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コロナウイルス

2020年12月21日 (月)

数字の意味を正確に理解しよう ――そのためにも、「リーダー」の役割が重要です――

数字の意味を正確に理解しよう

――そのためにも、「リーダー」の役割が重要です――

 

前回、12月1日には、「重症者」の範囲が狭過ぎるのではないかという問題提起をしました。東京都の採用している「定義」では、コロナ以外の患者さんたちへの「しわ寄せ」の大きさ・酷さが分らないことが問題なのです。

分り易い例として、『日刊ゲンダイ』の報道による11月18日の東京都発表の「重症者」数を取り上げました。それは39人です。しかし、厚労省が規定した「重症者」を数えると196人なのです。つまり、①人工呼吸器装着②人工心肺装置(ECMO)の使用③集中治療室(ICU)などに入室のいずれかに当てはまる患者196人なのです。倍数にすると約5倍です。その差は、ICUに入っている人が含まれているかどうかなのです。

ICUの数字が重要な理由の一つは、コロナ患者がICUのベッドで治療を受けることは、その他の病気でICUベッドを必要としている人には、そのベッドが回らないことになるからです。極端なケースを思考実験として考えると、(そんなことは現実にはあり得ないのですが、状況を理解するための「仮想」的な場合を考えます)、日本中のICUベッドが全て、コロナ患者のために使われたとすると、それ以外の病気、例えばガンとか脳梗塞等の重い患者さんは、ICUでの治療が受けられなくなってしまいます。

その中には当然、助けられたであろう患者さんも含まれることになります。医師の皆さんが心配している「助けられる命を助けられない」状況です。それは当然、「医療崩壊」の重大な局面なのですが、最近の感染状況がこの方向に動いているという警鐘が鳴らされています。

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皆さんお気付きのように、ここ数日間、各地で「医療崩壊」が注目されるようになりました。「医療崩壊は始まっている」(広島市医師会)、 「新型コロナウイルスによる医療崩壊は進行している」(大阪民主医療機関連合会)といった発言です。

これを、数字に置き換えて理解することが大切だとも思います。まず、日本国内のICUベッド数は、日本集中医療学会によると約7100あります。それに対して、12月19日に重症者数は598ですので、約600と考えておきましょう。

ただし、ここには東京都のICUベッドで治療を受けているコロナ患者数は入っていません。東京都の発表している重症者数は約60です。対して大阪が約150、そしてクラスターの発生で自衛隊の派遣を要請した旭川のある北海道が35という数字との比較も意味がありそうです。(これらの数字は、『東洋経済』オンラインのものを使っています)

東京の60の中には、ICUで治療を受けているコロナ患者の数は入っていませんし、この数字はネットで簡単に探せませんでしたので、『日刊ゲンダイ』の記事を元に、都の公表数の5倍を掛けたものが、ICUで治療を受けている人も含めた数字だと仮定します。

すると、東京都の「重症者数」は300、全国的な数字には、後240足す必要がありますので、大雑把に考えると、840人の患者さんがICUベッドか、それより重篤な患者さん用のベッドで治療を受けていることになります。また、新たなコロナ患者を受け入れる際、提供するための、特別に空けているベッドもあるようですが、それらも含めると、コロナ用ベッドの数は大雑把に900と考えても良さそうです。

つまり、ベッド数で考えると全ICUベッドの内、約13パーセントがコロナのために使われていることになります。

日本におけるICUベッド数も、集中治療を専門に行う医師の数も、余裕があるというのなら、これは心配する必要のない数字かもしれません。しかしながら、例えばドイツと比較すると、「人口10 万人当たりのICU は、日本が5.2 床であるのに対して、ドイツは33.9 床と、日本の6 倍以上の病床数が整備されている。(ドイツの)ICU の多さは、医療コスト高の要因として批判の対象となっていたが、今回の危機にはこれが医療崩壊の回避に寄与した。また、注目すべきは病院に勤める「集中医療専門医」の人数だ。全体数をみると、ドイツが8,328 人(2018年)に対し、日本は1,850 人(2019年)と大きく異なる(日本医師会調べ)。人口当たりでみると、日本の集中治療専門医とは、実に7倍の開きががある。」(NIRA オピニオンペーパー No. 54 | 2020 10 月 「ドイツのコロナ対策から何を学べるか」、著者は翁百合NIRA総合研究開発機構理事/日本総合研究所理事長)

つまり、各地で医師会や医療団体、そして個人としても医師たちが指摘しているように「医療崩壊」は起きつつある、という事実を受け止める必要が私たちにはあるということですし、その原因の一つが、これまで十分な数のICUベッドを確保して来なかった日本の医療政策にあるということなのです。

そして、「重症者数」から「ICU」を除外することで、この点が十分に伝わらないという二次的な弊害を作り出している行政の責任も問われなくてはなりません。

それに対して私たちに何ができるのかも、改めて確認しておきましょう。それは、コロナウイルスに感染しないようにすることです。そのための注意事項も手を変え品を変えて伝達されてきましたが、私たち一人一人が新たな決意でコロナに立ち向かう上でも、リーダーの果す役割が大切です。

今回はもはやそのためのスペースがありませんので、次回に回します。皆さんも健康に留意され素晴らしい新年をお迎え下さい。

[2020/12/21 イライザ]

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2020年12月11日 (金)

新型コロナ対策への不信感 ――まず東京都は、「実態」に即した「重症者」数を発表すべき――

新型コロナ対策への不信感

――まず東京都は、「実態」に即した「重症者」数を発表すべき――

 

コロナ対策についての国や自治体の対応、そしてそれを報道するマスコミの対応が元で、かなりの混乱が生じています。多くの人が戸惑い、不安も増え、同時に、無知や傲慢さも広がっているようです。

国民の生命と生活に責任を持つことが憲法で決められている政府が、しっかりとその責任を果さなくてはならないことは言うまでもありません。しかし、出発点はやはり科学的事実です。

それを元に、マスコミも一緒になって、その事実を誰にでも分るように整理して説明することで、ほとんどの人が納得した上で国や自治体の対応に協力する態勢ができるのではないかと思います。

しかし、「誰にでも分る」の対極にあるような伝達の仕方や報道の仕方が目立ちます。今回はその一つを取り上げた上で、是非改善して欲しいというメッセージを皆さんとともに送りたいと思います。

《重症者数》

それは、東京都による「重症者数」の発表数です。まずは東京都による定義から始めます。

厚労省の定義では、①人工呼吸器装着②人工心肺装置(ECMO)の使用③集中治療室(ICU)などに入室――のいずれかに当てはまる患者を「重症者」としてカウントし報告するよう各自治体に求めています。この数字が大切な理由の一つは、重症化した患者の病状がさらに悪化して死に至るケースが多いからです。

