NPT再検討会議で最終文書不採択
NPT再検討会議で最終文書不採択
「機能不全に陥っている日本の政治・岸田内閣」をシリーズで取り上げています。第2回は、「詭弁」と「強弁」の実例を検証しました。特に、官僚や政治家が常習的に操る「標準的嘘」を念頭に置くことの大切さを強調した積りです。
今回は、そのシリーズの「特別編」と言っても良い、NPT (核不拡散条約) 再検討会議で、最終文書が不採択になったことを取り上げます。
この会議では、全員一致で決定が行われることが決まっています。今回はロシアだけが反対して最終文書が採択されなかったことで、特に欧米諸国はロシアを非難しています。それはそうなのですが、「残念」、「落胆した」、「遺憾」と言っているだけでは核廃絶を進めることにはつながりません。どうすれば良いのか、具体的には次の機会に提案します。
ここで指摘しておきたいのは、「最終文書」の不採択は核保有国にとっては痛くも痒くもないこと、そしてロシア非難によって私たちの目を眩ませている結果になっていることです。
そのために、NPT再検討会議の歴史を振り返っておきましょう。
1995年--NPTを無期限延長
2000年--「核兵器の完全廃絶を達成するという核兵器国の明確な約束」が盛り込まれた
2005年--最終文書採択されず
2010年--2000年の「明確な約束」の再確認、核兵器のもたらす人類への壊滅的破壊、「核兵器禁止条約」「期限」等への言及があった
2015年--最終文書採択されず
2000年と2015年の「明確な約束」は、画期的な表現ですし、2000年には大きな拍手で迎えられました。問題は、にもかかわらず、何も起こらなかったことです。
2015年の再検討会議の結果を総括しておくと、①最終文書は採択できなかった。②その最大の理由は中東、特にイスラエルだった。しかも③2010年に採択された最終文書はこの5年間無視された。という3点が重要です。ロシアはどこにも出てきませんが、2022年は、ロシア一色です。
NPT再検討会議で最終文書が採択されない最大の障害は、「満場一致」方式です。これは元々、「P5」と呼ばれる核保有五か国の利権を守るために採用されたのですが、その他の核保有国にとっても、「核保有」を継続するために「役立って」います。
とは言っても、2010年はアメリカの努力で最終文書が採択されました。それを「成功」と呼んでも間違いではありません。しかし、2015年はオバマ政権が保守派に乗っ取られたため結果が出せなかったという結果になっています。最終文書が採択されてもそれが次の結果につながるのかという実質を冷静に見守る必要があります。
その視点から、NPTにおいて最重要なのは第6条だと言っても過言ではありません。それは、次の「誠実交渉義務」と呼ばれる義務です。
「各締約国は、核軍備競争の早期の停止及び核軍備の縮小に関する効果的な措置につき、並びに厳重かつ効果的な国際管理の下における全面的かつ完全な軍備縮小に関する条約について、誠実に交渉を行うことを約束する」
簡単にまとめると、2017年に国連で採択され2021年に発効した「核兵器禁止条約」(TPNWと略)のような条約を作るために、全ての締約国は誠実に交渉する義務を負う、という意味です。
核保有国はこの6条を全く無視し続けてきました。その結果、マーシャル諸島共和国は2014年に、核保有国を「NPT6条の義務履行違反」の廉で、国際司法裁判所に提訴しました。管轄権の問題でこの提訴は却下されましたが、国際社会は努力を続け、2017年には、国連総会が、多数決でTPNWを採択しました。
しかし、核保有国も、日本をはじめとする各依存国もTPNWの交渉に反対しました。これは明確にNPT6条違反です。さらに、未だにNPTの署名も批准も行っていないことが大問題であることも指摘するまでもない点でしょう。
その文脈で、NPT検討会議の最終文書不採択についての岸田総理の言葉を読むと、岸田内閣・日本政府の「不誠実さ」が炙り出されてしまいます。
NPTを維持、強化して行くことこそが核軍縮に向けた唯一の現実的取り組みである。
つまり、日本政府は、被爆者や市民が「悲願」として掲げてきた「核廃絶」ではなく、「核軍縮」が目標であり、NPTの「維持強化」の中には6条の遵守が入っていないことを認めていなければ、こんなことは言えないはずなのです。「核兵器禁止条約」に反対していることには頬かむり、NPTにだけ焦点を合わせているのは、核保有や使用を容認していることと同義です。
もっともその不誠実さと、核保有5か国が今年1月3日にわざわざ、「核戦争は決して起こしてはならない」、「自分たちの核はどの国に向けられてもいない」等の趣旨を盛り込んだ共同声明を出しながら、ロシアの核脅迫に際しては、「共同声明違反だ」という声を上げていない事実とを比べると、どちらの方が罪深いのか判断に迷います。
こう見てくると、NPT再検討会議における最終文書不採択は、それなりに見通せた範囲にあることもお分り頂けたと思います。しかし、NPT再検討会議の意義はそれだけではありません。この一月、世界の多くの市民と政府、そして多くのマスコミも核保有国の言動に注目してきました。それは、核保有国に対する大きなプレッシャーになっています。
NPT再検討会議が終わった今、私たち市民社会がどのような形でこのプレッシャーを核保有国に対して与え続けられるのか、考えるのも大切です。もう一点付け加えれば、「今になって」考えるのではなく、2015年のNPT再検討会議が終ってからすぐに、考え始めてしかるべきことだったのです。グッド・ニュースはその通りに考えてきた人やグループも存在することです。その人たちやグループは、非核保有国内だけではなく、核保有国の中にも大勢いる事実も重要です。この点については再度論じます。
コロナについてもまだまだ油断はできません。皆様、くれぐれも御自愛下さい。
それでは今日一日が、皆さんにとって素晴らしい24時間でありますよう。
[2022/8/28 イライザ]
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