歴史

2023年1月29日 (日)

日本が壊れて行く? (2) ――「異次元」の違和感には理由(わけ)がある――

日本が壊れて行く?  (2)

――「異次元」の違和感には理由(わけ)がある――

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新年早々、1月10日に山口県周防大島沖で海上自衛隊の護衛艦「いなづま」が座礁しました。原因として、エンジンやレーダーに故障はなく、天候に問題はなかった、それに他の船舶との関連もなかったと報道されています。多くのマスコミが報じていますが、朝日のデジタル版のサイトはこちらです。

これをまとめると、事故の原因は、レーダーでは捕捉されていた浅瀬に乗組員が気付かずに、舵を切らなかったためその浅瀬に乗り上げた、ということになります。

油漏れして、かつ航行不能になったということは、スクリューが損傷したからとしか考えられません。浅瀬に乗り上げてからスクリューを逆回転させて船を止めようとしても、瞬時には止まらないということかもしれませんし、スピードもかなり出ていたのかもしれません。

専門家が現場と船を見た上で結論を出すのでしょうから、それと違っていたら訂正しますが、常識的に考えた結果を元に以下、議論を続けます。

それから10日も経たない18日、新潟海上保安部所属の巡視船「えちご」が、柏崎市の椎谷橋灯台沖1.1キロの地点で座礁しました。椎谷橋灯台が消えていたので、確認のために浅瀬に近寄ったためらしいのですが、浅瀬の水深は2メートルから4メートルで、「えちご」の喫水である5メートルより浅かったのです。また漁協関係者によると「漁船も近付かない場所」だとのことでした。これについても各種の報道がありますが、『新潟日報』の記事はこちらです。

この二つの事故が一月中に起きたのはたまたまかもしれません。でも二件とも、浅瀬に乗り上げ航行不能になったということも合わせて考えると、「偶然」で済ませて良いのかという疑問は残ります。

それは、軍拡政策とも関連があるからです。精密機器を搭載している近代的な船舶でも、浅瀬に乗り上げるという人為ミスが立て続けに起きる可能性が高いのですから、同じように最先端技術の集積である兵器の管理で人為ミスが起きてもおかしくはないからです。

以下、私の妄想であればそれに越したことはありません。また、高校時代に初めて生活をしたアメリカでの、「パール・ハーバー」の意味が余りにも大きかったための過剰反応かも知れません。とは言え、お付き合い頂ければ幸いです。

現実に戻って、岸田内閣の軍事費倍増計画の中で、トマホークという巡航ミサイルをアメリカから500発、金額にすると1500億円もかけて買う予定だそうです。トマホークは、最先端技術の集まりです。軍艦とは空と海という違いがありますし、巡視艇との違いはトマホークが武器だという点でしょう。でも、所詮は人間の作った機械です。

今回の、自衛艦と巡視艇の座礁が人為ミスによって起きたように、トマホークの発射についても人為ミスが起きないとは言えないことが問題です。「偶然」一か月の間に二つの座礁事故が起きたのですから、「偶然」トマホークの人為的発射事故が起きるかもしれないではありませんか。

「敵基地攻撃能力」という大看板までぶら下げることになる我が国からのミサイルは、命中または落下した国からは当然先制攻撃と見なされ、戦争が始まるでしょう。

「そんなことはあり得ない」と断言したいのですが、我が国の歴史を振り返ると躊躇せざるを得なくなります。人為ミスが元で、日本という国だけではなく日本人に対して「最悪のレベルの卑劣な国家・民族・国民」という烙印が押され、80年以上その烙印が生き続けているからです。それは、日本が正に「敵基地」である真珠湾の基地を攻撃した時から始まっています。

この攻撃をアメリカに対して伝えた最後通告は、ホノルル時間の1941年12月7日午前8時50分にアメリカ政府に渡されたのですが、真珠湾攻撃そのものはその50分前、午前8時に始まっていたのです。つまりこれは、「宣戦布告のない卑劣な戦争を仕掛けた」ということになるのです。それに対するアメリカの反応が対日観を決定的なものにしました。(渡部昇一氏による「真珠湾攻撃・・・なぜ日本の宣戦布告が遅れたのか?」による)

ルーズベルト大統領は、「私は議会に対し、一九四一年十二月七日、日曜日に日本によって行なわれた不当かつ卑劣な攻撃以来、合衆国と日本帝国は戦争状態にあることを宣言することを求める」という演説を行なったのである。

日本側の宣戦布告が遅れたのは、翻訳が遅れたとか、正式文書としてタイプするのに時間が掛かった等の説明がされていますが、「人為ミス」であることには違いがありません。

自衛艦や巡視艇が「あり得ない」くらい基本的な人為ミスで座礁するという事故が一月に二件も起きているのですから、私たちが「常識」だと考えていること、あるいは専門家たちが「あり得ない」と太鼓判を押しているようなことについても、人為ミスが元で、「あり得ない」ことが実際に起きてしまう可能性を問題にしない訳には行かないのです。だから、「異次元」の違和感なのです。

その結果として、船が損傷したとか物品が壊れたであればまだ救われるのですが、人命が失われることになったり人が苦しんだりということになると、単に「ミス」だからと言って見過ごしてはいけないことの範疇に入ってきます。次回はそんなケースを取り上げます。

 

最後に、まだ1月中ですので、今年一年が皆様にとって素晴らしい365日でありますように!

