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2022年5月

2022年5月31日 (火)

核廃絶は可能です  梅田ヨドバシカメラ前での街頭演説 ――多くの若者たちに手を振って貰いました――

核廃絶は可能です

梅田ヨドバシカメラ前での街頭演説

――多くの若者たちに手を振って貰いました――

 

5月28日の土曜日、午後5時には、梅田のヨドバシカメラ前で街頭演説会を開きました。

やはり天下の梅田です。しかも夕方のラッシュアワー。とにかく人が多いのには、日頃の田舎暮しに慣れた私には驚きでした。

それ以上の驚きは、道路脇に停めた私たちの街宣車に向って、手を振ってくれる人が多かったことですし、中でもかなりの数の若者たちが手を振ってくれたことです。

福島党首には当然、「追っ駆け」と自称するファンが何人か一緒に行動していましたし、大椿ゆうこさんの「追っ駆け」も、地元ですので自然なのですが、私に向って手を振ってくれる人たちもいて、大変元気の出る一時になりました。もちろん、街宣車上の私たちは一時も休まず手を振っていましたので、とても嬉しい場面でした。心から感謝します。

福島党首と大椿さんの演説の内容も、朝から昼、そして夕方の梅田と、バージョン・アップしていました。流石です。私は、聞いて下さる方々にとって、核廃絶が可能であることを再度確認する必要があるのではと、感じ始めていましたので、その点に焦点を合わせました。

一つには、1986年、レーガン・ゴルバチョフ両首脳が、レイキャビックで「核兵器の全廃」に同意していたからです。実現しなかった理由はあるのですが、「合意」の事実は重要です。

二つ目には、非核地帯条約を締結することで、世界の半分は既に、「核廃絶」を実現していることです。そして北半球にもその流れができていて、特にモンゴルは、一国核兵器地帯とも呼ばれる宣言を出しています。強いお相撲さんで私たちはモンゴルを評価していますが、それに加えて世界平和の面でもモンゴルは頑張っているのです。

三つ目には、2014年、スコットランドは住民投票をしてまで核兵器の廃棄を実現しようと努力したことです。スコットランドの全自治体は、既に非核自治体の宣言をしていますので、イギリスから独立すれば、外交・防衛面でもその意思を実現することができるからです。

さらに、「敵基地攻撃能力」とは戦争を始める権限を政府に与えることに他ならないこと、カジノは皆さんに富をもたらすことはない、皆さんが博打で得をすることはないと、数学者としての見解を述べました。

人類が滅亡する道を選ぶのか、平和な世界実現のための日本を選ぶのか、皆さんの賢明な選択を期待しています。

より詳しい内容を知りたい方は、YouTubeの動画を御覧下さい。

 

[2022/5/31 イライザ]

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2022年5月30日 (月)

秋葉忠利参議院選・全国比例予定候補  公式ホームページとYouTube公式チャネルです

秋葉忠利参議院選・全国比例予定候補

公式ホームページとYouTube公式チャネルで

 

参議院選挙に出馬予定の秋葉忠利です。何故、今回の選挙に出馬するのか、どんな活動をしたいのか等、ネットを通してお伝えしています。まだ御覧になっていない皆さんへのお願いです。是非一度、下のサイトを御覧下さい。

公式ホームページは、こちらです。                  

公式ホームページ

そして、YouTubeの秋葉忠利公式チャネルはこちらです。        ↓

YouTube公式チャネル

 

皆さんがお使いになれる、FacebookTwitterInstagramLine、e-mail 等々から、できるだけ多くの皆さんに拡散して頂ければ幸いです。例えば、本文としては、「友人、秋葉忠利君が参議院の全国比例に立候補決意しました。その経緯と、未来へのレシピ―をホームページやYouTubeで見て頂ければ嬉しいです。〇野〇夫」のような文章をお願いします。

そして、このブログの下線の部分を右クリックして、「リンクをコピー」というところを左クリックし、次にメールその他のメディアの本文に戻り、右クリックして「貼り付け」を押して貼り付けて下さい。ホームページとYouTubeそれぞれのリンクが張れるはずです。

時間的に全国を回ってお願いすることは不可能ですので、皆様のお力をお貸し下さい。

[2022/7/10まで]

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いたみホールでの国政報告集会 ――盛り上がりましたが、移動は大変です――

いたみホールでの国政報告集会

――盛り上がりましたが、移動は大変です――

 

5月28日の土曜日、12時には三宮のJR元町駅前場所での街頭宣伝を終り、次の会場、いたみホールへと移動しました。午後1時30分開始でしたので、電車を乗り継いでの移動が結構大変でした。来るまでは渋滞に巻き込まれる可能性が大きかったからなのですが--。

プログラムはバラエティーに富んでいて、最後まで皆さんが熱心に耳を傾けてくれました。音楽から始まって、福島党首と『人新世の「資本論」』の著者、斎藤幸平さんとの対談 (斎藤さんはZoom参加)、多様な年齢層、経験を象徴する4人の皆さんからのメッセージ、そして目玉の福島瑞穂国政報告があり、最後に、予定候補者3人の特別アピールで幕を閉じました。

その3人はもちろん、全国比例の大椿ゆうこさんと私、そして東京から出馬予定の服部良一幹事長です。

私のスピーチをYouTubeにアップしましたので、御覧頂ければ幸いです。

午後5時からの梅田ヨドバシカメラ前の街頭宣伝については、明日報告します。

[2022/5/30 イライザ]

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2022年5月29日 (日)

神戸、JR元町駅前の街頭演説です

神戸、JR元町駅前の街頭演説です

 5月28日土曜日の午前中、三宮のJR元町駅前での街頭演説のYouTube画像をお届けします。

弁士は福島みずほ社民党党首、大椿ゆうこ社民党副党首、岡崎彩子新社会党青年女性委員会代表、岡崎宏美新社会党中央執行委員長、そして私でしたが、次のYouTube動画を御覧下さい。音が少し割れていますが、音量を抑えめにして頂ければ幸いです。

[2022/5/29 イライザ]

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関西での街頭宣伝と集会 ――最初は三宮、JR元町駅前でした――

関西での街頭宣伝と集会

――最初は三宮、JR元町駅前でした――

 

5月28日の土曜日、場所を関西に移して街頭宣伝と集会に参加しました。

午前中は三宮のJR元町駅前でした。弁士は (古い表現で申し訳ありません。でも懐かしいので使わせて頂きます。) 福島みずほ社民党党首、大椿ゆうこ社民党副党首、岡崎彩子新社会党青年女性委員会代表、岡崎宏美新社会党中央執行委員長、そして私でした。

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一人10分足らずの短い演説でしたが、それぞれ力が入り説得力もあり、何故この党の人気がないのかが全く分らなくなった一時間でした。

詳細は、時間差はありますがYouTubeにアップしますので、御覧頂ければ幸いです。

いたみホールでの福島党首の国政報告会、そして午後5時からの梅田ヨドバシカメラ前での街頭演説の用も順次報告します。

[2022/5/29 イライザ]

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2022年5月28日 (土)

社民党の皆さんとともに記者会見をしました ――ビデオはYouTubeで見られれます――

社民党の皆さんとともに記者会見をしました

――ビデオはYouTubeで見られれます――

 

本日、5月27日、衆議院第二議員会館で参院選全国比例区に出馬することを、社民党が正式に発表する記者会見を開きました。

その様子は、日仏共同TVがライブで流してくれましたが、YouTubeにもアップしてくれています。斜めからの映像ですが、正面からのものは近日中にアップします。出席者は、左から、上原公子元国立市長、中川智子前宝塚市長、私、福島瑞穂社民党党首、沖縄選出の新垣邦男衆議院議員、青山英雄社民党東京都連代表、そして司会は服部良一社民党幹事長でした。

 

 

 

明日は、神戸三宮 (JR元町駅の東口、海側を出たところ) で11時から福島党首、大椿副党首たちと街頭演説会、午後1時からは、いたみホールで福島党首の国政報告会に参加、午後5時からは梅田ヨドバシカメラ前で再び街頭演説をします。

関西圏の方でお近くにお住まいの方がいらっしゃれば、是非、聞きにいらして下さい。

[2022/5/28 イライザ]

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2022年5月27日 (金)

Change.orgの署名運動で御賛同下さいました皆様へのお知らせ ――Change.orgへの投稿です――

Change.orgの署名運動で御賛同下さいました皆様へのお知らせ

――Change.orgへの投稿です――

 

Change.org のサイトには、「お知らせ」という報告をする欄があります。一日一度、署名運動についての進捗度やそれに関する情報等をお知らせする場なのですが、参議院選挙出馬も、そこで昨日報告しました。でも今日読んで見ると、私の伝えたかったことが十分には表現できていませんでした。

そこで、今日、もう一度書き直してみました。それを全文、このブログに再掲します。

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多くの皆様に《「核兵器を使わない」と、ただちに宣言して下さい》署名運動に賛同して頂けたことを心から感謝しています。また、Change.orgのスタッフの皆様のお力添えにも御礼申し上げます。

 昨日この「お知らせ」で、参議院選挙に立候補する旨の報告したのは、それが、署名賛同者の皆様への私の責任だと考えたからです。こう感じていたことを昨日の「お知らせ」では十分に伝えきれていなかったように思いますので、改めて説明させて頂きます。

 私自身、31日にこのような展開になることなど夢想だにしていませんでした。署名に賛同して下さった皆様も恐らく同じようなお考えだったのではないでしょうか。

 署名運動を始めた31日から、私の頭の中にあったのは、ウクライナ戦争で核兵器を使わせてはならないという一点でした。そのために、被爆者の皆様の声、そして皆様の声を、もっと強力にプーチン大統領や岸田総理に伝えられないかと考えて来ましたが、なかなか行動につながりませんでした。

 世界の世論に訴えたいとも考え、外国特派員協会での記者会見や、海外の平和関連NGOに協力を求め彼らの英文のブログにも寄稿しました。またThe World Financial Review誌には、友人の協力を得て英語の対談を掲載して貰いました。

 また、毎日アップしている私のブログでもこの署名運動の趣旨を広げましたし、私の属しているメーリング・リストや、国内外のNPOにも協力を依頼しました。

 署名が5万に達してすぐの312日には、プーチン大統領と岸田総理に書簡を送りました。また、10万になった時点ではプーチン大統領に加えて、他の8核保有国首脳、そして岸田総理に書簡を送りました。

 国会議員の皆さんにも働き掛けました。反応は芳しくありませんでした。以前、私が国会で働いていた時と比べると、いわゆる「議員外交」も低調で、核廃絶についての熱意が国会の中に感じられません。例外は舩後靖彦議員で、核兵器禁止条約推進のための議連づくりを始めてくれました。

 いくつかの講演やZoomでのミーティングでも、これまでの経緯を説明しより多くの皆さんに参加して貰えるよう、そしてより大きな行動につながるよう発言を繰り返しました。

