趣旨は「ボスニア」が多民族国家であり、他民族の共存を何より大切にしていることでした。

この演説について、全米公共ラジオの記者は、『ドキュメント 戦争広告代理店』の中で正直に気持ちを語っています。「多民族共存のイメージには、多くのジャーナリストがごまかされてしまいました。現実には、ボスニア政府、つまりモスレム人は他の二つの勢力、セルビア人とクロアチア人と同じように民族主義者の集まりでした」

現在のウクライナ報道全てが、『ドキュメント 戦争広告代理店』の描いているような一広告代理店による様々な工作の結果だとは考えられませんが、どちらの側もその意図を強調するために、誇張やフェイクを入れているかも知れませんし、そこに広告代理店が一枚噛んでいる可能性もあるのではないでしょうか。

真実を見極める難しさを理解しながら、冷静に判断する姿勢だけは失ってはならないと感じています。

 

コロナについてもまだ油断はできません。皆様、くれぐれも御自愛下さい。

それでは今日一日が、皆さんにとって素晴らしい24時間でありますよう。

[2022/8/22 イライザ]

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2022年8月11日 (木)

『水素エコノミー』(下)

『水素エコノミー』()

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昨日に続いて、『水素エコノミー』の(下)をお届けします。その中で、「ハバートのベルカーブ」という言葉が出てきます。本文中に一応の説明はしてあるのですが、分り難いかもしれません。

簡単に言ってしまうと、横軸に年、縦軸に世界の石油の生産量を示すグラフを描くと、それが「ベルカーブ」、つまり釣り鐘型になり、石油生産のピークは2010年から2030年くらいになる、というモデルを指します。「世界」の石油生産量ではなく、「アメリカのアラスカとハワイを除く州」の生産量を縦軸に取ると、1970年がピークになるという予測を立てたのが、地質学者のハバートで、その結果、アメリカだけではなく、世界的にも同じことが言えるだろうという予測が立てられたのです。

このグラフの形や位置は、世界の石油の埋蔵量と、毎年の石油の消費量によって決まります。2003年当時とは、その両者とも違った数字になっていますので、事は簡単ではありません。今後も変わるであろうことも予測できます。しかし、石油そのものが有限の資源であるという前提からは、どこかでベルカーブのピークに達するであろうことは確かでしょうから、このモデルを有効に使うことが大切です。

さらに、エネルギー源をロシアだけ、中東だけに過度に依存することの危険性もウクライナ戦争から再認識されています。その点でも、水素燃料が再度脚光を浴びてもおかしくはありません。

以下、2003年7月25日号の『春風夏雨』です。

 

『水素エコノミー』(下)

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前回のお約束通り、今回は『水素エコノミー』の内容を紹介したいと思います。

著者のジェレミー・リフキン氏は私の好きなノンフィクション作家の一人ですが、評論家・作家・研究者等、どの範疇にも入らないユニークな活動を続けています。日本でも彼の著書『エントロピーの法則』がかなり読まれたようですからお馴染みの方も多いと思います。

『水素エコノミー』の通奏低音もエントロピーです。この概念を正確に定義するにはかなりの知識が必要ですが、一般的には、全ての物は、外から働き掛けがなければ、秩序のある状態から混沌・混乱の状態に推移する、とでも言えると思います。この「物の状態」に付けられる数値がエントロピーと呼ばれ、エントロピーの大きくなることがすなわち、無秩序の状態だということなのです。

資本主義経済学は、初期のニュートン力学を元に構築されており、エントロピーなどを扱う熱力学的な考え方はほとんど取り入れていない、というのがリフキン氏の主張ですが、エントロピーの考え方を元に、人類史や現在のエネルギー状況を考えるというのがこの本の前半の展開です。