 もう一つの理由として、重症者は治療が長期化しやすい上、医療機関の負荷につながることが挙げられます。重症者が急増すると、ベッドや治療器具、人手が足りなくなり、コロナ患者だけではなく必要な人に治療が行き渡らない「医療崩壊」につながり兼ねません。そうなる前に手を打たなくてはなりませんので、この数値には注目しなくてはならないのです。

 しかしながら、東京都は「適切に実態を把握するにはICU患者を含めない方がよい」との専門家の指摘を受け、都のホームページなどで公表する際は人工呼吸器かエクモを使用している患者に限定しています。

ここで問題になるのは、「実態」とは何を指すのかという点です。ここ数日、医師会も、現場の医師たちも警鐘を鳴らし、マスコミがこぞって報道しているのが「医療崩壊」です。そこに近付いていることが続けて報じられています。それは、コロナ患者の治療のための病床数と医療従事者数が足りなくなることを指します。薬剤や機材、その他の問題もありますが、議論を分り易くするために、ベッド数と医師や看護師の数ということに的を絞ります。

《医療崩壊》

しかも、「医療崩壊」の中で、強調されてきたのが、コロナ以外の病気に対する医療が適切に提供されているのかという点です。たとえば、救急車で運ばれて来た人が、ベッドのないことを理由に、あるいは看護師が足りないために、受け入れや治療を拒否されることが起り得るのです。さらに、通常なら余裕をもって行われる手術ができなくなり、その結果、助かる命まで助からなくなるという可能性です。

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コロナ患者の場合でも、重くなればICUでの治療を受けることになる場合もありますし、その他の一般の患者さんの場合でも、急性あるいは重篤な場合にはICU1での治療が大切になります。つまり、一般病棟の中でもある程度余裕をもって治療を受ければ心配のない患者さんたちよりは、優先度の高いケアの必要な人たちのためにICUはあるのだと考えて良いでしょう。

そして、コロナ患者の数が多くなり、「医療崩壊」を心配しなくてはならないという時、このICUのベッド数が足りなくなりつつあることも意味しているはずです。ICUで受け入れられる患者数に余裕があるのなら、問題のあるケースはICUで引き受けるという選択肢が残されますので、それは「医療崩壊」と呼ばれる状態ではないはずだからです。

事実、コロナ以前に比べて、ICUのベッドでコロナ患者が治療を受けている数だけ、そのため患者が利用できるICUのベッド数は減っています。つまり、コロナ以外の一般患者への「しわ寄せ」があるのです。そして、「医療崩壊」が問題にされる状態とは、その「しわ寄せ」分が、一般患者のICU利用に深刻な影響を与えているという事実を指しているのです。

となると、「医療崩壊」の実態を私たちが正確に理解するためには、この「しわ寄せ」の実数を知ることがどうしても必要です。

ICUを含めると本当の重症者数は5倍》

純粋に、「医学研究論文を書く」という立場からは、「重症」の定義が違っていることもあり得るでしょう。しかし、コロナについての私たち普通の市民や庶民が、「医療崩壊」という現実を理解するためには、ICUで治療を受けているコロナ患者の数を知ることも、必要不可欠であることを御理解頂けたでしょうか。

ちょっと古い数字になりますが、『日刊ゲンダイ』の報道では、11月18日の、東京都発表の「重症者」数は、39人です。しかし、厚労省が規定した「重症者」を数えると、196人なのです。約5倍です。その差は、ICUに入っている人が含まれているかどうかなのです。それも一週間後には、250人に増えています。

日常的に、二桁台の少ない数字を見せられ、それに染められている人たちの危機感が影響を受けていたとしても不思議ではありません。

その他、まだまだ問題はありますが、次の機会に改めて論じます。

[2020/12/11 イライザ]

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2020年7月18日 (土)

COVID-19と制服

2月の最後の土曜日、わが子の小学校生活最後の参観が中止になり、そのまま学校は休業になりました。小学校最後の年だったのに、一度も参観へ行けなかったことを私は後悔しました。

開催が心配された卒業式も入学式も短時間で行われ、制服がかわりました。

そして1週間登校したでしょうか?再び休業となりました。

休業の間、校区内の見回り、子どもの様子を確認するための電話や家庭訪問、予習プリントの各家庭配布など、これまでにない状況の中で、できることを先生方はしてくださいました。子どもたちも外出を控え、友達にも会えずストレスを抱えていたことと思います。

外出を極力控えての巣ごもり生活。食事や毎日の準備など大変なことも多かったですが、ずっと放置していた家のまわりの片付けができました。

びっしりと根を張った草を抜き、人が立ち入れないところは土を削り、防草シートと砂利を敷きました。レンガを置いて花壇らしきものを作り、窮屈なプランターに植えたままの花を移植しました。放置しすぎて枯れているかもしれない睡蓮の根にも水を張り、伸び放題の木の枝も切りました。

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移植した花はきれいに咲き、睡蓮は葉を水面に浮かべ花を咲かせました。

家の花がきれいに咲いているところをゆっくりと見たのは久しぶりでした。

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そして6月、学校が再開。制服は夏服になっていました。

育ち盛りのわが子は休業前からグンと背が伸び、今にも追い越されそうです。

冬服はあまり着る機会の無いまま、秋には袖や裾を伸ばさないといけないかもしれません。

時が経ち、残念ながら家の周りの草も伸びて、がんばって敷いた砂利の隙間からも顔をのぞかせています。思うようにはならないものです。

 

私が小さなころ、きれいだなぁと思って見ていた服があります。朝鮮学園の生徒さんの制服、チマチョゴリです。まだ海田町に学園があったころの話です。登下校の際、家の前で良く見かけていました。今はその制服を街中で見かけることは、ほとんどありません。

制服は機能性やデザイン性等を考慮して変わっていくものですが、変えざるをえなかった理由があることにも目を向けるべきです。

小さなころから、そう遠くない場所に朝鮮学園があったため、朝鮮学園という学校があるのは私にとって普通のことでした。

だから同じ地域で暮らし、ともに育っているのに、どうして高校授業料無償化や、幼児教育・保育の無償化から除外されてしまうのか?どうしても理解できないのです。

すべての子どもに平等に学ぶ権利はあります。

わが子や親類、友人の子どもの成長に気付くように、近所の子どもたちの成長に目をむけていきたいです。

(はたや)

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2020年6月 6日 (土)

ヒロシマとベトナム(その13-2)ー「コロナ禍」と技能実習制度

韓国の雇用許可制に学ぶ

韓国は日本の研修制度をモデルにした受け入れ制度でしたが、日本と同様に人権侵害の問題が起きたため、2000年に「雇用許可制度」に変え、労働「市場補完性」、「均等待遇」、「短期ローテーションの原則」、「受け入れプロセスの透明化」という4つの原則を打ち立てました。