 でも、それだけでは足りないという思いに駆られていました。その他にもできることがあるのではないか、模索を続けていました。そんなとき、5月の初めに、社民党から声が掛かりました。

 そこに、新たな可能性を見出すことができました。国会議員時代の経験を生かせますし、広島市長として世界の都市と連携してきたネットワークも活用できます。湾岸戦争で人質の何人かを解放することのできた交渉力の出番があるかもしれません。プーチン大統領だけでなく、他の核保有国首脳にも働き掛けられる足場ができます。《「核兵器を使わない」と、ただちに宣言して下さい》運動の発展・強化の一つの道かもしれません。

 そう考えるのと同時に社民党の現状も心配でした。社民党は私の古巣ですが (政審会長をしていました)、政党要件である有効投票の2%が取れるかどうかの瀬戸際です。私の知名度も少しはありますので、頑張れば何とか目標達成ができるかもしれません。

 このように考えた結果、参院選に立候補する決意をしました。

 署名運動を開始した時点では、夢にも考えていなかった展開になってしまったことについて、正直に説明させて頂きました。《「核兵器を使わない」と、ただちに宣言して下さい》運動は続けますし、その発展形にも力を入れます。

 今後の活動の報告は、必要に応じてこのサイトの「お知らせ」に投稿しますが、軸足は私のブログに移します。毎日更新しますので、ブログを覗いてみて頂ければ幸いです。URL

 https://kokoro2016.cocolog-nifty.com/blog/

 取り急ぎお知らせとお願いまで。

 

秋葉忠利

 

追伸 選挙に出る以上、有権者との誠実なコミュニケーションを図り、当選のために全力を尽くすのは、候補者としての義務です。その一環としてYouTubeに動画をアップしましたので、再度、その動画のURLを付け加えます。

 https://www.youtube.com/channel/UCNOCvMp5EfcUTqCYU6jgf0Q/videos

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[2022/5/27 イライザ]

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2022年5月25日 (水)

参院選に出馬します ――主な理由は二つあります――

参院選に出馬します

――主な理由は二つあります――

 今日5月25日の正午、正式に参議院選挙に立候補する発表をしました。2011年、広島市長選に出ないことを発表したのも、YouTubeでしたので、今回もYouTubeで最初に発表します。

URLは次の通りです。

https://www.youtube.com/channel/UCNOCvMp5EfcUTqCYU6jgf0Q

「チャンネル登録と高評価をお願いします。」

Change.orgで始めた署名運動に多くの皆さんが賛同して下さったので、次のステップとして趣旨を発展・実現させる努力をしてきました。例えば、国会議員の皆さんにも働き掛けたのですが、反応が芳しくありませんでした。例外は舩後靖彦議員です。彼は、核兵器禁止条約推進のための議連づくりを始めてくれました。

しかし以前、私が国会で働いていた時と比べると、いわゆる「議員外交」も全く低調で、核廃絶についての熱意が国会の中に感じられません。Change.orgで署名して下さった皆さんの熱意とコメントに込められた真剣さを生かすため、国会がもう少し動いてくれないかなと考えていたところに、社民党から声が掛かりました。

社民党は私の古巣です。 (政審会長をしていました。) 政党要件である有効投票の2%が取れるかどうかの瀬戸際に立っています。私の知名度も少しはありますので、頑張れば何とか目標達成ができるかもしれません。それ以上にもし私が当選すれば、「核兵器を使うな」と、プーチン大統領だけでなく、他の核保有国首脳にも働き掛けられる足場ができます。当然そちらも目指したいと考えています。

本日は、まず、参院選に立候補することを皆様に報告し、加えて、それが署名運動の延長線上にあることを強調しておきます。

今後の活動の報告は、このブログでのアップデートを活用します。毎日更新しますので、ブログを覗いてみて頂ければ幸いです。

また、ホーム・ページもアップデートしましたので、こちらも御覧下さい。URLは追ってお知らせします。

また、この選挙について、また私の立候補について拡散してやろうとお考えの皆さんがいらっしゃれば大歓迎です。SNSでの拡散には制限がありませんので、どんどん拡散して頂ければ幸いです。電話にも何の制限も付いていません。

3月1日に、署名運動を始めたときには想像だにしなかった展開になっているのですが、ウクライナの戦争を見て、核「共有」とか、「敵基地攻撃能力」や改憲といった、考えられないほど酷い声が大きくなっていることにも危機感を持っています。活動の場を広げて、全力で頑張りたいと考えています。

皆様の御理解と御支援を頂ければ幸いです。

取り急ぎお知らせとお願いまで。

秋葉忠利

 [2022/5/25 イライザ]

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国会議員時代の活動 ――懐かしく思い起こしています――

国会議員時代の活動

――懐かしく思い起こしています――

 

問い合わせがあって、国会議員時代の活動を振り返っていたのですが、何件か懐かしい出来事を思い起こすことになりました。

 [ニューウエーブの会]

1990年の衆議院選挙で当選した当時社会党の新人議員は61名。新しい政治を創るという意気に燃えて、仙谷由人、伊東秀子、松原脩雄、岡崎トミ子などと、「ニューウエーブの会」を30名近くで設立しました。学者や知識人、官僚等を講師に迎えて勉強会を開き、政策提言を行い、国会内で超党派のネットワークを広げ、マスコミにも積極的に発信を続けるなど、「新しい政治」のイメージ作りに大きな功績があったと思っています。

この会の最初の申し合わせ事項の一つは、「先生と呼ばない、呼ばせない」でした。国会議員や政治家を「先生」と呼んだり呼ばせたりすることで、言外に上下関係を作ってしまう弊害を避けるためだったのですが、しばらくすると、その申し合わせを守り続けていたのは、私一人になっていました。

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一人

 

[イラクの人質解放]

1990年8月2日にイラク軍はクウェートへの侵攻を開始し、8月8日にはクウェート併合を宣言しました。またイラクは、8月18日に、クウェートから脱出できなかった外国人をバクダッドに移し、「人間の盾」と称して人質にしたのです。この中には、約400人の日本人も含まれていました。

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バグダッド(Public Domail)

当時の社会党は、バクダッドに社会党中東訪問代表団を派遣し、人質解放のために尽力しました。団長は矢田部理参議院議員、事務局長は私でした。10月3日に現地入りし、6日には、ラマダン第一副首相と会談し、医療情報を元に健康状態に問題のある4人を直ちに解放するよう交渉しました。その場で要請に応えてくれるとの感触を得ることができました。通訳は私自身で、実質的交渉を行ったのです。この4人は10月中に他の「人質」に先立って帰国することができました。

同時に、土井たか子委員長がジャンボ機をチャーターしてバクダッド入りすれば、全人質を解放するという交渉にも当ったのですが、結局成立しませんでした。

 [数々の議員連盟]

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(Public Domain)

国会内では、党派が違っても議員個人個人の価値観や世界観に従って、「同志」が集って「議員連盟」を作るケースが多くあります。同僚議員に誘われて、それまで関心のなかった分野で活躍する人々と出会い、新たなネットワークに属することになる場合もあったりします。

私が所属していた議員連盟は多くあるのですが、名称が変ってしまったり、活動を止めてしまった議連もあるようなので、名称は不正確になるかも知れませんが、いくつか挙げておきます。

「日本・アイルランド友好議連」――世界の国々との友好を目的とする議連は多くあり、文化的な関心や、これまで訪問した経験やこれから訪ねてみたい国々など、人気のある議連が多いのが特徴です。。

「脳死を考える議連」――私が属していたのは、脳死を人間の死と認めるべきではないという立場の議連です。脳死と臓器移植法が国会で取り上げられたとき、個人の生命観、倫理観こそ重んじられるべきであるとの考え方から、党議拘束を外して議員個人の立場で態度を決するべきだというのが、多くの政党の考え方でした。当然、超党派の議連ができ、脳死を認める考え方の議連もありました。

人間の死を国会で議論するという、大変重い場面に居合わせることができ、政治のあり方そのものを問い直す場面が何度もあったことを思い出しています。

「公共事業チェック機構を実現する議員の会」――文字通り、公共事業のあり方を具体的にチェックする力を持った専門家や市民たちとともに、国がお金を出す仕組みそのものを俎上に載せ、例えば、徳島県木頭村の細川内ダム建設事業について、村長の藤田恵さんを支援し、最終的には建設事業の中止を勝ち取った議連です。その経緯は、藤田元村長著の『国を破りて山河あり』(小学館、2010年)に詳しく描かれています。

「諌早等干潟・湿地を考える議員の会」――ギロチンが落ちるテレビの画面で有名になった諫早湾の干拓は、中止させることはできませんでしたが、名古屋の藤前干潟を守ることはできました。名古屋市民の皆さん、NGOや専門家の皆さん、松原市長の英断等、その結果を生むまでのストーリーは多くあるのですが、議連が果した役割も大切でした。

国会での活動は、この他にも委員会や代表質問、陳情のために上京する方々との対話、マスコミとの付き合い等々、まだまだ多くのことがあるのですが、追々付け加えて行きたいと考えています。

 [2022/5/25 イライザ]

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2022年5月24日 (火)

来年のG7サミットまでの宿題 ――広島開催の意味は核兵器禁止条約の批准――

来年のG7サミットまでの宿題

――広島開催の意味は核兵器禁止条約の批准――

 来年のG7サミットは広島で開かれることが決まりました。

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Group of Seven () と EU () (Public Domain)

朝日新聞電子版によると、岸田総理は次のように述べたそうです。

世界がウクライナ侵略、大量破壊兵器の使用リスクの高まりという未曽有の危機に直面しているなか、来年のG7サミットでは、武力侵略も核兵器による脅かしも国際秩序の転覆の試みも断固として拒否するというG7の意思を、歴史に残る重みをもって示したいと考えている。

唯一の戦争被爆国である日本の総理大臣として、私は広島ほど平和へのコミットメントを示すのにふさわしい場所はないと考えている。核兵器の惨禍を人類が二度と起こさないとの誓いを世界に示し、バイデン大統領をはじめ、G7首脳とともに、平和のモニュメントの前で平和と世界秩序の価値観を守るために結束していくことを確認したいと思っている。

丁寧に読むと、「核兵器の惨禍を人類が二度と起こさないとの誓い」は誰の誓いなのかが分りません。でも、平和が大切であり、平和を語る上で広島が相応しい場所であるという雰囲気は伝わってきますので、その点には賛成です。

「大量破壊兵器の使用リスク」を心配し、「核兵器による脅しも拒否する」のであれば、核兵器の禁止そのものが最も効果的であることに異論はないはずです。核兵器禁止条約を署名し、批准することは論理的な必然になります。

マスコミの論調のように、「務めてもらいたい」とか、総理の「手腕が問われる」と言った甘い態度では核保有国が「既得権」と見做している核保有の壁を崩すことは無理です。もう一度広島で起きた「地獄絵」を思い起こし、それをG7の首脳にも「わが身に迫る」ような感覚で共有して貰い、その結果、核兵器禁止条約に真剣に向かい合って貰えるような準備を私たちがしなくてはなりません。

