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2021年1月15日 (金)

1月のブルーベリー農園その2(東広島市豊栄町)

強い寒波が来たので9日と10日は農園には行かずひたすら家でじいーっとしていた。車は4駆ではないしスタッドレスもはいていない。11日は道路も大丈夫だろうとふんで昼過ぎにつくように家族みんなで出発した。着くと妻と娘は墓に参り、息子はテレビにかじりつき、私は農園の周囲の巡回と挿し木用にブルーベリーの穂木を採取するにとどめ2時間あまり滞在して帰途についた。連休明けから日中の気温が上がってきたので体も少しづつほぐれてきた。

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寒々とした風景が広がる。

①.ブルーベリー畑も葉がすっかり落ちて地面の雪の白さがモザイク模様に広がる。

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②.後ろの山は茶臼山。山頂の周囲には戦国時代、乃美茶臼山城という古城があった。

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③.家の納屋の樋にできたつらら。屋根の古くなった太陽熱温水器の水漏れで滴る水が凍りつららになってしまった。農園のある場所の標高は約400mあるのでやっぱり寒の入りの季節は氷点下の気温で厳しい。つららは棒でぱしぱしと叩き落す。ばりばり、どさっと落ちる音がした。

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④.庭の木の下の方にできた細長いつらら。

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⑤.里山の早生のブルーベリー園に行く道には動物の足跡が点々と続く。墓参りに行った母娘はオスのキジと出会ったそうで雪の上に足跡としっぽの跡らしい筋が残っていたと話してくれた。鳴き声は聞こえたので今日は農園の周囲で過ごしているようだ。

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作業らしい作業はせずに4時前に帰ったのだが、里山の早生の木から挿し木用の穂木を少しばかり採取した。

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農園の冷凍庫から持ち帰ったブルーベリーで今年最初のジャムづくり。今回はグラニュー糖たっぷりで煮込む。

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14日(木)。暖かくなった午後から晩生のブルーベリーの穂木の採取に農園に行く。

①.場所は里山で、採取する品種はホームベルにする。丸いスパイラル状の籠に採取した穂木を切ったはしから入れていく。

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②.籠がいっぱいになると畑のそばの野焼きする場所に行き切った穂木の簡単な選別と長さ調整をして第2森の工房AMAに持ち帰り水を張ったバケツに入れて作業終了。次の日に森の工房やの・生活介護の作業で10~11センチの長さに切りビニールの袋に入れて冷蔵保存し、3月に挿し木床に挿す。

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③.ブルーベリーの花芽。早生のスパルタンという品種。大きい実が付きとてもおいしい。

 

2021年1月15日

社会福祉法人安芸の郷

 理事長 遊川和良

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2021年1月 9日 (土)

寒牡丹を見るため、この冬一番と言われる寒さの中縮景園に行きました

昨日は、午前11前にようやく0℃を超えるという寒さの厳しい日でした。予報では、雪が降るといわれていましたが、市内中心部では元日よりも少なかったようです。

この寒さの中、朝早くから縮景園に行ってきました。年明けのNHK広島の「お好みワイド」で、紹介された「寒牡丹」を見るためです。

元日も家の周りには雪はなかったのですが、平和公園に行くと芝生広場は真っ白になっていたように、ひょっとすると縮景園では、うっすらと雪化粧した風景が見られるかなと、開門時間の午前9時をめざして出かけました。ちなみにこの時刻の気温は、マイナス2℃でした。

縮景園に着くと、ちょうど門が開きました。冠木門(かぶらぎもん)の前には大きな門松が飾られています。

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係の人に訪ねて、牡丹園をめざします。門を正面に見える数寄屋風書院造の清風館前から右手に延びる園路に沿って寒牡丹が並んでします。半分は、雪囲いの藁でおおわれています。

