歴史

2022年10月 6日 (木)

岸田総理、丁度100年前に広島出身初の総理大臣になった加藤友三郎を見習って下さい

岸田総理、丁度100年前に広島出身初の総理大臣になった加藤友三郎を見習って下さい

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丁度100年前の1922年6月に総理大臣になった加藤友三郎 (私にとって先生のような存在なのですが、敬称は略します) について、今年中に詳しい業績を書こうと考えていたのですが、「今」を逃して警鐘を鳴らしてもその効果は薄くなると思いますので、ポイントだけアップさせて頂きます。

「今」が大切なのは、岸田総理が長男の翔太郎氏(31)を政務担当の首相秘書官に登用したからです。家族で権力を独占するのは封建社会や独裁政治常套手段ですが、最近では、トランプ米大統領の娘、イヴァンカ・トランプ氏が大統領補佐官に起用されたり、北朝鮮の金正恩最高指導者の妹、金与正氏が国務委員会委員に就任していることなどが頭に浮かびます。どちらも、好感を持って受け入れられてはいないようです。

そこで我が国に戻りますが、タイトルに示したように、2005年に加藤友三郎についての短い一文を綴っていました。今回はそれをお読み頂きたいのですが、中でも大切なのは加藤師本人の言葉として伝えられている、「縁故者を重用しない」という方針です。これが家族にも当てはまることは言うまでもないでしょう。

また、内外の反対を押し切って、「軍縮」そして「緊縮財政」に貢献した生涯も是非、100年後の政治家が、特に広島に縁のある岸田総理には見習って貰いたい点です。ことによるとこの「警鐘」は遅過ぎましたかね。

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  伊藤博文以来、わが国の総理大臣経験者は、全部で56人いますが、「広島出身」で誰でも直ぐ頭に浮かぶのは、宮澤喜一そして池田勇人の両氏でしょう。「では広島出身の総理大臣は」と聞かれて、「加藤友三郎(以下敬称略)」と即答できる市民は余り多くないように思います。

  明治維新後、薩長中心の新政府が誕生し、総理大臣は山口県と鹿児島県から交替で出していた時期が続きました。その後、他の都府県生れの総理大臣も誕生しましたが、未だに、総理大臣を一度も出していない道・県が半分くらいあります。ましてや、全国に3000ほどある市町村のほとんどは、総理大臣を生んでいないのです。

  となると、数少ない総理大臣出身地の一つである広島市が、お国自慢の一つとして「加藤友三郎」ブランドをもっとPRしても良いのではないでしょうか。しかも凡庸な大臣もいる中で、加藤友三郎は名宰相の一人だったのです。

  経歴としては、広島出身者として初めての海軍大将、初の海軍大臣、そして初の総理大臣です。ただし、加藤友三郎自身は、このような枠組みで評価されることを歓迎したかどうかは分りません。それは、最近出版された田辺良平氏による好著『わが国の軍備縮小に身命を捧げた 加藤友三郎』の中に友三郎自身の言葉として次のような一節があるからです。

  「自分は有用の人物であれば同郷人であろうがあるまいが、推薦もしくは引き立てもするが、ただ同郷の人であるというのみで、特別に世話をすることは出来ぬ。自分は従来そういう主義で来ているのだから、同郷人の間での評判は定めし悪いであろうが致し方ない」

  しかし、私たちの脳裏からこの偉大な政治家の存在が薄れてしまったのは、恐らく、比治山にあった彼の銅像まで戦時中に金属回収のため供出されたことが原因だと思います。

  海軍の軍人としての加藤友三郎は、100年前の日本海海戦で東郷平八郎元帥と共にロシアのバルチック艦隊を破ったことで有名ですし、他の多くの功績も良く知られています。それ以上に評価されているのが、大臣そして総理大臣としての仕事です。

最も大切なのは、1921(大正10)にワシントンで開かれた軍縮会議において、米英日の主力艦比率を553にするという内容の合意を取りまとめ、その後、その線に沿って軍事費を削減し、健全財政を目指したことにあります。

  官僚制度そのものとも言える現在の外交とは違った時代だったのかも知れませんが、稀有の国際感覚と、自国への誇り並びに優れた現実把握能力の持ち主が、柔軟かつ果敢な決断によって、国難を救い世界的に高い評価を受けたのです。

  平和の象徴としてのヒロシマに軍縮推進の巨人、加藤友三郎のイメージが加わることで、私たちの核兵器廃絶への願いが、より説得力を増し、より多くの人に受け入れられるように思うのですが。  

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より詳しい「加藤友三郎論」は、機会を改めてアップします。それでは今日一日が、皆様にとって素晴らしい24時間でありますように。

[2022/10/6 イライザ]

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2022年9月27日 (火)

「国葬儀」とは、「棄民」政策の成れの果て

「国葬儀」とは、「棄民」政策の成れの果て

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この稿を書いているのは926日ですが、それは国連の定めた「核兵器の全面的廃絶のための国際デー」です。明日27日は安倍元総理の「国葬儀」です。今回は、この二つの日を本質的に結ぶ文書を再度紹介します。最初に紹介したのは、416日の本ブログでした。タイトルは、「無辜の民間人の命と生活 ――かつては顧みられなくて当然でした――」です。

