お礼と感謝 ――慣用句の行き過ぎ――
お役人の作る文章は、未だに分り難いものが多いのですが、何故分り難いのかを説明するのさえ難しいくらいです。お役人の多くは頭の良い人が多いようですので、その結果として、私たちには分り難い表現になっているのかもしれません。そして、お役人はまた効率を重んじます。効率の代りに分り易さを選んで貰えないものかと、今回はある一点についての問題提起をしたいと思います。先ずは、明治150年記念式典における安倍内閣総理大臣式辞の中から、気になる部分を引用します。
「皆様と共に、我が国が近代国家に向けて歩み出した往時を思い、それを成し遂げた明治の人々に敬意と感謝を表したいと思います。」
ここで気になるのは、「敬意と感謝を表する」という部分です。これまで、ずいぶんたくさんの公的な行事に出席してきましたが、その際に挨拶をする人たちのほとんどがこの表現を使っていました。
確かに、「敬意を表する」とは言います。でも、「感謝を表する」と言うものでしょうか。ちょっと変ですね。でも、最初からこんな言い方ではなく、途中からこう変ったのではないかと推測しています。
つまり、最初は「敬意と謝意を表します」だったのではないのでしょうか。これなら、問題はありません。とは言え、「敬意」と「謝意」を一まとめにしなくても良いような気もしますが--。
でも、「敬意」と「謝意」にはどこかからクレームが出たのではないかと思います。「謝意」にはもう一つ、「謝る」、つまり「謝罪する」という意味があるからです。その意味にこだわる人が、「何で謝らなくてはいけないんだ」と横槍を入れた、というシナリオはあり得ることなのではないかと思います。
その結果、「謝意」と同じ意味を持つ「感謝」を使うことになったのではないでしょうか。
実は、「敬意」と「感謝」が一対の言葉として使われるようになってから、様々な行事では、これまた種々の動詞が使われるようになりました。作文をするお役人たちの中にも、「敬意と感謝を表する」に違和感を持った人がかなりいたということなのだと思います。「敬意と感謝を致します」とか「敬意と感謝を申し上げます」等々です。
そして、最近ではそれが行き着くところまで行ってしまいました。「お礼と感謝を致します」とか、「お礼と感謝を申し上げます」を良く聴くようになったのです。「お礼」と「感謝」は同じ意味ですから、変なのですが、慣用句として定着すれば違和感はなくなるのかもしれません。でも、ここでも最初に指摘した違和感は解消されていません。たとえば、「感謝致します」とは言っても「お礼致します」とは、感謝するという意味では使わないのではないでしょうか。
もう一点、朝見の儀における新天皇の「おことば」では、「敬意と感謝を申し上げます」が使われていました。確かに違和感がありますが、それには意味があるのかもしれないと私は読んでいます。この表現は、お役人言葉なのですが、必ずしも新天皇の好む表現ではないように思われるからです。にもかかわらず、そのまま「おことば」を読まれたのは、朝見の儀が国事行為だからなのではないでしょうか。5月3日の「朝見の儀と憲法」で説明したように、国事行為は、内閣の助言と承認が必要であり、その全責任は内閣が負わなくてはならないからです。違和感のある日本語の使い方にも当然、内閣が責任を持たなくてはならないのです。
[2019/5/7 イライザ]
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