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2025年6月

2025年6月30日 (月)

#お隣さんの #ガーデンライト ―――#我が家からの眺めが一番です―――

#お隣さんの #ガーデンライト

―――#我が家からの眺めが一番です―――

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ちょっとブレていますが

 

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忙しさにかまけて、蛍鑑賞の時間が取れなかったのですが、ようやく今夜は、蛍を見に外に出ました。

水害で土や蛍の餌になるカワニナなども流されてしまったようで、数年は諦めていたのですが、昨年から今年は大丈夫だということでした。

一番多く蛍が見えた時には、我が家の庭まで入って来ていたのですが、今年はそこまでは行きません。でも、十分に堪能できました。

その写真を撮る積りだったのですが、夜間撮影のアプリを新スマホに移すのを怠っていました。明日にでも対応しますが、今夜はその代りに、お隣さんのガーデンライトです。

我が家で始めた夏の装飾ですが、お隣さんの方が今や本格的で、しかも一番良く見えるのは我が家なのです。有り難いことこの上ありません。今夜も、蛍を見ながらお礼を言っておきました。

 

皆様にとって、きょう一日が素晴らしい24時間になりますよう!

[2025/6/30    人間イライザ]

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2025年6月29日 (日)

#もう一つの吃驚 #総理大臣になったら ―――#同世代の6人が #魂の一冊を出版―――

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―――#同世代の6人が #魂の一冊を出版―――

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元気な6人

 

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広島で吃驚したことを報告しましたが、上京して同級生たちに会ってもう一つ吃驚したことがありました。

「これが新しい本だ」と言って渡されたのは、タイトルが『私が総理になったら』という本でした。サブタイトルは「昭和を創った男たちから未来の日本へのメッセージ」、そして1番下には著者たちの紹介の一部として「 6人の男の魂の1冊」という説明があって、著者6人の名前が記されています。

年齢的には皆さん、私や同級生と同じ年、あるいは少し上の方たちばかりです。日常的に政治に関わっている方も1人いらっしゃったのですが、その他の方は経営者が主で、政治には直接関わりがない方ですし、本を日常的に書いている方たちでもありません。

そんな方が、失礼な言い方をすれば、「何を血迷って」と形容することで私の「吃驚」度を示したいのですが、『私が総理になったら」というような本を書く気になったのでしょうか?

私にはとてもそんな元気はありません。今更、総理大臣になったら何をするかを想像して、あれをしようこれを変えようと頭の中だけでも複雑怪奇な状況を相手に、何とか提言のようなものをまとめるということを考えただけで、「手に負えない」という気持になりそうです。

しかし、これだけのエネルギーがあるのですから、この6人の皆さん本当にまだお元気で、そして社会的にもっともっと多くの貢献を続け、その印を残して行きたいということだと思います。素晴らしいですね。昔の言葉では「意気に感じて」の出版だということになるのでしょう。6人の皆さんの善意が未来の日本に何とか伝わると良いなと思っています。

せっかくですからこの著者6人と、例えば高校生たちとの間での交流が行われて、そのやり取りや、熱い議論の様子がテレビで放映されるといったような企画を誰か立ててくれると良いんじゃないかなと考えています。

さらに吃驚したのはこの本の作り方です。

6人の方がそれぞれ短い文章を書いて、それを順に並べて本にするとことを考えていたようなのですが、まずそれをAIを使って編集をするというステップを入れたそうです。

それを読むとAIに整理された結果として、原稿の中に凸凹があったり、長短の違い、役割分担の重複等があったりに気付いて少し手を入れられたようです。その結果として格段に本の内容が向上したとのことです。その結果、アマゾンの電子ブックとしてまずは出版したそうなのですが、それを見ているうちに、やはり紙の本にしたいということになり、これもAIを使っての本の形にしたそうです。

ざっと目を通してみましたが、色々と面白い着眼点があったり、皆さんそれぞれの分野のリーダーですので、私の知らない世界からのデータが出てきたりと言うことで、楽しく読ませてもらっています。そして、若い世代との交流ができたらという前にも触れた機会ができれば素晴らしいなあという感想に落ち着きました。

 

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[2025/6/29    人間イライザ]

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2025年6月28日 (土)

#市政記者クラブには #フリーWiFiがない ―――#市役所の守備範囲か #記者クラブの守備範囲か―――

#市政記者クラブには #フリーWiFiがない

―――#市役所の守備範囲か #記者クラブの守備範囲か―――

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記者会見

 

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一昨日26日の午後、広島市役所の記者クラブで記者会見をしました。テーマは先日もこのブログで取り上げたギャバード情報長官の広島・長崎動画、そして核兵器廃絶についての見解について、私たちの対応がどうあるべきかなのですが、当然トランプ大統領の広島・長崎発言も取り上げました。

それについては、昨日のブログでも取り上げています。ところで、26日の記者会見でびっくりしたのは、市役所の記者会見室にフリーWi-Fiがなかったことです。

今政治がらみの話といえば、SNSなしでは見向きもして貰えません。東京都議会の選挙でもそれが話題になりました。昨年の都知事選挙ではSNSを使わない候補者の価値そのものが問われた時代にさえなりました。

それを日常的に報道しているのは、マスコミの皆さんですが、広島市と言えば、政令指定都市の中でもかつてはICTの利用てば1番良いという評価を貰ったこともある都市です。

今は庁内改修中でいろいろなところに支障が出ているようで、例えば、男性トイレが何階か分使えないというような不便さもありますので、それに比べたら小さなことなのかもしれません。

しかし、記者会見室にフリーWi-Fiがないというのはそこで会見をする市民団体あるいは個人には自分のファイルへのアクセスができない場合も出てくるということです。紙の資料を配ってあるから良いということなのでしょうか。

記者会見する人たちの利便性を考えるのは、部屋そのものを提供している市役所の責任なのかもしれません。あるいは記者会見を仕切っている記者クラブなのでしょうか。しかしながら、市民からより多くの人たちに発信する場として、とても重要な市政記者クラブにフリーWi-Fiがない、記者会見をする人たちがWi-Fiを使えないことは、事は早急に改善して貰えないでしょうか。

最低限、「記者クラブにはフリーWiFiがありませんので、テザリングを利用するか、必要な方はモバイルルーターを御持参下さい」くらいの注意書きはどこかに掲示するくらいの親切さがあっても良いのではないでしょうか。

 

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[2025/6/28    人間イライザ]

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2025年6月27日 (金)

#核施設攻撃は #広島長崎と同じ? ―――#日本政府は抗議せよ #トランプは発言撤回せよ―――

#核施設攻撃は #広島長崎と同じ?

―――#日本政府は抗議せよ #トランプは発言撤回せよ―――

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岩盤

 

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既に報道されているように、トランプ大統領はオランダでのNATOの会議に出席した際に、イランに対するアメリカの攻撃は、本質的に広島・長崎と同じだと言う発言をしたようです。つまり、戦争を終わらせるための正しい判断だったということです。

それに対して日本政府が直ちに反論をして、広島・長崎への原爆投下が正しいものだという前提で物を言うのは間違いだと指摘しなくてはなりません。しかし、このブログで指摘したように、日本政府がこの点についてはアメリカと全く同じ意見なので、そんな事は言うはずもありませんし、これまでの方針を今になって覆すほどの勇気はないと思います。

ここで皆さんに気付いて欲しいのは、トランプの言い分はイランを攻撃したアメリカ側の視点でしかないという点です。イランの側から見たらどうなるのかという事はこのブログでも取り上げました。つまり、アメリカのイランに対する攻撃が「パールハーバー」であり、イランの側が仮に核兵器を持っていれば、それでアメリカを攻撃する上での根拠になるという因果関係をイランとしては主張することになるのです。となると、イランからすれば「広島・長崎」とはアメリカに対する核攻撃を意味するというロジックです。

大切なのは、このどちらの側からの視点を取るにせよ、私たちには受け入れられないということです。最大の問題は「広島・長崎」への原爆投下が、トランプの語彙中では、そしてアメリカ社会では、平和の象徴として生き続けていることです。

これが誤りであることを日本政府や広島市、長崎市が声を大にしてアメリカに伝え、世界にアピールすべきなのですが、日本政府は何もしていません。主権在民の日本なので、私たち主権者である市民が主権者であることをある責任を取るための発信をしてからでないと政府は動けないという謙虚な気持が原因かもしれません。だとしたら、私たちが発言しましょう。その結果として日本政府が動くことになるという実績を作りましょう。

そのために、今日は、ほとんど初めてXで、ブログの紹介ではなく、直接のメッセージをポストしました。それをちょっと長めにして分り易くしたものをここに掲げます。

アメリカによるイランの核施設攻撃が本質的に広島長崎と同じだとのトランプ発言に抗議し、撤回を求める。その理由は、生き地獄とさえ形容される被爆者たちの被った人間的苦しみや痛みを全く無視した文脈だから。そして、アメリカによるイランの核施設攻撃が、戦争を終わらせ平和をもたらしたという主張に正当性を持たせるための「比喩」として、原爆投下が使われていること。原爆投下が戦争を終わらせたという主張は事実ではないから。さらには原爆投下が平和の象徴として前面に出されていること。

敢えて付け加えれば、トランプは、本当のところこれは言いたくないのだけれどといった趣旨の言い訳をしています。それなら言わなければ良かったのです。今からでも、即座に撤回すべきです。

もう一点、広島市議会や長崎市等、多くの人や組織がトランプ発言批判をしていることで、救われた気持です。ただ、その批判が、アメリカ社会の現実の厳しさに今一気付いていっていないことを指摘しておきたいと思います。批判の多くは「原爆投下を正当化することは許せない」という主張です。それは当然なので大賛成なのですが、それだけでは不十分なのです。

大切なのは以下の通りです。トランプが広島・長崎を持ち出したのは、広島・長崎への原爆投下を正当化するのが目的ではなかったのてす。イランの核施設攻撃を正当化するために広島・長崎を使ったのです。つまり、広島・長崎への原爆投下の正当性は疑う余地さえないほど正当なものだ、という前提があって成り立つ言葉なのです。

「パールハーバー」が端緒で、その悪を懲らしめるための広島・長崎への原爆投下は疑う余地さえないほど正しい、という絶対的不動の岩盤的存在が、「広島・長崎」であることを肝に銘じてアメリカの世論を変える覚悟がないとアメリカ社会は動きません。

 

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[2025/6/27    人間イライザ]

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2025年6月26日 (木)

#英語の上手い #国会議員 ―――#田村元さん―――

#英語の上手い #国会議員

―――#田村元さん―――

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田村元さん(Wikiwand)

 

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戦争や核兵器という重要ではありますが、大変重いテーマが続きましたので、今回は少し趣を変えて、英語についてのトピックです。

英語の上手い国会議員はたくさんいます。私が一緒に仕事をしたことのある方々の中でも、例えば同時通訳の神様と言われた國弘正雄さんなどはその最右翼でしょう。

ちょっと自慢をさせて頂ければ、私も学生の頃から同時通訳の仕事をしてきました。國弘さんとも一緒のブースに入ったことは何度もあります。

さて今回、英語の上手い国会議員として私が記録に残しておきたいなと思ったのは、そういう意味での英語の上手さではありません。

同時通訳ができるかできないかという尺度ではなく、人間の品格と言ったら良いのでしょうか、誠意の伝わる言葉が使えると言ったら良いのでしょうか、そんな面から感動したエピソードを御披露したいのです。