エントロピーの概念を経済学に取り込んでローマから現在の世界まで、歴史を見直すことで、今まで十分に理解されていなかった動きがハッキリ分るようになってしまうことに、改めて科学の力を認識させられています。これまで別の著作の中で読んだことはあったのですが、そのときも魔術を見るような思いでした。しかし、それ以上、勉強になったのは第二章「ハバートのベルカーブを滑り落ちる」です。地球全体では、石油の埋蔵量は大体これから60年持つ位だろうというのが長い間、多くの人が言い続けて来た予測です。この埋蔵量を毎年ごとの石油の生産量グラフという形にすると、ベルカーブ(釣鐘の形)になる。しかも、その天辺を過ぎた時点から石油の生産量は減少し、価格も高くなる、というのが、現在世界的に「標準的」だと考えられている数値モデルだというのです。しかもそのピークには早くて2010年頃、遅くてもそれから20ないし30年後だろうという予測が大勢を占めるというのですから驚きです。

いわば、恒久的な石油危機が近付いているという話です。天然ガスも余り頼りにならないことも付記されていると、絶望的なシナリオになりそうですが、そこで登場するのが燃料電池であり、水素エネルギーなのです。簡単に説明しておくと、燃料電池とは、水の電気分解を正反対の方向で捕らえることで電気を作る仕組みです。中学校の理科を思い出して頂きたいのですが、水の中にブラスとマイナスの電極を入れると、水は水素と酸素に分かれます。逆に、水素と酸素を一緒にしてやれば、電気が生じるという原理の応用です。その結果、「滓」として残るのは純粋の水ですから、この点からもクリーンなエネルギーだということはお分かり頂けるでしょう。

燃料電池の特色の一つは、現在の研究開発の目的の一つが家庭用の燃料電池を実用化することにあるように、小型の燃料電池でもその効率は大型のものとは変らないという点です。例えば原子力発電との違いはこんなところにあるのです。しかも、モジュール化できるので、つまり、小さい物をまとめて簡単に一つの電池にすることも可能なので、柔軟性があることも特徴の一つです。地域毎の小さい規模の燃料電池ステーションでその地域の電気を賄うという将来図を描いて頂ければと思います。

後は、どのように水素を得るのかが問題ですが、リフキン氏は至って楽観的です。これも電気分解によって水から得ようというのですが、その電気には再生可能なエネルギー、太陽光や風力、地熱、バイオマス等々を考えています。

短絡的に考えると、そんなことをするのなら、直接、例えば太陽光発電で得た電気を使えば良いようなものなのですが、問題は、それでは夜、電気を使えないという問題が残ることです。どこかでこの電気を貯蔵する装置が必要なのです。しかも効率良く。それが燃料電池です。

リフキン氏はこの燃料電池を丁度現在のインターネットのようにつなげて、世界的なエネルギーの網を作ることで、経済システムそのものを今のものとは全く違ったものにしたいと考えています。それが夢のような話なのか、もっと現実性のある、人類にとっての希望の源になるのか、是非、『水素エコノミー』を読んだ上で判断してみて下さい。

皆さんの読後感もお寄せ頂けると幸いです。

 

炎暑とともに豪雨も各地を襲っています。コロナについてもまだ油断はできません。皆様、くれぐれも御自愛下さい。

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[2022/8/11 イライザ]

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2022年8月 6日 (土)

8月6日に総理 (市長) がなすべきだったこと

86日に総理 (市長) がなすべきだったこと

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被爆77周年の今日、亡くなられた被爆者の皆さんに心から哀悼の誠を捧げます。そして核なき世界を実現するために、全力を尽くすことを改めて誓います。

広島市が、今日の記念式典に他国の大使は招待しているにもかかわらず、ロシア大使を招待しなかったことをニュースで知って驚いています。広島市が独自にこのような判断を下すとは考えられませんので、外務省またはもっと上の指示だと思われます。

