経済・政治・国際

2024年2月22日 (木)

#2月22日 は #加藤友三郎の誕生日 です ――#アメリカ初代大統領 #ワシントンの誕生日 でもあります――

#222 #加藤友三郎の誕生日 です

――#アメリカ初代大統領 #ワシントンの誕生日 でもあります――

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加藤友三郎の銅像--8月に中央公園に戻されます(常広一信氏撮影)

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このブログのお気に入りテーマの一つは加藤友三郎ですが、2月22日は友三郎の誕生日です。生まれたのは1861年、文久元年です。

年は違いますが、1732年の同じ日にはアメリカ初代大統領のワシントンが生まれています。連邦政府の法律ではワシントンの実際の誕生日の代りに、2月の第3月曜日をワシントン誕生日として祝います。1809年2月12日に生まれたリンカーン大統領も加えて、2月の第3月曜日を「プレジデントの日」として祝う州もあります。

友三郎は、広島市出身の初の総理大臣ですが、海軍軍人として日本海海戦では、東郷平八郎司令長官の下、参謀長として勝利に貢献し、その後、4代の内閣で海軍大臣を務めたのち、1922年には総理大臣に就任します。

友三郎の最も大きな業績の一つは、1921年から22年に開かれたワシントン軍縮会議で、軍拡を主張し続けた軍部を抑え、英米との間に軍縮条約を締結し、日米の協調路線を締結しただけでなく、その後も、中国やロシア史の国際関係も平和と協調の道へと導いたことです。

日本ウェルネススポーツ大学の工藤美知尋教授(友三郎の伝記『海軍大将加藤友三郎と軍縮時代』--光人社文庫)は、友三郎の政治的な偉大さを次の一言にまとめています。

あと数年友三郎の命がもってくれれば、太平洋戦争は避けられたのではないだろうか。

友三郎がなくなったのは、1923年8月24日です。その100周年を記念して昨夏にはシンポジウムを開催しましたが、誕生日、2月22日は誰にでも、覚えられます。来年のこの日には、ワシントンと並んで我が国の政治に大きな足跡を残した友三郎を偲んで、皆さんも発信をしてみませんか。

私は、広島市が2月22日を「軍縮と平和の日」と制定し、休日にすることを提案します。少なくとも、講演会や展示会等のイベントを開催することくらいはできるでしょう。

なお、友三郎についての情報は、次のようなサイトを御覧下さい。クリックするとサイトに飛べます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2024年も健康に留意しつつ、少しでも良い年にすべく頑張りましょう。

[2024/2/22 人間イライザ]

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2024年2月17日 (土)

#広島市出身初の総理大臣 #加藤友三郎 #シンポの #英文記録作成 の #記者会見 ――世界的な軍縮のリーダーから学ぶべき時は今――

#広島市出身初の総理大臣 #加藤友三郎 #シンポの #英文記録作成 #記者会見

――世界的な軍縮のリーダーから学ぶべき時は今――

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広島市の市政記者クラブの記者会見・右側は金子哲夫さん

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加藤友三郎については、このブログで何度も取り上げています。核兵器さえ使われ兼ねない今、広島市から選出されている二代目の総理大臣には、友三郎から学んで平和路線を牽引する気概を持って貰いたいと願うのは私だけではないでしょう。

そんな思いも込めて、昨年8月26日に、友三郎の没後100年を記念してのシンポジウムを開きました。その英文の記録が出来上がりましたので、報告とPRのための記者会見を広島市の市政記者クラブで開きました。

皆さん大変熱心に取材して頂きました。最後には、こちらからお願いして友三郎とこの冊子を広めるためのアイデアも出して頂きました。私たち実行委員会としての腹案も含めて、今後の取り組みとしては、次のようなことを考えています――各国の駐日大使に贈呈、資料館やレストハウスに置いて貰う、資料館に「加藤友三郎コーナー」を設けて貰う等です。

これから、市や関係者にお願いすることになりますが、多くの皆さんの応援があれば説得力が増しますので、宜しくお願い申し上げます。

なお、友三郎については、シンポジウムのホームページに追加情報が掲載してありますし、シンポジウムのYouTube動画も御覧頂けたらと思います。

また、2005年にアップした一文も岸田内閣への注文を付け加えてブログに再掲しましたので、そちらもお読み頂けると幸いです。

 