田村元・元衆議院議長ですが、一年生議員の頃から御指導頂き、いろいろな場面でお声を掛けて頂きました。その中でも懐かしいのは、アイルランド友好議員連盟の会長としての田村さんです。アイルランド議会の招待でイギリスとアイルランド訪問をしたときの事なのですが、何度も一緒に食事をする機会がありました。

ウエイターやウェイトレスはもちろん英語を話すのですが、その人たちとのやり取りも英語ですので、こちらも英語を使います。

そんなやり取りの中で、本当に感心したのは、と言うよりは、私が感動したのは、田村さんが何かを話すたびに、そのウエイターやウェイトレスたちに必ず「please (プリーズ)」という言葉を付けて話をされていたことです。それも自然に、しかもとても品のある発音とそして言葉だったのです。

私が御一緒した国会議員の中で、品のある英語、そして誠実さの伝わる言葉、お互い同士を温かく包む雰囲気を作り出すという点から、田村さんはピカイチだったように思います。

田村先生(政治家でいる内は、「先生と呼ばない、呼ばせない」を通してきましたが、それとは別次元でやはり「先生」が出てきてしまいます)が亡くなられてからもうかなりの時間が経ちますが、このエピソードを後世に残しておくことも大切なのではないかと思い、今回、取り上げさせて頂きました。

 

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[2025/6/26    人間イライザ]

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2025年6月25日 (水)

「#原爆投下は合法」が #日本政府の一貫した立場 ―――#事実が示しています―――

「#原爆投下は合法」が #日本政府の一貫した立場

―――#事実が示しています―――

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日本政府の紋章(Public Domain)

 

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核兵器を廃絶するために、どうしても必要な事はいくつかあるのですが、その一つははアメリカの世論を変えることです。何度も繰り返しますけれども、「パールハーバーという最も卑劣な行為を日本が行ったから原爆を投下した、したがって原爆投下は合法的だし、良いことだった」という、多くのアメリカ人が未だに信じている原爆観も変えない限り、核兵器を廃絶しなくてはというアメリカの意志を作ることはできません。この点はご理解いただけると思います。

アメリカに長い間住んで、この点を身に浸みるほど感じてきましたので、私はこのアメリカの世論を変えるために、様々な活動に従事してきました。それについては、またの機会にまとめておきますが、もう一つ核兵器を廃絶する上での大きな障害があります。

それは日本政府が原爆投下は合法的だという主張をずっと続けてきていることです。これはあまりにも私たちの常識とかけ離れているために、ほとんどの人はそんなことは端から信じようとさえしないくらい、私たちの常識に反しています。日本政府は当然、原爆投下は国際法違反であり、核兵器を廃絶するために、仮に各国の先頭には立たなくても、少なくとも好意的な態度をとっているというふうに考えがちです。

しかしながら、現実は大きく違っています。この点については、昨年12月のこのブログでいくつかの点を挙げてまとめましたので、皆さんには再度そのブログを御覧頂きたいと思います。

その説明の中で、一つ分り難いかもしれないのがNPT、核不拡散条約についての態度です。NPTは曲がりなりにも核兵器の問題について存在する数少ない条約の1つですので、大切にすべきだという事に異論はありません。しかしながら、日本政府が核の問題を考える上でこの条約が「原点」だと言っているところは大きな問題です。

なぜなら、核不拡散条約は安保常任理事国5カ国が核兵器を保有することを認めているからです。つまり、核兵器の保有は合法だと明確に謳っているからです。より詳しくは再度昨年12月の記事をお読みください。

もう一点、では日本政府に対して私たちはどう向き合えば良いのかを考えなくてはなりません。一つの思考実験として、またショック療法として「日本政府抜きで核兵器の廃絶を」という提案もしてみましたので、そちらもお読み下さい。

 

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[2025/6/25    人間イライザ]

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2025年6月24日 (火)

#奇襲攻撃の重さは #日米で天と地の違い ―――#外務省の公開資料もありますが―――

#奇襲攻撃の重さは #日米で天と地の違い

―――#外務省の公開資料もありますが―――

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左から野村大使、コーデル・ハル国務長官・栗栖大使 (Wikipedia)

 

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国際的な危険を正当化するために、「パールハーバー ⇒ 原爆投下」というアメリカ政府や社会が信じてきた因果関係が背景にあることを指摘しましたが、ここには本質的に日本が関わっているのですから、本来であれば平和憲法を持つ日本が平和と言う立場を前面に掲げて、対立する利害関係者の間の調停を行うべきだとも考えられます。

そのためには、元々の基本的パラダイムである「パールハーバー ⇒ 原爆投下」というアメリカの強固な信念を変える必要があります。とは言え、それはアメリカ社会に変って貰うということですので、一朝一夕には実現できないかもしれません。しかし、被団協のノーベル平和賞という絶好の機会に、少しは動き始めるかもしれません。

アメリカ社会を変えるために一番効果的なのは、まず、広島長崎の被爆の実相を知って貰うことが大切です。その上で、核兵器の絶対的な否定と、平和憲法をそれに加えた戦争の否定という立場を伝えて説得することが合理的な順序でしょう。

そして、そのリーダーとなるべきなのが本来は日本政府なのですが、現実は大変奇妙な様相を示しています。まず事実から見ていきましょう。

《宣戦布告の遅れは大使館の怠慢?》

一つ目はアメリカ社会のもつ基本的なパラダイムの前提である奇襲攻撃ですが、日本政府、特に外務省は1941年のパールハーバー奇襲攻撃についてどんな考え方を持っているのでしょうか。アメリカの主張を認めて、「だまし討ち」「卑劣な行為」だと考えているのでしょうか。実は日米で天と地くらいの違いがあるのです。

事実は、様々な文書や証人によって裏付けられるはずですが、それは専門家に任せることにして、私たちがアクセスできる範囲で、何が起こったのかを見ていきましょう。

外務省が1994年に公開した報告書によると、1946年に外務省は宣戦布告の通告が遅れたのは、日本大使館の職務怠慢だと結論付けているとのことです。この事実や関係した事柄については、「withnews」というサイトが分り易くまとめています。

その後、「騙し討ちの日本」、「ずるい日本」といったイメージを、アメリカ社会が形作る上で、この宣戦布告の遅れが、心理的な根拠としてずっと使われてきていましたし、原爆投下の正当化をするためにもこのことが使われています。トルーマン大統領自身、そう述べています。

それほどの大きな不利益を日本に対してもたらした訳ですから、この日本大使館の職務怠慢の責任を外務省の誰かが取らなくてはいけないと通常考えますね。

しかし、実際はどうだったのでしょうか。1941年12月8日の駐アメリカ大使は野村吉三郎でしたし、特命全権大使は栗栖三郎でした。戦後、二人はアメリカ側の意向で公職追放になっていますが、日本政府が彼らの責任を問題にしたということは、寡聞にして聞いたことがありません。

日本政府や外務省が、アメリカ政府や社会のシナリオ通りに、宣戦布告の遅れが原爆投下をも引き落とすほどの大きな問題であったという認識があれば、当然当時の大使であった野村吉三郎や栗栖三郎に対して、懲罰的な対応をしても当然なのですが、そんな事は一切ありませんでした。

野村はその後、例えば吉田茂、当時の総理大臣、の要請に従って自衛隊の創設に関わったり、また参議院議員にもなったりしています。つまり、日本側からの視点では、奇襲攻撃が最悪の罪であるというアメリカの主張は全く認めていないという現実があるのです。

しかしながら、(アメリカがのパラダイムに従えば)、その結果としてもたらされた広島長崎への原爆投下については、日本政府とすれば、到底こんな事は許せない、決してあってはならないという態度をとっても当然のはずですね。こちらについては疑問余地ないと考える人が多いのではないでしょうか。

しかしながら、原爆投下について、日本政府そして外務省の考え方と、私たちの考え方が180度違う方向を向いているのです。これを事実として受け止めることから始めないと、物事は動きません。次回は、これまでも何度も繰り返してきてはいますが、再度この点についてまとめたいと思います。

 

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[2025/6/24    人間イライザ]

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2025年6月23日 (月)

#奇襲攻撃には #核兵器で報復 ―――#広島・長崎の正当化のためのアメリカの論理―――

#奇襲攻撃には #核兵器で報復

―――#広島・長崎の正当化のためのアメリカの論理―――

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沖縄の日に、今起きつつある戦争、そして日本とアメリカの戦争の歴史、さらには今、日本政府の果たすべき役割について取り上げるのは偶然とは思えません。問題は歴史を歪め歴史から学ぼうとしない日本政府です。

イラン時間の6月22日、アメリカがイランの核施設三か所を攻撃しました。大成果だったとトランプ大統領が世界に向かって豪語しました。これが契機になって、第三次世界大戦や、そこまでは行かなくても、2003年のイラク戦争のような世界規模の紛争に広がる可能性を多くの人が心配しています。

日本政府の対応が今一なのは、アメリカからの「指示」がまだ届いていないからなのかもしれませんが、実は歴史的な因果関係――それは日本にとっては非常に重要な因果関係なのですが――と重ね合わせて今回のアメリカの攻撃を考えると、仮にとんでもないことが起きたとしても、アメリカはそれを受け入れざるを得ないような重大な意味を持っています。

それはアメリカ社会が長い間――最近少しは変わってきてはいるのですが――それでもまだアメリカ社会の大勢としては受け入れられている次のような因果関係が存在するからです。

まず、「因」ですが、それは日本が卑劣な奇襲攻撃を真珠湾に対して行ったということです。その悪を懲らすために、アメリカは神から与えられた核兵器を広島と長崎に使った、というのが「果」です。その結果、原爆投下は正当化されると言うロジックです。

それを今回に重ね合わせてみましょう。今回のアメリカによるイラン攻撃は、トランプ大統領も認めているように、立派な奇襲攻撃です。

それをイランの側から見てみましょう。当然この奇襲攻撃は許されません。真珠湾攻撃に対してのアメリカの考え方と同じです。卑劣なそして最悪の行動です。その最悪の卑劣な行為に対してのアメリカの報復の論理を今回イランが採用しても、アメリカは、論理的にはそれに対しての反駁はできないのです。

1941年・1945年の日本を2025年のアメリカに置き換えて、1941年・1945年のアメリカを2025年のイランに置き換えて、同じ因果関係を当てはめるのです。

それは、仮にイランが核兵器を持っていたとして、その卑劣で邪悪な、今回はアメリカによる奇襲攻撃を罰するために、神から与えられた核兵器をアメリカに使っても正当化されると言うロジックになります。

仮に核兵器と言う極端な兵器を使わずとも、つまり通常兵器であっても、アメリカに対して様々な攻撃を仕掛けることについてのイラン側から見た場合の因果関係を、アメリカ政府そして社会は論理的には受け入れざるを得ないのではないでしょうか。

そんな根拠があるのですから、イランとしてはより好戦的なスタンスを選択してもおかしくはありません。

この因果関係には日本という存在が大きく関わってるのですから、日本政府が武力行使の拡大を防ぐために一肌も二肌も脱ぐ立場にある、と私は考えますが、残念なことに、日本政府は戦後一貫して、アメリカ側のロジックを受け入れてきているのです。これまで何度もこの点については触れてきていますが、次回、再度お浚いをしたいと考えています。

 

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[2025/6/23    人間イライザ]

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2025年6月22日 (日)

#BetterAngelsofOurNature #テディー・ローズベルトの言葉 ―――#有言実行―――

#BetterAngelsofOurNature #テディー・ローズベルトの言葉

―――#有言実行―――

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セオドア・ローズベルト (Wikipedia)

 

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セオドア・ローズベルトは1901年に第26代の大統領に就任しましたが、彼の理想としたのは、次のような人物です。

 “I have always had a horror of words that are not translated into deeds, of speech that does not result in action,” Roosevelt recalled. “I believe in realizable ideals and in realizing them, in preaching what can be practiced and then in practicing it.”