[2022/1/28 イライザ]

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2023年1月 1日 (日)

明けましておめでとうございます

明けましておめでとうございます

088

旧年中はいろいろお世話になり、有難う御座いました。本年も宜しくお願い申し上げます。

「一年の計は元旦にあり」と言われますので、今年の決意を以下、御披露します。

とは言え、私の悪い癖なのですが、何事にも理屈を付けたくなります。この言葉の起源は毛利元就が長男にあてた手紙の中にあると言われています。それは、

一年の計は春にあり

一月の計は朔(ついたち)にあり

一日の計は鶏鳴(一番鶏が鳴く早朝)にあり

です。時間的な区切りの最初に計画を立てることの大切さが述べられています。

同感です。そして、「春」から思い出すのは、ロバート・ブラウニングの詩「春の朝」です。ビクトリア朝のイギリスの詩人ですので、毛利元就より後の時代に活躍したのですが、彼の劇詩『ピッパが通る』の中の一節が有名です。

Pippa's Song

 

The year's at the spring

And day's at the morn;

Morning's at seven;

The hill-side's dew-pearled;

The lark's on the wing;

The snail's on the thorn:

God's in His heaven—

All's right with the world!

日本語訳は、上田敏による「春の朝(あした)」が有名ですし、私は日本語の詩の方が好きです。

「春の朝」(はるのあした)

 

時は春、

日は朝(あした)、

朝は七時、

片岡(かたをか)に露みちて、

揚雲雀(あげひばり)なのりいで、

蝸牛(かたつむり)枝に這ひ、

神、そらに知ろしめす。

すべて世は事も無し。

絹工場で働くピッパという少女が、一年に一度の休日の日に街を歩きながら呟く言葉ですが、その一日の意味を朝、そして7時という始まりの時に託していることが、「一年の計」と重なっています。

さて、今年の決意ですが、三つ掲げておきます。

①  8月に、広島出身初の総理大臣加藤友三郎氏の没後100年を記念するシンポジウムを開く。

② 私のこれまでの人生を振り返っての「オーラル・ヒストリー」、ならびに、開催には至らなかった「広島オリンピック」の記録を     出版する。

③ 歌の好きな人たちのグループ「昭和の歌を守る会」の活動を再開して、できればコンサートを開く。

どれもまだ準備が必要ですし、一緒に動いてくれる方々、そして本の場合には出版社が必要ですが、三つとも実現できるだろうと胸を弾ませています。

加藤友三郎氏の業績については何度もこのブログで取り上げていますが、そのうちの一つのリンクを貼り付けていますので、お読み頂ければ幸いです。

 

最後に、今年一年が、皆様にとって素晴らしい365日でありますように!

[2022/12/31 イライザ]

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2022年12月17日 (土)

独裁政治を繰り返すな 修正版

独裁政治を繰り返すな 修正版

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二月前にお知らせしたように、「面白いプロジェクトを始めていますので、ブログとツイッターはしばらく休んでいます。」という状態なのですが、でも、社会的関心が「ゼロ」になったわけではありません。

我が国にとって歴史的な日となった1216日、岸田内閣は安全保障関連3文書を閣議決定して、「戦後安全保障政策の大転換」を宣言しました。国民的議論が全く存在しない形で国の基本的な姿勢を変えてしまうことを宣言したのですから、「独裁」以外の形容詞でこの大転換を表現することはできません。

戦後の安全保障政策」を簡単にまとめると、最初の逸脱は、「国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」そして、「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない」と規定した憲法に反して、軍隊を保持したこと。

第二に、その言い訳として「専守防衛」という苦しい説明を続けてきたこと。つまり軍隊は日本という地理的な範囲から外には出さないことですが、それは「海外派遣」でいとも容易に破り捨て、最近の例を挙げると、それさえ踏みにじって「集団的自衛権」を認め「専守」を反故にしたことを挙げておきましょう。

そして、ウクライナ戦争で明らかになっているように、最近の戦争は敵国の軍事施設・民間施設を問わず、ミサイルで攻撃するのが主流になってきています。それを、取り繕うために、「敵基地」を攻撃しているのだというのが、何度もロシアの使った言い訳です。

それこそ「敵基地攻撃能力」なのですが、日本もその力を公然と使うぞと宣言したのです。つまり、ロシアのような攻撃ができるし、そうするぞと言ったのも同じです。それが今回の閣議決定です。

戦争を鼓舞する政策にはお金が掛かりますが、それを増税で賄うことになるのは好戦指向を持つ人たちにとっては当然の理屈です。税についての議論は回を改めて論じますが、今回は、政治の理非を論じる上で二つの重要な「事実」を指摘しておきます。

一つは、総理大臣が「独裁」的な行動を取った場合の決着の付け方です。19946月、自民党や新党さきがけと連立政権を樹立し、総理大臣になった村山富市氏は720日の衆議院本会議手、当時の社会党員にはほとんど相談もなく、当然、より多くの市民への説明や相談もなく、「自衛隊は憲法の認めるものだ」と断定しました。

私はこれを「独裁」的手法の一例だと考えています。総理大臣になったからといって国民的には多数の支持があった考え方を、数秒でひっくり返したのですから、そう言われても仕方がないでしょう。