そうなのです。「核兵器の全面的廃絶のための国際デー」と安倍元総理の「国葬儀」とをつなぐ文書は、198012月に「原爆被爆者対策基本問題懇談会」、略して「基本懇」が発表した意見報告書です。略して「基本懇答申」または「答申」と呼びます。

この答申のキー・ポイントは、

  • 戦争は国が始める。(これが大前提でないとこのような答申は書けません)
  • でも、戦争による犠牲は、国民が等しく受忍しなくてはならない。
  • ただし放射能による被害は特別だからそれなりの配慮は必要--「お情け」的福祉観。
  • しかし、一般戦災者とのバランスが大切。
  • 国には不法行為の責任や賠償責任はない。

このような、戦争肯定とその被害に対する開き直りを、恥じることなく言語化した人たちが誰だったのかも記憶し続けなくてはなりません。委員(全員故人)7人います。

茅誠司・東京大名誉教授(座長)

大河内一男・東京大名誉教授

緒方彰・NHK解説委員室顧問

久保田きぬ子・東北学院大教授

田中二郎・元最高裁判事

西村熊雄・元フランス大使

御園生圭輔・原子力安全委員会委員

茅、大河内の二人は東大の総長を務めた人たちです。日本政治を動かしてきた官僚組織・制度や日本の思考の元となる学問の世界、その他にも財界や産業界等、いわゆるエスタブリッシュメントを構成するエリートたちを育ててきた人たちです。

そのエリートたちの答申ですから、問題の多いことは当然なのですが、改めて整理しておきましょう。 

  • 国が市民の上位にあり、市民に「犠牲」を強いている。
  • 支配/被支配関係でしか人の命を捉えていない ⇒ 国民主権を否定していることになる。
  • 再度、戦争をするという前提でものを言っている--絶対に戦争をしないのであれば、何年掛かっても犠牲に対する補償はできるし、する。
  • 憲法の精神も、戦争放棄の決意も否定している。

「国」が国民をこれほど粗末に扱っている状態は、「棄民」という言葉が一番ピッタリ来るように思えます。

その上で、26日と27日の意味を考えて見ましょう。「核兵器の全面廃絶」を、命を懸けて訴えてきたのは被爆者です。被爆者援護法とは、本来であればその被爆者の訴えに耳を傾け、彼ら/彼女らの命と生活を支援するために、「国」の戦争責任を認めて、その結果生じた原爆の被害についての補償をする手段なのです。ところが、その援護法についての諮問を受けた基本懇の答申が、「受忍論」だったのです。

つまり「国」は、戦争の犠牲は国民に押し付け、責任も取らず補償もしない。国民はそれを「受忍しろ」という内容です。ただし、被爆者が亡くなったらせめて線香の一本くらいは国が立てて欲しいという被爆者の気持は、「葬祭料」という形で援護法に含まれています。でも、戦争で亡くなった一般戦災者の場合、そのような最低限の形さえないのです。

「国葬儀」とは、戦争の犠牲まで「国民」に押し付ける「国」が、これまた「国民」に押し付ける「葬儀」なのです。亡くなった方への弔意の示し方は個人によっていろいろでしょうが、「国葬儀」を断固否定しなくてはならない理由がもう一つ増えました。

[2022/9/27 イライザ]

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2022年9月26日 (月)

ベトナムでの焼身自殺

ベトナムでの焼身自殺

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ホーチンミン市にあるティック・クアン・ドックの像 

(Ngô Trung撮影・Public Domail)

首相官邸の近くで70代の男性が焼身自殺を図ったというニュースが入ってきました。国葬に抗議しての行動か、という注釈も付いていました。ネット上では「焼身自殺」を「自爆テロ」だと断定するコメントもあるようですが、私の頭に浮かんだ歴史的事実との差に、時代の変化を感じています。

この男性が仮に「国葬反対」への思い入れが強かったために焼身自殺という手段に走ったのであれば、その手段は間違っていることに気付いて欲しいものです。命を懸けてまで反対しようという思いなら、その思い実現のために取るべき他の手段がまだまだ残っています。その際の絶対条件は、人の命はもちろんですが、自分の命を捨てることも許されない行為だという人間としての基本命題です。

また、「焼身自殺」を「自爆テロ」だと断定するのも意味不明ですが、この点については、「カミカゼ」についての日本国外での認識の違いと合わせて、別の機会に論じます。

今回は「私の頭に浮かんだ歴史的事実」です。それは、1963611日に、ベトナムの僧侶、ティック・クアン・ドック師が、当時の南ベトナムのゴ・ディン・ジエム政権による仏教徒弾圧に抗議して、カンボジア大使館前で自らガソリンをかぶって焼身自殺したことです。詳細はWikiwandの記事をお読み頂きたいのですが、この事件が結果としてジエム政権を倒し、ベトナム戦争を経てベトナム独立へとつながったことは、私たちの世代では共有されています。

なぜそれほど大きな結果につながったのかという問には、二つの答があります。一つは、ジャーナリストのマルコム・ブラウンの撮った写真が世界中に衝撃を与えたことです。もう一つは、ゴ・ディン・ジエムの弟の妻であったマダム・ヌーが、この焼身自殺を「あんなのは単なる人間バーベキューよ」だと言ったことが世界的に顰蹙を買ったという事実です。

