2023年2月 5日 (日)

日本が壊れて行く? (5) ――車内閉じ込めと春闘――

日本が壊れて行く?  (5)

――車内閉じ込めと春闘――

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出典: 財務省「法人企業統計」

 

前回の最後は、次のような言葉で締めました。

 守るべき時に守らない、守らない方が良い時でも守らせる――誰が「ボス」なのかを示すために規則はあるのでしょうか。こんな日本社会を変えるために、私たちは何をすれば良いのでしょうか。一緒に考えましょう。

念のために、「守るべき時に守らない、守らない方が良い時でも守らせる」事例をもう一度復習しておきましょう。

時系列的に最初の二つの事例、それは「守らない方が良い時でも守らせる」事例です。(心理学者、島崎敢氏の記事、「JR西の長時間閉じ込め 「乗客を線路へ」なぜ即断できないのか」から要約・引用。

1969(昭和44)年、北陸トンネルを通過中の列車で車両火災が発生した。この時、「トンネル内では消火活動は困難」だと判断した乗務員は、トンネルを抜けるまで列車を走らせ続け、犠牲者を出さずに済んだ。しかし、機転を利かせた乗務員は「即時停止の規定に違反した」として処分されてしまったのだ。

1972年、くしくも同じ北陸トンネルを通過中の列車で、再び車両火災が発生した。

過去にマニュアル通りに列車を止めなかった乗務員が処分されていたこともあり、この時の乗務員はトンネル内で列車を急停車させた。その結果、煙が充満して消火活動ができなくなったトンネル内で、30人の犠牲者を出す大惨事となってしまった。

「過去に処分されていた」のは、停車しないで乗客の命を救った乗務員ですし、ここでは触れられていないのですが、1972年に規則を守り停車した乗務員が、その後この時のことをどう捉えていたのか、そして乗務員に対してJRがどう対応したのかが気になります。

次に、「守るべき時に守らない」の典型例が、1月のポイント事故による乗客の10時間社内閉じ込めです。(『PRESIDENT Online』の鉄道ジャーナリスト、枝久保 達也氏による記事、「乗客の「10時間車内閉じ込め」は十分に避けられた…JR西日本が犯した「3つの判断ミス」」から引用)

26日のJR西日本東京定例会見で長谷川一明社長は、本来は「1時間が経過して復旧できない場合は徒歩誘導を検討する社内基準がある」としながらも、「夜間、大雪の中で歩くのはリスクが大きいため、列車の運転再開を優先してしまった」

ここで私の抱いた違和感は、そのリスクがどの程度のものかについての現場での判断が正しかったのか、という点です。分岐器の除雪と解凍をして運転再開のために多くの人手が投入されたようなのですが、その人手を使って乗客を近くの駅舎に誘導することはできなかったのでしょうか。

「大雪の中で歩くリスク」について、『東洋経済ONLINE』の大坂直樹記者による「JR西「大雪で車内閉じ込め」、なぜ防げなかったか 計画運休の判断は?危機回避できた4つの節目」を元に考えて見ましょう。

一番の疑問は、降車と駅への誘導の始まったのが、23時だということです。停車したのが、20時前ですから、一時間の停車が続いた時点つまり、21時に降車・駅への誘導が始まっていれば、乗客の苦しみは2時間短縮されていた筈だからです。その後の退避に要する時間も6時間掛かっているようなのですが、乗客の疲れも視野に入れると短縮できたと考えられるでしょう。

こう強く感じるのは、分岐器の凍結はバーナーを使っても融かせなかったとという報道が元になっています。一時間バーナーで熱を加えても解凍できないほどの状態なら、解凍は諦めませんか。

線路を歩いて退避するにしても、照明のないところは、乗客のスマホの照明を使うことで、乗客同士助け合いができそうですし、降車についても、航空機の非常口の使い方を飛行機に乗る度に見ているであろう多くの乗客たちの中の身体的に強い人たちがボランティアとして助けの必要な人に手を貸すことも可能だったのではないでしょうか。

その場にいなかった私が、想像だけでこんなことを言うのはおこがましいと思います。もしここで指摘しているようなことが実際に行われていたのであれば、私の不明を恥じてお詫び申し上げます。あるいは、状況がそんなことさえ許さないほど悪かったのであれば、再度、現場を知らない人間が出過ぎた発言をしたことについてお詫び致します。

しかし、仮にそうだったとしても、2時間の空白は必要なかったのではないでしょうか。

さらに不思議なのは、極端な表現を使ってきてはいますが、最長10時間も閉じ込められた人たちが、その間の非人間的な扱いについての正式の謝罪を求めたり賠償を求めたりしていないことです。私の感じ方が被害妄想に近くて、実際に閉じ込められた方々はそれほどの苦痛だとは感じていなかったのでしょうか。

こんなことを考えてしまうのは、春闘と関連があるからです。今年はなぜか、「賃上げ」をするぞ、素晴らしいことだろうという雰囲気作りが積極的に行われているのですが、それがもう一つの「異次元」の違和感の元なのです。

今年突然そんなことが可能になったのでしょうか。そんなことはありません。株主配当や社内留保の増加を経年的に振り返るだけで、企業の「価値観」が原因であることは明らかです。

そして最初に掲げたグラフで分るように、給与は20年間全く増えていないのです。さらに驚くべきことは、これだけの低賃金を強いられているにもかかわらず、一度のストライキも行われていないことです。

江戸時代だって、我慢ができずに命を懸けて一揆を起していたではありませんか。外国では航空機のパイロットやみなし公務員までストライキをしています。

「権力に対して従順だ」と言うと、権力の横暴に対して闘って来られた多くの皆さんに失礼なのかもしませんが、そのような少数の方々がいるにせよ、日本社会全体として、権力に対して余りにも寛容過ぎてはいせんか。社会全体がストライキを労働者の当然の権利として認め、「何故ストライキをしないの」という声が巷間から出て来るような社会への大転換ができないものでしょうか。

 

最後に、今日一日が皆様にとって素晴らしい24時間でありますように!