ウクライナ情勢が緊迫度を増す中、平和的解決に至る可能性を摘んでしまったことが誠に残念です。

岸田総理 (あるいは広島市長なのですが、以下、「市長」とは言及しません。「市長」を補って読んで下さい。) がなすべきだったことは簡単です。

核保有国の駐日大使を招待して、総理自ら資料館を案内し、被爆者の被爆証言をともに聞く機会を作るべきだったのです。もちろん、ロシア大使もその中の一人として招待すべきだったのです。

さらに、被爆証言の後、核保有国の大使たちに、「これを見て、貴国が核兵器を他国に先んじて使うべきだと、貴国の大統領 (あるいは首相) に進言しますか?」と問い掛けるのです。それに対して、「もちろんそうする」と言える大使はいないでしょう。そこで、「では、核の先制不使用に賛成して貰えますよね」と畳み込むのです。

「もちろんそうする」と答える大使はいないかもしれません。「本国に伝える」くらいが関の山かもしれません。しかし、それでもこのようなイニシャティブは重要です。

仮にプーチン大統領が、振り挙げた拳をどこかで下したいと考えているとすれば、この機会に乗じて「ヒロシマの悲劇を目の前にして、核による解決を避けることにした」と言っても、面子を失うことにはならないでしょう。それがヒロシマの力です。

あるいは、アメリカがロシアに対して、「今の状況で核は使うべきではないことを広島で学んだ。核の先制不使用を約束するからロシアも同調して欲しい」と提案することも可能です。これもヒロシマの力があってこそ意味のある提案です。

こんなシナリオ通りには行かないかもしれません。しかし、最低限、日本や広島市の誠意は伝わりますし、それがどのような連鎖で次の平和的解決への努力につながるかは分りません。

事は、核戦争の回避ですし、人類滅亡から人類を守ることです。どんな可能性でも試してみるくらいの決意が必要なことは、言われなくても分って欲しいのですが――。

  

炎暑とともに豪雨も各地を襲っています。皆様、くれぐれも御自愛下さい。

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[2022/8/6 イライザ]

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2022年7月14日 (木)

『核兵器は使えなくなった』 アウトライン

『核兵器は使えなくなった』

アウトライン

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224日のロシアによるウクライナ侵略以降、そしてプーチン大統領による複数回にわたる核使用威嚇のたびに考えてきたのは、「核を使わせない」という説得を行う上で、どのような方法が効果的なのかということです。

それは、被爆体験・被爆の実相を理解して貰うことだと考えているのですが、それに現在使える技術と想像力を加味すると、決定的な結論につながることに気付きました。

それを一冊の本にまとめたいのですが、以下、そのアウトラインです。三つの、「結論」を柱としています。

  (〇) 核保有国の首脳には最低限の「常識」が通じるとの仮定で議論する。(自国や自分の滅亡を予見した際に世界を道連れにする党の可能性は別建ての議論が必要)

 

(A) 結論:  核兵器は使えない兵器になった。

(系) 核兵器の廃絶は実現する。

 ① それは、万一、核兵器が使われるとなると、世界中の億単位の人々がリアル・タイムで、広島・長崎での被爆の実相以上の「生き地獄」を高画質の画面で長時間見続けることになるからだ。

② 「リアル・タイム」が可能になったのは、ドローン、インターネット、スマホの普及、SNS利用者の爆発的増加等が原因である。

③ その結果として、「ただちに核兵器を廃絶せよ」という声が世界的な圧力になり、核保有国の首脳はそれに従わざるを得なくなる。

④ そのシナリオが蓋然性を持つのは、広島・長崎後、1952年までの7年間、被爆の実相が当時のGHQによる検閲制度である「プレス・コード」により完全に隠蔽されていた事実があるからだ。

⑤ ウクライナでの市民に対する残虐行為が、これほどの勢いで世界的に指弾されている事実を、1945年当時の広島と長崎に重ねて考えてみよう。

⑥広島・長崎における「生き地獄」の画像や体験談は、今でも多くの人々にショックを与えている。1945年当時に、もっと生々しい形でそれが伝わっていたとしたら、それは世界を震撼させ、核兵器を廃止すべきだという世論が圧倒的力を持つようになっていたはずだ。