ところがよく見ると、大きな花房は、茎が曲がり、多くが下を向き萎れた感じになっており、もう盛りを過ぎたかのような花の様子です。

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残念と思いながらも、何枚か写真を撮りました。

せっかく来たのだからと、園内を一回りすることにしました。園の中心に広がる池に架かるランドマークの跨虹橋に朝日があたり、きれいな景色が広がっています。時計回りと反対に、ゆっくりと景色を眺めながら進みます。入園している人は、ほんの数人です。被爆イチョウの木などを見ながら、次には西側にある梅園をめざしました。数本ですが、すでに開花した木を見つけることができました。たまたまでしょうか、紅梅、白梅の両方が花をつけていました。

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本格的な梅の開花にはまだまだ時間がかかりそうです。さらに進み園を一周し、泉水亭の裏にある桜の標準木の蕾を見ることにしました。当然のことですが、蕾とも呼べない芽が出ていますが、まだまだ小さく硬いままです。

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清風館前まで戻って竹垣のうちを見ると、そこに植えられた「寒牡丹」が、すっくと茎を伸ばし、見事な花の姿を見せています。

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どうも、私が入園するのが早すぎたようです。「今日はもうだめか」とあきらめていた牡丹園に戻ることにしました。さっき見た時とはずいぶん違い、多くの株の花が、元気になり、きれいな姿を見せています。

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あわてて帰らなくてよかったと思います。それでも、まだなん株かは、萎れたままですので、もう少し園に留まることにしました。待っている間に、以前にここを訪れた時見たことのある風景に出会います。結婚写真を撮る人たちです。厳しい寒さですが、良い天気ですので、きっと良い写真が撮れることでしょう。

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入園してから1時間20分、なかなかしゃきっとしなかった黄色の花をつけた株もようやく、花を上向きにしました。

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この1枚を撮り終えて、退園することにしました。途中でウグイスの姿を見つけましたが、鳴き声を聞くことはありません。まだまだ春は遠いと感じた縮景園巡りでした。

いのちとうとし

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2021年1月 8日 (金)

1月のブルーベリー農園その1(東広島市豊栄町)

正月3が日はどこにも出かけることなく、4日に重い腰を上げて農園に行き農作業を午後から数時間行った。少しばかり残った雪が残る中ブルーベリーの剪定を行ったり、たまったブルーベリーや雑木の枝を燃やしたりして早めに帰途についた。また、安芸の郷の職員と一緒にドイツから来ている若者アンディさんも来園。雑木の野焼きを手伝い、竹を切る体験をし、きな粉餅をふるまいなどして異国の農業と生活の体験をしてもらった。

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元日朝、うっすらと雪。自宅のベランダにスズメが来ている。去年12月から農園の蔵の中のコメの貯蔵庫にあった食べられそうにない古いコメを持ち帰り鳥寄せにひとつかみづつ毎朝ベランダにまいているので今朝も姿を見せた。

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1月4日(月)。安芸の郷はこの日まで休みなので農園で作業開始。

①.正月に降った雪がブルーベリー畑ののり面に少し残っている。

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②.里山の早生のブルーベリー園は北向きで雪が一面残っている。1列ほど剪定を行う。

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③.安芸の郷の職員と、昨年12月中旬から森の工房やので活動を始めた独日フォーラム派遣のベルリンっ子のアンディさんの2人が来園。早速ブルーベリーや雑木のたまった枝を燃やす作業を手伝ってもらう。

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④.2時間余りで全部燃やした後は休憩。きな粉餅、醤油をつけた餅を一緒に食べる。どちらも「おいしい」と7個をペロリ。

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⑤.休憩後、もう作業も早じまいなのでドイツにはない竹を切る体験をしてもらう。竹用のよく切れるのこぎりで力任せに4~5本切り、枝を払い2mくらいに切り分けたあとコップやペン立て用に2つ節の際からカットして持ち帰る。両手に持ったアンディさんは嬉しそうだった。

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⑥.畑の晩生のブルーベリーは雪も降ったせいかすっかり落葉している。

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⑦.春と違って冬色ばかり。

  ・ヤブランの実

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  ・ナンテンの実

(アンディさんも珍しそうにスマホで撮影していた)

