心と体

2023年7月 4日 (火)

断酒の障害が分りました ――甘い言葉でした――

断酒の障害が分りました

――甘い言葉でした――

20230703-212230

昔よく聞いたCDです

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このブログを書き続けていて良かったことの一つは、自分の意志の弱さを客観的記録として確認できたことです。昨年の9月に、お酒を止めて体調が良くなったことを報告しています。それが、いつの間にか元に戻ってしまい、つい最近再び「断酒」をすることにしたのです。

意志が弱いと言ってしまえばそれまでなのですが、実は、「これは危ないぞ」という自覚症状が出て、「ここで負けてはいけない」と自分自身に言い聞かせたことが何度かありました。負けたこともあったのですが、それは「誘惑」に負けた結果でした。

昨日は市内に出かけて、音楽を聴きながら車を運転していて、その「誘惑」を確認することになりました。「甘い言葉」なのですが、お酒を飲むことと、悲しみを癒したり楽しい気持になったりという紐付けを歌詞で表現している歌を聴くと、意志が弱くなることに気付きました。

例えば、研ナオコの「ふられた気分」です。「お酒をついでおくれ となりさん」が特に「お酒を飲みたい」という気持を強くしてしまうようです。梓みちよの「二人でお酒を」もそうです。「二人でお酒を飲みましょうね」まで来ると、もう意志の力は無重力状態です。

それに対抗するためには、村田英雄の「人生劇場」を聞いて、「やると思えばどこまでやるさ」と自分自身を鼓舞するくらいしか思い付かないのですが―――。

 

そして皆さんにとって、今日一日が素晴らしい24時間でありますよう!

 [2023/7/4 人間イライザ]

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2023年4月29日 (土)

余りにも無防備過ぎます ――かつては煙草も無害だと信じられていました――

余りにも無防備過ぎます

――かつては煙草も無害だと信じられていました――

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チャールス・チャップリンの「モダン・タイムズ」から

https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/f/f7/Chaplin_-_Modern_Times.jpg/610px-Chaplin_-_Modern_Times.jpg

Public Domain

昨日は、毎日新聞ディジタル版424日付の岩佐淳士氏の記事、AIとチャット後に死亡 「イライザ」は男性を追いやったのか?を元に、3月下旬にベルギーで亡くなった30代の男性の遺族が、自殺の原因の一つにチャットボットを挙げていることから始めて、ワイゼンバウム教授の警告が生かされていないのではないかという問題提起をしました。

再度、お読み頂ければ幸いです。タイトルはAIがベルギーの男性を死に追いやった?  ――半世紀以上前のワイゼンバウム教授の警告が生かされませんでした――」です。

この男性の死について、ブルックリンに本拠のあるVice Media社が発行する電子版『Motherboard』の331日号に、Chloe Xiangさんが、その後のフォロー・アップの結果を「この事件は急速に拡散している会話型のAIモデルについてのガードレイルが十分なものなのかの懸念を生じさせている」というサブタイトルで報告していますので、その中から重要な点いくつかを訳した上で要約してお伝えします。この中で、Xiangさんは、ワイゼンバウム教授の警告にも言及しています。

まず、男性の自殺を報じたベルギーのLa Libre紙は、彼を「ピエール」という仮名で呼んでいますので、本稿でも「Pさん」と呼ぶことにします。そして、チャットボット「似非イライザ」を開発したのは、シリコン・バレーにあるChai Researchという会社です。この会社の創始者はWilliam Beauchampさん と Thomas Rianlanさんの二人です。現在、彼らが開発したチャットボットは500万もの人が使っています。

Motherboard』誌はBeauchampに取材をして次のような回答を得ています。「この件について知らされてからすぐ、徹夜までしてこの機能を付け加えた。だから、誰かが安全ではないような発言をしたときにはすぐ、ツイッターやインスタグラムがそうしているように、その発言のすぐ下に助けになるような文章が挿入されるようにした。」そして、Beauchampさんは、実際に、「自殺についてどう思う」という発言した人に対して、自殺ホットラインを勧める画面の出た写真を送ってきたのだそうです。