この結論に関して、「プレス・コード」は、原爆の科学的情報を広めないことが目的だったと言われていますが、生々しい「生き地獄」が引き起こす劇的な衝撃と、その結果としての原爆投下の否定や投下者への糾弾を避けるためという、別次元の大目的があったと考えるべきではないのかという問題提起もしたいと思います。

 

(B) 結論: 核抑止論への説得力ある反駁になる。

⑦ これまでの核兵器に反対する論考は、核兵器を使用した首脳が自国民、そして世界の世論からどう見られるのかという視点に欠けていた。

⑧ リアル・タイムでの実況という、技術進歩を合わせて考えることで、核兵器の使用は首脳個人にとって、後世からの評価も含めて、避けるべきこととしての優先順位が、極めて高くなる。

 

(C) 結論: 上記の説得ができれば、プーチン大統領は核兵器の使用を諦める。(これは、Change.orgの署名運動の中でも何度も触れています。そちらも御覧下さい。下線をクリックすると、サイトに飛びます。)

  

皆様の御意見も伺えれば幸いです。

 

炎暑とともに豪雨も各地を襲っています。皆様、くれぐれも御自愛下さい。

 

それでは今日が、皆さんにとって素晴らしい一日でありますよう。

[2022/7/14 イライザ]

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2022年7月 4日 (月)

広島市出身の総理大臣ナンバー・ワン

広島市出身の総理大臣ナンバー・ワン

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済みません。これが、タイトルの「広島市出身総理大臣ナンバー・ワン」ではありません。とても説得力のある絵を、「およぐちゃん」がツイッターにアップして下さいましたので、お願いして転載させて頂きました。「若者を戦場に送るな」がメッセージです。

戦後長い間、学校の先生方が「再び教え子を戦場に送ってはならない」という反省を込めたメッセージを送り続けていたのですが、その一般化としての「若者」です。残念なことに、責任ある大人たちからこの言葉が消えてからかなりの時が経ちました。

今回の選挙では、軍事費の倍増や「核共有」、「敵基地攻撃能力」といった戦争への道が公然と語られていますので、その結果、犠牲にされる「若者」に焦点を合わせる必要が出てきたのです。

さて「広島市出身の総理大臣ナンバー・ワン」ですが、「広島市出身の最初の総理大臣」という意味です。それは加藤友三郎総理なのですが、その前に、「広島」の意味を改めて考えてみましょう。

63日には、暑い中、社民党副党首の大椿ゆうこさんと一緒に、本通り電停の叶や前で街宣をしました。大椿さんが強調したことの一つは、今我が国が直面している大問題についての解決策を、われらが広電、広島電鉄がもう10年以上前から、「実行」していることでした。

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それは、「非正規雇用」を止めて、「正規雇用」に転換することです。詳しくは、大椿候補自身が、ツイッターに投稿していますので、大椿さん自身の声でお聞きください。

日頃、広島という都市が経営や労働という分野でのリーダー役を担っていることはあまり報道されないのですが、広電モデルは、日本全体が真似してもおかしくないものなのではないでしょうか。

そして、広島市出身の総理大臣ナンバー・ワンだった加藤友三郎さんは軍縮と平和の面でリーダーシップを発揮しました。彼は、ちょうど100年前の19226月に総理大臣に就任し、翌19239月に亡くなるまで総理大臣を務めました。

彼の最大の貢献は、ワシントンで開催された軍縮会議に日本の全権代表として参加し、反対する軍部を抑えて、英・米・日の間の海軍艦艇の上限を10:10:6という割合で決めることで軍拡競争にピリオドを打ったことです。それは、総理就任以前、海軍大臣という立場での仕事として始まりました。我が国の近代の歴史の中で、ごく短期間でしたが、「軍縮」を実現した総理大臣なのです。