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[2024/2/17 人間イライザ]

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2024年1月25日 (木)

#アリストテレス と #トマス・アキナス に #激励されました ――#昔 #国会議員 の #勉強会 で――

#アリストテレス と #トマス・アキナス に #激励されました

――# #国会議員 #勉強会 で――

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アリストテレス他の哲学者

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昔、「フランクリンの会」という名称の超党派の国会議員の集まりがありました。理工科系出身の若手議員10人程の会ですが、科学と政治の両方で活躍したフランクリンにあやかりたいといった気持もあってこんな名前を付けました。

そのフランクリンの会の有志が、1996年5月に、哲学者の今道友信先生にお話を伺いました。テーマは「20世紀から21世紀にかけて考えるべき事」でしたが、一時間で分り易い倫理学概論を講義して頂いたような気がしました。

今道先生の講義の概要を、私が有権者の皆さん向けの報告レポートとして毎週まとめていた『アキバ・ウィークリー』からの引用として、今回再掲させて頂きます。

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20世紀を振返ると、科学技術による生活条件の向上と人権面での向上はあるものの、重大な問題も多くあります。それを「早過ぎた死」という形で整理すると、次の 5つが典型的です。

第一に、餓死する人の数がこれ程多い世紀はなかったこと。第二には、交通事故死する人の数がやはり多いこと。第三には戦死者の数が多いこと。第四には公害による被害が深刻でその結果としての死も多いこと。最後に自殺者の数が多いこと。それも、イジメの結果のような幼い人達の自殺が特に顕著であること。

この一つ一つについて、如何に問題が大きいかを指摘することも可能です。例えば、人類の歴史が始って以来、20世紀に至るまでの何千年もの間に戦争で死んだ人よりも、20世紀になっての 100年足らずの間に戦争で死んだ人の方が多いのです。そして今や交通事故で死ぬ人の数と自殺する人の数はほぼ同じになっているのです。

ところが、この一つ一つに、倫理学における「徳」が対応しているのです。例えば、アリストテレスによると「正義」とは「ものが公平に分配されること」なのです。そして、この正義がもう少し世の中に認められていたら、世界の餓死者の数は減っていたかも知れないのです。

アリストテレスが二番目の徳として挙げているのは「思慮」それも謙虚な慮りです。もう少し他人に思いやりを持っていれば、交通事故死にも影響が出てくるのではないか、と今道先生は考えるのです。

三番目は勇気です。アリストテレスは勇気を「自分が正しいと信じたことを主張し続ける態度」だと言っているのだそうです。そして、戦争がいけないことだと考えた人達がそのことをもっと主張し続けていれば、戦死者の数にも影響が出てきたはずだと今道先生は指摘します。

四番目は節制です。何事でも限度を超えて作ってしまうのではなく、程良さがもっと徹底していれば、公害は違った姿を取っていたのではないでしょうか。

最後はアリストテレスではなく、中世の神学者トマス・アキナスの挙げた徳なのですが、それは希望です。これはキリスト教の徳なのだそうですが、他人に絶望を与えるような発言をすること自体が罪になるのです。逆に言えば、若い人達に希望を与えるように気を使うことが大人の責任なのです。

この中で私が特に嬉しいと思ったのは、アリストテレスが、正しいと信じたことを主張し続ける態度が「勇気」だと考えたこと、そして、他人に希望を与えることが如何に大切であるかをトマス・アキナスが説いていたという点です。

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自民党は「派閥」を大変革して、金と人事は排除、本来の「政策集団」に戻すという方針が出されたようです。名称はともかく、謙虚に勉強会を開いて古くからの人類の知恵を学んでいれば、ことによるともう少しまともな政治が生まれていたかもしれません。

 

2024年のこれからも心配ですが、健康に留意しつつ、少しでも良い年にすべく頑張りましょう。

 [2024/1/25 人間イライザ]

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2024年1月23日 (火)

#数学者 の #デモ ――#今 #元気のある のは #どのグループ でしょうか――

#数学者 #デモ

――# #元気のある のは #どのグループ でしょうか――

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199年8月、フランスの核実験に反対してフランス大使館まで

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『アキバ・ウィークリー』の再掲載が増えていますが、それには理由があります。国会議員時代には毎週、一太郎で文書を作り、ファクスで送るのと同時に、それを読み上げた音声は電話で聞いて頂けるようにしていました。

