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心と体

2019年5月21日 (火)

子どもの権利条例があったら (2) ――憲法は子どもの権利も守っています――

野田市の少女虐待死事件のような悲惨な出来事を繰り返させないために何ができるのかを、憲法・子どもの権利条約・子どもの権利条例といった視点から3回に分けて考えていますが、その2回目です。前回は、憲法が子どもも守っていることを強調しました。

 《子どもの権利条約》

憲法の重要性を強調するだけではなく、現実社会では、憲法の目的が現実のものになるよう、法律や条約が作られ、そして自治体レベルでは条例も作られ、それらの結果として社会が動くような手順が必要です。こうした手順の一つが子どもの権利条約ですし、全国的に頑張っている自治体が制定している子どもの権利条例です。

子どもの権利条約は1989年に国連で採択され、1990年9月2日に発効した条約ですが、日本は1990年9月21日に世界各国の内109番目で署名、1994年4月22日、158番目の批准国になりました。さらに、現在196カ国が批准していますが、アメリカは、署名はしたものの、唯一批准していない国です。

条約の内容は大変しっかりしています。それは、子どもたちを中心に据えた論理的かつ現実的にも強固な枠組みが用意されていたからです。条約の内容については御存知の方も多いとは思いますが、ユニセフのホームページを引用して、簡単にお浚いをしておきたいと思います。

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「子どもの権利条約」は子ども(18歳未満)を、権利をもつ主体と位置づけ、おとなと同じく、ひとりの人間としてもっている権利を認めています。さらに、おとなへと成長する途中にあり、弱い立場にある子どもたちには保護や配慮が必要な面もあるため、子どもならではの権利も定めています。

 

「子どもの権利条約」には、次の4つの原則があります。

  ① 命を守られ成長できること――すべての子どもの命が守られ、もって生まれた能力を十分に伸ばして成長できるよう、医療、教育、生活  への支援などを受けることが保障されます。

  ② 子どもにとって最もよいこと――子どもに関することが行われる時は、「その子どもにとって最もよいこと」を第一に考えます。

  ③ 意見を表明し参加できること――子どもは自分に関係のある事柄について自由に意見を表すことができ、おとなはその意見を子どもの発達に応じて十分に考慮します。

  ④ 差別のないこと――すべての子どもは、子ども自身や親の人種、性別、意見、障がい、経済状況などどんな理由でも差別されず、条約の定めるすべての権利が保障されます。

より具体的には、次の4つの権利を守ることがこの条約の主目的です。

   A) 生きる権利――すべての子どもの命が守られること

   B) 育つ権利――もって生まれた能力を十分に伸ばして成長できるよう、医療や教育、生活への支援などを受け、友達と遊んだりすること

  C) 守られる権利――暴力や搾取、有害な労働などから守られること

  D) 参加する権利――自由に意見を表したり、団体を作ったりできること

概要はお分り頂けたと思いますが、今回の事件に特に深く関わっている条文を二つ引用しておきましょう。

   第19条――虐待などからの保護  親(保護者)が子どもを育てている間、どんなかたちであれ、子どもが暴力をふるわれたり、不当な扱いなどを受けたりすることがないように、国は子どもを守らなければなりません。

   第12条――意見を表す権利  子どもは、自分に関係のあることについて自由に自分の意見を表す権利をもっています。その意見は、子どもの発達に応じて、じゅうぶん考慮されなければなりません。

  こうした規定に従って、例えば虐待されている子どもたちを守るための施策が展開されるべきなのですが、残念なことに日本政府の姿勢は大変後ろ向きです。その証拠が、国連の子ども委員会による日本における施策の総合的な評価に現れています。[以下、6月1日に続きます]

[2019/5/21 イライザ]

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2019年5月11日 (土)

子どもの権利条例があったら (1) ――憲法は子どもの権利も守っています――

野田市の少女虐待死事件のような悲惨な出来事を繰り返させないために何ができるのかを、憲法・子どもの権利条約・子どもの権利条例といった視点から3回に分けて考えてみたいと思います。

 

《野田市の少女虐待死から何を学ぶか?

今年2019年の1月に千葉県野田市の小学校4年生の少女が虐待され死亡した事件は、広く報道され多くの人にショックを与えました。事件の概要は次の通りです。2017年の11月、亡くなった少女は小学校のアンケートに父親から暴力を受けていることを記入し助けを求めました。それに応えて柏市の児童相談所がこの少女を一時的に保護したのですが、その一月ほど後に、父親のいる自宅ではなく、親族宅で暮すことを条件に一時保護が解除されました。しかし、その後父親が、「父親に叩かれたというのは嘘です」という趣旨の、少女の書いた文書を見せたため、2月末に児童相談所は少女の帰宅を認めたとのことでした。ほぼ10か月後の2019年、1月初めに父親から学校に新学期の登校が遅れる旨の電話があり、その後も複数回同様の電話があったものの、学校、野田市、そして児童相談所の連携が悪く、21日になってようやく児童相談所が長期欠席の事実を把握し、24日には少女が死亡、父親の110番で公になりました。

この中で、「秘密は守る」という前提でしかも「匿名でも良い」という条件で子どもたちが記入したアンケートの内容を教育委員会が父親に見せていたという事実もあり、その結果として少女が父親に「叩かれたのは嘘だ」という言葉を書かされたことは、ほぼ間違いないにもかかわらず、それに対する対応は行われず、少女は自宅に帰されたことなど、関係機関の基本的な姿勢が問われることになりました。

一連の報道に接して、教育の現場で日夜、頑張っていらっしゃる皆さんに取っては他人事ではなかったと思いますし、こうした事態にどう対応して行くべきなのかについても、現場の感覚でお考えになっているのだろうと思います。私も、これまでの経験を元にして考えさせられることが多くありました。一つには、国会議員として子どもの権利条約の批准に直接関わりましたし、もう一つ、広島市長として、子どもの権利条例制定のための努力をしたことです。

しかし、今回の事件の報道では、条約にも条例にもほとんど言及がありませんでした。その点について以下報告したいのですが、大前提として憲法第13条のお浚いをしておきたいと思います。「憲法を数学書として読む」試みの中で、特に大切だと感じた条文の一つが第13条、特に冒頭の部分だからです。

 

第13条  すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。

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「国民」の中には当然子どもも入ります。子どもも「一人の個人として」尊重されるということの意味は、その子の生命や自由、そして幸福の追求といった権利も父親のそれと同等に重んじられなくてはならないということです。当然、このことを一番肝に銘じなくてはならなかったのは父親であり、そしてその父親からDVを受けていたとはいえ母親です。さらに、父と母にのみ責任を押し付けるのではなく、また親が責任を果せない場合の代替策を準備するといった社会全体としての環境整備が求められているという点が重要なのではないでしょうか。[以下、5月21日に続きます]

[2019/5/11 イライザ]

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