そのためには、「都市外交」、「市民外交」、「議員外交」、「音楽外交」等々の言葉で表現される、多種多様なチャンネルを通じて私たちが、それぞれのレベルで被爆の実相を共有し、被爆者のメッセージを国レベルでの行動につなげる努力をすることが有効です。

主権者たる私たちが、「全体の奉仕者」であるべき政府に対する「宿題」として、来年のサミットまでには、核兵器禁止条約の署名と批准をするよう、要求する・させる運動を始めましょう。

 [2022/5/24 イライザ]

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2022年5月23日 (月)

友あり、遠方より来る ――友情もシンポジウム成功の元でした――

友あり、遠方より来る

――友情もシンポジウム成功の元でした――

 

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会場の琉球新報ビルの2階で開かれていた「琉球日報が伝えた世替わり展」を見る喜納さんと金城さん

 

沖縄での「戦争も核もない世界へ――すべての武器を楽器に」が大変盛り上がり、参加者の皆さんからお褒めの言葉を頂けた理由の一つは、友情です。

恐らく一番遠くから参加して下さったのは、亀岡での「憲法9条守ろう亀岡の会」主催、憲法施行75年記念講演会の肝煎り役、原田貞蔵さんです。シンポジウムの会場では時間の制限があり、発言の機会はなかったのですが、その後の関係者の会食の場では、喜納さんとも意気投合して、会を盛り上げて下さいました。平和運動の歴史や亀岡と沖縄との関わり、そして未来への期待など多岐にわたるお話に一同聞き入る場面が多くありました。

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琉球日報5月15日版前の原田さん

そして、もう二人の友人は、このブログで2月に紹介した「NPO法人 明るい社会づくり運動」の沖縄での責任者のお二人です。世界宗教者平和会議の姉妹団体ですので、平和への関心が強いことも伝統の一つなのですが、琉球日報での報道を見て、駆け付けて下さいました。会場の前の方で熱心にメモを取って聞いて下さり、私も緊張感を持って話をしていました。差し入れまで頂いて、大変恐縮しています。

実は、こうした友情にはいつも感謝しているのですが、なかなか言葉にできないでいます。様々な講演やイベントの後、多くの皆さんから個別の質問を頂くことも多いのですが、複数の方が順番を待っているときがあります。そんな時には特に親しい友人ほど、周りへの気遣いから他の方々との時間が多く取れるよう、少し離れて見守ってくれているのです。そして、時間ギリギリで会場を離れる際にようやく一言二言話ができるようなケースも多くあるのです。

改めて、友人の皆さんにこの場をお借りして感謝の意を捧げます。

 [2022/5/23 イライザ]

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2022年5月22日 (日)

沖縄のシンポジウムも盛り上がりました ――喜納さんの演奏が感動的でした――

沖縄のシンポジウムも盛り上がりました

――喜納さんの演奏が感動的でした――

 

このブログの執筆時間と公開する時間にずれがありますので、昨日は間に合わなかったのですが、東京での「核兵器禁止条約を考える集会」では、最後に「核兵器禁止条約を推進する議員連盟」を作りますと、舩後参議院議員が決意表明をしてくれました。心強い限りです。

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議員会館の集会で、左から喜納さん、舩後議員、秋葉

そして、沖縄での「戦争も核もない世界へ――すべての武器を楽器に」も想像以上に盛り上がりました。沖縄だけではなく、東京からは鳩山元総理がビデオ参加、長崎そして広島からの参加もありましたので、多元的なシンポジウムになり、詳細はまた報告させて頂きますが、私にとって一番感動的だったのは、喜納さんとチャンプルーズ、そして金城吟呼さんの演奏でした。

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一曲目は、『石笛のうた』です。沖縄、広島、長崎の悲劇と魂、そして愛を石笛に乗せて歌った、情緒溢れる曲です。そして二曲目は、『花』でした。二曲とも、涙なしでは聞けないくらいの名演奏で、これを聞けただけでも今回沖縄に来た甲斐がありました。

 [2022/5/22 イライザ]

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2022年5月21日 (土)

戦争も核もない世界へ ――沖縄でもシンポジウムが開かれます――

戦争も核もない世界へ

――沖縄でもシンポジウムが開かれます――

 

東京での「核兵器禁止条約を考える集会」に続いて、521日には、沖縄で、喜納昌吉さんの呼び掛けで、「戦争と核のない世界へ」というテーマのシンポジウムが開かれます。

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東京そして、沖縄、両方のイベントに参加させて頂きますが、私の発言はこれまで、このブログ、そして姉妹ブログの「新・ヒロシマの心を世界に」、そしてChange.orgでの署名運動で皆さんにお伝えしてきたことです。

 加えて、琉球日報が鳩山友紀夫さんと私の論考を掲載してくれましたので、それも是非お読み頂きたいと思います。

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核「共有」とか、「敵基地攻撃能力」とか、「憲法改正」では未来の見えないことが、少しでも広まることを期待しています。

 [2022/5/21 イライザ]

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2022年5月20日 (金)

核兵器禁止条約について考える会 ――国会議員も動いてくれています――

核兵器禁止条約について考える会

――国会議員も動いてくれています――

 

2017年に国連総会で採択され、その後、「署名」と「批准」のために公開された核兵器禁止条約ですが、我が国は署名も批准もしていません。国会議員のレベルでは世界的に核兵器禁止条約を推進する動きが盛んなのですが、それに呼応して活動してきたのがPNND日本支部です。

 「核軍縮・不拡散議員連盟(PNND)日本は,市民の願いである核軍縮を政策に反映させるための国会議員による国際ネットワーク、Parliamentarians for Nuclear Non-proliferation and Disarmament (PNND) の日本支部であり、超党派の議員連盟です。」

 当然、核兵器禁止条約を支持して、日本政府が批准するように働きかけていると思ったのですが、そうではないようです。河野太郎会長の公式サイトから引用します。

 「国民の生命と財産を守るためには、日米同盟の下で核兵器を有する米国の抑止力に頼る以外ないのが現実です。

 核兵器禁止条約は、こうした厳しい安全保障環境を十分考慮することなく、核兵器の存在自体を直ちに違法化するものです。

 したがって、この条約がいかに核兵器廃絶という崇高な目的を掲げているものであっても、核兵器を直ちに違法なものとする核兵器禁止条約に参加すれば米国による抑止力の正当性を損うことになり、結果として、日本国民の生命や財産が危険にさらされても構わないと言っているのと同じことになります。

 これでは、北朝鮮のような相手に対して誤ったメッセージを送ることとなりかねません。

 国民の生命と財産を守る責任を有する政府としては、現実の安全保障上の脅威に適切に対処しながら、地道に核軍縮を前進させる道筋を追求していく必要があると考えており、核兵器を違法なものとして、直ちにその廃棄を各国に求める核兵器禁止条約は、核兵器廃絶に向けた我が国の考え方とは異なるものであり、この条約に署名することはできません。」(https://www.taro.org/2017/11/%E6%A0%B8%E5%85%B5%E5%99%A8%E7%A6%81%E6%AD%A2%E6%9D%A1%E7%B4%84.php)

 自民党の議員が自民党や政府と同じ考えであるのは仕方ないのかもしれませんが、国会の中では、核兵器禁止条約の重要性と日本にとっての意味を理解し、署名・批准に向けての活動をしている人もいます。

 参議院議員の舩後靖彦さんがその一人です。今日、20日に国会内での集会を呼び掛けて下さっています。

Photo_20220520112001  

https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/3/3b/%E8%88%A9%E5%BE%8C%E9%9D%96%E5%BD%A6.jpg

ジェットオオタニ, CC BY-SA 4.0 <https://creativecommons.org/licenses/by-sa/4.0>, via Wikimedia Commons

************************************************************************

 20225月吉日

国会議員各位

れいわ新選組 参議院議員

舩後 靖彦

 

「核兵器禁止条約を考える集会」ご臨席のお願い

 先生方におかれましては、政務、公務におかれてのご活躍に心より敬意を表します。また、今後とも私たちに対し大所、高所よりのご指導を賜れればありがたく存じます。

さて、この度「核兵器禁止条約を考える集会」を開催する運びになりました。ゲストスピーカーに秋葉忠利さん(元広島市長)、喜納昌吉さん(音楽家・元参議院議員)をお迎えして、我が国の核兵器禁止条約の批准について議論が深まればと考えております。

ご多忙のところ誠に恐縮ではございますが、ぜひご臨席を賜ればありがたく存じます。ご検討のほどよろしくお願い申し上げます。

 

 

日 時    5月20日(金) 15時~17時(終了予定)

場 所    衆議院第2議員会館B18会議室

  

「核兵器禁止条約を考える集会」次第

 15:00 開会の挨拶 (参議院議員 舩後靖彦)

15:05    基調講演 (秋葉忠利様)

15:35 基調講演 (喜納昌吉様)

16:05 意見交換

16:30 閉会

 ******************************************************************

 

素晴らしいイニシャティブですね。会の模様は追って報告します。

 [2022/5/20 イライザ]

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2022年5月19日 (木)

倉庫の屋根を掛け直して貰いました ――これで雨が降っても眠れます――

倉庫の屋根を掛け直して貰いました

――これで雨が降っても眠れます――

 

大学時代、そして政治の世界に入ってからも大量の書籍と書類に取り囲まれて生活してきました。その全てを整理する時間がないままに、倉庫に収めてあります。

 問題はその倉庫が雨漏りし始めたことです。と言っても5,6年前なのですが、自分で何とか対処できると思って、コーキングをしたり、ブルー・シートを被せたりしていたのですが、何をしても雨漏りは止まりません。

 その上、大雨になると、夜中に起きて雨漏りの水を受けているバケツを空にしないと、水が溢れることもたまにはありました。大きなバケツにすると重くて運べないので、中くらいのバケツを使っていたからです。

 意を決して、専門家にお願いすることにしました。まずは、波板を支える構造部を御覧下さい。

Photo_20220518215801   

そして波板が張り巡らされた屋根そのものです。

1_20220518215801  

 そして側面からも雨漏りのすることはなくなりました。

Photo_20220518215901   

次に雨の降るまでには間がありそうですが、これで雨の度に、バケツが一杯かどうかの心配をしなくて済むとなると、ホット一安心です。

 [2022/5/19 イライザ]

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2022年5月18日 (水)

為政者も真実を知っている ――戦争ではなく話し合いで、そして核なしで――

為政者も真実を知っている

――戦争ではなく話し合いで、そして核なしで――

 

政治家や軍人たちも、本音のところで真実を知っています。私自身、聞いた言葉もありますし、ウクライナ戦争についてのコメントでもそれは明らかになっています。

マウリポリの製鉄所がロシア軍に制圧されたと読める報道が続いていますが、それについてのゼレンスキー大統領の言葉が、戦争ではなく話し合い、あるいは外交による解決が望ましかったことを示しています。