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1月7日(木)朝の自宅ベランダのメジロ。スズメの来訪をきっかけにミカンの輪切りをバラの鉢の中においている。スズメも20羽くらい来るようになりしばらくは毎朝にぎやかだ。

 

【あとがき】 東広島市豊栄町にあるブルーベリー農園は妻の実家の田んぼと松くい虫で枯れた里山を再利用して2000年と2001年の2年越しで1100本のブルーベリーを当時の障害者の通う安芸区の安芸共同作業所、共同作業所みみずく、大崎上島のふれあい作業所の協力を得て両年とも一日で植えるという元気あふれる植樹をして今日に至っている(その後これらの作業所は社会福祉法人化を実現している)。ここで収穫したブルーベリーの実は2003年10月に法人化を実現した安芸の郷に納品して利用者の工賃確保に資するものとして続けられている。標高約400mの場所にあるこの農園の実はおいしいと評価を頂き、これを励みにその後の栽培管理は安芸区船越の自宅から夫婦、家族の週末農業で行っている。収穫時には安芸の郷、農園の友人知人の援農があり、人と人のつながりは広がり続けている。

2021年1月8日

社会福祉法人安芸の郷 理事長 遊川和良

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2020年12月31日 (木)

12月のブルーベリー農園その4(東広島市豊栄町)

   農園の近くの豊栄・四季彩館にお餅を取りに行って農園に帰る途中で、突然パッと車を横切ったので撮影できなかったが、キジの親子と出会った。オスはいなくて母鳥と一回り小さい子どもだった。しばらくオスを見ていなかったのだがちゃんと生活しているらしい。農園が管理しているため池からは鴨が2羽突然飛び立つのを見ることができた。ヒヨドリも数が増えてきた。年末は26日、27日、29日と農園に行く。作業はブルーベリーの剪定、草刈り竹や雑木の伐採、そして墓の掃除で農園行きは終了。正月飾り用のナンテンをバッサリ切って持ち帰る。30日から寒波が来る。31日は農園も2年ぶりに雪が積もりそうだ。

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12月26日(土)。4時前、里山の周囲の草刈りをしていると乾燥注意報と火の用心をスピーカーで流しながら消防車が通る。いつもこの道を通って帰る先に北分署がある。この日の音らしい音はこれくらい。

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12月27日(日)

①.里山の早生のブルーベリーの剪定。根元にひこばえがたくさん出ているので太いもの1~2本残してあとは切る。

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②.竹の伐採。切り倒すのはすぐだが後処理に手間がかかる。2m位の長さに切り、枝を払い1か所にまとめて朽ちるに任せる。

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③.そうこうするうちに夕方になりブルーベリー畑の向こうで水路の法面のススキの群落の野焼きが始まった。炎と煙が景色にアクセントを添えてくれる。時々眺めながら雑木を刈る。

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12月29日(火)

①.午後遅く農園委着いたので農作業はなしで農園の向かいの茶臼山の麓の墓掃除にいく。

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②.墓に行く途中の道沿いの桧の林の光の入る場所にはナンテン生えている。赤い実が鮮やか。

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③.エビネの株もとの落葉を払うと冬至芽が出てきた。来年春が待ち遠しい。

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④.墓掃除の帰りに親子づれに出会う。小さい子どもが自転車で、お母さんは走って通っていく。

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⑤.ブルーベリー畑。晩生の品種は落葉がすすむ。

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⑥.帰り道にある近所の農家の柿。寒さで実がしわしわになっている。

 

2020年12月31日

社会福祉法人安芸の郷 理事長 遊川和良

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2020年12月23日 (水)

12月のブルーベリー農園その3(東広島市豊栄町)