私たちの世代の人間が仮に「焼身自殺」と聞いたときに、「自爆テロ」を思い浮かべることはまずないと思いますが、若い世代の人たちの中には歴史を良く知らない人もいるでしょうから、その違いは「時代の変化」だと考えることも可能です。

私は、ベトナムの事件のように、宗教的な対立があり同時に宗教的な確信のある場合でも、改めて「焼身自殺」は否定しなくてはならないと信じていますが、歴史的事実としてこのような出来事があったことは、知っていて貰いたいのです。

 

それでは今日一日が、皆さんにとって素晴らしい24時間でありますよう。

[2022/9/26 イライザ]

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2022年9月 3日 (土)

ラウン博士とチャゾフ博士

ラウン博士とチャゾフ博士

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IPPNWとは、核戦争防止国際医師会議(かくせんそうぼうしこくさいいしかいぎ、International Physicians for the Prevention of Nuclear War: IPPNW)の略称です。

Wikiwandによると、

核戦争を医療関係者の立場から防止する活動を行うための国際組織で、1980年に設立された。本部はモールデン (マサチューセッツ州)。各国に支部があり、日本支部の事務局は広島県医師会内にある。

米国のバーナード・ラウンとソ連のエーゲニィー・チャゾフが提唱した。1981年以来、現在は隔年で世界会議と地域会議を開催している。83カ国、約20万の医師が参加している。1985年にノーベル平和賞を受賞。2012年の20回目の世界大会は、23年ぶりに日本で開催された。

この世界大会で、私は講演をしたのですが、その際に簡単に述べたことが今回のテーマです。それは、アメリカのレーガン大統領とソ連のゴルバチョフ書記長が、米ソの「冷戦」という世界を覆っていた大きな枠組み変えた背景です。レーガン・ゴルバチョフ・チームは、(1) 核兵器廃絶のために協力し、そして(2) 冷戦終結のためにも協力しました。お二人がこれほど大きな仕事を達成できたのは、ラウン博士とチャゾフ博士の力が大きかったのではないか、ということなのです。

その前に、あまり知られていない事実ですので、復習しておくと、レーガン大統領とゴルバチョフ書記長は1986年のレイキャビック・サミットで、核兵器の全廃に合意していたのです。

その時の議事録です。

レーガン大統領:「どうだろう、これができれば素晴らしいのだが、私たちの考えているのは、5年毎の期限が2度終了するまでに、爆弾、戦場システム、巡航ミサイル、潜水艦兵器、中距離ミサイルシステムや核爆発装置を全廃するということなのではないか。」

ゴルバチョフ書記長:「そうだな。では、全ての兵器をリストアップしてみてはどうだろう」

シュルツ米国務長官:「すぐ取り掛かりましょう」

レーガン:「仮に私たちが考えている10年間という期限の終了時に核兵器を全廃しようという合意ができれば、その合意をジュネーブの代表団に託し、条約を起草させましょう。そうすれば、あなたが米国を訪問する際にその条約に署名することができる。」

残念なことに、この合意は軍産複合体や官僚組織の抵抗にあって実現しませんでしたが、冷戦の時代にこのように驚異的な合意が行われたこと自体奇跡です。

その背後には、ラウン、チャゾフ両博士がいたというのが今回、強調したいことなのです。このお二人に共通しているのは、専門が心臓外科であること、そして、ラウン博士はレーガン大統領の、そしてチャゾフ博士はゴルバチョフ書記長の主治医だったことです。

仮に以下の私の推測が事実だったとしても、お二人はそれを公言しないでしょうしそれを知っている周りの皆さんも沈黙に徹することは御理解頂けると思いますが、このお二人が、両首脳に対して大きな影響力を持っていたとしても不思議ではありません。

どのような形でその影響力を行使したのか想像でしかありませんが、核兵器や核戦争についての正確かつ人道的な情報を提供したとしても不思議ではありません。

しかし、もしこれが事実だとしても、別の問題も生じます。仮に、為政者に対する個人的な影響力を持つ人が、その力を邪な目的のために悪用する可能性が出てくるからです。

幸いなことに、ラウン、チャゾフ両博士の医学に対するコミットメント、そして人類を核の脅威から救いたいという強い思いと実行力は疑う余地がありません。専門を生かして、専門家だからこそ、「核戦争による犠牲は医学では救えない。だから核兵器を廃絶しなくてはならないのだ」と主張したお二人にも、そしてゴルバチョフとレーガン両首脳にも感謝の意を表したいと思います。

  

台風11号がますます心配です。コロナについてもまだまだ油断はできません。そして、医療関係者や行政の皆様等、現場で頑張って下さっている皆様に心からの感謝を捧げます。さらに、私たち自身、感染しないよう努力しましょう。

 それでは今日一日が、皆さんにとって素晴らしい24時間でありますよう。

[2022/9/3 イライザ]

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2022年8月28日 (日)

