タヒチへの贈り物 (2) ――関税が大問題になるなんて想定外でした――
タヒチへの贈り物 (2)
――関税が大問題になるなんて想定外でした――
[数十年に一度という大規模な大雨災害によって亡くなられた方々にお悔やみを申し上げたいと存じます。又甚大な被害を受けられた被災者の方々には心からお見舞いを申し上げます。被害は広がっている感もありますが、昨日に続いて次回から何度かにわたって問題提起をしたいと思います。]
さて、東芝国際交流財団からの助成金で実現した、鎌田七男著『広島のおばあちゃんの』をフランス語に訳し、フランスの核実験で被害を受けたタヒチの人々に、フランス語版を贈るプロジェクトの報告その2です。ようやく今月になって、タヒチまで本を届けることができたのですが、東芝国際交流財団への事業報告の後半部分を紹介させて下さい。
プロジェクトはそもそも昨年中に終了する予定だったのですが、予想外だったのは、タヒチへの関税が高額であり、また、それを免除して貰う条件が厳しかったことです。しかし、結果としては当初の目標以上のことを達成できました。
二回目の今回は、このプロジェクトを中心になって引っ張って下さった、真下俊樹さん (國學院大學の講師かつ、フランス領ポリネシアだけではなく、南太平洋地域の核実験とその被害についての専門家で、フランス語の翻訳・通訳等でも活躍している国際的な平和活動家) と彼のネットワークの力で「関税障壁」を乗り越えることができた感動的なストーリーです。
*******************************
プロジェクト:鎌田七男・箸『広島のおばあちゃん』仏語版翻訳とフランスによる核実験被害者に向けての配布
財団法人東芝国際交流財団の助成金受給(¥1,600,000)により実施
「本が完成すれば、あとは郵送するだけ」というナイーブな思い込みとは裏腹に、実際に本を送る段階になって、当初想定外の様々な難関が次々と現れてきました。ここではそれを逐一報告するスペースも、また意味もないと思われるので、最大の難関であった関税問題について以下簡単に報告し、その一端をお示しておきます。
当初、仏語版『広島のおばあちゃん』は、仏領ポリネシアの市民団体に「寄贈」するのだから、当然輸入関税は掛からないものと、頭から考えていました。ところが、郵送する直前に、念のため現地税関に問い合わせたところ、「たとえ対価を伴わない寄贈であっても、一定の価値のあるものを移譲する以上、関税はかかる。寄贈先の市民団体は「公益NPO」(NPOのなかでも特に公益性があると認定されたNPOで、とくに寄付に関して税制上の優遇策がある。日本の認定NPOに当たる)の認定を受けていないので、関税は免除されない」との返事が帰ってきました。しかも、関税率は約30%と驚くほど高く、本を買い取ったあとの助成金の残金ではとても払えない額になることが分かりました。
思わぬ壁に行き当たって、日本でできそうな方策を当たってみましたが万策尽き、途方に暮れているときに、仏領ポリネシア政府の「核実験影響追跡調査代表部(DSCEN)」のY. ヴェルノドン部長が親身になって、様々な可能性を当たって下さいました。そのなかで、彼女が前理事長をしていた自然保護NPOが「公益NPO」を取得しているので、そこに頼んで本の受け皿になってもらえそうだとの連絡が来ました。「これで解决か」と喜んだのもつかの間、ヴェルノドン部長が確認を依頼した、法律に詳しい同僚のひとりから「この公益NPOの活動分野は自然保護であり、寄贈本の内容はそれに合致しないから、関税は免除されない」との指摘を受けました。日本では認定NPOであれば、寄付・寄贈はほぼ自動的に優遇税制の対象になり、その内容まで検分されることはまずありませんが、フランス法を受け継ぐ仏領ポリネシアではその運用規定が日本よりもはるかに厳しいようで、関税問題は振り出しに戻ってしまいました。
そんなこんなを何度か繰り返した挙げ句、結局、唯一残された道は、寄贈先を仏領ポリネシア政府にするしかないと分かりました。そこで、ヴェルノドン部長がそのための手続きを調べることになりました。ところが、こうした事例は過去に先例がまったくなく、行政機構全体のなかで整合性のある形で受け入れ体制を整えるためには、リション氏やバジル氏など彼女の同僚の協力も得ながらの「前人未踏」の気の遠くなるような確認作業が必要だったといいます。最終的に、本案件は仏領ポリネシア政府の閣僚会議まで上げられ、大統領の裁定により、仏領ポリネシア政府として正式に受け入れられることに決まりました。
幾多の紆余曲折と一喜一憂を経て、仏語版『広島のおばあちゃん』1000部を乗せた貨物船サウス・アイランダー号は、2018年5月9日13時46分、ようやく神戸からタヒチのパペエテに向けて出港したのでした。