今年の冬至は21日。前日までの土日は寒い日がきて農園では2日ともうっすら雪が降り冬らしい景色と気温になった。晩生のブルーベリーはまだ落葉していないが葉の色は赤みが強い色から黒っぽいくすんだ赤色に変わってきている。21日からは気温も緩んで少し暖かくなっているがいつまでつづくか。農園の近くの豊栄四季彩館では地元のもち米を使った餅がおいしい。師走なので正月用の餅を予約しにいったついでにつきたての平餅を買って昼めし代わりに頂く。腹持ちがいいし腹も張らないので農作業も動きやすい。

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12月19日(土)。

午後2時ごろまでみぞれ交じりの雨。板鍋山や茶臼山の上のほうは雪化粧だ。

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雨が上がってから里山の竹や雑木の伐採を行う。竹を切るのは竹専用ののこを使う。サクサク切れてなかな気持のよい作業。

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夕方5時前、降ったりやんだりの天気の中あちこちのブルーベリーの花芽にしずくがかかってきらきら光る。

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12月20日(日)。1~2センチの雪で農園についたころにはもう消えかかっていた。

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近くの池には薄い氷が張り

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その上にかかった雪が模様を描く。

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近くの田んぼののり面に植えてあるシバザクラはところどころに花が咲いているが、かえって寒々とした印象を受けてしまう。

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午後から農園の所有し管理している池の堰堤の草刈りを2時間ばかりかけて行った。

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檜や杉の林を抜けて農園に帰る。

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休憩後昨日に続き里山の雑木を切り、畑のブルーベリーを撤去した後に硫黄の粉をまいておいた。来春、土になじんで酸性の土壌になったらブルーベリーの苗木を植える予定。安芸区への帰りの国道2号線はすいていたのでいつもより早くついた。

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ところで12月は1996年12月7日にヒロシマの原爆ドームが世界遺産になった月でもある。我が家のリビングに飾られているミニカーの飾り台の中の一番上に世界遺産を記念して作られた缶ワッペンが広電の電車の模型とともに飾られている。息子の趣味で彼の考えでこの2つが飾られているのだが、核兵器禁止条約の発効が確定した意義ある年でもありここだけはしゃきっとした空気が漂う。

2020年12月23日

社会福祉法人安芸の郷 理事長 遊川和良

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2020年12月15日 (火)

12月のブルーベリー農園その2(東広島市豊栄町)

12月の中旬になっても天候に大きな異変もなく13日までは暖かい日が続いた。やっと14日になって寒さがやってきた。

カラスが残った柿をつっつく姿を見るくらいで小鳥のさえずりもあまり聞こえてこない。3段あるブルーベリー畑の地面は伸びた夏草がたちがれたり倒れたりしていてその下から背の低い雑草の緑がじわじわと広がっている。農作業は草をかりブルーベリーの枝の剪定を行う。冬至が近いので作業時間はすっかり短くなった。

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12月12日(土)。

①.農園の周囲でも草の野焼きが行われている。風の向きで煙がうすくたなびき後ろの茶臼山がぼんやりと見える。

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②.3段あるブルーベリー畑の2段目の草刈りをする。地面の雑草はいろいろだが、白菜や大根などの秋冬物野菜と一緒でクローバーの葉は青々としてよく伸びているし、黄色い花を咲かせるキジノムシロの葉っぱも見える。

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③.列の最後ののり面沿いの草刈りが終わったとたんてガス欠でエンジンがピタリッと止まった。偶然にしては・・・今日はもうおしまい。

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④.隣から野菜を頂く。白菜がとても太くて大きい。感謝。安芸の郷の給食にもおすそ分けした。

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⑤.里山の早生のブルーベリーの剪定を引き続き行う。

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⑥.庭のバラの蕾。寒くなるが花開くか。

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12月13(日)

①.晩生のブルーベリーでまだ葉がしっかり青い木はウッダードという品種。

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②.パウダーブルーという品種は実がいつまでも落ちずにしわがれるタイプ。

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③.ブルーベリーの木の根元の仁丹くらいの大きさの木くずがこんもり。木の中に虫が入っている。草刈り機のエンジンを止めてここの治療だけは殺虫剤を穴の中に吹き込んで処理する。