「ウクライナにはウクライナの英雄が生きている必要がある」と述べたことは、戦争に直接関わる、つまり、死を覚悟して戦線で戦った兵士にも生きていて欲しいという意味です。つまり、戦闘が終った時点以降には、兵士たちの死は望ましくないという意味です。そして、戦闘が終る時点が早ければ早いほど、死を迎える兵士の数は少なくなります。その考えを論理的に進めれば、死を覚悟で戦闘に加わった兵士たちが、仮に全く前線には行かずに戦争が終ればその方が望ましいことになります。

兵士たちにも死んでは欲しくないという真実は世界共通でしょうから、これは戦争否定の発言だと考えて良いでしょう。このことと、日本の国会に向けての演説中の、侵略を予防するための効果的国際機関の必要性とには、整合性があります。

固有名詞は覚えていないのですが、ロシアの将軍もこの戦争中に次のような発言をしています。「戦争は、いつかは終る。そして交渉が始まる。それなら、戦争はせずに最初から交渉すれば良いのではないか」

その通りです。永遠に戦争を続けることはできません。もしそんなことが続けば、双方とも食べることさえできなくなり、どちらの側も「自滅」という結末になるしかありません。

私が直接聞いた核保有国首脳の言葉は、土井さんとともにシラク大統領と面談したときのものです。

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https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/2/24/Chirac_ABr62200_cropped.jpeg

Marcello Casal Jr./ABr, CC BY 3.0 BR <https://creativecommons.org/licenses/by/3.0/br/deed.en>, via Wikimedia Commons

「フランスは、核抑止論を前提に外交を行っているがそれにはただ一つ弱点がある。『核抑止論が正しくて、国家が核兵器を保有することが本当にその国の安全保障になるのなら、すべての国が核兵器を保有すべきだ』という主張に対して反論のできないことだ」と言って笑ったのです。

 真実を貫けない苦しさを笑いで誤魔化したとも考えられますが、だからこそ、核不拡散条約で非核保有国の核兵器保有を禁止したとも考えられます。

 戦争とは、このように非論理的、不合理で、誰にとっても「不納得」(という言葉があるのかどうかはさておいて、意味は分かって頂けると思います)、そして当然、非道徳的、非倫理的、非人間的な存在です。

 そして、為政者もそのことは理解しています。その理解が「国家優先」のドグマに取って代られないように、私たち市民が世界中で声を上げ続ける必要があるのです。

 [2022/5/18 イライザ]

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2022年5月16日 (月)

お二人のコメントを中心に ――このブログのもう一つの役割――

お二人のコメントを中心に

――このブログのもう一つの役割――

 

「貧乏くじを引いたプーチン ――わざわざ作らなくても良い敵を作ってしまった――」(このブログの515)に、「ストーリー」として分り易く、勉強になるコメントをお寄せ頂き感謝しています。そのうちのお二人のコメントを再録します。「コメント」を後から読まれる方は少ないようですので、もっと多くの皆さんにお読み頂きたいからです。

私自身は、このタイトルの副題「わざわざ作らなくても良い敵を作ってしまった」はもう少し強くても良かったかもしれないと感じています。「作ってはいけない敵を作ってしまった」くらいでしょうか。それはスエーデンもフィンランドと同じく中立の立場を捨てて、NATOに加盟する方針を固めたからでもあります。前置きはそのくらいにして、最初に「ドイツ在住ポスドク 」さんのコメントです。

あくまで独自考察ですが、ロシア軍が何日もの軍事行動への備えをしていなかったことを踏まえてプーチン氏の描いてきた「ストーリー」は以下のような「追い詰められた末の賭け」でないかと推測しています。

2021年まではメルケル前首相が音頭をとるドイツがEUのリーダー役を務めつつロシアとの対話役を担ってきました。メルケル氏はロシア語に堪能、プーチン氏もドイツ語が上手、しかも両者はどちらも旧東ドイツで若き日を過ごしただけに話しやすかったといわれています。しかし連邦議会選挙を経たドイツは組閣さえ難航し、その指導力が大幅に下がってしまいました。

一方でベラルーシもまた欧露の調整者として機能していました。2014年の政変の後に結ばれたウクライナ東部における停戦合意はその名も「ミンスク合意」です。ところが2020年の選挙でルカシェンコ大統領の支持基盤の弱体化が表面化しました。そしてルカシェンコ氏は反体制派狩りに躍起になり、2021年2月に旅客機を強制着陸させてまで乗客の反体制派ジャーナリストを拘束しました。EUNATOはこの旅客機強制着陸事件を安全保障への直接の脅威とみなし、ベラルーシと西側諸国との亀裂が決定的になりました。ルカシェンコ氏は極端な親露派となるしか政権を維持する手立てがなくなりました。

かくしてプーチン氏にとっての西側との対話チャネルが失われました。一方でベラルーシが極端な親露派となったことで、ロシア軍がベラルーシを通り道にしてウクライナの首都キーウに迫ることが可能になりました。さらにゼレンスキー大統領の支持率は今年初めには50%もなく政権基盤が脆弱に見えたことから、四方八方からウクライナに進軍すればたやすくキーウを占拠して傀儡政権を樹立できるかもしれないとプーチン氏は考えたのかもしれません。傀儡政権の首領には2014年の政変で失脚してロシアに亡命したヤヌコービッチ元大統領を使うつもりだったと推測できます。

以上の仮説が正しければ趨勢はとっくにプーチン氏の「ストーリー」から外れています。もはやプーチン氏も「特別軍事作戦」の終わらせ方がわからないかもしれません。

投稿: ドイツ在住ポスドク

お二人目は、「杉山 隆保」さんです。

やはりワルシャワ条約機構が解体された時にNATOも解体して武力による紛争解決も武力による威嚇も行わない国際秩序を確立すべきであったと捉えています。この時アメリカの世界戦略が展開されてNATO解体は実現されませんでした。

それでも今回のロシアによるウクライナ侵略に対して国連総会で141カ国が非難決議に賛成した意義は大きいと捉えました。

国連の役割を見直し、強化し、新たな国際秩序の確立をめざす時だと考えています。

日本は日本国憲法がありながら、アメリカの朝鮮戦争、イラク戦争、アフガン戦争などで戦争の兵站を担い続けてきました。沖縄はその象徴的な場所で今後も出撃基地にされてしまいそうです。

アメリカと日本の関係を変えないと今後も同じことが繰り返えされます。

ロシアの侵略でウクライナの民俗独立闘争のような局面になってきました。アメリがベトナムに侵略戦争を行った時に北ベトナムのホーチミン大統領は「人民にとって自由と独立ほど尊いものは無い」と主張してベトナム戦争を闘い抜きました。

ベトナムへ侵略したアメリカがウクライナに武器援助をしているのは皮肉です。しかし、ウクライナが「勝利」したとしても戦争は何も産み出しはしません。ウクライナの再建には膨大な時間と資金が必要になります。

このことを世界が認識して紛争の武力による解決、武力による威嚇を止めて資源と資金を戦争に使うのでない政策を打ち立てる時代を創り出す時代に踏み出す時と考えています。

日本はまだ侵略戦争の処理を完全に終えていないことを認識して近隣諸国との関係を見直すことが必要と捉えています。

投稿: 杉山 隆保

 

終戦後、新憲法ができ、多くの人にとってようやく日本の未来が見え始めたときに、「日本はアジアのスイスになる」という標語が多くの人を勇気付けました。残念なことに、日本の辿ってきた道はそれとは違う形になりました。それでも平和憲法のあることで一定の立場を取ることは可能になり、戦争中のウクライナがそれに配慮するだけの役割は果たしています。

フィンランドとスエーデンがNATOに加盟することで、ロシアから見れば、新たな敵を作り出してしまったことになり、ロシアにとっては好ましいことではありません。それは、プーチン・ロシアの描いていたストーリーとは違ったものだと思います。

同時に、「中立」という立場をとる国がヨーロッパで減ることは、特に今北欧でそれが起きていることは、世界全体が大きく変ることを意味します。

そんな状況下で日本が果すべき役割は、核兵器に焦点を合わせてその視点からの世界平和の実現を目指すことだと考えています。それは、日本政府がお題目として掲げてきて「核保有国と非核保有国との橋渡し」を、単に言葉の遊びとして弄ぶのではなく、文字通り、実のある橋渡し役を演じることです。

Nofirstuse-global-blog   

「核兵器の先制不使用」合意が、その第一歩として相応しいのですが、それについては何度も丁寧に書き続けたいと考えています。また、次のサイトもご覧ください。

 https://nofirstuse.global/

 [2022/5/17 イライザ]

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草を抜いて、施肥をし、支柱も立てました ――曇り空の一日、畑仕事には最高の日でした――

草を抜いて、施肥をし、支柱も立てました

――曇り空の一日、畑仕事には最高の日でした――

 

フィンランドがNATOに加盟すると言ったからなのでしょうか、ウクライナからのニュースの中身が変ってきたようです。

だからという因果関係はないのですが、久し振りに小さな畑の手入れができました。雨のせいで雑草が蔓延り始めたので、雑草を抜くことと、苗を植えた後、施肥をしたいと思っていたトマト、キュウリ、ナス、トウモロコシの周りに油粕を撒いたこと、そして、少し大きくなった苗のための支柱を立てました。草抜きの技術では、家人に一日の長のあることもハッキリしました。

220516

トマト

雑草の残っているのは私の担当したところです

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ナス

一日曇り空、そして気温もあまり上らず、畑仕事 (というのも恥ずかしいくらいの小規模な畑ですが) には、最高の日和でした。

昨日は、昼過ぎに小一時間、新たな助っ人である充電式草刈り機で、伸びてしまった家の周りの草刈りもできました。

その他の時間は、結構忙しく、久し振りに電話で旧友との話も弾みましたし、今週末からの東京と沖縄行きの準備をしたりと充実した一日でした。

 [2022/5/16 イライザ]

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2022年5月15日 (日)

貧乏くじを引いたプーチン ――わざわざ作らなくても良い敵を作ってしまった――

貧乏くじを引いたプーチン

――わざわざ作らなくても良い敵を作ってしまった――

 

未だに、プーチン主導のロシアがウクライナに侵攻した意味が分りません。歴史的、地政学的、覇権主義的、陰謀論的等々、様々な視点からの説明がありますし、それぞれ、「納得」とまでは行かなくても、理解はできるのです。でも、胸にストンと落ちる感じは伝わってこないのです。

ヒトラーと同じカテゴリーの人間だと仮定すると、ウクライナに侵攻し多くの人を殺し、建物を破壊し、避難民を国外に追いやっているという「結果」が生じることは分るのですが、それでもプーチンという人物の描いている「ストーリー」が分らないのです。

ヒトラーの場合、『我が闘争』という大著を著すことで、自らのストーリーの説明をしています。ですから彼のストーリーは分ります。しかし、それが現実にはナチズムとして世界を破壊し、ユダヤ人はじめ多くの人々に言語に絶する苦しみを与えたストーリーを容認する訳には行かないことも強調しておかなくてはなりません。