[2022/2/5 イライザ]

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2023年2月 2日 (木)

日本が壊れて行く? (4) ――ポイント凍結事故と車内の閉じ込め10時間――

日本が壊れて行く?  (4)

――ポイント凍結事故と車内の閉じ込め10時間――

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シリーズでお届けしている「異次元」の違和感についての、次のトピックです。簡単にお浚いをしておくと、第二回では護衛艦と巡視艇の事故についての疑問、そして第三回ではなぜ巡視艇が岸に近付かなくてはならなかったのかについての疑問を取り上げました。

今回は同じく移動手段ですが、鉄道です。

10年に一度と言われる寒波の襲来で、1月24日から26日にかけて全国各地で大雪になりました。そんな中、1月24日の夜から25日朝にかけ、JR琵琶湖線・京都線(東海道本線)の山科―高槻間で15本の列車が駅間で立ち往生し、約7000人が最長9時間50分もの間、車内に閉じ込められるトラブルが発生しました。

このトラブルについての分り易いネット記事日本を紹介しておきます。一つ目は『東洋経済ONLINE』の大坂直樹記者による「JR西「大雪で車内閉じ込め」、なぜ防げなかったか 計画運休の判断は?危機回避できた4つの節目」です。

二本目は、『PRESIDENT Online』の鉄道ジャーナリスト、枝久保 達也氏による記事、「乗客の「10時間車内閉じ込め」は十分に避けられた…JR西日本が犯した「3つの判断ミス」」

この二本の記事でも問題にしているのは、乗客数千人が、最長10時間近く車内に閉じ込められていたことです。マスコミとしての節度だと思いますが、この点についての問題意識はもっと強烈であって良いというのが、私の「異次元の違和感」だったのです。

仮にあなたが、電車の中に10時間閉じ込められていたと考えて見て下さい。老化現象で私にとっての最大の問題はトイレです。7000人の中には高齢者もいたはずですね。トイレはどうしていたのでしょうか。そして10時間も閉じ込められていれば、お腹も空きます。食べ物はあったのでしょうか。さらに、満員電車の中で10時間立ちっ放しを強制されたとしたら、ほとんどの人には耐えられないはずです。

思考実験を続けて、これがあなたの書斎で起きたと仮定して見て下さい。10時間、書斎に閉じ込められて、トイレにも行けない、食べ物もない、座れないとしたら、これは立派な虐待です。

「ポイントが凍結して、電車が動かない。我慢して下さい」で済まされる問題ではありません。そして、バーナーを使ってもポイントの凍結を融かすことはできなかったことも当然報告され共有されてたでしょうから、大目に見て、1時間立ったくらいの時点で、「電車から降りて貰って近くの駅まで歩いて貰う」という結果にならないのは非人間的です。

しかしながら、こんな結果になってしまったのは、現場と上層部との認識が違っていたからなのだ、という考え方もあるようです。『YAHOO! JAPANニュース』に掲載されている渥美 志保氏の記事「【JR西日本の立往生問題】「上の判断に逆らえば損をする」...?倫理観が麻痺することの「ヤバさ」について」が参考になります。

私が言うまでもなく乗客の方たちはみんな「さっさと降りて、近くの駅まで歩かせてくれ」と思っていただろうし、Twitterには「乗務員はその判断で一致している」という車内アナウンスもありましたが、上が許さなかったとか。

たやすく想像できる「列車外を歩いて何かあったら」という責任問題に対し、「どんな人がどんなふうに閉じ込められているのか」には頭がいかない、というの日本の官僚的な組織の縮図のようにも思えました。この一件に関しては、もちろんこれが一番の問題。

とはいえ私がより驚いたのは別のことーー「上の判断に逆らうと私たちが処罰されてしまう」というような車内放送があったという乗客のツイートを見たことです。

なぜそうなってしまうのかを知りたいところなのですが、その前にJRでは、長期間にわたって、「上の判断」に服従することが金科玉条になっていたようなのです。それを詳述しているのが、『YAHOO! JAPANニュース』にアップされている心理学者、島崎敢氏の記事、「JR西の長時間閉じ込め 「乗客を線路へ」なぜ即断できないのか」です。

2011(平成23)年に北海道・石勝線の第1ニニウトンネル内で起きた脱線火災事故では、乗客に対して外に出ずに列車内で待機するよう指示が出されたまま、その後の避難誘導が行われなかった。

それは、事故があれば「即時停車」という規則があるからなのです。しかし身の危険を感じた乗客が自らの判断で逃げ始めたため犠牲者は出なかったそうなのです。乗務員の機転で犠牲者を出さずに済んだケースもあるのです。

1969(昭和44)年、北陸トンネルを通過中の列車で車両火災が発生した。この時、「トンネル内では消火活動は困難」だと判断した乗務員は、トンネルを抜けるまで列車を走らせ続け、犠牲者を出さずに済んだ。しかし、機転を利かせた乗務員は「即時停止の規定に違反した」として処分されてしまったのだ。

この3年後の1972年、くしくも同じ北陸トンネルを通過中の列車で、再び車両火災が発生した。過去にマニュアル通りに列車を止めなかった乗務員が処分されていたこともあり、この時の乗務員はトンネル内で列車を急停車させた。その結果、煙が充満して消火活動ができなくなったトンネル内で、30人の犠牲者を出す大惨事となってしまった。

規則を守ることが何より優先され、その結果として乗客が10時間も「虐待」に等しい状況に置かれることは、二の次になっていることが良く分かるではありませんか。

それをさらに裏付けているのが、JR西日本の長谷川一明社長の言葉です。枝久保氏の記事から引用します。

26日のJR西日本東京定例会見で長谷川一明社長は、本来は「1時間が経過して復旧できない場合は徒歩誘導を検討する社内基準がある」としながらも、「夜間、大雪の中で歩くのはリスクが大きいため、列車の運転再開を優先してしまった」と説明する。

こちらは、「社内基準」を守らないことで乗客の苦痛を増す決定を正当化しています。「大雪の中を歩くリスク」を軽減することは可能です。それを十分に検討もせずに、苦しみは弱者に負わせる姿勢しか見えてこないことに怒りを感じますし、絶望的な思いにさえなりかねません。

守るべき時に守らない、守らない方が良い時でも守らせる――誰が「ボス」なのかを示すために規則はあるのでしょうか。こんな日本社会を変えるために、私たちは何をすれば良いのでしょうか。一緒に考えましょう。

 

最後に、今日一日が皆様にとって素晴らしい24時間でありますように!

