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2023年1月

2023年1月30日 (月)

日本が壊れて行く? (3) ――バンジージャンプには近寄れない老人の戯言――

日本が壊れて行く?  (3)

――バンジージャンプには近寄れない老人の戯言――

Bungiejumping

License: Creative Commons Attribution-Share Alike 3.0

 「異次元」の違和感について、次のトピックに移る前に、昨日取り上げた護衛艦と巡視艇の行動について、どうしても分らない点があるので、もし分る方がいらっしゃれば教えて頂きたいというお願いです。

それは、この二隻の船がなぜ浅瀬に近寄る必要があったのか、という素朴な疑問です。護衛艦についても、同じような内容になりますので、巡視艇についての疑問だけ説明します。

『新潟日報』その他の報道によると、柏崎市の椎谷橋灯台が消えていたので、確認のために浅瀬に近寄ったということらしいのです。

それで何となく分ったような気分になるのかもしれませんが、灯台の灯が消えていたら、その対策としてなぜ浅瀬に近付くのか、つまりなぜ岸に近付くのかが分らないのです。

今の灯台は、電灯またはそれに代わるものを電気で点けているのだと思いますが、それが消えていることを海の側から発見したらどうすれば良いのでしょうか。私なら、灯台の管理者に連絡してその旨を伝え、(*)管理者が断線なのか、電球(またはそれに代わるもの)が切れているのか、窓ガラスが何かで覆われているのかといった原因を調べて貰い、その対策を取って貰うということにするはずです。

もっとも、「灯台の灯が点いていない」とだけ伝えれば、後は管理者の方が専門的知識はあるのでしょうから適切な対応をしてくれると思いますので、(*)以下のことは余計なお世話になりますので、省略すると思います。

ことによると、「灯台の灯が消えている」ことを再確認するために近寄った、という説明が付くのかもしれませんが、それって必要ですか?「消えている」と最初に気付いてから、例えば10分間、その近くで停船して「点いていない」、10分間「点かなかった」という事実を確認し、それを灯台管理者に伝えるだけで十分なのではないでしょうか。少しでも近くによって確認することで得られる新たな情報があるのでしょうか。それは何なのでしょうか。

船が灯台に近付くことで、そうしない場合と比較して何か新たなことができたというのでしょうか。つまり、陸にいる人たちがチェックした方が早いし確実なことが分るという状況です。

その上、そもそもそこに灯台のある理由の一つは、「陸地のこの地点に海から近付くと浅瀬があるから危険ですよ。近付かないようにして下さい」という印としての役割も果たしているのではないでしょうか。灯台の灯の確認のために、浅瀬に近付いて座礁してしまっては、そもそもの灯台の意味を打ち消す「本末転倒」ではないでしょうか。

こう書いてきて、私の言っていることにも偏りがあるかもしれないと考えられることに気付きました。私は、例えばバンジージャンプとか落下傘で飛び降りるとかということはできない老人です。つまり、「危険」だと考える範囲がおそらく多くの人より広いのです。

ですから、私の疑問は多くの人から見ると問題ない範疇のものかもしれません。それも含めて、疑問に答えてくれる方がいらっしゃれば、歓迎します。

 

最後に、まだ1月中ですので、今年一年が皆様にとって素晴らしい365日でありますように!

[2022/1/29 イライザ]

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2023年1月29日 (日)

日本が壊れて行く? (2) ――「異次元」の違和感には理由(わけ)がある――

日本が壊れて行く?  (2)

――「異次元」の違和感には理由(わけ)がある――

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新年早々、1月10日に山口県周防大島沖で海上自衛隊の護衛艦「いなづま」が座礁しました。原因として、エンジンやレーダーに故障はなく、天候に問題はなかった、それに他の船舶との関連もなかったと報道されています。多くのマスコミが報じていますが、朝日のデジタル版のサイトはこちらです。

これをまとめると、事故の原因は、レーダーでは捕捉されていた浅瀬に乗組員が気付かずに、舵を切らなかったためその浅瀬に乗り上げた、ということになります。

油漏れして、かつ航行不能になったということは、スクリューが損傷したからとしか考えられません。浅瀬に乗り上げてからスクリューを逆回転させて船を止めようとしても、瞬時には止まらないということかもしれませんし、スピードもかなり出ていたのかもしれません。