詳細は省きますが、概略は次の内容です。まず、企業が労働市場テストを実施し、韓国人労働者だけでは事業を運営ができないと判断したときはじめて政府に「雇用許可申請」を行うことができます。

そして、外国人は韓国人と同様な待遇をうけるべきとして労働三権の適用、同額の最低賃金、国民年金や健康保険の適用などの「均等待遇」が義務づけられています。そして雇用期間は3年間(再雇用時は1年10か月延長)に限定し、単純労働者の定住化防止を図る「短期ローテーションの原則」です。

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さらに、何よりも「受入れのプロセスが透明性」がなければなりません。韓国でも民間団体が主体となった受入れをしていたときに、日本と同じような問題が発生していました。そこから、民間団体ではなく政府機関が相手国の政府機関と「二国間協定」を締結して実施することに転換したのです。

最近、日本の労働者の処遇の低さや不合理な技能実習制度、偏狭なナショナリズムに基づく移民政策などから、アジアの国々で「働くなら日本よりも韓国、台湾を」という声が高まっています。その背景には、こうした信頼性があるのです。

「コロナ禍」が問いかける地球社会の将来

「コロナ禍」は、経済成長とグローバル化に突き進んできた人間社会に鋭く警告を発しています。「新たな生活様式」とか「ウイズコロナ」とか言われていますが、それはそれで必要なことだと思います。しかし、これまでの延長線上(新自由主義)の下でのそれであるなら、またもや同じ轍を踏むと思えてなりません。

「コロナ禍」は、経済にではなく地球環境と人間の生命に重きをおき、競争と対立ではなく協調と連帯を基底にした国際社会のシステム構築を、私たちに求めていると思います。

2015年9月に開催された「持続可能な開発サミット」で、「我々は、地球を救う機会を持つ最後の世代になるかもしれない」との宣言とともに貧困や格差をなくし、持続可能な社会を実現するための17のゴールと169のターゲットから成る「持続可能な開発のための2030アジェンダ」(SDGs)が採択されました。「地球上の誰一人として取り残さない」とする2030年を目指した取り組みは、徐々に広がりを見せています。

この度の「コロナ禍」を通し、あらためてSDGsの意義が認識されています。

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17のゴールと169のターゲットは、地球の再生能力を超えた環境負荷の増大による生態系の破壊、頻発する異常気象による巨大災害、所得と資産の著しい格差による貧困の増大などなど、ますます深刻さを増しています。この負の連鎖を断ち切り、地球と人類の持続可能な世界を築くことは、私たち一人ひとりの課題だと思います。それが可能な「最後の世代」である私たちの責務でもあります。

昨年9月、ニューヨークで開催された国連の温暖化対策サミットで演説したスエーデンの高校生グレタ・トゥーンベリさんの「人々は苦しんでいます。人々は死んでいます。生態系は崩壊しつつあります。私たちは、大量絶滅の始まりにいるのです。なのに、あなた方が話すことは、お金のことや、永遠に続く経済成長というおとぎ話ばかり。よく、そんなことが言えますね」との訴えが重なります。

次号(7月5日)からは、「被爆75周年」を迎えたヒロシマ、「解放統一45周年」を迎えたベトナムと、ともに迎えた「節目の年」に当たり、枯葉剤爆弾(エージェント・オレンジ)とその被害について考えてみたいと思います。

(6月5日、あかたつ)

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2020年6月 5日 (金)

ヒロシマとベトナム(その13-1)―「コロナ禍」と技能実習制度

2月から5回、技能実習制度の問題点について書き進めてきました。前号(5月5日)号に、「技能実習の目的は労働ではなく、あくまでも技術移転による国際貢献とされていますが、最も大きな問題点は、この建前が大きく歪み、実態は安価な労働力確保になっていることです。」と書きましたが、このことに尽きると思います。

今日の「コロナ禍」がますますこの問題点を鮮明にするとともに、抜本的な見直しを求めています。

新型コロナウイルスの感染拡大は未だ収まらず、尊い生命を脅かし・奪い続け、社会・経済活動全般に深刻な影響をもたらしています。

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技能実習生らに送る米やインスタント麺などの食料を準備するベトナム人女性=29日午後、東京都港区の日新窟(共同通信、4月9日)

日本は新たな感染者数が減少してきたことから「緊急事態宣言」が解除され、徐々に社会・経済活動が再開され始めましたが、再燃・爆発の懸念とPCR検査や抗体検査態勢、医療や介護環境などの不安材料は残ったままです。

各地で技能実習生が解雇・休業

それらの問題はとりあえず置くとして、5月29日に総務省が発表した4月の労働力調査では、パートやアルバイトなど立場の弱い子育て世代の女性を中心に非正規労働者が雇い止め(解雇)で97万人減少し、営業自粛などによる休業者が597万人に達しています。実に、700万人に近い人が、解雇や休業により生活の糧を失っていることになります。

2019年末時点、41万972人の技能実習生が日本で「研修」(就労)していますが、「コロナ禍」で研修先の仕事を失った技能実習生の状況も深刻です。5月15日に放映された「NHKおはよう日本」の「行き場失う 外国人技能実習生」では、「これまでも雇用の調整弁として低賃金で働かせている実態が一部で明らかになるなど、多くの問題点が指摘されてきました。さらにいま、新型コロナウイルスによって状況はより深刻です」と報じられていました。「多額の借金と5歳の子どもを残して来日したばかり、コロナで会社は倒産し突然解雇された。」というダオ・ティ・フエンさん。フエンさんをサポートしている「NPO法人日越ともいき支援会」には1ヶ月で2,000件以上の相談が寄せられているとのことでした。

気がかりな東広島の状況

 実習期間の終了や突然の解雇などで帰国したくともできず、困難に陥っている技能実習生が多く存在することや、支援の輪が広がっていることが報道されています。

以前も報告しましたが、私の住んでいる東広島にも多くの技能実習生が働いています。昨年12月末時点、7,975人の外国籍市民のうち1,807人が技能実習生、そのうちの1,099人、61%がベトナム人です。幾つかの受入団体や受入事業所を訪ねてみましたが、「(実習)期限を迎えて帰国できない実習生は特例在留延長で働いている」とのことでした。

しかし、原材料の品切れや出荷見合わせ、感染拡大防止のための「コロナシフト(勤務)」による待機や休業はどうなっているのか、その間の処遇などの詳細については知ることができませんでした。

バイト先を失った留学生の相談も寄せられ、5kgの米袋を幾人かの留学生に届けましたが、留学生も大変です。いずれにしろ技能実習生や留学生は、何らかの問題や課題を抱えています。