NPT再検討会議で最終文書不採択

NPT再検討会議で最終文書不採択

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「機能不全に陥っている日本の政治・岸田内閣」をシリーズで取り上げています。第2回は、「詭弁」と「強弁」の実例を検証しました。特に、官僚や政治家が常習的に操る「標準的嘘」を念頭に置くことの大切さを強調した積りです。

今回は、そのシリーズの「特別編」と言っても良い、NPT (核不拡散条約) 再検討会議で、最終文書が不採択になったことを取り上げます。

この会議では、全員一致で決定が行われることが決まっています。今回はロシアだけが反対して最終文書が採択されなかったことで、特に欧米諸国はロシアを非難しています。それはそうなのですが、「残念」、「落胆した」、「遺憾」と言っているだけでは核廃絶を進めることにはつながりません。どうすれば良いのか、具体的には次の機会に提案します。

ここで指摘しておきたいのは、「最終文書」の不採択は核保有国にとっては痛くも痒くもないこと、そしてロシア非難によって私たちの目を眩ませている結果になっていることです。

そのために、NPT再検討会議の歴史を振り返っておきましょう。

1995年--NPTを無期限延長

2000年--「核兵器の完全廃絶を達成するという核兵器国の明確な約束」が盛り込まれた

2005年--最終文書採択されず

2010年--2000年の「明確な約束」の再確認、核兵器のもたらす人類への壊滅的破壊、「核兵器禁止条約」「期限」等への言及があった

2015年--最終文書採択されず

2000年と2015年の「明確な約束」は、画期的な表現ですし、2000年には大きな拍手で迎えられました。問題は、にもかかわらず、何も起こらなかったことです。

2015年の再検討会議の結果を総括しておくと、①最終文書は採択できなかった。②その最大の理由は中東、特にイスラエルだった。しかも③2010年に採択された最終文書はこの5年間無視された。という3点が重要です。ロシアはどこにも出てきませんが、2022年は、ロシア一色です。

NPT再検討会議で最終文書が採択されない最大の障害は、「満場一致」方式です。これは元々、「P5」と呼ばれる核保有五か国の利権を守るために採用されたのですが、その他の核保有国にとっても、「核保有」を継続するために「役立って」います。

とは言っても、2010年はアメリカの努力で最終文書が採択されました。それを「成功」と呼んでも間違いではありません。しかし、2015年はオバマ政権が保守派に乗っ取られたため結果が出せなかったという結果になっています。最終文書が採択されてもそれが次の結果につながるのかという実質を冷静に見守る必要があります。

その視点から、NPTにおいて最重要なのは第6条だと言っても過言ではありません。それは、次の「誠実交渉義務」と呼ばれる義務です。

「各締約国は、核軍備競争の早期の停止及び核軍備の縮小に関する効果的な措置につき、並びに厳重かつ効果的な国際管理の下における全面的かつ完全な軍備縮小に関する条約について、誠実に交渉を行うことを約束する」

簡単にまとめると、2017年に国連で採択され2021年に発効した「核兵器禁止条約」(TPNWと略)のような条約を作るために、全ての締約国は誠実に交渉する義務を負う、という意味です。

核保有国はこの6条を全く無視し続けてきました。その結果、マーシャル諸島共和国は2014年に、核保有国を「NPT6条の義務履行違反」の廉で、国際司法裁判所に提訴しました。管轄権の問題でこの提訴は却下されましたが、国際社会は努力を続け、2017年には、国連総会が、多数決でTPNWを採択しました。

しかし、核保有国も、日本をはじめとする各依存国もTPNWの交渉に反対しました。これは明確にNPT6条違反です。さらに、未だにNPTの署名も批准も行っていないことが大問題であることも指摘するまでもない点でしょう。

その文脈で、NPT検討会議の最終文書不採択についての岸田総理の言葉を読むと、岸田内閣・日本政府の「不誠実さ」が炙り出されてしまいます。

NPTを維持、強化して行くことこそが核軍縮に向けた唯一の現実的取り組みである。

つまり、日本政府は、被爆者や市民が「悲願」として掲げてきた「核廃絶」ではなく、「核軍縮」が目標であり、NPTの「維持強化」の中には6条の遵守が入っていないことを認めていなければ、こんなことは言えないはずなのです。「核兵器禁止条約」に反対していることには頬かむり、NPTにだけ焦点を合わせているのは、核保有や使用を容認していることと同義です。

もっともその不誠実さと、核保有5か国が今年13日にわざわざ、「核戦争は決して起こしてはならない」、「自分たちの核はどの国に向けられてもいない」等の趣旨を盛り込んだ共同声明を出しながら、ロシアの核脅迫に際しては、「共同声明違反だ」という声を上げていない事実とを比べると、どちらの方が罪深いのか判断に迷います。

こう見てくると、NPT再検討会議における最終文書不採択は、それなりに見通せた範囲にあることもお分り頂けたと思います。しかし、NPT再検討会議の意義はそれだけではありません。この一月、世界の多くの市民と政府、そして多くのマスコミも核保有国の言動に注目してきました。それは、核保有国に対する大きなプレッシャーになっています。