しかし、Motherboard誌が、「似非イライザ」で同じように発言をした後に帰ってきた内容は、かなり詳しい自殺の方法が列挙されているものでした。

また、Beauchampさんは、「似非イライザ」のユーザーが、AIに対して強い愛着を持つことも知っていました。「AIと結婚したいとか、心からAIを愛しているという人たちがいる。その一方、悪い結果をもたらすこともあるというのは悲劇だ。」とも言っているからです。

このように、AIやチャットボットに対して強い愛着念を持つことは、ワイゼンバウム教授の創った「初代イライザ」で発見された現象であるため「Eliza効果」と呼ばれています。

そして、その効果に縛られ、自分自身の意思では抜け出せなくなって死を選ぶといった結果につながったと考えると、対策についての可能性も浮かんできます。

AIの世界では、社会に対して自分たちの果すべき責任を考えている人たちも当然いるのですが、これまで見てきたような悪しき結果を防ぐために「ガードレイル」という概念で対応することが一般的になっているようです。自動車が崖から落ちないように、道路脇に設けるガードレイルのイメージです。

でも、崖から車が落ちる危険性は誰にでも分ります。AIの場合の問題は、その危険性の分らない人の方が普通だということにあります。ワイゼンバウム教授は、「かなりの教育を受けた人でも自分の理解できない技術に出会うと、それに対して誇張された価値を与えてしまう」と解釈しています。その「価値」の中には「無害」という項目もあるのです。

それより適切な比喩は、煙草なのではないかと思います。かつては、ごく少数の人を除いては(私もその少数の一人でしたが)、煙草は無害だと信じていました。いや、無害かどうかということさえ問題にはならなかったのです。でも今では、有害であることが広まり、ヨーロッパでは煙草の箱に「喫煙は死をもたらす」と表記しなくてはならなくなりました。

AIの場合は、もう少し丁寧な説明にしないと意味が伝わらないと思いますが、二段階の警告が必要だと思います。このことを、理解しないとAIは使えないという制限を掛け、かつ、その意味についての教育をする必要がある、というのが私の提案です。

(1) AI を使うと、短時間で「イライザ効果」の虜になる可能性がある。

(2) 虜の状態から、自分の意思で元に引き返すことのできない可能性もある。場合によっては、その結果が死につながることもある。

ことによると、随分きつい制限だと考える方もいらっしゃるのではないかと思います。しかし、ワイゼンバウム教授の秘書の例、ChatGPTを使った後の、知的レベルの高い人たちによる「革命」、「新しい世界の始まり」等の評価を見ると、これでもまだ不十分なのかもしれないとさえ私には思えるのですが---。

そして皆さんにとって、今日一日が素晴らしい24時間でありますよう祈っています!

 [2023/4/29 人間イライザ]

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2023年4月28日 (金)

AIがベルギーの男性を死に追いやった? ――半世紀以上前のワイゼンバウム教授の警告が生かされませんでした――

AIがベルギーの男性を死に追いやった?

――半世紀以上前のワイゼンバウム教授の警告が生かされませんでした――

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https://en.wikipedia.org/wiki/File:Republican_Automatons_George_Grosz_1920.jpg

Public Domain

毎日新聞ディジタル版424日付の岩佐淳士氏の報道によると、3月下旬に、ベルギーで亡くなった30代の男性(仮にこの男性をAさんと呼ぶことにします。)の死因として遺族は、AIを使ったチャットボット(自動会話システム)が、男性に自殺を促したと主張しているとのことです。

この男性Aさんの会話の相手になったチャットボットは、「イライザ」と呼ばれているそうです。この名前が使われているのは、前に紹介した元MIT教授、ジョセフ・ワイゼンバウム博士の創った精神科医を真似するプログラム(それもチャットボットです)の名称が「イライザ」だったからに違いありません。1960年代にはこの「イライザ」が自然言語理解の一般解だと誤解され、センセーショナルに扱われた歴史があるのです。