大学や受入機関、事業所などが様々に支援していると思いますが、私たち(一般社団法人広島ベトナム平和友好協会)としても、実態をつかみ、支援や関係機関への働きかけをしなければと思っています。

多額の債権労働に縛られる技能実習生

さて、「コロナ禍」であらためて浮き彫りになった技能実習制度の問題です。最大の問題点は、「国際貢献」のため途上国の外国人を受け入れ「技術移転」をするという本来の目的は、もはや建前ですらなく、単なる「安価で使い勝手の良い労働力確保」に陥っていることは、繰り返し述べてきました。

技能実習制度はベトナム側では「送り出し機関」、日本側では「監理団体」が受け入れ企業と実習生(労働者)をつなぐ役目を担っています。実習生は「送り出し機関」に多額の手数料を支払い、受入事業所は「管理団体」に紹介料や毎月の管理費を支払います。

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ベトナムの場合送り出し機関の手数料の上限は、3年契約の場合、ベトナム政府が定めた3,600usドル(1usドル=107.70円≒38万5千円)以下、約520時間の事前教育費(日本語教育)が590万ドン(≒2万7千円)です。 

しかし、ベトナムの送り出し機関に勤める日本人のBlogによると、実際には求職者(技能実習希望者)は「募集担当者に紹介料500~1,500usドル」(5万3千円余~16万円余)、「送り出し機関に4,000~12,000usドル」(43万円~130万円)支払い、「法律で定められているが、実際には守られていない」とのことです。

先に紹介した「おはよう日本」で取り上げられたフエンさんの、「来日したばかりで、借金がたくさん残ってい

るのに、もう倒産してしまった。無一文で帰国して多額の借金を負う、不安でいっぱいです。働ける仕事が欲しいです。」という悲痛な訴えの背景がここにあるのです。

中間搾取も心配される受入れ機関

来日後は、管理団体が技能実習生の生活を支援します。全国で3,000余り、広島県には昨年末時点で146団体あります。直 接企業が受け入れる「企業単独型」は僅か3.6%で、それ以外は「団体管理型」と呼ばれる受入機関です。その団体型管理団体の運営費用は受け入れ企業からの委託料で運営されますが、委託料が高額であれば、技能実習生の賃金に転嫁されるため、実質的な中間搾取となり得ます。

送り出し機関にとって監理団体や受け入れ企業は大切な「顧客」であり、中には管理団体や受け入れ企業が本来負担すべき渡航費や宿泊費、飲食費、遊興費の負担や、キックバックを提供する送り出し機関もあると言われています。

進行する「コロナ禍」のもとで、多額の債務労働の下に縛り付けられ、加えて「転職の自由」を奪われている技能実習生が発する叫びに呼応・支援する動きが各地で起こっています。それを、技能実習制度の抜本的な見直しにつながなければならないと思います。

(6月5日、あかたつ)

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2020年6月 1日 (月)

「無責任」の論理構造 (1) ――「令和の無責任男」を解剖する――

「無責任」の論理構造 (1)

――「令和の無責任男」を解剖する――

 

新型コロナウイルスの感染が抑えられ、自粛要請も解除になりつつありますが、それと軌を一にして、日本中で安倍内閣に愛想をつかしている人が爆発的に増えているようです。たとえば、「広島ブログ」中の人気ブログ「小さな松のカフェ」では、5月31日にライターのヤンシーさんが、令和の無責任男」と題する、風刺を載せてくれています。一読、身体がすっきりした気分になりました。

キーワードは「責任」です。たとえば、5月27日には、文化放送「大竹まこと ゴールデンラジオ!」で、大竹さんやタレントの壇蜜さんまで、このことを問題にしています。毎日新聞の報道では、昨年11月時点で、第二次安倍内閣になってから、首相が「任命責任は私にある」という趣旨の発言を公の場で49回行っていたにもかかわらず、最後は「批判は真摯(し)に受け止めたい」という発言しかしていない点を、取り上げていたそうです。

その前日、26日には、TBSの「news23」でキャスターの小川彩佳さんが、安倍総理の「責任」の使い方は、自分には「責任がある」とは言っても、その「責任を取る」とは言わない点を問題にし、コメンテーターの星浩さんは、「任命責任があるというのなら、その責任の取り方としては、例えば○○大臣を更迭する」のが常識だ、という指摘をしています。

さらに遡りますが、2019年の11月1日の『女性自身』電子版では、国会で安倍総理が「任命責任」という言葉を使った回数を、議事録から数えています。

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『女性自身』最新号

「第二次安倍内閣になってから首相による「任命責任」という文言は33の会議で記録されている。そのうち具体的な「責任の取り方」については24回記録されている」

 その責任をどう果たすのかを問われて、安倍総理の回答は大体次のようなものになっているとのことです。

2014年の衆議院本会議では、「経済の再生を初め、内外の課題が山積する中、行政に、政治に遅滞をもたらすことのないよう、今後さらに緊張感を持って政権運営に当たってまいります。二年前の総選挙で国民の皆様からいただいた負託にしっかりと応えるため、政治を力強く前に進め、国民への責任を果たしていく決意であります」

また2016年2月の衆議院予算委員会では、「閣僚の任命責任は私にあるわけであります。その責任は、究極的には、しっかりと政策を前に進めていくことによって果たされるべきものだと考えています」

『女性自身』の記述では「具体的」なという形容詞が付いている「責任の取り方」なのですが、とても「具体的」とは言えない代物です。それどころか、責任を回避するための下手な言い訳でしかありません。これをお読みの皆さんにとっても、フラストを感じ、憤怒の対象でしかないような言い訳でしょう。それを敢えて、冷静に分析するのが、今シリーズの目的です。

「責任」にとって、一番大切なのは「因果関係」です。何が原因で何が起ったのかから始めなくてはなりません。それも、縺れた糸のように、何本もの因果関係があり、それぞれの糸毎に付随している責任を確認しなくてはならないのです。

 

[因] 河井法務大臣夫妻がウグイス嬢に法定限度を超えた報酬を支払った。

[果] 公職選挙法違反である。

 

[因] 法務大臣が法律違反をした、あるいはその疑いが濃い。

[果] 法律についての全責任を負う立場である大臣は務められない。

 

[因] 自分が任命した法務大臣が、法を犯したあるいはその疑いが濃厚である。

[果①] 総理大臣はまず、法務大臣を更迭する。つまり、法務大臣が自ら辞職する道は塞ぐ。同時に、「任命」という仕事についての自分の能力の有無について、再検証する。

[果②] あまりにも多くの任命が、不適切であったことが分った。

[果③] 自分には人を見る目がないことを自覚する。

[果④] 総理大臣を辞任する。

 

常識的に考えると、すぐ上の[因]と、[果①]から[果④]までという因果関係、そしてシナリオなら多くの人が納得するでしょうし、若者たちも政治に対して少しは信頼する気も起きて来るかもれしません。でも現実に起きていることはこのような流れとは余りにも掛け離れています。事実、このシナリオの①から④まで、一つも現実になってはいないではありませんか。

それほど、非常識な政治が行われているのですから、私たち市民の側でも、手を束ねざるを得ません。どのような発信をすれば、それが時の政権や総理大臣、そして官僚のトップに伝わるのかについて、全く何の手掛かりも持っていないと感じ、無力感に捉われてしまっているのではないでしょうか。

唐突かもしれませんが、それに対するカギは憲法です。何しろ一国の政治の根幹を示している訳ですし、全ての法律の出発点でもあります。総理大臣の権利や義務についての規定もあります。憲法を再点検することで、安倍政治にお別れを告げるためのヒントが得られるかもしれません。

それでは次回をお楽しみに!

