「原水禁学校」第3回講義 RMI提訴棄却の理由
「原水禁学校」第3回講義
RMI提訴棄却の理由
「核兵器廃絶と日本の役割」をテーマにした原水禁学校の講演アウトラインの続きです。
今回は国際司法裁判所 (ICJ) がマーシャル諸島共和国 (RMI) の提訴を棄却した理由を取り上げます。この訴訟でRMIが求めていたのは、核保有国が自らの義務を果たしていないことを確認し、その義務放棄行為の差し止め救済措置(declaratory and injunctive relief)をICJが取ることです。つまり、核保有国が誠実な交渉を行うよう適切な措置をICJが取ることを求めています。
マーシャル諸島共和国(法律的に正確かどうかはわかりませんが、通常の用語を使って原告国と呼んでおきます)が提訴をしても自動的に裁判が始まる訳ではありません。最初に問題になるのが「管轄権」があるかどうかです。その最初の段階で、提訴された側、(普通の言葉を使って「被告国」と呼んでおきましょう) が、この裁判を受けるかどうかが問題になります。
被告国は受けなくても良いのですが、「強制的管轄権」を認めている国は、受けて立つ以外の選択肢はありません。「強制的管轄権」とは、「原告国」が強制的管轄権を受諾している場合 (RMIは受諾していますので、この場合に該当します) には、自らも同じくICJの強制的管轄権を受諾することを一般的な原則として認めている場合を指します。9つの核保有国のうち、イギリス、インド、パキスタンは強制的管轄権を認めていますので、この3カ国には「受けて立つ」以外の選択肢はありません。その他の国は「受諾しない」という選択肢があるのですが、これら6カ国は見事に「受諾」を拒否しました。
次にICJが裁判する権限を持つかどうかが議論されます。つまり、ICJがこの件について裁判をする力を持つという法的確認が必要になります。そのための「予備審査」が行われてきたのですが、今年3月にはそのヒアリングが行われました。予備審査の結論は、10月5日に言い渡され、RMIの提訴が「棄却」または「却下」されました。またこの決定は最終的なもので、上訴することはできないことも示されています。
理由は、三つとも同じで、「dispute (係争あるいは紛争) が存在するという明確な根拠がない」ので、ICJは管轄権を持たないということだそうです。つまり、係争の「存在証明」ができないという理由です。係争のあるということはどのように検証するのかも示されています。それをまとめてみましょう。予備審査は、RMI対イギリス、RMI対インド、RMI対パキスタン、という三つのケースとして扱われました。内容はほぼ同じですので、RMI対イギリスを取り上げておきます。
① ICJが管轄権を持たなくてはならない。
② そのためには、当事者両国の間に、「係争」のあることが確認されなくてはならない。
③ 確認のためには、(a)
原告国が被告国の言動に異議を唱えていることだけではなく、(b)
原告国が異議を唱えていることを、被告国が知っている必要があり、(c) 被告国はそれに異議を持っている必要もある。
④ これらの判断は、原告国が提訴を行う前の事実だけを対象にして行われる。
この内、③が判断基準なのですがその中の(a)は、RMIが、イギリスは第6条違反をしていると、公の場で発言しているのかどうかを問題にしています。(b)は、そのことをイギリスが知っているかどうか、そして(c)は、そのRMIの発言に対してイギリスが、それは違う、といった意思表示をしているかどうかが問題にされているということです。
これに対して、RMIはこれまで様々な場で、NPT第6条違反について述べていることを挙げて、基準を満たしていることを主張しました。スペースの関係で、個々の発言は省略します。
それに対するICJの最終判断は次の通りです。
① ノルウェーの会議での発言は、イギリスが欠席した会議で述べられているから認められない。
② その発言、またその他の発言も、核軍縮のための交渉について言及しているのではなく、より一般的な、核兵器の人間に対する影響の問題として述べられている。
③ さらにこれらの陳述は一般的に全ての核保有国の言動についての批判であって、イギリスが具体的に義務を果していないということの指弾にはなっていない。
④ こうした非常に一般的な内容と文脈で行われた陳述に対して、イギリスは特別の反応を示すことはなかった。
この段階でも、このような判断が如何に理不尽なのかはお分かり頂けると思いますが、それに対する少数意見を見てみましょう。モロッコのモハメッド・ベヌーナ判事の意見です。
① 係争の不存在という理由だけで管轄権がないと結論付ける判断は、ICJ史上初めてである。
② 判断基準の③の(c)と、④は、これまでのICJの判例に反している。
③ 特に、③については、この提訴を取り下げて、再度、同じ内容の提訴を行えば、今回ICJの場で表明されている当事者両国の言い分から、全ての項目は満たされるので、このような技術的な条件で棄却すべきではない。
常識的に考えて、ベヌーナ判事の指摘している事実①と②が正しいとすれば、法律的な見地からだけ考えても、RMIの提訴を棄却したICJの判断はおかしいのではないでしょうか。それ以上に問題なのは③です。提訴する前の時点での言動のみに限って議論することの不毛さが明らかにされています。こんなに人工的な基準を作って、人類の存否が問われるような問題についての判断をすること自体、厳しく批判されるべきものであることはお分かり頂けたのではないでしょうか。
そして、棄却するかどうかの判断は賛成8、反対8の同数で、最後に裁判長が「棄却」に一票を入れて決定が行われたのですから、少数意見の重みと、判例違反までして核大国を守った判事たちの責任は重いと言わざるを得ません。日本の小和田判事は、当然「棄却」の立場です。
しかし、日本政府が本当に被爆体験を大切にし、市民の声を重んじていれば、結果は正反対になっていました。一票の違いでRMIの提訴の実質審議が始まり、核保有国のエゴが俎上に載せられることで、核廃絶への道が開ける端緒にはなり得たのです。
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