そんな内閣を実現するために私も骨を折りましたので反省を込めて、その後、社会党の改革に取り組みました。詳しくは、機会を改めて説明します。

敢えて村山内閣の評価を続けると、総理大臣として、これほど大きなマイナス行動をした村山氏は、終戦後50年に当る翌1995年には、第二次世界大戦・太平洋戦争そして戦後の総括を行う「総理大臣談話」で、保守派から妥協を勝ち取り、それなりに意味のある内容に踏み込んだ文書を作っています。一方では「自衛隊合憲」と歩み寄り、もう一方では我が国の「戦争責任」について歩み寄らせたのだという解釈も可能です。この「取引」をどう評価するのかも大切ですが、岸田内閣で「総理大臣談話」に相当するものは何になりそうなのかについて、何方かに教えて頂ければ幸いです。

第二の点は「敵基地反撃能力」についての心配です。

この言葉を聞いたとき、何より先に私の頭に浮かんだのは「真珠湾攻撃」です。高校生の時にアメリカに留学して、アメリカ人の世界観の基本には、一つの国家が取り得る最悪の事例として194112月7日の日本による「真珠湾攻撃」が定着していることを何度も体で感じた経験があったからです。そしてそれは多くのアメリカ人の心の中に今でも生きています。

日本が経済的にアメリカの脅威であると恐れられていた1980年代とは違い、影の薄い我が国ではありますが、「Black Lives Matter!」と叫ばないと人権を守れないという側面も持つアメリカで、日本に対して無条件で突き付けることのできる謳い文句を与えるような施策をわざわざ声高に採用する意味も考えなくてはなりません。老人の杞憂に過ぎないことを祈りつつ。

次回は増税について取り上げます。

 

それでは今日一日が、皆様にとって素晴らしい24時間でありますように。

[2022/12/17 イライザ]

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2022年10月10日 (月)

「行動」・「現実」を表す「言葉」の重み

「行動」・「現実」を表す「言葉」の重み

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言葉と現実との関係はかなり複雑です。でも、多くの場合、「現実」あるいは「物」が先にあって、それを表現するために「言葉」が発明されています。例えば、「リンゴ」は恐らく人類が言葉を持つ前から存在していたと思われます。それを、「ミカン」とは違うものであることを示すためという理由もあり、つまり多くの理由があって名前が必要になり、人類が言葉を獲得してから「リンゴ」という名前が付けられたのでしょう。

ヘレン・ケラー女史が「水(water)」という「言葉」が、冷たい、流れる物質を指していることを理解したエピソードも、まず「現実」があり、それを表現する手段としての「言葉」がそれに付いてくるケースです。

「座り込み」についても、抗議の意味を込めた言葉としては恐らく江戸時代には使われていなかったのではないでしょうか。戦前に今のような意味で使われていたのかどうかも疑問です。借金取りが座り込む、という場合はあったかもしれません。

私の記憶では、戦後に良く報道されたストライキの際の「座り込み」を覚えていますし、被爆者たちが核実験に反対して慰霊碑の前で行う行為も「座り込み」ですが、行為が先にあり、その後に名前が付けられたような気がします。

アメリカに目を転ずると、ベトナム戦争反対運動や公民権運動などで行われた「sit-in」があります。「座り込み」はその訳語として使われていました。カウンターの椅子を占拠する行為も入りますが、これも実質的には「座り込み」と同じ抗議行動です。語源的には、1941年の学生による抗議行動の際に使われていた例があるようですし、それ以前には労働運動でも「sit-in」は使われていたようです。

つまり、この言葉は様々な形の抗議行動とともに生まれ、その内容も変わりつつ成長してきた「生きた」言葉です。人権や平和、そして正義を貫くための行動を表している点が重要です。そうした行動を忍耐と情熱を持って行ってきた人たちが、その行動を共有し広げるために、そして目標を実現するための旗印として愛し使ってきたことを忘れてはならないのです。

言葉と現実の関係では、言葉が先にあって現実がそれに付いてくる場合も当然あります。例えば、日本国憲法と政治の場合です。憲法98条は「この憲法は、国の最高法規であつて、その条規に反する法律、命令、詔勅及び国務に関するその他の行為の全部又は一部は、その効力を有しない」と明言していますので、憲法は言葉として先に存在し、政治は憲法に従う形でしか行えないのです。

「言葉の意味が大事だ、現実がそれと乖離していてはいけない」と論じる場合、その一環として憲法と政治に思いを巡らせて欲しいと考えるのは、ないものねだりなのでしょうか。個人的には、憲法に違反して行われている死刑や、存在してはいけない軍隊を論じて欲しいと願っています。そのどちらも人間の生死に直接関わることなのですから。

憲法の言葉を文字通り素直に読むとどんな結論になるのか、拙著『数学書として憲法を読む――前広島市長の憲法・天皇論――』では、「丁寧に」説明しましたので、御一読頂ければ幸いです。(とは言え、ちょっと難しいという声も聞こえてくるのですが――)

 

それでは今日一日が、皆様にとって素晴らしい24時間でありますように。

[2022/10/10 イライザ]

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2022年10月 6日 (木)