[2022/2/2 イライザ]

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2023年1月30日 (月)

日本が壊れて行く? (3) ――バンジージャンプには近寄れない老人の戯言――

日本が壊れて行く?  (3)

――バンジージャンプには近寄れない老人の戯言――

Bungiejumping

License: Creative Commons Attribution-Share Alike 3.0

 「異次元」の違和感について、次のトピックに移る前に、昨日取り上げた護衛艦と巡視艇の行動について、どうしても分らない点があるので、もし分る方がいらっしゃれば教えて頂きたいというお願いです。

それは、この二隻の船がなぜ浅瀬に近寄る必要があったのか、という素朴な疑問です。護衛艦についても、同じような内容になりますので、巡視艇についての疑問だけ説明します。

『新潟日報』その他の報道によると、柏崎市の椎谷橋灯台が消えていたので、確認のために浅瀬に近寄ったということらしいのです。

それで何となく分ったような気分になるのかもしれませんが、灯台の灯が消えていたら、その対策としてなぜ浅瀬に近付くのか、つまりなぜ岸に近付くのかが分らないのです。

今の灯台は、電灯またはそれに代わるものを電気で点けているのだと思いますが、それが消えていることを海の側から発見したらどうすれば良いのでしょうか。私なら、灯台の管理者に連絡してその旨を伝え、(*)管理者が断線なのか、電球(またはそれに代わるもの)が切れているのか、窓ガラスが何かで覆われているのかといった原因を調べて貰い、その対策を取って貰うということにするはずです。

もっとも、「灯台の灯が点いていない」とだけ伝えれば、後は管理者の方が専門的知識はあるのでしょうから適切な対応をしてくれると思いますので、(*)以下のことは余計なお世話になりますので、省略すると思います。

ことによると、「灯台の灯が消えている」ことを再確認するために近寄った、という説明が付くのかもしれませんが、それって必要ですか?「消えている」と最初に気付いてから、例えば10分間、その近くで停船して「点いていない」、10分間「点かなかった」という事実を確認し、それを灯台管理者に伝えるだけで十分なのではないでしょうか。少しでも近くによって確認することで得られる新たな情報があるのでしょうか。それは何なのでしょうか。

船が灯台に近付くことで、そうしない場合と比較して何か新たなことができたというのでしょうか。つまり、陸にいる人たちがチェックした方が早いし確実なことが分るという状況です。

その上、そもそもそこに灯台のある理由の一つは、「陸地のこの地点に海から近付くと浅瀬があるから危険ですよ。近付かないようにして下さい」という印としての役割も果たしているのではないでしょうか。灯台の灯の確認のために、浅瀬に近付いて座礁してしまっては、そもそもの灯台の意味を打ち消す「本末転倒」ではないでしょうか。

こう書いてきて、私の言っていることにも偏りがあるかもしれないと考えられることに気付きました。私は、例えばバンジージャンプとか落下傘で飛び降りるとかということはできない老人です。つまり、「危険」だと考える範囲がおそらく多くの人より広いのです。

ですから、私の疑問は多くの人から見ると問題ない範疇のものかもしれません。それも含めて、疑問に答えてくれる方がいらっしゃれば、歓迎します。

 

最後に、まだ1月中ですので、今年一年が皆様にとって素晴らしい365日でありますように!

[2022/1/29 イライザ]

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2023年1月29日 (日)

日本が壊れて行く? (2) ――「異次元」の違和感には理由(わけ)がある――

日本が壊れて行く?  (2)

――「異次元」の違和感には理由(わけ)がある――

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新年早々、1月10日に山口県周防大島沖で海上自衛隊の護衛艦「いなづま」が座礁しました。原因として、エンジンやレーダーに故障はなく、天候に問題はなかった、それに他の船舶との関連もなかったと報道されています。多くのマスコミが報じていますが、朝日のデジタル版のサイトはこちらです。

これをまとめると、事故の原因は、レーダーでは捕捉されていた浅瀬に乗組員が気付かずに、舵を切らなかったためその浅瀬に乗り上げた、ということになります。

油漏れして、かつ航行不能になったということは、スクリューが損傷したからとしか考えられません。浅瀬に乗り上げてからスクリューを逆回転させて船を止めようとしても、瞬時には止まらないということかもしれませんし、スピードもかなり出ていたのかもしれません。

専門家が現場と船を見た上で結論を出すのでしょうから、それと違っていたら訂正しますが、常識的に考えた結果を元に以下、議論を続けます。

それから10日も経たない18日、新潟海上保安部所属の巡視船「えちご」が、柏崎市の椎谷橋灯台沖1.1キロの地点で座礁しました。椎谷橋灯台が消えていたので、確認のために浅瀬に近寄ったためらしいのですが、浅瀬の水深は2メートルから4メートルで、「えちご」の喫水である5メートルより浅かったのです。また漁協関係者によると「漁船も近付かない場所」だとのことでした。これについても各種の報道がありますが、『新潟日報』の記事はこちらです。

この二つの事故が一月中に起きたのはたまたまかもしれません。でも二件とも、浅瀬に乗り上げ航行不能になったということも合わせて考えると、「偶然」で済ませて良いのかという疑問は残ります。

それは、軍拡政策とも関連があるからです。精密機器を搭載している近代的な船舶でも、浅瀬に乗り上げるという人為ミスが立て続けに起きる可能性が高いのですから、同じように最先端技術の集積である兵器の管理で人為ミスが起きてもおかしくはないからです。

以下、私の妄想であればそれに越したことはありません。また、高校時代に初めて生活をしたアメリカでの、「パール・ハーバー」の意味が余りにも大きかったための過剰反応かも知れません。とは言え、お付き合い頂ければ幸いです。