[2020/6/1 イライザ]

 

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コメント
汚れっちまった悲しみに→ ってか、のアホノマスク。

5/22午前だかに→届いっちまって。
(ブランド区・杉並より遅れること12日)
そこはすぐさま→用意しておいた〈不要〉のシールを貼りつけポストに投函。
厚労省は→返却マスクはすぐさま与党議員に配り率先着用を義務づけよ。
〒配達の方、仕事増やして<(_ _)>

ごっこ会見。ウンザリよりも、小っ恥ずかしくて見てられない。
この私にその面のスキルがあったなら、
1)prompterを本番で使えなくする
2)prompterにウソ発見器をセットするか、科学的データ満載の中身に差し替える
3)画面を二つに分け→片側に最初に”ブッシュの靴”シーン、メルケル氏やクオモ氏の
真剣発言、ホワイトハウスかなんかでわれ先に手をあげる記者たち、最後は
小川淳也衆院議員(立憲)5/22コロナ対策国会質疑で閉める

「硬い心」様

コメント有り難う御座いました。

私の住む田舎には、マスクも給付金もまだ届いていませんが、スーパーでも普通にマスクは手に入るようになりました。

そのマスクと記者会見についてのコメント、全面的に賛成です。プロンプターに細工ができるのなら、これまでの罪状を認め「辞職する」という言葉をどこかに埋め込みます。それも複数回。

未だに二桁の支持率があることさえ信じられませんが、「安倍下し」の旋風を作り上げるために、安倍政治の酷さを憲法に照らして告発することも効果的ではないかと思います。

2020年5月21日 (木)

新型コロナウイルス断想・その10 ――創造的な「Stay Home」のために――

新型コロナウイルス断想・その10

――創造的な「Stay Home」のために――

 

休業要請や自粛が解除されつつはありますが、まだまだ外に出る機会は少ないようですし、家にいる時間の長いことには変わりありません。その折角の時間を「創造的」に使うための提案です。

とは言え、人間誰でも自己中心的ですので、この提案も御多分に漏れません。お許し頂ければ幸いです。

  • 折角、このブログをお読み頂いていますので、その楽しみをもっと長く続けるために、「コメント」を書いてみましょう。書くことで、ブログの内容が良く分るようになるはずです。
  • コメントを送るときに、実は小さなテストがあります。「送信」ボタンを押した後、スパム防止のために、見え難い数字を読み取って、正しい数字をインプットするのですが、コメントを送る度に、眼の検査ができるのです。毎日少しでも視力が改善しているのを確認できますし、悪くなっていたら、眼科に行きましょう。

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  • コメントを頂いた方の中から、いくつかのジャンルについての「賞」を差し上げます。「短いコメント賞」とか「ユーモア賞」、「勉強になりました賞」等、感動に従っての名前を付けます。「賞品」が付くかもしれません。
  • 興が乗ったら、短いエッセイを書いて下さい。送り先は、コメントを頂ければお教えします。写真や、和歌、俳句も歓迎です。
  • リクエストや質問等もお願いします。

   私は今、昔、アメリカで集めたLPレコードを引っ張り出して聴いています。もう少し良い環境で聞けたらとも考えて、環境を整えるためにどのくらい投資すべきか、迷ってもいます。良いアドバイスを頂ければ幸いです。

 [2020/5/21 イライザ]

 

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コメント

当方、普通の機器しか、持っていません。スピーカーだけ、増やして、いました。でも、たった1セットの高級スピーカーに、負けているかも、知れません。お金を、かけたくない、いいえ、先立つものが、、、ないのです。昔から,オーディオの音質は、、金額に、比例は、するとか、、、、。当方、そういう、凝り性では、なてく、ほどほどと、いうものです。車に、マークレビンソン仕様。いい音が、しています。別の車は、後席の、ヘッドレストの、後ろに、スピーカーが、あります。トランク全体を、使って、響かせて、います。後者の方が、好みです。前者の、マークレビンソンも、トランクで、鳴っていますが、後者ほど、スピーカー径が、大きくありません。あの有名な三橋達也さん。壁にスピーカーを、埋める、と、いうものでした。と。オーデオの、本を出している同級生が、います。当方、理論は、ありません、感覚的な、自分の、好みだけです。当方は、とりあえず、スピーカーを、増やす、と。30年間、そこで、止まって,います。大小スピーカーボックス、片側、数個ずつ。配線を、枝分かれ、させています。アンプ、安価です。3セット、あちこちに。環境というのは、オーデオルームと、いう、ことですか。それとも 、機器、機材も、ですか。当方、ながら族なので、音質には、うといです。       Jerry Keller   here COMES SUMMER.  イライザ様のアメリカ高校時代、こんなカンジだったのかなぁ、と。好きな歌の一曲です。昭和40年代ドーナツ盤,50年代、LPです。   今、youtubeです。

コメント有り難う御座いました。

まずは、「コメントをお願いします」に応えて下さった最初のコメントですので、「最初のコメント賞」です。有難う御座います。

賞品は、「Architektur aus Papier」です。グリーティング・カードなのですが、二つ折りのカードを開くと、中に、3次元の建物が現れるようになっています。建物は、ベルリンの中心部にあるコンサートホール広場の三つの建物です。

送り先をコメントとしてお送り下さい。これは公表しません。

私はLPを聞くので固定した場所での再生装置です。まずはスピーカー、そしてあとはレコードプレーヤーかなと思っています。

最高の音響機器は脳だと思います。ウォークマンが発売されるまではスコアを持ち歩いて自然の中で音楽を楽しんでいましたが、音楽好きの知人にはオーディオに家が建つほどのお金をかけた挙げ句、ラジカセに落ち着いたという人もいました。どんな高級オーディオも脳が行う補正にはかないません。

そして今現在、最も聴いている音源は先のコメントでも書かれていたYouTubeです。戦前の名演から、最近のコロナ禍で公開されている自宅での珍しい演奏まで、際限なく楽しめています。