Meacham, Jon. The Soul of America: The Battle for Our Better Angels (English Edition) (p.80). Random House Publishing Group. Kindle 版.

私が常に嫌っていたのは、行動に翻訳されない言葉、実行につながらない言葉です。私が何より価値を認めているのは、実現可能な理想であり、それを実現すること、実践できることを公言し、その通りに実践することです。

ローズベルトも、時代の枷には縛られていましたし、限界のある政治家とみる向きもあります。しかし、「The Better Angels of Our Nature」を築いたアメリカのリーダーの一人でもあります。

アメリカの歴史の中で、言行一致や話し合い等の美徳を身に付けた大統領だけが活躍した訳ではありませんが、浮き沈みを繰り返しながら、それでも人類が積み重ねてきた「The Better Angles of Our Nature」の伝統を守りさらに磨き上げた人たちのいたことも事実です。

確認されている事実を平気で「フェイク」と断定する大統領の対極にある人たちですが、ウクライナやガザ、イラン等の問題処理についても、やはり世界の世論がリードするように、私たちが頑張らなくてはならないことなのかもしれません。

 

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[2025/6/22    人間イライザ]

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2025年6月21日 (土)

#BetterAngelsofOurNature #アイゼンハウワーの #大統領像 ―――#相手を殴りつけるのではなく #忍耐強く交渉すること―――

#BetterAngelsofOurNature #アイゼンハウワーの #大統領像

―――#相手を殴りつけるのではなく #忍耐強く交渉すること―――

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ホワイトハウスのアイゼンハウワー (Wikipedia)

 

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イランへの攻撃は諦めないイスラエルと、協議によって解決すると方向転換したトランプとの対比が際立っています。協議が上手く行くことを祈っています。

だったらなぜ、2018年にイランとの核合意を一方的に破棄したのか、トランプの考え方は理解不能です。合意が続いていれば、イランの核開発には一定の歯止めがかかり続けたはずなのですから。

「小児型強弁者」であるトランプの意図をああでもない、こうでもないと推測する愚は止めるに越したことはないのですが、アメリカが世界に持つ影響力は余りにも強大です。来年の中間選挙、そして2028年の大統領選挙で、アメリカ社会に脈々として流れ続ける「The Better Angels of Our Nature」が勝利することを期待しつつ、それがどんな流れなのかをお浚いしておきましょう。

その一環として、ハーバード大学がトランプに対して断固とした態度を貫いていることと、その背景をシリーズとして取り上げましたので、そちらもお読み下さい。特に、その二回目では、「The Better Angels of Our Nature」の対極にある「小児型強弁者」について取り上げましたのでそちらもお読み下さい。

まず、第二次世界大戦のヨーロッパ戦線で活躍したドワイト・アイゼンハウアー元帥は1953年に大統領に就任しましたが、リーダーの資質について次のような言葉を残しています。出展はMeacham, Jon. The Soul of America: The Battle for Our Better Angels (English Edition) (p.39). Random House Publishing Group. Kindle 版です。.

 “Now, look, I happen to know a little about leadership. I’ve had to work with a lot of nations, for that matter, at odds with each other. And I tell you this: you do not lead by hitting people over the head. Any damn fool can do that, but it’s usually called ‘assault’—not ‘leadership.’…

I’ll tell you what leadership is. It’s persuasion—and conciliation—and education—and patience. It’s long, slow, tough work. That’s the only kind of leadership I know—or believe in—or will practice.”

日本語訳は大筋次の通り。

「さて、私はたまたまリーダーシップについて少しは知っています。私は、お互いに対立する関係にあった多くの国と仕事をしなければなりませんでした。そして、私が言いたいのは次のことです: 人の頭を叩いてその人ををリードすることはできません。それは、どんな愚か者でもできることなのですが、普通それは「リーダーシップ」ではなく「暴行」と呼ばれます。

 リーダーシップとは何かと言えば、それは説得であり、妥協であり、教育であり、忍耐です。時間が掛かり、ペースは遅い、大変な作業です。それが、私が知っている、または信じている、または実践する唯一の種類のリーダーシップです。」

愛称が「アイク」だったアイゼンハウワー大統領の政治家としての評価はいろいろありますが、リーダーシップについての言葉は、彼が第二次世界大戦中の連合国の首脳だけではなく、アメリカ軍の名でも、有能な人物として認められた理由そのものでした。

「The Better Angels of Our Nature」を築いたアメリカのリーダーの言葉は続きます。

 

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[2025/6/21    人間イライザ]

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2025年6月20日 (金)

#前開きの #パジャマ #ありました ―――#Hさんからの #有り難いお手紙―――

#前開きの #パジャマ #ありました

―――#Hさんからの #有り難いお手紙―――

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Hさんのお送り下さった画像とサイトのコピー

 

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先日、前開きのパジャマが見付からないことを記事にしました。その後、あるサイトで前開きのものがあったのでそれを買ったのですが、事後報告をしないままでした。実はそのことを気にかけて下さった呉市のHさんから今日お手紙を頂きました。

記事では前開きのパジャマが全くないために困っているというメッセージを発信しました。Hさんはネットや近くのお店等をリサーチして、前開きのパジャマのあることをお知らせ下さいました。御親切、有難う御座います。

加えてこれまでブログで取り上げた、草取り用の椅子とか、ベンチなどについても参考になるサイトや品物についての情報も送って下さいました。大変有難く、感謝とともにこの場で報告させて頂きます。

それともう1点、実はHさんはブログのコメント欄にコメントを送ろうとしたところ、コメントが受け付けられなかったので手紙にしたと書かれています。その点について説明をしておきます。

私のブログへのコメントは、メールアドレスを入力して頂くことと確認用の数字を読み取ってそれを入力してくださることで、コメントの受付が終るのですが、外国のIPアドレスからはコメントができないようになっています。

それは外国のIPアドレスからの迷惑コメントが山のように届くからです。日本語のサイトですからそれで問題はないはずなのですが、例外がありました。

それはVPNを使っている方の場合、VPN経由のIPアドレスが外国のものになっている可能性があるようなのです。私自身、頂いたコメントへのお礼のコメントを送ろうとして「外国からのIPアドレスは受け付けません」という理由で、送れなかったことがあったのです。試行錯誤をして、その場合にはVPNを数分間停止してコメントを送れば良いことが分りました。

その他の可能性があるのかもしれませんが、取り敢えず、この方法をお試し下さい。御迷惑をおかけしますが、外国からの迷惑メール防止のための措置ですので、御理解頂ければ幸いです。

最後に改めてHさん、ありがとうございました。

 

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[2025/6/20    人間イライザ]

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2025年6月19日 (木)

#心は死なない。 #脳外科医の #結論 ―――#臨死体験の #説明が付かない―――

#心は死なない。 #脳外科医の #結論

―――#臨死体験の #説明が付かない―――

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ウォーキング中にいろいろな本を読んでいますが、最近読んだ本のタイトルは『The Immortal Mind』です。直訳すると、「死ぬことのない心」です。あるいは、「心は死なない」。ここでは、「mind」を「心」と訳しましたが、その他にも、「soul」、こちらは「魂」とか、「精神」という意味ですが、全体として、肉体と対になって語られる心とか、意識、精神を指します。哲学的、心理学的など専門分野ではそれぞれ正確な定義があるのだろうと思いますが、ここでは、「マインド」という言葉を代表として使います。

神様がいると信じている方には、「マインド」の存在は明らかだとも思いますし、やがてはコンピュータが意識を持つようになると考えている方にも、その意味は明らかでしょう。ただし、後者の皆さんは、人間の存在とは肉体だけであって、それとは独立した形で「マインド」、つまり心とか精神とかというものは存在しないと考えているはずです。それは通常、無神論とか唯物論と呼ばれます。

対して、この本『The Immortal Mind』の著者、脳神経外科医のエグノー博士は医師になったときには無神論だったのですが、自分の医師としての体験や自らの人生の様々な出来事から、神の存在を信じるようになりました。この本の中で圧倒的に多くのページが割かれているのは、心が物体としての働きだけでは説明できない具体的な例の記述です。

その中でも特に印象深かったのがある女性の臨死体験です。

彼女は重篤な患者さんで、脳にある腫瘍を切除することになったのですが、大変に難しい手術で、低体温下で血液の循環を止めるという状態でしか手術をすることができなかったそうなのです。

その低体温とは15.7度だったと思いますが、その低さに抑えられ、心臓は止められ、血液の循環が全くなくなりました。その状態で高度の技術を持った医師が腫瘍を切除し、その後、身体を温め、血液の循環も元に戻すことによって蘇生されたとの事なのです。

ここからが驚くべきことなのですが、意識を取り戻した後、彼女はその手術の一部始終を細部にわたるまで正確に記憶していたのだそうです。特に専門家である医師の技法というのが、彼が独特に編み出した特別なものだったにもかかわらず、その手術の術法を具体的に説明することができたというのです。

人間の意識が身体というメカニズムの中にあって、そしてその中にある化学反応、電気的な作用によって生じるという説明では、この臨死体験をした女性の記憶の説明は全くできないのです。身体的には、彼女は死んでいたのですから。

となると、人間の身体という存在、肉体とは何らかの形で独立した存在として心がある、あるいは精神意識と言っても良いのでしう、そういうマインドがあるとしか説明がつかないというのがこの本の主張です。

では一体この人間の心、マインドはは肉体とどう関係付けられるのか、どう説明すれば良いのかという大きな疑問が生じます。しかし、この臨死体験一つを取っただけでもその説明が付かないという点で、とても説得力のある一冊でした。

それは神がいるからだと理由を挙げる方には問題のないことかもしれません。でも、唯物論的、あるいは無神論を少し修正するような形での何らかの合理的な説明があっても良いような気もするのですが、何方か御存知の方がいらっしゃいましたら教えて頂けると幸いです。

この疑問は、私の気持の中にも長い間くすぶっていたものなのですが、私が尊敬するフランスの哲学者、アンリ・ベルグソンも次のようなことを言っています。

20世紀の主な課題はアンコンシャス、あるいは意識下がどのようなものなのかを探求することだ。つまり、マインドを培う土壌がどのようなものなのかを探求することだ。

残念ながら20世紀では解決できませんでしたけれど、この問題についてはなお多くの人が探求を続けているようです。

 

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[2025/6/19    人間イライザ]

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2025年6月18日 (水)

#イランの核開発と #アメリカ #イスラエル ―――エゴのぶつかり合いで人類を滅亡させて良いのか―――

#イランの核開発と #アメリカ #イスラエル

―――エゴのぶつかり合いで人類を滅亡させて良いのか―――

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イスラエルがイランを攻撃し、イランが報復、そして連鎖が始まり核兵器の使用さえ辞さないという危機的状況になっています。マスコミの報道は、今目の前にある危機を中心に報道していますので、全体像がなかなか見えてきません。ということで、Wikipediaに登場して貰って、ここ10年間のお浚いをしておきましょう。

