「平均」って何ですか?
皆さん「平均」は御存知ですよね。例えば、人口10人の国、A国があったとして、その内の二人の月収は同じで1,000万円、残りの8人の月収は、皆同じで10万円だとしましょう。計算すればすぐ分りますが、この国の平均月収は、208万円です。
もう一つの国、B国は、8人の月収は皆同じで20万円、残りの二人は月収0だとしましょう。B国の平均月収は、16万円です。
そこで質問です。「平均」の計算の仕方は小学校で習った通りなのですが、その意味は何なのでしょうか。
A国の208万円の意味は何でしょうか。この金額を貰っている人はいませんし、A国の「平均的」な市民の生活程度はこの辺だ、とも言えません。B国の場合は、「平均的」な市民の生活程度に近い数字ですが、それでも違和感がありますよね。
goo辞書の定義を見て見ると、「平均」には4つの意味があります。
1 大小・多少などの差が少なく、そろっていること。また、そうすること。ならすこと。「年間を通じて売り上げが―している」
2 いくつかの数や量の中間的な値を求めること。また、その数値。それらの和をその個数で割る相加平均をいうことが多いが、ほかに相乗平均・調和平均などがある。「―を上回る」「一日―乗降客数」「年―気温」
3 ほどよくつりあうこと。均衡。平衡。バランス。「―のとれたからだ」「―を保つ」
4 平定すること。統一すること。
「平均的」の方が分り易いかも知れません。
あるまとまりの中で、最もふつうであるさま。例外的でないさま。「―な日本人の生活パターン」
A国とB国の平均月収に戻って、「平均月収」は「最もふつうであるさま」には当てはまりませんし、「例外的でないさま」の方がまだ近い気もしますが、それでもありません。
「平均」の定義2の中にある「中間的な値」なら分るのですが、でもそれを指すためには別の術語があります。「中間値」です。こちらの意味で使うのなら「平均」を計算するまでもなく、全体の中で中間にある数値は分りますので、それを使えば良いだけの話です。そうなら「平均」という概念そのものがいらなくなります。
意味が分らないままに、人類は「平均」が一番「普通」で「典型的」あるいは「標準的」で、「平均値」を取り上げることで、その集団が共有する性質が簡単に分る値として長い間使ってきています。
それに対する反省が起きたのは1940年代、アメリカの空軍での話です。このエピソードはトッド・ローズ氏著の『The
End of Average』の最初に出てきます。
簡単にまとめておくと、ジェット戦闘機が導入され始めた1940年代、高速のジェット機の事故が異常に高くなった。機体そのものの欠陥は見付からず、パイロットの熟達度等にも問題はなかった。残されたのはコックピットの設計だった。
コックピットは、1926年に、当時のパイロットの平均値を使って、シートの大きさや形、ペダルや操縦桿への距離、ウインド・シールド・ワイパーの高さ等が決められていた。それから20年経って、パイロットの体型が大きくなったのかもしれないと考えた空軍は、1950年にライト航空基地で、4063人のパイロットの身体的大きさを140項目について調べた。身長、体重から、手の長さ、脚の長さ、股下、目と目の間の距離、目と耳との間の距離等々である。
新たに計測された平均値でコックピットを設計する目的だったのだが、研究者の一人だったギルバート・ダニエルズの提案で、本当に平均値に近いパイロットがいるのかも検証することになった。身長、胸囲、手の長さ等、一番重要だと思われる10項目についての平均を取った。そして、平均から上下30パーセントに入るパイロットが何人いるのかを調べた。身長は5フィート9インチが平均だから、5フィート7インチから5フィート11インチの間を「平均範囲」と決めて、その範囲の身長を持つパイロットが何人いるのかを調べたのだ。その範囲に入るパイロットの中から、次の数値について決めた、「平均範囲」の中に入るパイロットは何人いるのか調べた。
こうして、4063人のうち何人が10項目全てについて「平均範囲」の中に入るのかを調べた。関係者のほとんどは、半分以上のパイロットが「平均範囲」に入るものだと信じて疑わなかった。しかし、実際の数値を照らし合わせた結果、「平均範囲」に入ったパイロットは「0」だった。
つまり「平均的パイロット」は存在しなかったのだ。この「発見」を元に空軍は、コックピットの設計をする際、「平均」に基づいた、動かないシートを作るのではなく、高さや前後の距離、大きさ等も変えられる設計にした。その結果、ジェット機の事故は劇的に減少した。
にもかかわらず、私たちは「平均」という概念に意味があると信じ続けているようです。その結果、信じられないことも起きているのですが、そのいくつかの例も『The
End of Average』では紹介しています。次回御紹介しましょう。
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「The End of Average」というタイトルには惹かれますし、この記事への引用だけでも、邦訳が出れば是非読んでみたいと思いました。
平均値、中央値、最頻値などの代表値は高校の数1で習ったように思いますが、大学の統計学では、いずれも長所・短所があり、常に背後にある分布を考慮しないといけない、と習ったような気もします。
ところが、行政の審議会では教育委員会ですら、こうした基本的なことを無視した議論を多く聞きましたし、統計学の検定など全く無視して推定した小学生の算数レベルの資料を出され呆れたものです。
次回も楽しみにしています。
投稿: 工場長 | 2016年9月 5日 (月) 08時22分
平均もですが、確率とか%とか、わかりやすそうで実は何者かわからに数字ですね。
その数字が出てきた根拠を示さないと、何を意味するのかごまかされもしますね。
それと、意味を曖昧に見せるものにグラフもあると思います。
縦と横の数字の大きさによっては、印象を変えることができますからね。
数字というのは正直で単純なのかもしれませんが、加工や表示方法をかえれば都合のよいもにも変えられますね。
そしてこのような数字が独り歩きしてネットで不誠実に拡散されてしまうと危険なものにもなりますね。
平均が正確なことを示さないからと偏差値が使われますが、ウラ覚えですが40年位前からみるようになったと思いますが。機会があれば偏差値でも面白い話があれば教えて下さい。
投稿: やんじ | 2016年9月 5日 (月) 22時12分
「工場長」様
コメント有り難う御座いました。
行政が自分たちに都合の良い数字だけを出す傲慢さには、いつも驚かされます。それだけではなく、ねつ造と言って良いほどのデータを何の恥じらいもなく出してきたり、論理的な矛盾を指摘されても平気で白を切る等、驚きの種は尽きません。
『The End of Average』、どなたか訳してくれると良いのですが。
投稿: イライザ | 2016年9月 6日 (火) 00時04分
「やんじ」様
コメント有り難う御座いました。数字に限らず抽象的な概念も言葉も厄介です。特に記号が良く使われる数学的概念は、誤魔化すためにもよく使われるようです。
確率・統計の分野で有名な「嘘、大嘘と統計」はマーク・トウェインの言葉として知られていますが、その辺りの本質をうまく捉えていると思います。
偏差値についても勉強してみます。
投稿: イライザ | 2016年9月 6日 (火) 11時40分