事実、加藤総理亡き後、我が国は一挙に「軍拡」そして戦争への道を突進して行ったのです。歴史を学ぶときに加藤総理の業績があまり表に出てこないのは、結局、日本の歴史を戦争の面からしか見ていない言論界の限界を示していることになりそうです。

そして、広島一区から選出されている岸田総理が、加藤総理とは正反対の「軍事費倍増」を自らのアイデンティティーとして打ち出し、憲法改正を積極的に進めようとしているのは、加藤総理時代の広島のメッセージが全く生きていないことを示しています。行き着く先は、かつての歴史から学ぶのであれば「戦争への道」です。

原爆と広島という結び付きは誰もが知っている広島のアイデンティティーですが、より広い立場の軍縮や平和の取り組みにも、広島モデルが登場し、歴史的役割を果してきていたのです。今回の参議院選挙で、その伝統を復活させるために、自民・公明・維新といった好戦的な立場の政党ではなく、平和を頑固に守る続ける社民党への支持が必須です。

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炎暑が続いています。皆様、くれぐれも御自愛下さい。

 

なお関連の動画は、ホームページやYouTube公式チャンネルを御覧下さい。

https://www.t-akiba.jp/

https://www.youtube.com/channel/UCNOCvMp5EfcUTqCYU6jgf0Q/videos

 

また、今後の予定等については、ツイッターを御覧頂ければ幸いです。

ツイッター  https://twitter.com/akiba2040

 

それでは今日が、皆さんにとって素晴らしい一日でありますよう。

[2022/7/4 イライザ]

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2022年7月 2日 (土)

Those who cannot remember the past are condemned to repeat it.

Those who cannot remember the past are condemned to repeat it.

George_santayana

これは、哲学者ジョージ・サンタヤーナ(1863—1952)の言葉です。[写真は、Public Domain (https://commons.wikimedia.org/wiki/File:George_Santayana.jpg) です。]

その意味は、「過去を記憶できないものは、その過去を繰り返す運命を背負わされる」です。

この言葉を理解して頂きたいのは、ウクライナ戦争から、初めて戦争の実相をリアル・タイムで、テレビやインターネットを通して体験している皆さん、ウクライナ・ショックを受けている皆さんです。

その皆さんはウクライナの「無辜の」市民が殺され、住まいを奪われ、難民として他国に逃げなくてはならない状況を元に、戦争の即時停止とロシア軍の撤収を要求しています。

その気持に便乗して、日本も自国を守るために核武装すべきだ、軍事力を強化すべきだと主張する、安倍元総理はじめ無知かつ無責任な政治家が出てきていることを私は許せません。

日本の歴史を振り返ると、戦前の日本はまさにその軍事力強化を国是にしたのです。その結果、他国への戦争を始め、世界を相手に戦争することになり、その結果、「国」や軍部に従わざるを得なかった「日本の」無辜の国民は、塗炭の苦しみを味わうことになったのです。

その歴史からの教訓を忘れないために作られたのが、日本国憲法、平和憲法です。「こんな思いを他の誰にも繰り返してはいけない」という被爆者の叫び、「若者を戦場に送るな」という先生方の反省も貴重です。

ウクライナの悲劇を口実に、このようなかつての「日本の」過去からの教訓を無視すれば、サンタヤーナの言うように、77年前の悲劇を再度味わうことになるのです。その愚を犯しているのが、軍事費の倍増や核武装を画策・扇動している政府や政治家です。

その愚を犯させないために、私は立候補しました。皆さん、心を一つにして歴史からの教訓を生かしましょう。

 

炎暑が続いていますので、皆様、くれぐれも御自愛下さい。

 なお関連の動画は、ホームページやYouTube公式チャンネルを御覧下さい。

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それでは今日が、皆さんにとって素晴らしい一日でありますよう。

[2022/7/2 イライザ]

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