岸田総理、丁度100年前に広島出身初の総理大臣になった加藤友三郎を見習って下さい

岸田総理、丁度100年前に広島出身初の総理大臣になった加藤友三郎を見習って下さい

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丁度100年前の1922年6月に総理大臣になった加藤友三郎 (私にとって先生のような存在なのですが、敬称は略します) について、今年中に詳しい業績を書こうと考えていたのですが、「今」を逃して警鐘を鳴らしてもその効果は薄くなると思いますので、ポイントだけアップさせて頂きます。

「今」が大切なのは、岸田総理が長男の翔太郎氏(31)を政務担当の首相秘書官に登用したからです。家族で権力を独占するのは封建社会や独裁政治常套手段ですが、最近では、トランプ米大統領の娘、イヴァンカ・トランプ氏が大統領補佐官に起用されたり、北朝鮮の金正恩最高指導者の妹、金与正氏が国務委員会委員に就任していることなどが頭に浮かびます。どちらも、好感を持って受け入れられてはいないようです。

そこで我が国に戻りますが、タイトルに示したように、2005年に加藤友三郎についての短い一文を綴っていました。今回はそれをお読み頂きたいのですが、中でも大切なのは加藤師本人の言葉として伝えられている、「縁故者を重用しない」という方針です。これが家族にも当てはまることは言うまでもないでしょう。

また、内外の反対を押し切って、「軍縮」そして「緊縮財政」に貢献した生涯も是非、100年後の政治家が、特に広島に縁のある岸田総理には見習って貰いたい点です。ことによるとこの「警鐘」は遅過ぎましたかね。

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  伊藤博文以来、わが国の総理大臣経験者は、全部で56人いますが、「広島出身」で誰でも直ぐ頭に浮かぶのは、宮澤喜一そして池田勇人の両氏でしょう。「では広島出身の総理大臣は」と聞かれて、「加藤友三郎(以下敬称略)」と即答できる市民は余り多くないように思います。

  明治維新後、薩長中心の新政府が誕生し、総理大臣は山口県と鹿児島県から交替で出していた時期が続きました。その後、他の都府県生れの総理大臣も誕生しましたが、未だに、総理大臣を一度も出していない道・県が半分くらいあります。ましてや、全国に3000ほどある市町村のほとんどは、総理大臣を生んでいないのです。

  となると、数少ない総理大臣出身地の一つである広島市が、お国自慢の一つとして「加藤友三郎」ブランドをもっとPRしても良いのではないでしょうか。しかも凡庸な大臣もいる中で、加藤友三郎は名宰相の一人だったのです。

  経歴としては、広島出身者として初めての海軍大将、初の海軍大臣、そして初の総理大臣です。ただし、加藤友三郎自身は、このような枠組みで評価されることを歓迎したかどうかは分りません。それは、最近出版された田辺良平氏による好著『わが国の軍備縮小に身命を捧げた 加藤友三郎』の中に友三郎自身の言葉として次のような一節があるからです。

  「自分は有用の人物であれば同郷人であろうがあるまいが、推薦もしくは引き立てもするが、ただ同郷の人であるというのみで、特別に世話をすることは出来ぬ。自分は従来そういう主義で来ているのだから、同郷人の間での評判は定めし悪いであろうが致し方ない」

  しかし、私たちの脳裏からこの偉大な政治家の存在が薄れてしまったのは、恐らく、比治山にあった彼の銅像まで戦時中に金属回収のため供出されたことが原因だと思います。

  海軍の軍人としての加藤友三郎は、100年前の日本海海戦で東郷平八郎元帥と共にロシアのバルチック艦隊を破ったことで有名ですし、他の多くの功績も良く知られています。それ以上に評価されているのが、大臣そして総理大臣としての仕事です。

最も大切なのは、1921(大正10)にワシントンで開かれた軍縮会議において、米英日の主力艦比率を553にするという内容の合意を取りまとめ、その後、その線に沿って軍事費を削減し、健全財政を目指したことにあります。

  官僚制度そのものとも言える現在の外交とは違った時代だったのかも知れませんが、稀有の国際感覚と、自国への誇り並びに優れた現実把握能力の持ち主が、柔軟かつ果敢な決断によって、国難を救い世界的に高い評価を受けたのです。

  平和の象徴としてのヒロシマに軍縮推進の巨人、加藤友三郎のイメージが加わることで、私たちの核兵器廃絶への願いが、より説得力を増し、より多くの人に受け入れられるように思うのですが。  

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より詳しい「加藤友三郎論」は、機会を改めてアップします。それでは今日一日が、皆様にとって素晴らしい24時間でありますように。

[2022/10/6 イライザ]

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2022年9月27日 (火)

「国葬儀」とは、「棄民」政策の成れの果て

「国葬儀」とは、「棄民」政策の成れの果て

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この稿を書いているのは926日ですが、それは国連の定めた「核兵器の全面的廃絶のための国際デー」です。明日27日は安倍元総理の「国葬儀」です。今回は、この二つの日を本質的に結ぶ文書を再度紹介します。最初に紹介したのは、416日の本ブログでした。タイトルは、「無辜の民間人の命と生活 ――かつては顧みられなくて当然でした――」です。

そうなのです。「核兵器の全面的廃絶のための国際デー」と安倍元総理の「国葬儀」とをつなぐ文書は、198012月に「原爆被爆者対策基本問題懇談会」、略して「基本懇」が発表した意見報告書です。略して「基本懇答申」または「答申」と呼びます。