NPT再検討会議が終わった今、私たち市民社会がどのような形でこのプレッシャーを核保有国に対して与え続けられるのか、考えるのも大切です。もう一点付け加えれば、「今になって」考えるのではなく、2015年のNPT再検討会議が終ってからすぐに、考え始めてしかるべきことだったのです。グッド・ニュースはその通りに考えてきた人やグループも存在することです。その人たちやグループは、非核保有国内だけではなく、核保有国の中にも大勢いる事実も重要です。この点については再度論じます。

 

コロナについてもまだまだ油断はできません。皆様、くれぐれも御自愛下さい。

それでは今日一日が、皆さんにとって素晴らしい24時間でありますよう。

[2022/8/28 イライザ]

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2022年8月27日 (土)

詭弁と強弁の常習犯 ――機能不全に陥っている日本の政治・岸田内閣 (2)――

詭弁と強弁の常習犯

――機能不全に陥っている日本の政治・岸田内閣 (2)――

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「機能不全に陥っている日本の政治・岸田内閣」を取り上げています。第一回は、1953年の国会予算委員会での吉田茂総理の「バカヤロ―」発言を取り上げました。

そして、昨日は「巨大キュウリの収穫」でしたので、一見関係はないように思われた方がいらしたかもしれませんが、未来への希望をつなぐために大切なメッセージがあったのです。それは、何回か先に。

今回は、機能不全の一つであるのと同時に、その原因にもなっている「詭弁」と「強弁」の実例を検証します。安倍元総理が使った、とは言えそれは官僚の「知恵」だったことが明瞭な例と、その30年も前1993年の官僚答弁とに共通している、「標準的嘘」を確認します。

私たちが、このような「標準的嘘」に精通していることを官僚や政治家に示すことが大切なのは、嘘をつく側の一部の人にとっては、「この嘘は、もう主権者である国民に十分、嘘だと分っている」という事実を自覚させることで、中には「もう嘘はつけない」と観念する人が出てくる可能性があるからです。

まず、御紹介するのは、2020217日の衆議院予算委員会での、辻元清美議員と安倍総理のやり取りです。Litera誌の電子版からの引用です。

安倍前首相からヤジを浴びせられた辻元議員は、5日後の同月17日、再び質疑に立つと、「前夜祭」の会場として使用されたANAインターコンチネンタルに問い合わせて得られた回答文書を安倍前首相に突きつけた。安倍前首相はそれまで「明細書は受け取っていない」などと主張してきたが、辻元議員への回答のなかでANAインターコンチ側は過去7年間で明細書を発行しなかったケースは「ない」とし、「宴会代金を主催者ではなく参加者一人ひとりから会費形式で受け取ることはあるか」という質問にも「代金は主催者からまとめてお支払いいただきます」と明言したのだ。

 その後、安倍事務所がANA側に確認した結果として「辻元議員にはあくまで一般論でお答えしたものであり、個別の案件については、営業の秘密にかかわるため、回答には含まれていない」と答弁、「私がここで話しているのが全日空側とのやりとりの真実だ」と主張して、「ANAの回答を書面で出せ」という野党の要求にも「信じていただけないということになれば、そもそも予算委員会(の質疑)が成立しない」「すでにコミュニケーションがみなさんとは成り立たない」とまで口にした。

 しかし、なんとこの「やりとりの真実」だと言っていた答弁も「真っ赤な嘘」「捏造」だった。複数のメディアがANAに取材したところ、「直接(首相側と)話をした者が『一般論として答えた』という説明をしたが、例外があったとはお答えしていない。私共が『個別の案件については、営業の秘密にかかわるため回答に含まれていない』と申し上げた事実はない」(毎日新聞218日付)と回答したのだ。

 後半部分も興味深いのですが、問題は前半です。「ANAインターコンチ側は過去7年間で明細書を発行しなかったケースは「ない」」と言っているのです。それに対して、安倍元総理は、休憩を挟んで(ということは官僚が悪知恵を元総理につけたのでしょう)、辻元議員の指摘した事実は「一般論」であり、「個別の案件」については当て嵌まらないという答弁をしています。

約30年前の201347日に、私の質問に対して文部科学省が全く同じ理屈での「嘘」をついています。拙著『数学書として憲法を読む――前広島市長の憲法・天皇論――』の235ページからです。

 《何も変えずに少人数教育を実現する》

次は改組前の文部省です。群馬大学だったと思いますが、新たな教育制度を採用する、その目玉になるのは少人数教育だという案件でした。つまり、大学の一つ一つの授業は今までより少人数で行うというのです。そのためには、先生の数を増やすか、先生の授業担当時間を増やすか、学生の総数を減らすか、取得単位数を減らすことが必要になります。

(秋葉) この内のどれを変えることで、少人数教育を行う積りなのか。

(官僚) 先生御指摘のように、一般論としてはその通りでございます。しかし、本案件の場合には、現状のまま、何も変えずに少人数教育が実現できる見通しでございます。

つまり、今までと全く同じ学生数で、教授の数も授業時間も増やさず、学生の取得単位数も変えずに、一クラス当りの学生数だけが減るというのが答でした。結局、30分も掛って、しかも、先輩議員たちが良く使う「これでは質問が続けられない」という最後通牒を突き付けて、ようやく、教授の数は増やさなくてはいけない、また授業時間が増える場合もあるということを認めさせました。