同じように、プーチンのストーリーが分ったとしても、現在私たちが目にしているウクライナの惨状を作り出した罪が消える訳ではありません。そのことを断った上で、何故「ストーリー」が今になって気になるようになったのかというと、フィンランドがNATOへの参加を決めたからです。

ロシアとの国境が1300キロにも及び、1917年の独立以来ソ連との間で何度か戦争が起きています。特に第二次世界大戦中に、フィンランドはソ連に対抗するために、ナチス・ドイツに与してソ連との間で二度戦争をしており、独立は保ったものの、領土の一部をソ連に渡しています。

戦後は、ソ連そしてロシアとは敵対しない、しかし西側諸国とも仲良くするという政策で、軍事同盟であるNATOには加盟しないという中立政策を取ってきました。しかし、ウクライナが攻められ、NATOに加盟していないウクライナには、NATOが軍事介入しないことを目の当たりにして、NATO加盟を決めたようです。

ロシアとフィンランドの間の不安定ではあっても、平和的な関係の意味について、親友の一人であるフィンランド人のセッポから、事ある毎に聞かされてきていたのですが、ついにこの日がやってくるとは思いませんでした。

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フィンランド国防軍のシンボル(Public domain)

軍事的な力として、フィンランド国防軍を甘く見てはいけないことは、冬戦争と呼ばれた第二次世界大戦中の両国間の戦争の歴史から明らかです。そのフィンランドをNATOに追いやって、作らなくても良い敵を作ってしまったロシアは、貧乏くじを引いてしまったのですが、それよりは「自業自得」と表現した方が真相に近いのかも知れません。

でも、こう考えるのは、「プーチン・ストーリー」の中に、フィンランドのNATO加盟という一章がないという前提があって可能なのです。もし、フィンランドはNATOに加盟するだろうと想定した上で、ウクライナに侵攻したのだとすると、とんでもないシナリオが待っているのかも知れません。

 [2022/5/15 イライザ]

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2022年5月14日 (土)

紺ブレを新調しました ――アメリカかぶれの上、「反」断捨離です――

紺ブレを新調しました

――アメリカかぶれの上、「反」断捨離です――

 

昨日は、アマゾンが日本に上陸する前からファンになっていたことから再販価格制度にまで話が飛びましたが、今日もアメリカ関連、そして「反」断捨離がテーマです。と言うより、急速に劣化している紺ブレの代りを買うことになった顛末です。

もう10年以上着続けている紺ブレですが、前ボタンの周辺が擦り切れてしまって、それをうまく修繕して貰った後です。

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ボタン穴の左が擦り切れていたところです

Photo_20220513224801

 裏も随分派手に擦り切れていました――。

その上、裏地まで擦り切れていましたので、そろそろ買い替えの時期かな――、ということで向ったのは、Austin Reed です。この紺ブレを買った店ですが、気に入ったものですので、再度同じ店からと思ったのです。残念ながら、もう広島には存在しないということが分りました。

となると、Austin Reed ファンになる前には日常的に買い物をしていたBrooks Brothersに足が向かいます。アメリカに住んでいた頃から、良く買い物をしていましたので、日本に進出してくれた時には、「良かった」と胸を撫で下ろしたことを思い出します。

そこでの今日の買い物です。これで、講演するとき、あるいは何かの催しがあるときに、擦り切れたところが見えてしまうのでは、と気に掛けることもなくなります。長くそして頻繁に着る物ですので、「講演にも説得力が出てくるはずだ」と理屈を捏ねて、買い物の正当化はしなくても良いですね。

Brooks  

 [2022/5/14 イライザ]

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2022年5月13日 (金)

昔からのアマゾン・ファンです ――再販価格制度の問題提起にもなっています――

昔からのアマゾン・ファンです

――再販価格制度の問題提起にもなっています――

 

物を捨てられない病が治りませんので、「断捨離」などという言葉とはほとんど無関係な生活をしているのですが、それでも、「これは要らないだろう」と考えざるを得ない「ゴミ」も増えてきました。

良い機会ですので、家人に追い立てられて少しずつ身の回りの整理をしています。そんな中、懐かしい、しかも貴重な文書が出てきました。

220512   

アマゾンで買った本の領収書・納品書です。日付は1998327日。アマゾン・ジャパンができたのは、19989月ですので、直接アメリカのアマゾンに注文していました。

4冊買っていますが、どのタイトルも魅力的な内容です。一冊目は、「真理と美の数学的解釈」とでも訳したら良い内容ですし、二冊目は、「比例代表制についての数学的な考察」という内容です。4冊目は、アメリカ人が次のような事柄についてどう考えているのかという分析です。その対象になっているのは、神、国家、家族、人種差別、福祉、移民、同性愛、仕事、右、左と、ほぼ全ての事象を対象に数字を使っての分析です。

その後何回か、引っ越しをしていますので、今すぐ「この本です」とお見せできないのが残念です。

そして値段を見て下さい。一番上が良い例なのですが、定価は22.00ドルなのに、販売価格は15.40ドルです。つまり、6.6ドルの値引き、値引き率は3割です。

いま日本のアマゾンから本を買っても新品なら定価通りでないと買えません。これは、再販価格制度のあるなしの差です。

新聞もそうですし、書籍等の出版物の価格、化粧品なども入りますが、日本では定価通りでないと売れないという法的規制があるからです。その他の物、例えば家電製品などは、「小売希望価格」のようなものはありますが、それより安く買うことの方が当たり前になっているのとは違う制度なのです。

知的財産を守るためには必要な制度なのかもしれませんが、自由競争という原則もありますので、国際比較をした上で、このような制度についても合理的な見直しを定期的に行った方が良いのかも知れません。

 [2022/5/13 イライザ]

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2022年5月12日 (木)

憲法は強力なワクチン ――コロナも戦争も「予防」で防ごう――

憲法は強力なワクチン

――コロナも戦争も「予防」で防ごう――

 

ウクライナ戦争は長期化するようです。核兵器を使わせない、即時停戦、ロシア軍のウクライナからの撤退、避難民の生活支援等の目的ができるだけ早く実現するよう、できることは何でもしたい気持です。

でも、戦争が始まってから私たちにできることは限られています。戦争が起きないように「予防」することが最重要だと言って良いでしょう。戦争がウイルスによって引き起こされる病気だと考えると、ウイルスに相当するのは戦争を容認する考え方、それ以上に戦争を煽り、戦争しか手段がないという諦めの思想を多くの人に植え付ける言説等だということになります。

それに対しての有効な対策がワクチンであることは言うまでもありませんが、良く考えてみると、効果のあるワクチンが如何に多いのかに気付きます。

たとえば、323日に、ゼレンスキー大統領が国会議員に向けて行った演説では、現在の国際機関が侵略を予防するという機能を果していないことを指摘した上で、こうした新しい機能が果せるような国際的なツールを作る上で、日本の果たせる役割に期待していると述べました。つまり、ワクチンの一つは、国際機関です。

日本の役割に期待しているのは、平和憲法、特に9条があるからだということが確認されていますので、そうなると、憲法9条も有効なワクチンだということになります。

もう一つ、AFSという組織による高校生の交換留学制度も効果的なワクチンです。私の人生に決定的な影響を与えてくれたのが、高校生の時にアメリカに留学したことですが、元々はAmerican Field Serviceという名称でした。発足したのは1914年に第一次世界大戦がはじまったのと同時でした。パリに滞在していたアメリカ人の青年たちが、戦場で救急車のボランティア運転手として活動し始めたのです。第二次世界大戦でも同じボランティア活動をした彼らは、戦争が終って、「戦争が始まってからボランティア活動をするのでは遅い。戦争が起きないようなボランティア活動に切り替えよう」と考え、高校生の交換留学制度を立ち上げたのです。

もちろん、核兵器禁止条約や戦争についての法的メカニズムとしては基本的な条約だった不戦条約などもワクチンの一種です。

こうしたワクチンの役割については、ロックグループの「9mm Parabellum Bullet」が、「Wanderland」という歌の中で次のように説明しています。

見えないラインで区切られた

つぎはぎだらけの世界地図

国境は歴史の傷口で

治せる薬を探してる

9mm  

コロナのような病気、そして戦争に対して有効なワクチンのあることは心強い限りですが、これからの季節大きな被害をもたらす自然災害については、ワクチンはないのでしょうか。

自然の動きそのものを制御することはできないにしろ、被害を少なくするために反乱の起きそうな河川の浚渫とか改修は可能ですし、崖崩れの起きやすい場所に建っている住宅の移築等も可能です。

こうした仕事を日常的に行う組織として、防衛省を改組して防災省にすれば、憲法違反の存在もなくなることになり、一石二鳥になるのですが、どうでしょうか。

 [2022/5/12 イライザ]

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2022年5月11日 (水)

京都行き・食事編 ――湯豆腐と、友人たちとの宴と――

京都行き・食事編

――湯豆腐と、友人たちとの宴と――

 

京都を味わうということは、身体全体を投げ出して、空気も音も含めて「京都」に自分自身が浸ると言ったら良いような気持になることなのですが、食べ物も当然その中に入ります。

 南禅寺が好きなのは、庭や疎水や歴史だけでなく、湯豆腐もあるからです。いつも立ち寄る順正です。

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そして湯豆腐。まだ蓋は取れない段階です。

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日にちは変って、昔からの友人たちに御馳走になりました。尾頭付きの鯛ですが、友人の一人は、とてもお元気な90歳。まだまだ活発な政治活動を続けています。それも含めて、お互い久しぶりに会えたこと自体、とてもおめでたい出来事でした。

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これだけの御馳走でお腹は一杯になったのですが、家に帰って秤に乗ると、何と少し減量していたのには驚きました。

 [2022/5/11 イライザ]

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2022年5月10日 (火)

良いお天気の京都散策 ――心が洗われる一時でした――

良いお天気の京都散策

――心が洗われる一時でした――

 

少し時間ができましたので、京都市内をゆっくり散策しました。感想を述べるまでもありませんので、何カ所かの写真で、雰囲気をお伝えします。

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金閣寺はいつ見ても美しい

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知恩院も定番です。

 さらに、足を延ばしてみました。

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南禅寺の山門です

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疎水も欠かせません

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本当は蹴上まで歩きたいのですが、ここまでにしました。

 久し振りの京都で家人ともども若返りました。

 [2022/5/10 イライザ]

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2022年5月 9日 (月)

阿部知子後援会主催の藤沢での講演会 ――夏の参院選への準備が始まっています――

阿部知子後援会主催の藤沢での講演会

――夏の参院選への準備が始まっています――

 

選挙の際にどの党に投票するのかと問われて、「躊躇なく」この党だと言える政党がなくなってしまいました。でも、自民、公明、維新に投票する訳には行きませんので、心の残っている社民党を選ぶのが順序なのです。でも当選する可能性の多い候補に入れるべき、つまり「野党共闘」という原則も大切です。こんな思案をしている背景には、各党毎のいろいろな事情があります。機会があればその背景を説明させて頂くかもしれません。