現実に戻って、岸田内閣の軍事費倍増計画の中で、トマホークという巡航ミサイルをアメリカから500発、金額にすると1500億円もかけて買う予定だそうです。トマホークは、最先端技術の集まりです。軍艦とは空と海という違いがありますし、巡視艇との違いはトマホークが武器だという点でしょう。でも、所詮は人間の作った機械です。

今回の、自衛艦と巡視艇の座礁が人為ミスによって起きたように、トマホークの発射についても人為ミスが起きないとは言えないことが問題です。「偶然」一か月の間に二つの座礁事故が起きたのですから、「偶然」トマホークの人為的発射事故が起きるかもしれないではありませんか。

「敵基地攻撃能力」という大看板までぶら下げることになる我が国からのミサイルは、命中または落下した国からは当然先制攻撃と見なされ、戦争が始まるでしょう。

「そんなことはあり得ない」と断言したいのですが、我が国の歴史を振り返ると躊躇せざるを得なくなります。人為ミスが元で、日本という国だけではなく日本人に対して「最悪のレベルの卑劣な国家・民族・国民」という烙印が押され、80年以上その烙印が生き続けているからです。それは、日本が正に「敵基地」である真珠湾の基地を攻撃した時から始まっています。

この攻撃をアメリカに対して伝えた最後通告は、ホノルル時間の1941年12月7日午前8時50分にアメリカ政府に渡されたのですが、真珠湾攻撃そのものはその50分前、午前8時に始まっていたのです。つまりこれは、「宣戦布告のない卑劣な戦争を仕掛けた」ということになるのです。それに対するアメリカの反応が対日観を決定的なものにしました。(渡部昇一氏による「真珠湾攻撃・・・なぜ日本の宣戦布告が遅れたのか?」による)

ルーズベルト大統領は、「私は議会に対し、一九四一年十二月七日、日曜日に日本によって行なわれた不当かつ卑劣な攻撃以来、合衆国と日本帝国は戦争状態にあることを宣言することを求める」という演説を行なったのである。

日本側の宣戦布告が遅れたのは、翻訳が遅れたとか、正式文書としてタイプするのに時間が掛かった等の説明がされていますが、「人為ミス」であることには違いがありません。

自衛艦や巡視艇が「あり得ない」くらい基本的な人為ミスで座礁するという事故が一月に二件も起きているのですから、私たちが「常識」だと考えていること、あるいは専門家たちが「あり得ない」と太鼓判を押しているようなことについても、人為ミスが元で、「あり得ない」ことが実際に起きてしまう可能性を問題にしない訳には行かないのです。だから、「異次元」の違和感なのです。

その結果として、船が損傷したとか物品が壊れたであればまだ救われるのですが、人命が失われることになったり人が苦しんだりということになると、単に「ミス」だからと言って見過ごしてはいけないことの範疇に入ってきます。次回はそんなケースを取り上げます。

 

最後に、まだ1月中ですので、今年一年が皆様にとって素晴らしい365日でありますように!

[2022/1/28 イライザ]

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2023年1月27日 (金)

日本が壊れて行く? (1) ――「異次元」の違和感が広がっている――

日本が壊れて行く?  (1)

――「異次元」の違和感が広がっている――

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『数学書として憲法を読む――前広島市長の憲法・天皇論――』では、「憲法マジック」という言葉を創って憲法解釈の矛盾を指摘しました。それは、憲法には「○○は××である」と書いてあるのに、その正反対の「○○は××ではない」が、巷間では正しい解釈だと考えられている状態を表す言葉でした。

憲法は言葉で綴られていますので、このような表現でその矛盾を指摘できるのですが、毎日のように報道される事件や事故、政治や経済の場でのできごとは、まだ完全には言語化されていないものが多く、どんな言葉で「何かおかしい」と言えば良いのかすぐには頭に浮かびません。とりあえず「違和感」という言葉で括りますが、それも普通の違和感では納まらない感じですので、皮肉を込めて「異次元」と形容しておきます。

この言葉が広まったのは、2013年に始まり今も続いている日銀の「異次元緩和」あるいは「異次元金融緩和」からです。ここで使われている「異次元」という単語の意味をGoo辞典で再確認しておきます。

1  異なる次元。また、次元の異なる世界。「空間」

2 (比喩的に)通常とは全く異なる考え方、また、それに基づく大胆な施策。「―の金融緩和」

そして、日銀の「異次元緩和」については、三菱UFJ国際投信のmattocoLifeというサイトに分り易い解説があります。それをさらに要約すると、次のように2013年から2016年まで、少しずつ改善を加えながらの緩和策を指しています。

2013年4月:量的・質的金融緩和

2016年1月:マイナス金利付き量的・質的緩和

2016年9月:長短金利操作付き量的・質的緩和

もっと大雑把にまとめると、「金融緩和」策として、何を指標とするかを変えたり、従来の施策を拡大したり柔軟化するといったことが中身です。その中で、特に注目に値するのは、常識では考えられなかった「マイナス」金利を導入した事でしょう。でも、目標としての「物価上昇率2%」は、普遍でした。

極端に単純化すると、「異次元緩和」とは「マイナス金利を導入して、物価の上昇率を2%にする」ことだったのです。

ここで、私個人の大きな違和感は、「プラス」を「マイナス」にする政策を「異次元」と呼ぶことです。皆さんは、どこかで「数直線」という言葉に出会っていると思います。その真ん中あたりに「0」という印があります。その右側が「プラス」の範囲で、左側が「マイナス」です。プラスからマイナスに移るということは、この数直線上の方向で示せますので、次元で言えば「一次元」の話なのです。それを「異次元」と言ってしまうのは、一種の「誇大広告」になるような気がしたのです。

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そして、経済や金融についての詳細な知識のない私たち市民から見ると、「異次元」という大袈裟な言葉で、凄いことをするという印象作りをしていることは分っても、その目標としての「2%の物価上昇率」にはマイナスのイメージしか湧かなかったのではないでしょうか。

何故なら、毎日の生活の中で、物価が上がっているということは感覚的に経験していましたし、賃金が上昇しないことは20年も続いていて、生活の苦しさも続いていたからです。感覚としては、もう物価はかなり上がっているのですから、それを目標にするという意味が理解できなかったからです。