この答申のキー・ポイントは、

  • 戦争は国が始める。(これが大前提でないとこのような答申は書けません)
  • でも、戦争による犠牲は、国民が等しく受忍しなくてはならない。
  • ただし放射能による被害は特別だからそれなりの配慮は必要--「お情け」的福祉観。
  • しかし、一般戦災者とのバランスが大切。
  • 国には不法行為の責任や賠償責任はない。

このような、戦争肯定とその被害に対する開き直りを、恥じることなく言語化した人たちが誰だったのかも記憶し続けなくてはなりません。委員(全員故人)7人います。

茅誠司・東京大名誉教授(座長)

大河内一男・東京大名誉教授

緒方彰・NHK解説委員室顧問

久保田きぬ子・東北学院大教授

田中二郎・元最高裁判事

西村熊雄・元フランス大使

御園生圭輔・原子力安全委員会委員

茅、大河内の二人は東大の総長を務めた人たちです。日本政治を動かしてきた官僚組織・制度や日本の思考の元となる学問の世界、その他にも財界や産業界等、いわゆるエスタブリッシュメントを構成するエリートたちを育ててきた人たちです。

そのエリートたちの答申ですから、問題の多いことは当然なのですが、改めて整理しておきましょう。 

  • 国が市民の上位にあり、市民に「犠牲」を強いている。
  • 支配/被支配関係でしか人の命を捉えていない ⇒ 国民主権を否定していることになる。
  • 再度、戦争をするという前提でものを言っている--絶対に戦争をしないのであれば、何年掛かっても犠牲に対する補償はできるし、する。
  • 憲法の精神も、戦争放棄の決意も否定している。

「国」が国民をこれほど粗末に扱っている状態は、「棄民」という言葉が一番ピッタリ来るように思えます。

その上で、26日と27日の意味を考えて見ましょう。「核兵器の全面廃絶」を、命を懸けて訴えてきたのは被爆者です。被爆者援護法とは、本来であればその被爆者の訴えに耳を傾け、彼ら/彼女らの命と生活を支援するために、「国」の戦争責任を認めて、その結果生じた原爆の被害についての補償をする手段なのです。ところが、その援護法についての諮問を受けた基本懇の答申が、「受忍論」だったのです。

つまり「国」は、戦争の犠牲は国民に押し付け、責任も取らず補償もしない。国民はそれを「受忍しろ」という内容です。ただし、被爆者が亡くなったらせめて線香の一本くらいは国が立てて欲しいという被爆者の気持は、「葬祭料」という形で援護法に含まれています。でも、戦争で亡くなった一般戦災者の場合、そのような最低限の形さえないのです。

「国葬儀」とは、戦争の犠牲まで「国民」に押し付ける「国」が、これまた「国民」に押し付ける「葬儀」なのです。亡くなった方への弔意の示し方は個人によっていろいろでしょうが、「国葬儀」を断固否定しなくてはならない理由がもう一つ増えました。

[2022/9/27 イライザ]

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2022年9月26日 (月)

ベトナムでの焼身自殺

ベトナムでの焼身自殺

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ホーチンミン市にあるティック・クアン・ドックの像 

(Ngô Trung撮影・Public Domail)

首相官邸の近くで70代の男性が焼身自殺を図ったというニュースが入ってきました。国葬に抗議しての行動か、という注釈も付いていました。ネット上では「焼身自殺」を「自爆テロ」だと断定するコメントもあるようですが、私の頭に浮かんだ歴史的事実との差に、時代の変化を感じています。

この男性が仮に「国葬反対」への思い入れが強かったために焼身自殺という手段に走ったのであれば、その手段は間違っていることに気付いて欲しいものです。命を懸けてまで反対しようという思いなら、その思い実現のために取るべき他の手段がまだまだ残っています。その際の絶対条件は、人の命はもちろんですが、自分の命を捨てることも許されない行為だという人間としての基本命題です。

また、「焼身自殺」を「自爆テロ」だと断定するのも意味不明ですが、この点については、「カミカゼ」についての日本国外での認識の違いと合わせて、別の機会に論じます。

今回は「私の頭に浮かんだ歴史的事実」です。それは、1963611日に、ベトナムの僧侶、ティック・クアン・ドック師が、当時の南ベトナムのゴ・ディン・ジエム政権による仏教徒弾圧に抗議して、カンボジア大使館前で自らガソリンをかぶって焼身自殺したことです。詳細はWikiwandの記事をお読み頂きたいのですが、この事件が結果としてジエム政権を倒し、ベトナム戦争を経てベトナム独立へとつながったことは、私たちの世代では共有されています。

なぜそれほど大きな結果につながったのかという問には、二つの答があります。一つは、ジャーナリストのマルコム・ブラウンの撮った写真が世界中に衝撃を与えたことです。もう一つは、ゴ・ディン・ジエムの弟の妻であったマダム・ヌーが、この焼身自殺を「あんなのは単なる人間バーベキューよ」だと言ったことが世界的に顰蹙を買ったという事実です。

私たちの世代の人間が仮に「焼身自殺」と聞いたときに、「自爆テロ」を思い浮かべることはまずないと思いますが、若い世代の人たちの中には歴史を良く知らない人もいるでしょうから、その違いは「時代の変化」だと考えることも可能です。

