歴史的人物たちの真実 (2) ――学者は戦争とどう向き合うべきなのか――
歴史的人物たちの真実 (2)
――学者は戦争とどう向き合うべきなのか――
オットー・ハーン博士 (以下略してOHと表記します。他の科学者についてもタイトルは略します。)
のナチス・ドイツ時代の立場、「オットー・ハーン博士の孫 その2」で説明しましたが、OHにとっての核分裂は純粋に化学的な出来事であって、それを元に核爆弾を造るということなど考えてもいなかったし、不可能だと予測していたようです。核分裂発見直後に、アメリカで核爆弾が作れるはずだと予測した核物理学者たちに対しても、「あんなことで騒げるのは物理学者だからだ」といった評価だったようです。
そして、1933年にナチスに支配されたドイツを離れアメリカに行ったものの、その後ドイツに戻って研究を続けています。このことは、同じ年にアメリカに亡命したアインシュタインとの対比で批判的に語られることもありますが、1938年の核分裂発見、またそれ以前の多くの新元素や放射性同位体の発見当の流れを考えると、研究環境と共同研究者としてのリーゼ・マイトナーやフリッツ・シュトラスマンがいたという点で恵まれていたことが大きかったのではないでしょうか。
リーゼ・マイトナーとオットー・ハーン
その後、ユダヤ人のリーゼ・マイトナーにはナチスの迫害の危険が迫り、OHも含む科学者たちの助けでスエーデンに亡命します。1943年にマイトナーは、原爆の開発に参加して欲しいとイギリスから誘われますが、「爆弾に関わる気はない」と言って断っています。戦後マイトナーは、ナチス時代の科学者の役割について、「科学者がもっとナチスに対抗すべきだったし、その点についての反省も行うべきだ」と主張し、OHをも含めて批判していますが、OHとの交流は続けていましたし、ドイツからの様々な賞等も受賞しています。
ナチスによって強制収容所に送り込まれ大きな被害を受け、それでも生き残った人たちからはもっと強い非難の声があっても当然なのですが、それを考える上でもう一人、ナチス時代のドイツの科学界のリーダーだった、ヴェルナー・ハイゼンベルクの役割にも注目したいと思います。連合国側の諜報組織であるアルソス・ミッションがドイツに侵入して集めた資料で、1944年の時点では、ナチス・ドイツが原爆を所有していないことが明らかになりましたし、そのあと、短期間で開発に成功する見込みもないことが分っていました。
ハイゼンベルクは、理論的には十分だが、実際に爆弾を作るのには人も資材もお金も足りないと考えていたようなのですが、この時期を巡って、いくつかの興味ある「噂」があります。例えば、ハイゼンベルクの役割について、彼ほどの力のある物理学者が率いる研究チームが原爆を製造できないはずがない、という前提で考えると、ハイゼンベルクはナチスが原爆を持てないように、内部で画策したのではないかという説です。製造に必要な理論を導くのに3次元モデルを使わなくてはならないにもかかわらず、ハイゼンベルクは仲間たちに2次元モデルでの解決を求めた、というのです。もしそれが本当なら、問題は解けず、原爆は造れないことになります。この話をしてくれた同僚は、それも科学者としての一つの選択肢だと語っていました。
ヴェルナー・ハイゼンベルク
真実は藪の中ですが、歴史的事実を謙虚に振り返ることが大切なのは言うまでもありません。しかし、それ以上に大切なのは、今、私たちが同じような問題に直面したときにどう考えどう行動するのか、という点です。過去の事実がそれに役立つのであれば、賢い選択を行うために活用すべきでしょうし、そうでなければ、自分の頭で考えることになるのではないでしょうか。「過去」
= 「昔のこと」
= 「自分には関係ない」こととして、上から目線での評論をしていれば事足りるのではないことを再確認しておきたいと思います。
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