と言うものの、毎年2−3回はスピーカー・ヘッドホン・イヤホンを買い替えている私で、最近はネットオークションのおかげで買った金額より高く売れる場合も珍しくなく、安いセルフ・サブスクリプションですが、それはそれで音楽を楽しむこととは別の趣味になっています。

「工場長」様

コメント有り難う御座いました。

残念なことに、最高の音響機器の中にも優劣があるようで、私はそこそこの外部機器に頼らざるを得ない状況です。特別定額給付金の一部をそれに充てることも検討中です。

それと、最近は私もYouTubeを良く利用するようになりましたが、色々と面白い発見があって、何時まで経っても人間ってあまり進歩していないんだなー、と思うことも再々です。



「工場長」様 

大切なことを忘れていました。いつも楽しくためになるコメントを有難う御座います。「賞」を差し上げます、と約束しましたので、「いつもコメント有難う賞」です。

賞品は、Architktur aus Papierで、二つ折りのカードを開けると現れる建物はドイツの国会議事堂です。

youtubeを、ご覧に、なるということで。総理大臣の、車列の走行、箱乗り他です。何で、品の無い走りなのでしょうか。警護車に、赤色灯装備ですが。白バイの、パトカーの先導で、緊急走行した方が、周囲にも、わかって、いいと思うのですが。外国の元首の、それのように、交通遮断までは、望みませんが・・・。ニンジン棒を、振って、身体を、乗り出して、強引に、割り込みです。赤色灯を、回せば、一般車は、譲るのに.まぁ、品の無い走り方です。見ている、こちらの方が、恥ずかしくなります。警護車が、右に、左にと、車線変更の、繰り返しです。それについて、合理的な、理由が、見い出せません。パトカーが、いたら、総理大臣の車の横に並ぶ者は、いません。センチュリーでしたが、一台は、カーテン有り、もう、一台は、カーテン無し。両方カーテン有りにすれば、いいものを。どちらの車に、総理大臣が、乗車しているか、わからないように、することが、セキュリティ対策だと、思います。一体何をやってんでしょうか。抜けてます.佐々淳行さん、曰く。最悪の事態から、警備を、考えろ、と。緊急走行でなくても、警護車は、赤色灯を、回せと、なります。一般車に、急ブレーキなんか、させては、いけないのに。強引な割込み、これだけで、OUTです。

「山下」様

勉強になるコメント有り難う御座いました。総理の車列をYouTubeで見ました。

それで思い出したのが、ボストンで遭遇した「Hells Angels」の車列です。大型のモーターサイクルが複数台、高速への入口を封鎖して他の車を制圧して、我が物顔に高速を独占するやり方はピッタリ一緒です。

もう一つ、昔、土井さんが党首として外国に出掛けるために成田に向っていたときは、パトカーに先導されていました。御指摘のように、その方が安全だし、周りの人たちも協力し易いと思いました。

2020年5月18日 (月)

新型コロナウイルス断想・その9 ――ようやく全体像が見えて来た――

新型コロナウイルス断想・その9

――ようやく全体像が見えて来た――

 

Our World in Dataには、ありとあらゆる組み合わせの相関度のデータとグラフが用意されていますので、その中からいくつかを選んで、日本の状態を推測する積りでしたが、5月15日には、抗体検査の結果が発表されましたので、実データを優先してそちらについて考えたいと思います。

緊急事態宣言の一部解除が決まったのは5月14日です。その翌15日には、献血の際に行われていた抗体検査の結果が発表されました。500件の検査の内、コロナウイルス陽性を示したのは3件で、陽性率は0.6%ということになります。500件では数が少な過ぎますし、検査そのものの信頼度も高くないということなのですが、これまでのPCR検査のように検査対象が恣意的に狭められていた事とは対照的に、一応、ランダムな検査結果が出たということですので、この結果がそれなりの客観性を持つものだという仮定の下、いくつか感じたことを記しておきたいと思います。

まず、4月23日に公表されたニューヨーク州とニューヨーク市の抗体検査の陽性率と比べると、桁違いに低いことが分ります。ニューヨーク州では14%、ニューヨーク市では21%なのですから。とは言え、東京都の人口は約927万人ですから、その内の0.6%がコロナに罹っていたとしたら、5万5000人です。現在東京都内の感染者数は約5000人ですので、その10倍の人が感染していることになります。

現在の日本全体の致死率は、Our World in Data の数字で見ると、4.27%ですので、それを使うと、2300人が、東京都内で亡くなっているはずだという結果になります。しかし、公式の死亡者数は212人です。2018年、東京都での肺炎による死亡者数は約8000人ですので、今年もこの傾向が続いているとして、コロナ感染による肺炎であるとは診断されていない死亡者の中に、実際はコロナによる肺炎が混じっていた可能性は否定できませんが、もう少し信頼できる数値がないと、これ以上の推論は意味がありません。

実測値と、抗体検査の結果から推測できる数値の間にこれほどの違いがあるのですから、その意味を考えるに当っては慎重にかつ論理的・科学的な手続きが必要になります。特に大切なのは、統計的に意味のある広範囲のPCR検査ならびに抗体検査を行うことです。科学的ということは、実際のデータを元に、科学的な知見を使うことですからこれは当り前です。

その上で、15日のテレビで白鵬大学の岡田晴恵教授が指摘していたことが重要です。教授の整理の仕方を少し変えて、「楽観的」な要素と「悲観的」な要素の二つに分けて、未来を考えてみましょう。

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楽観的な要素とは、ニューヨークの感染率と比べて、東京の感染率が桁違いに低いことです。これを文化・社会的な違いで説明することも大切でしょう。例えば、マスクを装着している人の割合や、電車等の密集した場所での日本人のお行儀の良さ、家に入るときには靴を脱ぐ週間、トイレには、トイレ用のスリッパがある等々の衛生観念の浸透、ハグをしたりキスをしたり、握手を頻繁にするという習慣のなさ、大声で喋る人が少ない事実、その他、多くの違いが感染を防ぐ上で役立っていると考えられます。

それが、何らかの科学的方法で確認されれば、今後のコロナ対策の一環として世界に「日本方式」あるいは「アジア方式」として広める努力が必要になるかもしれません。この点については最後にまた触れますが、その前に悲観的要素について考えてみましょう。

それは、陽性率が0.6%の意味です。ということは、感染していない人が99.4%もいることになります。この岡田教授の鋭い指摘で、大切な点が浮き彫りになりました。ほとんどの人が感染していませんので、ワクチンや治療薬が早く出来なければ、ほとんどの人は初めて感染する危険に晒されることになります。特に、秋から冬にかけてのインフルエンザが流行する時期は、コロナウイルスに感染し易い環境でもある訳ですから、今まで以上に感染防止のための努力をしなければ、感染爆発が起きる可能性が大きくなります。

