追悼ジョン・グレン氏
宇宙飛行士のジョン・グレン氏が亡くなりました。1962年、アメリカの栄光を背負って、ソ連の宇宙開発の後を追い、アメリカ人として初めて地球周回軌道を三周したことで知られています。また、宇宙飛行士としては最高齢の77歳で飛行したことは御存じの方も多いと思います。詳しい追悼記事がハフポストに載っていますので、紹介させて頂きます。
ジョン・グレン氏
実は、大学生の時にグレンさんとお会いしたことがありますし、上院議員時代にも再会していますので、その当時を思い出しながら御冥福を祈っています。
「フレンドシップ7」と名付けられた宇宙船で地球を周回した後、グレン氏は日本を訪れています。そのときに、NHKテレビがグレン氏と日本の若者の対話番組を作りました。日本側は3人くらいだったと思いますが、直接英語で喋るという条件があって、顔の広い友人と一緒にスタジオでグレン氏と話をしました。
「宇宙飛行士」の数も少なく、しかもソ連との競争で「自由世界」の象徴だった人ですから、かなり緊張しましたが、とても気さくな人で、頼りにできる兄貴分という感じでの対話になりました。宇宙での経験や未来への夢といった内容だったはずなのですが、その時の記憶がほとんど残っていないのが残念です。でも、「宇宙船から見た地球がとても美しかった。何をおいても地球を平和にしなくてはならないと強く感じた」という言葉は、しっかり印象に残っています。その後宇宙飛行士として活躍した他の皆さんの言葉にも、必ずこのメッセージが出てきます。宇宙から地球を見る経験は、「神」の視点から地球を見ることなのではないかという解釈さえあるほど、特別な意味があるような気がします。
その影響かもしれないのですが、その後の人生でスペース・プログラムに大きな影響を受け続けてきました。特に1969年7月のアポロ11号の月面着陸の際は、たまたまハーバード大学のキャンパスで知り合った毎日新聞の取材班の人たちとともに、通訳兼運転手としてケネディー宇宙センターとヒューストンの管制センターで、歴史的な月面着陸の一部始終を現地に一番近いところから日本に届けるお手伝いをしました。「宇宙飛行」あるいは「月面着陸」という大きな出来事を一緒の立場で経験したからなのかもしれませんが、毎日新聞取材班の皆さんとはその後、公私にわたって大変お世話になり、生涯を通じての友人としてお付き合い頂くことにもなりました。
宇宙飛行士のニール・アームストロング氏、バズ・オルドリン氏、マイケル・コリンズ氏や彼らの家族、その他の宇宙飛行士や地上のサポート・チームのメンバー等、多くの人たちのインタビューにも立ち会いましたし、取材に来ていた有名人たちにも感想を聞くなど、一端のジャーナリストになったような昂った気持ちでの2週間でした。
月面のオルドリン飛行士
中でも、超有名人だったノーマン・メイラー氏に感想を聞いた時の答えに感心しました。「この件については本を書く予定だから、それを読んで欲しい」でした。一大学院生にも普通の感じで対応してくれたことにも、彼の大きさを感じました。
ノーマン・メイラー氏
1960年代には、スペース・プログラムについての強い批判もありました。特に公民権問題やベトナム戦争と関係付けての議論はアメリカ中で起きていました。大変お金の掛かる国家的規模のプロジェクトですから当然なのですが、グレン氏を追悼しつつ、改めて、これまでの歴史の中でのスペース・プログラム、そして宇宙という全人類を視野に入れることが当たり前の枠組みで、未来の世界と人間について考えられればと思います。
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