 今回は、長い間「同志」として、政治活動を共にしてきた阿部知子さんの依頼で、彼女の後援会主催の講演会に参加しました。参院選の予定候補者が挨拶をすることも当日の主要な目的ですので、講演時間は短くなりました。亀岡での講演の前半を省略することになりましたが、起承転結をハッキリさせて、論理性にも再配慮をして短いながらも説得力のある内容にした積りです。

 お陰様で、会場での販売をお願いしていた『数学書として憲法を読む――前広島市長の憲法・天皇論』(法政大学出版局)にも、多くの皆様が関心を持って下さったようで、有難く嬉しい結果になりました。

 今回も講演内容は省略しますが、改めて、我が国の政治に希望を持って良いのだと得心することになった事実を報告します。それは阿部知子さんという政治家の実績です。これまでも良き友人として、また「同志」としての彼女の活動は良く知っていましたが、今回はそれに加えていくつかの出来事を目の当たりにすることになりました。

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朝、ホテルから会場の市民会館まで歩く間に、今日の集会に参加するのではないように見える市民何人からか、声を掛けられ、個人的な信頼関係のある人たちであることが良く分りました。そこで、10時からのイベントの案内をする彼女の話し振りも自然でした。

 それほど自然な関係にある人たちがその日のイベントを知らなかったのは、後で聞いたところによると、ハガキで知らせるだけの余裕がなく、電話で連絡をしたからとのことでした。

 私も経験がありますが、自分の活動も含めて有権者にハガキでの報告を送るためには、一枚63円ですので、一万人に送るとそれだけで63万円掛かります。それもハガキたった一枚です。もう少し長い報告を印刷して送ることになれば100万円近くになります。しかも、当選するためには、およそ10万票が必要なのです。つまり、この10倍の費用が掛かっても不思議ではないのです。

 ニュースで問題になった、文書通信交通費では足りないではありませんか。そして、議員と有権者をつなぐためには、活動報告を送るだけでは済まないのです。ニュース報道では、その貴重な財源の意味については全く理解されずに、あたかも議員にとっての不労所得のような扱いがされていました。

 残念なことに、電話で連絡できる人の数には限りがあります。でも、広めの会場は満席でしたし、熱気に包まれていました。私も力を入れて話をしましたので、会場を盛り上げるために、少しは役立ったような気がしています。

 でも、驚きだったのは、改選定数4人の参議院神奈川選挙区から阿部さんの肝煎りで二人の候補が立つということでした。二人とも、芯のしっかりした挨拶で、「即戦力」になるという紹介がピッタリの人物でした。

 それだけではなく、さらなる驚きが、阿部さんの選挙区ならびに神川県内の阿部さんが仲間として一緒に行動している地方議員の皆さんでした。10人以上の県会議員、市会議員、町会議員なのですが、男性も頑張ってはいますが、女性が圧倒しています。阿部さんの元秘書という経歴の人もいます。

 阿部さんの現住所、立憲民主党、そしてこれまで所属してきた社民党や民進党等の力もあったのかもしれません。でも、ほとんどは阿部さん個人の力でこうした年下の後輩たちを発掘して育ててきたのだということを、彼女/彼らの姿を見ながら感じたのです。

 こうした、「優れた」政治家集団を育てることはこれまでも行われてきました。自民党内なら「派閥」がそれですが、そうした集団を「優れた」という形容詞で飾るのには違和感がありますし、男性の「親分」が育てる手法は、ほぼ金と地位をばら撒くことだったのも常識でしょう。

 阿部さんの特徴は違います。政治的信念を曲げずに、どのような政党内でも忍耐強く人脈を作り自分の信念を少しずつではあっても着実に実現してきたことです。平和、福祉、人権、教育等の分野で、常に人間的な立場からの主張を続け、仲間を増やしてきたのです。さらに小児科医としての経験と、鋭い先見性、包容力等、知性と優しさで、22年掛かって自らの信念と実行力を引き継ぐ後輩を育ててきた阿部さんの力が、これからの政治家のモデルになることを確信しています。「女性の時代」とはこのようなプロセスを経て作られているのだということを実感しました。

 その事実を短く言い表すために、阿部知子は「大政治家だ」と敢て言ってみたいと思います。

 [2022/5/9 イライザ]

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2022年5月 8日 (日)

亀岡での講演でした ――「憲法9条守ろう亀岡の会」 は全国に先駆けて2004年から活動――

亀岡での講演でした

――「憲法9条守ろう亀岡の会」 は全国に先駆けて2004年から活動――

 

57日は、「憲法9条守ろう亀岡の会」主催の憲法施行75年記念講演会で、話をさせて頂きました。2019年に開かれた、「北東アジア平和共存のための江原春川フォーラム(韓友好関係は市民の力で)」で御縁を頂いた原田貞蔵さんの肝煎りの会でした。コロナの蔓延で3年がかりの企画になりましたが、とても熱心にお聞き頂き、講演者冥利に尽きる機会になりました。

改めて原田さん、憲法9条守ろう亀岡の会とスタッフの皆さん、前半の音楽で私たちの心を創造的エネルギーで満たして下さった長野たかし・あやこデュオのお二人、そして会場にお出で下さった皆様に心から御礼申し上げます。

そのお蔭だと思っているのですが、いつもは言い淀むような箇所でも言葉がつながり、私自身も充足感を持つことができました。その雰囲気を二枚の写真でお届けできればと思います。

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講演の内容は、このブログで取り上げてきた様々なトピックを1時間30分ほどのパワーポイント・プレゼンテーションにまとめたものです。要約するためにはかなりのスペースが必要になりますので、割愛しますが、亀岡市の雰囲気も少しお伝えしておきます。

会場は「ガレリア亀岡」という、道の駅が併設されれている市民会館なのですが、この町の特徴はこの市民会館の内側からの写真だけで読み取って頂けると思っています。

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それとお昼に食べたつけ麺も、とても美味しかったですし、たまたま入った店の接客や感染予防対策など、感心することばかりでした。

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その後、神奈川県の藤沢市まで移動して、旧友と久闊を叙し、日曜日は核廃絶についての講演です。

 [2022/5/8 イライザ]

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2022年5月 7日 (土)

恒例のバーベキュー ――成長した子どもたちと頑張っている高齢者たち――

恒例のバーベキュー

――成長した子どもたちと頑張っている高齢者たち――

 

ゴールデン・ウィークに親戚一同が集まってバーベキュー・パーティーを開くのが恒例になっていましたが、今年は屋内での集いになりました。

丁度こどもの日だったのですが、やはり目覚ましかったのは子どもたちの成長振りでした。食欲は勿論でしたが、弁も立つようになりまた役割分担も自然にできて、大人になったことを実感する一時になりました。

とは言え、高齢者たちも負けずに頑張って、盛り上がる一時になりました。

そこでの主役はやはり食べ物です。まずは、アンデルセンのオードブル・プラッターです。美味しそうですね。

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そして、こちらはシュプリーズ・サンドイッチ、つまり驚きのサンドイッチです。こちらもアンデルセンの定番です。

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定番と言えば、バーベキューの主役、お肉です。グーグルで検索してどこ産なのかも分りましたし、値段も検討が付きました。とても贅沢な一時でした。

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[2022/5/7 イライザ]

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2022年5月 6日 (金)

ロシアそしてその他の核保有国首脳に書簡を発送しました ――[「核兵器を使わない」と、ただちに宣言して下さい]署名運動の最新報告――

ロシアそしてその他の核保有国首脳に書簡を発送しました

――[「核兵器を使わない」と、ただちに宣言して下さい]署名運動の最新報告――

 

Change.orgでの署名運動が10万人の方の賛同を頂いたことは、先日報告しました。ちょっと時間は掛かりましたが、10万になったら、ということでお約束していたプーチン大統領、その他の核保有国首脳、そして岸田総理大臣宛の書簡を発送しました。

画像を御覧頂きたいのですが、最初は、プーチン大統領宛の書簡と、転送をお願いしているガルージン大使への書簡の写真です。

Photo_20220505221401   

そしてまだ切手を貼る前ですが、ガルージン大使と岸田総理への封筒の上書きです。

Photo_20220505221402  

 各国の首脳に届いて、私たちの要請に応えてくれることを祈りつつ、投函しました。DPRKへの郵便は受け付けていないとのことですので、その他の方法で送れるか、問い合わせ中です。

 [2022/5/6 イライザ]

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2022年5月 5日 (木)

WFRの対談記事・その5・最終回 ――核兵器禁止条約の目標は生存である――

WFRの対談記事・その5・最終回

――核兵器禁止条約の目標は生存である――

 

今回が最終の5回目です。The World Financial Reviewに掲載された、Joseph Mazur氏と私の対談記事の和訳 (山田達也氏による)です。

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ジョセフ・メイザー

妻と僕が2009年に広島を訪れた時、僕たちは原爆投下の際、そしてその後何が起こったかについて、できる限りの読書と勉強をして行けば、それで十分な準備になると思っていました。でも訪問で圧倒されました。歴史書や映画から知れるものを遥かに超えていました。もっと多くの影響力を持つ政府高官が広島を訪問できるなら、核兵器禁止条約の批准はもっと簡単になるのでしょうか?