その文書を整理するときに、タイトルを付けたリストを上手くセーブできずに、最低限の情報だけがファイル名として残っているものだけしか手許にありません。昔の活動を整理するに当り不便で仕方がありませんので、今、ファイル名を付け直しています。何百もありますので、時間は掛かりますが、中には元気の出る報告もありますので、それをアップしているのです。

今回は、1995年8月4日に、数学者が全国的に呼び掛けて行ってデモ行進の報告です。

『アキバ・ウィークリー』の第181号をお読み頂ければ幸いです。クリックして頂けると大きくなります。

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 [2024/1/23 人間イライザ]

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2024年1月20日 (土)

#派閥解散 #30年前の提案 が #実現しました ――#アキバ・ウィークリー 35号 1992年10月9日収録 をお読み下さい――

#派閥解散 #30年前の提案 #実現しました

――#アキバ・ウィークリー 35 1992109日収録 をお読み下さい――

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2,000万円分の札束のイラストです

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とうとう、この日がやってきました。自民党の主要派閥の解散です。岸田派、二階派、そして安倍浜で解散を決めました。私が国会議員として活動し始めてから、身近に経験したことを元に、提案し続けたことです。その一里塚として、1992年10月9日に収録した電話週刊誌、「アキバ・ウィークリー」の第35号をお読み下さい。(クリックすると大きくなります)

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これからが問題なのですが、30年前の教訓としては、「金権腐敗政治の一掃」を錦の御旗にして、迷い道に入り込まないことです。

30年前は、「金権腐敗政治の一掃」が、「政治改革」という名前に変えられ、それは小選挙区制度の導入で解決すべき、というマスコミや学者、そして保身を図る政治家や官僚たちが一緒になって、選挙制度を変えました。

その結果が、今皆さんの目の前で起きていることです。選挙制度を変えても、金権腐敗政治は変らなかったのです。

今回も同じように、この混乱に乗じて、自分たちの政治的主張を社会全体に広めて日本を変えようとする人たちが跳梁跋扈することになるでしょう。

その一つの可能性は、「こんなに酷い社会になってしまったのは、日本民族の誇りが忘れ去られてしまったからだ。国家の品格を取り戻そう。押しつけ憲法ではない自主憲法を制定しよう」辺りでしょうか。

これは、30年も待つことなく、今日明日の内に聞こえ始めてもおかしくありません。

 

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 [2024/1/20 人間イライザ]

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2024年1月19日 (金)

#政治と政治学のあいだ #出版記念トーク ――#1月27日 #県民文化センター5階 #サテライトキャンパスひろしま #14時から――

#政治と政治学のあいだ #出版記念トーク

――#127 #県民文化センター5 #サテライトキャンパスひろしま #14時から――

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政治を良くしたいと考えるている皆さんにお勧めします

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このコラムでも、我が国の政治を憂いそのあり方についての提言をしてきましたが、お読み下さっている皆さんにお勧めの催しがあります。

[政治と政治学の「あいだ」を拓いて]というタイトルの集まりです。政治学者であり、政治の世界での実践も目指して活動してきた大井赤亥(おおいあかい)さんの近著『政治と政治学のあいだ』の出版記念トークの会です。

「かたや選挙や裏金まみれでうさんくさい「政治」、かたや大学で専門知に閉じこもる「政治学」--。なぜ現実政治と学問はこれほど乖離しているのか?」

この乖離を埋めるべく、政治学者として専門的な論文をまとめ、また啓蒙者・教育家として何冊もの著書を公刊してきた大井さんですが、政治の現場からの変革も目指して、2021年には衆議院選挙に出馬しました。

著書を二つだけ挙げておきますが、一冊目は『武器としての政治思想』(青土社、2020年)。

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そしてもう一冊は『現代日本政治史』(筑摩新書、2021年)です。

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この本については、Amazonの書評欄で、例えば「goodmooning」さんが、次のように高評価をしてくれています。