本プロジェクト実現のために大いにお世話になったY.ヴェルノドン仏領ポリネシア核実験影響追跡調査代表部(DSCEN)部長
4.理想的な配布形態
2018年6月14日、貨物船サウス・アイランダー号は無事パペエテ港に入港。本の入ったダンボール箱25箱は現地通関業者により陸揚げされ、税関へ運ばれました。ちなみに、ヴェルノドン部長によると、その後さらに税関での非関税手続きが難航し、本が実際に彼女の職場に届いたのはそれから2週間以上後の6月29日だったそうです。
ようやく仏領ポリネシア政府に届いた仏語版『広島のおばあちゃん』
こうして、仏語版『広島のおばあちゃん』は、仏領ポリネシア政府の核実験影響追跡調査代表部(DSCEN)という仏核実験専門機関によって配布されることになりました。ヴェルノドン部長は、NPO(核関係だけでなく自然保護団体も)だけでなく、公共機関としての公平性に基づいて、離島を含めた仏領ポリネシア全土の中・高校、大学、公共機関(中央および地方議会、保健所、図書館など)、教会等々に万遍なく配布する考えとのこと。さらに、「配ったはいいけれど、誰も読まない」といったことにならないよう、この本がポリネシア市民に活用されるための方策を取っていくとしています。また、2017
年 3 月の仏政府との合意にもとづき、フランス核実験の体験を将来世代に継承するための「仏領ポリネシア核事実保管情報資料研究所」をパペエテ市内の旧仏海軍司令部の建物に設立することが決まっていますが、設立の暁には館内で本書を販売したいとしています。
折しも、2018年1月、仏領ポリネシアに赴任していたフランス人小児精神科医が、仏領ポリネシアで小児精神疾患がとくに多く、その患者の多くが元核実験労働者の子孫であるとの報告書を公表し、現地の新聞やテレビ・ラジオで大きく取り上げられました。その報告の内容自体は科学的根拠のあるものではありませんでしたが、核実験の健康影響の徹底的な調査を求める声は仏領ポリネシア全土に広がり、今年4〜5月に行われた仏領ポリネシア議会・大統領選挙では、この調査をどうするかが主要な争点のひとつとなりました(結果は前E.フリッチ大統領が再選)。
現在、仏領ポリネシア市民は、放射線の健康影響に関する正確な情報を渇望している状態であり、その意味でこの時期に本書が寄贈されることは極めて時宜に適ったことと言えます。DSCENだけでなく、仏領ポリネシア政府も、現在の仏領ポリネシアでの混乱した議論を整理し、フランス核実験の健康影響についてポリネシア市民が冷静に考えるための礎石として本書を大いに活用したいとしています(後掲の「E.フリッチ大統領からのお礼状」を参照)。今年の7月2日のフランス核実験記念日(1966年のこの日、最初の仏領ポリネシアでのフランス核実験が行われた)には、本書をNPOに寄贈するイベントのほか、今回の寄贈についての記者会見も開催されました。
本プロジェクトの当初の計画では、本書を仏領ポリネシアの仏核実験被害者団体宛に送り、人づてに配布してもらうことを考えていましたが、おもに上記の関税問題で不可能になりました。しかし、その壁を乗り越える方策をあれこれ試行錯誤した結果、最終的には上記のような、当初は期待すべくもなかったような理想的な配布形態が実現したと言えます。
以下、仏領ポリネシア大統領エドゥアール・フリッチ氏からの礼状の和訳と、フランス語の手紙のコピーを貼り付けておきます。
仏領ポリネシア大統領
No. 04154/PR
2018年7月2日 パペエテ
NPO「文化の多様性を支える技術ネットワーク」
秋葉 忠利 様
件名:NPO「文化の多様性を支える技術ネットワーク」より仏領ポリネシアへの仏語版リーフレット『広島のおばあちゃん
—平和教育』1000部の寄贈
参照書類:2018年4月18日付寄贈申出の書簡
添付書類:2018年4月18日付書簡 核問題に関する私の見解
拝啓 秋葉様
仏語版『広島のおばあちゃん』1000部が、ようやく当地の港に到着し、核実験影響追跡調査ポリネシア代表部(DSCEN)の事務所に配達されました。
この部局は、教育総局(DGEE)との連携の下に、本書の配布を担当しており、まず仏領ポリネシアの中・高校、そして貴殿のご希望と目的(これには私も全面的に賛同いたします)に沿って、平和教育のために活用することにしています。
すでに、私から仏領ポリネシアの各機関と、核問題をめぐる真実と公正に取り組んできた市民団体に各1部ずつ配布したところです。今後、それぞれの配布能力に応じた追加部数をDSCENから直接入手できることになっています。