それだけではなく、円安が続いて物価はさらに上がり続けたのですから、なお訳が分りません。

そんな状況をまとめると、結局、「異次元」という言葉にまつわる雰囲気として、感覚的には混乱と理解不能、でも大層なことをしているという自己宣伝が伝わってきました。

追い打ちを掛けるように、「異次元の少子化対策」です。「自己宣伝」、「理解不能」そして「混乱」というイメージを引き連れての政策ですから、それに期待して子どもを産もうと考える女性が出て来るとは思えません。そんなマイナス・イメージを避けるために、その言い換え、「次元の異なる」を使って済むなんて考える程、私たち国民は馬鹿にされているということなのではないでしょうか。この時点で、「国民・市民を舐めるな」と言いたくなりますよね。

実はここまではまだ「前振り」の積りでした。「異次元の違和感」は、本格的な違和感は次回から始まります。

 

最後に、まだ1月中ですので、今年一年が皆様にとって素晴らしい365日でありますように!

[2022/1/27 イライザ]

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2023年1月16日 (月)

「ヒロシマ」が壊れて行く? (2) ――壊さないための努力をしよう!――

「ヒロシマ」が壊れて行く?  (2)

――壊さないための努力をしよう!――

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前回は、1月2日の中国新聞ディジタル版で報道された広島大学原爆放射線医科学研究所(原医研、広島市南区)の田代聡所長による「核使用に備えた医療を研究する必要性を唱える」について考えて見ました。

反論を期待していたのですが、一つも寄せられませんでしたので、私なりに次の段階の考察に移ります。念のため、田代所長についての中国新聞の記事を再度掲げておきます。

核兵器使用に備えた医療、議論の動き「局面変わってしまった」広島大原医研所長

核兵器が使われた際に必要な医療の研究、開発について国内外の専門家で議論する動きがある。日本で作業部会の設置を呼びかけた、広島大原爆放射線医科学研究所(原医研、広島市南区)の田代聡所長(60)は中国新聞のインタビューに「局面が変わった」と指摘。被爆地の知見を生かして、核使用に備えた医療を研究する必要性を唱える。

このようなニュースを読んで、「広島の医師は核兵器の使用を容認している」とか「広島の医師が核抑止論の正しさを支持した」といった誤解が生じたり、核武装推進論者や核抑止論信奉者が自らの主張の正しさの「証明」としてこうした「解釈」を広めたりする可能性のあることにも配慮しなくてはならないのではないか、というのが前回のブログの趣旨でした。

そのために役立つ事実として、1980年代に世界的に大きな影響を与えたIPPNWのメッセージを持ち出してみました。繰り返しになりますが、再度掲げます。

主要なメッセージは三つありました。

① 一つは、「あなた」が住んでいる町に核爆弾が落ちたらどんなに酷い結果になるかを、医師として、医学用語を分り易く噛み砕いて伝えたことです。

② 二つ目は、そんな状況の中で、「あなた」が生き残った犠牲者の一人として医師としての私に救いを求めても、私には何もできませんというメッセージです。

③ そして最後のメッセージは、被害を受けるのはあなたやあなたの身近な人たちだけではなく、「核の冬」が訪れ人類は滅亡するのですよ、というメッセージです。

その効果は絶大で、当時の反核運動のスローガン「Freeze Now」決議を、州までも巻き込む自治体の議会が採択するほどでしたし、1986年のレイキャビックでのレーガン・ゴルバチョフ会談 (そこで両氏は米ソが全面的に核兵器を廃絶することに合意しました。残念ながら軍産複合体等の力で、実現はしませんでした。) も、こうした背景が元になって進められたのです。

ここで上げた三つの柱の内で、一番説得力のあったのが②であることは御理解頂けるでしょう。自分自身に対しての直接的な損得が関わっているからです。お医者さんに見放されても大丈夫という人はまずいないでしょう。仮にこの②がなければ、1980年代の人たちにとって、医師たちのメッセージ性は大きく損なわれたはずです。

②のメッセージ性とは、「私たち医師に救いを求めても、核戦争が起きてしまえば無力である。だから核廃絶が必要なのです」とまとめて良いでしょう。

田代所長の見解は、「核戦争が起きた場合、医師のできることに限界はあるにせよ、被害者の生命や健康を守るために最善を尽くす義務はある。そのための研究は必要だ」と要約できると考えられます。それなら理解できるのですが、それでも誤解や曲解の可能性は残ります。「限界はあるにせよ」の部分が消えたり、前にも述べたような「解釈」をされてしまうことです。

それを避けるための方策の一つは、中国新聞の記事の中でも言及されていた「被爆地の知見を生かして」に重きを置くことなのではないでしょうか。

一例を挙げると、「広島の被爆者の中には、これこれこういう状況で被爆し、このような症状で苦しんだ (あるいは亡くなった) 方がいた。当時の放射線についての理解は△△くらいの段階だったので、その時点での治療は難しかった。現在では改善されているものの、◇◇のようなレベルの治療に達している。今後、○○の分野についての研究が進めば、それが××のレベルの治療が可能になる」といった、具体的かつ素人にも理解できるような研究のあり方や方向性についての説明が、最低限必要なのではないでしょうか。

まだ十分に説得力のある説明にはなっていないと思いますが、他の方にも参加して頂いた上で、「ヒロシマの崩壊」を少しでも押し留める手立てを考え続けたいと願っています。そして次回は、政治面での例を取り上げることで、事の緊急性を訴える積りです。

 

最後に、まだ1月中ですので、今年一年が皆様にとって素晴らしい365日でありますように!