背景が分からずに政治が遠くに場当たり的に感じる人でも政治が分かるようになり楽しくなる一冊。

タイトル負けせずに小難しくて分かり難い日本の政治を2項対立で単純化していて各政局を分かり易く説明していて頭がクリアになりました。

そしてもう一人、「be3osaka」さんの評は、

「改革」に着眼し、そのワードを軸にしてここ30年の政治の動向を分析、本当に鮮やかです。安部政治も大阪における維新も「改革」という視点で見れば輪郭が見えてきます。一つ疑問に思ったのは民主党政権への評価のこと。甘すぎます。

「戦後」で区切ると長期すぎる。30年で区切ると記憶も蘇ってきてちょうどいい感じ。納得の好著でした。

27日の出版記念トークでは、選挙運動も経験し、現場から政治を俯瞰する視点がより鋭く広くなった大井さんの明快かつ希望に満ちたメッセージに触れることができます。

参加してみたいとお思いの方は、このリンクをクリックして「参加申し込みフォーム」に記入して下さい。

 

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 [2024/1/19 人間イライザ]

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2024年1月18日 (木)

#阪神淡路大震災 の時に受けた #ショック ――#29年経って #暗黙の大前提 に目が向いてきたでしょうか?――

#阪神淡路大震災 の時に受けた #ショック

――#29年経って #暗黙の大前提 に目が向いてきたでしょうか?――

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29年前には、「頭隠して尻隠さず」を心配しました

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阪神淡路大震災からもう29年。能登半島地震が重なり、1月が地震を思い起こさせる月になりました。月単位で、我が国が経験してきた自然災害、戦争等を列挙すると、3月は東日本大震災、6月は沖縄の慰霊の日、8月は広島・長崎・そして終戦記念日、9月は関東大震災と、毎月のように慰霊の日が続きます。

いつまでも悲劇を忘れずに、次に災害が起きるときには被害が少なくなるように、特に戦争は絶対にしないことを肝に銘じて政治も社会も動いてくれると良いのですが--。そして、この29年間には、少なくとも私たちの災害に対する意識は高まっているのではないかと感じています。

それは29年前、私が国会議員当時に毎週、執筆して有権者の皆さんに送っていた「アキバ・ウィークリー」の1995年1月19日号をお読み下されば、お分り頂けるのではないかと思います。

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[電話週刊誌 ・ アキバ・ウィークリー ・ 希望のメッセージ]

アキバ・ウィークリー第151 号 (1995年1月20日~1月26日) [1995年1月19日収録]  

 

大震災の教訓を生かすために

――頭隠して尻隠さずの地震対策になってはいませんか――

 

皆さん、こんにちは。衆議院議員の秋葉忠利です。『アキバ・ウイークリー』第151号、1月4週号をお届けします。

今回の大震災についての様々な思いを、短くそして十分に表現するだけの力が私にはありませんが、改めて、亡くなられた方々の御冥福を祈りたいと思います。まだ建物の下敷になっている方々や行方不明の皆さんが一刻も早く救出されること、そして、怪我をされた方々が一日も早く良くなられること、さらに神戸、淡路島その他の被災地のできるだけ早い復旧を祈っています。

さて、この地震に関連して、幾つか問題提起をしたいのですが、それは同時に日本社会のあり方そのものについての問題提起でもあります。最初の問題は、私の経験に根ざしています。

実は長い間、私は私達日本人の考え方の中に、大地震が起ればどうしようもないのだ、そんな諦めの気持が強くあるのではないか、と思って来ました。それは二十年前の出来事が原因になっています。約二十年前の夏、アメリカの大学での仕事が一段落して、アメリカ永住の可能性を考えていた時でした。日本で夏休みを過ごすために戻って来たのですが、着いた夜かなり大きな地震がありました。マスコミでの地震報道も、東海大震災が何時起きてもおかしくない、という雰囲気で行われていました。

それまでアメリカで私が聞いていたのは、日本の地震対策は完璧であるということだけでした。勿論、日本の専門家や政府の言い分がニュース・ソースです。私も当然、それを信じていましたので、地震の話が出ると、確認の意味でこの話を持ち出していました。しかし、地震について友人達の話を聞けば聞くほど納得が行かなくなりました。心配になって質問を重ねました。日本に住んでいて本当に安全なのか。

万一地下鉄に乗っている時に地震が起きたとしたらどうする積りなのか。高速道路は本当に安全なのか。日本語の分らない人に、どう地震情報を伝えるのか等々、とにかく、沢山の質問をしました。しかし、私にとって満足できる答は返ってきませんでした。