秋葉忠利

はいそうです。オバマ大統領は2016年に広島を訪問して、原爆犠牲者のための慰霊碑に花輪を捧げた際、「私たちは戦争の苦しみを知った。平和を広め、核兵器のない世界を追求する勇気を、今こそ共に見つけようではありませんか」、と言いました。彼は平和資料館を訪れた最初の現職米国大統領でした。

オバマ大統領の勇敢な行動を受けて、より多くの核兵器保有国の指導者が広島を訪問すれば、私たちは、核兵器廃絶が世界共通の願いになることを期待できます。その理由は、広島を訪れた殆ど全ての人が、君が表したような感情を僕に伝えてくれているからです。

Jack_lemmon__1968

ジャック・レモン (Public Domain)

例えば、アカデミー賞を受賞した俳優のジャック・レモンは1985年に広島を訪れた際、「訪問前の広島に関する自分の知識は平均を遥かに上回っていた」、と話していた。それでも、広島訪問後、彼は、君と同じように、「広島市に来るまで被害と苦しみの大きさを自分は知らなかった」、と感じたのです。彼の感想は、「世界の誰もが広島を訪問すべきだ。一つ強調しておかなければならないのは、広島市民に米国や米国人に対する憎しみの感情が全く見られなかったということだ。それが感動的だった。」、というものでした。だから僕は、世界の指導者たちに広島を訪問するよう繰返し伝えてきたのです。バイデン大統領が今年日本に来る際に、広島を訪問するならば、核兵器のない世界を目指す平和のメッセージを広めるのに役立つでしょう。

対談者の紹介

Joseph Mazur ジョセフ・メイザー

ジョセフ・メイザーはマールボロ大学の数学科名誉教授で、グッゲンハイム、ボグリアスコ、ロックフェラー財団などから特別研究員に任命されてきました。数多くの数学に関する著書は高く評価されて12以上の言語に翻訳されています。最新作はThe Clock Mirage: Our Myth of Measured Time (イェール大学出版)

Tadatoshi Akiba 秋葉忠利

秋葉忠利氏は元国会議員で前広島市長。MITで博士号を得た数学者でもありますが、生涯尽力してきたのは核兵器の廃絶です。ラモン・マグサイサイ賞(アジアのノーベル賞と称される)を受賞。

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 [2022/5/5 イライザ]

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2022年5月 4日 (水)

WFRの対談記事・その4 ――核兵器禁止条約の目標は生存である――

WFRの対談記事・その4

――核兵器禁止条約の目標は生存である――

 

今回は4回目です。The World Financial Reviewに掲載された、Joseph Mazur氏と私の対談記事の和訳 (山田達也氏による) を掲載します。

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ジョセフ・メイザー

北朝鮮が高度先進発射装置の実験を繰り返している今、北東アジアに非核兵器地帯を創設する計画は、困難を極めるに違いありません。

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秋葉忠利

僕たちが今議論している条約は、北東アジアを非核兵器地帯にします。北朝鮮・ロシア・アメリカに重い責任が圧し掛かることになります。日本と韓国は核兵器を保有していません。中国はかなりの間、NFU政策を堅持してきています。北朝鮮は核兵器を放棄しなければならなくなり、ロシアと米国はこの地域でNSAを保証しなければなりません。

ロシアとアメリカ合州国にとってNFU政策は、全核兵器の完全放棄政策を採用するよう求めるより交渉の可能性が高くなります。そして米国内には、NFUという考えを承認する十分な数の政治勢力があります。北朝鮮は最も厳しい譲歩をしなければなりませんが、6カ国合意は国際的枠組内に北朝鮮の存続を保証するものでもあります。

ジョセフ・メイザー

世界の核弾頭保有数13,000個余りのうち、米国とロシアはそれぞれ5,600発と6,200発を保有していますが、北朝鮮は50発未満です。ならず者組織が、万が一とは言え、数発の取得に成功するかもしれません。そのような統計上の数値を考えれば、第1の懸念は、アメリカとロシアの膨大な核弾頭保有量です。にもかかわらず、核弾頭を少数しか保有していない国に、あらゆる開発計画を放棄するよう、説得する可能性のある論拠は何なのでしょうか?それは合理的な対話を通してもたらされるのでしょうか?

秋葉忠利

最も難しい課題を解決する唯一の手段は対話です。合理的な戦略は、非人道的な核兵器で脅し合うのではなく、礼儀を弁えたやり取りによって、相互に受入れ可能な解決策を見いだす国際舞台に、北朝鮮を引き込むことです。

ジョセフ・メイザー

2018年に当時のトランプ大統領が離脱した、2015年イラン核合意の復活を目指す交渉が、ウィーンで現在進行中です。この3年、イランは核爆弾の製造を可能にするウラン濃縮において大きな進歩を遂げました。将来の核兵器保有に取り組んでいる国々、国際舞台でより大きな力を求める独裁主義に支配された国々に、私たちはどのように対処すべきでしょうか?

秋葉忠利

君の言う状況は、国際的な政治的指導力の重要性を実感させてくれます。市民社会は、責任ある政治指導者が効果的に影響力を行使できる環境を作らなければなりません。また、国内政治の変革にも集中して取り組むことで、核兵器保有国や核依存国が、核兵器禁止条約を拒否するのではなく受け入れるよう、努力すべきです。

北東アジア非核地帯を創設した後、中東に新たな非核地帯ができればと願っています。その実現はもっと難しいかもしれませんが、北東アジア非核兵器地帯条約を策定するプロセス全体が、こうした困難を克服するのに役立つ雰囲気と能力を生むでしょう。この種の交渉は、近隣諸国が貿易、人と文化の交流、科学技術協力などを互いに拡充する、豊富な機会を提供することが明らかになるはずです。

このような考え方をまとめて一つのパッケージにして、「2040年ビジョン:核兵器禁止緊急キャンペーン」、と呼ぶべきなのかもしれなません。その目標は、2040年までに核兵器を廃絶することであり、2030年までに核兵器保有国がNFU政策を採用するという中間目標も掲げます。

僕たちの世代は2040年まで生きられないかもしれませんが、どこかで始めなければなりません。「2040ビジョン」という目標は、期限のある夢であり、若い世代が僕たちの遺産を引き継ぐための出発点になることを願っています。

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 [対談は続きます]

 [2022/5/4 イライザ]

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2022年5月 3日 (火)

WFRの対談記事・その3 ――核兵器禁止条約の目標は生存である――

WFRの対談記事・その3

――核兵器禁止条約の目標は生存である――

 

昨日に続いて、The World Financial Reviewに掲載された、Joseph Mazur氏と私の対談記事の和訳 (山田達也氏による) を掲載します。

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ジョセフ・メイザー

今年13日に、米国、ロシア、中国、フランス、イギリスの5つの核兵器保有国は、核兵器禁止条約を批准する代わりに、核兵器保有5カ国の首脳が「核戦争の防止と軍拡競争回避のための共同声明」を出しました。君はそれに何を期待しますか?

秋葉忠利

共同声明の要点は、5つの核兵器保有国が、(1) 核戦争に勝者はなく、起こしてもならないという点で一致していること (2) 核軍備の縮小に関する効果的な条約について、誠実に交渉を行うに対する義務を含む、核兵器不拡散条約の諸義務を引き続き順守すること (3) それぞれの国の政策がこれまで通り維持され、さらに一層増強されることで、核兵器の無許可または意図しない使用を防ぐこと (4) 核兵器の照準を互いに、または他のいかなる国にも向けないと再確認していること (5) 2国間及び多国間の外交的アプローチを模索し続ける意向であることです。

アントニオ・グテーレス国連事務総長は、「核戦争の防止と軍拡競争回避のための共同声明」を歓迎しましたが、最終的には、核によるすべてのリスクを排除する唯一の方法は、すべての核兵器を廃絶することであると強調、この目標を可能な限り早期に達成するために、核兵器保有国および全国連加盟国と協力する意思を改めて表明しました。

声明を出したというのは、世界中で増大する国連核兵器禁止条約への支持を、核兵器保有国が無視できなくなっている証拠です。世界の世論に対して表面的にでも認めざるを得ない原則を表明することによって、世界の世論を尊重しなくてはならなかったのです。しかし共同声明の署名国の過去の政策や声明を顧みれば、彼らが自国の生存が危機に瀕しているという主張をして、これらの原則に反する行動を取ることになるでしょう。

ジョセフ・メイザー

核兵器禁止条約の第1回締約国会議が、今年の夏にウィーンで開かれます。この会議に何を期待できるでしょうか?僕はそれが実り多い結果を生むことを望みますが、同時に世界は今世界が直面している生存に関わる問題にもっと真剣に取り組むべきではないでしょうか?

秋葉忠利

締約国会議は、市民社会に目を向けて、現実的で生産的な目標に焦点をあてるべきです。その中には、核保有5カ国、日本・カナダ・韓国などの核の傘依存国、NATO加盟国を含む非批准国に対し、条約への署名・批准を強く求めるべきです。

並行して、非核兵器保有国に核兵器を最初に使用しないという誓約、「核兵器の先制不使用(以下NFU)」政策も強く求めるべきです。これについては、重要な国々が既に幾つかの前向きな措置をとり、或いはNFUのアイデアに部分的な合意を宣言しているため、関係国の説得に成功する可能性は十分にあります。

1に、中国は核兵器を最初に取得して以来、NFU政策を採用してきました。第2に、米国はオバマ政権下でNFUを国連の政策とし採用するよう働きかけ、米国内ではNFU政策を立法化するための具体的な行動をとりました。残念なことに、日本の安倍政権からの断固たる反対が、そのような動きを阻止してしまいましたが。

3に、非核兵器地帯条約が、地理的に限られた地域内ではありますが、核兵器保有国にNFUを採用させることに既に成功しています。非核兵器地帯とは、自国領域内における核兵器の存在を認めない(実験・使用・製造・生産・取得・貯蔵・配備等を禁止する)条約に批准する特定の国のグループです。理想的には、核兵器保有国は核兵器でこのグループを攻撃しないことを約束します.(この状態は「消極的安全保障」またはNSAと呼ばれます)。核兵器保有国が批准したのはラテンアメリカとカリブ海諸国を対象とするトラテロルコ条約のみでしたが、核兵器保有国がNFUの考えに同意したことは重要です。NFUの概念は広がる可能性を秘めています。

ジョセフ・メイザー

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南半球全体が非核兵器地帯になっていて、それが北半球に広がっている今、次はどこで非核兵器地帯を形成するべきなのでしょうか?

*トラテロルコ(ラテンアメリカ及びカリブ核兵器禁止)条約、ラロトンガ(南太平洋非核地帯)条約、バンコク(東南アジア非核兵器地帯)条約、ペリンダバ(アフリカ非核兵器地帯)条約

秋葉忠利

最有力候補は北東アジアです。このアイデアの当事国は6ヵ国で、中核3ヵ国が日本・北朝鮮・韓国、そして周辺3ヵ国が米国・中国・ロシアです。成功した場合、北東アジア非核兵器禁止条約が定めるのは、中核3ヵ国が非核兵器保有国になるか、非核兵器保有国のままでいること、そして周辺3ヵ国がコア3ヵ国を核兵器で攻撃しないよう保証することです。

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 [対談は続きます]

 [2022/5/3 イライザ]

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2022年5月 2日 (月)

WFRの対談記事・その2 ――核兵器禁止条約の目標は生存である――

WFRの対談記事・その2

――核兵器禁止条約の目標は生存である――

 

昨日に続いて、The World Financial Reviewに掲載された、Joseph Mazur氏と私の対談記事の和訳 (山田達也氏による) を掲載します。

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ジョセフ・メイザー

エー!ほとんどの日本人が、原爆投下から 7 年後まで、広島と長崎の悲惨さと破壊を知らなかったですって!驚きですね。僕は高校時代に、戦争が続いていたら、複数の国のより多くの人が死亡したはずだった、という理由を聞きました。君は1960年に高校の交換留学生として、10代の1年間をシカゴで過ごしましたね。原爆投下の話は、その1年のどこかで持ち上がったに違いない。米国から見ての、何が起こったかについての理解をどのように処理しましたか?

