日米比較 --億万長者がお金を出さなくても、自ら動くマスコミ--
--億万長者がお金を出さなくても、自ら動くマスコミ--
2010年にアメリカの最高裁判所が、「表現の自由」を守るため、選挙運動のために企業や組合の使える金額に上限はないと結論しました。その結果として巨万の富が選挙資金として流れ込み、誰もが、2012年の大統領選挙は大きな影響を受けるだろうと予測しました。
結果は、オバマ大統領の再選、上院は民主党、下院は共和党という勢力分布は全く変わりませんでした。しかし、人口の0.001パーセントの声が政治の方向性を決めるという大きな変化が起こりました。それは例えばウィスコンシン州やノース・カロライナ州で、それ以後どのように政治が変ったのかを視ることで理解できるのですが、その流れの辿り着いた先が、2016年のトランプ氏です。彼が共和党候補になり、大統領選挙そのものも制した背景にある、お金の存在を忘れてはなりません。
しかし、それは、「賄賂」とか「票の売買」という直接的な手段ではなく、テレビのコマーシャル、あるいはYouTubeへの投稿を宣伝する、または自分たちの信ずることを「正当性のある」政策としてまとめて広める、といった形で使われています。
「日本は常に、10年遅れでアメリカの後を追っている」と言われることがあります。もしそうなら、新しい形での金権政治の姿は日本の10年後を示しているのですから、それに対する対策を考えておく必要があることになります。
しかし、『ニューヨーク・タイムズ』の前東京支局長であるマーティン・ファクラーさんの『安倍政権にひれ伏す日本のメディア』 (双葉社・2016年2月刊) で具体例として掲げられているいくつかの出来事を元に、日米の比較をする限り、アメリカなら億万長者が巨万の富を注ぎ込まないと動かせないほどのことが、日本ではマスコミ自身の「自己規制」や「空気を読む」結果として簡単にできてしまっているために、実は、事マスコミの言動そしてマスコミの作り出す世論という点では、日本の方が先行しているのではないかという気さえするほどです。
マスコミのあり方、そして私たちが勇気をもって発言する大切さを再確認するためにも、具体的エピソード満載のファクラーさんの好著をお勧めします。その中で触れられている大切な一つの事例があります。ファクラーさんが自らも調べ、『ニューヨーク・タイムズ』誌にも掲載されたのだそうですが、私も全く知らなかった「事件」です。以下、その部分の要約です。
北海島宗谷郡猿払村
(そうやぐんさるふつむら) は、日本最北の村として知られているが、戦争中、ここに浅茅野
(あさじの) 飛行場を造ることになり、その作業には服役中の日本人受刑者や朝鮮半島から連行してきた500人から1000人の労働者が従事した。
戦後、猿払村には奇跡的に一つの記録が残されており、90人近い朝鮮人労働者と20人ほどの日本人受刑者が死亡していたことが記録されていた。彼らはいわゆるタコ部屋に入れられており、脱走しようとして捕まれば棍棒で殴り殺されるといった悲惨な目に遭ったことを目撃した村民もいた。
この話を聞いたことのある水口孝一氏は、有志を募り、日韓合同のチームを組織して考古学者やボランティア、学生等、数百人の力で20006年から2010年までに、亡くなった人々の遺骨を発掘し、合計59体の遺骨を収集した。
強制労働による犠牲者を悼み歴史を後世に残すため、水口チームや支援者等が発起人になって現場近くに石碑を建立することにした。韓国メディアは、「日本はこんなに良いことをしている」と大きく報道した。それを目にした一部のネット右翼が「北海道の村がこんなけしからんことをやっている」「強制連行というウソ、捏造を自治体自ら広めている」と騒ぎ始め、村役場に電話による電凸やメール攻撃を行った。その結果、2013年11月26日に行われる予定だった除幕式は中止された。
ファクラーさんは、自治体の対応の仕方にも問題があると指摘していますが、それ以上にこのようなニュースを取り上げ・支援しなかったマスコミの責任を問題にしています。猿払村は「孤立無援」の状態に置かれて、なす術を失ったからです。
国家権力がマスコミに圧力を掛ける凄さという点では、アメリカの方が日本より上だとファクラーさんは考えていますが、アメリカのマスコミはそれに立派に対抗している、と言っています。それに対して今の日本のマスコミは、報道や表現の自由についての認識が本当にあるのか、記者一人一人の人権と表現の自由を守るため、イデオロギーを超えて「全マスコミ」として戦う積りがあるのかを問うています。アメリカのマスコミがメジャー・リーグだとすると日本のマスコミは高校野球なみ、だというのがファクラーさんの診断です。
原発についての報道一つを取っても、日本のマスコミの情けなさをそう表現したくなる気持は分ります。そして、本当のところは、私たちの目に見えないところで巨万の富が動いているからこのような結果になっているのかもしれません。
そうではなく、巨万の富の力など使わなくても、「権力」というより大きな力の前に、日本のマスコミはひれ伏してしまっているのだとすると、アメリカで「明日」起こるかもしれないことが日本では既に起きてしまっていると言うべきなのかもしれません。
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