私は、ベトナムの事件のように、宗教的な対立があり同時に宗教的な確信のある場合でも、改めて「焼身自殺」は否定しなくてはならないと信じていますが、歴史的事実としてこのような出来事があったことは、知っていて貰いたいのです。

 

それでは今日一日が、皆さんにとって素晴らしい24時間でありますよう。

[2022/9/26 イライザ]

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2022年9月 3日 (土)

ラウン博士とチャゾフ博士

ラウン博士とチャゾフ博士

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IPPNWとは、核戦争防止国際医師会議(かくせんそうぼうしこくさいいしかいぎ、International Physicians for the Prevention of Nuclear War: IPPNW)の略称です。

Wikiwandによると、

核戦争を医療関係者の立場から防止する活動を行うための国際組織で、1980年に設立された。本部はモールデン (マサチューセッツ州)。各国に支部があり、日本支部の事務局は広島県医師会内にある。

米国のバーナード・ラウンとソ連のエーゲニィー・チャゾフが提唱した。1981年以来、現在は隔年で世界会議と地域会議を開催している。83カ国、約20万の医師が参加している。1985年にノーベル平和賞を受賞。2012年の20回目の世界大会は、23年ぶりに日本で開催された。

この世界大会で、私は講演をしたのですが、その際に簡単に述べたことが今回のテーマです。それは、アメリカのレーガン大統領とソ連のゴルバチョフ書記長が、米ソの「冷戦」という世界を覆っていた大きな枠組み変えた背景です。レーガン・ゴルバチョフ・チームは、(1) 核兵器廃絶のために協力し、そして(2) 冷戦終結のためにも協力しました。お二人がこれほど大きな仕事を達成できたのは、ラウン博士とチャゾフ博士の力が大きかったのではないか、ということなのです。

その前に、あまり知られていない事実ですので、復習しておくと、レーガン大統領とゴルバチョフ書記長は1986年のレイキャビック・サミットで、核兵器の全廃に合意していたのです。

その時の議事録です。

レーガン大統領:「どうだろう、これができれば素晴らしいのだが、私たちの考えているのは、5年毎の期限が2度終了するまでに、爆弾、戦場システム、巡航ミサイル、潜水艦兵器、中距離ミサイルシステムや核爆発装置を全廃するということなのではないか。」

ゴルバチョフ書記長:「そうだな。では、全ての兵器をリストアップしてみてはどうだろう」

シュルツ米国務長官:「すぐ取り掛かりましょう」

レーガン:「仮に私たちが考えている10年間という期限の終了時に核兵器を全廃しようという合意ができれば、その合意をジュネーブの代表団に託し、条約を起草させましょう。そうすれば、あなたが米国を訪問する際にその条約に署名することができる。」

残念なことに、この合意は軍産複合体や官僚組織の抵抗にあって実現しませんでしたが、冷戦の時代にこのように驚異的な合意が行われたこと自体奇跡です。

その背後には、ラウン、チャゾフ両博士がいたというのが今回、強調したいことなのです。このお二人に共通しているのは、専門が心臓外科であること、そして、ラウン博士はレーガン大統領の、そしてチャゾフ博士はゴルバチョフ書記長の主治医だったことです。

仮に以下の私の推測が事実だったとしても、お二人はそれを公言しないでしょうしそれを知っている周りの皆さんも沈黙に徹することは御理解頂けると思いますが、このお二人が、両首脳に対して大きな影響力を持っていたとしても不思議ではありません。

どのような形でその影響力を行使したのか想像でしかありませんが、核兵器や核戦争についての正確かつ人道的な情報を提供したとしても不思議ではありません。

しかし、もしこれが事実だとしても、別の問題も生じます。仮に、為政者に対する個人的な影響力を持つ人が、その力を邪な目的のために悪用する可能性が出てくるからです。

幸いなことに、ラウン、チャゾフ両博士の医学に対するコミットメント、そして人類を核の脅威から救いたいという強い思いと実行力は疑う余地がありません。専門を生かして、専門家だからこそ、「核戦争による犠牲は医学では救えない。だから核兵器を廃絶しなくてはならないのだ」と主張したお二人にも、そしてゴルバチョフとレーガン両首脳にも感謝の意を表したいと思います。

  

台風11号がますます心配です。コロナについてもまだまだ油断はできません。そして、医療関係者や行政の皆様等、現場で頑張って下さっている皆様に心からの感謝を捧げます。さらに、私たち自身、感染しないよう努力しましょう。

 それでは今日一日が、皆さんにとって素晴らしい24時間でありますよう。

[2022/9/3 イライザ]

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2022年8月28日 (日)

NPT再検討会議で最終文書不採択

NPT再検討会議で最終文書不採択

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「機能不全に陥っている日本の政治・岸田内閣」をシリーズで取り上げています。第2回は、「詭弁」と「強弁」の実例を検証しました。特に、官僚や政治家が常習的に操る「標準的嘘」を念頭に置くことの大切さを強調した積りです。

今回は、そのシリーズの「特別編」と言っても良い、NPT (核不拡散条約) 再検討会議で、最終文書が不採択になったことを取り上げます。

この会議では、全員一致で決定が行われることが決まっています。今回はロシアだけが反対して最終文書が採択されなかったことで、特に欧米諸国はロシアを非難しています。それはそうなのですが、「残念」、「落胆した」、「遺憾」と言っているだけでは核廃絶を進めることにはつながりません。どうすれば良いのか、具体的には次の機会に提案します。