専門家が現場と船を見た上で結論を出すのでしょうから、それと違っていたら訂正しますが、常識的に考えた結果を元に以下、議論を続けます。

それから10日も経たない18日、新潟海上保安部所属の巡視船「えちご」が、柏崎市の椎谷橋灯台沖1.1キロの地点で座礁しました。椎谷橋灯台が消えていたので、確認のために浅瀬に近寄ったためらしいのですが、浅瀬の水深は2メートルから4メートルで、「えちご」の喫水である5メートルより浅かったのです。また漁協関係者によると「漁船も近付かない場所」だとのことでした。これについても各種の報道がありますが、『新潟日報』の記事はこちらです。

この二つの事故が一月中に起きたのはたまたまかもしれません。でも二件とも、浅瀬に乗り上げ航行不能になったということも合わせて考えると、「偶然」で済ませて良いのかという疑問は残ります。

それは、軍拡政策とも関連があるからです。精密機器を搭載している近代的な船舶でも、浅瀬に乗り上げるという人為ミスが立て続けに起きる可能性が高いのですから、同じように最先端技術の集積である兵器の管理で人為ミスが起きてもおかしくはないからです。

以下、私の妄想であればそれに越したことはありません。また、高校時代に初めて生活をしたアメリカでの、「パール・ハーバー」の意味が余りにも大きかったための過剰反応かも知れません。とは言え、お付き合い頂ければ幸いです。

現実に戻って、岸田内閣の軍事費倍増計画の中で、トマホークという巡航ミサイルをアメリカから500発、金額にすると1500億円もかけて買う予定だそうです。トマホークは、最先端技術の集まりです。軍艦とは空と海という違いがありますし、巡視艇との違いはトマホークが武器だという点でしょう。でも、所詮は人間の作った機械です。

今回の、自衛艦と巡視艇の座礁が人為ミスによって起きたように、トマホークの発射についても人為ミスが起きないとは言えないことが問題です。「偶然」一か月の間に二つの座礁事故が起きたのですから、「偶然」トマホークの人為的発射事故が起きるかもしれないではありませんか。

「敵基地攻撃能力」という大看板までぶら下げることになる我が国からのミサイルは、命中または落下した国からは当然先制攻撃と見なされ、戦争が始まるでしょう。

「そんなことはあり得ない」と断言したいのですが、我が国の歴史を振り返ると躊躇せざるを得なくなります。人為ミスが元で、日本という国だけではなく日本人に対して「最悪のレベルの卑劣な国家・民族・国民」という烙印が押され、80年以上その烙印が生き続けているからです。それは、日本が正に「敵基地」である真珠湾の基地を攻撃した時から始まっています。

この攻撃をアメリカに対して伝えた最後通告は、ホノルル時間の1941年12月7日午前8時50分にアメリカ政府に渡されたのですが、真珠湾攻撃そのものはその50分前、午前8時に始まっていたのです。つまりこれは、「宣戦布告のない卑劣な戦争を仕掛けた」ということになるのです。それに対するアメリカの反応が対日観を決定的なものにしました。(渡部昇一氏による「真珠湾攻撃・・・なぜ日本の宣戦布告が遅れたのか?」による)

ルーズベルト大統領は、「私は議会に対し、一九四一年十二月七日、日曜日に日本によって行なわれた不当かつ卑劣な攻撃以来、合衆国と日本帝国は戦争状態にあることを宣言することを求める」という演説を行なったのである。

日本側の宣戦布告が遅れたのは、翻訳が遅れたとか、正式文書としてタイプするのに時間が掛かった等の説明がされていますが、「人為ミス」であることには違いがありません。

自衛艦や巡視艇が「あり得ない」くらい基本的な人為ミスで座礁するという事故が一月に二件も起きているのですから、私たちが「常識」だと考えていること、あるいは専門家たちが「あり得ない」と太鼓判を押しているようなことについても、人為ミスが元で、「あり得ない」ことが実際に起きてしまう可能性を問題にしない訳には行かないのです。だから、「異次元」の違和感なのです。

その結果として、船が損傷したとか物品が壊れたであればまだ救われるのですが、人命が失われることになったり人が苦しんだりということになると、単に「ミス」だからと言って見過ごしてはいけないことの範疇に入ってきます。次回はそんなケースを取り上げます。

 

最後に、まだ1月中ですので、今年一年が皆様にとって素晴らしい365日でありますように!

