追悼 板倉聖宜先生 ――私見では、クイズ番組を面白くしてくれた先生です――
追悼 板倉聖宜先生
――私見では、クイズ番組を面白くしてくれた先生です――
2018年2月7日に板倉聖宜 (いたくらきよのぶ) 先生が逝去されました。御冥福をお祈り致します。板倉聖宜先生と聞いて、「あゝ、あの先生」と答えて下さる方は少ないと思いますが、教育者、科学史家、哲学者として、科学教育の根本的な見直しを提案・実践して来られた先駆者です。その先生の残された足跡を簡単ですが、御紹介したいと思います。
板倉先生の数ある著作の中で、「誰もが知っている」一冊を挙げろと言われると、『仮説実験授業』(仮説社)になるだろうと思います。その内容についても、御紹介する積りですが、先ずは親しみを感じて頂くために、板倉先生が手掛けたもう一つの分野、そして私自身が大きな影響を受けた歴史や社会の見方について、を取り上げましょう。
そして、これは全く私の独断と偏見に基づいた評価ですが、テレビのクイズ番組の質を上げ、面白いものにした最大の功労者は板倉先生だということも御理解頂ければと思います。
まず、最初に最近のクイズ番組の問題から、本稿に関係のあるものを紹介します。
[問題] 硬貨の重さについての問題です。次の三つの硬貨の内、一番重いのはどれか?
① 100円玉
② 50円玉と10円玉を合わせたもの
③ 500円玉
① ② ③
硬貨の重さは法律で決められており、次の通りです。
1円玉 1g
5円玉 3.75g
10円玉 4.5g
50円玉 4.0g
100円玉 4.8g
500円玉 7.0g
ですから、①は4.8g、②は8.5g、③は7.5gで、正解は②なのです。
このクイズ問題を最近テレビで視て、板倉先生の『おかねと社会』という本を思い浮べていました。貨幣の歴史を分り易く解説した本ですが、この問題はそれの現代版とも言えそうです。
板倉先生が、歴史を理解しようとする基礎にあるのは「理科的な見方・考え方」です。その特徴はできるだけ一次資料に当って事実を元に考える、そして論理的に考えることなのですが、これなら歴史学者も当然実践していることです。板倉先生がそれに加えて重んじているのが、出来るだけ「数値化」して物事を捉える、さらに「仮説」を立ててそれを実験で確かめながら一歩ずつ理解を進める、という手法です。
これも、「科学」と名前の付いている学問では、一応、建前として掲げられていることなのですが、先生の名著の一つである『おかねと社会』のはしがきで、さらに踏み込んでその意味を強調されています。ちょっと長くなりますが、引用します。
おかね(貨幣)は人間の経済活動の主役のようなものです。そこで、貨幣制度は、政治の中心ともなります。しかし、おかねは政治権力者の意のままになるとは限りません。おかねにはおかねの、経済には経済の法則があるのです。しかも、おかねはものですから、のちのちの時代まで伝わります。書かれた文書には、それを書いた人の主観が大きく反映しますが、おかねにはそんなことはほとんどありません。
じつは、私は「おかねの歴史をしらべてみてはじめて、<経済法則と支配者と被支配者との関係>といったものがよく理解できるようになった」と思いました。そして、「日本の歴史の大きな流れといったものもよくわかるようになった」思ったのです。そこで、私は、そのよろこびをみんなとわかち合いたくて、この本を作ったというわけです。
この本でも、「仮説」「実験」という姿勢が貫かれています。小学生にも読んで貰うという理由もあったのだと思いますが、「問題」が提示され、それを考えて「予想」つまり「仮説」を立てることから始めて、その答が出てくるという順序になっています。大切なのは「問題」そのものが既に政治と経済の本質を抉る内容を持っていることです。例えば、これをお読みの皆さんの中で、次のような疑問を「自然に」持たれた方はそれほど多くはないのでないかと思います。私も持っていませんでした。以下引用です。
[問題 2]
古代の天皇政府がはじめておかねを作ったとき,人々はそのおかねをよろこんで使うようになったと思いますか。
予想
ア. おかねというものを使い慣れていないので,ものをおかねにかえるのをいやがった。
イ. おかねは米や布などで物々交換するよりずっと便利なので,人々はよろこんで使うようになった。
ウ. 政府の作るおかねにはあまり価値がないので,ものをおかねにかえるのをいやがった。
江戸時代の物語には必ず出てくる大判や小判とか、落語の二八蕎麦などを元に考えると「イ」が答だと考える方も多いでしょう。ネタをばらしてしまうのは、推理小説と同じくらいルール違反なのですが、おかねを使う人は多くなかったようなのです。この問題ではその理由も一緒に考えることが必要です。「ア」が正解なのか「ウ」が正解なのか、その両方なのかという問題も提示されていますので、それは次の問を考えることにつながり、さらにその先に発展するという面白みがあるのです。
そして、このような視点から、面白いクイズ番組の問題が作られるようになったのは、板倉先生の著書が広まり始めた頃だったという記憶があるので、「クイズ番組が面白くなったのは板倉先生のお陰だ」と、敢えて主張しています。
実は、私が読んだ先生の本の中で一番印象的だったのは『生類憐みの令』と『差別と迷信』(共に仮説社)なのですが、次回はその紹介です。
先生の著書は仮説社でお求めになれます。アマゾンでも扱っています。それと、先生のお弟子さんのサイトだと思いますが、「板研情報局」でも役に立つ情報を読むことができます。
[2018/03/07イライザ]
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