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④.春から伸びたブルーベリーのヒコバエ。安芸の郷で来年3月に切って挿し木苗に使うのでこのままにして冬を迎える。

2020年12月15日

社会福祉法人安芸の郷 理事長 遊川和良

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2020年12月 8日 (火)

12月のブルーベリー農園その1(東広島市豊栄町)

しばらく雨の降らない穏やかな日が続く。農園のある場所は午後3時を過ぎると冷気がきて、農園を照らす日が陰る5時前にはさらに一段と寒さが増す。12月の作業は農園内の草刈りと早生のブルーベリーの剪定。単調な作業が春まで続くが日々変化する周りの景色に溶け込みながら動く。

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12月5日(土)。いい天気。

①.早生のブルーベリーは農園の里山側で栽培している。周囲には杉や檜や栗やエゴノキやドングリの木、竹などが生えている。葉が落ちたので枝やヒコバエの剪定を始める。そのペースはゆっくりで。他には畑のブルーベリーの列の間の草刈りを始めた。

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②.ためておいたブルーベリーの枝をまとめて束にして森の工房みみずく・生活介護に持ち帰った。短く切ってサンタの人形を作る材料になる。

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③.農園の冷凍ストッカーからブルーベリーを持ち帰りジャムに加工した。ホーロー鍋いっぱいで1時間余りとろ火で煮詰めたあと翌朝に500g入りの瓶に詰めた。4個分あった。このブルーベリーは9月中旬に収穫した実なので酸味が少なく水分たっぷりの仕上がりになった。

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12月6日(日)。日中暖かくいい天気。

①.夕方用があるのでいつもより早く出かけた。11時ころのブルーベリー畑は日が冬日の光がブルーベリーの葉に反射してきらきらしている。

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 ②.畑のブルーベリーの間の草刈りをするのだが、ブルーベリーの葉が地面や、

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③.刈る草の上に落ちており、回転する草刈り機の刃を当てると草と葉が混ざり合ってもじゃもじゃパラパラ交じり合う。

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④.この日は終日草刈り機使うので1時間くらい使ったら手を休めて他のことをしたりしている。イチゴのランナーの苗が生えているので掘り上げて来春トマトを植える予定の小さい畑の畝を立てている場所に植え替える。実がなればラッキーだが。

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⑤.庭の様子。

 ・夏中元気に咲いてくれたカクトラノオもこの花でおしまい。

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 ・マユミの実

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 ・八重咲の椿のつぼみ。もううっすら桃色がのっている。

2020年12月8日

社会福祉法人安芸の郷 理事長 遊川和良

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2020年12月 3日 (木)

宇品線のモニュメントを訪ねてーその4

今日は、黄金山通りから南にある「宇品線のモニュメント」を紹介します。

「線路モニュメント」を見た後、広島南警察署前交差点を渡ると、右手に「たんな」と書かれた駅表示板を見つけることができます。丹那駅を示すモニュメントです。

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広島駅からの距離は、3.8キロです。1904年に新設されたときは、200mほど南だったようですが、この駅は1919年に廃止となりましたが、同名の「丹那駅」が、1930年に新たにこの位置に設置され、1966年に上大河駅以南の旅客業務が廃止になった時、この駅も廃止となります。

この駅表示板には、かつての「丹那駅舎」の写真が付けられています。

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「丹那駅」のモニュメントと次の「下丹那駅」のモニュメントの間の宇品線の跡には、「ポッポ宇品線花と農の会」が管理する花壇が並んでします。かつては、このあたりの線路跡にはタチアオイが植えら、季節には見事の花を咲かせていました。しかし、その後だんだんと雑草が生い茂るようになり、地元からの整備を望む声が上がるようになったそうです。この声を受け広島市は、この土地を所有している国に要望し、広島市が委託管理することになり、10年前(平成22年)公園整備が進められました。もともと宇品線は開通時、干拓堤防(現在は海岸通り道路)の内側(西側)に、堤防土手よりも低く線路敷きが作られていました。しかし、この公園整備では、線路跡に嵩上げの盛り土が入れられましたので、当時の線路跡の面影を見ることはできません。整備された公園の花壇は、線路をデザインして作られています。以上は、南区役所地域おこし推進課に電話をかけて聞いた話です。