[2022/1/28 イライザ]

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2023年1月27日 (金)

日本が壊れて行く? (1) ――「異次元」の違和感が広がっている――

日本が壊れて行く?  (1)

――「異次元」の違和感が広がっている――

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『数学書として憲法を読む――前広島市長の憲法・天皇論――』では、「憲法マジック」という言葉を創って憲法解釈の矛盾を指摘しました。それは、憲法には「○○は××である」と書いてあるのに、その正反対の「○○は××ではない」が、巷間では正しい解釈だと考えられている状態を表す言葉でした。

憲法は言葉で綴られていますので、このような表現でその矛盾を指摘できるのですが、毎日のように報道される事件や事故、政治や経済の場でのできごとは、まだ完全には言語化されていないものが多く、どんな言葉で「何かおかしい」と言えば良いのかすぐには頭に浮かびません。とりあえず「違和感」という言葉で括りますが、それも普通の違和感では納まらない感じですので、皮肉を込めて「異次元」と形容しておきます。

この言葉が広まったのは、2013年に始まり今も続いている日銀の「異次元緩和」あるいは「異次元金融緩和」からです。ここで使われている「異次元」という単語の意味をGoo辞典で再確認しておきます。

1  異なる次元。また、次元の異なる世界。「空間」

2 (比喩的に)通常とは全く異なる考え方、また、それに基づく大胆な施策。「―の金融緩和」

そして、日銀の「異次元緩和」については、三菱UFJ国際投信のmattocoLifeというサイトに分り易い解説があります。それをさらに要約すると、次のように2013年から2016年まで、少しずつ改善を加えながらの緩和策を指しています。

2013年4月:量的・質的金融緩和

2016年1月:マイナス金利付き量的・質的緩和

2016年9月:長短金利操作付き量的・質的緩和

もっと大雑把にまとめると、「金融緩和」策として、何を指標とするかを変えたり、従来の施策を拡大したり柔軟化するといったことが中身です。その中で、特に注目に値するのは、常識では考えられなかった「マイナス」金利を導入した事でしょう。でも、目標としての「物価上昇率2%」は、普遍でした。

極端に単純化すると、「異次元緩和」とは「マイナス金利を導入して、物価の上昇率を2%にする」ことだったのです。

ここで、私個人の大きな違和感は、「プラス」を「マイナス」にする政策を「異次元」と呼ぶことです。皆さんは、どこかで「数直線」という言葉に出会っていると思います。その真ん中あたりに「0」という印があります。その右側が「プラス」の範囲で、左側が「マイナス」です。プラスからマイナスに移るということは、この数直線上の方向で示せますので、次元で言えば「一次元」の話なのです。それを「異次元」と言ってしまうのは、一種の「誇大広告」になるような気がしたのです。

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そして、経済や金融についての詳細な知識のない私たち市民から見ると、「異次元」という大袈裟な言葉で、凄いことをするという印象作りをしていることは分っても、その目標としての「2%の物価上昇率」にはマイナスのイメージしか湧かなかったのではないでしょうか。

何故なら、毎日の生活の中で、物価が上がっているということは感覚的に経験していましたし、賃金が上昇しないことは20年も続いていて、生活の苦しさも続いていたからです。感覚としては、もう物価はかなり上がっているのですから、それを目標にするという意味が理解できなかったからです。

それだけではなく、円安が続いて物価はさらに上がり続けたのですから、なお訳が分りません。

そんな状況をまとめると、結局、「異次元」という言葉にまつわる雰囲気として、感覚的には混乱と理解不能、でも大層なことをしているという自己宣伝が伝わってきました。

追い打ちを掛けるように、「異次元の少子化対策」です。「自己宣伝」、「理解不能」そして「混乱」というイメージを引き連れての政策ですから、それに期待して子どもを産もうと考える女性が出て来るとは思えません。そんなマイナス・イメージを避けるために、その言い換え、「次元の異なる」を使って済むなんて考える程、私たち国民は馬鹿にされているということなのではないでしょうか。この時点で、「国民・市民を舐めるな」と言いたくなりますよね。

実はここまではまだ「前振り」の積りでした。「異次元の違和感」は、本格的な違和感は次回から始まります。

 

最後に、まだ1月中ですので、今年一年が皆様にとって素晴らしい365日でありますように!

