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2022年8月25日 (木)

バカヤロ―解散 ――機能不全に陥っている日本の政治・岸田内閣 (1)――

バカヤロ―解散

――機能不全に陥っている日本の政治・岸田内閣 (1)――

Shigeru_yoshida_suit

吉田茂 (Public Domain)

http://www.kantei.go.jp/jp/rekidai/souri/45.html

シリーズで、「機能不全に陥っている日本の政治・岸田内閣」を取り上げます。第一回は、1953年の国会予算委員会での吉田茂総理の「バカヤロ―」発言です。

その前に、このシリーズがどんな意味を持つのかを説明しておきます。出発点は憲法の前文です。特にこの部分です。「ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。」

そして、15条では次のように述べています。

15条 公務員を選定し、及びこれを罷免することは、国民固有の権利である。

2 すべて公務員は、全体の奉仕者であつて、一部の奉仕者ではない。

次に選挙についての3項と4項が続きますので、「選定」の中には選挙が含まれています。特に、選挙で選ばれる国会議員がその対象になるのは当たり前です。普通公務員と呼ばれる人たちがこの中に含まれることも、憲法遵守を義務付けている99条を視野に入れると当然の解釈です。

つまり、国会議員でなければならない内閣総理大臣は、主権者である国民に「奉仕」する立場にあるのです。

もう少し平たい言葉を使えば、国民が雇い主で、総理大臣や閣僚は国民に奉仕をする、つまり雇われている側です。その仕事をきちんと行っているのかどうかを判断するのは国民です。そして、きちんと行っていない場合には「民意」に従って、内閣が辞職するのが当然のシナリオです。

そのメカニズムがスムーズに働くために最低限必要なのが「言葉」です。言葉を正確にしかも誠実に使うことで、国民とその雇われ人である内閣の間の意思疎通が円滑にでき、民意が政治に反映されることになります。その結果、「主権」に従っての政治が実現します。

しかし、「言葉」の価値が暴落し、今ではほとんど顧みられなくなったのは、安倍政治の残した一大禍根です。それは、「118回。安倍晋三前首相が201911月から203月までの間に繰り返していた、事実と異なる国会答弁の数だ。」に見られるように、日常的に嘘をついたことが示しています。

さらに、総理大臣でありながら、国会で質問者に対して聞き苦しく下品な「ヤジ」を繰り返したことにも表れています。そもそも、ヤジとは、権力者の横暴に対して、発言の場を与えられていない市民の側から、やむにやまれず発生した抗議の声だったのではありませんか。質問者の質問に不満があるのなら、国会内でいくらでも発言を求めることができる、あるいは記者会見を開いて問題提起のできる総理大臣という立場の人が頼ることさえ、恥ずべき行動です。

この点を、かつて言葉に意味のあった時代の総理大臣の答弁と比較して、確認しておきましょう。

これまで唯一国葬が行われた吉田茂総理大臣の「バカヤロー解散」のは発端になったやり取りです。以下、Wikiwand からの引用です。

**************************************

問題となった、吉田と西村の質疑応答の内容。委員会では「委員長」と挙手して委員長に発言許可を求め、「**君」「内閣総理大臣」と指名されてから発言するので、丁々発止の遣り取りがあったわけではない。鉤括弧は発言許可を得た正規の発言、丸括弧は不規則発言、太字下線部は発言取り消しにより議事録で伏字となっている箇所である。

西村

「総理大臣が過日の施政演説で述べられました国際情勢は楽観すべきであるという根拠は一体どこにお求めになりましたか」

吉田

「私は国際情勢は楽観すべしと述べたのではなくして、戦争の危険が遠ざかりつつあるということをイギリスの総理大臣、あるいはアイゼンハウアー大統領自身も言われたと思いますが、英米の首脳者が言われておるから、私もそう信じたのであります。 (以下略)」

西村

「私は日本国総理大臣に国際情勢の見通しを承っておる。イギリス総理大臣の翻訳を承っておるのではない。 (中略) イギリスの総理大臣の楽観論あるいは外国の総理大臣の楽観論ではなしに、 (中略) 日本の総理大臣に日本国民は問わんとしておるのであります。 (中略) やはり日本の総理大臣としての国際情勢の見通しとその対策をお述べになることが当然ではないか、こう思うのであります」

吉田

「只今の私の答弁は、日本の総理大臣として御答弁致したのであります。私は確信するのであります」

西村

「総理大臣は興奮しない方がよろしい。別に興奮する必要はないじゃないか」

吉田

無礼なことを言うな)

西村

「何が無礼だ」

吉田

無礼じゃないか)

西村

「質問しているのに何が無礼だ。君の言うことが無礼だ。国際情勢の見通しについて、 (中略) 翻訳した言葉を述べずに、日本の総理大臣として答弁しなさいということが何が無礼だ。答弁できないのか、君は……

吉田

ばかやろう

西村

「何がばかやろうだ。ばかやろうとは何事だ。これを取り消さない限りは、私はお聞きしない。議員をつかまえて、国民の代表をつかまえて、ばかやろうとは何事だ。取り消しなさい。私は今日は静かに言説を聞いている。何を私の言うことに興奮する必要がある」

吉田

……私の言葉は不穏当でありましたから、はっきり取り消します」

西村

「年七十過ぎて、一国の総理大臣たるものが取り消された上からは、私は追究しません。しかしながら意見が対立したからというて、議員をばかやろうとか、無礼だとか議員の発言に対して無礼だとかばかやろうとかと言うことは、東條内閣以上のファッショ的思想があるからだ。静かに答弁しなさい。 (以下略)」

**************************************

吉田総理も、ヤジ、つまり不規則発言をしていますが、安倍総理のヤジとは質的に違っているように思えるのですが、どうでしょうか。厳しい追及で追い込まれ (その理由もあるのですが、またの機会に)、思わず「ばかやろう」と呟いてしまった、という気持は多かれ少なかれ、国民に理解されていたように思います。

そして「ばかやろう」に関しては、その場で取り消しています。それが発端になり、与野党の力関係等もあり、内閣不信任決議案が可決され、それに対して、総理大臣が解散で対抗したという経緯があります。総理大臣が、そして国会がそれだけ、言葉には (ちょっぴりだけだったのかもしれませんが) 責任を持つ時代があったのです。

こう書いてきて、でも当時の国民の受け止め方は、「ばかやろう」が言葉が意味を持つ実例として登場することなど夢想だにしなかった、と言えるでしょう。そして安倍元総理の嘘一つ一つは、それぞれ国会の解散になっても当然だったような内容です。100回も解散せざるを得ないレベルの発言をしてきた総理大臣の責任は、一体誰がどのように取れば良いのでしょうか。

 

コロナについてもまだまだ油断はできません。皆様、くれぐれも御自愛下さい。

それでは今日一日が、皆さんにとって素晴らしい24時間でありますよう。

[2022/8/25 イライザ]

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