歴史は生きている ――杉並区のイベントで人生を振り返ることになりました――
歴史は生きている
――杉並区のイベントで人生を振り返ることになりました――
杉並に住む原爆被爆者の会である杉並光友会と杉並区共催の「都市から核のない世界へ」は、高円寺障害者交流館で開かれました。駅から徒歩10分足らずの場所に障害者交流館があるのは便利ですね。
会の進行をしてくれたのは、被爆三世の松本浩一光友会幹事でしたが、以前広島に住んでいたときには、西広島駅で毎週街頭演説をしていた私を御家族と一緒に見守って下さったことを枕にしてくれました。国会議員時代の約10年間、毎週日曜日と月曜日にそれぞれ一時間ずつ、街頭から国会報告と政治の分析・解説、そして進めるべき施策の提案を続けたことを懐かしく思い出しました。でも、寒い冬と暑い夏の間は大変でした。
この会の特色は、講演とトーク、対談が終った後、スタッフの皆さんでの茶話会があったことです。ここでのお話が杉並の歴史、そして日本の平和運動が生き続けていることを実感する場になりました。
順不同になりますが、まず、1954年のビキニ水爆実験の被害後に核実験と原水爆禁止を掲げての署名運動を呼び掛けたのは、杉並の魚屋さん、菅原健一とトミ子さん夫妻でした。18日には娘の坂本さんから、その後の杉並の区民の皆さんの活動を伺うことができました。
草の根から始まった原水爆禁止運動が組織化された後、長い間、原水協を引っ張って活動されたのが、当時の公民館館長だった安井郁さんでした。私にとって特に印象深かったのが1963年、原水禁運動が分裂した第9回の世界大会での安井理事長の姿です。当時は広島の平和公園を会場にして総会が開かれていたのですが、分裂を避けるための話し合いの経過を報告する安井さんの声を私たち通訳はブースの中から英語に訳していたのです。「私に、いましばらく時間を貸して下さい」という彼の声は、人類破滅までの時間を少しでも遅らせよう、という呼び掛けにも聞こえたのでした。
18日には、その安井さんの御長男の奥様が出席されていました。60年という時が、この場でつながって一つになったような気がしたのは幻ではありません。さらに、この日の世話人の一人である小寺隆幸丸木美術館理事長は、安井さんが原水協の理事長の後に丸木美術館の館長を務められたことを紹介して下さいました。
歴史の糸を手繰り続けると、すぐ脇道に迷い込んで長くなってしまいます。この続きはまた明日に取っておくことにします。
最後に今日一日、皆さんにとって、素晴らしい24時間でありますよう!
[2022/3/21 イライザ]
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