秋葉忠利

 

1955年のある土曜日、僕が通っていた小学校のみんなが、『原爆の子』と『ひろしま』を鑑賞しました。幸運にも原爆を生き延びた広島の小学生たちが書いたエッセイを原作にした映画です。次々と映る悲惨なシーンに衝撃を受けた僕は、2日間起き上がれず、学校を休みました。1ヶ月以上も飛行機の爆音にビクついてもいました。

中学で英語を勉強し始め、始めて真剣に読んだのがジョン・ハーシーの『ヒロシマ』でした。僕は戦争と平和、特に原子爆弾について学び、考え続けたのです。

1960年、当時の僕はAFSの交換留学生で、エルムウッド・パーク高校での1年の学生生活を最大限楽しんでいました。でもアメリカ史の授業を受けていたときに、最も大きなショックを受けました。

春学期に、広島と長崎に何が起こったのかを学んだのです。そこで強調されたのは、悲劇的で胸が張り裂けるような結果ではなく、その行為の正当化でした。原爆投下の正当化には3つの点がありました。1つ目は真珠湾が先だったこと、2つ目は原爆が戦争を早く終わらせたこと、3つ目はアメリカ人と日本人の命を救ったということでした。もし戦争が続いていたら、25万人のアメリカ人が死んだだろうし、さらに25万人の日本人も死んでいただろうということでした。

僕は教師と他20人の生徒を説得しようとしました - 正当化はさておき - 僕たちは言語を絶する人間の悲劇と人命損失に注目する必要があると。そのために、僕は苛められました。レスリングチームの仲間が、「タッド(僕の呼び名)1人を全員で苛めるのは公平ではない」、と立ち上がって守ってくれるまで、僕は責められたのです。

当時、日本の学校では現代史は教えられていませんでした。太平洋戦争を始めた日本の責任や、広島と長崎で何が起こったについて、公教育で学ぶことはなかったのです。学校のカリキュラムから、歴史におけるその重要な部分を、省略することが長年続いたのです。

ジョセフ・メイザー

SARS、新型コロナウィルス、気候問題、その他多くの世界の問題がニュースや夕食の話題になる今、私たちは核兵器に関してはやる気のなさの段階にあるようです。ニュースや夕食の会話で、核兵器に関するやる気のなさを、批判的思考に置き換える方法はありますか?言い換えれば、核兵器廃絶という目標、或は少なくとも世界の核兵器の数を段階的に減少させるという目標に携わるよう、国民とその指導者を、如何に教育できるのでしょうか?

秋葉忠利

やる気のなさの背後にある要因の1つは抑止論です。核兵器の危険性は理解できるかもしれませんが、生き地獄を経験した被爆者の証言からの真実を学んだ人の数は少数だからです。

抑止論の支持者は、私たちを攻撃する可能性がある国の邪悪な意図を抑えるには、核兵器が必要であると主張します。彼らは核兵器が私たちを守ると主張しながら、核兵器の使われないことを願っています。現実的な言葉で外国の侵略を抑える方法を知らなければ、私たちの殆どはその主張を受け入れる以外に選択肢がありません。それで半端な真実が世界中に広がり、「核兵器は平和のためにそこにある。核兵器を持つことで、皆さんの安全と安心が保証されます」、という核兵器と抑止論への確固たる信仰になっているのです。

広島・長崎で起きたこと、核兵器による攻撃の応酬がもたらす結果についての科学的事実、を伝えることに成功すれば、世界は目を覚まし、平和に向かって積極的に動き、法の支配の枠組み内で核兵器問題を解決できる、と僕は信じています。

広島と長崎への原爆投下がもたらした現実を、見せ伝える本、写真、映画、音楽、絵画などの表現手段は存在します。しかし加えて、皆さんが広島や長崎を訪れることを、僕は強く勧めます。バイデン大統領や金委員長を含む世界の指導者たちは、両都市を訪問すべきです。そうすれば理解は想像を超えて深まるでしょう。

核軍縮における大きな進展が、条約と裁判所の判決の形をとって成し遂げられました。核兵器禁止条約が法的拘束力のある国際協定である今こそ、私たちは核兵器のない世界を創るためのツールとして、それを活用すべきです。

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 [対談は続きます]

 [2022/5/2 イライザ]

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2022年5月 1日 (日)

The World Financial Review に掲載されたインタビューの和訳をアップします。

「核兵器禁止条約の目標は生存である」 

 

The World Financial Review 誌の3・4月号に掲載された、「核兵器禁止条約の目標は生存である」  を元新潟市議会議員の山田達也さんが和訳してくれました。数回に分けて、その訳を掲載します。

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核兵器禁止条約

ジョセフ メイザーによる元広島市長との核兵器に関する対談

 

広島市は、戦争で初めて核兵器が使用された地として、永遠に記憶に残るだろう。第2次世界大戦の終結以降、核兵器保有国間の関係は概ね平和的だったと言って良いだろう。しかしそれは多分、現代における核戦争の結果が想像を絶するものだったからだろう。広島市の前市長で、世界的な核軍縮運動に積極的に取り組んでいる秋葉氏がここで、アメリカ人数学者ジョセフ・メイザーに、恐ろしい核兵器の使用を今後どう管理するかについての見通しを語っている。

数年前、私は型どおり実存的夢を見た。自宅近くに核爆弾が投下され、象徴的なキノコ雲が立ち上がり、私は小さな火の燃え残りやズタズタにされた鋼鉄の残骸の上をあたかも精霊のように飛び回り、まだ生きている可能性のある人を探していた。しかし生存者はいなかった。アメリカという安全な所に住む、どちらかと言えば若い私がそのような穏やかでない夢を見ただけでなく、何十年も経った今でも身も凍る程に覚えているほどの潜在意識の不安を抱いていたのは何故なのだろうか?

広島と長崎の上空で2発の原子爆弾がパラシュートで落とされ爆発した時、私はまだ3歳だった。私は1950年代に育った世代で、その10年はアメリカにとって類まれな繁栄の時代であり、ICBMが米国の幾つかの都市を標的にするかもしれないというのが、最大の恐怖の時代だった。空襲警報の第1波が聞こえたら、学校の机の下に屈みこめと習ったのは70年前のこと、時はゆっくりと動いているように思えた。第2次世界大戦という激しい戦争の後、経済的繁栄に沸き、不確実性が冷戦の脅威に由来する破滅思考を支配していた、あの軽薄な時代、アメリカは一つにまとまった国だった。ニュースは、すべてその日または週についてのもので、1年以上経過した情報は、古代の歴史として葬り去られ、殆ど読まれることない教科書行きだった。とは言え、1950年代の高校高校のカリキュラムには取り上げられることはなかった。我々は素直にポリオの予防接種を受け、法に従っていたし、真実とは当時、地元の新聞やABCCBSNBCのようなテレビネットワークが伝えてくれるものだけだった。世界情勢や個人的不安に応じて、時が速度を上げたり下げたりはするものの、20世紀半ばの数十年間、我々には今世紀最大の恐怖を克服したという誇りがあった。朝鮮戦争が終わる頃、私の両親はあらゆる恐怖が終ったと思い込んでいた。

核兵器拡散に対する不安は、気候変動に対する懸念と競合している。自己中心的に現在を生きている我々は、気候変動で未来の誰かの生活は困難になるが、自分たちの近未来には関係ない、と気候変動を捉えている。しかし、我々は既にその将来にいて、アメリカは気候変動の結果による危機に苦労している。しかもその危機は次々にではなく、沢山が同時に出来している。我々は不安に苛まれていて、その1つが核兵器の脅威だが、世界に存在するあらゆる問題の中で、核拡散に関わる問題は、最も柔軟に解決可能だ。

核兵器保有国が民主主義国家の国境に軍隊と装備を集結させている、そんな時に我々はいる。世界滅亡までの比喩的な尺度、「世界終末時計」が真夜中0時にまで100秒とリセットされた時、私は親友で1999年から2011年まで広島市長を務めた秋葉忠利氏と、核兵器の状況と秋葉氏の将来への思いについて話し合った。秋葉氏は2010年、核兵器廃絶運動における世界的リーダーとしての生涯にわたる役割に対して、アジア・ノーベル賞と呼ばれるラモン・マグサイサイ賞を受賞している。

私たちの会話は長時間だったので編集されてます。

Joseph Mazur  ジョセフ・メイザー

君と僕は、広島と長崎の原爆投下の数年前に生まれています。僕たちは当時3歳で194586日と9日に何が起こったのか理解できませんでした。君は原爆という言葉を聞いたかもしれませんが、僕は「エノラ・ゲイ」と聞きました。お互い7,000マイル(11,200km)も離れていたので、僕たちは両親から違った言葉で、恐らくは異なる感情でニュースを受取ったはずです。僕はその日,何か大変な事が起きたって覚えていますが、当然、完全には分っていませんでした。僕は戦争時代の子供だったので、爆弾が何なのかは知っていましたが、破壊と人命損失の程度については何も知らなかったのです。君は何処にいたのでしょうか?当時、両親から言われたことを覚えていますか?大人になってからその出来事の記憶がどのように展開したのか話して貰えますか?

Tadatoshi Akiba: 秋葉忠利

ジョー、僕は10歳になるまで広島と長崎について何も知りませんでした。僕の最も古い記憶の一つは1945年夏のある暑い日に遡ります。僕が縁側に立っていて、母が戻ってくるのを待っていた時のことです。空襲警報が鳴って、母は1月に生まれた弟を行李に入れ、庭に掘った防空壕まで運んでいました。縁側は高過ぎて庭まで飛び降りられず、僕は母が戻るのを待たなければなりませんでした。それがとても怖かったことを覚えています。

東京の南東部に位置する千葉市が、その夏の77日に焼夷弾による空襲の標的になりました。B-29爆撃機の編隊129機が市の中心部を壊滅させ、住民1000人以上が死傷、9000近くの建物が破壊されました。

僕の家族は街の安全な地域に住んでいて、そこには焼夷弾は数発しか落ちませんでした。でも焼夷弾は自宅隣の道路に落ちました。美しくその一方で恐ろしい火花を、僕ははっきりと覚えています。

それらの記憶は僕の心に鮮明に残り、世界中、至る所における戦争の悲劇を想像するときの助けになっています。

ジョセフ・メイザー

原爆投下後の広島と長崎の惨状の大きさについて、日本の人々はどのように知ったの?

秋葉忠利

広島と長崎については、ずっと後になるまで何も聞かされませんでした。GHQによる「プレスコード(新聞・出版活動を規制するための検閲)」が施行されていたからです。その結果、原爆投下に関する情報は、一切私たちには伝わらなかったのです。被爆者でさえ、怪我や身体へのダメージに関する医療情報を得るのが困難でした。

1952年になってやっと、日米講和条約が発効し、プレスコードが撤廃されました。原爆投下の、言語を絶する悲劇的かつ悲惨な結果について、僕たちが知ったのはその時からでした。

近所の書店には、195286日、日本でのライフ誌に相当する『朝日グラフ』が平積みになっていました。手に取って見ると、顔がすっかり焼け焦げて仰向けに横たわっている若い女性の写真が載っていました。僕は気分が悪くなり、その夜は眠れませんでした。

[以下、続きます]

[2022/5/1 イライザ]

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