「アベノミクス」に騙されるな! (その3) ――累進課税が成長の原動力――
「アベノミクス」に騙されるな! (その3)
――累進課税が成長の原動力――
再度、立命館大学の大田英明教授の2007年の論文「所得格差および税制と経済成長 ――中長期的影響:分配なくして成長なし――」(これを大田論文(0)と呼んでおきます)に戻って、合せて大田論文(II)の内容も御紹介したいと思います。
これら大田論文の凄いところはいくつもあるのですが、その一つは、『21世紀の資本』の著者として2015年頃には話題の人として取り上げられたトマス・ピケティ教授の理論を、その10年前には論文として発表していたことです。それが(0)です。
『週刊現代』の2015年2月22日号に、ピケティ理論の分り易い説明がありますが、そこでは、ピケティ教授の貢献を次の三つだと紹介しています。
2. については、1. の一部だと考えられますし、3. こそ大田教授による分析の中核です。早速、(0) と (II) の内容に入りましょう。念のため、(II)のタイトルを再度、掲げておきましょう。
(II) 「Economic Growth
through Distribution of Income in Japan: Road to Stable Growth with Progressive
Income Tax System」です。大雑把に訳しておくと、「所得配分による日本の経済成長――累進課税制度を元にした安定的成長への道」です。
(A) 格差の存在をデータで示す
所得格差、経済格差、富の格差、等いろいろな言葉が使われていますが、大田論文(0)のはしがきが、分り易い解説ですので、再度お読み頂ければ幸いです。
加えて、最近の動向も含めて、大田論文(II)で使われているグラフを何枚か見ることで、格差が拡大していることを確認しておきましょう。まず、一番簡単に格差を知るための数字がジニ係数ですが、この数値が大きくなってきている、つまり不平等の方向に社会が動いているのです。
当然家計支出も右肩下がりです。
それは世帯当たりの平均所得が減ってきているからです。
勿論、実質賃金も減ってきています。このグラフは、NIPPONの数字、というサイトからお借りしてきました。
ここまで見て来れば、格差が拡大していることを疑う余地はありませんが、ダメ押しとして、貧困率をチェックしましょう。貧困率とは、所得水準の標準値(メディアン)に比べ半分以下の所得層の比率を指します。
(B) 累進化が成長を促す
格差の存在は、社会正義の立場からは大問題です。その理由だけ考えても是正されるべき状態であることは言を俟ちませんが、大田論文が示したのは、税制をより公平なものに変えることが、経済成長そのものを促すという経済的なメリットもある、ということなのです。
この結果を示すために、大田論文の(0)と(II)では、対象にした年の税・社会保険負担率より、累進度の高い三つのケースについてシミュレーションを行いました。我が国の所得階層は全体で18のグループに分けられているのですが、実際の家計調査(2013)に基づき各所得階層の消費性向を計測した上で、各階層でどのくらいの額の負担になるのかを計算し、その結果としてどの程度の可処分所得が残るのかを算出、それを元に、家計支出を推計しています。
まず、三つのケースの税・社会保険負担率は次の通りです。ここでは(II)を取り上げます。
(i) ケース1 最低所得層の負担率は7%で、最高所得層の負担率は35%
(ii) ケース2 最低所得層の負担率は3%で、最高所得層の負担率は45%
(iii) ケース3 最低所得層の負担率は2%で、最高所得層の負担率は50%
念のために2013年の実際の負担率は
最低所得層の負担率は11.9%で、最高所得層の負担率は30.8%です。
ケース1、ケース2、ケース3、それぞれの場合に、18に分類された所得の額では、負担率がどのくらいになるのかを決めておかなくてはなりません。それを示しているのが次のグラフです。
2013年当時の実効負担率の逆進性と、ケース3の累進性の高さによるその修正との対比が良く分ります。
さて、このシミュレーションの結果をまとめたのが次の表です。
ケース1から2、そしてケース3と、累進性が高まると、それに連れて消費額も多くなり、また税・社会保険負担率も上がることが読み取れます。つまり、税収面での改善がその成果の一つだということです。さらに、その結果として、GDPがそれぞれ、2013年の実際の値より、約1パーセント、1.6パーセント、そして2.1パーセント上昇することが分ります。つまり、累進課税によって成長が促されるのです。
税の逆進性が成長を阻害する例として、大田教授が取り上げたのは、消費税率です。2013年は、未だ消費税率は5パーセントでした。仮に、税率が8パーセント、10パーセント、15パーセントに上げられた場合、それが成長にどのような影響を与えるかの試算を行っています。その結果が、次の表です。