当然のことですが、ここに上げた3例のどれを取っても、なぜこんな分りきった嘘の答弁を官僚たちがするのか理解できませんでした。しかし、それは、真実よりも論理よりも個人の良心よりも、官僚たちの主張は絶対的であるという大前提があるからなのではないかと思います。

官僚の世界では、このような形で国会やマスコミに対して「嘘」をつく上での「有効な」ノウハウがマニュアルのような形で共有されているとでも考えないと、常習犯として、官僚たちが同じパターンの詭弁や強弁を繰り返している理由が説明できません。

なかなか、岸田内閣に辿り着きませんが、安倍内閣の「成果」の上に立っていることが歴然としている存在ですので、今回の事例も十分に岸田内閣の批判になっているはずです。

 

コロナについてもまだまだ油断はできません。皆様、くれぐれも御自愛下さい。

 それでは今日一日が、皆さんにとって素晴らしい24時間でありますよう。

[2022/8/27 イライザ]

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2022年8月25日 (木)

バカヤロ―解散 ――機能不全に陥っている日本の政治・岸田内閣 (1)――

バカヤロ―解散

――機能不全に陥っている日本の政治・岸田内閣 (1)――

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吉田茂 (Public Domain)

http://www.kantei.go.jp/jp/rekidai/souri/45.html

シリーズで、「機能不全に陥っている日本の政治・岸田内閣」を取り上げます。第一回は、1953年の国会予算委員会での吉田茂総理の「バカヤロ―」発言です。

その前に、このシリーズがどんな意味を持つのかを説明しておきます。出発点は憲法の前文です。特にこの部分です。「ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。」

そして、15条では次のように述べています。

15条 公務員を選定し、及びこれを罷免することは、国民固有の権利である。

2 すべて公務員は、全体の奉仕者であつて、一部の奉仕者ではない。

次に選挙についての3項と4項が続きますので、「選定」の中には選挙が含まれています。特に、選挙で選ばれる国会議員がその対象になるのは当たり前です。普通公務員と呼ばれる人たちがこの中に含まれることも、憲法遵守を義務付けている99条を視野に入れると当然の解釈です。

つまり、国会議員でなければならない内閣総理大臣は、主権者である国民に「奉仕」する立場にあるのです。

もう少し平たい言葉を使えば、国民が雇い主で、総理大臣や閣僚は国民に奉仕をする、つまり雇われている側です。その仕事をきちんと行っているのかどうかを判断するのは国民です。そして、きちんと行っていない場合には「民意」に従って、内閣が辞職するのが当然のシナリオです。

そのメカニズムがスムーズに働くために最低限必要なのが「言葉」です。言葉を正確にしかも誠実に使うことで、国民とその雇われ人である内閣の間の意思疎通が円滑にでき、民意が政治に反映されることになります。その結果、「主権」に従っての政治が実現します。

しかし、「言葉」の価値が暴落し、今ではほとんど顧みられなくなったのは、安倍政治の残した一大禍根です。それは、「118回。安倍晋三前首相が201911月から203月までの間に繰り返していた、事実と異なる国会答弁の数だ。」に見られるように、日常的に嘘をついたことが示しています。

さらに、総理大臣でありながら、国会で質問者に対して聞き苦しく下品な「ヤジ」を繰り返したことにも表れています。そもそも、ヤジとは、権力者の横暴に対して、発言の場を与えられていない市民の側から、やむにやまれず発生した抗議の声だったのではありませんか。質問者の質問に不満があるのなら、国会内でいくらでも発言を求めることができる、あるいは記者会見を開いて問題提起のできる総理大臣という立場の人が頼ることさえ、恥ずべき行動です。

この点を、かつて言葉に意味のあった時代の総理大臣の答弁と比較して、確認しておきましょう。

これまで唯一国葬が行われた吉田茂総理大臣の「バカヤロー解散」のは発端になったやり取りです。以下、Wikiwand からの引用です。

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問題となった、吉田と西村の質疑応答の内容。委員会では「委員長」と挙手して委員長に発言許可を求め、「**君」「内閣総理大臣」と指名されてから発言するので、丁々発止の遣り取りがあったわけではない。鉤括弧は発言許可を得た正規の発言、丸括弧は不規則発言、太字下線部は発言取り消しにより議事録で伏字となっている箇所である。

西村

「総理大臣が過日の施政演説で述べられました国際情勢は楽観すべきであるという根拠は一体どこにお求めになりましたか」

吉田

「私は国際情勢は楽観すべしと述べたのではなくして、戦争の危険が遠ざかりつつあるということをイギリスの総理大臣、あるいはアイゼンハウアー大統領自身も言われたと思いますが、英米の首脳者が言われておるから、私もそう信じたのであります。 (以下略)」

西村

「私は日本国総理大臣に国際情勢の見通しを承っておる。イギリス総理大臣の翻訳を承っておるのではない。 (中略) イギリスの総理大臣の楽観論あるいは外国の総理大臣の楽観論ではなしに、 (中略) 日本の総理大臣に日本国民は問わんとしておるのであります。 (中略) やはり日本の総理大臣としての国際情勢の見通しとその対策をお述べになることが当然ではないか、こう思うのであります」