[2022/1/16 イライザ]

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2023年1月 8日 (日)

「ヒロシマ」が壊れて行く? (1) ――反論を期待しつつ書いています――

「ヒロシマ」が壊れて行く?  (1)

――反論を期待しつつ書いています――

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お正月も三が日を過ぎましたので、少し厳しく現実を見つめて行きたいと思います。とは言え、「それは老人の妄想だよ。若い世代がしっかりと責任を果しているから安心して下さい。」という反論と、その証拠を何方かが示して下さることを期待しつつ以下を綴っています。

1月2日の中国新聞ディジタル版に、衝撃的な見出しが躍っていました。

核兵器使用に備えた医療、議論の動き「局面変わってしまった」広島大原医研所長

核兵器が使われた際に必要な医療の研究、開発について国内外の専門家で議論する動きがある。日本で作業部会の設置を呼びかけた、広島大原爆放射線医科学研究所(原医研、広島市南区)の田代聡所長(60)は中国新聞のインタビューに「局面が変わった」と指摘。被爆地の知見を生かして、核使用に備えた医療を研究する必要性を唱える。

田代聡所長は核戦争防止国際医師(IPPNW)の会の日本支部であるJPPNWの事務局長でもあります。IPPNWは1985年にノーベール平和賞を受賞しましたが、その背景を『数学教室』の2014年5月号のコラム「The Better Angels」から引用しておきましょう。

この時期に私はアメリカで生活していましたので、アメリカの活動をまとめてみましょう。1975年にベトナム戦争が終わり、多くの活動家たちは原発の問題に関心を持つのと同時に、医師たちが核廃絶運動に取り組み始めた時期でもあります。後にIPPNWに発展したアメリカの医師たちの活動の中でも、PSR(Physicians for Social Responsibility—社会的責任を取る医師の会)の医師たちの活動は効果的でした。

 主要なメッセージは三つありました。

① 一つは、「あなた」が住んでいる町に核爆弾が落ちたらどんなに酷い結果になるかを、医師として、医学用語を分り易く噛み砕いて伝えたことです。

② 二つ目は、そんな状況の中で、「あなた」が生き残った犠牲者の一人として医師としての私に救いを求めても、私には何もできませんというメッセージです。

③ そして最後のメッセージは、被害を受けるのはあなたやあなたの身近な人たちだけではなく、「核の冬」が訪れ人類は滅亡するのですよ、というメッセージです。

その効果は絶大で、当時の反核運動のスローガン「Freeze Now」決議を、州までも巻き込む自治体の議会が採択するほどでしたし、1986年のレイキャビックでのレーガン・ゴルバチョフ会談も、こうした背景が元になって進められたのです。

多くの市民が医師たちのメッセージをきちんと受け止め、行動に移した理由の一つは、その時点では、原爆や戦争についての直接体験と市民との距離が余り離れてはいなかったことを挙げて良いでしょう。例えば、こうした反核集会の多くは、そして1982年のニューヨークでも、「広島・長崎への原爆投下は正しかったが、次に核兵器が使われれば、それはあなたの頭の上に落ちることになる」といった言葉で始まりました。この点に対しての反論も大変でしたが、同時にこれは、「パール・ハーバー対原爆」という図式で核の問題を捉えていた1945年に、まだまだ多くの人の意識が近かったことも示しています。戦争の記憶がそれなりに生きていたという点は大切です。

ここで上げた三つの柱の内で、一番説得力のあったのが②であることは御理解頂けるでしょう。自分自身に対しての直接的な損得が関わっているからです。お医者さんに見放されても大丈夫という人はまずいないでしょう。仮にこの②がなければ、1980年代の人たちにとって、医師たちのメッセージ性は大きく損なわれたはずです。

そして田代所長の発言は、その②のメッセージ性を大きく変えることになります。もちろん、「私に救いを求めても、私には何もできません」という言い方は誇張です。何らかの手当はできるでしょう。でもここで強調されている点は、医師でも救えないほどの大きな被害が市中に蔓延しますよ、そんな状態になってから私たちに頼っても遅過ぎるのです。今なら、核兵器を廃絶して、そんな状態を避けられますよ、ということなのではないでしょうか。

新たに②の代りになる言葉は何なのでしょうか。「私に救いを求めたとして、医師としては十分な手当てができますから安心して下さい。」になるのでしょうか。そこまでは踏み込まないとしても、仮に生き残った人たちがいたとしても、核兵器使用後の「地獄」は想像を絶するほど酷いものであり、何としてでも避けなくてはならない、というメッセージは消えてしまうのではないでしょうか。

それが杞憂でないことは、2014年12月にウィーンで開かれた「第3回核兵器の人道的影響に関する会議」と、翌2015年のNPT再検討会議での日本政府代表の発言を見れば明らかです。二つの会議では、核兵器使用が人類にもたらす、言語を絶する悲惨さについて多くの国々が次々と言及しました。それに対して日本の佐野利男軍縮大使が強調したのは、その点が強調され過ぎていることを指弾した上で、「核兵器が使用されても市民を救うことはできる」という点だったのです。

また法律によって、どの自治体も「国民保護計画」を作ることを求められています。その計画では、各都市が核攻撃にあったら、どのように市民を守るのかといった方策も掲げなくてはならないのです。国の方から示されている「お手本」には、例えば、「風上に逃げる」といったことが載っています。

それに対して広島市では、被爆者と専門家もメンバーとして参加した検討委員会の結論として次のような主張を掲げています。

「核攻撃があれば、その攻撃から市民を守ることはできない。唯一市民を守る手段は核兵器を廃絶することだ」--広島市作成の「国民保護計画」

田代所長は国際的な場で、「佐野大使の言葉は正しい。核兵器が使われても、広島の医師は市民を救える」と発言するのでしょうか。

そして、広島市に対して、「核攻撃があっても市民を守ることはできる。核兵器の廃絶は唯一の手段ではない」と、国民保護計画の修正を求めるのでしょうか。

答としては、「そんなに極端なことは言っていない。感情に走るのは止めて欲しい。」といった言葉が返ってくるのだと思います。私の方が感情的になっているのかもしれません。でも同時に、私が大切に守ってきた「ヒロシマ」が、どこかから壊れ始めているという感慨も捨てることができないのです。このような傾向は、政治の場面を見るともっと露骨に表れています。続きます。

 

最後に、まだ1月中ですので、今年一年が皆様にとって素晴らしい365日でありますように!