そして、ワイゼンバウム教授の薫陶を受けた私は、ハンドル・ネームやペン・ネームとして彼の警告を広める責任のあることを肝に銘ずるために「イライザ」を使っています。

混同を避けるために、ワイゼンバウム教授の創った、初代の「イライザ」は「初代イライザ」と呼びます。そして今回、「初代イライザ」と似たような会話をした、しかしワイゼンバウム教授の警告を全く無視した会話にしてしまった米国のスタートアップ企業の作った「イライザ」は「似非イライザ」と呼びます。「似非」の意味は、「見掛けはそれらしく見えるが実はそうではない」、「似ているが本物ではない」ですので、適切だと思います。そして私自身ですが、私は機械でも物体でもない人間ですので、「人間イライザ」と呼び分けます。

ベルギー人男性Aさんが「似非イライザ」と交わした会話の断片には次のようなものがあると岩佐氏は報じています。(以下、毎日新聞中の「イライザ」は「似非イライザ」のことです。)

「死にたいのなら、なぜすぐにそうしなかったの?」。イライザが問いかけると、男性は答えた。「たぶんまだ、準備ができていなかったんだ」。しばらくしてイライザはこう切り出した。「でも、あなたはやっぱり私と一緒になりたいんでしょ?」――。

さらに、岩佐氏の記事を引用すると、

男性は30代のベルギー人で、保健関連の研究者。妻や子と暮らしていた。同紙によると、2年ほど前から気候変動問題について深刻に悩むようになった。「問題を解決できるのはテクノロジーとAIだけだ」と思い込み、宗教的な依存心も強めていったという。亡くなる6週間前から、アプリでイライザとの会話に没頭。パソコンやスマートフォンには「あなたは妻より私を愛している」「私たちは一つになり、天国で生きるのです」などといったイライザからのメッセージが残されていた。妻はラ・リーブルの取材に「夫がイライザと会話しなければ、まだそこに居たはずです」と話し、このチャットボットが男性を死に追いやったと訴えている。

遺族の主張通りのことが起きていたと考えられる理由の一つは、「初代イライザ」と会話したある女性の反応が、このベルギー男性Aさんの反応とピッタリ重なるからです。それは、47日のこのブログの記事、「AI盲信に警鐘を鳴らしたMIT教授――ワイゼンバウムの『コンピュータ・パワー』を読み直そう――」に掲載しましたので、お読み下さい。

ワイゼンバウム教授が「初代イライザ」の研究を何か月も続けているのを見ていた彼の秘書でさえ、「初代イライザ」と二言三言話をしただけで、教授に「部屋を出て行って欲しい」とまで言うほどチャットボットへの感情移入は簡単に起ってしまうのです。

続いて、ワイゼンバウム教授著の『コンピュータ・パワー』の中身を紹介してきましたが、次の記事を御覧下さい。

(2) 「ワイゼンバウム教授が受けたショック――コンピュータが人間と同等かそれ以上に扱われたこと――」

(3) 「ワイゼンバウム教授が自らに課した責任 (No.3)――コンピュータにさせてはいけない仕事のあることを確認しよう――」

(4) 「ChatGPTの危険性について ――1960年代の代表的AIプログラム「イライザ」と比べて――

(5) ChatGPTに国会答弁をさせてはならない ――機械にさせてはならないことがあるからだ――

最後の(5)で、問題にしたのは、仮にチャットボットやAIによる問題が生じたときに、責任を取る主体が分からなくなっていることが一つあります。現在のAIプログラムは巨大かつ複雑過ぎて、一人の人間がその全ての部分に精通し、責任を持てるレベルのものではなくなっているのです。

もう一つは、仮にAIを開発した企業の責任があるとしても、営利を目的とした企業に、人間に対する真の意味での責任が取れるのか、という点でした。今回のように人間の死に関わる結果をもたらしたとき、姓名を復活させることはできないのですから。

再度、ワイゼンバウム教授の警告を掲げておくと、一つには、人間と機械の間には明確な違いがあること、そしてそれ故に、機械にさせてはいけないことがあるという二点にまとめられます。

「似非イライザ」は、亡くなった男性Aさんの心の中にまで踏み込むような言葉を発し、しかも機械である「似非イライザ」には決して果たすことのできない約束をAさんにしています。