  • 2015年714 - P5プラス1とイランの核協議が最終合意に達する。イラン側は核施設の大幅な縮小や条件付き軍事施設査察を受け入れたが、核開発能力自体は維持されることになった。
  • 2016年116 - IAEAがイランの核施設縮小を確認したと発表。イランとP5プラス1による最終合意が履行される。
  • 2017年77 - 国連総会において、核兵器の製造、実験、保有、移送、使用、それを用いた脅迫などを完全に禁止した核兵器禁止条約を採択。ナジャフィ大使は、この条約が採決された後、「イランは世界で核兵器の保有や使用、それを使った脅迫を禁じるこの条約の目的を力強く支持する」と語った。
  • 2018年5 - アメリカのドナルド・トランプ大統領が合意からの離脱を宣言し、これを受け、イランのモハンマド・ジャヴァード・ザリーフ外相はP5プラス1の米国を除く5カ国を歴訪して合意維持を確認[49]。米国離脱後初の協議であるウィーンでの5者委員会でも合意維持で一致した[50]
  • 2019年
  • 1月31 - アメリカによる制裁下でのイランとの貿易仲介のため、英独仏が特別目的事業体SPV)をパリに設立[51]
  • 2019年5 - アメリカがイラン産原油を全面禁輸する。イランが核合意の段階的履行停止を宣言する。
  • 2024年104 - アメリカのトランプ元大統領(2024年アメリカ合衆国大統領選挙出馬中)は、イランがイスラエルに向けて行った弾道ミサイル攻撃への報復として、イランの核施設を攻撃すべきと示唆した[52]

2015年より前の動きについては、Wikipediaをお読み頂きたいのですが、基本的にはイランが自前の核兵器を保有するための準備を着々と進めていたことは、IAEAの報告等で明らかです。でも表面的には、イランは核不拡散条約 (NPT) を批准していますし、核兵器禁止条約も歓迎しています。

対してイスラエルは、NPTには加盟していませんが、核兵器は保有しています。その数は90発だと言われています。

核不拡散を目的の一つにしているNPTには入っていないイスラエルが、核を持とうとしているイランを非難するのもおかしな話なのですが、NPT加盟国のイランがその義務を果さずに核保有に走るのもおかしいことは同じです。「目○○、鼻〇〇を笑う」の典型ですが、その結果が人類の滅亡につながりかねないのですから、諺で済ませる話ではありません。

しかしながら、多くの人達がホッと一息ついたのは、2015年に安保常任理事国5ヶ国とドイツがイランとの間に、核合意を結んだことでした。双方が歩み寄った形になったからです。

問題は、2018年に、トランプ政権の一期目に、アメリカが一方的にこの合意から離脱したことです。イランが合意から逸脱した場合には経済制裁をすることが、一つの切り札だったのですが、今回の関税問題でも明らかになったように、アメリカ一国の持つ経済的な力が大きいのですから、アメリカが抜けた合意は骨抜きだと言っても良い状態になったのです。

イランの核開発には弾みが付きましたし、それが今の状況を生み出したと言っても過言ではありません。そんな危機を目の前にして、トランプ大統領候補は、2024年にイスラエルがイランを攻撃すべきだと、戦争を煽るような発言をしています。

そこで当然の疑問なのですが、2018年の合意離脱の目的は何だったのでしょうか。とここまで書いて、以前警告したことを思い出しました。トランプの言動について、「合理的理由があるという前提で議論をしないこと」です。気まぐれ、自己顕示等々なのでしょう。

そして今日の展開です。トランプ大統領がG7サミットから早退して、イランとイスラエルの間の調停をするらしいとの観測が流れています。成功すれば、自らが蒔いた種を刈り取ることになりますが、どうでしょうか。ウクライナとロシアの戦争も、「一晩で解決する」と言っておきながら、最後には「手を引く」になってしまった轍を踏むのでしょうか。

そうなる可能性もあるとなると、世界の世論が高めて、とにかく戦争を止めさせる、特に核は使わせないという私たちの意志を、アメリカとイスラエル、そしてイランに受け入れさせる手立てを考える必要があるのではないでしょうか。

皆さんのクリエーティブな提案をお待ちしています。

 

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[2025/6/18    人間イライザ]

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2025年6月17日 (火)

#ウォーキングの楽しみ #田圃がきれいです

#ウォーキングの楽しみ #田圃がきれいです

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雨が降って困るのは、日課にしているウォーキングができなくなるからです。でも晴れていれば快適ですし、曇り空なら大歓迎です。

歩きながらの楽しみの一つは田園風景です。特に緑が日々濃くなってゆく田圃の美しさは言葉にはできません。写真では、広がりが上手く伝わりませんが、想像力で補って下さい。

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耳からは、Audibleでダウンロードした本を「読んで」(「聞いて」)います。一冊読み終わりましたので、近い内にその報告をする積りです。

 

 

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[2025/6/17    人間イライザ]

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2025年6月16日 (月)

#国家情報局の #Gabbardさんと連帯しよう ―― #Xの動画を見て下さい――

#国家情報局の #Gabbardさんと連帯しよう

―― #Xの動画を見て下さい――

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Tulsi Gabbard長官 (Wikipedia)

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アメリカのナショナル・インテリジェンスのディレクターであるタルシー・ギャバードさんが、数日前、Xに素晴らしい動画を投稿しました。

彼女が広島を訪問し、資料館を見たことがきっかけになって、広島・長崎の被爆の状況をつまびらかに理解し、二度とこんなことがあってはいけないという信念が固くなったのです。その気持を当時の映像等も交えながら、動画の短いクリップにまとめました。当然、その中には核戦争は絶対起こしてはいけないという強いメッセージが含まれています。まずは動画を御覧下さい。

本来であれば、今こそ日本政府がこの投稿に注目し、「ギャバードさん、核兵器廃絶のために、あなたの力を貸して下さい」と、強力にアピールしなくてはならないほどの画期的出来事です。特に、被爆80周年の今年こそ、核廃絶を目指す仲間を増やし、そして全世界的な運動を展開すべき立場にあるのが日本政府だからです。広島市や広島県、そして平和運動に携わっている人たちもこの機会を逃してはなりません。ギャバードさんの動画を見た上で、彼女にも仲間に入ってもらうにはどうすれば良いのか、その上で、これからの運動をどう展開すべきなのか、大きな議論が起きてもおかしくはない話です。

もちろんギバードさんは共和党員ですし (一時は民主党員で、民主党からの大統領候補として出馬する予定もあったのですが)、 さらにはトランプ政権の閣僚です。Xへの投稿も政権の考え方を示したものではないという但し書きが明確についています。

しかしながら個人の意見ではあっても、これほど明確に広島や長崎の被爆者と同じ考え方を発信しているのですから、そして共和党の非常に重要な地位にある人なのですから、彼女のアドバイスを貰いながら、さらには彼女に私たちの方から連帯の意思を示して、仲間としてこれから活動を共にする可能性を探る、少なくともそんな試みをする価値があるのではないでしょうか。

まずは彼女がこういう発信をしてくれたことに、私たちとして感謝の気持ちを伝えること、さらには彼女の動画の内容がいかに素晴らしいものであるかを評価して、それをより多くの人に伝えるくらいの事はすべきだと思いました。Xへの返信としてその趣旨のことを書き込みました。そして投稿しました。

しかしそれだけでは充分ではありませんので、メール機能を使ってもう少し長く私の考えていたことを伝えましたが、やはり文書として、紙の手紙としてギャバードさんに送ることが大事なのではないかと思い、手紙を書きました。

これを私一人だけではなく、できるだけ多くの志を共にする人たちと共有し、同じような発信をギャバードさん宛に、そしてこの世の中にはまだまだ同じようなことを考えている人があるだろうことを期待しながら、私と同じ行動を取ってくれることを祈りつつ、記者会見をしてより多くの人に知って貰いたいと思いました。

その記者会見の資料として配布したいと思っているギバードさんへの手紙、そして2045ビジョンの私案は記者会見後にアップします。このビジョンついてギャバードさんにアドバイスを貰い、さらに運動方針として、原水禁がこの案を採択してくれることを期待しています。その案もここで皆さんと共有したいと思います。

被爆者が高齢化する中、被爆者の気持を継承していく事は大事です。しかし、被害者の気持の中で一番強いのは核兵器を廃絶して欲しいという気持なのではないでしょうか。となると、核兵器を廃絶して欲しいと言うメッセージを私たちが繰り返すことに加えて、誰かが、廃絶するための具体的な行動を実際に始めることこそ、被爆者の気持に沿うことになるのではないでしょうか。その点についても合わせて記者会見でお伝えできればと思います。

 

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[2025/6/16    人間イライザ]

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2025年6月15日 (日)

#小坪則子さん #有難う御座いました ―― #御冥福をお祈り致します――

#小坪則子さん #有難う御座いました

―― #御冥福をお祈り致します――

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御家族と葵会館からアップするお許しは頂いています

 

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追悼の言葉

2025年6月14日

小坪則子様

こんなに早くお別れすることになるとは夢にも思っておりませんでした。

小坪さんとはもう30年以上のお付き合いになりますね。1989年、被爆教師の会の会長石田明先生に説得され、衆議院議員に立候補することになって、初めて小坪さんのお宅に御挨拶に伺ったときのことをまだ鮮明に覚えています。二階の玄関から入りざま、最初の一言が明るさとパワーに満ちた激励のお言葉でした。それは、自立したお人柄に裏打ちされていました。

また当選後、国会の議員会館までお出で下さった時も、他の皆さんとともに私学助成のための陳情をされてきたという、まさに有言実行そのものの人という印象でした。そして秘書になっていただき、本当に家族同然、いやそれ以上に献身的な仕事をしてくださいました。

公的には、「秘書」としての仕事がありました。例えばスケジュールの管理、その中にはアポの調整、交通手段の確保、送り迎え、時には食事の世話、来客時の接待等々が含まれます。それに加えて、著名人たちに伍しての式典等での挨拶や参列、選挙の際の事務所の統括、市民・有権者の皆さんからの要望を聞きお役所との橋渡しを行い、お金の出し入れも含めていつも懐の苦しかった事務所のやりくり、また、小さかった子どもたちを相手に子守りまでさせてしまいました。一言でまとめると、私の政治家としての人生、いや私の人生そのものは、小坪さんなしでは考えられないほど大切な存在でした。

特に選挙のときの小坪さんの獅子奮迅の働きは見事でした。お陰様で選挙では負けることがありませんでした。(最近の立憲や社民を救うための選挙は別です) 影になり表に出たりとその時々の状況であらゆる場面での小坪さんの仕切りがなければ、選挙そのものが不可能でした。選挙の中心になった後援会の維持や運営、そして事務、また後援会の皆さんとのお付合いもとにかく多くの皆さんがいらっしゃる訳ですから、小坪さんでなくては務まりませんでした。そして保守系の政治家も含めて、広島での様々な人たちとのお付き合いも、私の限られた能力では、とても円滑にこなす事はできませんでした。

もちろん色々と喧嘩もたくさんしましたし、小坪さんから見たらまだまだ至らない点がたくさんあるとは思いますけれども、その一つ一つが私という人間を形作る上でとても重要な要素になっていました。

御家庭にあっては、御主人とのおしどり夫婦振りは、誰もが羨むほどでしたし、お子さんたちも立派に成長され、お孫さんにも囲まれての日々が小坪さんの晩年の幸せの形だったのではないでしょうか。政治家の秘書としては大変助かりましたが、その分、御家族との時間を取り上げてしまったのではないかと、申し訳なく思っています。

小坪さんは大変お強い人ですので、おそらく私よりも長生きされるであろうと想像していました。私が広島に対してそして世界に対して発信し続けたメッセージを、周囲の皆さんに少しずつ伝えていただければ大変有り難いというお願いを遺言の一部として考えていたくらいです。