ここで指摘しておきたいのは、「最終文書」の不採択は核保有国にとっては痛くも痒くもないこと、そしてロシア非難によって私たちの目を眩ませている結果になっていることです。

そのために、NPT再検討会議の歴史を振り返っておきましょう。

1995年--NPTを無期限延長

2000年--「核兵器の完全廃絶を達成するという核兵器国の明確な約束」が盛り込まれた

2005年--最終文書採択されず

2010年--2000年の「明確な約束」の再確認、核兵器のもたらす人類への壊滅的破壊、「核兵器禁止条約」「期限」等への言及があった

2015年--最終文書採択されず

2000年と2015年の「明確な約束」は、画期的な表現ですし、2000年には大きな拍手で迎えられました。問題は、にもかかわらず、何も起こらなかったことです。

2015年の再検討会議の結果を総括しておくと、①最終文書は採択できなかった。②その最大の理由は中東、特にイスラエルだった。しかも③2010年に採択された最終文書はこの5年間無視された。という3点が重要です。ロシアはどこにも出てきませんが、2022年は、ロシア一色です。

NPT再検討会議で最終文書が採択されない最大の障害は、「満場一致」方式です。これは元々、「P5」と呼ばれる核保有五か国の利権を守るために採用されたのですが、その他の核保有国にとっても、「核保有」を継続するために「役立って」います。

とは言っても、2010年はアメリカの努力で最終文書が採択されました。それを「成功」と呼んでも間違いではありません。しかし、2015年はオバマ政権が保守派に乗っ取られたため結果が出せなかったという結果になっています。最終文書が採択されてもそれが次の結果につながるのかという実質を冷静に見守る必要があります。

その視点から、NPTにおいて最重要なのは第6条だと言っても過言ではありません。それは、次の「誠実交渉義務」と呼ばれる義務です。

「各締約国は、核軍備競争の早期の停止及び核軍備の縮小に関する効果的な措置につき、並びに厳重かつ効果的な国際管理の下における全面的かつ完全な軍備縮小に関する条約について、誠実に交渉を行うことを約束する」

簡単にまとめると、2017年に国連で採択され2021年に発効した「核兵器禁止条約」(TPNWと略)のような条約を作るために、全ての締約国は誠実に交渉する義務を負う、という意味です。

核保有国はこの6条を全く無視し続けてきました。その結果、マーシャル諸島共和国は2014年に、核保有国を「NPT6条の義務履行違反」の廉で、国際司法裁判所に提訴しました。管轄権の問題でこの提訴は却下されましたが、国際社会は努力を続け、2017年には、国連総会が、多数決でTPNWを採択しました。

しかし、核保有国も、日本をはじめとする各依存国もTPNWの交渉に反対しました。これは明確にNPT6条違反です。さらに、未だにNPTの署名も批准も行っていないことが大問題であることも指摘するまでもない点でしょう。

その文脈で、NPT検討会議の最終文書不採択についての岸田総理の言葉を読むと、岸田内閣・日本政府の「不誠実さ」が炙り出されてしまいます。

NPTを維持、強化して行くことこそが核軍縮に向けた唯一の現実的取り組みである。

つまり、日本政府は、被爆者や市民が「悲願」として掲げてきた「核廃絶」ではなく、「核軍縮」が目標であり、NPTの「維持強化」の中には6条の遵守が入っていないことを認めていなければ、こんなことは言えないはずなのです。「核兵器禁止条約」に反対していることには頬かむり、NPTにだけ焦点を合わせているのは、核保有や使用を容認していることと同義です。

もっともその不誠実さと、核保有5か国が今年13日にわざわざ、「核戦争は決して起こしてはならない」、「自分たちの核はどの国に向けられてもいない」等の趣旨を盛り込んだ共同声明を出しながら、ロシアの核脅迫に際しては、「共同声明違反だ」という声を上げていない事実とを比べると、どちらの方が罪深いのか判断に迷います。

こう見てくると、NPT再検討会議における最終文書不採択は、それなりに見通せた範囲にあることもお分り頂けたと思います。しかし、NPT再検討会議の意義はそれだけではありません。この一月、世界の多くの市民と政府、そして多くのマスコミも核保有国の言動に注目してきました。それは、核保有国に対する大きなプレッシャーになっています。

NPT再検討会議が終わった今、私たち市民社会がどのような形でこのプレッシャーを核保有国に対して与え続けられるのか、考えるのも大切です。もう一点付け加えれば、「今になって」考えるのではなく、2015年のNPT再検討会議が終ってからすぐに、考え始めてしかるべきことだったのです。グッド・ニュースはその通りに考えてきた人やグループも存在することです。その人たちやグループは、非核保有国内だけではなく、核保有国の中にも大勢いる事実も重要です。この点については再度論じます。

 

コロナについてもまだまだ油断はできません。皆様、くれぐれも御自愛下さい。

それでは今日一日が、皆さんにとって素晴らしい24時間でありますよう。

[2022/8/28 イライザ]

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2022年8月27日 (土)

詭弁と強弁の常習犯 ――機能不全に陥っている日本の政治・岸田内閣 (2)――

詭弁と強弁の常習犯

――機能不全に陥っている日本の政治・岸田内閣 (2)――

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「機能不全に陥っている日本の政治・岸田内閣」を取り上げています。第一回は、1953年の国会予算委員会での吉田茂総理の「バカヤロ―」発言を取り上げました。

