#コロンブス問題 (その4) ――#広い視野から #コロンブスを見よう――
#コロンブス問題 (その4)
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シリーズは続きます。江崎玲於奈筑波大学学長の1992年の入学式式辞の中のさびは次の一節です。
大学を出るまでには、独立した人間になってもらわなくてはならない。独立の人間とは「自分自身で価値判断のできる英知」を持つ人間である。今後の人類の平和と繁栄という視点から重要なのは、たとえば大学で教えられる固定されたプログラムに「疑問を持ち、あるときは拒否したり、あるいはそれを改善したプログラムを作成するというような努力」の結果、「卓越したプログラムが創造できるような人間」になり、「グローバルな視野でものごとを考え」られることである。
結論めいた部分に入るのですが、実は次の章のイントロとでも言える一文にしかなりませんでした。とは言え、お読み頂ければ幸いです。
拙著『夜明けを待つ政治の季節に』(1993年、三省堂刊) 298ページから301ページまでの引用です。
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より広い文脈でのコロンブス再発見を
コロンプスの例に関して江崎氏は、重大な(しかし技術的と言って良いだろうと思われる)誤りも犯している。氏は、コロンブスが「地球の円周を過小評価し、一方アジアのひろがりを過大に評価するという重大な誤認」をしたと述べている。その後で、「誤った仮説であろうと」「大胆に試行す」べきだと新入生に薦めている。だが、コロンブスは誤った仮説」』に基づいて行動したのではない。その時点では、真実なのか誤りなのか分らないが、おそらくそうであろうと彼が信じた仮説に従って行動したのである。しかも、コロンブスは当時の最先端の科学技術知識の持ち主であった。その知識に照らしての判断だったと考えて良いだろう。五〇〇年後の世界に住む私たちは、結果として彼の信念が、そして仮説が誤りであったことを知っている。しかし、航海を始めた時点では、そしてアメリカに到達した時点でもコロンブスにはその認識がなかったのである。その仮説を「誤った仮説」と捉えることは、時間という要素を無視しないと成り立たない上、仮説を基に行動すべきかどうか迷っている人の役には立たない。
となると、江崎氏の「誤った仮説であろうと」「大胆な試行」をすべきだというアドバイスの意味を考え直しておく必要がある。コロンブスと同じ立場からち考えれば、自分の信念に自信をもって実行すべきだということだろうし、江崎発言の「誤った」を善意に、「結果として誤り」と解釈すれば、結果として誤りであると判定されるかもしれないが、仮説あるいは前提が正しいかどうかはあまり気にせずに、信念に従ってまず実行することが大切だという意味になる。
もう一点、技術的な指摘を加えでおぉおくと、江崎演説の文脈では「仮説」という言葉より用語としては「前提」が適切なのではあるまいか。それは、コロンプスの目的が彼の「仮説」を証明することより、もっと世俗的な金銀財宝を手に入れることにあったからちである。利益を得るための大前提として、コロンブスは地球が丸いことを信じた。次に、技術的な説得の根換として、つまりより小さな前提として、東洋に至る距離を示し、航海のための資金を得たのである。
確かに、コロンブスの小前提は誤りだった。しかし、コロンブスの航海を「成功例」と考えるなら、成功の第一原因は大前提にあったと考えるのが自然である。地球が丸ければ、仮にコロンブスが「失敗」したとしても、第二、第三のコロンブスが現れて、遅かれ早かれアメリカに到達したと考えられるからである。もっとも、誰よりも早くアメリカに到達することが何より優先されなくてはならないと考える立場を取れば(その場合、全ての「競争者」は大前提を受け入れているという別の前提を設けるのが自然だから)、当然、小前提が大切になる。江崎氏は、この立場から発言したのかも知れない。