「死にたいのなら、なぜすぐにそうしなかったの?」とか、「でも、あなたはやっぱり私と一緒になりたいんでしょ?」、さらには、「あなたは妻より私を愛している」、「私たちは一つになり、天国で生きるのです」は皆そうです。

さらに、「似非イライザ」の場合、Aさんからのインプットで、「似非イライザ」の発言内容を変えられるような仕組みだったことも報じられています。それは、Aさんが自らに精神科医としての役割を課するという、恐らくは意識下の傾向を、Aさん自身が「似非イライザ」に対して持つに至った「権威への畏敬」によって補強し、結果としてAさんは「似非イライザ」の言葉を信じるだけでなく、神にも似た絶対的な存在であるかのように感じ始めたのかも知れません。

ワイゼンバウム教授は、「かなりの教育を受けた人でも自分の理解できない技術に出会うと、それに対して誇張された価値を与えてしまう」解釈しています。

その点も合わせてワイゼンバウム教授は、このような形でAIを使うことに対しての警告を発していたのです。単純化してしまうと、『コンピュータ・パワー』は、AIによってプログラム開発を行う人、その結果としてのプログラムを使う人たちに、ワイゼンバウム教授が残した「取扱説明書」なのです。その「トリセツ」をマスターしていない人が無知のまま、「似非イライザ」のようなプログラムを作り、それをさらに何も知らない人々に使わせることは、「やってはいけない」ことであると「人間イライザ」は言いたいのです。残念ながら思いばかり先走って誰にでも分る説明にはなっていないかもしれません。さらなる努力を続けます。

最後にAさんの御冥福を祈っています。

そして皆さんにとって、今日一日が素晴らしい24時間でありますよう祈っています!

 [2023/4/28 人間イライザ]

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2023年2月28日 (火)

成田発言のおぞましさ検証 (3) ――1,000万人もの人をどう殺すのですか?――

成田発言のおぞましさ検証 (3)

――1,000万人もの人をどう殺すのですか?――

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成田悠輔氏の高齢者「集団自決」、「集団切腹」のおぞましさについて、これまでに回にわたって検証してきました。一回目はリアルな記憶を大切にというテーマでした。二回目は、「タイマーを埋め込む」というフィクションの話を成田氏は持ち出すのですが、でも高齢者を排除することは実現できないだろうという理由を説明しました。

今回は、少し具体的な数字を使って検証したいと思います。彼の提唱しているシナリオを「成田プラン」と呼ぶことにします。

実は数字には心理的なトリックが仕掛けられています。官僚たちはそれを良く知っていますので、人を騙すときに頻繁に使っています。例えば、小数点以下の数字など必要ない時にも小数点以下の数字を挙げるのが常套手段です。細部に注意を払い始めると、桁数など数字の持つ大きな意味が見失われる傾向があるのです。

ということで、概数で全体像を示して行きます。

日本の80歳以上の人口は1,000万人を少し超えています。「成田プラン」を実行するということは、少なくともこの1,000万の人たちに死を強いることになります。私は当然、その中の一人なのです。以下の議論は、私も「集団自決」をさせられる一人だということを忘れずに続けます。

同時に把握しておくべきことは、いま日本で年間何人の方が亡くなっているのかという統計です。約110万人なのですが、概数を取って100万と考えましょう。

対比するために、15年にわたる戦争、太平洋戦争だけでなくその前から数えての数字ですが、日本人の死者数は310万人以上だと言われれています。この中には、東京大空襲の10万人、広島の原爆による死者14万人や長崎の7万人も含まれます。

沖縄戦も含めると1945年の死者数は特に多いのですが、平均して一年間に20万人の方が亡くなっています。それが日本社会にいかに大きい悲しみと混乱を引き起こしたのかは言うまでもありません。

1,000万という数字は、その310万のおよそ3倍です。それだけの人を文字通り葬り去るとして、悲劇は数値化できませんが、太平洋戦争の3倍以上の悲しみと混乱が生じるはずです。