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それでも、かつての線路跡をうかがわせることはないかと、西側にある道路に降りてみました。ここから見ると、一番下に当時の土台石、そして嵩上げされなかった部分の線路跡、その上段に花壇部分があります。少しわかり難いのですが、下の写真です。

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さらに痕跡をさがしていますと、こんなブロックを見つけました。

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たまたま見たテレビで知ったのですが、このマークのブロックは、線路と道路などの境界を示すために建っていたものです。

次のモニュメント「下丹那駅」をめざして南進すると、今度は芝生の植わった「パークゴルフ場」が目に入ります。ここも10年前に整備されたものです。花壇があった場所と比べると一段と低くなっています。南区区役所によれば「線路跡は凸凹があったので、少し土を入れて整備しました」とのことですので、線路跡そのものではありませんが、道路より低いところに線路があったことを偲ぶことはできます。

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私が訪れた時にも数人のグループでグランドゴルフを楽しんでおられました。私が訪れた5日後、11月22日(日曜日)に「パークゴルフ場10周年」と銘うった大会が開催されたそうですので、この人たちも参加されたと思います。成績は?

長く伸びるパークゴルフ場のちょうど中間あたりに「しもたんな」と書かれた駅表示板がありました。昭和2年(1927年)に走っていた電車の写真もあります。散歩で通りかかった人が、眺めていました。

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「下丹那」駅は、1934年に「人絹裏」駅として新設されましたが、1937年の国有化に伴い「下丹那」と改称されました。そして1943年10月に休止され、その後復活することはありませんでしたので、戦後には存在しなかった駅です。この駅から広島駅までの距離は、4.7キロです。

最初に付けられた駅名「人絹裏」に興味が湧きましたので、駅名の由来を調べてみました。現在、パークゴルフ場の西側は、マツダ宇品工場西地区の敷地が広がっています。この場所には、1934年(昭和9年)10月に「錦華人絹広島工場」が作られ操業を開始しました。この「錦華人絹広島工場」で働く人たちの通勤者用の駅として、工場の裏門入り口付近に新設されたのが「人絹裏」駅だったのです。その後、この工場は1941年に設立された大和紡績に吸収され、「大和紡績宇品人絹工場」と名称が変わります。そして駅が休止された年の1943年2月には、「陸軍船舶部」に接収されます。1945年8月6日の被爆では、建物の被害が軽微だったため、翌日には3000人から4000人の負傷者が避難し、8月9日には臨時陸軍野戦病院(第1陸軍病院宇品分院)を設置され、約6000人以上が収容されたという記録が残っています。1945年10月に陸軍から返還され再び大和紡績の工場となるのですが、1961年(昭和36年)1月に敷地、建物の大半が松田工業(現マツダ)に売却され、現在(マツダ宇品工場)に至っています。このマツダ宇品工場西地区にあった被爆建物は多くが解体され新しい建物となっていますが、その敷地の真ん中ほどにあった陸軍船舶部の「講堂」だけが今も「被爆建物」として現存しています。後日、工場の西門付近から、少し遠めでしたが写真を撮りました。

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今度の散策では、もう一つの被爆建物を知ることになりました。グランドゴルフをしていた一人からいろいろとお話を聞いたのですが、その中で被爆建物の話が出てきました。その建物は、マツダ宇品工場西地区の敷地(旧宇品線の西側)の東北角(ここだけ塀に囲まれていない)に、並んでいる5棟の平屋住宅です。1棟に5戸の住宅があります。かつてはもっと多くの住宅が建っていたそうです。