そして、昨日は「巨大キュウリの収穫」でしたので、一見関係はないように思われた方がいらしたかもしれませんが、未来への希望をつなぐために大切なメッセージがあったのです。それは、何回か先に。

今回は、機能不全の一つであるのと同時に、その原因にもなっている「詭弁」と「強弁」の実例を検証します。安倍元総理が使った、とは言えそれは官僚の「知恵」だったことが明瞭な例と、その30年も前1993年の官僚答弁とに共通している、「標準的嘘」を確認します。

私たちが、このような「標準的嘘」に精通していることを官僚や政治家に示すことが大切なのは、嘘をつく側の一部の人にとっては、「この嘘は、もう主権者である国民に十分、嘘だと分っている」という事実を自覚させることで、中には「もう嘘はつけない」と観念する人が出てくる可能性があるからです。

まず、御紹介するのは、2020217日の衆議院予算委員会での、辻元清美議員と安倍総理のやり取りです。Litera誌の電子版からの引用です。

安倍前首相からヤジを浴びせられた辻元議員は、5日後の同月17日、再び質疑に立つと、「前夜祭」の会場として使用されたANAインターコンチネンタルに問い合わせて得られた回答文書を安倍前首相に突きつけた。安倍前首相はそれまで「明細書は受け取っていない」などと主張してきたが、辻元議員への回答のなかでANAインターコンチ側は過去7年間で明細書を発行しなかったケースは「ない」とし、「宴会代金を主催者ではなく参加者一人ひとりから会費形式で受け取ることはあるか」という質問にも「代金は主催者からまとめてお支払いいただきます」と明言したのだ。

 その後、安倍事務所がANA側に確認した結果として「辻元議員にはあくまで一般論でお答えしたものであり、個別の案件については、営業の秘密にかかわるため、回答には含まれていない」と答弁、「私がここで話しているのが全日空側とのやりとりの真実だ」と主張して、「ANAの回答を書面で出せ」という野党の要求にも「信じていただけないということになれば、そもそも予算委員会(の質疑)が成立しない」「すでにコミュニケーションがみなさんとは成り立たない」とまで口にした。

 しかし、なんとこの「やりとりの真実」だと言っていた答弁も「真っ赤な嘘」「捏造」だった。複数のメディアがANAに取材したところ、「直接(首相側と)話をした者が『一般論として答えた』という説明をしたが、例外があったとはお答えしていない。私共が『個別の案件については、営業の秘密にかかわるため回答に含まれていない』と申し上げた事実はない」(毎日新聞218日付)と回答したのだ。

 後半部分も興味深いのですが、問題は前半です。「ANAインターコンチ側は過去7年間で明細書を発行しなかったケースは「ない」」と言っているのです。それに対して、安倍元総理は、休憩を挟んで(ということは官僚が悪知恵を元総理につけたのでしょう)、辻元議員の指摘した事実は「一般論」であり、「個別の案件」については当て嵌まらないという答弁をしています。

約30年前の201347日に、私の質問に対して文部科学省が全く同じ理屈での「嘘」をついています。拙著『数学書として憲法を読む――前広島市長の憲法・天皇論――』の235ページからです。

 《何も変えずに少人数教育を実現する》

次は改組前の文部省です。群馬大学だったと思いますが、新たな教育制度を採用する、その目玉になるのは少人数教育だという案件でした。つまり、大学の一つ一つの授業は今までより少人数で行うというのです。そのためには、先生の数を増やすか、先生の授業担当時間を増やすか、学生の総数を減らすか、取得単位数を減らすことが必要になります。

(秋葉) この内のどれを変えることで、少人数教育を行う積りなのか。

(官僚) 先生御指摘のように、一般論としてはその通りでございます。しかし、本案件の場合には、現状のまま、何も変えずに少人数教育が実現できる見通しでございます。

つまり、今までと全く同じ学生数で、教授の数も授業時間も増やさず、学生の取得単位数も変えずに、一クラス当りの学生数だけが減るというのが答でした。結局、30分も掛って、しかも、先輩議員たちが良く使う「これでは質問が続けられない」という最後通牒を突き付けて、ようやく、教授の数は増やさなくてはいけない、また授業時間が増える場合もあるということを認めさせました。

当然のことですが、ここに上げた3例のどれを取っても、なぜこんな分りきった嘘の答弁を官僚たちがするのか理解できませんでした。しかし、それは、真実よりも論理よりも個人の良心よりも、官僚たちの主張は絶対的であるという大前提があるからなのではないかと思います。

官僚の世界では、このような形で国会やマスコミに対して「嘘」をつく上での「有効な」ノウハウがマニュアルのような形で共有されているとでも考えないと、常習犯として、官僚たちが同じパターンの詭弁や強弁を繰り返している理由が説明できません。

なかなか、岸田内閣に辿り着きませんが、安倍内閣の「成果」の上に立っていることが歴然としている存在ですので、今回の事例も十分に岸田内閣の批判になっているはずです。

 

コロナについてもまだまだ油断はできません。皆様、くれぐれも御自愛下さい。

 それでは今日一日が、皆さんにとって素晴らしい24時間でありますよう。

[2022/8/27 イライザ]

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