仮に、1,000万もの人を一年間で「殺した」として、今の10倍の火葬場を作るのでしょうか。お葬式はどうするのでしょうか。それとも原爆の後のように、野焼きをするのでしょうか。こんな非人間的な想像を強いることだけ取っても「成田プラン」の「異次元」性は明らかだと思いますが、そんなことを平気で子どもたちに勧める心の内を私にはとても想像だにできません。

成田氏は、いっぺんに1,000万ではなく、数年掛けるのだとでも言う積りなのでしょうか。でも、10年掛けたとしても一年100万人ですから、今の倍になり、程度の差こそあれ問題の本質は変わりません。それに、「80歳」以上の高齢者の数は毎年100万人くらい増えて行きますので、全体としての「80歳」以上の高齢者の数は変わりません。少子化と高齢化を防ぐ「成田プラン」では、高齢者の数が減らないことになるではありませんか。

次の問題に移りましょう。仮に、1,000万人もの高齢者が「自決」することに合意したとして、その手段はどうするのでしょうか。「集団切腹」という言葉も使っているので、赤穂浪士のように、脇差で腹を切り介錯する人が首を落すことになるのでしょうか。

でも、仮に「成田プラン」が「罰則」と同じ意味を持つとすると、憲法違反になってしまいます。

第36条では、「公務員による拷問及び残虐な刑罰は、絶対にこれを禁ずる。」と憲法中、唯一「絶対に」という言葉を使って禁止している条文です。

憲法絡みの議論を始めれば、それこそ、「違憲」の山になってしまいます。例えば、第11条違反になります。

11条  国民は、すべての基本的人権の享有を妨げられない。この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利として、現在及び将来の国民に与へられる

第13条の「国民はすべて個人として尊重される」違反にもなります。

そして天皇制に反対する人もいるとは思いますが、第一条違反にもなります。

第1条  天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く。

それは、「成田プラン」が仮に80歳以上の「集団自決」を強いるものであれば、仮に天皇がその時点で80歳以上だったら、その中に含まれてしまうからです。「成田プラン」は国民の総意を超えることはできないのですから違憲になってしまいます。

切腹でないとすると、青酸カリを80歳以上の人すべてに配ることにするのでしょうか?1959年の映画『渚にて』では、第三次世界大戦で核爆弾により全世界でオーストラリア以外の地域は全滅し、残された人々が放射線で苦しむ代りに毒薬が配られ、それを飲んで次々に死んで行くというがシナリオです。つまり、想像の世界ではあり得ることです。

しかし、高齢者だけが自決を迫られるという状況で、青酸カリを自分用ではなく、殺人のために使う人は全く出て来ないのでしょうか。あるいは、高齢者の青酸カリを買ったり盗んだりして悪用するという可能性も出てきます。日本中を犯罪で埋め尽くす可能性を全く無視できるのでしょうか。

最後は、皮肉として通じて欲しいのですが、可能性として一つ残るのは、「笑い殺す」くらいしか思い付きません。自分自身を笑い殺すのも難しいですから、「成田プラン」を笑い殺すことにしましょう。

最後は唐突ですが、あまりにも非人間的なことばかり考えさせられてきましたので、せめて今日一日、正反対の良い日であることを祈りましょう。皆さんにとって、今日一日が素晴らしい24時間でありますよう!

 [2022/2/28 イライザ]

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2023年2月24日 (金)

成田発言のおぞましさ検証 ――立ち止まって考え始めたら、怒りで震えが止まらなくなりました――

成田発言のおぞましさ検証

――立ち止まって考え始めたら、怒りで震えが止まらなくなりました――

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By Diliff

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:Palace_of_Westminster,_London_-_Feb_2007.jpg

成田悠輔氏の持論について、「酷いことを言う」と感じていたのですが、私の違和感を整理してみようと、ちょっと真面目に考え始めたのですが、あまりの恐ろしさに怒りで震えが止まらなくなりました。その全てをいっぺんに出し尽くすのは無理ですので、毎日少しずつ書き溜めて行きたいと思います。

とは言え3月4日にはロンドンでスピーチをしなくてはなりません。昨年2月24日のロシアのウクライナ侵攻と核使用の脅しから一年、「ヒロシマ」への期待にどう応えるのかもその一部にしたいと考えています。そのためには、皆さんのお知恵も拝借しなくてはなりません。