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話していただいた方は地元の町内会長でした。「私は戦後ここに住むことになったのですが、この建物は、錦華人絹広島工場の社宅として建てられたものなので、間違いなく被爆しています。」とのことです。現在は、マツダの所有となっていますが、今も三分の一ぐらいが使用されています。

今回も長くなりましたので、今日はここで終わりにし、あと一つ残った終着駅の宇品駅モニュメントは、次回紹介することにします。

いのちとうとし

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2020年11月30日 (月)

11月のブルーベリー農園その4(東広島市豊栄町)

数年ぶりに農園で虹を見た。オスのキジを見ることもできた。どちらもサプライズで週末農業へのご褒美なんだと受け止めることにした。ブルーベリーの紅葉はまだ続いていて道端で農作業をしていると止めた車の中から女性が降りてきて「この木は何という名前ですか」と尋ねられたのでクイズ感覚で「果物です」と答えると「えっ」。「そして大豆くらいの大きさの実がなります」と説明して「ブルーベリー?」という答えが返ってきた。それなりに広いブルーベリーの紅葉は人目を惹くようだ。

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11月28日(土)。

①.小さい畑がある。そこに種をまいた。左がキヌサヤエンドウ、右がソラマメの芽。

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②.1時過ぎ虹が突然現れた。

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③.とても大きい。

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11月29日(日)。

①.きらきら光るブルーベリー畑の向こうの道で散歩。この少し前にオスのキジを見ることができた。

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②.そのまた向こうの山すその竹は若緑色に光る。

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③.ブルーベリー畑の水路の清掃。草にまみれた泥を上げる。

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④.水路の横のブルーベリー畑の晩生のブルーベリーの場所替えのため木を掘り上げる。

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⑤.移植して枝を多めに切って根の負担を軽くする。

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⑥.里山のブルーベリー園の早生のタイプは落葉したので剪定ができる状態になった。

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⑦.農園に行く前に安芸区船越の自宅玄関に咲いている寒蘭を撮影。2年ぶりに咲いたが花軸が3本で出たのは初めてで華やかでにぎやかで見ていて飽きない。

2020年11月30日

社会福祉法人安芸の郷 理事長 遊川和良

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2020年11月29日 (日)

宇品線のモニュメントを訪ねてーその3

寄り道の「広島大学医学部・医学資料館」見学を終え、「モニュメントMAP」を頼りに、「ポッポ広場」をめざし医学資料館西側の真っすぐ南進する道路と進みました。ところが、「モニュメントMAP」をよく見ると、この間に3つの駅名(赤い○囲み)が書かれています。今度は途中下車して、この3つの駅名について考察したいと思います。

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一番北側の駅が、「上大河駅」です。この駅は、「広大医学部」の正門付近にありました。広島駅からは、2.4キロの距離です。この駅が最初に設置されたのは、1932年(昭和7年)9月25日です。当時の駅名は「兵器支廠前停留場」。1937年に芸備鉄道から国有化され、駅名が「兵器支廠前」ではまずいと考えたのでしょうか、「比治山駅」に改称されました。燃料問題などあり、戦時中の1943年から一時休業状態になったようです。そして戦後、1947年に宇品線が旅客線として復活した際、「上大河駅」と改称し、開業したようです。戦後は、兵器支廠の跡に移転してきた県庁などの官庁、その後の広島大学医学部・病院や近隣の学校への通勤・通学のため多くの人たちが利用しました。1972年に宇品線の旅客業務が全面廃止に伴いこの駅も廃止されました。

3つの駅名と書きましたが、調べていくと別々に3つの駅があったようではないのです。駅の位置を変えながら、駅名も変遷していったことがわかります。1930年に最初の駅ができたのは、「広大医学部正門付近」ではなく、300mほど南(現在の2号線のすぐ南辺り)に「被服支廠前停留場場所」の駅名で新設されています。と書くと「兵器支廠前停留場」名は?という疑問が湧きます。わずか300mの距離の間に二つの駅が存在したとはちょっと考えにくいのですが、それぞれの支廠の荷物を積みだすために、別々の駅があったのでしょうか。この問題は解明できていません。戦前の古い地図(昭和14年作成:陸軍運輸部検閲済の印あり)を見ると、「兵器支廠」の南西部が、長く伸びその先端は、「被服支廠」の敷地に隣接していることがわかります。

