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2024年2月 8日 (木)

#最高裁 の 死刑合憲判決 は #間違っています ――#判決 を #読み直しましょう――

#最高裁 死刑合憲判決 #間違っています

――#判決 #読み直しましょう――

240207

最高裁判所

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前回は、憲法が死刑を禁止していることを憲法の条文から明らかにしましたが、でも今の日本では死刑が合憲であることになっています。その根拠は、昭和23年の最高裁判決です。

専門家によるより丁寧な解説を期待していますが、私たち市井の人間としては、判決を読み直したうえでその意味を素直に考えることから始めたいと思います。

『数学文化』での説明は短か過ぎますので、『数学書として憲法を読む』の第五章をお読み頂くのも一つの可能性なのですが、別の雑誌『数学教室』に掲載した記事から引用しながら説明を続けます。

最高裁の昭和23年判決を次に掲げます。参照する際に便利なよう、最高裁判所の判決に番号を振り下線を施したものを掲げます。

死刑制度を合憲とした判例(最高裁判所大法廷昭和23年3月12日判決)

憲法第13条においては,すべて国民は個人として尊重せられ,生命に対する国民の権利については,立法その他の国政の上で最大の尊重を必要とする旨を規定している。しかし,同時に同条においては,⓪公共の福祉に反しない限りという厳格な枠をはめているから,①もし公共の福祉という基本的原則に反する場合には,生命に対する国民の権利といえども立法上制限乃至剥奪されることを当然予想しているものといわねばならぬ。そしてさらに,②憲法第31条によれば,国民個人の生命の尊貴といえども,法律の定める適理の手続によつて,これを奪う刑罰を科せられることが,明かに定められている。すなわち③憲法は,現代多数の文化国家におけると同様に,刑罰として死刑の存置を想定し,これを是認したものと解すべきである。(中略)弁護人は,憲法第36条が残虐な刑罰を絶対に禁ずる旨を定めているのを根拠として,刑法死刑の規定は憲法違反だと主張するのである。しかし死刑は,冒頭にも述べたようにまさに窮極の刑罰であり,また冷厳な刑罰ではあるが,④刑罰としての死刑そのものが,一般に直ちに同条にいわゆる残虐な刑罰に該当するとは考えられない。ただ死刑といえども,他の刑罰の場合におけると同様に,⑤その執行の方法等がその時代と環境とにおいて人道上の見地から一般に残虐性を有するものと認められる場合には,勿論これを残虐な刑罰といわねばならぬから,将来若し死刑について火あぶり,はりつけ,さらし首,釜ゆでの刑のごとき残虐な執行方法を定める法律が制定されたとするならば,その法律こそは,まさに憲法第36条に違反するものというべきである。前述のごとくであるから,死刑そのものをもつて残虐な刑罰と解し,刑法死刑の規定を憲法違反とする弁護人の論旨は,理由なきものといわねばならぬ。

論理的には、この判決は二つに 別れます。前半は、(中略)以前の部分です。結論としては「刑罰として死刑の存置を想定し,これを是認したものと解すべきである」なのですが、数学書として憲法を読む立場からは、そう読んではいけないのです。そして、後半は憲法36条からは、死刑を禁止しているとは解釈できないという趣旨が述べられています。この点についても反論しますが、まずは、前半をどう読むべきか、「数学書」としての立場からはどう読めるのかを示しておきます。

実は、判決のこの部分は全て削除するのが一番手っ取り早いのですが、判決に沿って少しだけ変えつつ、憲法に書かれていることの説明、という形で書き換えてみました。その一例として次のような表現になってもおかしくはありません。

憲法第13条においては,すべて国民は個人として尊重せられ,生命に対する国民の権利については,立法その他の国政の上で最大の尊重を必要とする旨を規定している。また、同条においての例外規定である,公共の福祉に反しない限りという言葉は、公共の福祉に反した場合には自動的にそれらの権利を制限ないしは剥奪することを認めているのではなく、単なる必要条件を述べたに過ぎない。極端な場合、公共の福祉に反した場合に、それらの権利の制限や剥奪を行わなくても論理的には矛盾しない。すなわち、生命に対する国民の権利を立法上制限乃至剥奪されることを当然予想しているとは読めない。

そしてさらに,憲法第31条によれば,国民個人の生命の尊貴を考えると、仮にこれを奪う刑罰を科するような場合が出来したとしても,それは法律の定める適理の手続によつて行わなくてはならないことを述べている必要条件であり、法律を作りさえすればそのような刑罰を科して良いという十分条件を述べているのではない。すなわち憲法は,現代多数の文化国家におけると同様に,刑罰として死刑の存置を想定しているとは言えないし、就中,これを是認したものとは解せない。

こう見てくると、最高裁の23年判決の中で論理的に意味のあるのは、それに続いての36条の解釈だけなのです。この点についても追って、取り上げますが、その前に前半の読み方について、基本的人権について復習しながら説明します。

[続きます] 

 

2024年も健康に留意しつつ、少しでも良い年にすべく頑張りましょう。

[2024/2/8 人間イライザ]

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