[2022/1/27 イライザ]

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2023年1月16日 (月)

「ヒロシマ」が壊れて行く? (2) ――壊さないための努力をしよう!――

「ヒロシマ」が壊れて行く?  (2)

――壊さないための努力をしよう!――

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前回は、1月2日の中国新聞ディジタル版で報道された広島大学原爆放射線医科学研究所(原医研、広島市南区)の田代聡所長による「核使用に備えた医療を研究する必要性を唱える」について考えて見ました。

反論を期待していたのですが、一つも寄せられませんでしたので、私なりに次の段階の考察に移ります。念のため、田代所長についての中国新聞の記事を再度掲げておきます。

核兵器使用に備えた医療、議論の動き「局面変わってしまった」広島大原医研所長

核兵器が使われた際に必要な医療の研究、開発について国内外の専門家で議論する動きがある。日本で作業部会の設置を呼びかけた、広島大原爆放射線医科学研究所(原医研、広島市南区)の田代聡所長(60)は中国新聞のインタビューに「局面が変わった」と指摘。被爆地の知見を生かして、核使用に備えた医療を研究する必要性を唱える。

このようなニュースを読んで、「広島の医師は核兵器の使用を容認している」とか「広島の医師が核抑止論の正しさを支持した」といった誤解が生じたり、核武装推進論者や核抑止論信奉者が自らの主張の正しさの「証明」としてこうした「解釈」を広めたりする可能性のあることにも配慮しなくてはならないのではないか、というのが前回のブログの趣旨でした。

そのために役立つ事実として、1980年代に世界的に大きな影響を与えたIPPNWのメッセージを持ち出してみました。繰り返しになりますが、再度掲げます。

主要なメッセージは三つありました。

① 一つは、「あなた」が住んでいる町に核爆弾が落ちたらどんなに酷い結果になるかを、医師として、医学用語を分り易く噛み砕いて伝えたことです。

② 二つ目は、そんな状況の中で、「あなた」が生き残った犠牲者の一人として医師としての私に救いを求めても、私には何もできませんというメッセージです。

③ そして最後のメッセージは、被害を受けるのはあなたやあなたの身近な人たちだけではなく、「核の冬」が訪れ人類は滅亡するのですよ、というメッセージです。

その効果は絶大で、当時の反核運動のスローガン「Freeze Now」決議を、州までも巻き込む自治体の議会が採択するほどでしたし、1986年のレイキャビックでのレーガン・ゴルバチョフ会談 (そこで両氏は米ソが全面的に核兵器を廃絶することに合意しました。残念ながら軍産複合体等の力で、実現はしませんでした。) も、こうした背景が元になって進められたのです。

ここで上げた三つの柱の内で、一番説得力のあったのが②であることは御理解頂けるでしょう。自分自身に対しての直接的な損得が関わっているからです。お医者さんに見放されても大丈夫という人はまずいないでしょう。仮にこの②がなければ、1980年代の人たちにとって、医師たちのメッセージ性は大きく損なわれたはずです。

②のメッセージ性とは、「私たち医師に救いを求めても、核戦争が起きてしまえば無力である。だから核廃絶が必要なのです」とまとめて良いでしょう。

田代所長の見解は、「核戦争が起きた場合、医師のできることに限界はあるにせよ、被害者の生命や健康を守るために最善を尽くす義務はある。そのための研究は必要だ」と要約できると考えられます。それなら理解できるのですが、それでも誤解や曲解の可能性は残ります。「限界はあるにせよ」の部分が消えたり、前にも述べたような「解釈」をされてしまうことです。

それを避けるための方策の一つは、中国新聞の記事の中でも言及されていた「被爆地の知見を生かして」に重きを置くことなのではないでしょうか。

一例を挙げると、「広島の被爆者の中には、これこれこういう状況で被爆し、このような症状で苦しんだ (あるいは亡くなった) 方がいた。当時の放射線についての理解は△△くらいの段階だったので、その時点での治療は難しかった。現在では改善されているものの、◇◇のようなレベルの治療に達している。今後、○○の分野についての研究が進めば、それが××のレベルの治療が可能になる」といった、具体的かつ素人にも理解できるような研究のあり方や方向性についての説明が、最低限必要なのではないでしょうか。

まだ十分に説得力のある説明にはなっていないと思いますが、他の方にも参加して頂いた上で、「ヒロシマの崩壊」を少しでも押し留める手立てを考え続けたいと願っています。そして次回は、政治面での例を取り上げることで、事の緊急性を訴える積りです。

 

最後に、まだ1月中ですので、今年一年が皆様にとって素晴らしい365日でありますように!