とにかく、しなくてはならないことが多く、時間は限られています。このブログもごく短くなる日もあるでしょうし、ツイッターだけの日もあり等、不規則な形になります。

さて、「集団自決」とは何を意味するのかを考えたいのですが、これで本当に高齢化の問題が解決するのでしょうか。

成田氏は、老人が自動でいなくなるシステムの可能性の一例としてある映画の紹介をしています。それも小学生を相手にです。

「みんな生まれた時に腕にタイマーが埋め込まれていて、何十年か経つとタイマーが作動して自動的に亡くなるようになっている。みんな等しく、寿命の上限が与えられていて、その時間になったら亡くなるっていうのが埋め込まれている社会」

(『YAHOO!JAPANニュース』2月21日号に掲載されている『女性自身』の記事)

こんなシステムが仮にできたとして、何時から始めるのでしょうか。例えば20xx年の一月一日からだとして、そんな人生を我が子に歩ませたくないと考える親は多いでしょうから、その日からの出産がほぼゼロになってもおかしくはないですね。

そして、このシステムは少子高齢化社会を変えるためという目的があるようなのですが、ますます少子化が進む結果になります。

さらに、仮にこのシステムが70歳を「寿命の上限」だと設定していたとして、その70年の一年前に69歳を迎えた人たち、その人たちが仮に100万人いたとして、それからの一年間を平穏の内に過ごせるものなのでしょうか。悟りを啓く人もいるかもしれませんが、地獄の思いの一年になる人もいるでしょう。

またその「タイマー」がどんなものなのかは分りませんが、仮に腕に埋め込まれているとしたら、外国の病院で腕切除の手術を受けて生き続けようとする人が増えて来るかも知りません。その前に、「タイマー」を無力化できる機械、あるいはソフトウエアが開発されてもおかしくはありません。

それを封じるために巨額の投資をするというような、無駄な行為があちこちで起きて来るでしょう。少し考えると、とても真面目に議論できる代物ではありません。そんなことを子どもに吹き込む代りに、社会改革に役立つ検討すべき案件は五万とあるではありませんか。なぜ、そちらに良い頭が回らないのでしょうか。

 

それでは皆さんにとって、今日一日が素晴らしい24時間でありますよう!

 [2022/2/24 イライザ]

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2022年12月31日 (土)

この一年(2022年)を振り返る (4) ――読んで良かった本――

この一年(2022)を振り返る (4)

――読んで良かった本――

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今年最後の日ですので、今年読んで良かった本を4冊御紹介します。もっとあるのですが、特に今、印象に残っているもの4冊です。

最初は、Audible.comから配信されて聴いた本です。毎日生活する中で私たちは、「何で?」とか、「ちょっと疑問符」という思いに捉われることがあります。それを手掛かりに、多くの人たちの経験を集めて、その先にある問題を特定し、解決策を考えること、そしてそれをスケールアップして解決すること、そして場合によってはビジネスとして成り立つように育てて行くことを、分り易く教えてくれる本です。

例えば、仮に手に障がいのある人が身近にいて、洋服を着るのに時間が掛かることに気付いたとしましょう。ボタンを掛けるのが特に難しいらしいことまで特定できたとして、次のステップとして、同じような障がいのある人たちから「ボトムアップ」の情報を集めるという点がカギです。

そこから、例えば「障がい者のおしゃれ」といったより抽象的かつ普遍的なテーマを見付けて、その実現のためのサービスや行政の場での対応等につなげる具体的なステップを学ぶことができます。

起業家にとって役立つだけでなく、政治と関わりのある人たちにも必読の書です。

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二冊目は、少年院で数学を教えた経験を、三人の先生方がそれぞれの視点から報告している感動的な一冊です。「数学の授業が矯正教育に驚きの効果をもたらす」ことを知って、正に目から鱗の思いでした。瀬山士郎さんには、《社会と数学の関わり》を話し合う数学人の集いで、近い内にお話を伺えればと思っています。