吉田

「只今の私の答弁は、日本の総理大臣として御答弁致したのであります。私は確信するのであります」

西村

「総理大臣は興奮しない方がよろしい。別に興奮する必要はないじゃないか」

吉田

無礼なことを言うな)

西村

「何が無礼だ」

吉田

無礼じゃないか)

西村

「質問しているのに何が無礼だ。君の言うことが無礼だ。国際情勢の見通しについて、 (中略) 翻訳した言葉を述べずに、日本の総理大臣として答弁しなさいということが何が無礼だ。答弁できないのか、君は……

吉田

ばかやろう

西村

「何がばかやろうだ。ばかやろうとは何事だ。これを取り消さない限りは、私はお聞きしない。議員をつかまえて、国民の代表をつかまえて、ばかやろうとは何事だ。取り消しなさい。私は今日は静かに言説を聞いている。何を私の言うことに興奮する必要がある」

吉田

……私の言葉は不穏当でありましたから、はっきり取り消します」

西村

「年七十過ぎて、一国の総理大臣たるものが取り消された上からは、私は追究しません。しかしながら意見が対立したからというて、議員をばかやろうとか、無礼だとか議員の発言に対して無礼だとかばかやろうとかと言うことは、東條内閣以上のファッショ的思想があるからだ。静かに答弁しなさい。 (以下略)」

**************************************

吉田総理も、ヤジ、つまり不規則発言をしていますが、安倍総理のヤジとは質的に違っているように思えるのですが、どうでしょうか。厳しい追及で追い込まれ (その理由もあるのですが、またの機会に)、思わず「ばかやろう」と呟いてしまった、という気持は多かれ少なかれ、国民に理解されていたように思います。

そして「ばかやろう」に関しては、その場で取り消しています。それが発端になり、与野党の力関係等もあり、内閣不信任決議案が可決され、それに対して、総理大臣が解散で対抗したという経緯があります。総理大臣が、そして国会がそれだけ、言葉には (ちょっぴりだけだったのかもしれませんが) 責任を持つ時代があったのです。

こう書いてきて、でも当時の国民の受け止め方は、「ばかやろう」が言葉が意味を持つ実例として登場することなど夢想だにしなかった、と言えるでしょう。そして安倍元総理の嘘一つ一つは、それぞれ国会の解散になっても当然だったような内容です。100回も解散せざるを得ないレベルの発言をしてきた総理大臣の責任は、一体誰がどのように取れば良いのでしょうか。

 

コロナについてもまだまだ油断はできません。皆様、くれぐれも御自愛下さい。

それでは今日一日が、皆さんにとって素晴らしい24時間でありますよう。

[2022/8/25 イライザ]

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2022年8月22日 (月)

「こまえ平和フェスタ」が盛況裡に終りました

「こまえ平和フェスタ」が盛況裡に終りました

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「こまえ平和フェスタ」の当日でした。午後2時から始まって、合唱「ヒロシマの有る国で」が披露された後、市長と議長の挨拶動画、続いて、気象学者、増田義信さん(98)の戦争体験を語り継ぐ朗読劇が披露されました。「黒い雨」地域についての研究で、私たちの蒙を啓いて下さった私の尊敬する気象学者です。御本人が体験を語るという形式も大切ですが、この朗読劇には、戦争中つまり80年も前の時代背景が分かるような解説が上手に織り込まれていました。分り易い上に、3人の朗読者たちの熱演も感動的でした。

続いて、40年前の1982年に生まれた「狛江市平和都市宣言」と、2005年から続いている「こまえ平和フェスタ」について、まず、元狛江市長の矢野裕さんからのメッセージの代読がありました。そして平和についての作文募集で表彰された、当時小学生だった西川(当時黒田)みきさんのニューヨーク州からの報告と当時の思い出も披露されました。

今回の目玉は、やはり40年前に狛江市議会が満場一致で採択した「狛江市平和都市宣言」をもう一度味わうことでした。チラシの裏に掲げてありますので、お読み頂けると幸いです。

次に『はだしのゲン』の作者中沢啓治さんの詩に曲を付けた「広島 愛の川」の合唱、そして休憩をはさんで私が話をしました。

時間内に終るようにスライドを減らし、ドライ・リハーサルも何回かしましたので、時間は守れました。Zoomの接続にちょっと不安はあったのですが、私の伝えたかったことは、きちんと伝わったようでした。何人かの方から、「素晴らしかった」「格好良かった」「これからも反核運動を続けて行きます」「声が良かった」「背景の田んぼがきれいだった」「パワーポイントも分り易かった」等のコメントを頂きました。皆様、有難う御座いました。

その中で、もう2枚、パワーポイントのスライドを御紹介しておきます。

Photo_20220821222801

Photo_20220821222802

最後は実行委員長の大熊啓さんのまとめと挨拶、そして狛江市の歌「水と緑のまち」の全員合唱で幕を閉じました。コロナの感染が広がる中で、会場に行けなかったのがくれぐれも残念でしたが、会場の皆さん、そしてオンラインで参加して下さった皆さんとの間に「一体感」が生まれた素晴らしい時間でした。参加させて頂いたことに心から感謝しています。

  