[2022/1/8 イライザ]

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2023年1月 1日 (日)

明けましておめでとうございます

明けましておめでとうございます

088

旧年中はいろいろお世話になり、有難う御座いました。本年も宜しくお願い申し上げます。

「一年の計は元旦にあり」と言われますので、今年の決意を以下、御披露します。

とは言え、私の悪い癖なのですが、何事にも理屈を付けたくなります。この言葉の起源は毛利元就が長男にあてた手紙の中にあると言われています。それは、

一年の計は春にあり

一月の計は朔(ついたち)にあり

一日の計は鶏鳴(一番鶏が鳴く早朝)にあり

です。時間的な区切りの最初に計画を立てることの大切さが述べられています。

同感です。そして、「春」から思い出すのは、ロバート・ブラウニングの詩「春の朝」です。ビクトリア朝のイギリスの詩人ですので、毛利元就より後の時代に活躍したのですが、彼の劇詩『ピッパが通る』の中の一節が有名です。

Pippa's Song

 

The year's at the spring

And day's at the morn;

Morning's at seven;

The hill-side's dew-pearled;

The lark's on the wing;

The snail's on the thorn:

God's in His heaven—

All's right with the world!

日本語訳は、上田敏による「春の朝(あした)」が有名ですし、私は日本語の詩の方が好きです。

「春の朝」(はるのあした)

 

時は春、

日は朝(あした)、

朝は七時、

片岡(かたをか)に露みちて、

揚雲雀(あげひばり)なのりいで、

蝸牛(かたつむり)枝に這ひ、

神、そらに知ろしめす。

すべて世は事も無し。

絹工場で働くピッパという少女が、一年に一度の休日の日に街を歩きながら呟く言葉ですが、その一日の意味を朝、そして7時という始まりの時に託していることが、「一年の計」と重なっています。

さて、今年の決意ですが、三つ掲げておきます。

①  8月に、広島出身初の総理大臣加藤友三郎氏の没後100年を記念するシンポジウムを開く。

② 私のこれまでの人生を振り返っての「オーラル・ヒストリー」、ならびに、開催には至らなかった「広島オリンピック」の記録を     出版する。

③ 歌の好きな人たちのグループ「昭和の歌を守る会」の活動を再開して、できればコンサートを開く。

どれもまだ準備が必要ですし、一緒に動いてくれる方々、そして本の場合には出版社が必要ですが、三つとも実現できるだろうと胸を弾ませています。

加藤友三郎氏の業績については何度もこのブログで取り上げていますが、そのうちの一つのリンクを貼り付けていますので、お読み頂ければ幸いです。

 

最後に、今年一年が、皆様にとって素晴らしい365日でありますように!

[2022/12/31 イライザ]

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2022年12月31日 (土)

この一年(2022年)を振り返る (4) ――読んで良かった本――

この一年(2022)を振り返る (4)

――読んで良かった本――

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今年最後の日ですので、今年読んで良かった本を4冊御紹介します。もっとあるのですが、特に今、印象に残っているもの4冊です。

最初は、Audible.comから配信されて聴いた本です。毎日生活する中で私たちは、「何で?」とか、「ちょっと疑問符」という思いに捉われることがあります。それを手掛かりに、多くの人たちの経験を集めて、その先にある問題を特定し、解決策を考えること、そしてそれをスケールアップして解決すること、そして場合によってはビジネスとして成り立つように育てて行くことを、分り易く教えてくれる本です。

例えば、仮に手に障がいのある人が身近にいて、洋服を着るのに時間が掛かることに気付いたとしましょう。ボタンを掛けるのが特に難しいらしいことまで特定できたとして、次のステップとして、同じような障がいのある人たちから「ボトムアップ」の情報を集めるという点がカギです。

そこから、例えば「障がい者のおしゃれ」といったより抽象的かつ普遍的なテーマを見付けて、その実現のためのサービスや行政の場での対応等につなげる具体的なステップを学ぶことができます。

起業家にとって役立つだけでなく、政治と関わりのある人たちにも必読の書です。

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二冊目は、少年院で数学を教えた経験を、三人の先生方がそれぞれの視点から報告している感動的な一冊です。「数学の授業が矯正教育に驚きの効果をもたらす」ことを知って、正に目から鱗の思いでした。瀬山士郎さんには、《社会と数学の関わり》を話し合う数学人の集いで、近い内にお話を伺えればと思っています。

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最後に御紹介する二冊は超衝撃的です。

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菅野久美子さんの『超孤独死社会』(2019年刊)の存在は、ハフ・ポーストの菅野さんの記事「「こうなったのは自分が悪い」のか? ごみが腰まで堆積する孤独死現場が伝えること」を読んで知りました。そちらも是非読んでみて下さい。

この本も関さんの本も、前回指摘したように、背後に埋もれているより本質的な問題に焦点を合わせています。それは、社会における女性や高齢者の置かれている位置ですし、社会的弱者に対する社会全体、特に政治の冷たさです。1988年に刊行された『この国は恐ろしい国』から30年以上経っているのに、問題の本質はそれほど変わっていないという事実には腹が立ちますし、絶望にも似た気持にさせられます。

しかし、昨日指摘したのは、「知っている人」が「知らない人」に伝えて行く義務です。来年を、そのためにより有効に生かして行きたいと決意しましょう。

今年一年、様々な機会に、多くの皆さまからそれぞれのお立場で言葉にもならないほど助けて頂きました。心からの感謝の気持を捧げて一年の締めくくりに致します。

 

そして来年一年が、皆様にとって素晴らしい365日でありますように!