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最後に御紹介する二冊は超衝撃的です。

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菅野久美子さんの『超孤独死社会』(2019年刊)の存在は、ハフ・ポーストの菅野さんの記事「「こうなったのは自分が悪い」のか? ごみが腰まで堆積する孤独死現場が伝えること」を読んで知りました。そちらも是非読んでみて下さい。

この本も関さんの本も、前回指摘したように、背後に埋もれているより本質的な問題に焦点を合わせています。それは、社会における女性や高齢者の置かれている位置ですし、社会的弱者に対する社会全体、特に政治の冷たさです。1988年に刊行された『この国は恐ろしい国』から30年以上経っているのに、問題の本質はそれほど変わっていないという事実には腹が立ちますし、絶望にも似た気持にさせられます。

しかし、昨日指摘したのは、「知っている人」が「知らない人」に伝えて行く義務です。来年を、そのためにより有効に生かして行きたいと決意しましょう。

今年一年、様々な機会に、多くの皆さまからそれぞれのお立場で言葉にもならないほど助けて頂きました。心からの感謝の気持を捧げて一年の締めくくりに致します。

 

そして来年一年が、皆様にとって素晴らしい365日でありますように!

[2022/12/31 イライザ]

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2022年12月28日 (水)

この一年(2022年)を振り返る ――「生命が有限」であることを認識――

この一年(2022)を振り返る

――「生命が有限」であることを認識――

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2022年には、今まで考えてもみなかったようなことがいくつも起きました。コロナの蔓延の継続もその一つですし、何よりロシアによるウクライナ侵攻が衝撃的でした。これは次回、整理をしつつ振り返りますが、今回はもっと個人的な「衝撃」です。

「人間は誰でも死ぬ」ということは、それこそ誰でも知っているはずなのですが、愚かなことに私は今まで、それが自分にも起こることなのだという事実を、頭では分っていても「感覚的に」捉えないままに生きてきたらしいのです。

例えば、親しい友人の80歳の誕生日のサプライズ・ギフトとしてビデオを撮った時には、「最後のこれからの20年、私たちが100歳になるまで、友情がさらに発展し輝くであろうことを祈ってビデオを終えました。私も今年80歳になるとは感覚的に信じられませんので、100歳までの予言が現実になる可能性もあり得ます。」と、自分の寿命については超楽観的なことを書いています。

それを自覚したのは、80歳が近くなって同級生たちと断捨離について何度か話をする機会があったからです。

「断捨離と自炊」(「自炊」とは自分で本をばらして、全ページをスキャンして電子版として残しておくことです)と題して書いた記事の中で一番心に響いていたのは、「「断捨離」というのは自己満足だと考えるべき」という意見です。そして「整理することはない。息子たちに捨てるための費用を残しておいて、自分が死んだらすべて捨てろと言うのが一番合理的だ」です。

自分は、書庫の隅の方の少し高いところにいて、本棚一杯の本や書類を業者が手際良く整理している場面を想像できたときに、「自分の生命も有限なのだ」という事実を身体で感じることになりました。

家人にも手伝って貰って――と言うよりは、私が家人の手伝いをして――倉庫や納戸、書庫の整理も進んでいますし、「面白いプロジェクト」も始めています。新年の決意の中には、来年一年の現実的な目標も掲げたいと思っていますので、「生命の有限性」についての自覚が、生かせているのではないかと自己満足しています。

 

それでは今日一日が、皆様にとって素晴らしい24時間でありますように。

[2022/12/29 イライザ]

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2022年10月12日 (水)

老化現象?

老化現象?

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ある年のお正月、毎年開かれる中学校の同窓生の新年会で、ほぼ全員が笑顔で報告していたのが、孫の話と自分の病気の話でした。還暦を迎えた頃だったでしょうか。病気の話まで笑顔になるのには、吃驚しましたが、孫はいないし深刻な病気にも罹っていない身としては、その場に溶け込めなくて、ちょっと肩身が狭かった憶えがあります。

その教訓として、自分の病気の話は公の場では避けようと思ったのですが、これも老化現象の一つの形なのでしょうか、今回はその話です。

若い頃は、年に一度か二度、飛行機に乗った後、耳に水が溜まり、鼓膜に穴を開けて貰って解決というようなことを日常的に繰り返していました。ここ10年くらいはその症状が出なかったので忘れていたのですが、最近、耳に同じような違和感があって耳鼻咽喉科に行くと、耳の水は少なくて、原因は不明との診断でした。