[2022/1/16 イライザ]

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2023年1月 8日 (日)

「ヒロシマ」が壊れて行く? (1) ――反論を期待しつつ書いています――

「ヒロシマ」が壊れて行く?  (1)

――反論を期待しつつ書いています――

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お正月も三が日を過ぎましたので、少し厳しく現実を見つめて行きたいと思います。とは言え、「それは老人の妄想だよ。若い世代がしっかりと責任を果しているから安心して下さい。」という反論と、その証拠を何方かが示して下さることを期待しつつ以下を綴っています。

1月2日の中国新聞ディジタル版に、衝撃的な見出しが躍っていました。

核兵器使用に備えた医療、議論の動き「局面変わってしまった」広島大原医研所長

核兵器が使われた際に必要な医療の研究、開発について国内外の専門家で議論する動きがある。日本で作業部会の設置を呼びかけた、広島大原爆放射線医科学研究所(原医研、広島市南区)の田代聡所長(60)は中国新聞のインタビューに「局面が変わった」と指摘。被爆地の知見を生かして、核使用に備えた医療を研究する必要性を唱える。

田代聡所長は核戦争防止国際医師(IPPNW)の会の日本支部であるJPPNWの事務局長でもあります。IPPNWは1985年にノーベール平和賞を受賞しましたが、その背景を『数学教室』の2014年5月号のコラム「The Better Angels」から引用しておきましょう。

この時期に私はアメリカで生活していましたので、アメリカの活動をまとめてみましょう。1975年にベトナム戦争が終わり、多くの活動家たちは原発の問題に関心を持つのと同時に、医師たちが核廃絶運動に取り組み始めた時期でもあります。後にIPPNWに発展したアメリカの医師たちの活動の中でも、PSR(Physicians for Social Responsibility—社会的責任を取る医師の会)の医師たちの活動は効果的でした。

 主要なメッセージは三つありました。

① 一つは、「あなた」が住んでいる町に核爆弾が落ちたらどんなに酷い結果になるかを、医師として、医学用語を分り易く噛み砕いて伝えたことです。

② 二つ目は、そんな状況の中で、「あなた」が生き残った犠牲者の一人として医師としての私に救いを求めても、私には何もできませんというメッセージです。

③ そして最後のメッセージは、被害を受けるのはあなたやあなたの身近な人たちだけではなく、「核の冬」が訪れ人類は滅亡するのですよ、というメッセージです。

その効果は絶大で、当時の反核運動のスローガン「Freeze Now」決議を、州までも巻き込む自治体の議会が採択するほどでしたし、1986年のレイキャビックでのレーガン・ゴルバチョフ会談も、こうした背景が元になって進められたのです。

多くの市民が医師たちのメッセージをきちんと受け止め、行動に移した理由の一つは、その時点では、原爆や戦争についての直接体験と市民との距離が余り離れてはいなかったことを挙げて良いでしょう。例えば、こうした反核集会の多くは、そして1982年のニューヨークでも、「広島・長崎への原爆投下は正しかったが、次に核兵器が使われれば、それはあなたの頭の上に落ちることになる」といった言葉で始まりました。この点に対しての反論も大変でしたが、同時にこれは、「パール・ハーバー対原爆」という図式で核の問題を捉えていた1945年に、まだまだ多くの人の意識が近かったことも示しています。戦争の記憶がそれなりに生きていたという点は大切です。

ここで上げた三つの柱の内で、一番説得力のあったのが②であることは御理解頂けるでしょう。自分自身に対しての直接的な損得が関わっているからです。お医者さんに見放されても大丈夫という人はまずいないでしょう。仮にこの②がなければ、1980年代の人たちにとって、医師たちのメッセージ性は大きく損なわれたはずです。

そして田代所長の発言は、その②のメッセージ性を大きく変えることになります。もちろん、「私に救いを求めても、私には何もできません」という言い方は誇張です。何らかの手当はできるでしょう。でもここで強調されている点は、医師でも救えないほどの大きな被害が市中に蔓延しますよ、そんな状態になってから私たちに頼っても遅過ぎるのです。今なら、核兵器を廃絶して、そんな状態を避けられますよ、ということなのではないでしょうか。

新たに②の代りになる言葉は何なのでしょうか。「私に救いを求めたとして、医師としては十分な手当てができますから安心して下さい。」になるのでしょうか。そこまでは踏み込まないとしても、仮に生き残った人たちがいたとしても、核兵器使用後の「地獄」は想像を絶するほど酷いものであり、何としてでも避けなくてはならない、というメッセージは消えてしまうのではないでしょうか。