そんなある日、私は、科学の専門家でもある親友のH君にたしなめられました。それは次のような趣旨でした---「君は、日本に住むか、アメリカあるいはその他の地域のどこかに住むかという選択が出来る。しかし、大多数の日本人にとって日本以外の場所に住むと言う選択はあり得ないのだ。仮に地震に対する十分な対策が存在しなくても、その危険な日本や東京に住まなくてはならない。それが現実であるときに、君だったら、危険であることを毎日考え続けるなんて事をするかも知れないが、殆どの人は、きっと大丈夫だろう何とかなるだろう、と信じて日常生活を送ることになる。それは不思議でも何でもない」---。

それで、私は初めて納得が出来たのです。

専門家までが、H君の言った通りに現実から眼を背けているとは思いませんが、日本社会全体として眼を背ける姿勢があるのなら、それが地震対策に反映されていてもおかしくはありません。無意識の裡に頭隠して尻隠さずの地震対策を取ってしまっているのではないでしょうか。その証拠は今回の被害を見るだけで充分だと思います。

私達が今回の教訓を生かすためにも、こうした、暗黙の大前提といったことにも目を向ける必要があるのではないでしょうか。

これで『アキバ・ウイークリー』第 151号を終わります。次号は1月27日にお届けします。 では来週まで、ごきげんよう。 

秋葉忠利のメッセージは毎週金曜日に新しいテーマに変わります。

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以上、1995年1月19日号のメッセージでした。そして今、2024年1月に私が提案しているのは「防衛省を防災省に組織替えする」ことです。

 

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 [2024/1/18 人間イライザ]

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2024年1月17日 (水)

#忖度 の特徴は #上司の責任 を #被ること ――つまり #アメリカへの忖度は #アメリカの責任 ではない――

#忖度 の特徴は #上司の責任 #被ること

――つまり #アメリカへの忖度は #アメリカの責任 ではない――

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慰霊碑に{忖度}は似合わない

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忖度は日本文化の一部なのですが、出発点は、モリカケ事件などで見られた官僚組織と政治家の間の「忖度」でした。そこに戻って、「悪い意味」で使われている「忖度」に注目して行きましょう。

標記として、この悪い意味の「忖度」を、{忖度}と書くことにします。辞書の定義のより中立的な立場と一線を画するためです。

この悪い意味での{忖度}の最大の特徴は、定義の中にある「うまく取り計らい対処する」を、悪い意味で体現していることです。それは、{忖度}の受け手である上司や権力者に累を及ぼさないような形で、つまり、責任を取らせることなく、しばしば法律や原理原則を犯すような「取り計らい」や「対処」をすることを指します。

モリカケ事件では、当時の安倍総理は全く関与していなかったかのように読める文書にするために改竄を行った (ことは、命を賭けて真実を残した赤木俊夫のファイルが示しています) のですが、これも、安倍総理の指示によって行ったのではなく、総理には累が及ばないという点が重要です。

悪い意味での{忖度}のもう一つの要件は、{忖度}した人間に対する褒章があることです。改竄の指示を行い国会でも安倍総理を守るための答弁を重ねた佐川理財局長は国税局長官に出世しました。

その後、懲戒処分を受け、財務省を辞任していますが、{忖度}してまで守った安倍総理からも見捨てられたということなのでしょうか。

しかし、{忖度}という言葉が一番適切なのは日米関係だというのがこの稿のメイン・テーマです。上司、つまりアメリカに累が及ばないようにしなくてはならないのは、主権国家である日本がアメリカの言いなりになっているのでは、世界的には信用を無くすだけではなく自分たちの誇りも傷つくでしょう。

そして、「褒賞」は、時の政権の維持でしょう。日本という国家に対してのそれなりの配慮を加えても良いでしょう。。

そして、{忖度}の最大の具体例は、核兵器禁止条約への日本政府の反対ですし、G7広島サミットでの「ヒロシマ・ビジョン」でしょう。ことによると、広島市や広島県の平和政策もその中に入れても良いのかもしれません。これまで何度もそれらの点については言及していますので、今回は割愛しますが、そろそろ全体像が浮び上ってきているのかもしれません。

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 [2024/1/17 人間イライザ]

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2024年1月13日 (土)