豪雨の被害はまだ続いています。被災者の皆さんに心からお見舞い申し上げます。さらに、コロナについてもまだ油断はできません。皆様、くれぐれも御自愛下さい。

それでは今日一日が、皆さんにとって素晴らしい24時間でありますよう。

[2022/8/22 イライザ]

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2022年8月20日 (土)

こまえ平和フェスタ講演のパワーポイント

こまえ平和フェスタ講演のパワーポイント

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いつもはギリギリになってしまうことが多いのですが、今回は、パワーポイントのスライドが2日前にできました。一枚目のスライドがこちらです。

何十回も、ことによると何百回も講演はしていますので、パワーポイント・スライドの作り方も完成度が高くなって良いはずなのですが、なかなか上手く行きません。その最大の理由は、喋りたいことが多過ぎて、どうしてもカットできないスライドばかりになってしまうからです。

とは言え、少しは進歩もしています。例えば次のスライドは、日本の歴史を少し長めに切り取って、外国との戦争がいつ起きたのかを年表化したものです。関ヶ原の1600年から始めて、422年間で、外国との戦争をしたのは1895年から1945年までの、約50年です。

Ppt422

その前もその後も、戦争はしていないのです。戦争をしていた約半世紀だけを取り出して、「これが「日本」という国の本当の姿だ、その当時の日本に戻れ」と主張しても、説得力はあまりないことが自然に分ります。

明日は、パワーポイントを使って本番と同じように喋ってみる積りです。できれば、何枚かのスライドをカットできると良いのですが――。

 

異常気象の被害はまだ続いています。被災者の皆さんに心からお見舞い申し上げます。さらに、コロナについてもまだ油断はできません。皆様、くれぐれも御自愛下さい。

それでは今日一日が、皆さんにとって素晴らしい24時間でありますよう。

[2022/8/20 イライザ]

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2022年8月16日 (火)

安部元総理の行動原理

安部元総理の行動原理

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伊藤博文(Public Domain)

「モリ・カケ・サクラ」が安部元総理の公私混同、さらには社会的責任欠如内閣の性格を表す言葉になりました。さらには、国会での「虚偽答弁」は118回にもなりました。(数字は、衆院調査局によるもの。報道は東京新聞電子版20201226日。https://www.tokyo-np.co.jp/article/76810 2022年8月15日閲覧)

しかし、こうした事実を突き付けられ、また公務員としての責任を全うしようとした職員が自殺をしたことさえ、御本人は「馬耳東風」、「蛙の面に何とやら」で全く意に介する様子も見えませんでした。

これをただ単に「恥を知れ」という罵声を浴びせ掛けることで、感情的に始末してしまっては、政治を良くして行くための教訓にはなりません。安部元総理がなぜこんな破廉恥な行動を取れるのか、それなりの「説明」が必要です。

その説明を、何と、あの司馬遼太郎氏がしてくれています。『この国の形 一』(文春文庫、1993) 183ページから185ページです。

司馬氏は、幕末の長州藩、つまり安部元総理の出身地である今の山口県、における人物登用システムを高く評価しています。

氏によると、長州藩で藩士士分に取り立ててもらう方法には、当時の他の藩とは違った二つの慣習・制度があったというのです。その一つは、「ハグクミ」と呼ばれ、ある家士が誰かを扶養し、弟分とみなすだけで、その誰かは武士として認められる、という慣習だったとのことです。もう一つは、家士が誰かを「手附」つまり家来だと届けることで、藩士として扱われる慣習です。

後の伊藤博文は司馬氏によると、元々は「ほとんど百姓身分といってよく、足軽でさえなかった」にもかかわらず、最初は「手附」として登録され、後には桂小五郎に「ハグクミ」として遇され、藩士として扱われることになったのです。

司馬氏は、この慣習・制度を高く評価しています。それは次の言葉が端的に表しています。「――公()のためには、この俊輔(伊藤博文は一時この名前を使っていました)が必要だ。と桂がそう思うだけでこの人事は可能だった。」[下線の部分は、傍点なのですが、ワードでの傍点の付け方が分りませんので、下線に。]

そして司馬氏は、これが「公」という意識の始まりだと言っているのです。

これは、ピッタリそのまま安倍総理の行動原理ではありませんか。つまり、「俊輔」の代りに、「森友学園理事長・籠池泰典や加計学園理事長・加計孝太郎」についての記述だと考えると、「モリ・カケ」の意味がはっきりします。

安部元総理が必要だと考えるだけで、籠池や加計は特別な存在になるのです。両氏は、安部元総理の裁量によって利益を得ても問題がない「公」の立場の人間になったということなのです。

幕末の慣習・制度が今の時代にまで生き残っているのかどうかは検証が必要かもしれませんが、これほどピッタリと符合する説明になっているのですから、このこと自体が、当時の慣習、少なくともその背後にある価値観・考え方が生き残っている証拠だと言っても良いのかもしれません。

  

豪雨の被害はまだ続いています。被災者の皆さんに心からお見舞い申し上げます。さらに、コロナについてもまだ油断はできません。皆様、くれぐれも御自愛下さい。

 それでは今日一日が、皆さんにとって素晴らしい日でありますよう。

[2022/8/16 イライザ]

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