私の人生の中で本当に大切な存在だった小坪さん、そして小坪さんの傍にいつもいて下さったご主人と御家族に心からの御礼を申し上げます。

もう叶わなくなった夢の一つは、御家族や何人かの楽しい方たちと一緒に、カラオケで小坪さんの「珍島物語」をもう一度聞かせて頂くことでした。私の「MY Way」も「小坪’s WAY」として聞いて頂きたかった。

まだまだ申し上げたいことは多くありますが、その思いは「千の風」に託します。

心からの敬意と感謝の気持ちを込めて、

 

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[2025/6/15    人間イライザ]

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2025年6月14日 (土)

#前開きの #パジャマがない ―― #座るのが #当り前?――

#前開きの #パジャマがない

―― #座るのが #当り前?――

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暑かったり寒かったりがまだ繰り返す状態で、夜着るパジャマが決まりません。半袖半ズボンのパジャマを着た日もあったのですが、夜中に寒くなって長袖長ズボンに替えた夜もありました。

それは、季節に合った一番のお気に入りパジャマが見付からないことにも原因があります。夏と冬の衣替えの最中にどこかに行ってしまったのでしょうか。でもずいぶん古くなってはいたので、この際、買おうと思ってネットを探しました。

ちょっと高めでしたが、良さそうなものがあったので注文したのですが、いざ現物が届いてみて吃驚。パンツが前開きではありません。数年前は、ほとんどのパジャマは前開きでしたので、まさかこんなことになっているとは思いませんでした。改めて、この点に注目してネット上を探してみましたが、ほとんどの男物パジャマが「前開きではない」のです。

これは店頭で見る必要があるのかなと思い数日間待つことにしました。たまたまデパートに寄る用事があったので、ついでにパジャマ売り場を覗いてみました。タオルで有名なUCHINOという店があったので、高級品なら当然、前開きだろうと思い、見てみると、その店の男性用パジャマ--かなり値段は高いのですが――には、前開きのものはありませんでした。同じフロアの他の店も状況は同じでした。

次に疑問が生じました。なぜ、前開きのパジャマがないのか?

コストをカットするために、前開きのパンツはもう作っていないのでしょうか。でも高級店でも同じことだとその理屈が当てはまるとも思えません。

もう一つの可能性ですが、最近は収まりましたけれども、一時ネットでもテレビでも、例えば笑点の小遊三さんあたりが盛んに言っていたのは、家では奥さんに、トイレは座ってするようにと厳命されていたようなのです。

少しめんどくさくはありますが、その方が衛生的には良いでしょうし、掃除をする人から見れば、それに越した事はありません。ことによると、その考え方が浸透して、日本人の男性すべてが、外に出る時、例えば勤めや学校等は別にして、家庭では座って用を足す習慣が定着したせいなのでしょうか?

ほんとに下らないトピックで申し訳ありませんが、私のパジャマ探しはもう少し続きそうです。

 

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[2025/6/13    人間イライザ]

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2025年6月13日 (金)

#紫陽花 ―― #今年は #頂いた花が #多いです――

#紫陽花

―― #今年は #頂いた花が #多いです――

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今年は頂いた花が多くて、嬉しい悲鳴を上げています。この紫陽花もとても美しく元気です。紫陽花の載っている台は、ヒバの原木です。左の方にあるのは、ノーマン・カズンズさんから頂いた記念品です。

今年は外での庭仕事がなかなかできないので、花を頂くだけでも心が癒されます。雨が降ると外に出して、水分も補給しています。そして少し晴れ間が見えてくると、Audibleからダウロードした本を聞きながらウォーキングです。どんな本を読んでいるのかはおいおい報告します。様にとって、きょう一日が素晴らしい24時間になりますよう!

[2025/6/13    人間イライザ]

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2025年6月12日 (木)

#胡蝶蘭のプレゼント ―― #胡蝶蘭博士の説明付きです――

#胡蝶蘭のプレゼント

―― #胡蝶蘭博士の説明付きです――

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最近、初めて聞いたことなのですが、親戚のA子さんは「胡蝶蘭博士」と呼ばれているのだそうです。その博士から、胡蝶蘭を頂きました。それも説明付きです。写真に付いている番号を御覧下さい。それぞれの番号についての説明は写真の下にまとめてみました。

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①成長中の葉

②成長中の根

③水苔の中で育った成長してない根

④枯れた根

⑤成長点

 

何事も、奥が深いですね。胡蝶蘭も一層輝いて見えます。

 

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2025年6月11日 (水)

#我が家のミニバラです ―― #今年もきれいに咲いてくれました――

#我が家のミニバラです

―― #今年もきれいに咲いてくれました――

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何年か前に、近くのホームセンターで買ったミニバラです。余り手も掛けないのてすが、毎年美しい花を届けてくれます。同じような写真ですが、お目に掛けます。

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[2025/6/11    人間イライザ]

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2025年6月10日 (火)

#御近所さんから #天然鮎を頂きました ―― #若鮎ですので #塩焼きでしょうか――

#御近所さんから #天然鮎を頂きました

―― #若鮎ですので #塩焼きでしょうか――

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綺麗な天然鮎

 

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御近所さんから、吉和 (広島市の北方、廿日市市の一部です) の鮎を頂きました。「きれいな川の鮎なので、美味しく召し上がって下さい」と言うメッセージ付きです。

 

今日、頂くのを楽しみにしています。

 

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2025年6月 9日 (月)

#気になる日本語 #シリーズは続いています ―― #初対面 #に切り付ける #に鑑みて #鼻濁音――

#気になる日本語 #シリーズは続いています

―― #初対面 #に切り付ける #に鑑みて #鼻濁音――

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初対面で名刺交換

 

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《気になる日本語》

トランプのイチャモンに対するハーバード大学の反撃について、私の頭の中では一段落 (いちだんらく、です。ひとだんらくではありません。) しましたので、リラックスしながら考えられるトピックに移ります。今回は気になっていることの一つ、日本語の乱れについて取り上げます。

あまり多くなるとまた混乱しますので、四つだけにしておきます。

《はつたいめん》

一つ目は読み違いです。初めての人と会って話をする時、何と言うでしょうか?文字では、初の対面と書きます。読み方は「しょたいめん」です。これを「はつたいめん」と読んでいる人が結構いるので驚きました。

まあ意味はわかるので問題は無いことになってしまうのかもしれませんが、初日の出とか、初雪、初霜とかという言葉に引っ張られたのでしょうか。でも、初夏とか初秋という場合は「しょ」ですよね。どう区別するのか、はっきりした基準はないようなのですが、読み易さかもしれません。それについてはまた別の機会に考えることにして二つ目に行きましょう。

《を切り付ける》

犯罪事件の報道でどのテレビ局も犯人が被害者「を」刃物で切り付けたと報道していました。被害者「に」切り付けると言うのが正しい表現ではないでしょうか?「を」ではなく「に」です。

《を鑑みて》

これと同じように「に」であるべきところが「を」になってしまう例で、ずっと増え続けているのが、何々「に」鑑みて、と言うべきところを何々「を」鑑みと言う表現になっていることです。こちらの方があまりにも頻繁に使われてしまっているので、「に」の代わりに「を」使うことが習慣化してしまっているような気もします。

鑑みるという言葉は、何かに照らしてとか、何かを参考にしてと言う意味すけれども、その本来の意味で使われることがほとんどなく、「何々に鑑みて」という表現にしか現れないので、「鑑みる」に意味でも近いし、音としても近い「考える」という意味だと勘違いして、その前に来る比較の対象を、考える対象、つまり目的語として「を」を使うことになったのかもしれません。

《鼻濁音》

関東生まれ、関東育ちですし、標準語として習った言葉でも鼻濁音は当たり前のこととして使ってきました。広島を含む関西では鼻濁音の扱いが関東とは違っているとは教わりましたが、日常的に違和感を持つことはありませんでした。

しかし、最近になって、全国的なテレビなどで、鼻濁音と濁音との区別がいい加減であることに腹が立つようになりました。最初の内は、鼻濁音にすべきところか濁音になっていることだったのですが、最近は、何が何でも鼻濁音になってしまっているような気がします。

言葉は変わるものですから、多くの人が、特にこれまでの美しい日本語、伝統的な言葉や表現をたくさん読んできた人たちが使い始めればそれで問題は無いのかもしれませんが、やはり私の気持ちの中で美しいと感じる日本語、そして違和感のある日本語についてはできるだけ周りの人たちに伝えながら、より美しい表現を伝統として続けていってほしいものだと思っています。

と、ここまで書いて、集英社の国語辞典を弾いてみると、「時局を鑑みるに」という用例が出ていました。となると、私の感覚がちょっと狭すぎたのかもしれません。(別の説明もありそうですが。) あるいは老化現象で、私の聞き違いが原因だという可能性もありそうです。

 

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2025年6月 8日 (日)

#ハーバードへの #トランプのイチャモン ―― #反論は #ハーバードという #存在そのもの――

#ハーバードへの #トランプのイチャモン

―― #反論は #ハーバードという #存在そのもの――

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ハーバード大学のロゴ

 

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《トランプのイチャモン》

トランプ政権のハーバード大学に対する攻撃、つまりイチャモンですが、それは大きく分けて3つに分類することができるのではないかと思います。

1つは補助金、研究委託費等々の形で、連邦政府そのものあるいは連邦政府が影響力を持つ機関からハーバード大学に支給されいる補助金その他の名目のお金を断ち切るというものです。

2つ目は「反ユダヤ的」な活動をした学生のリストを提出しろ、DEIやクォータ制を廃止しろ等、大学内の言論活動や大学そのものの存在意義に関わるような活動についての圧力を掛け、それらの活動をトランプの思うがままの方向に変えさせるというものです。

3つ目は留学生を排除すると方針を、国務省がビザを出さない、あるいは大学から留学生資格を認める権限を剥奪する等の措置です。

それぞれ理由にもならない理由をつけてはいますが、結局はイチャモンとしか見えません。ハーバード大学がいわば象徴としていじめの対象になっているのは、ハーバードの存在そのものが、トランプ政権の本質に対するアンチテーゼだからだと考えると納得が行きます。存在そのものがトランプの存在そのものに対する反論になっている、だからそれが憎い、何としてでも叩き潰したい、という短絡的なチェーンでの一連の行動でしょう。

《小児型強弁者に対抗するには》

となると、トランプ政権そのものへの対抗手段を考えることになりますが、もう少し的を絞るために、その背後にある小児型強弁者としての価値観、そしてそれを元にした短絡的な判断と決断に私たちがどう対応できるのかを考えてみたいと思います。それを元に、ハーバード大学が合理的な存在としてどのような作戦を取れるのかを推測できるからです。

小児型強弁に対して何ができるのかを考えても、実は合理的にできる事はほとんどありません。しかしながら、幸いなことに、今トランプが起こしていることは、大統領権限によって小児型強弁の価値観を押し付けている訳ですから、大統領でなくなってしまえば、その効果は半減するどころか、無に近い存在になります。つまり2028年の選挙戦で強力な候補を立てて、2029年からは、新たな大統領の下、小児型強弁ではなくて、常識のある1人の人間としての価値観を代弁してくれるような政権を作るということが考えられます。

そのために大統領候補としてふさわしい人を探したり、あるいは来年行われる中間選挙での争点として、言論や思想の自由、そして学術的な研究の重要性についての項目を掲げて、健全な社会の発展のために頑張ることを前面に出す作戦が考えられます。