消費税率を5%から8%に引き上げた場合は、消費支出は3.5%落ちることになり、GDP成長率は2.0%下ります。消費税率を5%から10%に引上げた場合、消費支出は5.5%、GDP成長率は3.2%引き下げ、15%に引上げた場合、それぞれ10.4%、6.1%マイナス方向に働くことになります。これが(Tab.5-2)の内容です。
(実際、2014年4月の消費税引上げに伴い2014年度GDPのマイナス効果は▲2.85%となりました。これはここに引用した大田教授のシミュレーションの ▲2.0%をさらに上回る大幅なマイナス効果です。)
[最後に一言] 人口の0.01パーセントの人が、一国の資産の99パーセントを保有しているような「格差」は、一人一人の人間の尊厳さから考えて許されて良いはずはありません。それは、社会正義とか公平性、といったどの社会でも満たさなくてはならない、最低限の「常識」「良識」「公共の福祉」「幸福の追求権」といったジャンルでの判断です。それはそれで大切にし、社会共通の価値として、次の世代にも引き継いで貰う必要があります。
それに対して経済学は、最終的には、物質、中でもお金という尺度で物事を測り、その視点からの合理性を追求する学問です。そしてその対象として扱われてきたのは「市場」という一種の化け物なのですが、それを支配している法則は、しばしば「見えざる大きな手」という表現をされてきました。「化け物」に喩えられてきたのは、「見えざる」という言葉が示すように、私たちには理解不可能な側面があるからなのです。
しかし、大田理論(と敢えて呼びたいと思います。大田論文の重要性を強調したいからです。いうことはピケティ理論も)が示してくれたのは、社会正義や公共の福祉の範疇に属することとして捉えられてきた「累進課税」という仕組みが、実は、資本主義経済の柱の一つである成長という概念と密接に結び付いているということなのです。
多くの経済の専門家が万という単位で発信してきたにもかかわらず当ることの少なかった未来予測を見るだけでも、経済学不信に陥る気持は理解できるのですが、大田理論が私たちの示してくれたのは、経済学という学問の正統性と言ったら良いのでしょうか、人類が生存して行くに当って必要とする知恵も提供してくれる、深い哲学的な側面も備わっている学問である、ということなのではないかと思っています。
[2018/8/1 イライザ]
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コメント
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コメント
「hiroseto」様
コメント有り難う御座いました。
あれだけ世界的なブームになった、ピケティくらいは読んでいて欲しいです。でも、それを日本の状況を踏まえて証明してくれた大田理論を採用するだけの知力が安倍政権にはないということなのでしょう。
「酷民」様
コメント有り難う御座いました。
「類は友を呼ぶ」とは良く言ったものですね。
最近では、新自由主義のチャンピオンだった・IMFでさえも、格差を是正するような税制が重要という考え方になっていますね。ラガルド専務理事はそもそも、労働法と反トラスト法の女性弁護士ですので。今の日本の財務省は、新自由主義のチャンピオンだったころのIMFの理論にアメリカ留学で洗脳された人が幹部ですので、時代錯誤になっていますね。
山根終身会長、田中理事長、安倍首相、何か皆同じ匂いがしますね。
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山根終身会長、田中理事長、安倍首相、何か皆同じ匂いがしますね。
投稿: 酷民 | 2018年8月 4日 (土) 14時13分
最近では、新自由主義のチャンピオンだった・IMFでさえも、格差を是正するような税制が重要という考え方になっていますね。ラガルド専務理事はそもそも、労働法と反トラスト法の女性弁護士ですので。今の日本の財務省は、新自由主義のチャンピオンだったころのIMFの理論にアメリカ留学で洗脳された人が幹部ですので、時代錯誤になっていますね。
投稿: hiroseto | 2018年8月 4日 (土) 19時03分
「酷民」様
コメント有り難う御座いました。
「類は友を呼ぶ」とは良く言ったものですね。
投稿: イライザ | 2018年8月 6日 (月) 12時47分
「hiroseto」様
コメント有り難う御座いました。
あれだけ世界的なブームになった、ピケティくらいは読んでいて欲しいです。でも、それを日本の状況を踏まえて証明してくれた大田理論を採用するだけの知力が安倍政権にはないということなのでしょう。
投稿: イライザ | 2018年8月 6日 (月) 12時51分