[2022/12/31 イライザ]

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2022年12月30日 (金)

この一年(2022年)を振り返る (3) ――思いも寄らぬことの連続でした――

この一年(2022)を振り返る (3)

――思いも寄らぬことの連続でした――

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言うまでもないことですが、今年、2022年は思いも寄らぬ出来事が続けておきました。個人的なことは、既に28日のブログに書いた通りです。新たな自覚と関わりのあるプロジェクトも始まっていますが、年頭の決意の一部として御披露する予定です。

全国的・世界的な出来事としては、2月24日、ロシアがウクライナに侵攻し、プーチン大統領が核の使用をちらつかせて全世界への脅迫を行ったことが最初に頭に浮かびます (「プーチン事件」と呼んでおきます)。さらに、7月8日の安倍元総理銃撃事件とその後の展開も重要です (こちらは「銃撃事件」と呼びます)。

2022年も今日と明日の二日しか残っていません。その時間の中で今年の姿を私なりの言葉でまとめるのは難しいのですが、敢えて一言で表現してみましょう。

「思いも寄らぬ」大事件は、隠された「真実」を暴露する。

プーチン事件で明らかになった「真実」を三つにまとめておきましょう。

① 核保有国のリーダーたちは、核兵器のもたらす人間的悲劇を知らない。

② 知らない人に、真実を知らせるのは、「知っている人」の義務である。

③ 核兵器を使用することはそれを使用した政治家個人への非難となることが明白になり、核兵器は使えない兵器になった。

「核兵器が使えない兵器になった」理由は、ドローンやインターネット等を通して、核戦争の結末がリアル・タイムで世界に伝わるようになり、ウクライナ戦争の「実況」と同じような速さで、世界が核戦争の悲惨さを目の当りにできる時代だからです。そして、今核兵器が使われれば、その下手人が誰であるかも隠しようがありません。未来永劫に亘って、世界から指弾される立場に自らを追い遣ることになるのです。リーダーたちにも自己保身の動機はあるはずですので、その理由だけから考えても、核兵器の使用には踏み込めないはずなのです。

とは言え、それを確実にするためには、広島・長崎の真実を核保有国の、特にロシアのリーダーに知らせなくてはなりません。そのために、Change.orgのサービスを使って署名運動を始めました。「「核兵器を使わない」と、ただちに宣言して下さい!」というタイトルです。下線をクリックして貰えればサイトに飛ぶことができます。そして、下の方にスクロールして下さい。「この署名活動のお知らせ・最新状況をもっと見る」という箱をクリックすると、その後の署名運動の進展が、新しいものから順に分るようになっています。

その中にも報告はしてありますが、署名数が5万を超えた時点で、プーチン大統領と岸田首相に書簡を送りました。こちらにその報告があります。

そして、10万人の方からの賛同を頂いた後、プーチン大統領、その他の核保有国全ての首脳に「核兵器を使わないと直ちに宣言して欲しい」旨の要請書を、また岸田総理には、広島選出の総理大臣として、これらのリーダーたちに核兵器を使わせないよう働きかけて欲しいという要請書を送付しました。

こうした動きは海外にも広がりました。外国特派員協会での記者会見の模様は多くのメディアが報道してくれました。こちらを御覧下さい。

また、私の友人たちも、ロンドンで発行されているWorld Financial Reviewにインタビュー記事を投稿してくれましたし、No First Use Globalという国際的な活動団体は、ネット上にインタビュー記事を掲載してくれました。それぞれの和訳は、山田達也さんが労を取って下さいましたので、それぞれの第一回の記事のリンクを貼り付けておきます。第二回目以降は、次の日からのシリーズ―ですので、順に辿って頂ければ幸いです。

World Financial Review

No First Use Global

他方、怒りを感じるほど何の動きも示さなかったのが、日本政府ですし、日本の政治家たちです。核兵器禁止条約には反対、6月に開催予定の核兵器禁止条約締約国会議へのオブザーバー参加すら拒否し、国会内で政府に働きかける議員連盟さえ存在しない状況は絶望的でした。

そればかりか、ウクライナ戦争に乗じて「核兵器共有」という飛んでもない発言が「リアリズム」という言葉とともに市民権を得つつあることに、「絶望」を超える行動を取らなくてはならないと感じ始めたのは私だけではないはずです。

そんな時に私の古巣である社民党から声が掛かり、7月の参議院選挙に立候補することになりました。選挙運動の詳細は、近い内にまとめた形で公式のホームページの掲載予定ですが、まずは立候補の決意をこのブログに投稿したものを御覧下さい。

7月10日の選挙で私は当選できませんでしたが、心に念じていた四つの目標のうちの二つは実現しました。① 福島みずほさんが当選し、② 社民党が政党要件を満たす、だけの票を獲得することができました。その報告はこちらです。

7月8日の銃撃事件が暴いたのは、旧統一教会の横暴かつ陰湿な活動であり、自民党との癒着でした。しかし、それ以上にショッキングだったのは、メジャーと称されるマスコミがこうした旧統一教会の本質を全くと言って良いほど報道してこなかったことです。「隠蔽」していたと言うのが言い過ぎだとしても、これほど見事に私たちの目から旧統一教会を隠していた事実は、そもそもマスコミとは何のために存在するのかという基本的な問いを思い起こさなくてはならないほどだと考えています。

そしてそれが政治の本流と切っても切れない間柄であることも重要です。その政治の本流の実態を余すところなく曝し出してくれたのが、国葬です。

私たち元国会議員も声を挙げなくてはならないと考えましたので、連絡の取り易い方々に声を掛け合い、合計24名で、声明文を作り記者会見を開きました。私たちの集まりは、「国の乱れを憂うる元国会議員有志の会」と名付けました。その様子はこちらから御覧下さい。心あるマスコミも報道してくれました。

老骨に鞭打っての行動でしたが、これだけで私たちの役割が終った訳ではありませんので、これからも問題提起を続けます。

昔の仲間たちと久し振りで行動を共にして、随分元気が出てきたのですが、それだけではまだ足りませんでした。ともに数学という学問を学んだり、何らかの形で数学に関心を持ったりしている皆さんとのネットワークを社会問題と結びつけることで、違う視点からの勇気が湧いてくるのではないかと考え始めたのです。

幸いなことに、上野健爾さん、浪川幸彦さん、亀井哲治郎さんが一緒になって、《社会と数学の関わり》を話し合う数学人の集いの「準備会」の開催を呼び掛けてくれました。101日の準備会では、偶数月の第一日曜日の午後8時からZoomで会合を開くことにしました。

124日の第一回の会合も中身の濃い、そして知的にも情緒的にも満足感を覚えることのできるものになりました。次回は25日です。

以上、駆け足で今年を振り返ってみました。2023年にも思いも寄らぬ出来事が出来するかもしれません。それも頭の隅に置きながら、来年の目標もきちんと立てたいと考えています。

 

それでは今日一日が、皆様にとって素晴らしい24時間でありますように。

[2022/12/30 イライザ]

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