学徒動員
高校のレスリング仲間がベトナム戦争中に戦死していたことにショックを受けた理由の一つは、小さい頃の記憶にも関係がありそうです。
小学校何年の時だったのか良くは覚えていないのですが、6年の時だったような気もします。「天皇陛下」が全国各地を9年近くかけて巡幸されたという記録があるのですが、それが終ってからのことのはずだからです。「陛下」が千葉に「行幸」されるので、「お召列車」の通る線路脇で歓迎の旗を振ることになったと先生から説明があり、駅の近くで旗を振ったのです。学校の行事でしたから何も考えずに言われた通りのことをしたのですが、「偉い人」を遠くからでも眺めた経験は、子どもにとっては話題にしたいことですので、家に帰ってそのことを報告しました。
ちょうどその日は叔母が家に来ていました。そしてこっぴどく怒られました。それは、それまでに何度も聞かされていた叔母の悲しみと怒りの爆発でもありました。叔母は昭和16年に当時としては珍しい学生結婚をしていました。相手は早稲田大学の学生でした。しかし、学徒動員で彼は出征しそのまま帰らぬ人になりました。当時の叔母は愛する人を奪った戦争と学徒動員まで行って彼を戦場に送った天皇を憎み恨んでいました。「あんたは何で、お父ちゃんを戦争に駆り出した天皇の歓迎になんて行ったの」という叔母の言葉は癒すことのできない悲しみの表現としてずっと私の中にこだまし続けてきました。
叔母の嘆きを何度も聞かされた結果、そしてその頃、近所に住んでいた早稲田の学生Iさんが、ラジオや電気の手解きをしてくれたこともあって、「早稲田」は私にとって特別な存在になりました。大学生になって、母校の校歌は覚えられませんでしたが、「都の西北」は空で歌えました。
叔父が学徒動員で召集されたのは太平洋戦争中、戦況が不利になり、とにかく多くの兵士を補充する必要に迫られて、例外的な徴兵の仕組みを作ったからなのですが、明治憲法には、納税・教育・兵役が三大義務として掲げられていました。以下、記憶を辿って日本の徴兵制度のお浚いをしておきましょう。
「日本男児」は20歳になると「徴兵検査」を受けて、甲乙丙丁戊の五段階に振り分けられました。「甲種合格」の場合は、直ちに現役兵として入隊し兵士としての訓練を受け、乙種や丙種の合格者は特別の動員令によって召集されるまでは兵役に服することはありませんでした。しかし、戦争が始まると乙種や丙種でも「召集令状」によって徴用されることになりました。この「召集令状」は、動員令が発せられた場合、本籍地の役場吏員が直接本人か家族に手渡すことになっていたのですが、赤い紙に印刷されていたことから「赤紙」と呼ばれました。
しかし、こうした身体的な適性によって兵役の義務を課する優先度を決める基準の他に、例外規定があり、ほとんどの学生は26歳まで兵役の義務が延期される制度だったのです。それがだんだん狭められて昭和18年(1943年)には、文科系の学生も召集されることになったのです。
その他にも、家族を扶養しなくてはならない「家長」等より独身者が先に徴用されるといった原則も戦争の激化により次第に狭められて行きました。その結果、戦争の末期、昭和20年には徴用率が90パーセントを超えていたようです。「遺族」の範囲が広がり、戦争の爪痕は今でも残り心の傷は癒されていないのですが、為政者にその痛みは届いているのでしょうか。
戦争の犠牲になった若者たちの死を無駄にしないため、ポールの姉マーリーンも私の叔母も、悲しみが癒されることはなくても憎しみや怒りといった気持を乗り越えて、亡くなった弟や夫の分も生きることを大切にしてきました。そして、私たちにもできることとして、戦争を否定すること、それを大前提にして政治を作り直すことを改めて強調しておきたいと思います。私個人の決意としては、そのための長期ビジョンを若い世代の人たちとともに策定することにもう少し力を注げればと思っています。
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コメント
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父は学徒動員で戦地に向かった一人です。
本人から直接、戦争の話を聞いたことは殆どありませんが「人間として人には言えないことをして生き延びた」とだけ聞いたことがあります。
若者を、そういう状況に置くようなことがあってはならないと、改めて思います。
投稿: 工場長 | 2016年12月16日 (金) 12時49分
「工場長」様
コメント有り難う御座いました。お父上の言葉、大変重いですね。おっしゃるように若者を戦場に送ってはならないと私も改めて感じています。
投稿: イライザ | 2016年12月17日 (土) 18時08分