詭弁の技法 --トランプ大統領就任演説も戦後70年総理大臣談話も駆使しています――
--トランプ大統領就任演説も戦後70年総理大臣談話も駆使しています――
トランプ大統領の就任演説が不愉快だったのは、スケープゴートをでっち上げてそのスケープゴートを執拗に攻撃する破壊的かつネガティブな姿勢が、私たちの中にある「The Better Angels of Our Nature」、つまり私たちの中にある最善の資質と相容れないからなのだと思います。
自然に思い出したのが、安倍晋三総理大臣が2015年8月14日に読んだ「戦後70年総理大臣談話」 (以下「談話」と略す) です。トランプ大統領の攻撃的なトーンとの比較で表現すれば「猫撫で声」のような調子でしたが、どちらにも共通していたのは、詭弁術を駆使していたことです。
アメリカ議会で演説する安倍総理
「詭弁」については、以前御紹介した『数学で未来を予測する』 (PHPサイエンス・ワールド新書) の著者、野崎昭弘先生による『詭弁論理学』と『逆説論理学』(両方とも中公新書)が夙に有名です。楽しい本ですのでお勧めしますが、両書で取り上げられている詭弁はかなり高級です。対して、トランプ・安倍両氏の詭弁は初歩的と言っても良いレベルなのですが、社会的影響の大きさからは看過できません。
両者に共通しているのは、「不都合な真実」は隠して「自分に都合の良い」ことだけを強調していることです。つまり「全ての真実」を述べていないことです。このような考え方が大切なのは、「宣誓」という形で真実を述べる際の言葉が示しています。その点については「総理大臣も宣誓を」で触れていますので、お読み下さい。
何を隠しているのかの説明をする上で、アメリカの場合には背景の説明をより詳しくしなくてはなりませんので、先ずは「談話」から、いくつかの具体例を取り上げたいと思います。
「具体的」を強調するために、その典型である「数字」に注目したいと思います。客観性という点からも大切です。
「談話」中には4つの数字が使われています。第一次世界大戦における戦死者数1,000万人。先の大戦中に亡くなった日本人300万余。600万人を超える引揚者数。中国残留孤児約3,000人です。
さて、この「談話」が、戦後70年という節目に出されたことは、先の大戦、つまり第二次世界大戦が基本テーマです。でも、第一次世界大戦の戦死者数については1000万人という数字が挙げられているにもかかわらず、第二次世界大戦における総犠牲者数や戦死者数には全く言及がありません。
改めておさらいしておくと、全世界では、5,000万から8,000万の人が亡くなっていますし、国別ではソ連が一番多くて2,600万以上と言われています。中国も1,000万から2,000万と言われています。ナチスドイツが600万から900万、ホロコーストの犠牲になったユダヤ人は約600万と言われています。ある程度の不正確さはあるとしても、第二次世界大戦中の犠牲者数は、ほぼ常識になっています。
仮に第一次世界大戦まで遡る必要があったとしても、第二次世界大戦における戦死者数に言及しない理由はありません。これらの数字を示さずに、第一次世界大戦の戦死者数だけを掲げる意図は奈辺にあるのでしょうか。
一つには、世界では1,000万、日本は300万という対比から、時間枠を無視すれば、日本の被害が大きかったという印象を与えることは可能です。20世紀最後の時期に生まれた若者たちにとって、第一次世界大戦と第二次世界大戦の時間的な差はそれほど大きくはないでしょうから、「類推」によって、この数字が「先の大戦」の数字に近いと思い込んでしまう可能性まで考えてのことだとすると、その罪はさらに大きくなります。
また、1000万の代りに中国の犠牲者数として1,000万とか2,000万という数字が出てくれば、そのかなりの部分は対日戦での犠牲ですから、日本側の加害責任の大きさに誰でも気付いてしまうから、という理由だと考えることも可能です。さらに、日本の戦死者300万人を対比させれば、中国側の犠牲の大きさが浮き彫りになります。
「談話」の起草者の意図を推測したのは、第二次世界大戦における戦死者数や犠牲者数を明示的に使うことで、日本の戦争責任が「自然に」浮き彫りになることを示したかったのですが、その意図がどうであれ、第二次世界大戦をテーマにした「談話」で、第一次世界大戦の戦死者数には言及しながら、第二次世界大戦のそれを省略することは許されないはずです。
「談話」で使われた「詭弁」の具体例は続きます。
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コメント
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第2次大戦中の中国の死者数が2000~3000万人ということは知りませんでした。
投稿: 元安川 | 2017年2月 1日 (水) 16時31分
「元安川」様
コメント有り難う御座いました。第二次世界大戦中の中国の死者数は、手元の資料をそのまま写したのですが、コメントを頂いてwiki等を調べてみると、1000万から2000万という数字が標準的なようです。本文はそれに直しました。
江沢民が1998年に発表した数字は3500万ですが、これを疑問視する声もありますので、多くの資料で使われている1000万から2000万に訂正しました。
投稿: イライザ | 2017年2月 1日 (水) 18時17分