「平均的経路」も存在しません
これまで「平均的○○」で取り上げてきた対象「○○」は、静的なものでした。つまり、時間という次元は抜きに、と言うより、時間的には t = a と表現したら良いのだと思いますが、その時点での身体的特徴等を対象にしてきました。しかし、現実の世界を理解する上では、時間も考慮に入れて観察することがしばしば重要になります。典型的な例は、人間の「成長」や「教育」です。
「経路」とは、例えば赤ちゃんが生まれてから、自分の足で立ち上がり歩くようになるまでにどのような変化を遂げるのかという、その期間の「成長」のパターンを指す言葉です。極端に単純化すれば、腹ばいになって「這い這い」をするようになり、そして「立ち上がる」そして「歩く」という経過を「経路」と言います。
教育とその後の仕事での経過を「標準的」な思考を元に辿ると、エンジニアとしての仕事をする人の場合、義務教育が9年、高校で3年、大学で4年の教育を受け、その後就職。まずは、見習いのエンジニア、シニア・エンジニア、プロジェクト・マネージャー、ある部門の部長、そしてエンジニア部門の副社長、といったような「経路」になるでしょう。
さて赤ちゃんの成長に戻ると、二本足で立って、歩き始めるまでの段階には「標準的」なモデルのあることが数十年にわたって信じられていました。多くのデータの「平均」を取ることとで、何歳何カ月頃に、先ず腹ばいになることを覚え、その後這い這いをして、立ち上がり、歩くようになるという順序もそれまでに要する時間も、疑いのないほど「明らか」だと信じられていました。
育児書を読んで、もう今の時期には這い這いをしていなくてはいけないのに、「うちの子は少し成長が遅いのだろうか」とか、あるいは「標準より早いから、うちの子は天才かも」といった心配をしたり、誇りに思ったりした経験は多くの方が持っているはずです。
しかし、近年、キャーリン・アドルフという学者が、這い這いをする前の段階から立ち上がって歩くまでの赤ちゃんを詳細に分析して、このような標準的なパターンには収まらない成長のケースがほとんどであることを発見しました。例えば、這い這いする前に立ち上がる子もいますし、ある段階から次の段階に移るのに要する時間もまちまちでした。彼女は28人の赤ちゃんを観察して、25種類の異なった「経路」のあることを発見しています。
その詳細を説明する以上に説得力のあるケースを紹介しておきましょう。2004年に、デービッド・トレーサーという人類学者が20年以上関わってきた、パプア・ニューギニーの先住部族のAu(アウ)について発見したことです。アウの赤ちゃんたちは、這い這いをしないのです。その代り、お尻を下にして座り、上半身は立てたままの姿勢で、お尻で移動するのです。その次の段階では二本足で立ち、歩くことになるという「経路」が報告されています。
結論は、成長の過程での「平均的な経路」や「標準的な経路」は存在しないということです。しかし、こうした「平均的経路」や「標準的な経路」があるという前提で物事を考え、教育システムを作ってきたのが人類の歴史です。実はもう一つ、この先に大きな問題のあることも分っているのです。ローズ氏の著書でも、この点に力が入っています。
最後に、『The End of Average』の日本語訳を出してくれる出版社があるか、相談を始めたいと思っています。
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コメント
我が家の長男も乳幼児健康診査で、しゃべるのが「標準より遅い」と指摘されていました。もともと「平均」や「標準」を気にしないので「大器晩成」くらいに考えていましたが、幼稚園の参観日では、こちらが恥ずかしくなるくらいよくしゃべっていました。
教育制度についていえば、誕生日が1日違うだけで1年違う学年に入ることにも無理があるように思いますが、特に日本について言えば、学校教育の範囲があまりに広く、無理な平均化や標準化が行われているように感じます。
それが国家にとって都合の良い時代もあったと思いますが、もうそういう時代ではない、とも思います。
「工場長」様
コメント有り難う御座いました。「工場長」家とは違って、最初の子が生まれた時の我が家は日本語と英語の複数の育児書を買い込んで、我が子の育ち具合と、「標準的」な成長との比較を一生懸命にしていました。
その中でも、一番「標準的」だと言われていたゲゼル先生の本に強く影響されました。
日本と比較すると、アメリカの教育制度は、勿論完璧ではありませんが、多様な子どもたちに合わせていこうという姿勢はハッキリしていました。
我が家の長男も乳幼児健康診査で、しゃべるのが「標準より遅い」と指摘されていました。もともと「平均」や「標準」を気にしないので「大器晩成」くらいに考えていましたが、幼稚園の参観日では、こちらが恥ずかしくなるくらいよくしゃべっていました。
教育制度についていえば、誕生日が1日違うだけで1年違う学年に入ることにも無理があるように思いますが、特に日本について言えば、学校教育の範囲があまりに広く、無理な平均化や標準化が行われているように感じます。
それが国家にとって都合の良い時代もあったと思いますが、もうそういう時代ではない、とも思います。
投稿: 工場長 | 2016年9月12日 (月) 10時35分
「工場長」様
コメント有り難う御座いました。「工場長」家とは違って、最初の子が生まれた時の我が家は日本語と英語の複数の育児書を買い込んで、我が子の育ち具合と、「標準的」な成長との比較を一生懸命にしていました。
その中でも、一番「標準的」だと言われていたゲゼル先生の本に強く影響されました。
日本と比較すると、アメリカの教育制度は、勿論完璧ではありませんが、多様な子どもたちに合わせていこうという姿勢はハッキリしていました。
投稿: イライザ | 2016年9月13日 (火) 00時19分