少なくとも20部以上は、設立が予定されている太平洋フランス核実験記念館用に保管することにしています。ちなみに、本記念館設立計画は順調に進んでおり、フランス本国、仏領ポリネシア、市民団体との協力の下で、この記念館の内容をどのようなものにし、共有していくかを協議しているところです。フランス本国は、そのための場所として、元核実験労働者団体モルロア・エ・タトゥの記念碑にほど近い、パペエテ臨海地域の旧フランス海軍官舎をすべて譲渡する意向を表明しています。
これと並行して、仏領ポリネシア政府は、学校教育の科目や教材に核の問題を取り入れる政策に引き続き取り組んでいく所存であり、その意味でも『広島のおばあちゃん』は参照文献になります。
先の選挙期間中の2018年4月18日、私は核問題に関する私の立場を公にしましたが、そのさいに『広島のおばあちゃん』のもつ証言の力、科学的・医学的情報の質、そして何よりも真実と正義、平和を求める価値観から多くを学びました。
本書をフランス語に翻訳し、1000部を仏領ポリネシアに寄贈してくださったことに、心からお礼申し上げます。また、本書の送付に際して煩雑な行政的手続きにより多大のご苦労をおかけしたことを大変申し訳なく思うと同時に、忍耐強くご対応いただいたことに改めてお礼申し上げる次第です。
敬具
仏領ポリネシア大統領
エドゥアール・フリッチ
****************************
御協力頂いた、東芝国際交流財団、原著者の鎌田七男先生と出版して下さったしたり・プロジェクトの皆様、DSCENのヴェルドノン部長、フリッツ大統領、「モルロワと私たち」の皆様、「文化の多様性を支える技術ネットワーク」の皆様、そして翻訳者のフランソワーズ・ジャンさん、さらに真下俊樹さん等関係者の皆様、様々な形で支援・御協力頂いた皆様方に心から御礼申し上げます。
[2018/7/9 イライザ]
[お願い]
文章の下にある《広島ブログ》というバナーを一日一度クリックして下さい。
« 大雨災害からの教訓 (1) | トップページ | 大雨災害からの教訓 (2) »
「旅行・地域」カテゴリの記事
- フィンランド人から箸の使い方を教わりました ――『箸の持ち方』も買って勉強しています―― (2023.10.03)
- 4年振りの敬老会に参加しました ――高齢化社会の現実についても考えさせられました―― (2023.09.18)
- コストコも完全に「広島化」しました ――そして多忙のため、ブログはしばらくお休みします―― (2023.07.28)
- 被災地に人を送り込むな ――5年前の教訓は生きているのでしょうか?―― (2023.07.18)
- 我が家から30分のところに、こんなにきれいな滝がありました ――できれば動画をアップしたいです―― (2023.06.06)
「経済・政治・国際」カテゴリの記事
- 投下責任の「棚上げ」と米政府、広島市・市長そして外務省 ――「本音が出ると大問題」を回避―― (2023.10.01)
- 「いま一番先にやることは公務員のウソ退治」 ――井戸川裁判の第26回口頭弁論を傍聴しました―― (2023.09.28)
- 姉妹公園協定のために投下責任を「棚上げ」? ――「棚上げ」して、誰が得をするのか?―― (2023.09.26)
- アメリカを見ずに広島は語れない ――「パール・ハーバー」⇒原爆という「岩盤的」信念を守りたい人々―― (2023.09.25)
「平和」カテゴリの記事
- フィンランド人から箸の使い方を教わりました ――『箸の持ち方』も買って勉強しています―― (2023.10.03)
- 投下責任の「棚上げ」と米政府、広島市・市長そして外務省 ――「本音が出ると大問題」を回避―― (2023.10.01)
- 姉妹公園協定のために投下責任を「棚上げ」? ――「棚上げ」して、誰が得をするのか?―― (2023.09.26)
- 原爆の責任議論を「棚上げ」したのは何故か ――一つは、外務省が広島の平和行政を仕切っているから―― (2023.09.24)
「健康」カテゴリの記事
- 断酒の障害が分りました ――甘い言葉でした―― (2023.07.04)
- 広島大学病院YHRPミュージアム ――かぼちゃの作品が沢山あるユニークな美術館です―― (2023.06.30)
- H君を偲ぶ会 ――没後3年、80人が集いました―― (2023.02.27)
- 成田発言のおぞましさ検証 ――立ち止まって考え始めたら、怒りで震えが止まらなくなりました―― (2023.02.24)
- 「ヒロシマ」が壊れて行く? (1) ――反論を期待しつつ書いています―― (2023.01.08)
コメント