《闘いは短期戦》

となるとハーバード大学が取るべき対トランプ対策は、1年あるいは3年と言う短期的な対応で済むことになります。

そこで、第一の攻撃、ハーバード大学から資金を引き揚げることを考えてみましょう。ハーバード大学の財政のかなりの部分は寄付金で賄われている訳ですけれど、永久にハーバード大学にお金を注ぎ込みたいと願う篤志家や企業は多くないかもしれません。でも一年か二年なら、あるいは一年に限ってということであれば、かなりの人が、少しは懐が痛むけれど、ハーバード大学を応援するためにお金を出しましょうと言ってくれる可能性は大きくなります。

このような形での支援を求めるドライブをハーバード大学や同窓会の有志達が既に始めていてもおかしくはありません。

イチャモンの二つ目と三つ目については、トランプ政権が法律違反あるいは憲法違反を犯しているという反論がかなり有効ですので、裁判を通してトランプ側の非を立証するのが標準的なシナリオでしょう。

その法律の世界でもハーバードの存在は無視できません。というより、ハーバード抜きでアメリカの法律や政治を語ることは難してほどの影響力をハーバードは持っています。

法律の他に、医学や経済等の専門分野でもハーバードの存在の大きさは改めて明記するまでもなく認められていると考えて良いでしょう。

とは言え、念のためにいくつか例示しておくと、先ずお金の面つまり経済で考えると、アメリカの経済界に君臨する定期刊行物を一つ挙げろと言われれば、それは『ハーバード・ビジネス・レビュー』になるでしょう。また命の面で言えば、ハーバードの医学部それから、附属病院としての役割を果している病院群抜きには、アメリカの医学そして世界の医学は語れません。病院もでは、「マス・ジェネラル」と呼ばれる「マサチューセッツ総合病院」、ハーバード大学医学部の附属病院と言っても位くらいの存在ですし、それに加えて、「ブリガム・アンド・ウィメンズ・ホスピタル」という病院も付属病院の位置付けです。

《ハーバードはエスタブリシュメントの象徴》

法律、経済、医学、等々の専門分野のリーダーたちの中で、ハーバード出身者、ハーバードに属する組織で働いている人たちが多くを占めているという事実がそれを示しています。

しかも、そのほとんどの人たちは、大学の存在の意味、人類の知的な活動の意味等充分理解して、節度を持ってハーバードを支援し、節度を持ってハーバードを中心に据えたネットワーク、系列に連なっていることの影響力を行使してきたと言って良いと思います。

ですから、トランプ政権が無茶苦茶なことをしたからといって、これらの「ハーバード閥」に連なるアメリカのエスタブリッシュメントが形振り構わず、トランプ政権に対抗する手段を使い始めるという事はあり得ません。

しかしながら、2年後の中間選挙そして4年後の大統領選挙を視野に入れると、やはりアメリカのこれまでの歴史、特に知的な活動を中心にした人類全体を網羅する理性的・良識のある社会が、これまで蓄積をしてきた大きな遺産を次の世代に引き継ぐ責任を果すため、今まで以上の影響力を行使するということになると思います。

もう一つマスコミの世界についても考えておきましょう。トランプ政権が得意としているのは、Xを始めとするSNSを縦横無尽に使って、あることないことを巻き散らして、自分たちに有利になるような世論を作っていくことですが、それはアメリカの伝統的なエスタブリッシュメントの手法とは大きく異なります。いわゆるオールド・メディア、その典型的な媒体が、例えばニューヨーク・タイムズですけれども、今後ともニューヨーク・タイムズ、それからボストンに本拠を持つ『The Atlantic』といったような月刊誌、こうした報道機関が事実をもとにした、そして、知的な価値を尊重する方向での報道を、今まで以上にしっかりと続けていく事は、何よりも重要なのではないかと思います。

そしてそのオールド・メディアと連携をしながら、さらにはSNSも賢明に使いながら、アメリカの草の根運動が広がっていくことには期待できます。特に女性たちがこれからどう、より多くの人達の声を結集していくのかという点に注目したいと思います。

《結論とdisclaimer

さて、トランプのイチャモンに対してハーバードがどのくらい本気で反論・反撃する積りなのか、という疑問を出発点にして、ベトナム戦争反対運動との比較もしながら論じてきましたが、こうして一段落してみると、ハーバードを守る上での最大の砦は、ハーバードという存在そのものなのではないかと言うべきなのだということに気が付きました。

そこで一つお断りしておきますが、この一連の記事では、ハーバードが象徴するエリート主義や、ベトナム戦争の際にも問題になったエスタブリシュメントとしての責任等については、単純化して「理想像」としてのハーバードを前面に出しました。ハーバードの持つ構造的な欠陥等については、別の機会に論じることがあるかもしれませんが、今回は、トランプのシッチャカメッチャカなイチャモンに、知的な価値を重んずる私たちの側からの分析ということで、御理解頂ければ幸いです。

もう一点、日本でも、学術会議の会員任命拒否から始まって特殊法人化まで進んでいることについて、ハーバードと比較しても負けず劣らず酷い状況が続いているのにもかかわらず、社会的な関心がないに等しいことに心を痛めています。日本政府の方針もトランプ政権のイチャモンも、人類全体の拠って立つ知的・理性的価値観を、暴力的な強者の好き勝手な政治に捻じ曲げるのが目的なのですから、もっと世界的な規模での共闘が行われなくてはならないと思うのですが―――。(そんな動きがあるにもかかわらず、私だけが知らないということであれば、まだ救われるのですが。)

 

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[2025/6/8    人間イライザ]

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2025年6月 7日 (土)

#ベトナム戦争収拾を提案した #国防長官 ―― #マクナマラは #戦争推進を後悔して #行動に移した――

#ベトナム戦争収拾を提案した #国防長官

―― #マクナマラは #戦争推進を後悔して #行動に移した――

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ロバート・マクナマラ (Wikipedia)

 

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前回は、ベトナム戦争反対運動が所期の目的を達成する上で、マスコミの象徴であったウォルター・クロンカイト氏の果たした役が大きいことを取り上げました。そして、その背後に全国各地の小さな教会で、聖職者たちがその地域地域の人々に同じようなメッセージを届けていたことも大事だったという事実もお伝えしました。

それに加えて、やはりマスコミそのものがクロンカイト氏という存在を生んだという、マスコミの健全性、マスコミの性格そのものも大変重要だったと思います。

その上で最終的に大きな権力を持つ、時の政権が最終的にはベトナム戦争を諦めるという決断に至る上では、やはりその政権内で力を持っていた人物、より広くは社会全体を動かす人物たち、当時の言葉を使うとエスタブリッシュメントと呼ばれる人たちがその気にならなければ何もできないわけですから、そのエスタプリッシュメントの果たした役割にも言及しておきたいと思います。

ベトナム戦争で最初に頭に浮かぶのが、ケネディー政権そしてジョンソン政権で国防長官を務めたロバート・マクナマラです。

《マクナマラの誤謬》

今ネットでマクナマラという言葉で検索をすると、マクナマラの誤謬という項目がたくさん出てきます。それは、物事を定量化して考えること、測定可能な事柄にだけ限って物事を非常に狭く見てしまい、その結果として状況の全体像を把握できないために陥る過ちに陥ってしまうと言う傾向を指す言葉です。それが経営や経済に大きな影響を与えたために、この事象が特に抜き出されて注目されてきました。

「マクナマラの誤謬」の定義は、「量的な観察結果(または測定基準)のみに基づいて意思決定を行い、それ以外を無視することである。」なのですが、より詳しくはWikipediaの記事をお読み下さい。ここで問題なのは、量的には測定できない事象を扱う際に徐々にこの定義が力を以て、最終的には存在しないことにされてしまい、「現実」を正確に把握する上では、その正反対とまでは行かなくても、大変歪んだ記述が「現実」として罷り通ってしまうことです。

特に、ベトナム戦争の遂行に当っては、量的観察結果を元にして作戦が立てられ、その場その場での評価も人間や社会という当たり前の存在さえ無視した枠組みの中で行われる結果になったことが致命的でした。

《ペンタゴン・ペーパーズ》

ベトナム戦争を推進してきたマクナマラですが、戦争が泥沼化する中、66年ころから戦争そのものに対する疑念がマクナマラはじめ戦争推進者たちの間に生まれ、日本大百科全書(ニッポニカ)によると、「マクナマラは同年、米政府が将来二度と同じ失敗を繰り返さぬ教訓とするため、できるだけ客観的な戦争の分析記録をつくるように命じた。」のです。

この記録は、『合衆国ベトナム関係、1945~67年』と呼ばれる公文書ですが、71年にその内容をダニエル・エルスバーグがニューヨーク・タイムズ紙を通して公開し、大センセーションを巻き起こしました。このことが世論をさらに盛り上げることにつながり、ベトナム戦争を終結させる上で、大きな役割を果しました。

機密文書であったこの記録をスッパ抜いたダニエル・エルスバーグ氏の役割は確かに大きなものだったのですが、そちらが脚光浴びる中、文書そのものを作った人がいたという事実には、なかなか思いが至らなかったという現実にも今こそ光を当てておくべきだと思います。

《権力者がどう責任を取るか》

私がここで評価したいのはマクナマラが国防長官でありながら、自分が推進してきたベトナム戦争が誤りだったということを認識し、その認識の上に立って、国語長官としての責任ある行動を起こしたことです。

ジョンソン大統領に対して戦争を収拾するように進言したこともその一つです。ジョンソンはその進言を退け、そのことがマクナマラの国防長官辞任につながっています。

もう一つは、アメリカという国家がベトナム戦争と同じ過ちを将来再び犯さないように、権力と組織の中で、きちんとした記録を残しておくことを決め、国防長官として指示を出しその記録が残されたことです。

権力を持つ側の人たち、つまり為政者たちが自分たちの権力の行使について、一つには権力も過ちを犯すと言う事実を認めることはなかなかできないことです。最近の日本の政治を見れば責任回避の言い訳ばかりですから、この点はすぐにお分り頂けると思います。

このことだけでも賞賛に値するのですが、それに加えて、過ちがあった場合には、それに対して何らかの責任を取らなくてはいけないという責任感があったことが、同じように重要です。さらにはそれを実行したことは特筆に値します。「私に任命責任はあります」と言いながら、それ以上は何もしない某国の総理大臣とは大違いです。

これら三つがとても大事なのですが、敢えてもう一つ付け加えておきましょう。責任を取るための行動を、自分が権力を持つ立場にあるときに実行するという点です。

アメリカでも日本でもお役人を辞めてから、正義の発言をする人は多いのですが、辞める前には何も考えなかったのでしょうか。

アメリカの核政策に関してしばしば感じていたのは、お役人としてあるいは軍人として核政策に積極的に貢献した人たちが、退職して政府における影響力がなくなってから、核政策に批判的な行動を取るケースが一般的だということなのです。

確かに現職にあった時と同じように、核政策を推進し続けるよりは、何らかの反省を元にしてそれに反対する反核の立場を取ってくれる方がありがたいですし、大事なのですが、なぜ退職後にしかその行動が取れないかという疑問は残りました。

しかしながら、マクナマラ国防長官の場合には退職後に行動したのではなくて、国防長官としてペンタゴン・ペーパーズを作成するように命じたのです。

少し一般化した言葉にしておくと、最終的にベトナム戦争が収拾されたのは、それを推進していた側、つまりエスタブリッシュメントの側に、自分たちが過ちを犯したことを認識し、それに対して自分たちは責任を取らなくてはいけないと感じた、良識を持った人たちがいたからなのです。