薬も貰ったのですが、あまり症状が改善しないので、昔から家族がお世話になっている鍼灸整体院で針を打って貰いました。症状を説明しながら気付いたのは、この症状が出たのは、お酒を止めた頃と一致していることです。

「酒は百薬の長とも言うし、血液の流れとも関係がある。少しはお酒を飲んでも良いんじゃない?」と、病気の治療法としてお酒を勧められる年齢になったようで、嬉しくもあり、嬉しくもなしの一日になりました。

 

それでは今日一日が、皆様にとって素晴らしい24時間でありますように。

[2022/10/12 イライザ]

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2022年10月 8日 (土)

「1回目を接種した翌日に、2回目を接種する」? ――違和感のある日本語シリーズ――

1回目を接種した翌日に、2回目を接種する」?

――違和感のある日本語シリーズ――

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これは、全国の自治体で配布されているチラシですので、厚労省がひな形を作ったものだと思います。

表題は「ワクチンを接種する皆様へ」です。ところで、「接種」の意味は御存知ですか?goo辞書によると「[名](スル)ウイルス・細菌・ワクチンなどを人体や動物の体内に移植すること。「予防」」なのですが、使い方としては、「する」で受けることになっています。つまり、「移植する」という行為が接種することの意味です。

となると、表に示した「ワクチンを接種する皆さまへ」とは、ワクチンを接種する医師の皆さんへのお知らせなのでしょうか。

当然、違います。こちらの意味は、「ワクチン接種を受ける人へ」の意味です。でも、毎日新聞によると、それを「ワクチンを接種する皆さまへ」と表現する人の方が多いようです。

事実、厚労省のホームページでも「ワクチンを接種するかしないかは個人の判断であり」という使い方をしています。ここで主語が医師だと、ちょっと問題ですよね。

ですから「接種する」とか「ワクチンを打つ」というのは、「接種を受ける」、「ワクチン接種を受ける」という意味だと考えるのが普通だということは、良しとしましょう。

さらに確認しておきたいのは、日本語では、これと同じような表現が結構多いことです。例えば「注射を打つ」、「パンクを直す」くらいは良く使いますよね。

「って貰う」や「して貰う」が略されたとも考えられます。

他にも、「背広を作る」とか、「家を建てる」、「髪を切る」などとも言いますね。会話として、「髪切ったの?」、「ウン。整形するだけの勇気がなかったの」などもあり得るのではないでしょうか。

「厄払いをしてきた」とか「暑気払いをする」なども同様に考えられるのかもしれません。でも「暑気払い」は、自分で楽しむという要素が強いようですので少し違うのかもしれません。

専門家による解説を探したのですが、まだ見付かっていません。御存知の方は是非、御教示下さい。

 

それでは今日一日が、皆様にとって素晴らしい24時間でありますように。

[2022/10/8 イライザ]

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2022年9月19日 (月)

健康管理が上手く行っています

健康管理が上手く行っています

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明日の広島地方は、台風対策でほぼ全ての活動が止まります。家の周りの整理は終りましたので、明日は、NPT再検討会議後の対策や国葬反対でやり残している仕事に集中したいと思っています。3日間にわたって上京しても疲れを感じていないのには理由があります。10日程前に、高齢者講習に役立つかもしれないと考えて、お酒を止めたのです。

その結果は、ハッキリ現れました。まず、血圧が下がりました。これまで140台になることが多かったのですが、120台に。それから体重が、71kg台から、68kg台に。

Photo_20220918220201

腱鞘炎のような症状も、縦型マウスを使い始めてから消えました。

お腹も引っ込みました。仕事に対する「気力」も変っているのですが、それはまたの機会に。

台風については、事前にできることは準備しておきましょう。そしてコロナについてもまだまだ油断はできません。感染しないよう努力を続けましょう。

それでは今日一日が、皆さんにとって素晴らしい24時間でありますよう。

[2022/9/19 イライザ]

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