「平均的学習速度」も存在しません
成長の過程での「平均的な経路」や「標準的な経路」は存在しないのですが、こうした「平均的経路」や「標準的な経路」があるという前提で物事を考え、教育システムを作ってきたのが人類の歴史です。今回は、その先に浮かび上がってくる大きな問題を取り上げます。ローズ氏も、この点に力を入れています。
それは、学習速度です。前回簡単に言及したエンジニアのキャリアの中で、大学ではいろいろな科目を勉強します。その中には、例えば微積分も入ってきます。私が教えていた頃のアメリカの大学では、一年掛かって微積分を教えていました。それが、「平均的経路」を前提にした「標準的」学習速度だったのです。
しかし、中には、この速度では微積分を十分に習得できない学生もいましたし、一年掛けなくてもきちんと学べる学生もいました。こうした多様性に対応するために、微積分のコースは、「fast」(速い)と呼ばれるコース、「regular」(普通)の速さのコース、そして「stretch」(長くした)三つに分けることにしました。
「regular」(普通)は一年掛けるのですから、二学期掛けて教育します。「fast」(速い)では、それを一学期で終えてしまいます。そして「stretch」(長くした)では、三学期、つまり一年半掛けて同じ内容を教えます。試験を通れば、どのペースで勉強しても同じ単位が貰えます。
「stretch」(長くした)という名前を付けたのは、「slow」(ゆっくりした)という名称にすると、もう一つの意味、つまり「頭の悪い」という意味に取られる可能性があり、そうではなく、時間を長くして同じ内容を学ぶことには何の問題もないというメッセージも伝えるためです。
実は、このことが、『The
End of Average』で、ローズ氏が強調したいことの一つです。つまり、同じ内容の教科を学ぶに当って、それを習得するために必要な時間は個人によって大きく異なる、ということなのです。私たちはそれを経験的に理解して微積分のコースをデザインしたのですが、これを教育学的見地から実証したのが、シカゴ大学にいたベンジャミン・ブルーム教授です。1970年代後半から1980年代の初めにかけて、彼は次のような実験を手始めに私たちが物事を学ぶ速度には個人差があり、「早い」ことイコール、「より良い」ことではないという事実を確認しました。
実験では、学生たちが二つのグループに分けられ、最初のグループは同じ速度で通常の授業を受けます。二つ目のグループでは、学生は自分の好きなペースで同じ内容を学ぶのですが、そのペースを設定するに当って、「チューター」と呼ばれる助手が相談に乗っています。
最終結果は、習熟度を測る試験の結果で示されたのですが、通常の授業を受けた学生たちの内、試験で85点以上を取った学生は20パーセントしかいなかったのに対して、自分でペースを設定したグループでは、90パーセントが85点以上を取りました。
自分のペースで学ぶことの大切さは御理解頂けたと思いますし、それがことによると今年のカープの強さと結び付いているのかもしれないとも感じています。とは言え、明日から世界の学校教育をその方針で根底から変えようとしてもかなり難しいと思います。そこまで大きな変革を当面の目標にするのではなく、まず自分のペースで何かを学びたいと思っている人のためになるサービスをローズ氏は紹介しています。
それは、「Kahn Academy」と呼ばれるネット上の無料学習プログラムです。登録は簡単です。自分のメールアドレスを入れれば良いだけだからです。しかし、高校卒業くらいのレベルの様々な教科を選び、しっかり勉強することができるようになっています。
日本語のサイト もあります。
ユークリッド幾何学に呪縛されていた時代から、非ユークリッド幾何学の時代に移行することで、新しい素晴らしい世界が誕生したときと同じように、「平均主義」の呪縛から解放されることで、新しい世界が開けてきていることを実感している昨今です。
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