ベトナム戦争反対運動が成功した要員やその背景について考えてきましたが、ハーバード大学に向けられたトランプ大統領の理不尽な攻撃に対しての教訓がいくつか汲み取れます。また、ベトナム戦争の場合は、国としてはアメリカ一国が戦争当事国でした。アメリカの要請に応じて軍を派遣した国もありましたが、あくまでもアメリカが主役でした。今回のハーバード大学に対する攻撃は、日本における学術会議潰しの画策や軍事研究の積極的奨励策等、その他の国々における同様の施策に共通しています。こうした点も勘案しながら、ハーバードが本気で対決しようとしている姿を確認し、私たちにできることはあるのかも模索したいと思います。

 

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[2025/6/7    人間イライザ]

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2025年6月 6日 (金)

#アメリカの世論を一人で変えた #ウォルター・クロンカイト ―― #客観的な報道と #自らの見解は峻別――

#アメリカの世論を一人で変えた #ウォルター・クロンカイト

―― #客観的な報道と #自らの見解は峻別――

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ウォルター・クロンカイト(Wikipediaから)

#聖職者たちも #伝道の役割を果した

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《ウォルター・クロンカイトが世論を変えた》

ベトナム戦争反対運動が成功した背景には公民権運動と女性解放運動があったことを見てきました。

この3つの運動がそれぞれ絡み合い、そしてお互い同士に力を与えながら、愛的より大きな社会的変革に至ったのですが、運動が社会全体に広まるにあたっては、当然マスコミの役割も重要でした。

「重要」という言葉はこの際アンダーステートメントです。当時、アメリカに住んでいた私の印象では、CBSイーブニング・ニュースのアンカーマンを務めていたウォルター・クロンカイト一人の力で、アメリカの世論をベトナム戦争反対の方向に変えてしまったのです。

ウォルター・クロンカイトとは当時アメリカ中で一番人気のあったニュースキャスターです。彼は「アメリカで最も信頼できる男」というラベルを貼られる位、事実を報道すること、客観的に報道することに徹したジャーナリストでした。そして彼が自分の意見をニュースの中に差し挟む事はほとんどしなかったという点も重要です。私には、ベトナム戦争以外の重要問題についての彼の個人的発言を聞いた記憶がありません。

しかし、ベトナム戦争については、彼がベトナムに赴いて取材をし、特別番組を作った後で、「これは個人的な意見だが」と言うことをはっきりと述べた後、戦争を継続するのではなく、交渉をすべきだというベトナム戦争についての結論を述べたのです。つまり戦争は止めるべきだということです。

この辺の事情については、BS-TBSの「報道1930」キャスターをしている松原耕二さんが御自分のブログで、クロンカイト氏をインタビューしたときのことも交えながら書いていますので、ぜひお読み下さい。

その中にも触れていますが、当時のリンデン・B・ジョンソン大統領はこれでアメリカの世論は自分たちから離れてしまったと述べています。

《聖職者たちも大きな役割を果した》

「クロンカイト氏が一人で世論を変えた」と言った口が乾かない内に、その他の人たちも大きな役割を果したというのは矛盾しているのですが、その時々に受けた印象を羅列して行くと矛盾した事象を受け入れながら、心の中で全体像としての整理を徐々にしているようです。

私が「アメリカの家族」と呼んでいたサマーズ家に、高校で留学したときには一年間(1959年から1960年)お世話になったのですが、68年に大学院に入ったときにもまずサマーズ家に寄りました。穏健なアメリカ人の典型だと言って良いような家庭でしたが、当時の日本の高校生との間には政治的な考え方にはずいぶん差がありました。

丁度60年安保が話題になっていたころで、アメリカでも「Zengakuren」が一面トップの見出しになったくらいです。私は全学連の立場を一生懸命説明しましたが、MR.サマーズだけではなく、彼の友人たちもアメリカの軍隊が日本に駐留して日本を守っていることに感謝すべきだという立場でした。議論は平行線を辿り、そのまま日本に帰ってきてしまいましたが、8年後にはサマーズ家の考え方はがらりと変わっていました。

「タッド(愛称としてこう呼ばれていました)、私たちは間違っていた」から始まって、ベトナム戦争が間違いであることを、アメリカの世界戦略等についてのより広い文脈から考え直した、とのことでした。

サマーズ家の政治観が変った原因の一つは、息子のスティーブが大学の中での議論を両親に伝えていたことも大きかったのですが、もう一つ、教会の影響があったのです。

高校時代、日曜になると嫌々ながらサマーズ家の3人と一緒に教会に「連れて行かれた」のですが、牧師さんのお説教はあまり面白いものではなく、政治の問題が話題になることもありませんでした。とは言え、教会の皆さんにはとても親切にして頂き、一年間が実り多いものになったのは教会を通してのネットワークの存在が大きかったことは、後々良く分りました。

しかし、68年のメソジスト教会の牧師さんはまだ若い人で、毎週、ベトナム戦争や時事問題についての知識を会衆と共有し、サマーズ夫妻もこの牧師さんの大ファンになっていたのです。

これは、シカゴ郊外の保守的な小さい町だけではなく、おメリカ中の多くの地域で起きていた現象なのではなかったかと想像出来ました。若き聖職者たちが真実の伝道者になっていたのです。

ある意味、アメリカ社会でのクロンカイト氏の評価は「聖職者」とでも形容したら良いようなものでした。それも毎日のテレビを通してのものでしたので、聖職者のトップと言っても過言ではなかったと思います。そのクロンカイト氏が、「聖職者」のトップとしての立場から、ベトナム戦争反対という言葉を発したのですから、瞬く間に燎原の火の如くアメリカ中に広がったとしてもそれは自然なことだったのです。

 

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[2025/6/6    人間イライザ]

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2025年6月 5日 (木)

#当事者だった #若者には #強力な味方がいた ―― #公民権運動(アフリカ系アメリカ人)や #女性解放運動で #社会の価値観が変わりつつあった――

#当事者だった #若者には #強力な味方がいた

―― #公民権運動(アフリカ系アメリカ人) #女性解放運動で #社会の価値観が変わりつつあった――

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Library of Congress (No restrictions)

マーティン・ルーサー・キング牧師

#ハーバードへのイチャモンは、こうした #歴史の否定

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《若者はベトナム戦争の当事者だった》

ベトナム戦争反対運動が成功した要素の1つとして、ベトナム戦争がアメリカの若者たちにとってとって、自分の命に関わる大きな問題だったということを前回説明しました。だからアメリカ社会全体、アメリカという国そのものを動かすような大きなエネルギーになった訳ですが、実はそれだけではありません。

当時ベトナムに駐留していたアメリカ軍は、1年平均にすると約40万人と言われています。ベトナム戦争を1965年から1975年という一括りにして考えているのですが、戦争全体を通じての戦死者数は60,000人弱です。1950年から53年まで続いた朝鮮戦争でのアメリカの選手者数は約140,000人ですので、数字だけを比べるとベトナムにおける戦死者数の方が少なかったのです。

しかし、朝鮮戦争では、大規模な反戦運動が起こらなかったのは何故か、ベトナム戦争ではアメリカの屋台骨を揺るがすような反戦運動になったのは何故なのでしょうか。それは、やはり社会全体の大きな変化の一環だという風に考えるべきだということなのではないでしょうか。その大きな変化の一つが公民権運動です。

《公民権運動》

1955年のローザ・パークスさんに対するバスの中での人種的差別事件が1つの契機となって、アメリカ全土に広がる公民権運動が立ち上がったと言っても良いと思います。その運動の頂点の一つは1963年8月28日のワシントン大行進でした。そこでのマルチン・ルーサー・キング牧師の「I have a dream.」スピーチはいまだに多くの人の心の中に焼き付いている重要なキーワードです。

もちろん中心的課題は、アフリカ系アメリカ人に対する人種差別を撤廃することですが、白人以外の有色人種に対する人種差別撤廃もその中に含まれていましたし、より広く一人ひとりの人間の人権を尊重すること、特にその中でも重要な概念である生命を大切にするという主張が多くの人の共有の価値として、社会に根付いていったプロセスをここに見ることができます。

《女性解放運動を忘れてはなりません》

同時に忘れてならないのは、女性の権利を男性と同じにしなくてはいけないという運動です。女性差別を撤廃する運動と言っても良いでしょう。「ウィメンズ・リブ」という言葉は今は死語になってしまったのかもしれません。けれども、女性をリベレイトするつまり、女性が今までの頸木から解き放されて、人間としての自由を謳歌できる社会を創ろうという運動が、1950年代以降アメリカで盛んになりました。

そのきっかけの1つになったのが、1963年に出版されたベティ-・フリーダンの「ザ・フェミニン・ミスティック」という本です。アメリカ国内でベストセラーになり、これが元になって「ウィメンズ・リブ」という言葉が生まれ、女性の権利全般を守り拡張し、平等な社会を作るための組織として「National Organization for Women(ナショナル・ナショナルオーガニゼーション・フォー・ウィメン)」、略してNOW(ナウ、今すぐにという意味も込められています)が設立されました。

そして、女性の名前の前の敬称として「Ms(ミズ)」が生まれたのもこのころです。こうした大きな社会的な動きが背景にあって、国家によって自分の命を奪い取られる戦争と言う行為に反対する運動がより、多くの人たちが新たに創り上げつつあった価値観と重なり合う形でアメリカの常識を変え、そしてアメリカの良心として根付いていったという歴史があるのです。

《ハーバードへの挑戦、そしてトランプの目的は、こうした歴史とその結果形作られた価値観を否定することです》

ハーバード大学への挑戦、そしてトランプ政権の目的は、こうした歴史とその結果形作られた価値観を否定することです。となると、こうした運動に直接関わったシニア世代の人々が立ち上がって、自分たちが努力して培ってきたアメリカの伝統を守るべく大運動を起こしても良いように思うのですが、今の時点ではまだそこまでは到達していないようです。

逆に、トランプ支持者たちがトランプトとともに夢見ているのは、公民権運動以前のアメリカ社会、ウィメンズ・リブ以前のアメリカ社会に、時計を巻き戻すことなのではないでしょうか。そして、選挙でトランプ大統領が誕生したのは、「巻き戻し運動」が社会運動として、それなりの大きさになりさらにその力を付けていることなのではないでしょうか。

ベトナム戦争反対運動が成果を収めることができたのは、これまで挙げた社会運動の力だけではなく、常識的に力を持っている人たちからの支援もありました。次回はその点について考えてみましょう。

 

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[2025/6/5    人間イライザ]

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2025年6月 4日 (水)

#ベトナム反戦運動を #成功に導いた #4本の柱 ―― #若者(学生) #市民権運動(アフリカ系アメリカ人) #世論 #エスタブリッシュメント――

#ベトナム反戦運動を #成功に導いた #4本の柱

―― #若者(学生) #市民権運動(アフリカ系アメリカ人) #世論 #エスタブリッシュメント――

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#徴兵される若者は「当事者」だった

 

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《ベトナム戦争反対運動》

アメリカ社会の危機的な状況を見ると、どうしてもベトナム戦争反対運動と当時のアメリカ社会を思い出してしまいます。ちょうどその運動が高揚していた時期にアメリカに住んでいたからです。アメリカの高校で一年、そして1968年からは大学院そしてその後は大学のキャンパスで、アメリカの若い世代と一緒に生活をした経験から、反戦運動が盛んになったのは何故なのか、さらに誰がそして何がどう動いていたのかということを、それ以来、何度も考えてきたからです。