#教育勅語 の #引用が なぜ #問題 なのか ――#軍人勅諭 でも #同じ言い訳が使えるから――

#教育勅語 #引用 がなぜ #問題 なのか

――#軍人勅諭 でも #同じ言い訳が使えるから――

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冒頭に軍人勅諭が載っています

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広島県原水禁の常任理事会で、松井広島市長が、積極的に教育勅語を引用して新任職員研修に使っていることについて、いくつもの発言がありました。自分の所属組織が抗議をしたことに言及する人も多く、一致した意見は「絶対におかしい」でした。

でも、その「おかしさ」を一言で、ズバッと言い切れないもどかしさを感じている人もいました。私もその一人なのですが、理事会終了後に閃きました。

「教育勅語の引用が問題ないのであれば、軍人勅諭の引用も問題ない」です。逆に表現すると、「軍人勅諭の引用が大問題なのと同じ理由で、教育勅語も引用すべきではない」です。

こう言われれば、皆さん、もう理由を説明するまでもなくお分りだと思いますが、念のため整理しておきましょう。

まず、新任職員研修の資料には、「先輩が作り上げたもので良いものはしっかりと受け止め、また、後輩に繫ぐ事が重要」と書き込まれていて、その後に教育勅語からの引用があります。つまり、教育勅語、またはその一部は「良いもの」という評価をしているのです。

しかし、2023年12月19日付の朝日新聞デジタルの報道によると、同日の記者会見で松井市長は、その点を誤魔化しています。ほぼ同じ内容を何度も繰り返しているのですが、二つほど取り上げましょう。

「どっかが悪かったから全部悪いとか、どっかがよいから全部いいと判断しないで、多面的に考えるということをやっていかないと、いろんな意見があったときに対応できなくなってしまう。そんなことの実例」 

「先進国は民主主義を一生懸命広めて国力を増強しているから、日本も追いつかなきゃいけないと思って、そういうコンセプトを書き込んだ。コンセプトの使い方が、当時の天皇陛下が全部取り仕切るような用語の扱い、構成にしたことで、結局使い方を誤り、日本が軍事国家になった。」

資料では「良い」と言っているのに、記者会見では「良いとも悪いとも言わない」になってしまっています。それを元に、理屈にもならない理屈を捏ね回しているのですが、問題は、この理屈が成り立つと、軍人勅諭にも同じ理屈が成り立ちますので、軍人勅諭を使っての新任職員研修も「正当化」されるという結論になることです。

「良いところと悪いところ」という基準で選ぶのなら、軍人直にも良いところはあります。その例として、立派なことを言っている軍人勅諭の一部を引用しましょう。ただし、現代語に訳してありますし、原文では「軍人」と書かれている部分は、今の時代に合わせて「職業人」に変えてあります。出典は「ウィキソース」です。

「職業人は信義を重んずべし。信義を守ることは常識であるが、とりわけ職業人は信義がなくては一日でも隊伍の中に加わっていることが難しい。信とはおのれの言葉を守り、義とはおのれの義理を果たすことをいう。従って信義を尽くそうと思うならば、はじめからその事が可能かまた不可能か、入念に思考すべし。あいまいな物事を気軽に承知して、いわれなき係わりあいを持ち、後になって信義を立てようとしても進退に困り、身の置き所に苦しむことがある。後悔しても役に立たぬ。始めによくよく事の正逆をわきまえ、理非を考えて、この言はしょせん実行できぬもの、この義理はとても守れぬものと悟ったならば、すみやかにとどまるがよい。古代から、あるいは小の信義を貫こうとして大局の正逆を見誤り、あるいは公の理非に迷ってまで私情の信義を守り、あたら英雄豪傑が災難にあって身をほろぼし、死後に汚名を後世まで残した例は少なくない。深く警戒しなくてはならぬ。」

簡単にまとめると、人が生きる上で信義が重要であるということです。これについては問題がないのですが、そのことを伝えるために、今という時代に、新任職員研修という場で軍人勅諭を引用するのはなぜかという点です。

教育勅語が良ければ、軍人勅諭だって問題ないはずですよね。でもそれは恐らく使わないでしょう。その理由は、実は教育勅語にも当てはまるのです。

 

2024年のこれからも心配ですが、健康に留意しつつ、少しでも良い年にすべく頑張りましょう。

 [2024/1/13 人間イライザ]

