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2016年4月16日 (土)

「和解」の力(続)--広島訪問は人生を変える

「和解」の力 ()――広島訪問は人生を変える

 

ケリー長官の来広が契機になって、オバマ大統領の広島訪問が現実味を帯びてきました。訪問に反対する声はほとんど聞かれませんが、日米両国とも70年以上棚上げしてきた課題です。両国とも、特にアメリカには「原爆・広島・長崎」について複雑な、中には激しい思いを持ち続けた人たちがいるという背景があることも忘れてはなりません。それを踏まえて、大統領訪問を未来に向けての建設的な出来事にするために何ができるのかを考えたいと思います。

 

「アメリカの大統領の広島訪問」は「アメリカ人の広島訪問」の特別な場合ですので、まずは、これまで私の知っているアメリカ人が広島を訪問した後、どのような反応を示したのかから辿りたいと思います。広島訪問は、彼ら/彼女等の人生で大きな位置を占めることになりましたし、私にとっては謙虚に広島の意味を噛みしめる心洗われる機会でした。

 

1985年、俳優のジャック・レモン氏が、アキバ・プロジェクトの特別ゲストとして来広しました。戦後アメリカ映画界の最高の喜劇俳優だと言われた存在ですが、知的なペーソスに満ちた演技は時代の雰囲気の人間的な表現として多くのファンを魅了しました。『チャイナ・シンドローム』の主演男優として、メルトダウンや原発そのものについて、専門家が舌を巻くほどの勉強をしていますが、それは彼がハーバード大学で薬学と化学を専攻したことと無関係ではないかもしれません。

 

Jack_lemmon__1968

ジャック・レモン氏

 

広島で資料館や原爆病院等を訪れた後、レモン氏は次のように語っています。

 

「核兵器の問題にはこれまでもずっと関心を持っており、自分なりに本を読んだり、写真や映画を見たり、人の話を聞いたりして勉強してきた。広島の被爆の惨状についても人並みには知っていた積りだ。だが、広島に来るまでは原爆による被害が本当にはどんなものかは分っていなかった。できれば世界中の人が広島を訪れるべきだ。もう一つそれに付け加えると、広島の人々が、アメリカとアメリカ人に対して憎しみの念を持っていないことも肌で感じた。そして深く感動した。」

 

1983年にテレビ・チームのリポーターとして初めてアキバ・プロジェクトに参加したのは、ミルウォーキー市のWISN局のマーシャ・ウォルトンさんでした。その年の1120日、アメリカでこの番組を見なかった人はいなかっただろうとまで言われた大作『ザ・デー・アフター』が放映されましたが、これは核戦争の翌日を描いたフィクションでした。ウォルトンさんの作った一時間番組『最初の原爆--究極の悪夢』はその前に特別番組として放映され、多くのミルウォーキー市民に高く評価されました。「『ザ・デー・アフター』より深みもあり、はるかに大きな衝撃を与えた」「今年観たテレビ番組の中で最高のもの」と言った称賛の言葉が寄せられました。その後ウォルトンさんはアトランタのCNNに移って活躍しまた。彼女の言葉です。

 

Marsha_walton

マーシャ・ウォルトンさん

 

「広島で一番印象に残った人は、ホームステイをさせて頂いた谷本清牧師と、原爆小頭症の畠中百合子さん。このような人たちと出会い、一時間の特別番組を制作することで私の人生は変わった。人生を変えてくれた被爆者と広島に感謝している。」

 

シカゴの郊外の町エルムウッド・パークの高校の同級生でニューヨーク州立大学オスウェゴ校でコミュニケーションの教授だったジョン・スミス氏も政治に関心があり、広島には必ず足を延ばしたいと常々言っていました。家が近かったので、毎朝二人で高校まで歩いて通ったり、同じスピーチの授業を取って、彼の才能に驚いたりした記憶がありますが、彼の大学で広島展や講演会を開いて、若い世代に広島・長崎のメッセージを伝えることもしてくれていました。レモン氏と同じように核兵器や原発についての知識は豊富ですし、日本の政治についても日常的にフォローしていた人です。2005年に実現した広島訪問後の言葉です。

 

John_smith

ジョン・スミス教授

 

「広島の人がアメリカ人に敵意を持っていないということは君から聞いていた。それでも、アメリカが原爆投下という飛んでもないことをしてしまったのだから、広島に行ったら石でも卵でも投げ付けられても仕方がないと、覚悟していた。でも広島の人たち、被爆者たちは私を友人として心から歓迎してくれた。私の人間観は変わった。そして広島の人たちにこのような姿勢があるから、核兵器の廃絶も可能になるのだと感じることが出来た。次の機会には、学生たちを連れて来て、彼らの人生の転換点になるであろう経験をさせたい。」

 

他にもまだ何人も、広島で、良い意味での衝撃的な経験をした人はいるのですが、これでポイントは伝わったと思います。少なくとも、私の世代あるいはその前の世代のアメリカ人にとって、広島に来ることは、人生を変えるほどの大きなインパクトがあったのです。それが、「報復」や「憎しみ」、「恨みつらみ」などを超えた「和解」の力によることも、ここに引用した三人の言葉からお分り頂けたと思います。

 

それが今も続いていると考えられるのは、例えば、『ヒロシマ』の著者、ジョン・ハーシー氏の孫のキャノン・ハーシー氏、トルーマン大統領の孫のクリフトン・ダニエル氏等、最近広島を訪れた若い世代のアメリカ人に取っても同じように、広島に来ることが彼らの人生において、本質的な意味を持つ貴重な体験になっているからです。


結論として、アメリカ人 (そして敢て付け加えますが、どこの国の人であっても) 広島に来ることには大きな意味があるのです。きちんと勉強をしてから来てくれた方がその効果はより大きくなると思いますが、それも含めて、どのような条件も一切付けずに「広島に来て下さい」と、誰にでも自信を持って勧めるべきだと、敢て言い切りたいと思います。

 

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コメント

恥ずかしながら広島生まれの被爆二世ですが何も知りませんでした。親は原爆のことは殆ど語らず他界し核廃絶運動は特別な思想の人達のものだと思っていました。
12年間も市長を務められた秋葉市長のことすら旧社会党くらいしか知らず多分殆どが嘘だろう政財界でふんぞり返っている人達の流言飛語の一部を信じていました。
今頃になって今の市長のダメさ加減を目の当たりにするにつけ秋葉市長の素晴らしさを見聞きするようになりました。
海外からの来広者もですが、その前に私のように意識の低い広島市民が学ぶべきことは多いです。
ダメ市民でしたが、これから勉強したいと思います。

「愚民」様

コメント有難う御座いました。謙虚に読ませて頂きました。「勉強する」という決意表明、大変心強いです。「ヒロシマの心を世界 に」届けるためともに頑張りましょう。

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