これは、江崎氏が次に「報酬」を持ちだしていることからもはっきりする。江崎氏が、コロンブスを役割モデザル、すなわち大学生のお手本として評価し薦めているのは、その結果として、後に続く人が「大いなる報酬を得」るからである。「大胆にいろいろな試行をしてみることがなんらかの報酬を得るという教訓にはなるだろう」と、いわば、セールスポイントにしているのである。もちろん「報酬」にはいろいろな可能性がある。
江崎氏の言う「報酬」が、コロンプスの「発見」に続いて起ったアメリカの侵略とアメリカ先住民族の文化文明の破壊を意味しているのなら、それこそ言語道断である。となると、周知のように、コロンブスの航海の目的が東洋の金銀財宝に代表される物質約な利益にあったこと、またその後の彼に対する評価にも照らして考えると、江崎氏は「報酬」という言葉で物質的な報酬あるいは世俗的な名誉を指しているのかも知れない。もしそうなら、「痩せたソクラテスにはなっても、太った豚にはなるな」と諭した、元東大学長の大河内一男氏と正反対のアドバイスになってしまう。江崎氏がそんな不見識なことを言うはずがない、という意味で「善意」に解釈すると、おそらく江崎氏の「報酬」は、アメリカ到達あるいは「新大陸発見」そのもの、科学の分野で言えばノーベル賞に値するような「新発見」そのものを指しているとしか思えない。この前所の下に議論を進めると、すぐ気が付くことは、「報酬」にも、そしてその具体的な内容である「新発見」にも肯定的な価値・意味があり、それは前にも述べたように西欧の白人の見方なのである。
江崎氏は、コロンブスという、特に今年は彼を取り巻いて様々な議論が行われている歴史的人物をお手本として取り上げ、コロンプスの持つ幅広い「意味」を全て捨象した上で、ノーベル賞獲得競争、挫え目に表現して科学者の業績競争という限られた文脈における意味だけを取り出して、西欧的歴史観を基に新入生へのアドバイスを行っている。ここで一言念のために付け加えておくと、私には江崎氏に悪意があったとは到底考えられない。日本の科学のレベルを上げ、ノーベル賞受賞者数を増やすため、懸命にアドバイスしている氏の声が聞えるような気さえする。
だが、科学の研究さえも教育や社会と切り放せないこと、仮にノーベル賞受賞の数が増えることが良いことだとしても (私は必ずしもそうは思わない。しかし、より重要な改革を行った結果として受賞者数が増えることは十分考えられる)、日本の社会を本質的に変えることがが私こはより本質的な問題だと思えるのである。
現在の世界が直面している大問題、たとえば、人口の爆発的増加も合めた環境の問題、南北間の格差の問題等は、「科学」あるいは「学問」対象を人工的に狭めた結果、長い間見過ごされてきたものがほとんどなのである。コロンブスの喩になぞらえれば、コロンプスの歴史的社会的な意味を無視し、「科学的」な部分だけに焦点を合わせた結果なのである。その反省として当然強調されなくてはならないのは、これまでの人為的な枠を外してより広い問題の把握を行うこと、すなわち、コロンブスの全体像を複数の視点から新たな枠組の中で問題にすることに他ならない。
江崎メッセージでは、現在の日本社会にとって大切なのは、まず視点を狭めた上で、コロンブスのように、前提の真偽にかかわらず大胆に行動することになる。私の違和感は、正にここにある。私の観察では、現在の日本社会が直面している大さきな問題のーつは、私たちの行動の前提に対して厳しい吟味を加えないこと、そして無批判に長いものに巻かれてしまうことであり、仮に前提が誤りだと分っていても、あるいは、それより相対的に良い選択があるにもかかわらず、そうした理性によるる判断は無視して、ことが進んでしまう現実である。具体例を挙げるスペースがなくなってしまった。この点については私の提言と共に次項で取り上げたい。
(92年5月)
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次回は、『老うほどに知恵あり』(PHP研究所、1994年刊)の中の「無知論」から、短い引用を掲載します。キーワードは「社会進化論」、英語では「Social Darwinism」です。
今日一日が皆さんにとって素晴らしい24時間になりますよう
[2024/6/19 人間イライザ]
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