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2023年6月16日 (金)

事実をもって語らしめる ――「第五福竜丸を知っていますか?」の報告2――

事実をもって語らしめる

――「第五福竜丸を知っていますか?」の報告2――

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第五福竜丸展示館 (東京の夢の島内) の学芸員、市田真理さんのプレゼンテーション報告の後半です。

  

《テーマは「Life (生命、生活、人生、生きとし生けるもの)

私にとって、市田さんのプレゼン「第五福竜丸を知っていますか?」が感動的だったのは、第五福竜丸という視点から、私の人生を振り返る一時にもなったからです。冒頭にも触れたように、第五福竜丸がビキニで被曝したとき、私は小学校の5年生でした。それから今まで、様々な形で核兵器廃絶運動や平和運動に関わってきたのですが、その私の経験の総体を人生と呼ぶのなら、私の人生を今までとは違う視点から検証しながら頭の中で再現することになったのです。

「人生」は、英語では「Life」です。その「Life」には、生命、生活、人生、生涯、生き物といった意味があります。「生き物」とは別の表現では「生きとし生けるもの」も指しますので、人類全体のその中に入りますし、地球全体にまで思いが広がる単語です。私個人の人生を振り返る機会であっただけでなく、「第五福竜丸を知っていますか?」が感動的だったのは、テーマがこの「Life」そのままだったからです。

無線長だった久保山愛吉さんが亡くなられたことは、それより2年前にプレス・コードが解禁になりようやく全国に知られ始めた広島・長崎での多くの被爆者の皆さんの悲惨な体験や死とも結び付いて、原水爆の恐ろしさを「生命」という絶対的な基準から判断するための出発点になりました。

それだけではなく、燎原の火のように原水爆実験反対署名が広がったのは、生活にも直接かかわっていたからです。ビキニでの被曝のニュースとその後の状況が全国に流れ、魚を食べることの危険性に気付かされた女性たちが先頭に立って署名運動を始めたのは、自分たちの生活を守るため、子どもたちや家族を守るためだったからです。

1955年アメリカが、「好意による」見舞金という形で200万ドル(当時の換算で7億2000万円)を日本政府に払うことで政治決着するのですが、その後、退院した第五福竜丸の乗組員たちには平均200万円が支払われました。そして、アメリカの核実験による被災漁船は1423隻もあり、太平洋で放射能汚染魚を漁獲した漁船992隻は汚染魚を廃棄させられています。当然、乗組員たちの健康が気になりますが、第五福竜丸以外の船については、検査はしても治療はしないという広島・長崎のABCC(原爆傷害調査委員会)と同じ方針を日本政府は取ったのです。

でも、第五福竜丸の乗組員たちに支払われたお見舞い金について、羨ましさ妬ましさは感じても、漁業を続けるため、自分たちの生活を守るために、声を上げて「自分たちも被災している」とは言えなかったのです。同時に、第五福竜丸の乗組員だった大石又七さんが語っているように、第五福竜丸の乗組員たちも誹謗や嫉妬が原因で焼津には住めなくなり、生活も人生も大きな打撃を受けることになったのです。

「第五福竜丸を知っていますか?」プレゼンでは、このような登場者一人一人の気持に市田さんが寄り添い、客観的であり名が同時に温かさが伝わる言葉で登場者の気持を私たちに代弁してくれています。

 

《当事者意識を持ち、事実を持って語らしめた》

ここに書き連ねるだけで伝わらないのは仕方ないのですが、言葉を変えて表現すると、市田さんのプレゼンが感動的だったのは、市田さん自身があたかも、当事者本人であるかのような関わり方をどのようなシチュエーションでも示しているからです。それも、お説教をするのではなく事実をもって語らしめているところに説得力があるのです。

実はその象徴的な存在が第五福竜丸そのものです。たとえ木材の一片でも良い、残せたらという切実な思いで、廃棄されていた第五福竜丸を復活させた人たちがいたからなのですが、そのきっかけを作ったのは、武藤宏一という26歳の会社員です。彼が朝日新聞に投書したのは次のような文章でした。

沈めてよいか第五福竜丸     武藤宏一(会社員 二六歳)

 

第五福竜丸 それは私たち日本人にとって

忘れることのできない 船

決して忘れてはいけない あかし

平和を願う私たちの あかし

知らない人には 心から告げよう

忘れかけている人には そっと思い起こさせよう

原爆ドームを守った私たちの力で、

この船を守ろう

 

1968年3月

 

原爆ドームが世界に指示している平和のメッセージを、第五福竜丸も伝えてくれています。最後に、「プレゼンテーションのお手本」として、私にとっても勉強になった2点を挙げておきましょう。

  • 事実をどう捉えるのかについての枠組み・座標軸を示す。例えば、見舞金を貰った第五福竜丸乗組員への広島の被爆者からの手紙を披露するときに見られたように、単なる感情の発露としてではなく、政府やアメリカの責任も同時に考えられるような形での問題提起として、より高次の取り組みを促している。
  • 第五福竜丸から始まって、ビキニだけではなくマーシャル諸島共和国、広島・長崎の被爆者、原爆医療法といった形で、被害の連鎖とそこから生じている問題を有機的に結び付けることで、新たな連帯の誕生を促す。

 

最後に、市田さんの「わたしの 語りつぎ部 (べ)宣言」を引用します。

 

忘れないこと

学ぶこと

自分で考えること

伝えること

 

そして皆さんにとって、今日一日が素晴らしい24時間でありますよう!

 [2023/6/16 人間イライザ]

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