勿論、統計学的、疫学的に意味のある検査が行われて、感染の状態がある程度正確に分ってからで良いのですが、感染爆発を起こさないように、今から準備をしておく必要があることも当然です。たとえば、冬になって必要になるマスクとか消毒液を今から手配しておくとか、医療用のマスクのみならず、防護服やフェース・シールド等も秋・冬用の量を揃えておかなくてはなりません。

今まで「後手、後手」でしか対策を打てなかった安倍内閣にも、これまでの失敗を教訓に、秋以降は国民から再評価されるような施策を今から準備する二度目の機会が与えられているのです。検察庁法改正案などという「不要不急」の案件に時間を使うのではなく、秋以降に汚名を雪げるよう、今こそ、英知を結集すべき時なのではないでしょうか。

あるいは、安倍政権に愛想をつかしつつある国民の立場を重んじて、安倍内閣を倒して、秋以降のコロナ対策は私に任せて下さい、というリーダーが現れないものでしょうか。

ここで、再度、楽観的要素の登場ですが、仮に政治のレベルでのコロナ対策が秋になってまだ間に合わないとしても、日本国民の衛生観念の素晴らしさや今経験しつつあるコロナ対策からの教訓を秋から冬にかけて生かすことができるのも、私たちの強みです。仮に安倍内閣、あるいはその後継内閣が無能でも、国民の力で秋から冬の感染期の波を乗り越えることは可能です。

 [2020/5/18 イライザ]

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2020年5月17日 (日)

新型コロナウイルス断想・その8 ――Tomas Pueyo氏の力作を熱の入った日本語訳で読む――

新型コロナウイルス断想・その8

――Tomas Pueyo氏の力作を熱の入った日本語訳で読む――

 

これまで度々御紹介して来たTomas Pueyo氏のコラムを順を追ってリストしておきましょう。力の入った日本語訳のサイトも掲げておきます。

その作業を始めるに当って、まず感謝の言葉です。大変分り易い、かつ科学的な根拠もきちんと示してくれている上に、私たちが何をすれば良いのかについての適切なアドバイスまで提案して下さっている、Tomas Pueyo氏と彼を支えているチームに、心からの感謝をしたいと思います。そして、Pueyo氏の論文を発見した上で、その価値を理解し、技術的な面まで正確に日本語に訳して下さっている飯田諒氏、Tomohisa Kato氏にも深甚なる感謝の意を表します。

 

  • まず、第一作ですが、「コロナウイルス: 今すぐ行動すべき理由」です。原題は、Coronavirus: Why You Must Act Now――Politicians, Community Leaders and Business Leaders: What Should You Do and When?で、著者は勿論、Tomas Pueyo氏です。3月10日にアップされているこの論文は、ここをクリックすれば、御覧頂けます。

   そして、飯田諒訳氏による日本語訳「コロナウイルス: 今すぐ行動すべき理由」は、こちらです

 

  • 次は第二作ですが、日本語のタイトルは、「コロナウィルス : 「ハンマー」と「ダンス」」です。「ハンマー」と「ダンス」の意味は、以前に説明しましたが、この第二作中で、また日本語訳の中で詳しい説明があります。

 

原題は、Coronavirus: The Hammer and the Dance――What the Next 18 Months Can Look Like, if Leaders Buy Us Time。 3月20日にアップされています。こちらをクリックして下さい

  再度、「ハンマ―」と「ダンス」のグラフを御覧下さい。

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Tomohisa Kato氏による日本語訳はこちらです。コロナウィルス : 「ハンマー」と「ダンス」(Coronavirus: The Hammer and the Danceの翻訳) 

 

  • 三作目は、4月20日のアップで、タイトルは、「コロナウイルス:ダンスを学ぶ (「ハンマーとダンス」続編) パート1:世界中の国々から学べること、または、ダンスのマスター・クラス」です。原題は、Coronavirus: Learning How to Dance――Part 1: A Dancing Masterclass, or What We Can Learn from Countries Around the World

この論文は、こちらをクリックして下さい

 

Tomohisa Kato氏による日本語訳はこちらです

 

  • 第四作が「「ハンマーとダンス」続編2:誰でも覚えられるダンス・ステップの基礎」です。原題は、「Coronavirus: The Basic Dance Steps Everybody Can Follow――Part 2 of Coronavirus: Learning How to Dance」で、マスクの効用やソーシャル・ディスタンスなど、私たちができることの詳細な説明です。このブログでは、5月3日から5回にわたって論文の一部を御紹介しました。

4月23日にアップされたPueyo氏の元々の論考はこちらをクリックして下さい。

Tomohisa Kato氏による日本語訳はこちらです。

 

  • 第五作は、4月28日にアップされた「「ハンマー戦略とダンス戦略」続編3:検査と接触者追跡の方法」です。原題は「Coronavirus: How to Do Testing and Contact Tracing――Part 3 of Coronavirus: Learning How to Dance」で、この論文を読むには、こちらをクリックして下さい。

Tomohisa Kato氏による日本語訳はこちらです。

 

 

 

最後に、私が信頼している見易いグラフの宝庫を御紹介します。データについては、Johns Hopkins University の信頼度が高いのは言うまでもありません。それも含めて、European CDC がまとめているデータを主要なソースにして、Oxford Universityの傘下にある「Our World in Data」というサービスが提供しているデータとグラフです。

次回は、このデータとグラフから分ることを検証して行きますが、今回は、人口1000人当りのPCR検査数と、一人当たりGDPとの関連を示すグラフを見てみましょう。まずはグラフをクリックして下さい

1人当たりGDPの同じくらいの国と比べて、日本だけが突出して検査数の少ないことが分ります。日本の1000人当りの検査数は、一人当たりGDPでは、日本とは桁の違うほど低い国々と同じレベルなのです。それで良いのでしょうか。このような形で「経済」の問題として表現することで、少しは政府に必要性を分らせることができると良いのですが。

 

 [2020/5/17 イライザ]

 

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2020年5月14日 (木)

新型コロナウイルス断想・EXTRA 2.5 ――昔話になりますが――

新型コロナウイルス断想・EXTRA 2.5

――昔話になりますが――

 

前回、EXTRA2で取り上げた、5月1日のオンライン閣議ですが、オンラインで閣議を開こうというアイデアは、誰の発案だったのでしょうか。安倍総理が自ら思い付いたとは考えられません。でも、今までの私の経験から、次のようなシナリオだったとすると、何となく「納得」です。