それが杞憂でないことは、2014年12月にウィーンで開かれた「第3回核兵器の人道的影響に関する会議」と、翌2015年のNPT再検討会議での日本政府代表の発言を見れば明らかです。二つの会議では、核兵器使用が人類にもたらす、言語を絶する悲惨さについて多くの国々が次々と言及しました。それに対して日本の佐野利男軍縮大使が強調したのは、その点が強調され過ぎていることを指弾した上で、「核兵器が使用されても市民を救うことはできる」という点だったのです。

また法律によって、どの自治体も「国民保護計画」を作ることを求められています。その計画では、各都市が核攻撃にあったら、どのように市民を守るのかといった方策も掲げなくてはならないのです。国の方から示されている「お手本」には、例えば、「風上に逃げる」といったことが載っています。

それに対して広島市では、被爆者と専門家もメンバーとして参加した検討委員会の結論として次のような主張を掲げています。

「核攻撃があれば、その攻撃から市民を守ることはできない。唯一市民を守る手段は核兵器を廃絶することだ」--広島市作成の「国民保護計画」

田代所長は国際的な場で、「佐野大使の言葉は正しい。核兵器が使われても、広島の医師は市民を救える」と発言するのでしょうか。

そして、広島市に対して、「核攻撃があっても市民を守ることはできる。核兵器の廃絶は唯一の手段ではない」と、国民保護計画の修正を求めるのでしょうか。

答としては、「そんなに極端なことは言っていない。感情に走るのは止めて欲しい。」といった言葉が返ってくるのだと思います。私の方が感情的になっているのかもしれません。でも同時に、私が大切に守ってきた「ヒロシマ」が、どこかから壊れ始めているという感慨も捨てることができないのです。このような傾向は、政治の場面を見るともっと露骨に表れています。続きます。

 

最後に、まだ1月中ですので、今年一年が皆様にとって素晴らしい365日でありますように!

[2022/1/8 イライザ]

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2023年1月 1日 (日)

明けましておめでとうございます

明けましておめでとうございます

088

旧年中はいろいろお世話になり、有難う御座いました。本年も宜しくお願い申し上げます。

「一年の計は元旦にあり」と言われますので、今年の決意を以下、御披露します。

とは言え、私の悪い癖なのですが、何事にも理屈を付けたくなります。この言葉の起源は毛利元就が長男にあてた手紙の中にあると言われています。それは、

一年の計は春にあり

一月の計は朔(ついたち)にあり

一日の計は鶏鳴(一番鶏が鳴く早朝)にあり

です。時間的な区切りの最初に計画を立てることの大切さが述べられています。

同感です。そして、「春」から思い出すのは、ロバート・ブラウニングの詩「春の朝」です。ビクトリア朝のイギリスの詩人ですので、毛利元就より後の時代に活躍したのですが、彼の劇詩『ピッパが通る』の中の一節が有名です。

Pippa's Song

 

The year's at the spring

And day's at the morn;

Morning's at seven;

The hill-side's dew-pearled;

The lark's on the wing;

The snail's on the thorn:

God's in His heaven—

All's right with the world!

日本語訳は、上田敏による「春の朝(あした)」が有名ですし、私は日本語の詩の方が好きです。

「春の朝」(はるのあした)

 

時は春、

日は朝(あした)、

朝は七時、

片岡(かたをか)に露みちて、

揚雲雀(あげひばり)なのりいで、

蝸牛(かたつむり)枝に這ひ、

神、そらに知ろしめす。

すべて世は事も無し。

絹工場で働くピッパという少女が、一年に一度の休日の日に街を歩きながら呟く言葉ですが、その一日の意味を朝、そして7時という始まりの時に託していることが、「一年の計」と重なっています。

さて、今年の決意ですが、三つ掲げておきます。

①  8月に、広島出身初の総理大臣加藤友三郎氏の没後100年を記念するシンポジウムを開く。

② 私のこれまでの人生を振り返っての「オーラル・ヒストリー」、ならびに、開催には至らなかった「広島オリンピック」の記録を     出版する。

③ 歌の好きな人たちのグループ「昭和の歌を守る会」の活動を再開して、できればコンサートを開く。

どれもまだ準備が必要ですし、一緒に動いてくれる方々、そして本の場合には出版社が必要ですが、三つとも実現できるだろうと胸を弾ませています。

加藤友三郎氏の業績については何度もこのブログで取り上げていますが、そのうちの一つのリンクを貼り付けていますので、お読み頂ければ幸いです。

 

最後に、今年一年が、皆様にとって素晴らしい365日でありますように!

[2022/12/31 イライザ]

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