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この地図の真ん中ほどに宇品線を挟んで、右と左に上下しますが、大きな空白があります。右側が「兵器支廠」、左側が「被服支廠」の敷地です。ちょっと小さくて見えにくいかもしれませんが、その二つの敷地が接するところの宇品線に○印があるのがわかると思います。これが、駅です。ここから宇品線を上にたどると、地図が終わるあたりの宇品線上に○印があり、そこには小さく「女子商」と駅名が書かれています。ところが、先に紹介した○印には、駅名が書かれていません。宇品線を下にたどると次の○印にはきちんと「大河」と駅名が書かれています。1939年(昭和14年)当時の駅名の記載がないのは、やはり軍関係の施設があったからだと思えます。兵器支廠、被服支廠の両軍事工場からの物資の積み出し駅として使われていたはずです。

ところが、昭和15年(1940年)作成(これも、陸軍運輸部の検閲済の印あり)では、当該駅に「被服廠」の駅名が印刷されています。

ところで、先に1937年に「兵器支廠前」から「比治山駅」に改称されたと書きましたが、復刻された戦前の地図を見ても「比治山駅」と記された地図を見つけることはできず、「比治山駅」がどの位置にあったのか今のところで確認できていません。

こう書きながら、自分でも理解できなくなってしましました。いずれにしても、この「大河駅」に関わっては、戦前は駅名も駅の位置も複雑に変遷したのではないかと思うしかありません。今回のブログは、駅の変遷が主題ではありませんので、後できちんと調べて、整理してみたいと思います。

ここで主題である「宇品線のモニュメントを訪ねる」に戻ります。

次に訪ねたモニュメントは、「下大河駅」の後に作られた「ポッポ広場」です。ちょっと見つけるのに苦労しましたが、何人かに訊ねて無事に到着しました。

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 隣接する西旭町集会所の壁に取り付けられたる掲示板には「名前の由来」としてこう書かれています。「下大河駅は、昭和6年(1931年)11月から昭和41年(1966年)12月までの35年間にわたり、通勤・通学などの多くの人たちに利用され、地域の中心としてにぎわいました。平成13年(2001年)12月、この地域の人たちと南区役所が協働で広場をつくりました。地域の人たちは、この地が鉄道の駅だったことを記念し『ポッポ広場』と名付けました。 西旭町町内会・南区役所」

この広場の真ん中にレンガを埋め込み「蒸気機関車」が描かれていたようですが、今ではすっかり薄くなっており、残念ながら「蒸気機関車」を見分けることはできません。

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駅名表示板のようなものはありませんでしたが、掲示板の最後に「お願い ここは、地域のみなさんが一緒につくった『わが町の広場』です。楽しい憩いの場として大切に使いましょう。」と書かれているように地域の人たちの大切な場所となっているようです。この下大河駅から広島駅までの距離は、3.3kmです。

次の訪れたのは、駅ではありませんが、旧宇品線道路と黄金山道路が交差する「広島南所前交差点」の左手前にある「線路モニュメント」です。

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「線路モニュメント」は、宇品線から14.5m東側の広場に、当時の線路、踏切、遮断機、信号機、線路のポイントを手作業で切り替える分岐器、プラットホームなどが一カ所に集めて、作られています。屋外ですので少し傷んだ様子も見受けられますが、大切の保存されており、一見の価値がありです。

実際に自転車で散策した時には、わずかな時間で移動したのですが、ブログの中ではここにたどり着くまでに随分時間がかかってしまいました。次のモニュメントは、海岸通り沿いにある「丹那駅」ですが、ここから南方面は、次回以降にします。

いのちとうとし

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