「緊急事態宣言延長を公表して、国民に自粛を続けて下さいと要請するに当って、政府がテレワークをしていないとなると、意地の悪い一部のマスコミに批判される。この際、一度だけでも、閣議を、テレビ会議システムを使って開いておいたらどうでしょう。たった5分かそこいらで、批判を躱せるのですから、良いアイデアでしょう。」と、アベシンパのマスコミ人に唆されて、殿は「良きに計らえ」と、高級官僚に丸投げ。高級官僚は、「エーッ、テレビ会議なんかは下々に任せておけば良いことで、我々はそんな技術的なことまで立ち入る必要はない。我々の仕事は天下国家を論じることなのに!」と、これも部下に押し付けて、巡り巡って、ようやく数時間かけて、「準備が間に合わない」状態で、それでもテレビ会議を始めることができた。

このような思考の背景には、千年以上続いて来た我が国の伝統と文化を守るのは自分たちであるという気概と誇りがあります。「花押」に象徴される閣議がその最たるものですが、テレビ会議などという代物がその貴重な伝統を壊すようなことは許されない、西欧文明の軽薄さに汚されることなど絶対に許せない、という結論にしてしまった可能性は大きいのです。それは、取りも直さず、コロナという現実に目を瞑り、その現実と闘う多くの人々の努力を蔑ろにしてしまうことになってしまうのですが、それは、「お上」の与り知らぬことなのです。

伝統を守ることも大切です。同時に、最新の科学的知見や、その結果としての技術を活用して命を守り市民の権利を守ることも重要なのです。でも、ギリギリのせめぎ合いになると、自分たちが特別であるという「事実」の証としての「花押」が大切になり、誰でも使えるインターネットは無視されてしまうのかもしれません。私がこんな思いに駆られてしまったのは、もう20年以上前になりますが、1999年からの個人的な経験があるからです。

当時、ある都市のトップとしての仕事を始めたのですが、最初の日に迎えに来てくれた秘書が手渡してくれたのは、何と、鉛筆書きのスケジュール表をコピーしたものでした。予定に変更があった場合には、すぐ訂正をして、そのコピーを関係者一同に配れるからという説明がありました。でも、今の時代に「鉛筆書き?」とは、と大きな衝撃を受けました。

それまで、アメリカ生活が長かったせいもあって、日常的にパソコンもe-mailも使っていましたので、二重三重の衝撃だったような気がします。調べてみると、パソコンの設置状況は、当時、各課に一台で、職員一人一人がパソコンで仕事をする物理的な条件も整ってはいませんでしたし、職場の雰囲気としてもそれまでの仕事の仕方を踏襲すれば良いという、超保守的な価値観に染められていました。

とは言え、事務の効率が上がれば、そこから生まれた時間を自分の趣味のためにあるいは家族のために使えますし、仕事だけに限っても、余裕のある市民サービスにつながることは明白でした。まずはハードの整備が必要でしたので、性能としては十分使える中古のパソコンを一人に一台配備して、すべてパソコンとインターネットで仕事ができる環境を整えました。

しかし、そこで大きな壁に阻まれました。市の行政の先導的役割を果すべき局長たちから反発が起きたのです。さらには市議会の古手議員たちもそれに同調していました。局長たち、そして議会の長老たちが「自分は死ぬまでコンピューターなど使わない」、「コンピューターに触るのも汚らわしい」、「e-mailなどは、女子職員にやらせれば良い」等、「反コンピューター」そして「反インターネット」の狼煙を上げていることが分ったのです。

そんな時に、たまたま吉村昭氏の『梅の蕾』に出会いました。陸の孤島とも言われた岩手県の田野畑村は御多分に漏れず無医村だったのですが、そこに千葉県から赴任した老医師、将基面誠さんがモデルの物語です。それは将基面夫妻の愛の物語でもあるのですが、中でも感動的なのは白血病で倒れた奥様、春代さんの村人たちとの交流です。村人とともに山野を歩いて野草を集め、また、花を増やすために梅の苗をプレゼントするなど、村人に慕われた春代夫人が村を愛し人として生きて行く姿が、将基面夫人の葬儀のシーンでクライマックスに達します。

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田野畑村診療所

仮にコンピューターが非人間的な存在の象徴であったとしても、人間的な感動がそれを超える力を持っているはずです。局長たちも議員たちも最終的には市民のために働き、その目的のために一都市の幹部職員・議員になったのですから、無医村に赴任する老医師夫妻と共感できる部分があるはずだと私は信じ込んでいたのです。そんな共感を通して、嫌いなコンピューターやインターネットに心を開いて貰えるのではないかと期待していました。そのために、『梅の蕾』を読んで、感想をメールで私のアドレスに届けるよう、課題を出しました。

そしてこの宿題は、局長たちの間の団結を一層強めたようです。『梅の蕾』は秘書に読ませ、感想も秘書に書かせ、メールも局長名ではあっても秘書が送ってくるというケースがほとんどだった上に、「反コンピューター」 = 「反インターネット」 = 「反市長」という大義の下、事務事業の効率化に対する、あからさまな妨害が強まったからです。

未だiPodやiPad、そして何よりiPhoneが普及する以前でしたので、このような抵抗が可能だったのだと思います。その後、若い世代を中心に、ネットの世界が「非」ネットの世界にまで大きな影響を与え始めると、大勢には逆らえず、市の幹部職員や議員たちも徐々に順応せざるを得ない状況になって行きました。

こうした社会環境の変化も助けになって、詳しくは機会を改めて報告したいと考えていますが、約10年掛って、あらゆる面での庁内改革が成功と言える結果になりました。国のレベルで、オンライン閣議だけではなく、最終的には電子投票制度までが導入されるレベルの改革はいつになったら始まるのでしょうか。

 [2020/5/14 イライザ]

 

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コメント

地位のある人ほど、自分では何もしないから、スマホでなくガラケーだと威張っているのを見かけます。特に男はその傾向が強いように感じます。スマホが使えないのを隠すかのようにガラケー自慢してますね。

でも、女性は柔軟で、かなりの高齢の女性もスマホを普通に使われています。子供や孫に言われて使い始めたという人もいます。男性と違い、よくわからんから未だにガラケーだと恥じるようなことを言われるのも女性ですね。
キャッシュレス化で、電子マネーをスーパーで使うのも女性が多いですし、PayPayを使うのも女性が多いようです。
そういえば、今回のコロナ災害で、活躍しているのも女性リーダーですね。
安っぽいプライドしかない男は、数年もすれば社会悪になりそうですね。

「やんじ」様

コメント有り難う御座いました。

新しい技術を拒否する理由、逆に新しいものなら何でも良いと信じ込んでいる人等、それぞれの立場はあって当然なのですが、自分の「権威」を守るため、という隠れた大目標がある場合は、用心しなくてはなりません。

そして「権威」に呑まれて「忖度」に走る人たちも。

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