世界は平和になっている
世界は平和になっている
若い頃、デートの待ち合わせ場所は本屋でした。喫茶店だと時間が気になりますし、タバコを吸う人の方が多かったので、そんな中で長い時間を過ごすのは苦痛でした。忠犬ハチ公前というような選択肢もありましたが、雨が降ると困りますし、余りにも多くの人がいて、「快適」に待つという環境ではありませんでした。
その点、本屋は全ての面で理想的でした。静かな場所でタバコを吸う人はいません。雨が降っても大丈夫だし長時間待っても退屈もしませんし、苦痛でもありません。ですから、本屋を選ぶという判断は正解でした。
しかしそれを最も喜んだのは、デートの相手だったと思います。反省を込めて告白すると、それは私が遅刻の常習犯だったからです。デートの相手はほとんどの場合本の好きな人でしたので、私を待つ間、気になる本を探したり、面白そうな本の立ち読みをすることで、「またあいつが遅刻して怪しからん」という気持も少しは和らぎ、私はそれほど不興を買うことなく済んだからです。
でも本当のところ、遅刻については反省し、その後しっかり改善することが出来たのですが、やはり、本のある場所、本に囲まれていることが一番気持が安らいだからだったと思います。それほど本が好きで沢山の本を読んできましたので、記憶に残る本もたくさんあります。そのほとんどは今でも大切に取ってありますので、保管のためのスペースもかなり必要なのですが、数えられないほど多くの大切な本の中から、私の一押しの本を何冊か御紹介したいと思います。
一言で表現すると「書評」に分類されるのかもしれませんが、気持としてはもう少し複雑です。「この本が素晴らしいから読みなさい」という上から目線の紹介ではありません。まだ初々しい青年が、初めて両親に好きな人の紹介をするといった感じです。自分にとってはこんなに素晴らしい出会いはないのだけれども、そしてそれを両親には分って貰えるはずだ、とは思っていても、本当に彼女の良さや魅力を分ってくれるだろうか、という一抹の不安がありながらの紹介です。
まず最初に御紹介したいのは、ハーバード大学心理学科のスティーブン・ピンカー教授による『The
Better Angels of Our Nature』です。副題は、「なぜ人類は非暴力的になってきたのか」で、2011年に出版され、アメリカを中心に世界的に注目され議論を呼んだ800ページ以上の大著です。
日本語訳は幾島幸子、塩原通緒のお二人の手になるもので、青土社から出版されています。日本語のタイトルからは、人類が何世紀何十宇世紀にわたり人間活動のあらゆる側面において、非暴力的的になってきたという趣旨は読み取れませんが、これほどの大冊を日本語で読めるというメリットは計り知れません。
原著のタイトルにも大きな意味があるので、それから説明しましょう。「The
Better Angels of Our Nature」を直訳すると、「私たちの中にある、より良い天使」です。キリスト教的には「天使」の意味は誰にでも分りますし、比較級が普通に使われる英語表現としては問題がないのですが、宗教から離れて日本語風に意訳すると、「私たちの中の最善のもの」 くらいが相応しいのではないかと思います。
このフレーズが大切なのは、これがアメリカ第16代大統領である、リンカーンの第一次就任演説の最後の言葉だからです。リンカーンは南北戦争を回避しようと最大限の努力をしましたが、その際、彼が力と頼んだのが、アメリカ人一人の一人の持つこの「The
Better Angels of Our Nature」だったのです。戦争が始まった後もリンカーンは、「南」と「北」の和解は可能であり、それを可能にするのは「The
Better Angels of Our Nature」だと信じていました。
このフレーズは最近のアメリカ、特に「インテリ」の間で良く使われています。それはリンカーンの没後150年経った2013年にリンカーンにまつわる多くの著述が現れ、リンカーンと現代との意味についても多くの識者が取り上げたからなのですが、もう一つ、リンカーンが体現した多くの価値は、現代にも役立つ真実に立脚していたからなのではないかと思います。
簡単な紹介をと思っていたのですが、文字にするとそれなりの量になりました。内容については次回に回したいと思います。
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コメント
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色々な統計データをみる限り社会は、より安全に平和になっていることが示されています。
ところがマスメディアをみていると、世の中は犯罪も紛争も自然災害も増えているようにしか思えません。
歴史の見方が間違っているのでしょうか、それともマスコミの印象操作なのでしょうか。
投稿: ドクター | 2016年4月26日 (火) 18時14分
「ドクター」様
コメント有り難う御座います。
マスコミは「酔っ払いの鍵探し」的な視野で物事を観察し、報道する傾向があるのではないでしょうか。
「酔っぱらいの鍵探し」とは、ある夜、酔っ払いが街灯の下の地面を這いつくばって何かを探している。それを見た警官が、「何を探しているのか」と問 うと、「鍵を探している」という答えが返ってきた。「見付からないのか」「うん、見付からない」、とのやり取りの後、警官は念のため、「どこで落としたの か覚えているか」と聞くと、酔っ払いは「あっちの方」と暗がりを指す。「落としたところを探さないと見付からないだろう」という警官に対して、「でも、 あっちは暗くて何も見えないじゃないか」と酔っぱらいは答えた。
投稿: イライザ | 2016年4月26日 (火) 23時35分