《若者は当事者だった》

ベトナム戦争反対運動で、やはり1番大きなファクターは、アメリカの若者たちにとってベトナム戦争は他人事ではなかったということです。彼らは戦争の当事者だったのです。

後に徴兵制は改められて志願兵制度になりましたが、1968年の時点では、徴兵によって、若者が兵隊になり、つまり兵隊に取られ、そしてその中のかなりの数の人たちがベトナムに送られて行ったのです。

徴兵制度に対する若者の向き合い方はいくつか典型的なものがありました。

  1. 1つには、戦争に行くことについての自分の気持ちはさておいて、徴兵に応じて軍隊に入ると言う選択。
  2. その正反対の極端な例としては、徴兵票を焼いて政府に対して反抗をすること。実際にこの通りのことをして逮捕され有罪になった若者たちもいました。
  3. 徴兵を避けるために、例えばカナダやその他の外国に逃げて、その地に居続けてしまうこと。
  4. 医師の診断を受けて、徴兵に適していないという診断書を書いて貰って、徴兵を逃れること。

私の高校時代の同級生や大学院の同級生で実際に徴兵票を受け取り、(1)と(4)の対応をした人たちがいます。医師の診断書で徴兵に行かなくても良くなったS君、そして徴兵されてベトナムに行った友達もいます。M君は無事帰ってきましたけれども、もう1人高校の同級生P君は戦死しました。

ですから、徴兵制度を通して、ベトナム戦争はアメリカの若者にとって他人事ではなかったのです。戦争の当事者として戦争には反対をする、当事者として自分は戦争で戦うことを拒否する、当事者として徴兵を逃れる等、様々な闘い方がありました。しかし、私の周りでは圧倒的に多くの若者が戦争に反対をし、何らかの形で徴兵に「No」と言う若者たちを応援していたのです。

それがアメリカの若者の圧倒的多数のセンティメントだった背景には、公民権運動、つまりアフリカ系アメリカ人(当時は黒人を使うのが普通でした)の権利、特に参政権を認めさせようという長い、そして過酷な運動の歴史がありました。その運動が1960年代の初めからアメリカ社会の中で大きな力を持ってきたことが、アメリカ社会全体のセンティメントに大きな影響を与えたのです。この点については次回お話ししたいと思います。

 

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[2025/6/4    人間イライザ]

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2025年6月 3日 (火)

#ハーバードは #トランプに勝てるか? ―― #ベトナム戦争反対運動が参考になります――

#ハーバードは #トランプに勝てるか?

―― #ベトナム戦争反対運動が参考になります――

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#最後は世論です

 

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トランプのハーバードへの卑劣な攻撃を論じています。「勝ち・負け」という対立軸の方が分り易いので、その枠組みで考えます。その分析をするには、まず現実を理解しなくてはなりませんが、それも単純化したのでは真実が分らなくなります。多様な側面を見なくとはなりませんし、それらが複雑に組み合ってきますので、一刀両断という訳には行きません。まずは、私の知識の断片をいくつかお見せして、それらが示している方向性やニュアンスを皆さんと共有しながら、一緒に考えられればと思います。

《ベトナム戦争反対運動》

市民の力が為政者やエスタブリッシュメントの力を凌いで、戦争を止めさせることになったモデルとして、ベトナム戦争反対運動を採用します。詳しいことを説明し始めるとそれだけでかなりの長さになってしまいますので、この点については「世界史の窓」中のベトナム反戦運動等を参照して下さい。一つだけ指摘しておくと、最後には「世論」がものをいうという点です。

また、ハーバード大学だけではなく、人間社会における理性や知性、論理性を重んじる価値を共有する研究機関、出版社やマスコミ等が一丸となって事に当たらなければ大統領をはじめとする為政者の力には勝てませんので、ハーバードを中心に据えた知的な集団を「大学」と略して以下議論を進めます。

 

《前回のお浚いと「イチャモン」の強さ》

前回は、アメリカの経済界にも広まっているTACOという言葉を紹介しました。トランプ大統領の本当の姿を反映していると考えられるのですが、それにトランプ大統領が反発することで、より悪い結末を生み出してしまう可能性もあると言う点が重要でした。

トランプが「大学」に対する攻撃をする上で、恐らくトランプ一派が考えているのは、このようなイチャモンを付けるのは、「付け得」だということです。

それは、うまくいけば権力側の言うことがそのまま実現してしまうからですし、それに対して大学側が例えば法的措置をとって、大学側が勝利したとしても、権力側は裁判所に言われたから、止めたんだと言う説明をして、自分たちの支持者に対しては顔が立ちますし、また次の攻撃を考えれば良いからです。大学側は、勝っても元々の状態に戻るだけですので、それで新たな資金ガマらえるといった結果にはならない点も重要です。

ここで論じているのは大学の対抗手段として有効な法的な場で争うことです。しかしながら、例えば、大学への補助金等を考えると、全てが法的にきちんとした枠組みの中で出されているものではありません。違法ではなくても権力側の裁量の範囲内で、どこにどのような理由でいくらのお金を渡すのかということが決められるケースもかなり多くあります。そのような場合には、裁量権の範囲内のお金は確実に減らされることになりますから、これまた権力の優位という事実は揺るぎません。となると、失われるお金の算段も必要になってきます。

さて、大学としては、この2つ、法的な場での闘争と、お金の面では権力側が引き上げた金額に対抗できるだけのお金を見付けられるのかという点が勝負どころになります。

今回はまだ中途半端ですが、休憩が必要ですのでここで一息吐きますが、次回に続きます。

 

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2025年6月 2日 (月)

#TACOに気付いた #ウォール・ストリート ―― #その先も問題です――

#TACOに気付いた #ウォール・ストリート

―― #その先も問題です――

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こちらの #チキンは幸せそうですが

 

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しばらくお休みを頂いていましたが、ブログへの投稿を再開しました。今後不定期になる可能性もありますが、そして横道に逸れないよう注意しつつ続けられればと思っています。今回は、本題に戻ってトランプとハーバードなのですが、トランプを理解する上で、「TACO」という言葉が重要だという点を取り上げます。。

 

《「TACO」に激怒したトランプ》

アメリカの月刊誌『The Atlantic』の記者デイビッド・グラハムさんの記事の紹介です。

テーマはTACO、タコです。これはトランプ・オールウィズ・チキンズ・アウトを略したものですが、意味は「トランプはいつも(怖くなって)逃げてしまう」です。それがトランプ政治の特徴だということを、トランプ大統領の1期目中の2018年に、グラハムさんがアトランティック誌で披露しています。

簡単にまとめてしまうと、抽象的なレベルでは、トランプ大統領が強硬なことを言っているけれども、実際に具体的レベルでそれを実行する段階になるとチキン・アウトしてしまうということです。繰り返しになりますが、ニュアンスとしてチキン・アウトと言うのは、怖くなって逃げてしまう、そして卑怯者という意味も加味されています。でも結局は逃げてしまうという意味です。それが1回目のトランプのトランプ政権の政治の特徴を捉えていたということです。

そして2期目になって、アメリカの経済界――それはウォール・ストリート・ジャーナル(WSJと略します)という経済紙の論調に代表されているとグラハムさんは感じているようですが――は、トランプ大統領に近付くことで少しでも自分たちに取って有利な政策を取って貰おうと頑張ってきたけれど、結局トランプ政治の本質に気付き始めたという観察をしています。WSJへの批判にもなっているのですが、その点が重要なのは今後のトランプの意思決定にWSJの方針が影響力を持っているからです。

グラハムさんの記事によると、先日のホワイトハウスの記者会見である記者がこの点についてトランプ大統領に質問をしたそうです。つまり、あなたは強そうなことを言っているけれども、実際には具体的なレベルでは逃げ出すことが多かったんじゃないかというような内容の質問です。

それに対してトランプ大統領は激怒して、俺は絶対に逃げた事は無いと断言したというのです。

それはそれで良いのですが、グラムさんはその結果を心配しています。それは、トランプ大統領自身にもそうですし、アメリカの国民にとっても最悪なシナリオが起きてしまう可能性があるという指摘です。

《最悪のシナリオもあり得る

そのシナリオとは、自分は卑怯者ではない、自分は逃げ出さないということを示すために、トランプ大統領自身が、冷静であれば止めたであろう意思決定に走ってしまうというものです。つまり、逃げ出すというように捉えられるかもしれない、しかし、より合理的な選択を捨てて、最悪の選択をしてしまうということです。

最初のうちは経済界も、そして投資家たちもそれをトランプの強がりと見て、そのうちに収まるだろうと考えてしまうかもしれません。つまり、「TACO」というシナリオに従ってトランプ大統領の決定を見てしまうかもしれないけれども、やがてそれが、トランプ大統領の本心であることに気付く時が来るだろうというのです。となると、そこで大パニックが起きて、株の大暴落が起き、その結果がとんでもない経済的破綻につながるかもしれないのです。

力を持った為政者の、予測不可能なそして何の根拠もないような理由で、世界が経済恐慌に陥る可能性があるというのが、現状です。危険極まりないことですので、どこかで誰かがストップを掛けなくてはならないはずなのですが、そうは簡単に行かないのがもどかしい限りです。

さて、これほど暗い可能性があるということを頭に置きつつ、ハーバード大学の問題に戻りたいと思います。

 

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[2025/6/2    人間イライザ]

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2025年6月 1日 (日)

#X(旧ツイッター)の #フォロワーが #1000を超えました ―― #フォローして下さっている皆さん #有難うございます――

#X(旧ツイッター) #フォロワーが #1000を超えました

―― #フォローして下さっている皆さん #有難うございます――

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#Xとの付き合い方も考えましょう

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しばらくお休みを頂いていましたが、ブログへの投稿を再開しました。今後不定期になる可能性もありますが、そして横道に逸れないよう注意しつつ続けられればと思っています。今回は、本題をちょっと離れて、Xについてです。

 

《「フォロワー」が1000を超えました》

ちょっと前のことですが、Xのフォロワーが1000を超えました。フォローして下さっている皆さん、有難う御座います。今後とも宜しくお願いします。

最近は、このブログをより多くの皆さんに読んで頂くため、Xからブログに入れるようにポストしています。たまには、気の利いた発信ができたらとも思っているのですが、不特定多数の多くの皆さんの目に触れる発信ですので、私なりに責任の取れる内容にしなくてはなりません。

例えば、何かのニュースについての発言なら、そのニュースがどこで確認できるのかを明らかにしなくてはなりませんし、私の主張が何方かの発信に依拠しているならその「何方か」に辿り着ける道筋も明示する必要があります。

となると、パッと思い付きパッと書くというか具合にはなかなか行きません。これからもブログの広告を中心にした方が良いようです。

 

《イーロン・マスクとXとどう付き合うのかも考えたいと思います》

イーロン・マスクの功績としてはテスラを世に出してEV車についての、世界の認識を変えたことなど、いろいろありますが、X社の買収とその後のXの運営、特に「私物化」と見えるやり方には疑問を感じますし、トランプとの密接な関係も問題だと思います。

Xをボイコットするという可能性も考えるべきなのかもしれませんが、となると、Amzonはどうするのかといった次の疑問にも直面して難しく複雑なことになりそうです。だからと言って逃げれば良いということにはなりませんので、どうするか、皆さんのお知恵は拝借しながら考えて行きたいと思います。

改めて、フォロワーの皆さん、その他にもXやこのブログをお読み下さっている皆さんに心から御礼申し上げます。

 

皆様にとって、きょう一日が素晴らしい24時間になりますよう!

[2025/6/1    人間イライザ]

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