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2024年1月 9日 (火)

#忖度しない #官僚組織 ――#気象庁 #消防署 どちらも #命を救います――

#忖度しない #官僚組織

――#気象庁 #消防署 どちらも #命を救います――

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天気図

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能登半島地震のような大災害でも、真のリーダーの不在が目立つ我が国政治を憂いつつ、それが官僚制度への過度の依存、そして「忖度」と深く関わっていることを改めて感じています。

対照的な理想像として、昨年没後100年という節目を迎えた広島初の総理大臣、加藤友三郎を思い起こしていますが、その詳細はまたの機会に延ばします。今回は「忖度」しない官庁もあるのだという視点から、我が国の政治改革のためのヒントを得たいと思います。

「忖度」という言葉が広く流布され始めたのは、2018年、森友学園事件がきっかけでした。「忖度」の結果として、文書の改竄がいとも簡単に行われることに私たちは唖然とし呆れ返ってしまいましたが、良心を持ち続けた職員が自らの責任を果そうとする意思は、権力の持つ大きな力に押し潰され、死を招くという事態まで引き起こしてしまいました。

その後も次々に安倍内閣の汚職・腐敗が表に出てきました。「もりかけさくら」が日本の政治を象徴する言葉になり、「忖度」の構造が日本社会を支えている基本的な価値観であることも明白になりました。

この点について、より深く理解するためには、「日本の美徳」と考えられてきた事どもが何かを振り返る必要もありますので、いずれ何回かに分けて分析します。今回は、その正反対の存在、つまり「忖度」しない官僚組織のあることを指摘した上で、官僚制度のあり方についての考察を始めます。

「忖度」しない官僚組織の典型的な例は、今、毎日のように活躍している気象庁と消防署です。政治家や権力者の言いなりにならないことは勿論ですし、権力者が何を望んでいるのかを逸早く察知してそれに沿った行動を取ることもありません。

それは、これらの組織の目的がハッキリしていてブレることがないからですし、その目的達成のための手段にも「忖度」の入る余地がないからです。目的を少し抽象的にまとめると、市民・国民の生命や財産、そして幸福追求の権利を守ることです。

この目的を達成するための、彼ら・彼女らの思考の原理が良識と論理、そして科学に根差していることも大切な要素なのではないかと思います。

でも、目的については考えるまでもなく、憲法13条が規定し、99条で官僚の義務として規定されていることに他ならないのですから、気象庁や消防署だけではなく、全ての官庁がこの通りの仕事をしていなくてはならないはずです。

ではその違いはどうして生ずるのでしょうか。「忖度」しない組織に属している人たちも、「官僚」と呼んで良い立場の人たちですが、彼ら・彼女らの思考の原理が良識と論理、そして科学に根差していることを挙げておきましょう。

もちろん、「忖度」する組織、あるいはしてしまう組織、中にはせざるを得ないような組織、と呼ぶべき官僚組織もあるでしょう。そして、こうした組織に属している「官僚」たちも、普通の意味では優秀な人たちが揃っているのですから、自らの思考の原理とはと問われたときに、全く同じことを答えるかもしれません。

それでも「忖度」についての違いが生じるのは、「当事者意識」の違いからいかもしれません。憲法と関連付けるとしたら、憲法15条の第2項を内面化できていないから、という説明になるのかもしれません。

憲法15条 第2項は「すべて公務員は、全体の奉仕者であつて、一部の奉仕者ではない」という規定です。

「全体」の中には社会的弱者と呼ばれる人たちも入っていますが、仮に公務員が一部のエリートたちに「忖度」して奉仕する羽目になった時、全ての人への義務を思い起こすためには、「人の痛みを感じられる心」が必要なのかもしれません。

この点を何時も強調していたのは、被爆者であり優秀な官僚でもあった、そして資料館の館長も務めた高橋昭博さんです。

高橋さんだけではなく、「官僚」の中には、「鏡」と呼ばれてもおかしくないような「全体の奉仕者」が多くいる事実を最後に指摘しておきます。だからこそ、希望を見出す努力が無駄ではないのです。

2024年のこれからも心配ですが、健康に留意しつつ、少しでも良い年にすべく頑張りましょう。

 [2024/1/9 人間イライザ]

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